未来の語り部、縋る老人、切り裂く漢

    作者:飛翔優

    ●未来を与えられし老人は
    「力あれ、それがお前の、生きる道」
    「おお……」
     琵琶湖湖西地域の住宅地、隣の生活音が聞こえるほど壁の薄い安アパートの一階。二号室の主たる老人郷蔵が、慈眼衆久井の説法を受けていた。
     引退前は会社で辣腕を振るっていたものの、人望がなく一人寂しい老後を送っていた郷蔵。久井の穏やかな言葉に心動かされ、信仰を始め……ついに今日、強化一般人になると決めた。
     否、なった。
     たった今、
     郷蔵は一本の槍を渡されて、深々と頭を下げていく。
    「久井様、感謝します。このような寂しい老人に新たな役目与えてくれて」
    「気にするな、すべては主、そのためにっ」
     瞳を細めた久井が、眉根を寄せ老人の方へと跳躍。直後、久井の背後にあった大窓が縦横無尽に切り刻まれた。
    「やぁやぁ、いたいけな老人を戦いに引きこもうとしている輩が足を運んだってのは、あ、ここのことかい?」
     ガラスの破片を蹴り飛ばし、刀剣と思しき頭部を持つ男が芝居がかった調子でポーズを取る。気を引き締めていく郷蔵、久井に対し、さらなる言葉を重ねていく。
    「我ぁが名は刀剣怪人陸奥守! 安土城怪人に使える兵よ! どうやらすでに慈眼衆の魔の手に落ちてしまった様子、ならば容赦はしない。いざ尋常に、勝負いたせい!」
     ――平穏に包まれていたはずの住宅地で、また一つ、天海大僧正と安土城怪人の戦いが開幕した!

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みを湛えたまま説明を開始した。
    「琵琶湖を巡る刺青羅刹天海大僧正と悌の犬士安土城怪人の戦いはの戦いは、みなさんの助力により、天海大僧正側が優勢になっているみたいですね」
     この状況を打開するため、安土城怪人は刀剣怪人軍団を戦場に投入した様子。
     刀剣怪人軍団は、天海大僧正の勢力範囲である琵琶湖の湖西地域で、戦力増強のために強化一般人を増やそうとする慈眼衆を攻撃しようとしているらしい。
    「慈眼衆と刀剣怪人が戦えば、周囲の一般人に被害が出る危険性もあります。ですので、見過ごすわけにもいかないでしょう」
     また、この琵琶湖の戦いを早急に集結させる為、どちらかの勢力に肩入れするという方法もあるかもしれない。
    「この事件は、場合によっては琵琶湖の戦いの流れを決めることになるかもしれません。ですが、現時点では何が正解なのかもわかりません。ですので、どういった方法でこの事件に介入するかは、皆さんにお任せします」
     概要説明はこれで終わりと、葉月は地図を広げていく。
    「皆さんに赴いてもらう、慈眼衆と刀剣怪人の接触場所はここ。住宅街のアパートの一室、郷蔵さんと言う名前の老人が独りで住んでいる部屋です」
     当日の昼間、慈眼衆の久井が郷蔵に説法を行い、強化一般人として覚醒させる。直後、刀剣怪人陸奥守が三体のペナント怪人と共に襲撃を仕掛ける……と言うのがおおまかな流れ。
     接触できるタイミングは、久井が郷蔵に説法を行っている……強化一般人として覚醒する少し前から。それ以降、好きなタイミングで介入する事ができるだろう。
     もっとも、郷蔵の強化一般人化を阻止するためには、一番最初のタイミングで接触しなければならない。その事を留め置きながら郷蔵の強化一般人化を阻止するか否か、及びどちらに肩入れするかを決めると良いだろう。
     相手取る、あるいは味方戦力として計算できるようになる久井、及び陸奥守の戦力は次の通り。
     久井は攻撃役で、鬼神変をメインに防護符、導眠符を用いてくる。
     強化一般人と化した郷蔵も攻撃役で、妖かしの槍を振り回し旋風輪、妖冷弾、螺穿槍を使い分けてくる。
     一方、陸奥守は攻撃役。日本刀を操り、月光衝と雲耀剣、ご当地ビームを仕掛けてくる。
     配下たるペナント怪人は二体でやはり攻撃役。手裏剣を操り、乱れ手裏剣とスパイラルジェイドを使ってくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、葉月は締めくくった。
    「どのような形で、どちらに介入するか……それによって、状況が様々に異なっていく案件。どうか、何が起きても大丈夫なよう、ご対応をお願いします。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    祀火・大輔(迦具土神・d02337)
    比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)
    ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)
    織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)
    皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)
    巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)
    豊穣・有紗(神凪・d19038)
    揚羽・王子(全知は全てを知っている・d20691)

    ■リプレイ

    ●全ては人を護るため
     響く音色は刃の交差。
     紡がれしは敵意の言葉か。
    「邪魔するな、全ては主の、名が故」
    「そうは行かぬ、こちらとて全ては主の銘。貴様の命、貰い受けるために、あ、ここに来たぁ!」
     慈眼衆、久井が符を投げる。
     刀剣怪人陸奥守が切り裂いて、返す刀で強化一般人と化した老爺郷蔵の刺突を弾いていく。
     仰け反る郷蔵を猛追する形で、二体のペナント怪人が手裏剣をみだれ打ち――。
    「さあ、狩りの時間だ!」
    「誰だ!」
     ――両者が同時に振り向いた先、陸奥守が切り倒した窓の向こう側。武装した皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)が仲間と共に、剣を引き抜き佇んでいた。
     桜は両者に微笑みかけた後、ペナント怪人に斬りかかる。
    「殺しがいがあるといいな、楽しませてね♪」
     慌てて掲げてきた手裏剣を弾き、返す刀で一閃。口の端を持ち上げながら、体を捻り後ろふくらはぎをも切り裂いた。
     揚羽・王子(全知は全てを知っている・d20691)はビハインドの病葉を最前線に向かわせながら、同様のペナント怪人に影を放っていく。
    「住宅地で戦闘を始めるとはのぅ、やはり安土城怪人の勢力もろくでもないじゃの」
     言外に安土城怪人との敵対を匂わせ、両者の動向を伺っていく。
     陸奥守は明らかなる敵とみなし、ペナント怪人に指示を出し始めた。
     久井はしばし思考を巡らせた後、郷蔵に静かな調子で告げていく。
    「敵じゃない、今はそれでも、十分だ」

    ●示すための一回戦
    「しかしなぜ、貴殿ら我に、味方する?」
     更に一呼吸の間を置き、放たれた疑問。
     織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)が剣に炎を走らせながら返答する。
    「まあ、利害関係の一致というやつでしょうか」
    「折角の暑い夏、身体の芯から冷やしてあげましょう…!」
     久井が認識したかなどは確認せず、ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)は陸奥守陣営の周囲を氷結させた。
     炎を浴び、体の一部をも凍りつかせながらも、陸奥守陣営は怯まない。
    「敵が増えた、まさに窮地。されど、あ、怯まず戦えぇ。それこそ、我らが役目なりぃぃ!」
     ペナント怪人たちが放ちし手裏剣の只中を跳躍し、祀火・大輔(迦具土神・d02337)に向かって刀を振り下ろす。
     大輔は薩摩の投稿技術を再現して造られた刀を振るい、刃の音色を響かせた。
    「っ! アンタが土佐の名刀陸奥守か……なるほど、悪くない」
     言葉と共に押し返し、構えながら告げていく。
    「俺は薩摩が守人が一人、示現流・祀火大輔。名刀陸奥守と仕合える事、誇りに思う。……いざ尋常に、勝負!!」
    「……承知! 我が名は刀剣怪人陸奥守! 慈眼衆もろとも灼滅者……そして、大輔、尋常に勝負いたせいぃ!!」
     一人で抑えこまん勢いで、大輔は陸奥守と切り結ぶ。さなかにも手裏剣は宙を乱れ飛び前衛陣を切り裂いていく。
     慈眼衆と肩を並べての戦い、戦力差は圧倒的。威力分散にも成功している。
     しかし、全てを回避できるわけではない。
     桜は左腕に刺さった手裏剣を引き抜き、杖を握りしめる。
     淡い桜色の光が導くままに突き出し、ペナント怪人の顎を捉え爆破。存在そのものを打ち砕いた。
    「一体目……次はあなただね♪」
     残るペナント怪人へと向き直り、にっこり笑顔を浮かべていく。
     陸奥守陣営は浮足立つ事もなく、変わらずに刀を振るい手裏剣を投げ続けていた……。

     程なくして、残るペナント怪人も消滅した。
     が、手裏剣の毒を抱えたままだった病葉が限界を迎え、一時的な消滅の時を迎えていく。
     王子は瞳を細め、治療のための陣を展開しながら陸奥守に問いかけた。
    「前から疑問じゃったのじゃが、ペナントとはどう使うのかえ?」
     槍を弾き、陸奥守は口を開く。
    「それはもちろん、あ、飾るものぉ!」
     刀を引き戻し構えなおしていく光景を眺めながら、豊穣・有紗(神凪・d19038)は霊犬の夜叉丸に麗音のライドキャリバー、アリオンの治療を命じていく。さなかに一旦退いていく郷蔵の姿を眺め、静かな思いを巡らせた。
     強化一般人になっちゃったお爺さんは助けたい。そのためにも、まずはこの戦いを超え無くてはならない。
    「……」
     拳を強く握りしめ、陸奥守に向かって影を放つ。
     影が足を捉えるも、動きを制するには至らず陸奥守は刀を横になぐ。
     三日月の如き斬撃が駆け抜けて、アリオンを押し返し消滅させた。
     一方、斬撃を飛び越えた比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)は螺旋状の回転を加えた刺突を放ち、刀を盾代わりに防いできた陸奥守を押さえつけていく。
    「っ……今よ」
    「いっけぇーっ!」
     巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)が横から杖を突き出して、槍を競り合っていた刀を突き上げる。
     魔力を爆発させいびつな音を響かせた。
    「刃こぼれしちゃったんじゃないっ?」
    「ぐ……」
     事実なのだろう。陸奥守は身を引き、灼滅者たちから距離を取る。
     させぬと、有紗が光輪を向かわせ体を縦横無尽に切り裂いた。
    「ぐ……無念なり……」
    「……これで一息。次は……夜叉丸!」
     金属の粒子となって消滅していく陸奥守を横目に、有紗は行き着く暇もなく夜叉丸の治療へ回るよう指示を出した。
     改めて己等と慈眼衆の様子を確認してみれば……サーヴァントが二体欠けるなど被害はやや大きい。一方、陸奥守がメインターゲットとしていた慈眼衆の被害も……。
    (「思ったよりも、少ない……?」)
     灼滅者たちが負ったものに比べれば随分小さいと、有紗は目を細めていく。
     されど数で勝る事ができると信じ、大輔が振り向き様に虚空を切り裂き風刃を放った。
    「俺個人の目的は果たせた…が、まだ終わりじゃねぇ。残りはアンタ等だ。天海も、安土城怪人も、俺が全部叩っ斬る。この日ノ本を、これ以上好き勝手にはさせねぇ! それが、俺の武士道! 俺の生きる道だ!!」
    「……」
     郷蔵が風刃を受け止め退く中、久井は眉根も寄せずに構えを取る。何かを伺うかのように仕掛けてくることもなかったから、麗音が軽い調子で言い放った。
    「ふふ、言ったでしょう、利害関係の一致だと。もっとも……私の利とは飽くなき闘争ですが」
     刃を向け、口元に笑みを浮かべ仕掛けるタイミングを伺っていく。
     暫しの後、久井は静かなため息を吐き出した。
    「敵の敵、敵が消えれば、それは敵、味方と違う、故に備えた」

    ●疲労を抱えた二回戦
     槍を振り回し前線へと突撃してくる郷蔵。
     影に隠れ、不意を打つ形で放たれる肥大化した久井の腕。
     愛華は負けじと傷だらけの腕を肥大化させ、郷蔵の槍を掴み取る。力比べを始めながら、静かな想いを巡らせる。
     確かに、戦いの被害を抑えるためにはどちらかの勢力と手を組むのも一つの手段かもしれない。けれど……。
    「……」
     一般人を巻き込むのであれば放っておくわけにはいかないと、郷蔵を押し返し開いた守りの内側へと入り込む。
     肥大化した腕をえぐり込むように打ち込んだ直後、王子は愛華を光で照らしながらころころと笑い始めた。
    「妾の知り合いも妖の槍を使うのじゃが、お主には似合っておらぬのぅ。子供の遊びの様じゃ」
    「……なんじゃと」
    「更には寂しいからと還元に誑かされた……哀れじゃのう」
    「……小娘」
    「気にするな、怒れば敵の、思うつぼ」
     郷蔵を制し、久井は符を渡していく。
     一呼吸分の間をおいた後、郷蔵はわかったと呟き桜に向けて氷の塊を撃ち出した。
     避けきれず、横っ腹が凍りつく。されど動きは鈍らせず、郷蔵を何度も、何度も殴りつけた。
    「一発……二発♪」
    「……」
     捌ききれずに退いていく郷蔵を眺め、ミネットは眉根を寄せていく。改めて久井を睨みつけ、言葉を叩きつけていく。
    「戦で不倶戴天の敵に打ち勝つ……その、己が矮小な願いに老人の心を利用する。それが貴方達慈眼衆の……いえ、天海の意志ですか。……答えなさい、久井っ!」
    「……」
     しばしの後、久井は答えた。
    「貴殿らに、この老人が、救えるか?」
    「何ですって?」
    「利の一致、あるが故にと、我述べる」
     これ以上は不要と言うかのように、久井は手元に符を生み出した。
     ミネットも会話を撃ち切って、魔力の矢を郷蔵へと降り注がせていく。
     合間を大輔が駆け抜けて、炎熱した足を郷蔵に倒れこまん勢いで……それより他に勢いをつける方法がなく……打ち込んだ。
     槍の柄に阻まれ叶わず押し返されよろめくも、気勢は弱めずに久井を睨みつけた。
    「……天海と安土城怪人達だけでひっそりドンパチするなら勝手にやればいい。が、そこに一般人を巻き込むなら俺達も介入させてもらうぜ?」
    「承知した、されど我らも、理由持つ」
     久井は静かに瞳を閉ざした後、大輔に向けて符を投射した。
     戦いによる疲労が、傷が蓄積していたのだろう。符が肩に張り付くと共に、大輔は膝から崩れ落ちるようにして昏倒した。

     久井に殴り飛ばされた桜が、壁に叩きつけられ瞳を閉ざす。入れ替わるように久井の懐へと入り込んだミネットが、小手をはめた右手で頭を掴みにかかった。
    「久井……信仰心を弄んだ罪、決して軽くないですよ」
    「……」
     が、左腕で捌かれ勢いを殺しきれぬ内に、みぞおちに肥大化した拳を打ち込まれ空気の塊を吐いて行く。
    「信仰が、あればこそ彼、救われた」
     押しのけられた後、ミネットは動けない。
     加速度的に追い込まれている状況でも、諦めずに愛華は杖を振り上げ跳躍。
    「そこだぁーっ!」
     氷の塊を生成していた郷蔵へと振り下ろし、肩を強打し魔力を爆破。
     よろめいた隙を見逃すはずもなく、有紗が夜叉丸に麗音の治療を命じながら光輪を解き放った。
    「まだです、まだ、おじいちゃんを救えるはず……!」
    「……」
     後を追うように、夜叉丸の治療を受けてなお傷を塞ぎきれない麗音が長い髪をドレスのスカートを翻しながら郷蔵の懐へと踏み込んだ。
     氷の塊を腹部に受けながらも、ためらうことなく炎熱したミドルキックを腰の辺りに叩きこむ。
     光輪に切り裂かれ、炎に巻かれ壁際まで後退せど、郷蔵が膝をつくこともない。
     追撃しようと、麗音は腰を落とし――。
    「見事なり、されどそろそろ、幕引きだ」
     ――横合いから跳んできた符によって、意識を刈り取られて倒れ伏した。
     残る灼滅者の数は四、サーヴァントの数は一。郷蔵は倒せるかもしれないが、久井へ辿り着けるかと問われれば難しい。
     当初の予定通り、灼滅者たちは手を止めた。
     久井は郷蔵に指示を出しながら、折り目正しく一礼。
    「貴殿らの、その意志だけは、伝えよう」
     言葉を残し、郷蔵と共に久井は去る。見送る灼滅者たちは仲間を抱き起こし、刀剣怪人を倒したことも胸に抱き、郷蔵の元住処を後にした……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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