エコーズ

    作者:池田コント

     自分を生んだ世界への復讐。
     なんてものをお題目に掲げていたつもりだったが……。
     結果は空回り。
     押しのけたつもりの、美幸に足を引っ張られていたのか……。
     なににせよ、終わったことだ。彼女は灼滅された。
     その意識は、闇ですらないどこかへ消えた、はずだった。
    「……けど、どうしてか、ここにいる。これは、一体どういうことだ?」
     唐突に、少女のビジョンが映る。
     それは、ミユキの知らない少女だった。
    「大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
    「はぁ……? そうなのか?」
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
    「そいつはご苦労なこった」
     残留思念。
     ということは、自分は本人ではないのか?
     死の際に焼きついた在りし日の影。
     ミユキは苦笑した。
    「……んな言い方似合わねぇな。ここにいるのは、残りカスだ」
     闇に堕ちた少女でも、少女の名を語った悪魔でもない、ただそれらの残滓。
    「そんなアタシにいる意味なんてあるのか?」
    「ここに存在する以上、未練があるのでしょう。ならば私はそれを叶えるまで」
     ミユキは苦笑した。
     この少女は大物かその間逆かの、紙一重だと。
    「……プレスター・ジョン、プレスター・ジョン、聞こえますか? この哀れな悪魔をあなたの国にかくまってください」
     初対面の少女に哀れまれる謂れもないが。
    「未練ね……」
     ミユキはそうつぶやいて手近なダンボール箱に腰かけた。
     
    「寝た子を起こすやつなんざ、ろくでもねえすかぽんたんと相場が決まっております。巷を騒がす慈愛の某、今度はまた面倒な輩に目をつけたようでして……」

     慈愛のコルネリウスが、灼滅者に倒されたダークネスの残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしている……。

     残留思念などに力はないはずだが、大淫魔スキュラのように、残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとしていた例もある。高位のダークネスならば力を与える事は不可能ではないのだろう。

     力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすという事はないようだが、このまま放置する事はできない。

     慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、彼女の作戦の妨害を行ってほしい。
     慈愛のコルネリウスは、強力なシャドウである為、現実世界に出てくることはない。
     事件現場にいるコルネリウスは、実体をもたない幻のようなもので、戦闘力はないようだ。
     コルネリウスは灼滅者に対して強い不信感を持っているようで、交渉などは行えないと思われる。
     また、残留思念の方も過去の報告を読む限り友好的であるとは思えない。

     コルネリウスの力を得た残留思念は、残留思念といえど、ダークネスに匹敵する戦闘力を持つ為、油断はできない。
     十分に注意して事にあたってほしい。
     残留思念の戦闘能力は灼滅時とほぼ同等である。過去の報告書を参考にするといいだろう。また、当時の参加者の意見も参考になるかもしれない。
     
    「慈愛慈愛って、とんだおせっかいもあったもんだが、倒したダークネスを復活させられて放っておくわけにもいかねぇ……そう、放っておけねぇってのが、学園の方針だ。死んだやつは、よみがえっちゃいけねえんだ……もし残留思念をとり逃がしたら、どうなるかもわからねえ。きっちり始末をつけてきてくれよ」


    参加者
    琴月・立花(徒花・d00205)
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    赤秀・空(道化・d09729)
    水城・恭太朗(旅をする水・d13442)
    水霧・青羽(絆を築いて其の瑕も抱きしめて・d25156)

    ■リプレイ


     ミユキは座ったまま動こうとせずただ待ち続けた。
    「……きっと来る。あいつらなら」
     今は使われていない廃ビル。
     やがて、生物の気配のしない静寂の帳を裂くように、八人の男女が現れた。
    「こんなところでダークネスがなにをされているんでしょうか」
     トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)の口元には普段と変わらぬ柔和な笑みが浮かんでいるが、眼鏡の奥の双眸は月光のように冷たい。
     幻とはいえ、コルネリウスは高位のダークネス。けれどミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)は堂々と彼女に問いかける。
    「……」
     返ってきたのは完全なる沈黙だったけれども。
    「あのさ、コルネリちゃん、困ったときに力貸すから俺のお願い聞いてくれたりしない?」
     水城・恭太朗(旅をする水・d13442)はコルネリウスならば灼滅者でさえ生き返らせることができるのではないかと考えていた。もしそうなら、ある程度の代償や条件を課してでも欲しい。敵とはいえ、ビジネスライクに付き合う道もあるのではないか。
    (「俺なら、大切な人が死んだとき、なにを犠牲にしても頼みたくなるかも知れない」)
     けれど、シャドウの少女は無言の内に去った。
    「ケケケ、嫌われてるみてえだな」
     ミユキのからかいに、恭太朗は脱力しながら苦笑いを浮かべて対応し、
    「シャドウの気持ちはわかんないよ。せめて話だけでも聞いてもらうにはどうしたらいいと思う?」
    「さー? 気に入るプレゼントでもしてみれば?」
     彼女の望む贈り物。それは恭太朗一人の手には余りそうだ。そもそも一体なにを喜ぶのか?
    「コル姉さんの喜ぶことねぇ」
     水霧・青羽(絆を築いて其の瑕も抱きしめて・d25156)は腕を組み考える。コル姉と呼ぶのは、彼の気まぐれだ。
    「とりあえず、何度妨害されても同じ事繰り返すってのは、学習能力がないのか、それとも実は目的を果たしてるのか……先生、ちょっと気になります」
     とはいえ、今回は既に去ってしまった。
     いや、まだやれることはある……? だとしたらそれは……。
     恭太朗と青羽の考えがまとまるより先に、ミルフィが口を開く。
    「また、お会いしましたわね。以前貴女から胸に受けた一撃は効きましたわよ☆ しかし、貴女までも、彼女の慈愛を受けるとは。まだ、何かの未練があったという事ですかしら……?」
     それは琴月・立花(徒花・d00205)も疑問に思っていたことだった。
    「アタシにもわかんねぇよ」
     ミユキは嘆息し、
    「だが、多分、あいつなら答えが出せるだろうさ。ほらこないだお前と一緒にいた、髪の長えだるそうにしてた男だ。風呂でおぼれ死にそうな。あいつはミユキのことを見抜いていた。多分、本人よりも……」
     この子は自らがミユキでないように話すな、と立花は思った。
     立花は報告書を通してでしかミユキを知らない。
    (「たまたま今回は縁があっただけ……でも知りたいこともある」)
     暴力的な性質を備えてはいたが、生に執着した最期を迎えたようには思えなかった。
     執着といったらむしろ……。
    「この前は世話になったわね。借りを返しに来たわよ」
     鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)は左腕を軽く叩いた。
     過去にワニの顎によって噛み砕かれたその腕を。
    (「正直、コルネリウスには感謝してるのよね。ハセベミユキと、もう一度殺り合う機会を作ってくれて」)
     残留思念であることは残念だが、借りを返す最後の機会。
    「残留思念相手に言うのもアレだけど、こーゆーケジメはしっかりつける主義でね」
     解体ナイフを両手に握り構える狭霧に対して、
    「お前のことは覚えてるぜ。約束は守らないとな」
     ミユキは嗜虐的に笑う。
    「全身を噛み砕いてやる」
    「さあて、貴女にできるかしらね?」
     急激に高まる緊張。
     その空気の中を彼がまるで気にした様子もなく歩いて行くのを、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)は黙って見ていた。
     どんな敵であろうと、所詮は行きずりの灼滅。
     敵である時点で、それに人格を求めることはない。標的はただ倒すだけの物に過ぎず、排除するのに感情を差し挟む余地はない。惡人にとっては。
     だが、彼にとっては違うらしい。
    (「俺はどーでもいんだがな」)
     ミユキの報告書を開くと、彼の名前を三度見つけることになる。たかが一体のダークネスをここまで追い続ける執念とはなんなのか……。
    (「なもんどーでもいんだよ」)
     敵に関心のない惡人には無駄に思えるが、それで灼滅者同士争うのも馬鹿らしい。惡人は予言者の瞳を発動させ、戦いに備える。
     そして、彼、赤秀・空(道化・d09729)は親しき人にするようにミユキへと歩み寄った。
    「会いたかったよ」
     飄々とした態度を崩さない彼にしては、優しい声音。
     空は結果的に決定的な二つの場面に居合わせることができなかった。即ち闇堕ちと灼滅。
     けれど。
    「もしまだ間に合うのなら最後に時間をくれないか?」
    「道化……?」
     訝しむミユキの前で、空は語り始める。
    「僕にとっては結局人も悪魔もなく美幸は美幸だ」
     外見も気の強さも不器用で芯の強い性格も、行動さえも。
     空の想像では、ミユキは自分を絶望させた悪魔達を殺して回っていた。宿敵を灼滅する灼滅者と同じように。けれど誰かに頼ることなく。
     空は告白する。
    「君に嫌われていようが、僕は君の生き様が好きだった。それは僕が死ぬまで不変だ。生きている限り、しつこく君のことを思い返すだろう。一人で死ぬのが寂しいなら、付き合ってもいいくらいに」
    「それって……」
     空の言葉に、息を呑む者、眼光を鋭くする者、身構える者、あくまで傍観する者……。
     果たしてミユキの反応はそのどれでもなく……。
    「……バ、バカ野郎。死んだ女のことをいつまでもグチグチ言ってんじゃねぇよ……」
     ミユキは顔を背けて悪態をつき始めた。
    「ミユキさん……?」
    「バカか……クソ……バカか」
    「ホントにな!」
     惡人が声を荒げる。
    「茶番は終わりだ。もう気は済んだろうが?」
     こちらは灼滅者であいてはダークネス。
     どんな文句を転がそうとやることは変わらない。
    「そうですね。そろそろ始めましょう」
     トランドは惡人に同意しつつ、
    「最後に、ミユキ君はプレスター・ジョンに興味がお有りですか? ないと言っても見逃すわけには参りませんが」
    「別に見逃される気なんてねぇが、プレデターでもプレスリーでも、もうどーでもいいよ。未練ももうなくなった」
    「なくなった? どういうことですの?」
     首をひねるミルフィの肩を誰かがポンと叩いていく。
    「……ともかく、同情するつもりはございませんし、貴女もされたくはないでしょうが、わたくし達でよければ、またお相手を……!」
    「正攻法かつ公明正大かつ正々堂々と……殺し合いましょうか」
    「おぅおぅおぅそうだ、ヤローどもやっちまえ!」


    「ブラン、君に決めた!」
     青羽がサバモンボールを掲げたのを合図に霊犬ブランが出現する。
     立花の影が刀を形作る。携えた日本刀に代えて、立花は漆黒の刃を抜き放つ。
    「その刀は飾りかい?」
     鞘に納ったままの刀。
     立花は困ったような笑みをミユキに向ける。
    「ああ、貴女ではきっと抜かせられないでしょう」
    「ほざけ」
     まずは立花を目標に詠唱を開始したミユキに、ミルフィと狭霧が跳びかかる。ミユキはとっさに魔力障壁を展開し、ミルフィの蹴りと狭霧のナイフをかろうじて防いだ。力の差があるにも関わらず拮抗。
    「今の貴女……あのときと違い、まるで抜け殻のようですわね」
    「残りカスなら、残りカスなりに意地ってモンがあるんじゃなくて?」
    「言ってくれるじゃねぇか」
     ミユキの魔力が急激に膨れ上がるのを察知して二人は同時に跳んだ。氷獄の魔力を寸前で逃れ、ミルフィは不敵に笑う。
    「思念となってもその攻撃……やはり貴女は、わたくし達の強力な宿敵ですわ」
    「違うよ」
     空は癒しの矢を放ちながら首を振った。
    「彼女は本当は敵であることを望んでない……誰も彼も敵でしかなかった彼女の敵になる必要なんて、本当は……」
    「……?」
     惜しげもなく生足を皆様にご披露しながら癒し系バイト制服の青羽は宙を舞う。
    「おい、道化。見た目お前より道化らしいのいるぞ」
    「放っといて! いい装備見繕ったらこれになっちゃったんだよ」
    「でもスネ毛は剃っているんだな」
     青羽のコスプレイヤー魂が、スネ毛の露出を許さない!
    「そ、そういう水城だってメイド服じゃないか!」
    「ああっそれは言わないのがお約束だろ!? それにこれはおさがりなんだよ」
     おさがり?
     一斉に恭太朗のメイド服へ視線が集まる。
     おさがりのメイド服を着て戦う男子大学生。ちなみに現メンバー内で最高実力者。
    「さすが探偵学部は違いますね……」
     トランドが戦々恐々とする。もしかしたらこの依頼中でもっとも感情が動いた瞬間かも知れない。
    「学部は関係ないって!」
     ちなみにメイド服はマネキンのおさがりという意味で。
    「オラッ! 口じゃなくて体動かせ!」
     惡人が銃弾をばらまく。叫んだことでその位置が知れる。回避は容易、と思いきや。
    「……ッ!? 背後から!?」
     それすら自分に注意を向かせるブラフ。
     既に放っていたホーミングバレットが背後よりミユキを貫いた。
    「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ。今は欠片もいらねぇ」
     惡人は次なる攻撃に移る。


    「お前はもっとガムシャラになれよ? 守りたいものを取りこぼすぜ」
     存在するもの全てを凍り付かせる絶対零度。
     トランドさえ例外ではなく、氷像と化し……。
    「……ご心配いただかなくとも」
     トランドは埃を払うように氷の魔力から抜け出すと、その手に持つ剣から祝福の風が巻き起こる。
    「私は、私の守るべきものを守り切ってみせる。私なりのやり方でね」
     蛇咬斬を放ちながら青羽は次の一手に動く。刃の命中は確定している。更に必中の魔力を練り上げる。
    「アイツが逃がした相手を、残留思念とはいえ退治することになるとはねぇ」
    「アイツ?」
    「黒揚羽って子なんだけど覚えてる? プシッタクスとどめ刺した子」
    「ああ」
     ミユキは苦々しい顔になる。まんまと横取りされたからだろう。
    (「おっ……?」)
     青羽は軽い驚きを覚えた。ミユキは覚えていないと思っていたから。
    「因縁をたどるなら、もっとイメージしないとな。そして、もっとアクティブに」
    「なんの話だ?」
    「なんでもない」
    「そう言わずにぃ、詳しく教えて欲しいんだZE☆」
    「きもっ」
     ノリをよくしてみたら一蹴された青羽であった。
    (「あのお腹にある顔っつーか目玉ってあれ元おっぱいだよな」)
     恭太朗はミユキの豊かな双丘につい目が行ってしまう。
     その外見だけにそういった目で彼女を見た者はいない。恭太朗はさすがの剛胆なる好奇心であった。
    (「気になるんですけど、こう……ダメだ手を伸ばしても噛みつかれる未来しか見えない」)
     想像力と予知の力の無駄使い。
    「……と」
     霊犬ブランに直撃する魔力弾に気づき、背にかばってローリングソバット。魔力弾を蹴り散らす。
     ブランは感謝のひと吠えをしてミユキに斬りかかった。
     回復役のトランドと空の癒しを受けながら、立花達は始終優勢に攻め続けた。兵は精強、弱点を突く備えもあるとなれば、多少のミスなどその場でカバーできる。
     自然、ミユキは着実に追い詰められていった。
     ミユキは魔力障壁を展開し、惡人の降らす弾丸の雨を防ぐ。銃創を癒しながら、青羽の魔法の矢に魔力をぶつけ相殺。
     した瞬間、隙を突いた立花の影刃が脇腹を薙ぐ。
    「く、そ……」
     迫る気配を感じて視線を向ければ、狭霧。一瞬前までいなかったはずなのに。目を離すが命取り。
     手に魔力を収束させ迎撃しようとした瞬間。
     狭霧が左手のナイフに極炎を灯す。
    「こいつ、また……!?」
     かつてワニの顎にレーヴァテインを突っ込まれた記憶がよぎる。
     だが、狭霧が欲したのはその記憶に身構える一瞬の停滞。
     次の刹那。
     狭霧は身をひねり、右のナイフがミユキの左腕を切り離した。
    「先に地獄で待ってなさい。いずれ、私も後を追うコトになると思うから」
     ミルフィは機と見るやありったけの力を込めたバベルブレイカーでミユキの魔力障壁を打ち破り、逆に魔力弾で胸を撃ち抜かれる寸前、予知していたように身を屈めてそれを避けた。
    「二度は喰らいませんわ」
     雲耀剣がワニの顎を両断した。
     崩壊するワニの頭部。ミユキは身を翻し、空へと跳びかかる。だが、道筋に恭太朗が立ちはだかり、代わりに一撃を両腕で受けた。目前で豊かな乳房がぷるんと揺れる。
     がら空きになった側面から惡人が撃ち抜いた直後、立花が頭上から舞い降りる。
    「私にできる手向けは、せいぜいこれくらい」
     冷静にミユキの核を見据え、全力でそれを絶つ。
     容赦ない致命の一撃。
    「冥途の土産になるといいのだけれど」
     立花は静かに影刃を納めた。


    「灼滅なんざただ溜まったもんスッキリする為のもんさ、まぁ毎日の朝グソと一緒さ」
     照準の先には瀕死のミユキの姿。
    「これでスッキリだ」
     惡人が引き金を引く寸前、立花はガトリングガンに手を当て首を振って見せた。
    「好きにさせてあげましょう」
     もう状況を覆す程の力はないと判断してのことだが、速やかに灼滅を完了させたいという惡人も決して間違いではない。
    「……チッ」
     まぁ、ここからどうしようと結果は変わらない。
     たとえこの後空が死んだとしても……ミユキを灼滅さえすればそれは勝利だ。
     空に、ミユキは言う。
    「今にも死にそうなツラしてんじゃねぇよ」
     こんなときでさえ、彼女は強気で。
    「美幸にとっちゃここは地獄でしかなかっただろうが、それでもお前らに出会えたことはきっと……」
     ミユキの手招きに応じて、空は無防備に顔を寄せた。その拍子に爪で首を掻き切られてもよかった。
    (「あの日から、もう二年近く……当時から僕は美幸に惹かれていたのだろう。そしてそれは時を経るごとに強く……」)
     彼女の死に付き合ってもいい、というのは本心だ。
     彼女のいない人生に価値を見いだすことはできない。
     再び抜け殻のようなあの頃に戻るのなら、いっそここで……。
    「……」
     不意に。
     空の唇がふさがれた。
     キス。
     そう頭が理解するのに数瞬。
     呼吸すら許されない濃厚な口づけは一分以上に及び……。
    「……ん、んんっ」
    「……ぷは……ハァ、ハァ……」
    「美幸、これは……」
    「ウツロ、お前は生きろ」
     美幸の分も。
     この地獄を生き抜いて見せろ。
     そして、もし来世で出会えたら。
    「そんときは続きをしようぜ」
     ミユキの体は光の粒子となって空の手からこぼれ、どこかへと消えていく。
     その光景を立花は胸に刻んだ。
     黙祷を誰に捧げればいいのかもわからぬままに。
    「理想王の国送られて、ハセベ……彼女に安息は訪れるのですかしら」
     空はミユキが完全消失しても、いつまでもそこにい続けた。

    作者:池田コント 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 13/素敵だった 27/キャラが大事にされていた 10
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