血塗られた学び舎の残滓

    作者:南七実

     橙に染まりはじめた校舎は、異様な静けさに包まれている。
     夏休みで生徒がいないから? もう夕方だから? いや、通常なら部活やプール等で登校してくる者も大勢いるし、学校の敷地内から人間の気配が完全に消える事など滅多にない筈。
     なのに、ここはまるで人々から敬遠された墓場のような、完全なる『死』の空間だった。
     もしも今ここに誰か居たなら、うっすりと埃が積もった校舎の奥――音楽室から聞こえてくる正体不明の声を耳にしたかもしれない。
    『うぁぁ……痛い、苦しい……よくも、この我を……許せぬ、許せぬ、許せぬぅぅっ!』
     それは疑いようもなく、誰かに対して向けられた怨嗟の感情だった。
     薄暗い室内でもがき苦しみ、痛みにのたうちながら憎しみを撒き散らしているのは、以前この場所で灼滅された、あるダークネスの残留思念。
    『ううあぁあああ……苦しい、憎い、苦しい、憎い、苦しい、憎い……』
     ふいに――残留思念を慈しむような、愛情に満ちた優しい声が室内に響き渡った。
    「あなたを、その苦しみから解き放ちましょう」
     どこからともなく現れた実体のない少女が、ピアノの傍らで燻る残留思念に憐れみの視線を向けている。
    「あなたに力を与えましょう。私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき、苦しむ者を見捨てたりはしません」
     コルネリウスと名乗った少女は残留思念に手を差し伸べ、虚空に向けて言葉を続ける。
    「……プレスター・ジョン、私の声が聞こえていますね? この傷ついた哀れな女性を、あなたの国に匿ってあげてください」
     
    ●悪夢の復活
    「君の予想が現実のものとなった」
     厄介な未来予測を確認した巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)は、そう言って困ったように腕組みをした。
     灼滅者によって先日倒された奴隷化ヴァンパイアが、慈愛のコルネリウスに誘われるのではないか――戦いの報告を聞いてからずっとそう思っていた八咫・宗次郎(絢爛舞踏・d14456)が、エクスブレインの言葉に首をかしげる。
    「自分で予想しておいて何ですが、コルネリウスは一体なぜそんな事を?」
     各地に出没したコルネリウスが、灼滅されたダークネスの残留思念に力を与えてどこかへ送ろうとしている事件は、これまにでも多数確認されている。
    「灼滅された者への同情心から、と言えば聞こえはいいが……シャドウ側の戦力を水面下で増強している行動、のようにも見えるな。もっとも、本当のところは判らないが。コルネリウスが何を考えているのかなんて、私には想像もつかないよ」
     奈々音が感知した未来予測の中でコルネリウスに誘われたのは、憂さ晴らしの為に学校へ侵入して、楽しみながら生徒達を虐殺した凶悪な存在――絞首卿ボスコウ配下の奴隷化ヴァンパイア、ノーマの残留思念である。
    「依頼を引き受けてくれた皆の活躍によって、あの忌まわしい吸血鬼は消えた。なのに、残留思念としてしぶとく残っていたのだな……」
     力を与えられた残留思念が即座に事件を起こすという事はないが、このまま放置する訳にもいかないだろう。奈々音は教室に集った灼滅者達を真っ直ぐに見つめた。
    「せっかく灼滅したダークネスに復活されては堪らない。コルネリウスの誘いを邪魔して、ノーマの残留思念を灼滅してきてくれないか?」
     
     灼滅者は、コルネリウスが残留思念に呼びかけている現場へ赴き、彼女の妨害を行う事になる。
     目的地となる現場は、校舎の4階にある音楽室。ノーマが灼滅者によって灼滅された現場だ。出入口は、両開きの扉ひとつのみ。不意打ちなどはできないし、コルネリウスが『勧誘』を行っているところへ真っ向から乱入するしかなさそうだ。
    「この場にいるコルネリウスは実体をもたない幻のような存在で、攻撃を仕掛けても意味はない。彼女は灼滅者に対して強い不信感を持っているようだし、交渉などはできないだろう。ノーマもまた然り、だ」
     ノーマは自分を倒した者を含め、全ての灼滅者に強い復讐心を抱いている。彼女との戦闘は到底避けられない。
    「コルネリウスから力を得たノーマは、灼滅された時点の戦闘力を取り戻すことになる。いや、これまでに学園の皆は成長しているからな……それに合わせて、奴も少し強くなっている可能性が高い。日本刀に似た細身の刃による斬撃を中心に、吸血鬼として持てる力すべてを駆使し、君達を全力で倒そうとするだろう」
     血を浴びて真っ赤に染まったドレスを纏っている事から判るように、ノーマは残虐なダークネスである。そして灼滅者に対する憎悪は計り知れない。奴隷化されて能力を制御されているとはいえ、そう簡単には討ち取れない、かなりの強敵である事は間違いない。
    「残留思念といえど油断はできない。万全の態勢で挑んで欲しい」
     なお、敷地内で第三者に遭遇してしまう心配はない。既に建物自体が封鎖され、現在は誰も近づかない廃墟のような状態になっているからだ。
    「ノーマによって多数の死傷者が出てしまったんだ、無理もないだろう。多くの仲間が惨殺された校舎に平然と登校できる生徒など居なかったという事だろうな……今後も『犯人』が逮捕される事はあり得ないし、ノーマが起こした事件は学校関係者の心に深い傷を残したに違いない」
     慈愛のコルネリウスによる今回の行為について、良し悪しを判断する事は避けておこうと奈々音は言う。
    「ただ、ノーマのような者にも分け隔てなく向けられる慈愛が正しいものであるとは、私にはとても思えないがな」
     悲劇が繰り返されてはならない。
     快楽の為に人殺しをする残虐なダークネスが再び暗躍するような事態にならないよう、確実に仕留めてくれ――そう言って、奈々音は説明を終えた。


    参加者
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    パニーニャ・バルテッサ(せめて心に花の輪を・d11070)
    エルシャ・プルート(スケッチブックと百面相・d11544)
    正陽・清和(小学生・d28201)
    潺・穂浪(偏在する紅黒の幻影・d28205)

    ■リプレイ

    ●復活
     静まり返った廊下を抜けて、音楽室へ。
    (「……無人の音楽室から声が聞こえるだなんて」)
     四階へ続く階段を上りながら、イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)はぶるりと身を震わせた。話によると、校舎全体がノーマによる大量殺戮の現場なのだという。ダークネスよりも霊が出ないか心配している彼女にとってここは、かなり強烈なホラースポットだった。
     そもそも、この建物の中で苦しみ嘆いていたのはノーマだけなのだろうか。
    (「ノーマ以外の声が聞こえませんように!」)
     考えようによっては不謹慎だが、それはイシュテムの切実な願いだった。
     音楽室の前に到着する。小細工は意味がないと知っている灼滅者達は、小さく頷き合うと、勢いよく扉を開けて室内へ雪崩れ込んだ。
    「何事です!?」
     ピアノの傍らにいたコルネリウスが、驚きの表情を貼りつけたまま振り向く。彼女の側には、力を注がれて灼滅者達にも見えるようになった残留思念――ノーマの姿があった。
     口元に巻かれていた霊布をぐいっと引き上げて、パニーニャ・バルテッサ(せめて心に花の輪を・d11070)が表情を隠す。
    (「慈愛……すごく、素敵な言葉なのに」)
     コルネリウスを見つめながら、正陽・清和(小学生・d28201)が溜息をついた。
    (「…なんで、かな。なんで今は…こんなに、心に響かないの、かな…」)
     突然の乱入者が灼滅者だと気づいたコルネリウスは、不快そうな表情を浮かべて肩を落とした。
    「……貴方がたは、また、私の邪魔をするのですね」
    「ああ。何度でも、や」
     厄介な存在を蘇らせるお前のやり方は好かんと呟いた篠村・希沙(暁降・d03465)は、ノーマの殺気に満ちた視線に気づく。
    『……灼滅者……ッ』
     憎い、憎い、憎い――この世に戻ってきた吸血鬼から伝わってくるのは、凄まじいまでの怨嗟。
    『我は――我は力を取り戻したい。この者共を屠れるだけの力を』
     ぼそりと吐き出されたノーマの言葉に、コルネリウスが小さく頷いた。
    「……そうですか。あなたがそれを望むなら、今の私が持つ、残りの力全てを与えましょう」
     刹那、ノーマへ手を伸ばしたままコルネリウスの姿が跡形もなく室内から消えた。
     同時に、細身の刃を手にしたノーマが高らかに笑い出す。
    「くくく……くははははは、我は戻ったぞ! 灼滅者、死という屈辱を我に与えた貴様等を生かして帰すつもりはない。ズタズタに引き裂いてくれよう!」
     力を取り戻したダークネスの、歓喜の叫びがこだまする。彼女にとっては、灼滅者全てが復讐の対象なのだろう。
     いつもと変わらない仕事だ、と空井・玉(野良猫・d03686)が体勢を整える。いつだって敵は強く、いつだって負けられない。相手が何であれ、何が変わるという事もないのだ。
    「行くよ、クオリア。為すべき事を為す」
     ヴォオオオオオン!
     エンジン音を轟かせながら、ライドキャリバーのクオリアがノーマに向けて突っ込んだ。身を翻してキャリバー突撃を避けたノーマの横顔に、WOKシールドを装着した玉の拳が炸裂する。
    「命知らずの愚か者めが!」
    「うあっ!」
     体を両断されたかと思えるほどの衝撃が玉を襲う。一瞬遅れてやってきた刃の痛みに、彼女は思わず身をよじった。
    「こいつが居座ってたんじゃ死者もおちおち眠れやしない。さっさと消えてもらおう」
     玉を庇うように前へ出た千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)の黒死斬が、狙い違わずノーマを切り裂く。
    『もう一般の人達に手出しはさせないよ?』
     そう書き込まれたスケッチブックを掲げながら繰り出されたエルシャ・プルート(スケッチブックと百面相・d11544)の跳び蹴りが、ノーマの足取りを鈍らせる。着地したエルシャは、スケッチブックをいそいそとしまい込んだ。こんな強敵相手に、筆談をしながら戦うのは無理だと気づいたからだ。
    「好きに動かせはしないですよぅ!」
     後方から飛び込んで来たイシュテムのバベルブレイカーが、ノーマの躰に突き刺さる。高速回転する杭に肉体を捩じ切られた吸血鬼はぐわっと低く呻いた。
    「まずは下準備ね」
     敵味方が激しく打ち合うなか、パニーニャは自らに癒しの矢を撃ち込む。清和もまた、玩具のようにも見える天星弓を構え、パニーニャへ向けて癒しの矢を放った。
    「…酷い、事件。もう、起きないように…せいいっぱい、わたしに、できることを…」
    (「これが遠距離にも届くサイキックなら便利なのだがな」)
     仲間の後ろで目立たぬように振舞いながら、潺・穂浪(偏在する紅黒の幻影・d28205)は同列の仲間にヴァンパイアミストを施す。
     斧に宿る竜因子を解放して傷を癒しながら、玉は2年前の事を思い出していた。
    (「自由の為に闇堕ちした私は、凶行に及んだ彼女と同類だろうか」)
     今ここで考える必要のない事を考えてしまうのは現実逃避なのだろうかと彼女は思う。悪い癖だ、と。相棒のクオリアが迷いなくノーマへ突撃してゆく姿を見つめながら、玉はばつが悪そうに前髪を弄った。
    「我の傀儡となって同士討ちでもするが良い!」
     七緒が放った制約の弾丸を避けたノーマが、緋色の逆十字でパニーニャを深々と切り裂く。ガリッと床を蹴りローラーダッシュを仕掛けたエルシャが、炎を纏ったキックでノーマを苛烈に攻め立てた。
    「痛くて、苦しかったんやて? 可哀想に。でもこれも因果応報やよ。存分に苦しんでから逝くとええよ」
     希沙のフォースブレイクがノーマの頭部に命中する。不快そうに顔を歪める女の体に、イシュテムの鋼糸が巻き付いた。
    「全力で、サポートします…!」
     傷つき催眠を受けたパニーニャへ再度癒しの矢を放つ清和。その横で、穂浪は後衛を担当する仲間に淡々とヒーリングライトを施している。
    「アンタは許せない、必ず倒してみせる!」
     パニーニャの足元から伸びた影が触手となり、ノーマを捕えようとする。しかし敵は漆黒の呪縛をこともなげに避けてしまった。
    「ふん、状態異常を重ねて我の動きを鈍らせようとしているのだな。煩わしい。ハアアアアアッ!」
     裂帛の叫びをあげたノーマが、全てのバッドステータスを吹き飛ばした。
     ドガガガガガガガッ! 
     クオリアの機銃掃射に援護されながら玉がノーマに肉薄し、影縛りを繰り出す。だが、腹が立つほど軽やかな身のこなしで彼等の攻撃もまた回避されてしまう。
     奴隷の首輪で力を制御されていても、やはりヴァンパイア。そう簡単には倒せそうにない。

    ●思念の末路
     乱戦となった音楽室で、激しく、うなされるような攻防が続いている。
     壁という壁に鮮血が飛び散り、もはや無傷の者はいなかった。それだけノーマの憎しみが激しいという事なのだろう。
    「苦しい? 憎い? ……冗談っじゃない、自分の行いを棚に上げといてっ!」
     パニーニャの叫びを聞いたノーマは、侮蔑の視線を投げ返してきた。
    「貴様等のような半端者に我が倒されるなど、あってはならぬことだ。今度こそ、確実に殺す!」
     会話が噛み合っていない。ああ、無駄なんだと七緒は思う。こいつには、どんな言葉も通じない。犠牲者の恐怖も無念も、残された家族の痛みと悲しみも、ノーマにとっては理解できない――いや、どうでもいい些事でしかないのだ。
    (「戦闘が長引いてる。良くない傾向やね」)
     こちらがいくらバッドステータスを付与していっても、シャウトを使われればリセットされてしまう。攻撃は何度も当たっているし、ダメージも蓄積されている筈だが、ノーマは未だ倒れる気配すら見せず、希沙は焦りを感じていた。
    「煩い、消えろ!」
     それまで仲間を庇い続けていたクオリアが、紅蓮斬によって敢無く両断された。相棒の消滅に気遣う余裕はない。悔しい思いを押さえつけながら、玉がノーマを影の触手で捕える。
    「消えるのはそっちだ!」
     七緒の斬撃とエルシャの跳び蹴りが相次いでヒットし、ノーマの機動力を低下させてゆく。
    「想像以上にしぶといのですね……私、ここにいるのが怖いので、なるべく早くお暇したいですの。協力して下さいです!」
     弧を描いて宙を舞う鋼の糸が、ノーマの体にギリリと巻き付く。イシュテムに捕縛された吸血鬼へ、希沙とパニーニャの攻撃が矢継ぎ早に降り注いだ。
    「うう…皆さん、なんとか…耐えて下さい。だいぶ、しんどいです…けど」
    「回復役が先に倒れる訳にはいかない。どうにか、凌ぎきろう」
     激しい打ち合いが続き、回復がじわじわ追いつかなくなってきている。敵が遠距離の攻撃手段を持っている以上、後衛のポジションにいても無傷では済まない。それでもなお前線を維持すべく、清和と穂浪は回復役として必死に駆けまわっていた。
    「所詮は小鳥のさえずり。灼滅者よ、身の程を知るが良い!」
     ザンッ! ノーマの居合斬りが希沙の体を深々と抉る。これまで激しい鍔迫り合いを繰り広げていた彼女も、ここで遂に力尽きてしまった。
     仲間を庇いきれず唇を噛みしめながら、玉がシールドバッシュを繰り出した。七緒の放った弾丸が緑の軌跡を描きながらノーマの体にめり込む。エルシャとイシュテムのサイキックを食らって仰け反った敵めがけて、パニーニャが冷気の氷柱を射出した。
     激しい攻防。まるで終わりのない戦いのようだと、灼滅者達は焦燥感にかられる。
    「そろそろケリをつけようか、灼滅者!」
    「ぐ……っ!」
     目にもとまらぬ強撃が玉の体力をごそりと奪う。いつでも動けるよう控えていた穂浪と清和の回復サイキックに癒された玉は、自らも竜の力を使って傷を回復したが、受けたダメージは思いのほか大きかった。
    「それ以上、やらせないよ!」
     イシュテムと七緒が鋼糸を操り、ノーマを切り刻んだ。星の煌めきにも似たエルシャの蹴撃が、畳みかけるように敵を襲う。
    「この校舎にアンタの残留思念っ……残させないっ、あるべき場所へ、返すッ!」
     パニーニャは、この忌まわしい吸血鬼に『狩られた』者の魂に思いを寄せながら、影を纏った巫槍『オーラレイン』を思い切り叩きつけた。
    「ぐ……ぅ」
    「!」
     遂に――ノーマがぐらりと足を縺れさせた。明らかに先刻よりも動きが鈍くなり、攻撃が当てやすくなっている。弱っているのだ。このまま攻め続ければあと少しで倒せるかもしれない。
    「く……舐めるな、灼滅者!」
     ノーマが握りしめる刃が鮮血の色に染まった直後、玉の体がどうっと床に倒れた。緋色の一撃が彼女を打ちのめし、その生命力を根こそぎ奪ったのだ。
    「もう…やめて、下さい!」
     既に複数の仲間が倒れている。これ以上傷つけられてなるものかと、清和がジグザグスラッシュでノーマに斬りかかった。
    「闇と邪悪を討ち滅ぼす……それが私の役目!」
     穂浪の手元から放たれた裁きの光条が、ノーマの脳天を鋭く貫く。
    「畳みかけるよ!」
     七緒の叫びを皮切りに、最後の総攻撃が始まった。
     四方から襲いくる灼滅者の全力攻撃に、さしものノーマも耐え切れず――。
     ズタズタに傷ついたノーマが、肩で息をしながら呆然と呟く。
    「そんな、馬鹿な……どうあっても、我は貴様等に勝てぬというのか……」
    「随分と無様に苦しんだようだね。何よりだ。やるだけやってんだ、自分だけ無事でいようなんて甘いんだよ」
     鋼糸を繰りながら冷たく言い捨てた七緒は「……僕は、覚悟はできてる」と小さく付け加えてから、くっと指先を動かした。
    「うあああああああ、あああああッ! 認めぬ! 我は絶対に認め――」
     言葉が最後まで紡がれる事はなく、ノーマの体がバラバラに分断されて、ぐしゃりと床に崩れ落ちる。肉塊となった骸はそのまま、光の粒となって消滅した。

    ●帰還
    「お二人は無事ですの?」
     傷ついて横たわる玉と希沙を心配そうに覗き込んでいるのは、イシュテムとエルシャ。深い傷を負ってはいたものの、死に至る怪我ではない事がわかり、灼滅者達はようやく緊張を解いた。
     やがて二人も目を覚ますだろう。
    『ノーマも消えて、めでたしめでたし……だけど、慈愛のコルネリウスの狙いはいったいなんなのかな』
     スケッチブックにそう書いて首をかしげるエルシャ。しかし、彼女の疑問に答えられるものは当然ながらいなかった。
     断末魔の瞳を使用した七緒は、意外にも、音楽室で死亡した者はいなかった事を知る。おそらく前回ノーマを倒した灼滅者達の手当てによって、犠牲者は一命をとりとめたのだろう。
    「じゃあ、この花は……別の場所に手向けたほうがいいのかな」
     持参した花束を手に、彼はそっと廊下へ出ていった。
    「終わったんか……無事に倒せたんやな」
     痛む身を起こした希沙は、事の顛末を伝えられて小さく息をつき、お守りとして持っていた傘に手を触れた。
    (「もう二度と、悲劇が繰り返されることのないように」)
     澄み渡るような青い空を映した傘――青い色を見れば、嫌な気持ちも晴れるような気がする。
    「ヒカル、キサ、一人で歩ける? 無理なら肩を貸すわよ」
    「大丈夫だ」
     負傷者を気遣って手を出すパニーニャに短く礼を言って、玉達はよろよろと立ち上がった。
     ふと気が付けば、陽はすっかり西に傾き、校舎も本格的な闇に包まれ始めている。
     途端、背後にぞくりと言い知れぬ恐怖を感じて、イシュテムはそわそわと身を震わせはじめた。
    「……は、早く帰りましょうですの! 霊が出……いえ、真っ暗になってしまう前に!」
     確かに、もうここに用はないし、早急に引き上げるのが良さそうだ。パタパタと逃げるように音楽室を後にするイシュテムに続いて、灼滅者達が廊下へ出てゆく。
    「これで…犠牲者の魂も、安らかに眠れます、よね…」
     最後に教室を出た清和は静かに扉を閉め、祈るようにそう呟いた。
     

    作者:南七実 重傷:篠村・希沙(暁降・d03465) 空井・玉(双子星・d03686) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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