プリミティブ・ビーチ

    作者:瑞生

    「きゃー! 海ー!! すごーい!!!」
    「素敵な出会い☆ なーんてものに期待できないのはちょっと残念だけど、女同士って気楽でいいよね~」
    「んもう、何はともあれ泳ぎに行こうよー!!」
     伊豆半島某所の貸別荘についたときの、女子大生3人組の会話である。貸別荘の眼前に広がるプライベートビーチは、今日と明日は彼女たちだけのもの。思う存分、海水浴を満喫しよう! ……と、彼女たちが海に繰り出したのは、ほんの少し前の事だった。
     彼女たちは確かに海を満喫している。しかし、その様子は明らかにおかしい。
    「ウホッ、ウホオオオッ!!」
     真っ先に海に飛び込んだ女子大生が、年頃の女子が上げる歓喜の声にしては、ちょっとアレでソレな感じの声を上げた。
    「ウッキー! ヒャハアアア!!!」
     後に続いた2人も、揃って似たような反応である。
     女子大生がきゃっきゃうふふと楽しむ筈のプライベートビーチは今、とても原始的な様相を呈していた。
     
    ●プリミティブ・ビーチ
    「空凛さんの想像通りの事が起きてたよ……!」
     教室に入るなり切り出した須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の言葉に、まぁと黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)が瞳を丸くする。
    「それは……大変な事態ですね」
    「大変な事態だよね……」
     顔を見合わせた2人の様子に、何だ何だと他の灼滅者たちも集まって来る。
    「えっとね。最近現れている、謎のイフリート。それがまた現れたんだけど……」
     自分の周囲の気温を上昇させ、そのエリア内に入った一般人を原始人化させ、更に時として強化一般人へと変えてしまうという能力を持つ、大型爬虫類に似たイフリートの姿が近頃散見されている。どうやらそれが現れたらしいが、それにしてもまりんの顔は苦々しい。見えた光景は、よっぽど頭が痛くなりそうなものだったらしい。
    「海水浴をしている女の子たちが、そのイフリートの効果範囲に入っちゃって、原始人化しちゃったの」
     海水浴。つまり、被害者となるのは水着女子だ。
    「海辺でも現れるみたいですし、この時期ですから、もしや……と思ったのですが」
     空凛もほうと溜息をついた。
     2人の様子も、致し方無い事だろう。思い思いの水着を着て、きゃっきゃうふふと楽しんでいる女子たちが、原始人化するのである。ウホウホとかウッキーとか言い出すのである。百年の恋も瞬間的に冷めそうなその光景を想像して、他の灼滅者たちも黙り込んだ。想像したその光景は、想像する事によって誰ひとり幸せになれないだろう光景だった。もしポロリがあったとしても嬉しくない光景だった。
     勿論、問題はそれだけでは無い。人々を原始人化させる効果範囲は徐々に広がっていく為、やがては都市一つが原始時代を迎える、そんな事態になってしまう可能性もあるのだ。
    「えぇと、だからね。そんな事態になる前にイフリートを灼滅して来て欲しいんだ!」
     気を取り直して、まりんが未来予測をした際に取ったノートを広げた。
    「貸別荘についてるプライベートビーチなんだって。だから、そこにはイフリートと水着女子たちしかいないから、人払いとかは特に必要ないと思う」
     岸に近いところで泳いだり、水をかけあったり、やっている事はそうおかしな事では無いのだが、原始人化した上に強化一般人と化している。灼滅者たちと遭遇したらこちらに襲い掛かって来るだろう。
    「とはいえ、上手く交渉……というか、満足させてあげられたら、戦わずに済むかもしれないね」
     原始人とはいえ、相手は女子。原始的にではあるが、たとえば水着女子たちとお洒落をしあってみるのも良いかもしれない。水遊びをしてみるのも良いかもしれない。はたまた、イケメンが相手してあげる事で、ひと夏のロマンス成分が不足している彼女たちを満たす事が出来るかもしれない。あくまで原始的に、だ。
    「戦っても、勝って、それからイフリートも灼滅すれば元に戻るけど……イフリートと戦うまでの障害にはなっちゃうから、上手く回避できるといいよね!」
     そして、肝心のイフリートである。イフリートはプライベートビーチの、一番貸別荘から遠い岩場の辺りにいる。水着女子たちさえ上手くかわしてしまえば、岩場に追い詰めた状態で戦う事が出来るだろう。
     ファイアブラッドに酷似した、炎を操る能力の他に、その鱗を飛ばして攻撃して来る。鱗の攻撃は手裏剣に似ており、けして侮れないだろう。
    「一刻も早く助けてあげたいです。皆様のお力、貸して頂けませんか?」
     空凛が頭を垂れると、まりんも力強く頷いた。
    「灼滅できれば、徐々に女の人たちも知性を取り戻すから、何はともあれイフリートを灼滅しなきゃ、だね。みんな、よろしくね!」


    参加者
    梅澤・大文字(枷鎖の番長・d02284)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    鴇上・える(中学生エクソシスト・d10229)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    黒澤・零(内に秘めたる炎・d24233)
    東・啓太郎(ロンリースター・d25104)
    ディートリッヒ・オステンゴート(狂焔の戦場信仰・d26431)

    ■リプレイ

    ●原始的ビーチサイド
    「ウホッ、ウホオオッ!」
    「アー、アアアアアー!!」
     浜辺に木霊すのは乙女たちの歓声などでは無く、雄叫びだった。
     娘さんたちをここまで育てて来た親が見れば泣くだろうし、彼女たちに好意を寄せていた男がいたとしたらその恋もすっと冷めるだろう、そんな光景だった。
    「……憐れな」
     理性を失った水着女子たちが浜辺で遊ぶ姿に、ディートリッヒ・オステンゴート(狂焔の戦場信仰・d26431)がそんな呟きを漏らしてしまったのも無理はない。被害者の方々が原始人化してなければ、水着女子との戯れもさぞ心躍るものだっただろうが、目の当たりにした光景は、年頃の男子を引かせるには十分だった。
    「うわぁ……これアレやって、僕、なんか映画で観た事あるって……」
     類人猿を題材とした某SF映画を思い出して、東・啓太郎(ロンリースター・d25104)が遠い目をした。海岸に自由の女神が打ち捨てられていても、今ならきっと驚かない。
    「何だかとってもシュール……ですね」
     鴇上・える(中学生エクソシスト・d10229)も唖然としつつ頷いた。妙齢のお姉さま方がウホウホ言っている光景は、年頃の女子を引かせるにも十分だった。
    「……後は任せた」
     近くにいるらしいイフリートを警戒するべく、黒澤・零(内に秘めたる炎・d24233)が見張りを買って出て、速足で女子大生から離れて行く。
    (「……オイ何の罰ゲームだコレ」)
     類人猿としか言いようの無い水着女子を相手にしては、こちらが味わうのはロマンスの欠片も無い、飼育員気分だ。全くありがたみの無い水着女子たちの姿を前にして、溜息をついたのは楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)だけでは無いだろう。
    「仕方ねェ、ンじャ行ッてみるウホ」
    「ええ! 原始人化した黒歴史を持つ女性を増やすわけにいきませんわ」
     ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)が頷くと、しゃらりと貝殻で作ったアクセサリーが揺れる。中性的な顔立ちのおかげで、不思議とその女性的な口調もさほどの違和感を与えない。貝殻のアクセサリーを纏う姿も、不思議と様になっていた。
    (「お気の毒に……」)
     女性らしさも忘れてしまったような女子大生たちの振る舞いに、黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)が嘆息した。ちょうど、彼女の身元引受人でもある義姉も女子大生だ。目の前の女子大生たちに重なるものがあって、だからこそ尚更気の毒だと感じずにはいられない。
     果たして、現代の人々を原始へといざなうイフリートとは一体――疑問に思わないでは無いが、梅澤・大文字(枷鎖の番長・d02284)にとっては、そのイフリートが何種であろうと関係ない。
    (「世のイフリートはおれが全て焼き尽くーす! この! 漢の炎でなッ!」)
     胸中で熱く炎を燃やしながら、海へと突撃し、早速銛を魚へと突き立てるのだった。

    ●原始的アバンチュール
     しゃらん、しゃらん。
     眩しい陽光に煌めくのは、何も海だけでは無い。空凛とベリザリオのつけた貝殻や珊瑚のアクセサリーが、二人が歩くたびに揺れて煌めいた。
    「ウホォ……?」
     綺麗なアクセサリーで着飾りたい。お洒落をしたい。それは原始人であろうが現代人であろうが、乙女たちが等しく持つ欲求だ。まず最初に反応したのはワンピース娘。
     花柄のバンドゥビキニにパレオを巻いた、華やかな色彩の娘――空凛を、頭から爪先までしげしげと観察しつつこちらへと近づいて来る。
    「良かったら、いかがですか?」
     声を掛けて、空凛が珊瑚のネックレスを差し出した。あえて精緻なカッティングは施さない、天然石を繋いだそれを、ワンピース娘が凝視する。
     ――念の為補足しておくと、灼滅者たちも皆、原始人っぽい言葉で話し掛けている。その為、正確に言葉で女子大生たちと意思の疎通が取れている訳では無いのだが、そこはボディランゲージでカバーである。
    「ほら、つけて差し上げますわ」
     空凛が差し出したネックレスを代わりにベリザリオが受け取り、自身の首を軽く指さした。
    「ウホ」
     こくんと頷いて、ワンピース娘がくるりと背中を向けた。その首へとネックレスを掛けてやると、嬉しそうにワンピース娘がその口元を綻ばせる。
    「アーーッ!」
     日本語に訳すなら、「イケメンにアクセサリをプレゼントされるなんてずるい!」とでも言っていそうな、不満げな声を上げて、ビキニ娘が割り込んできた。
     あらあら、と笑ってベリザリオがビキニ娘の相手を始めた頃には、空凛とワンピース娘はアクセサリーをつけたり外したりして、既に友人のように打ち解けていた。
    「ウウ……」
     ちょっぴり退屈そうなのはタンキニ娘だ。彼女自身はお洒落にはさほど興味が無いのか、一人で波打ち際で蟹をつついて遊んでいた。
    「ファルケ!」
     サバモンボールを翳して、ディートリッヒがライドキャリバーのファルケを出現させる。実際にボールに入っているかどうかは――こういうのは、気持ちの問題だ。
    「良かったら乗りませんか?」
     そんな彼女へと掛けられた声。タンキニ娘が振り向いて顔を上げると、ディートリッヒがひらりと手を振った。
     砂を巻き上げて、一気にタンキニ娘の傍までと駆けるファルケの姿に、タンキニ娘も興味津津だ。まるでその速度は、疾走する獣のよう。けれど、それにディートリッヒは跨っている。乗りこなしているのか、と、彼を見上げるタンキニ娘の視線に、尊敬の色が垣間見えた。
     差し出したディートリッヒの手を取り、ファルケへと乗せて貰うタンキニ娘は嬉しそうに笑う。
    (「水上走行は……流石に無理でしょうか」)
     今でこそ強化されてはいるが、一般人ではライドキャリバーを乗りこなすのは難しい。ディートリッヒも併走してやる必要があることを考えると、波打ち際を走るのが無難だった。それでも砂や、時折押し寄せる波を巻き上げて走るタンキニ娘はご満悦である。
     思い思い楽しんだ女子大生たちだったが――ほぼ同時に、ひくりと鼻を鳴らした。
     香ばしい匂いが、どこかから漂って来ている。

    ●原始的ランチタイム
    「原始生活において漢の仕事とはそう! 狩猟ッ!」
     自信に満ちた表情で狩りを終えた大文字が仕入れた、たくさんの魚。それを、貸別荘に近い岩場の傍で火を熾し、魚を焼いているのだ。
    「おおお……!!」
     女子大生たちからも、灼滅者たちからも、思わず歓声が上がった。特に、女子大生たちの目の色が違う。特に原始人的感覚で考えると、狩りの出来る男は一際輝いて見えるものだ。大文字へと女子大生たちの熱い視線が注がれる。
    「ゲェーッハッハ、さァ思うさま貪るが良いウホ!」
     原始人に歓声を上げられても――。そう一抹の虚しさを感じつつ、盾衛は差し出す魚においしくなあれと念じ、食いやがれとばかりに焼き魚の串を差し出した。
    「喉乾いとるやろ? どれにする?」
     啓太郎がバイト先で仕入れたご当地ジュース数々を取り出した。
    「バナナジュース的な銘柄の奴あったかな……?」
     ここに到着するまできっちりと冷やしておいた甘いジュースは、さぞかし女子大生の心を掴むだろう。クーラーボックスから取り出したジュースの蓋を開け、女子大生たちへと差し出す。
    「ホゥ……」
    「ふわぁ……」
     ご当地ジュースほっとした表情で女子大生たちが、ほっとした表情で笑う。
    「後はお姉さんたちで食べてくださいね」
     てきぱきと食事の手伝いをしていたえるが魚を女子大生たちに指で指し示した。食べていいの? そんな彼女たちの視線にこくりと頷いて、灼滅者たちが少しずつ女子大生たちから離れてゆく。
     お洒落が好きだろうが、イケメンが好きだろうが、遊ぶ事が好きだろうが、食欲にはそうそう勝てぬもの。
    「キャアアアアアッ!!」
    「うひゃひゃひゃひゃっ」
     嬉しい悲鳴を上げながら焼き魚へと被りつき、それが無くなれば新たな魚を焼き始める彼女たちを尻目に、灼滅者たちは浜辺を走り進んでゆく。
    「これで後はイフリートだけです!」
     ぐ、と拳を作ったえるに気付いて、軽く手を振ったのは、イフリートを監視していた零だ。彼がここにいるということは、灼滅者たちと女子大生のやりとりはイフリートに察知されずに済んだらしい。
    「……お疲れ」
     原始人たちの相手にちょっと疲れた様子の仲間たちを、零がそう労った。

    ●燃ゆる浜辺
     岩場の奥まった場所に、『それ』はいた。
     黒々とした岩に押し寄せた波が弾かれ、きらきらと陽光に煌めいた飛沫が降り注いだ傍から蒸発してゆく。
     静かにそこに佇み、自身の力を周囲へと振り撒いていたイフリートも、駆けつけた灼滅者たちに漸く気付いたらしく、振り返る。灼滅者たちがカードの力を解除したのも、それと同時だ。
    「……解除」
     腕まくりをしながら、零が静かに解除コードを唱え。
    「こいつが犯人ですわね……!」
     ベリザリオの右腕が、縛霊手へと包まれる。獣の鉤爪の如く鋭く、そして雄々しき腕をイフリートへと突きつけた。
    「ヘーイ、こッちウホォ!」
    「盾衛さん、もうウホは無くても大丈夫ですよ……!」
     原始人との交渉に疲れた盾衛がその鬱憤を晴らすように、イフリートの死角である足元から斬り上げて動きを鈍らせ、それに突っ込みつつ、空凛が『明星』から光を放ち、零へと守りの加護を与える。
    「おれは業炎番長、漢梅澤! 押忍!」
     名乗りを上げて大文字が突撃し、炎を纏うバベルブレイカーをイフリートへと叩き込む。大文字にとってはまさに倒すべき宿敵。その戦意が高まるのも無理はない。
    「常在戦場ォーっ!!」
     ぴりぴりと張り詰めた戦場の空気に高揚したか、高らかな掛け声とともにディートリッヒが指輪から弾丸を放ち、イフリートの鱗の一枚を穿ち抜く。
    「オオオオオッ!!」
     鼓膜を、そして内臓をも震わすような雄叫びを上げたイフリートが鱗をさながら手裏剣の如く灼滅者たちへと飛ばして来る。中衛に着弾したそれは轟音とともに爆発し、砂がもくもくと煙のように巻き上がった。
    「ナノ!!」
     それを癒すべくハートを飛ばすのは2体のサーヴァント。霊犬の絆がその目に宿る浄化の光で、啓太郎のグルメが手にしたフォークでハートを描き、えると盾衛の傷を癒す。
     熱に包まれた戦場にいる者たちに、穏やかな漣の音は届かない。激しい攻防は、双方を確実に消費させていた。
    「ガアアアッ!!」
     鉤爪に炎を宿し、イフリートが腕を振り下ろす。攻撃を受け止めたのはファルケだ。そのエンジン音がダメージに鈍るものの、再度フルスロットルでエンジンを入れて体勢を立て直す。
     えるもまた、癒しの光で仲間たちの援護に回った。攻撃に回る余裕もあれば良かったが――生憎今は、回復に専念するので精一杯だ。癒しの光を受けた零が礼の代わりにえるへと目配せをし、サイキックソードを一閃させる。守りの加護が無ければ、そして癒しが無ければ既に倒れていたかもしれない。一人で勝つ事は叶わない、その事実が悔しくもあり、一方で彼を奮い立たせてもいた。
    「尻尾の鱗を飛ばすって……僕これゲームで狩りまくった覚えが」
     イフリートの攻撃に、ああ、と思いだしたように啓太郎がぼやいた。けれどもその神経は目の前への敵へと集中しており、彼もまた回復に、そして炎や結界を用いてイフリートへとダメージや麻痺を与えんと奔走する。
     ベリザリオの『Garaa de bestia』が、イフリートを殴り飛ばす。至近距離からの一撃は激しい衝撃をその巨体に与え、更に霊力がその身を絡め取る。
     確かにイフリートは強敵であった。操る火焔も、その力を宿した鱗も。
     けれど、自身の手駒とする筈だった強化一般人の援護が得られなかった事もあり、形勢は確かに灼滅者たちへと傾いていた。

    ●現代に還る
    「ヴオオオオオッッ!!!!!」
     再度の咆哮と共に、鋭き爪を持つその手から炎が迸る。砂浜を走る炎が、後衛を飲み込んだ。
    「この痛みこそ、戦場の華……っ」
     燃え盛る炎に包まれて、僅かではあったけれども呻きを漏らしたディートリッヒに、イフリートへと即座に光刃を放ち牽制した零が肩越しに一瞬視線を送った。
    「ちゃんと前みろ……」
     零の言葉はぶっきらぼうだが、確かに仲間を心配してのそれだ。それが分かる故に、ディートリッヒも微かに笑みつつ頷き、立ち上がる。まだ、まだ戦える。絆、グルメの癒しを受けて立ち上がった彼は聖なる風を戦場に吹かせ、灼滅者たちの痛みを和らげた。
     漸くえるも攻撃に回るだけの余裕を確保し――裁きの光をイフリートへと撃ち出して。空凛の足元より蠢いた藍色の影もイフリートを切り裂いた。
     めきめきと、イフリートの鱗が剥がれ落ち、その強靭な皮膚も相当に傷ついている。大きく身体を揺らして息をする竜種の終焉はもう近い。
    「そろそろですわね!」
     引導と渡さんと、ベリザリオが砂浜を蹴って宙を舞う。金髪を靡かせて飛び蹴りを放つ姿は正に流星のよう。その蹴撃の重さに耐えきれずイフリートの身体ががくんと傾いだ。
     残り僅かな健在な鱗の攻撃は、ファルケが庇ってくれた。啓太郎もまた、軽やかに砂を蹴って駈け出し、その摩擦で生じた炎を足に纏わせ、脇腹らしき位置に蹴りを叩き込む。
    「ほとんど丸裸やん」
     そんな言葉にも、もはやイフリートは反応を.示さない。
    「おゥら逝ッとけウッホホォーーー!」
     盾衛が自在刀【七曲】を振り下ろす。多節棍のような分割はあえて行わず、一振りの日本刀として、その全力を叩き込んだ。
    「喰らえぇぇッ! 漢の炎拳!」
     燃え上がる瞋恚の炎のような大文字のオーラが膨れ上がり、そしてその拳へと収束する。
    「うおぉぉ!」
     気炎を上げて叩き込む拳の連撃が、イフリートの鱗を破壊してゆき――そして、全身が罅割れる。
    「オォォォォン……」
     弱々しい断末魔の悲鳴を浜辺に響かせて、そのまま炎の竜は崩れ落ち、陽光に溶かされたように消えて行った。
    「ドラゴンの癖に財宝とかないんですか」
     残念、とディートリッヒが肩を竦めた。跡形も無くイフリートの姿は消え、そこにあるのは伊穏やかな砂浜の姿だけだ。
     戻ってみると、女子大生たちはお腹も満腹、そして遊び疲れたのか、岩場に三人とも凭れかかって眠っている。
    「ウホウホ言ってた記憶って……残るんかな……」
     だとすれば、それはそれでやはり、悲しい事件だ。彼女たちが無事に今回の事を早く忘れられますように。そう願いながら、啓太郎が女子大生たちの傍に缶ジュースを置いた。
    「しっかしまぁ……」
     静かな寝顔で眠る女子大生たちを見下ろした盾衛の脳裏に、先程までの原始人と化していた彼女たちの姿が過る。
    「偶にャ自然に帰るのも良いケド、野生に帰るのは当分腹一杯だわコレ」
     疲れ切った盾衛の声に、皆が頷いたのは――言うまでも無い。
    「さぁ、見つからないようにこっそりと。帰りましょう」
     ベリザリオが仲間たちを促した。

    作者:瑞生 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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