炎風駆けるは草の原

    作者:六堂ぱるな

     
     見渡す限り丘と林が連なる小高い丘。
     風がここちよい草原の上で、一匹の柴犬がうたたねをしていた。黒毛だが白い麻呂眉が特徴的で、むっちりした幼い印象が強い。足先やくるんと巻いた黒い尻尾が、夢でも見ているのか時々ぴくりと動く。
     やがて身を起こし、ぐーっと伸びをした柴犬は、眼下に草原以外の何かがあることに気がついた。広い敷地を存分に使い、白く日光を反射する大きな建物だ。
     鼻が風の中から嗅ぎつけたのは、甘い匂い。
     お菓子を作って出荷している工場らしい。
     黒い眼が興を引かれたようにきゅっと細まった。毛皮を風が撫でると炎が噴き上がる。
     弾かれたように地を蹴り、それは工場めがけ一直線に草原を疾駆した。
     
    ●邪気なき脅威
     灼滅者の緊急招集の主は、埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)だった。走ってきたらしく呼吸を乱しながら彼女が告げたのは、あるイフリートの出現。
     それこそ、先日闇堕ちした陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)だった。
     避けられぬ闇堕ちの結果、仲間を傷つけないようその場を去った彼は、イフリートと化して姿を現したのだ。
    「陽瀬先輩は外見上、柴犬……というか非常に豆柴っぽい。もちろんイフリートだから人間よりは大きいが、見ていてサイズ感が狂うほど豆柴っぽい」
     だがその気質は、現在のところ間違いなくイフリートだ。可愛らしい見た目からは想像しにくいが、幻獣種の名にふさわしく灼熱の炎を纏い、自由気ままに目についたものにじゃれかかる。
    「思うさま走って気が済んだのか、草原で昼寝をしていたらしい。起きたところで、すぐ近くにお菓子の工場があることに気がついた」
     もともと育ち盛りで食欲も旺盛。ポケットと言わずカバンと言わず、どこかしらに何かお菓子を詰めていたが、イフリートとなったことで性質が変化したらしい。お菓子に縁のあるものに興を引かれて破壊するタイプになったようだ。
    「工場ではたくさんの人がお菓子作りに従事している。工場に突っ込めば従業員も無事ではすまないだろう。間違っても先輩に、人を手にかけさせてはならない」
    「じゃあ、工場の前の草原で迎撃することになるんだな」
    「そうなる。包囲も必要だから、是非手を貸してもらいたい」
     頷いた玄乃は宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)から灼滅者たちへと向き直った。

     豆柴型イフリートはファイアブラッドのサイキックと、クルセイドスラッシュと同じ効果のある牙の斬撃、咆哮と共にオーラを放つオーラキャノンに近い攻撃をしてくる。
     イフリート自体は子犬のようと言うのか、理性的な行動が少ない幻獣種として見ても更に気まぐれで、やんちゃ坊主のようなところが見られる。無邪気でありながら、力ある獣らしく残忍。挑発などはかなり有効だろう。
    「現状、先輩の意識は深い眠りについている状態だ。呼びかけて意識を浮上させながら、イフリートに対しては油断なく攻撃して貰いたい」
     少なくとも最初のうちは理性的な反応は望めないが、呼びかけをすることで少しずつ反応を見せてくるだろう。その声が充分届いていれば、イフリートの打倒と共に陽瀬・瑛多は帰ってくる。
     幸い戦場となる草原には、工場以外には近くに人が立ち寄りそうな場所がない。徹底的に戦うのに不自由しない場所であることが救いだ。
    「今回助けられなければ完全に闇堕ちしてしまうだろう。なんとか救出して貰いたいが……彼は今、強力なダークネスだ」
     迷いは隙となり、灼滅者たちを危険に晒すだろう。救出が無理なら、灼滅せざるを得ない事態になるかもしれない。でもそれは、誰もがわかっている。
     灼滅の言葉は呑み込んで、玄乃は語を継いだ。
    「それでも頼む。行って、先輩を連れ戻してくれ」
    「わかってる。瑛多も望んで堕ちたわけじゃない。皆で引っ張り戻して来るさ!」
     ラズヴァンの言葉に頷いて、玄乃は改めて一同を見回し、ぺこりと頭を下げた。


    参加者
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    楪・颯夏(風纏・d01167)
    九井・円蔵(墨の叢・d02629)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)

    ■リプレイ

    ●大切な仲間のために
     陽瀬・瑛多。
     彼を救う為に、最初に集まった8人と……瑛多に関わりのある者達や、面識はなくとも助けたいと願う者達が、迎え撃つ草原へと数多く集まった。
     埜口・シン(夕燼・d07230)は、集まった協力者達を見回して。
    「今日は皆、よろしく頼むね」
    「ああ、陽瀬が皆の元へ帰る一助となろう」
     久遠のそんな声が心強く感じる。シンは協力者達に声を掛けながら、包囲陣形の確認に余念がない。シンの側には包囲網に参加する宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)の姿もあった。
    「それにしても……焼きたてのお菓子の匂いにつられるなんて、闇堕ちしても君らしいよ、瑛多」
     彼らの背後にあるのは、何も知らずお菓子を作り続ける工場。それが今回守るべきものではあるが、一番の目的はやはり。
    「小さな縁やケド……アノ笑顔が見れンくなるんは、嫌なんよ」
     ぽつりと呟く堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)の言葉が物語っている。
    「そろそろ始めるぞ」
     大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)が殺界形成を展開した。
    「了解。そっちに行く」
     工場から人が出てこないよう見ていた楪・颯夏(風纏・d01167)も彼らの元へと戻ってきた。
     戦いの時間は、もうすぐ。
    「ヒヒヒ、皆に心配させる、悪い瑛多さんを助けるとしましょうかねぇ!」
     香ばしく香るジャーキーを片手に九井・円蔵(墨の叢・d02629)は遠くを見据える。
     ゆっくりと近づいてくる愛らしい影に彼らは顔を見合わせ、頷くと作戦を開始したのであった。

    ●草原での包囲網
     凄まじいスピードで飛んでいくフリスビーが、激しく瑛多にぶつかった。
    「よし! こっちにきたぜ!」
     淳・周(赤き暴風・d05550)の投げたものだったのだが、どうやら、彼を引き付けるのに一役買ったようだ。
    「来いっ!」
     やってきた瑛多が包囲網に入ったのと同時に置始・瑞樹(殞籠・d00403)は、サウンドシャッターを展開させる。
    「がうううう!!」
     異変に気が付いたのか、瑛多が唸った。
    「えーた、マテ!」
     最初に声を掛けたのは、颯夏。
    「いやぁ、すっかり大きくなったなぁ」
     そんな台詞と共に瑛多に付きつけたのは、スナックの袋。
    「……限定品だぞ」
     どうやら、それは期間限定のレアなポテトチップスのようだ。
    「うがっ!」
     瑛多はそれを理解しているのか分からぬまま、バニシングフレアで攻撃してきた。
    「ぐっ!!」
     とっさに手にしていた武器で攻撃を受けるものの、それで防ぎ切れるものではない。
     颯夏だけでなく、その後ろで待機していた仲間数人にも攻撃が入ったようだ。大したダメージではないが……せっかく渡されたお菓子はその攻撃に巻き込まれて、見るも無残な姿を晒していた。
     そんな中、今度はボールが瑛多にぶつけられる。
    「がうっ!!」
     瑛多が向ける先、そこには笑みを浮かべた周の姿があった。
    「ほーら、遊ばねえのか?」
     そういう周の声に瑛多は唸り声を返す。
    「その手じゃキャッチできねえ? なら戻れよ!」
     注意を引き付ける者はそれだけではない。
    「聞きましたよ! 僕と同じ位の身長なんですね! 是非、仲良くしましょう!」
     津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)の言うその話は、瑛多にとって触れてはいけない話題を出して、注意を引き付けている。
    「いやぁ、挑発のために仕方ないとはいえ。心が痛みますねぇ、ヒヒヒ!」
     そういって、用意してきた甘いドーナツを食べるのは円蔵だ。
    「コッチにもエエのあるケドな、食べちゃおっかなー?」
     朱那も香りの強いお菓子をチラつかせながら、挑発していく。
    「いつまでもその姿でいるならば、他の方が仰る通り『チビ』のままとなるだろう。菓子など喰らう暇があるならば、少しでも身体を鍛えたらどうだろうか。その為には、瑛多がその闇を打ち破ってくれなければ果たせないのだが」
     事前に、高身長でスタイルのいい格好良い人間を目標としているという情報を仕入れていた瑞樹も、それを利用して声をかけている。
     蒼侍も負けじと呼びかける。
    「覚えているか、瑛多。共に闇堕ちかけた者を救った時のことを。このままでは救える者も救えなくなる! 今のお前の姿をアイツが見たら、きっと悲しむぞ!」
     以前、共に依頼に参加した時のことを訴える。その言葉を受けて、同じく参加していたシンも強く頷いた。
    「イフリートじゃ最新のお菓子は買えないし、去年の夏一緒に作ったラムネだって飲めない。それに可愛い彼女だって出来ないし、ムキムキのイケメンにもなれないよ、瑛多」
     スターゲイザーで足止めしながら、シンはそう言い放つ。

     攻撃を集中させない。
     そのために彼らが考えたのは、それぞれが独自で注意を引き付けることにあった。
     それだけでなく、盾役を担う瑞樹や守りに徹する颯夏と周、陽太らがいることも大きな要因であろう。それになにより。
    「うがあああっ!!」
     逃げ出そうとする瑛多を。
    「えーたはん、とってこーい!」
     巨大ピザサイズのお煎餅でできたフリスビーを一浄が投げつけたり。
    「えいたとは、まだまだ話し足りないんだ」
     持ってきたゴムボールで蓮二も誘導を試みる。また雷歌は、犬変身で「俺の方がでかいぜ」とドヤ顔で吠えて挑発をしている。
     他にも三月や落葉をはじめとする何人もの灼滅者達が、瑛多を逃さないよう包囲しているため、そこから瑛多が出ることは困難だろう。
     彼らがいる限り、瑛多への呼びかけは終わらない。
     彼が戻るその時まで。

    ●声を届けて
    「ダメージはこっちに任せて、とっととワンコを躾ちまってくださいな」
     後方で仲間の回復を担う十麻が声を上げる。
     元は灼滅者だが、ダークネスと化した今、瑛多はそれ以上の力を発揮していた。
     バニシングフレアを主軸にした攻撃に、フェニックスドライブでの回復が瑛多を呼ぶ声を遠ざけていく。
     それでも、灼滅者達の声は止まることはない。
    「伴に戦う場は学園に在り! 一緒に戻りましょう」
     清めの風で仲間を回復させながら、サクラコも呼びかける。
    「大事な人達を置き去りにしてしまう様な事、しないよね? 駄目だよ、戻ってこなきゃ! ダークネスなんかに負けちゃう様な、小さい男じゃないって信じてる。身長だって、これからきっと大きくなれるんだから」
     逃さないよう包囲しながら、華月も手を差し伸べる。
    「帰って来いって。連れて帰りたいって思ってる奴等が此処に居る。戻って来たら菓子でもなんでもくれるだろうよ。……菓子だけじゃないかもしれないけどさ」
     信彦もそう瑛多の意識に呼びかける。
    「があああ!」
     振り払うようにクルセイドスラッシュを出す瑛多。
    「うわあっ」
     傍にいた颯夏が巻き込まれそうになるのを、とっさに瑞樹が庇った。散るのは瑞樹の真紅の血。
    「くっ……」
     血を流し片膝をつきながらも、瑞樹は声を張り上げた。
    「先生方も……よく仰るだろう、自宅に帰るまでが灼滅者の仕事……だと。戻ってきてもらわなければ、またバスケを教えてくれることも叶わない」
     苦しむかのように暴れる瑛多に陽太はレガリアスサイクロンを重ねた。
    「仲直りにポテトチップス入りますか? ……すみません、戦闘で中身粉々になってしまいました」
     渡そうと思っていたスナックを出そうとして、陽太はもう一度仕舞い込んだ。
    「いえ、それが言いたいのではなくて……帰りましょう。ほら見てください。皆が待っています」
     そう陽太は言い直して、訴える。
    「お菓子美味しいし、綺麗だし、いい匂いがするよね? でもそれを壊したら、お菓子好きな人、皆が悲しむんだよ!」
     毬衣が続けて声をかける。
    「まだまだセンパイ、とみんなとしたい楽しいこと、たくさんある、なのよう……! 新作、の口どけチョコレート買ってきた、だから……帰って一緒に食べよう、ダヨ……!」
     攻撃しながら、チロルも提案という形で説得を試みる。
    「帰ってこないと……こないと……えーたおにいちゃんのお菓子、さちがぜーんぶ、食べちゃうからー!」
     霊犬のちいさいおとーさんと一緒に、さちも涙目でそう叫んだ。
    「ねえ瑛多くん、聞こえる? きみが居ない屋上は静かで寂しいの。今だって望んで堕ちた訳じゃない。いつも誰よりも前へ駆けてくきみなら、光が見えている筈。大切なもの思い出して。目を覚まして! 一緒に帰りましょ!」
     千穂の訴えに合わせて、普段は吠えない霊犬の塩豆が強く遠吠えもしている。
    「いつも明るくてあったかくて。身長の事とか、毎日毎日の変化を楽しんでる感じ。ホントに人生を全力で楽しんでそうって言うか、天性の癒し系ってこういう人を言うんかな? こんな面白い人が居ないとか皆、安心してられないっしょ?」
     続いて狭霧も支援しながら、声をかける。
     瑛多への説得はまだまだ続く。
    「……覚えているだろうか? いや、きっと覚えているはずだ。あの時の天覧儀の戦いは、まだ終わっていない。陽瀬、お前を仲間達の元へ連れて帰るまでが、戦いなのだ。欠けて終わりになんてさせない。お前の帰りを待っている仲間達の為にも逃がすわけにはいかない」
     そう言って、逃げようとする瑛多を誠士郎が壁になって止める。
    「そこの馬鹿犬、僕の声聞こえてる? すずめが今どんな気持ちでいるか、ちょっとは考えろよ! 妹にあれほど心配かけるなんて、兄貴として情けないと思わないの? すずめと、揃ってただいまって家へ帰るんだろ!」
     一哉も声を張り上げ、説得を試みる。
    「ぐあああおおうう!!」
     吼える瑛多にバスターライフルの弾が注がれる。
    「お兄ちゃん何で勝手に居なくなるの!! 置いてかないでってちっちゃい頃からいってるじゃん!! お兄ちゃん、すぐ迷子になるんだから!」
     そう怒っているのは、瑛多の妹、すずめだ。先ほどのライフルを撃ったのもすずめ。
    「帰ってきてよう……遊ぶのも食べるのも、一人じゃつまらないんだもん」
     きっとそれはすずめの本心。
     嫌がるように瑛多は近くにいた円蔵に噛み付いた。肩をかじられながらも、円蔵は微笑む。額に汗を浮かべながら。
    「帰ってこないですずめさんに心配かけるなんて、瑛多さんは悪い子ですねぇ! ほら瑛多さん悪い子はやめて、さっさと屋上に帰ってこないと、おやつ抜きですよぉ!」
     接触テレパスで直接語りかけた。
    (「アタシの目の届く間はそう簡単に完堕ちなんてさせねえ。 救いを信じ希望を胸に堕ちたのなら、救い上げんのがヒーローの役目だ!」)
     強く心に誓い、炎を纏った睦月で周は、全力で瑛多を攻撃を重ねる。
    「天覧儀で覚悟の上堕ちて、迎えに来てもらうの待ってたんだろうが! ならせっかく来てくれた皆の声を聞かないでどうする!  勿論アタシだって迎えに……救いに来たんだからな。休みはこれまで、戻ってこい!」
     これを合図に、仲間達は一気に攻撃を畳みかけてゆく。
    「笑顔待ってる人、一杯おるやん。いい加減わんこは、鎖にでも繋いどき!」
     グラインドファイアを仕掛けながら、朱那が言い放つ。
    「ばかえーた! こんな所で何やってんだよ、ばかちん!」
     そう叫んで颯夏は、瑛多を見据える。
    「皆が皆がって言ってるケドさ、ボクだってえーたが居なきゃ駄目だから。いつもみたいにお日様な笑顔で『りっか』って呼んでよ。えーたが居なきゃ、バカやっても買い食いしても楽しくないんだ……!」
     鋼糸を引き寄せ、鬼神変で攻撃を重ねた。腐れ縁では言い切れぬ関係の、悪友よりも親友よりの思いを胸に秘めながら。
    「迎えに来てる皆の声、ちゃんと聞こえるだろ? 聞こえたなら、早く戻ってきてよ。今なら冷凍庫にアイスもいっぱい入ってるんだぞ! 誰かに食べられちゃう前に……ほら、帰ろう!」
     次に敵の死角から攻撃を仕掛けるのは、蒼侍。
    「こうやって心配してくれる相手がいるだけ、お前は幸せ者だ」
     続いて前に出てくるのは、シン。
    (「君の一番大切な人たちに比べれたら、きっとまだ全然足りないけど。何度も言葉交わした、子犬みたいにお日様の似合う君。円蔵や千穂や瑞樹や、大事な友達も同じだよね……皆の泣き顔見たくないのは、底で眠る君も同じ筈だから」)
     妖の槍を回転させ、その刃を瑛多に向けた。
    「帰っておいで、此処で待ってる」
     槍の妖気を冷気のつららに変換し、瑛多に撃ち出した。
     それでも瑛多の攻撃は止まらない。その威力と動きは徐々に衰えてはいるのだが。
    「ああもうっ!! ダークネスめ! いい加減、瑛多を返しやがれ、こなくそーっ!!」
     半ばヤケになりながらも陽太は、DESアシッドを重ねていく。
    「私、伝えたいの……貴方が帰って来なかったら悲しむ人が一杯いること……」
     最後に悲痛な表情でそう訴えるのは、ディアナだ。
     その気持ちが伝わったのか、瑛多の動きが止まった。
     涙を滲ませながら、すずめはライフルに取り付けられたスコープを睨む。手の指にかけたトリガーに力を込めた。動きを止めた瑛多に照準を合わせて。
    「帰ってこないなんて絶対許さないから……遊んでないでさっさと帰るよ!! お兄ちゃん、ハウス!!!!」
     最後に放ったすずめの一撃で、瑛多はやっと倒れた。
     残ったのはもちろん、灼滅ではなく、闇落ちから帰還した、元の姿の瑛多だった。

    ●ただいまとおかえりなさい
     ぼんやりと辺りを見渡す。
     すぐに目に入ってくるのは、笑顔の仲間達の姿。その中にたくさんの見知った姿があった。
     こつんと、瑛多の頭に何かが当たる。目の前に差し出されたのはロリポップキャンディー。
    「おかえり、瑛多くん。ちゃんとハウス、できたじゃないか」
     茨姫がくしゃりと彼の頭を撫でる。
    「あ、えっと……」
     よく見ると激しい戦いだったというのに、酷い怪我をしている者はいない。それもこれも皆を見守るように見つめる瑞樹がことごとく盾になったこと。それになにより、重傷を負った者達を優先して心霊手術を行った純也のお蔭だ。
     口ごもる瑛多の前に久遠がやってくる。
    「あの時の言葉を違える事無く助け出せてホッとしている……改めて礼を言おう。ありがとう、陽瀬」
     言いたいことを伝えることができて、そして何より、瑛多を救えたことが嬉しい。
     今度はばちんと良い音が響く。颯夏がキツイでこぴんを一発喰らわせたのだ。
    「ばかえーた。皆に心配させ過ぎだ」
     その目には、きらりと輝くものを滲ませて。
    「デカいわんこもエエけど、ちっちゃな瑛多もええやん」
     そう言って朱那が手渡すのは、知人に作ってもらったマフィンとドーナツだ。
     ありがとと、ぱくりと食べる瑛多に思わず、朱那も笑みを零す。
     食べ終えた瑛多の口に、今度はチョコレートが放り込まれる。
    「おかえり」
     にっと笑みを浮かべるのは、シン。彼女もまた瑛多が戻ってきてくれたことを喜ぶ一人だ。
     と、次に手が差し出される。
    「改めて初めまして、瑛多。これからよろしくお願いしますね!」
     実はこれが初めてだった陽太は、笑顔で挨拶を交わす。もちろん瑛多もその手に自分の手を重ねて、熱い握手をした。
     彼らを遠くから見ている二人がいる。キィンと有無だ。瑛多の無事を確認すると顔を見合わせ、笑顔でその場を立ち去った。お腹をさすっている所を見ると、一緒に何処かで食べに行くようだ。
     そんな皆の様子を見つめながら、蒼侍は一人思う。
    (「今までは闇堕ちしても構わないと思ったが、今回のことで分かった。……俺は絶対に闇堕ちしない」)
     その決意を胸に秘めて。
     と、瑛多にぎゅっと抱きつく者がいる。
    「ほら帰るよ。おかーさん、今日カレーだって言ってた……アイスもとってあるから」
     妹のすずめだ。すずめを落ち着かせるかのように、瑛多は優しくその頭を撫でてやっている。

     最後にもう一度、皆は声をそろえて言った。
    「「おかえりなさい」」
     その声に瑛多は照れるかのように、はにかみながら告げる。
    「……ただいま」

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 9/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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