空色の生存

    作者:菖蒲

    ●situation
     人気のない最終電車。荒い息の男がずるずると座りこむ。
     この電車に乗り込む人間はもう居ないだろうか。
    (「生きるためだ……生きるためには仕方ねェんだよ……ッ!」)
     ちくしょう、と唇を噛み締めた男の顔色は蒼白だ。ほんのさっきまで男が浴びて居た『あかいろ』とは比べようもならないほどに、蒼いその横顔を車内の電灯が照らし続けている。
     タタン、タタタン――。
     鏡の様に車内の様子を映した窓に映った姿に男は叫びだしそうになる衝動を抑えた。
     異形の蒼い腕が、異形の身体が。
    (「何だッてんだよ……! こんな、こんな姿になっちゃァ……殺されちまうじゃねェか! 殺される……? はっ、ははは……ッ」)
     怯える男の表情からは段々と焦りがスゥと引いていく。
     そうだ、生きるためには殺せばいい。何時もやってんだろ?
     ――誰にも殺されぬ様に、己が優位者だと示せばいい。
     咽喉を鳴らして笑った男の瞳に、柔らかな光は最早、無い。
     
    ●introduction
    「人を殺めなければいけない――タチの悪い妄執ねぇ」
     憂いを帯びた瞳を細めたリリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)の言葉に五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は肩を竦める。
    「それで、『ソレ』はデモノイドロードで間違いないのかしら?」
    「はい。リリシスさんの仰る通り……一般人が闇堕ちしてデモノイドになり、その力を使いこなす『デモノイドロード』が起こした事件の様です」
     リリシスが聞いたという話しは惨殺事件のソレだったそうだ。彼女の筋道立てた推理から姫子が視たのはデモノイドロードの姿。
    「人を殺さねば自分が殺される。それはこの弱肉強食の世界ではまま有り得る思考回路かもしれませんね。そんな妄執に取り付かれた明保野雄大さん。お年は二十も半ばに差し掛かったサラリーマンの方です。彼は、現時点で多数の事件を引き起こし――……」
     口を噤んだ姫子の様子に灼滅者達は何も言えず彼女の顔を見詰める事しか出来ない。
    「人を殺さねば、殺される。人を殺さねばならない……とそんな妄執を持ち、殺す事によって己が優位者であることを実感する。そんなデモノイド――デモノイドロードは悪意を持ち、知性を発揮した戦いをデモノイド形態でも行うでしょうから……知性ある敵程危険だとも言いますしね」
     なんて、と茶化す姫子の瞳は真剣そのものだ。
    「明保野雄大さんは、人を殺す事で己が優位者だと周囲に示し絶対的な安全を得る様にと考えています。その悪事を行うことで、己を苛むモノは何もないと示したいのかもしれませんね」
     それは新たな殺人を誘発する可能性が在る。何としても、防がねばならないと姫子は灼滅者を見回した。
    「とある駅前。最終電車の時間を過ぎ去った場所ですね。あまり大きな駅ではありませんが騒ぎになると人がくる可能性も否めません」
     ですが、と付け加える。その場所で妄執に取り付かれ獲物を探す彼と出会えるのだという。取り逃がせば被害が出る事は防げない――だからこそ、出番だと姫子は力強く灼滅者へ告げた。
    「彼はデモノイドロードです。デモノイドの力を使いこなすデノモイドヒューマンと同じ能力を持っていますが、危機に陥るとデモノイドとなる。己の意思で闇に堕ち、悪に染まり切った心で悪事を働き続ける……」
     説得を行えど、彼が通常の人間に戻る事は無いだろうと姫子は小さく首を振った。
    「彼を説得する事に成功すれば、彼は完全なデモノイドになる事でしょう。
     デモノイドを制御していたその悪の心が弱まれば――人間としての心は……」
     口を噤む者の、姫子は其方の方が闘いやすい可能性はあると示唆した。知性を失えば、それは暴れる獣同然だ。
     人質を取ることや逃走を行う可能性を防ぐならばその心に語りかけるのもアリだろう。小細工なしにぶつかることも出来るだろうが逃走の機会を与えぬ様に留意する必要がある。
     空色の身体を使って、その男は人を殺し続けるのだという。
     それは、誰にとっても不幸を生み出す事の出来ない物語だと言うなれば。
    「これ以上の悲劇を繰り返さない様――どうか、その想いを止めてあげてください」


    参加者
    水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)
    リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    射干玉・闇夜(高校生人狼・d06208)
    原野・弥彦(小学生ファイアブラッド・d07203)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176)
    深山・一也(中学生デモノイドヒューマン・d23287)

    ■リプレイ


     タタン、タタタン――。
     駅の構内でへたり込んだ男が一人。薄気味悪い笑みを浮かべながらブツブツと呟く青年の投げ出した爪先にコツン、と小さな小石が当たった。
    「……お前か」
     それは囁き声。どこか憎悪を滲ませたのような年若い――少年と青年の狭間のおとこの声だった。男が見上げた先に立っていた片倉・純也(ソウク・d16862)の表情からは感情は滲まない。表情や感情のアウトプットが苦手なのだろう、見下ろす瞳は冷淡そのままだ。
     すん、と鼻を鳴らし、同時に鈴をちりちりと揺らした鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176)は茫とした灰色の瞳を細めて肩を竦める。猫の様に自由な白髪を揺らす風はこの場所には吹いては居ない。
     最終電車が行ってしまった事を示す様に「ご利用ありがとうございました」と、電光掲示板が酷く目障りな色合いでその文字を映しだす。
    「――ああ、ひどいにおい」
     淡い雰囲気を思わす昭子には余りに似合わぬ冷淡な言葉に深山・一也(中学生デモノイドヒューマン・d23287)が渋い顔をする。
    『におい』を感じとる事が出来るデモノイドヒューマンである三人にとって、業の臭いは己の身体に寄生する存在を映しだすかのようで――一也にとっては、酷く不快なものだ。
    (「業ねぇ……一歩間違ってりゃ、あいつが俺を助けてくれなけりゃ、俺もこんな風に暴れてたのかもな……」)
     唇を噛み締める一也の握り拳に座りこんでいた男は「なんだァ」と虚ろな瞳で少年を見上げる。包囲する様に彼を囲んだ少年少女達は皆、年端も行かぬ子供のように思えて、彼は酷く面白そうに咽喉を鳴らせて見せた。
    「子供がよりにもよってこんな時間に、ってか? お迎えが来たのかもしんねェなァ。
     ハハッ……それとも、カミサマが俺にお前らを殺せって餌を与えてくれたのか?」
    「餌? そうだな。『弱肉強食』ってヤツがこの世界にはあると思うよ」
     固く冷たいコンクリートの床を踏みしめて、原野・弥彦(小学生ファイアブラッド・d07203)はゆっくりと前へと歩み出す。
     小学校三年生と言う幼さをひた隠しにしたかのような感情論に座りこんでいた男が楽しげに唇を吊り上げる。
    「『殺さなければ殺されちまう』」
    「『殺すなら、殺される覚悟を持って』……貴方にはそれはあるの?」
     淡々と、真っ白な肌を暗い夜に晒した水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)は殺気を押し広めながら男へと歩み寄る。
     男――明保野雄大は「さァな」と茶化す様に告げ、ゆっくりと立ち上がった。


     焔を思わせる髪を揺らし、鮮やかな紅色の瞳に鋭い色を灯した夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)は周囲の音を遮断しながらバトルオーラを纏う。
    「確認させて貰うが、アンタが明保野か?」
     唇の端を噛み締めた治胡の声音は静まり返った駅構内で反響する。コンクリートから跳ねかえるその芯の確りとした声に雄大は答える様にその姿を蒼く染め上げた。
    「とんだ愚か者だわ」
     ルージュでなぞった唇を釣り上げリリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)は足元から影を顕現させる。影を越え、片腕を獣へ化けさせた射干玉・闇夜(高校生人狼・d06208)が一気に雄大へと飛び付いた。
    「殺して、何になるってんだ」
     低く、蔑むかのような声音は闇夜の心境を表すかのように。
     生きるために――そう言ってしまうとおざなりなのかもしれない。世界を護るためと言えば正義感に浸り過ぎなのかもしれない。兎も角、闇夜にとって、『生命維持』の為の戦いなのだ――ダークネスを倒す自分達も、一歩間違えたら彼の様に『殺さねば殺される』と脅迫概念を持ってしまうのか。
    「殺さなくっちゃァ、殺されちまう! 俺ァ、怖くて堪ンねェ!」
    「何の力もない、何の害も与えない一般人を殺しても、殺しても、足りないくらいだろ。
     俺達灼滅者が、お前を殺しにやってくる。お前が『殺したヤツ』はお前の考える優位性の順位には何も関係ない。幻想に過ぎねぇんだ!」
    「お前らを殺せばいい……ってことだろ?」
     闇夜の爪を受けとめ、大きくその腕を振るった雄大に、真摯な瞳を揺らがすこともなく、純也は行く。
     彼の表情や仕草以上に『妄執』を露わした赤黒く澱んだ影が雄大の身体を縛り付ける。彼の腰で揺れるランプが爛とそのガラスを光りの許に反射させた。
    「『殺す』……か。お前の名前は明保野雄大、と聞いた。同様に『名前』を持つ一般人、命を脅かすでもない存在を何人殺したのか」
    「は――」
    『命を、脅かすでもない』と。その言葉に雄大の動きが緩く鈍る。しかし、彼は『殺さねば殺される』のだと云わんばかりにその大きな腕で彼の姿を隠す様に押し返す。
    「一般人には何の力もねーんだよ。俺や、お前みたいな、こんな『大それた力』。
     そんな力を誇示したって、より大きな力に叩き潰されるだけなんじゃね? 安全を得る為にはその大きな力を倒さなくっちゃ安寧は得れねーだろ?」
     エアシューズの車輪がコンクリートを滑る。大きく翻した無敵斬艦刀が蒼き巨人の腹を掠める。
     擦れる靴底の音が、やけに響く駅の構内はもの寂しさを感じさせる。妖しい笑みを浮かべたリリシスの唇がわずかに揺れる。言葉を発する様に動かされたその意味を感じとれないままに雄大は大きく吼えた。
    「仕方ねェんだよ……こんな力が在るから、あるからァァァア」
    「それで……?貴方はどこまで行く心算なの?」
     艶やかなルージュをひいた唇は侮蔑を浮かべる様に引き結ばれた。リリシスの腕に殴りつけられ、姿勢を崩す雄大へと弥彦が飛び付く。
     月の影を生み出す三つ足鴉――その爪先を模したローラーを踏みしめて、焔を纏った侭、彼は雄大の身体を吹き飛ばした。
    「生きるためにころす。仕方ない。そーいう考え方だよな? けど、知ってるか?」
    「何をッ」
    「そんな考え方だと、守ってもらえないんだぜ。だからほら――今、おれたちに狩られる立場になってる」


     少年の中の善悪感は幼いなりにしっかりと確立されていたのかもしれない。蝙蝠を思わす焔の翼。
    「ちりもつもれば、っていうんだぜ?」
     それは彼の攻撃の意味か、それとも――『善悪論』か。両方に掛かるかのような言葉を振り払う様に腕を振るう雄大の攻撃をしかと受けとめたのは、火の粉の影から体を捻り、飛びこむ純也。
    「為さればならない――為したくない。それはどちらなのか。
     続けなければならないことには違いない。続けるのか、続けて良いのか……どう思う?」
    「続けるんだ! 俺は、生きる為に!」
     声高に告げる言葉に純也の瞳に宿る薄氷の様な思いに彼を見詰めていた昭子が鈴を鳴らして振り返る。
     純也が胸を焦がす思いは、誰も知らない。彼だって、その想いがどの様な結果を齎すかなんて知らない。
     親しいからこそ、『知りたがり』は無表情な友人の言葉を気にして仕方がない。ちりりん、と鈴を鳴らし、バトルオーラを纏って首を傾げる。
    「守りたかったものを壊してしまうなら、ただ在るだけでは――もうひとではないのですよ?」

    「それって、殺して欲しいのサインって事なの?」

     銀色の髪が、揺れた。鮮やかな金の瞳が、俄かに煌めく。梢の胸を焦がした殺戮衝動がその眸のいろから読みとれた。
     指の先で踊った鋼糸は闇の中を切り裂くかのように真っ直ぐと雄大へと狙いを付ける。地面を踏みしめた彼女の足元で、散り散りになったのは、コンクリートで塗装された床に乗った僅かな砂埃。
    「私は、殺されるなら殺される覚悟が必要だって思うわ。
    『上手く行かない人生を、騙し騙し上手く生きよう』……あなたって、相当ヘタなのよね」
     殺人鬼の少女の言葉に雄大が大きく腕を振るう。彼を逃がさないようにと気を配り続けている治胡のシールドが雄大の腕を食い止める。
     しかして、衝撃から頬が裂け、そこから流れる筈の血は焔へと姿を変える。ヤワな少女ではない――芯の確りした少女の身体は、獣の様にその痛みを生命の炎へと変えた。
    「アンタの殺しは、逃げだ。逃げるだけじゃ上手く行かない。普通に生きたかったか?」
    「ッ、当たり前だろォ! 俺はッ……普通の人間だ!」
    「アンタに殺されたヤツらも同じだったろうな? 彼らの無念を背負う覚悟もないアンタに殺されて……理不尽だよな」
     世界が、どれ程理不尽なのかを治胡は知っていた。
     誰かを護りたいと強く思う事が、前へと走る彼女の足を止めさせなかった。
     それでも、守りきれない世界がどれ程理不尽なのかを彼女は――夜鷹・治胡は痛いほどに分かっていた。
    (「俺は堕ちた時、クソ親父にバケモノと呼ばれた……分かる、分かるんだよ。アンタの気持ち」)
     人は何と呼んだだろうか。蒼き巨人を化け物だと、呼んだのだろう。そして、ヒトとして認めなかったのだろう。その姿を嫌悪し、怖がる人間は山ほどいる。
    『そんな事』、嫌だって位に、判っていた。
     構えた異形の腕。一也は吼える。真摯な表情を歪めないままに、彼が同族であると示す腕を、大きく振り翳して。
    「俺だって、こうだぜ! あんたは、ただ生きようと必死になってるだけじゃねーのか!」
     力はどちらも同じだった。戻れるか、戻れないか。その差は酷く大きい様に見えて。
     人じゃない者が人を殺す、父を殺されたその瞬間を思い出した気がして闇夜は小さな舌打ちを漏らす。斧を駆使し雄大の動きを阻害しながら、彼は、大きく地面を蹴った。
    「オラァッ!」

     グォォォ――!

     大きく吼えたデモノイドの腕に吹き飛ばされ、背を柱へ当てた闇夜に「射干玉さん」とリリシスが声をかける。
     震える腕に力を込めて、闇夜の金の瞳が煌めいた。獣を思わすその眸は、鋭い色を灯して、雄大を射る。
    「生きたいなら抗え。優位性を求めて殺して、更に強者が来たらどうすんだ。
     お前が、生きたいならその妄執に抗って、殺さずに普通の人間を気取ってればいいだろう」
    「仕方ねェ……生きたいんだ」
    「貴方は、仕方なくでも生きたかったのですか? 生きたくて、生きる事を否定しません。でも、そんな顔で、殺される事に怯えて、こうして危険に身を浸す羽目になる」
     静かに、昭子は囁いた。癒しを与えた彼女の瞳が、俄かに感情のいろをともしたように見える。

    「……あなたが、望んだ生は、こんなかたちでよかったのですか」


     焔を纏った少年は、瞬いて、目の前の男の姿を見詰める。
     子供染みた説得の言葉は、それで居て辛辣。物心ついたころから焔を操る事が出来たからか――宿敵を殺す為に妹と元に学園の土を踏んだからか。宿敵を滅する事が殺人行為だと認識しているからこそ、彼は、雄大に言葉を投げかけたのだろう。
    「生きるためにころす、本当に仕方ない」
     自分だって、そうだと告げる様に。焔を纏った爪先が一気に蒼の身体を切り裂いた。鋭いそれに雄大が雄叫びをあげる。
     しかして、弥彦の言葉を雄大が受けとめたのかは分からない。その妄執は何処までも深く根付いているのだから。
    「仕方ねェんなら、死んでくれ!」
    「ごめんなさい。死んではあげられないの。この世界の生物全てを殺し尽くすまで、貴方の安息は叶わないわ」
     リリシスが打ち出したマジックミサイル。描いた魔法陣から一気に飛び出す其れがデモノイドの身体をグラ付かせる。
    「で、これまで何人殺めてきたの? その下手な力の使い方で、上品にできない戦いで」
    「知らねェよ!」
    「……そう」
     微かに動いたリリシスの柳眉。冷たいコンクリートに手を付いて、治胡が体から燃え立つ焔を拭う。
     誰かが守ってくれたから己がここに居るならば、この男を護ってくれる人間が居たら――
    「……その思いに身を任せず、抗っていて欲しかった。殺す前に留まって居て欲しかった。
     そうすりゃ、希望はあったのかも知れねぇが……スマン。終わらせる事しかできなくて」
     深く帽子を被り、表情は雄大にしか見えない。焔の血を流した治胡の爪先が地面を蹴る。
     視界を埋め尽くすのは、眩いばかりの赤。その炎のいろに雄大は大きく噎び泣く様に声を上げた。
     死にたくない、死にたくないと抗う様に、デモノイドは『人間らしさ』を前面に押し出してくる。
    「抗う事を止めてしまったら、そこは行き止まりだった。もう躓いてしまったのよ。
     ここで躓かなくっても、未来永劫、躓かない訳なんてない。のべつ幕無しに人を殺した結果が、これだった」
     リリシスの言葉は、底冷えする様に心の中へと沁み渡る。槍を突き刺す様に男の腕を床に縫い止めて、彼女が跳ね上がったその場所へと、闇夜が滑り込む。
    「躓いて、俺達に殺されるんだ。お前が殺したその結果、これが、妄執の果てだ」
     刃が、ゆっくりと落とされて行く。蒼の巨躯を屈めた男の腕に吹き飛ばされぬ様に抗って、闇夜が振り仰ぐ。
    「今だ!」
    「……ああ」
     ちらりと、揺れた純也の瞳の感情は何だろうか。アウトプットされない其れを気にした様に昭子の視線がゆらゆらと揺れる。
     勢いよく、それは『人格』と『寄生体』を切り裂く様な、真っ直ぐの刃――異形の刃が、雄大の腕を切り裂いた。
     生きたいと身を捩るデモノイドを見詰めて、昭子はスカートの裾を摘まむ。流れる様な猫の毛を僅かに擽ったのは男の呼吸だっただろうか。
    「殺したら、殺されるだけの、ロスタイムへようこそ。あなたの居る場所からは、何が見えますか……?」
    「暗ェよ……何も見えねェ……」
     瞬いて、ほうと息を吐いた昭子の『ちりりん』と言う音が雄大の耳に入る。
     まだ生きて居ると抗う様に振り翳す腕を受けとめた梢は不機嫌そうな表情を僅かに緩めて、ゆっくりと告げた。
    「あなたの出会った敵対者が、私達だった。単純明快、それだけの話しね?
     自分の行動が無意味だったか……その身を以って味わった実感は、どう?」
     梢の言葉に宿ったのは優しげな色だろうか。ふ、とデモノイドから消えた人間味を感じとり、彼女は小さく肩を竦めた。
     理性を喪ったバケモノは惧れをなすことなくその体を大きく暴れさせる。
    「ああ、ごめんなさい。一つ、忘れて居たわ。あったわね、貴方でも得られる唯一の安息。……おやすみなさい?」
     至近距離のマジックミサイルが。魔術の印が、男の身体を貫く。その衝撃に吼えたデモノイドへと、弥彦は接敵し、炎でその体を押し留め、唇を噛み締める。『ひとごろし』だと、少年は知っている。生きるための戦いだと、弥彦は、一也は解って居る。
    「さようなら、まいごはかえる、お時間です」
     そんな人生に終止符を打とう。蒼を纏った巨躯は次第に力を喪って倒れて行く。
     彼の姿を茫と見つめていた純也は唇を引き結ぶのみだった、
    「アンタの想いは、無念は、俺が持ってく」
     治胡の身体から吹きあがる焔は、男の身体を包み込んで――次第に、見えなくなった。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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