夜に待つ

    作者:大田一人

     住宅街から少し外れた公園。そこに関して、小学生たちの間で一つの噂が流れていた。
    「女の子の幽霊が出るらしいよ」
     プールからの帰り道。誰かが言えば、連れ立った友人たちはわざとらしいくらいの声を上げる。
     夏休みに入った嬉しさも薄れ、新しい刺激が欲しくなる時期。だからこその噂かもしれない。怪談じみた話は、友達と騒ぐのにもちょうどよかった。
    「夜中、ブランコに乗ると女の子が現れ、一緒に遊ぼうって言ってくるんだって」
     いいよと答えた子は次の日、ブランコが巻きついて死んでいるのを発見され、嫌だと答えた子は砂が口に一杯詰まって死んでいる。
     一際大きく上がる歓声に、話し手はどんどん盛り上がって行く。
     その小さな女の子は、寂しいから誰かを一緒に連れて行こうとしてるの。
     こっそり家を抜け出して公園に来てたらしいよ。いつも一人でブランコに乗ったり、置いてあるパンダやゾウに話しかけてたりしてたんだって。
     きゃあきゃあと明るい悲鳴を上げながら、子供たちが公園を通り過ぎて行った。
     
    「夏といえば怪談だよね!」
     開いた住宅地図の一箇所を示しながら、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は言った。
    「住宅街から少し外れたところにあるこの公園に、女の子の幽霊が出るって噂が小学生たちの間で流れてるの」
     幽霊、といっても、その実態は都市伝説。夏らしく誰かが始めた怪談話に尾ひれがついて広まり、実体化してしまったらしい。
    「夜中、公園のブランコに乗ると出現するみたい」
     現れるのは夜の12時頃。その時間に公園へ行き、誰かがブランコに乗れば少女は現れる。一人でも複数でも構わない。乗らない面々も隠れる必要はなく、人数によって少女が現れないことはない。
     現れた少女は一緒に遊ぼうと誘ってくるが、誘いに乗っても乗らなくても結果は同じ、少女に襲われることとなる。
    「皆にはこの少女を灼滅してほしいの」
     このまま放っておけば、小学生たちが噂を確かめにやってきてしまうかもしれない。そうなる前に灼滅して欲しいとまりんは言った。
     
     少女はブランコの鎖を操り、封縛糸に似た攻撃を繰り出してくる。また砂場の砂を操り、ペトロカースのような攻撃も行う。その他、ダメージがたまってくると泣いて回復をする。
     加えて、お友達と称するものも一緒に現れる。
    「パンダとゾウなんだ」
     聞き間違いではない。公園に置いてある遊具の動物たちだ。
     強くはないが、少女を守るように動き、二体ともキックや体当たりを繰り出してくる。それぞれご当地キックとロケットスマッシュに似た攻撃だ。また、時折光った目からビームが発射される。これはご当地ビームに近い。
    「この公園は住宅街から少し外れていることもあって、人払いを気にする必要はないよ」
     また、公園という立地もあり、戦闘に必要な場所や明かりが不足することもない。周りを気にせず存分に戦えるだろう。
     
    「皆なら油断をしなければ大丈夫だと思うけど、外見に惑わされて手を緩めないでね」
     成功させて無事帰ってくるのを待ってるよ、そう言ってまりんは灼滅者達を見送った。


    参加者
    天塚・箕角(天上の剣・d00091)
    駿河・香(ルバート・d00237)
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)
    御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)
    契葉・刹那(響震者・d15537)
    月光降・リケ(魍魎猖獗・d20001)
    武乃宮・敬子(無謀な格闘家・d26618)

    ■リプレイ

    ●真夜中の邂逅
     深夜0時、静まり返る公園内。
    「夜気が沁みて、ひんやりしますね」
     月光降・リケ(魍魎猖獗・d20001)が呟いた。昼間の熱が嘘のように、今は風が吹けば涼しさすら感じる気温となっている。
     リケと共に、周囲に人影がないか確認する十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)。辺りは不気味なほどの静寂に覆われて、人どころか野良猫の一匹もいない。 ふいに風が吹き、公園の端でブランコがギイ、と揺れた。それに目をやるのは刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)。
    「ふむ。噂話が文字通り独り歩きというわけか」
     目にした先のブランコには、まだ噂の影もない。御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)が霊犬のアラタカ先生に寄り添い、消え入りそうな声で言った。
    「この手の、噂は……多少の差異、あれど……よくあり、ますよ……ね。被害が、出る前に……片付け、ましょう」
    「ええ、被害出るなら止めないと」
     契葉・刹那(響震者・d15537)が頷きながら続ける。
    「夜に依頼こなすことも多いですが、こういう変哲の無い所も結構怖かったりするんですよね……怖い話があると聞くと余計に何か出そうで……」
     噂が作り出した都市伝説。それを考えれば、人の好奇心が何よりこわいと思わずにはいられない。
    「ブランコか~。そういえば久しく漕いでないわね。当たり前だけど」
     そう言ってブランコの鎖に手をかけるのは天塚・箕角(天上の剣・d00091)。
     都市伝説の少女は真夜中、ブランコに乗れば現れる。だがその前に。
    「夜中だし、人はいなくても一応」
     言って、駿河・香(ルバート・d00237)がESPサウンドシャッターを展開する。その横で、ブランコに乗らない武乃宮・敬子(無謀な格闘家・d26618)、リケ、花緒はいつでも戦闘に入れるよう、態勢を整えた。
    「童心に返って久々に乗ってみようかな」
     箕角がすとんとブランコに乗れば、狭霧も楽しげにその横へと座る。
    「わ、かなり久々かも。一寸ワクワクしてきた……立ち乗りって駄目っすかね?」
     きらきらした目を向ければ、更に横のブランコに乗ろうとしていた刹那が、ぎこちないながらも笑顔を返す。大丈夫ではないでしょうか、と答えようとしたところで、それに気付いた。
     闇から伸びる、白く小さな、手。
     狭霧の首筋に生暖かい風が吹き、ざわり、と肌が粟立った。振り向こうとするまでもない。何かが、その肩に乗った。
    「遊んでくれるの……?」
     抑揚のない声が耳のすぐ側に落とされる。気のせいか狭霧の顔からさあっと血の気が引いた。その沈黙を破ったのは箕角。
    「ほほぅ。何で私たちと遊びたいと思ったのかな?」
     一際勢いよくブランコを揺らし、高らかに飛ぶ。
     だが一回転して華麗に着地、とはいかず小動物のように転がった。打った場所を押さえながら後衛へと回る。その様子を見送りつつ固まっていた狭霧も、弾かれたようにブランコから飛びずさった。
    「こんな夜中に一人で出歩くのは感心しないわね。なーんて、まだお子様な私たちが言えたことじゃないけど」
     言いながら香が敵に目をやれば、少女の脇にのっそりと現れるゾウとパンダ。
     暗い街灯にぼんやりと浮かび上がりじわじわと近づいてくる様は、間抜けな造形ながらもなかなか不気味だ。その姿を見て、リケは冷静に言い放った。
    「怪談を聞いても怖く感じない性質なので、気味が悪いという理由で消させていただきましょうか」
    「なんともでたらめな都市伝説じゃ。さっくり灼滅してやろう」
     お付きはなぜライオンとトラとかにならなかったのか、そんな一言を付け加えつつりりんが構え、気を取り直した狭霧が言った。
    「倒せるならば怖いものなしっす!さ、お兄ちゃん達と一緒に遊びましょ?」
     その言葉に、幼い声がぼそりと問いかける。
    「ほんとうに遊んでくれるの?」
    「ええ、本当よ。遊びましょ。生きるか、死ぬかで」
     香の言葉に、少女がニタリと笑った。

    ●禁じられた遊び
    「……嬉しい。お友達、いっぱい」
     笑みにのせ、歌うように少女が言う。それを守るようにゾウとパンダが前に立った。
    「で、何をして遊ぶの?」
     箕角が問えば、少女は笑みを深めた。その瞬間、突っ込んでくるパンダ。
     とっさに構えた星葬が鳴った。刃に弾かれたパンダがごとりと転がり、聖剣を薙いだ狭霧が笑う。
    「最初の相手はパンダさんじゃないんだよね」
     そう、最初の標的はゾウ。軽やかなステップを踏んで香がフリージングデスを使えば、氷がゾウの体を包んだ。続けざま、花緒の縛霊撃を放ち、合わせるようにアラタカ先生の斬魔刀がゾウを捉える。
     ゾウも黙ってはやられない。つぶらな瞳が妖しく煌いたかと思うと、そこから光線が発射される。その攻撃が敬子を捉えるかと思えた瞬間、ビハインドである名も知らぬ特訓相手が割って入る。光がその脇腹を裂いた。
     それ以上の攻撃を押しとどめるように、刹那と敬子のオーラキャノンがほとばしった。猛攻に弾かれたゾウが地面に叩きつけられる。
    「あはは、楽しいね!」
     目前でぼろぼろになって行くゾウを見ながら、少女はけたたましい笑い声をあげた。先ほどの香の言葉こそ、まさに求めるものだったのだろうか。
     歪めた笑顔で手を伸ばせば、伸びた鎖がリケの腕を絡め、鉄のにおいと摩擦熱が白い腕を焼いた。リケは思わず痛みに顔をしかめた。堪えきれない呻きが漏れる。
     すかさず、花緒がシーリルドリングを施した。見る間に癒える傷に加え、守護の力がリケの体を包む。
     少女の攻撃力はお供とは段違いだった。彼女の笑い声を背に、パンダとゾウがにじり寄る。本来なら愛らしくも見えるはずの顔は、影をまとっているせいか薄気味悪いとしか言いようがない。
     ゾウとパンダを押しとどめるように、ころ殺號がりりんの前に走り出る。その隙に、りりんの黒死斬がゾウへと炸裂した。巨体の動きが鈍り、そのまま足を止めさせる。続いて箕角のギルティクロスが綺麗に入った。当たる度、ゾウの体が大きく軋む。
     よろよろと傾きながら、それでもなお向かってこようとするゾウにとどめを刺したのは、リケの螺穿槍だった。攻撃力を増した一撃の下、音もなくゾウが崩れて行く。
     そして少女を見据え、きっぱりと言い放つ。
    「あなたは友達でもなんでもないわ」
    「ひどい。そんなこと言う子は、」
     ――絶交だもん!
     恨みがましい少女の叫びと共に、砂礫が舞う。それは鋭い槍のように尖り、一直線にリケへと向かった。
     とっさに走り出る刹那のキャリバー。弾いた砂が纏わりつき、攻撃を絡めとられる。
     動きを止めたキャリバーの穴を埋めるため、ころ殺號、名も知らぬ鍛錬相手、アラタカ先生が動いた。後ろを守るように立つその脇から、箕角の轟雷がパンダを貫き、続けざまに花緒のデッドブラスターも決まる。
     打ち据えられながらも、パンダの突撃は止まらない。懸命に伸ばした短い足で、刹那の肩を蹴りつける。思わず肩を抑え膝をつく刹那。とっさに敬子が叫ぶ。
    「任せてください!」
     敬子の集気法により、肩の痛みが引いて行く。刹那は短く礼をいい、体勢を立てした。
     その間にも少女の鎖と砂は絶え間なく襲ってくる。庇いに回るサーヴァントたちの体力は限界に近いようだった。しかし折を見て放たれる花緒の浄霊眼、箕角の清めの風が、すぐに傷を癒し態勢を立て直す。敬子もまた続けて集気法放ち、一気に形勢を逆転させる。
     勢いのまま、リケのフォースブレイク、香のマジックミサイルが連続してパンダを狙った。追撃により上がった威力がパンダの肩を砕く。好機とばかり、りりんがグラインドファイアを蹴り込めば、盛る炎にパンダが苦しげに身を震わせた。
     すかさず、刹那の唇から美しい旋律が零れた。紡がれるディーヴァズメロディは、普段の男性恐怖症や緊張など感じさせないほど、伸びやかに響き渡る。その歌声に溶けるように、パンダの輪郭は薄れ消えていった。
     残るは少女一人。
     箕角が、たった一人になったその姿を眺めて言った。
    「お友達、いなくなっちゃったわね」
    「いいの。もっとたくさんのお友達ができたから」
     両手を伸ばした少女から、じゃらりと鎖が広がった。

    ●ひとり、
     間髪入れず、伸びた鎖が花緒を狙う。勢いをつけた鎖が、とっさに庇いに入ったアラタカ先生に激しく巻きついた。身動きの取れなくなる先生に、敬子の集気法が走る。
    「ちょーっと、おいたが過ぎるっすよ」
     すっと目を細める狭霧。表情は楽しげだが、声は笑っていなかった。
    「おいた?おいたってなあに?友達と遊んでるだけだよ」
    「ないわ~。鎖で縛って友達だよねとかないわ~」
     少女に対する箕角の言葉はもっともなものだ。だが少女は笑って鎖を打つばかり。他の方法を知らないように。
     箕角はお返しのように紅蓮斬を激しく打ち付ける。受けた少女の体が大きく傾いだ。その隙を逃さず香がガトリング連射、続けて容赦なく叩き込まれるのは敬子の鋼鉄拳。体勢を立て直すことも出来ない少女は悲痛な声で叫んだ。
    「ひどい。ひどい。絶交してやる!」
     言葉と共に砂が舞う。迸った砂を全身に受けながらもそれをなぎ払い、リケは毅然と言い放った。
    「絶交?いい言葉ね。あなたとの交わりを今絶ちましょう」
     その言葉へ賛同するように花緒の影喰らいが走った。アラタカ先生も主が仕掛けるに合わせて六文銭射撃を放つ。
     少女の攻撃が止まった隙に傷ついた者へと刹那の歌声が響き、花緒とりりんの祭霊光が砂と鎖に削られた体力を戻して行く。
     それに後押しされ香がステップを踏めば、同時に繰り出されるのは残影刃。狭霧のギルティクロス、りりんのオーラキャノンもまた少女を狙う。激しい一撃を繰り出しながら、りりんが言った。
    「そろそろおやすみの時間じゃ!」
     いまや勝敗は決したも同然だった。体を支えるのがやっとの少女の頬を、涙が伝う。それで行われる回復も、もはや灼滅者達の猛攻に追いつきはしなかった。
    「痛いよう……」
     泣き出した少女の声が耳を打つ。それは声だけならば普通の小さな女の子のようで、哀れを誘う響きだった。振り払うように星葬を構えなおした狭霧が、少女の前に立ちふさがる。
    「出来ればもっと遊んであげたいけれど、俺には未だやるべき事があるから。君と一緒に行く訳にはいかない」
    「せっかくなら普通に、一緒に遊びたかったですよ……?」
     刹那の言葉が、斬影刃と共に少女に届く。それは体だけでなく、心も貫いただろうか。もはや回復のためかなんなのかも判然としなくなった涙が、次々少女の頬を伝った。
    「泣いても無駄よ。消えなさい」
     リケの閃光百裂拳は弱る少女にも容赦なく炸裂する。
    「堪能してもらえたかな?」
     せめて、逝く前に。言葉と共に、箕角のフォースブレイクが放たれた。受けた少女は言葉すら発することも出来ず、大きくもんどりうつ。折れ曲がるその体を、狭霧の神霊剣が貫いた。
    「あ、あ、あ、……」
     掠れた声を上げながら、都市伝説は消えて行く。
    「早く君が居るべき場所に帰りなよ。遊び相手は其処に沢山居る筈だから」
     狭霧の呟きは果たして届いたのか。
     少女の消えた公園は、ただ静まり返っていた。

    ●星空は遠く
    「遊んだあとはきちんと後片付けね」
     言って香がサウンドシャッターを解除する。戦いも終わったそこは、本当にただの公園だった。少女のいた痕跡の一つすらない。
    「……灼滅した都市伝説には過ぎた感傷かもしれないけど、お空には帰れたのかしらね」
     香が呟けば、狭霧は空を仰ぐ。
    「もしかしたらあの星々の中に彼女が居るのかも」
     ポケットの中の懐中時計に触れ、ぽつりともらす。空に見るのは、少女よりももっと別の誰かの面影だろうか。だがすぐさまおどけた表情で加えた。
    「都市伝説なのは知ってますけれど。気分的にそうだと嬉しいじゃん?」
    「人を襲わなければ、一緒に遊べたかも知れませんのにね……」
     寂しげにブランコを見つめる敬子に言葉をかけようとした花緒は、だが口ごもり、ぎゅっとアラタカ先生を抱きしめた。
    「この後どうしましょうか。あてがないなら久しぶりにブランコに揺られてみたいです」
     リケが誘えば、りりんも少しくらいならいいかもしれぬのう、と応じる。
    「今度こそ着地を成功させるわ」
     と気合を入れるのは箕角。
     それは真夜中ではあるけれど、ありふれた公園での、どこか懐かしい光景。

     ひとしきり遊べば、香が言った。
    「さて、さっさと帰りましょ」
     もう遅い。このままいれば、本当の幽霊が出て来かねない。狭霧が青ざめた顔をすれば、刹那がくすりと笑った。
     灼滅者達は公園を後にし、帰路につく。
     誰もいなくなった公園を振り返り、刹那が小さく口ずさむのは子守唄。
    「人はこんなにもあたたかいものだって私は知ることが出来た。あなたも、来世ではそうなれますように」
     星空に吸い込まれるその歌は、果たして少女に届いただろうか。
     それは夜を待つ星だけが、知っているのかもしれない。

    作者:大田一人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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