●夏日の悲劇
蝉の声、流れる水音、焼けつく日差しは木々に遮られてほんの少しだけ柔らかい。浅瀬で遊ぶ子供の声が蝉に負けじと大きく響く。川から離れた高台には、色も形も様々なテントが見えた。
自然が豊かな川辺は、普段の静かな姿から一変し、ずいぶんとにぎやかな様相を見せていた。小さな川を挟んだ反対側は木々が深く茂る山になっていて、明るいうちでも奥まで見通しづらい。好奇心旺盛な数人が、じゃぶじゃぶと音を立てて競うように川を横切り始めた。
「おおい、あまり深くまで行くなよー。向こう岸まで渡ったらダメだからな!」
さほど幅も深さもないとはいえ、川遊びに油断は禁物だ。守役の大人がそう声を掛けた、その時。
ヒュッと風を切って、何かが山から飛び出してきた。鋭い刃が、太陽にギラリと反射する。瞬く間もなく先頭にいた少年の体が袈裟懸けに切り裂かれた。
●悲劇の阻止
ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)の予測が的中したと厳しい顔で神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が告げた。
「遊びに来ていた子供の集団が襲われるようだ。どうやら無自覚に鎌鼬のテリトリーへ入ってしまったようだな」
現れる鎌鼬は全部で5匹、そのうちの1匹は体格も攻撃力も高いボスとみられる個体だ。咎人の大鎌に似たサイキックで敵対するものを切り裂こうとしてくる。
「接触できるのは、最初の一人が襲われるタイミングだ。即戦闘になるわけだが、あまり早くから近づくと向こうも警戒して出てこなくなってしまう」
ヤマトが渋い顔を崩さないのは、巻きこまれる者が出てしまうのを回避できないからだろう。ヴァンが灼滅者達を安心させるような柔らかい微笑みを浮かべた。
「襲われる少年は3人、彼らは川の真ん中に居ます。不幸中の幸いで命に係わる傷にはならないようですが、放っておくわけにはいきません。できたら川辺まで運んであげたいところです」
そう告げるヴァンの表情は、いつもよりすこし陰っている風にも見えた。
「それから川辺には大人が1人と子供が4人います。彼らは非常に混乱しているので、安全に避難させるには誰かの手助けが必要です」
突然襲われたのだから無理もない話だ。しかし少年たちを運ぶにしても川辺の人々を避難させるにしても、担当した者は最初のターンは攻撃できなくなってしまうので痛いところだ。
「ああ、もう一つあった。もし気になるようなら、襲われる少年たちを庇ってやる事もできる。ただしその場合はやはり最初のターンを犠牲にすることになるが」
命に関わらないとはいえ、巨大な鎌鼬に切り付けられるのだ。小さな子供に痛みと恐怖が残る羽目になるのは、さすがにかわいそうでもある。
「まあ今回はお前たちなら大丈夫だとは思うが……油断は禁物だからな」
そう完結にしめくくり、ヤマトは灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
---|---|
羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097) |
水無月・神子(偽りの月・d00296) |
花蕾・恋羽(スリジエ・d00383) |
龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176) |
逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461) |
ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839) |
普・通(正義を探求する凡人・d02987) |
凪原・水奈(ディープブルーバウンド・d28145) |
●1
躍り掛かる鎌鼬、凶刃にさらされた子供たち。青ざめたまま凍りついた体の前に、普・通(正義を探求する凡人・d02987)が間一髪で滑り込んだ。
「危ないっ!」
勢いよく振り下ろされた鎌鼬の刃が通を切り裂いた。へたり込んだ少年の足元に赤い色が一瞬だけ纏わりついて、すぐに水流にさらわれて消えてゆく。
「川から出て早く遠くへ逃げろ! コイツらは俺らに任せとけっ」
逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)が声を張り上げた。ざぶざぶと水をかき分けて走り寄り、手前の二人の腕をつかむ。座り込んだまま動けない一人を、見かねた龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)が引っ張り上げる。
「私は大丈夫。さあ、そのお兄さんと一緒にお逃げなさい」
安心させるように微笑む通。腕を伝う血が揺らめき、瞬く間に炎へと姿を変えた。
「ほら、逃げるぞ! 後ろ振り返んな。俺ら強ぇからだいじょーぶだって!」
向かう先に立つのは凪原・水奈(ディープブルーバウンド・d28145)。なんだかだるそうにも見える藍の目が、悲鳴を上げる子供たちを見つめる。
「お願い。危ないからこっち側に来て」
発動した『ラブフェロモン』に、泣きながらもどうにか水奈の元へ向かう小さな子供たち。兎紀も走りながら『パニックテレパス』を展開した。
「危ねーから逃げろ!」
彼らの誘導にとにかく従おうと、大人も子供も必死に走る。その背中に向かって苛ただしげな叫び声を上げる鎌鼬の群れ。直前で獲物をかっさらわれた怒りが収まらない鎌鼬の前には、しかし灼滅者たちが立ちはだかっていた。
「あなた方の相手は此方ですよ」
かちゃり、と眼鏡をはずしてヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)が微笑みかける。
「縄張りに侵入したのは申し訳ないと思ってますが、ここから先は行かせませんよ」
「相手なら私達がしますよ。通せんぼです」
魔導書を携えた羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)に、敵から目を離さないままヴァンが声をかけた。
「羽坂さん、いけますか?」
「はい大丈夫ですっ、それでは手はずどおりに!」
息の合ったタイミングでカオスペインが放たれる。ぱらぱらとめくれる魔導書のページ。手前の、そして奥の鎌鼬に殆ど同時に原罪の紋章が刻み込まれた。苦しげな悲鳴を上げて体をよじる。そこへ容赦なく水無月・神子(偽りの月・d00296)のふるうサイキックソードが襲いかかった。
「真夏のあっつい時期に川遊びに来て襲われるとかたまったもんじゃないわね。面倒だけどさっさと救出してあげましょ」
飄々とした口調の神子だが、鎌鼬が岸辺の方へ行かないよう油断なく間合いを測る。
「楽しんでる人達の楽しみを邪魔するなんて、許せませんっ! 悪い鎌鼬さん達にはおしおきしますよっ」
言うが早いか、花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)の体がきらきらと水しぶきを纏ったまま宙を舞う。重力をたっぷりと宿した飛び蹴りが鎌鼬に炸裂した。霊犬『豆大福』もくわえた刀を振りかざし、ひるんだ鎌鼬に浴びせかけた。
苦しげな声を上げる鎌鼬を前に、一際大きい体のボスが咆哮する。驚き竦みあがりそうなおぞましい声を受け、しかし灼滅者たちは涼しい顔で受け流す。
「折角の楽しい夏の思い出を悲しい思い出にさせる訳にはいきませんし、頑張りましょうか」
紫の瞳をどこか冷たく光らせて、ヴァンはにこりと笑った。
●2
「縄張り荒らしてしまった上に灼滅しなくちゃいけなくて……。申し訳ない気もしますけど、これが私達の仕事なので、すみません」
縛霊手を構えながら、智恵美はその柔和な顔に困ったような色を浮かべた。牙を剥き出し怒りのまま襲いかかる鎌鼬を殴りつける。網状の霊力に捕らえられ苦悶の声を上げる。
「テリトリーに入って来られたから襲うってのは分からなくもないけど。こっちにしてみりゃ分かるかそんなもんてな話だし」
跳ねる水が落ちるよりも早く神子の身体が駆ける。回り込んだ死角から閃く刃が鎌鼬の体を引き裂いた。確かな感触にやれやれ、と小さくため息をつく。チラリと目をやる岸辺は、どうにか避難が終わりそうだ。こちらへと合流する知った顔へ向かって神子は声をかける。
「大丈夫だと思うけど、何かあったらフォローお願い。しゅーやん」
「仕方ない方ですねぇ」
後輩の言葉に、柊夜が小さく肩を竦める。とはいえ同じクラブの知り合いが居るというのもあまり無い機会だ。適当に気に掛けておこう、と想いながら柊夜が構えたのはクルセイドソード『Traitor』。水音も軽やかに踏み切ると、一足飛びに距離を詰めて斬撃を食らわせた。
「縄張り入っちまったのは悪かったけどさ、いきなり攻撃することねーじゃんか!」
フードにあしらわれた兎耳がぴょこんと揺れる。流れる水面でも同じように揺れた兎耳の影が、鋭い刃へと転じて敵を切り裂いた。
「悪いけどきっちり退治してやるから覚悟しろよ!」
びしっと宣言した兎紀。その脇をすり抜けるように飛び出した通が手にした護符揃えを広げる。
(「せっかくの楽しい時間は台無しになっちゃったけど……せめてみんな無事に帰ってもらえるようにしないとね」)
ぴっと掲げた導眠符を敵に向ける。
「私の手が届く、その中の誰一人として、殺させはしません!」
通の強い声に呼応するように符が発動する。よろめいた鎌鼬へ、隙を逃さず炎を纏ったヴァンの蹴りが炸裂した。
「逃しませんよ」
「ギュウウウッ」
悲鳴を上げて倒れた鎌鼬の脇を豆大福が走り抜けた。霊犬の一撃、そしてさらに恋羽の除霊結界が残った鎌鼬を襲う。無事に皆を避難させ終わった水奈も、バスターライフルを構えて戦場へ立つ。
「一体でも早く倒して、すぐ終わらせる」
弾ける水しぶきの中、瞳と同じ色合いの髪が雫を受けてきらきらと輝く。たちまちの内に水奈の利き腕が砲台へと変化した。
「水場は貴方達のテリトリーじゃない。私の庭」
放たれた「死の光線」が前衛を守る鎌鼬を撃ち抜き、力なく川の中へ崩れ落ちた。
●3
鎌鼬も灼滅者の攻撃を、黙って受けていた訳ではない。異形の身体についた刃を、陽光にギラギラと光らせ縦横無尽に切り裂いてゆく。しかしそれでひるむ灼滅者達ではない。
「順番に倒してやっから覚悟しろよっ」
自らのダメージにまるで頓着する様子もなく、兎紀の軽やかな足取りは止まる事がない。どんどん攻撃を重ねる度に、フードの耳が楽しげに揺れた。
「このぐらい痛くも痒くもねーっつーの。ほら、まだまだいくぜ!」
恋羽も、霊犬と共に攻撃の矛先を後衛へ向かわせまいと奮闘する。
「がんばれ、豆大福っ」
声をかけながら、容赦なく敵へとスターゲイザーを叩き込んで足止めを図る。飛び退り、後ろを振り向くとバスターライフルを構えた水奈が大きくうなずく。
「まかせて、恋羽さん」
放たれた一撃が、鎌鼬を貫く。衝撃でガウンッと大きく揺れた水奈は、しかし反動に身を任せるようにして軽やかに水辺を跳ねる。
とうとう一体を残すのみになったボス相手に、兎紀がくるりと武器を向ける。
「さーってと、やっとお前の番だ。覚悟しやがれ!」
「どうやら、これが一番効くみたいですね」
柊夜が手にした『Traitor』を握りなおす。神霊剣の、非物質化した刃が鎌鼬の霊魂だけをずたずたに破壊する。続けて飛びかかった神子が、手にした日本刀に影を宿す。勢いそのままに殴りつけられ、たまらずにボス鎌鼬の身体が傾いだ。唸る鎌鼬が自棄を起こしたように振り下ろした刃の先、智恵美が衝撃にぎゅっと目を閉じた。その小柄な身体を、光るシールドリングが覆う。
「羽坂さん、大丈夫ですか? 今回復しますね」
「は、はい……!」
優しげな眼差しが智恵美を見やる。それもほんの一瞬だけで、すぐさまその視線は敵へと向かった。智恵美も傷ついた灼滅者達へとたおやかな指先で優しく風を招く。
「この程度で負けてられねーんだっつーの!」
グイッと傷口を拭う兎紀へ、通が防護符を向ける。
「大丈夫です。傷は浅いですよ」
「あと少しね」
獣の荒い息が響く。ギラギラと凶悪に光る刃は、どこか精彩を欠いているようにも見えた。神子の足元から伸びた影が巨体を飲み込む。ヴァン、そして智恵美の息の合った容赦のない猛攻が続けざまに浴びせられ、鎌鼬の巨体がじりじりと押されてゆく。苦しげな咆哮を上げ、もたげる力すら失った刃先が川底をガリガリと削った。
「これで、最後です」
静かな目を向け、柊夜が契約の指輪『フリュスケータ』をかざす。柊夜の元から放たれた呪いが、ついにその体へと致命傷を与えた。
●4
ズウウン……と低く音を立てて、柊夜の目の前にボス鎌鼬が倒れた。その体は、川の流れにさらわれるかのようにあっという間に崩れて消えてゆく。
「次はもっと人のいねートコに出てこいよな」
兎紀がそう言い終わる前に、鎌鼬はすっかり消えてしまっていた。恋羽がぽつりと呟く。
「……これで、子供達が川に来るの嫌にならないと、いいです」
ふう、と小さく息をついたヴァンが、再び眼鏡をかけながら他の灼滅者たちに声をかけた。
「お疲れ様でした。お怪我の具合は如何でしょう?」
まずは手当を、と視線を巡らせる。その先に居た智恵美とぱちりと目があった。一瞬びっくりしたような顔をしたあと、少し照れたような笑顔を浮かべた智恵美に向かってヴァンは柔らかく微笑み返した。
「疲れたなー……。あっそーだ、帰りひょーんとこ行かねー? なんかお菓子作ってもらおうぜ!」
兎紀が、クラスメイトで部活仲間でもある恋羽に向かって声をかけた。兎紀の言う『ひょー』とは双子の兄の事だ。言われた恋羽は、ぱっと顔をかがやかせてうなずいた。
「はいっ、いっぱい動いてお腹すいちゃいましたもんねっ」
わくわくとした表情を浮かべる恋羽が、ぱたぱたと兎紀の元へ急ぐ。
「戦ったからなんだか体が火照る」
そう言うが早いか、水奈がじゃぼんと川に浸かって泳ぎ始めた。それを見た神子も川の水を救い上げる。
「あ~冷たくて気持ちいい~。帰る前にゆっくり涼みたい~」
一仕事終え、ほっとした空気が灼滅者達の間に流れた。脅威が去った川辺は、元のとおり涼しくて静かな場所に戻ったのだった。
作者:さめ子 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年9月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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