決戦ロシアンタイガー! 投げられた賽の行方

    作者:緋月シン

    ●北海道函館市 五稜郭タワー展望1階
     窓の外は晴れ渡り、眼下には見渡しの良い景色が広がっている。
     それはその場を訪れた者を満足させるには十分なものであったが、現在その場に居る者達はそちらに一瞥もくれることはない。そんな余裕はないからであり、そもそもそんな目的でここに居るわけではないからだ。
    「アメリカンコンドル様との連絡はまだ付かないのか……!?」
    「くっ、折角ここまで計画を進めてきたというのに、援助が途絶えたままでは……!」
     その場に一般人が居たならば、彼らのことをコスプレでもしているのかと思ったかもしれない。
     しかしそうではない。彼らはご当地怪人であり、ロシアンタイガーの配下達だ。五稜郭タワーのオスタンキノタワー化を進めていたロシアンタイガー達は、そこを秘密基地と化していたのである。
     とはいえその計画を進めていたのは、既に過去の話だ。彼らが口にしている通り、アメリカンコンドルからの援助が途絶えている今、それを進めることは出来ない。
     それは即ち、ここではご当地パワーを得られないということだ。『弱体化装置』のこともあり、いつどこから狙われるか分からないロシアンタイガー達にとって、それは致命的だと言えた。
     ロシアンタイガーを含めても、この場に居る名のあるご当地怪人は僅かに四人。配下としてペナント怪人やコサック怪人なども居るものの、その数は多いとは言えない。ある程度戦力が整った組織から襲撃を受ければ一溜まりもないだろう。
     それが分かっているからこそ彼らは焦っているのであり、その視線は自然とロシアンタイガーへと向けられることになる。
     複数の視線を受けたロシアンタイガーは、だが黙って腕を組んでいるだけであった。何を考えているのか、瞼を閉じたまま、何かを応える様子はない。
     そのまましばしの時間が過ぎ、やがて焦れた一人が口を開こうとした瞬間、その瞳が開かれる。
     そして、何かを諦めたかのように息を吐き出すと、その言葉を口にした。
    「我はこれより、グローバルジャスティス様との交信を行う」
     直後、その場にざわめきが生じた。
     しかしそれは歓喜や安堵から来るものではない。さらなる焦りと、ある種の落胆であった。
     何故ならば、グローバルジャスティスへの交信とは、何らかの返答が期待できるものではないからだ。所謂神に祈るようなものであり――つまりは、神頼みせざるを得ないほどに、ロシアンタイガー達が追い詰められているということを意味しているのであった。
     だが何もせずに諦めるよりはマシであり、今のところそれ以外に頼る術が存在しないのも事実だ。
    「絶対に、展望2階には敵をいれてはならぬぞ」
     故にご当地怪人達に出来たことは、ただその言葉に頷き、歩き去っていくその背中を眺めることだけであった。

    ●決戦へ向けて
    「さて、皆集まったようだし、そろそろ始めましょうか」
     そう言って教室を見回した四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)であるが、その視線の先にある光景はいつもとは少し異なっていた。
     その理由は単純にして明快だ。いつもに比べ、その場に集まった人の数が多いのである。もっともこれから行うことを考えればそれでも十分とは言い難いが……それは彼らの健闘に期待するしかないだろう。
     ともあれ。
    「既に話は聞いているかもしれないけれど、横浜でアメリカンコンドルの秘密基地を調査した結果、ロシアンタイガーの居場所を突き止める事に成功したわ」
     その言葉だけで、一体何のために自分達が集められたのか、凡その検討が付いたのだろう。自然と皆の気が引き締められるのを感じながら、鏡華はさらに言葉を続ける。
    「現在ロシアンタイガーが拠点としているのは、北海道函館市の五稜郭」
     どうやらアメリカンコンドルの援助がなくなったことで、身動きが取れなくなった状態であるらしい。この好機を逃す理由はないだろう。
    「今回の目的は二つ。五稜郭に攻め入りロシアンタイガーを灼滅することと、ロシアンタイガーの持つ『弱体化装置』を確保することよ」
     弱体化装置はサイキックアブソーバーの影響を限定的にでも解除する能力がある為、万が一にも他のダークネス組織に渡すわけにはいかないものだ。
     だがだからこそ、当然他にもロシアンタイガーを狙っている者は存在している。
    「中でも特に注意が必要なのは、アメリカンコンドルの秘密基地を襲撃した、鞍馬天狗でしょうね」
     学園祭に現れたラブリンスターの言葉によれば、鞍馬天狗が行っている作戦は、武蔵坂学園にとって大きな脅威になるらしい。ならばこそ、これは絶対に阻止しなければならないものだろう。
    「今回の作戦は、鞍馬天狗達よりも早く、少数精鋭でロシアンタイガーの拠点を襲撃する事が必要になるわ」
     あまり大勢で動けばバベルの鎖によって襲撃が察知され、鞍馬天狗達が先に五稜郭に攻め入り弱体化装置を奪われてしまう可能性がある。この人数が相手に察知されない、ギリギリの数だということだ。
     幸いロシアンタイガーは弱体化装置により戦闘力はかなり抑えられているので、一気呵成に攻め込めば勝機は十分にあるだろう。
    「もっとも無事に全員で挑むことが出来ればの話だけれども……まあ一先ずそれは置いておきましょうか」
     五稜郭タワーは、1階、2階、展望1階、展望2階に分かれている。ロシアンタイガーがいるのは展望2階であり、それ以外の怪人達が展望1階に陣取っている状況だ。
     移動にはエレベーターを使用するのが無難だろう。五稜郭タワーのエレベーターは30人乗りなので、全員で一気に乗り込む事が出来る。さすがに展望2階には止まらないようになっているが、展望1階までならば普通に行くことが可能だ。
    「だから全員で展望1階を制圧し、その後ロシアンタイガーとの決戦を行うのが常套手段でしょうね」
     その場合重要となるのは、展望1階の戦いでどれだけ戦力を損なわずに戦うことが出来るか、ということだろう。それ如何でロシアンタイガーとの戦いの優劣が決まると言っても過言ではない。
    「ただし問題があるとするならば、相応に時間がかかってしまう、ということかしら」
     ロシアンタイガーとの戦いの最中に鞍馬天狗達が襲撃をしてくる可能性が高くなり、その場合状況がどう転ぶかは分からない、ということだ。
    「そちらの阻止を想定に入れて動くのならば、展望1階に足止め部隊を配置して、残りの灼滅者を展望2階に突入させる、という方法もあるわ」
     敵がロシアンタイガーだけであれば、全員で制圧する作戦でいいだろうが、鞍馬天狗達の襲撃を想定するのであれば、足止めを残して先に進んだ方が有利になるかもしれない。
     少なくとも展望1階のご当地怪人達が生き残っていれば、灼滅者とご当地怪人、鞍馬天狗達の三つ巴の戦いになり、鞍馬天狗の侵攻を遅らせたり、戦力を削ぐ事も出来るだろう。三つ巴の戦いとなった場合にうまく立ち回る事が出来れば、有利に戦うことも可能となる。
     もっともそれは上手くいけば、の話だ。足止めに失敗してしまえば、最悪人数が減った状態でロシアンタイガーと鞍馬天狗達とを相手にしなければならなくなってしまうだろう。
     どちらにも利点はあり、どちらにも欠点はある。
    「どちらを選択するのかは、あなた達に任せるわ」
     そして肝心の敵戦力だが、展望1階に展開しているのは、合計で9人だ。ご当地怪人が3人に、その配下のペナント怪人が2人とコサック怪人が4人である。
     戦闘能力でいえば、大体灼滅者24人分と同等、というところだろう。30人でならばかなり余裕を持って戦うことが可能である。
     しかし足止めのみに徹するのならば、おそらくは8人ほどで十分だ。
    「もっともそれはあくまでも足止めに徹していれば時間を稼ぐことが出来る、というだけよ。勝つどころか敵の一人を倒すことですら難しいでしょうね」
     下手に無理をしてしまえば、鞍馬天狗達が襲撃してきた時に何も出来ない、ということすらも有り得るだろう。
     とはいえロシアンタイガーへ向かう人数を減らすわけにもいかない。ロシアンタイガーは30人全員で戦えば勝機は十分にあるだろうが、当然人数を減らせば減らすほどにそれは遠のく。
    「そのギリギリの人数がそれだと考えてもらって間違いないわ」
     勿論その場合は双方共にかなり厳しい戦いとなってしまうだろうが、鞍馬天狗とロシアンタイガーを接触させるのは非常に危険でもある。
     ロシアンタイガーとの戦いを優先とするか、それとも鞍馬天狗達への備えを優先するか。
    「さっきも言ったけれども、どうするかはあなた達次第よ」
     尚、鞍馬天狗達が到着するのは、灼滅者が五稜郭タワーに攻め込んだ後、30分程度経った後だ。
     どちらにせよ、長期戦になった場合などは、鞍馬天狗対策なども必要になるだろう。
    「今回の作戦の目的は、ロシアンタイガーの灼滅、或いは弱体化装置の確保だけれども、他の組織に弱体化装置を奪われそうになった場合は、弱体化装置の破壊も想定に入れてくれて構わないわ」
     それと、最後に一つ。
    「弱体化装置を狙っているのは、何も朱雀門と鞍馬天狗だけでは無い、ということを忘れないように」
     鞍馬天狗達が戦闘に入った後は、どこでどんな勢力が介入してくるか判らないので、その点は十分に注意が必要だろう。
    「相手は強大だけれども……それでも、あなた達ならば無事に目的を達成できると信じているわ」
     いつもの数倍の数の灼滅者達を相手に、しかし鏡華はいつも通りにそう言って言葉を締めくくったのだった。


    参加者
    結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)
    霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    李白・御理(玩具修理者・d02346)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)
    宮比神・うずめ(舞うは鬼の娘・d04532)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    回道・暦(デイドリッパー・d08038)
    皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)
    杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)
    ミス・ファイア(ゲームフリーク・d18543)
    氷見・千里(檻の中の花・d19537)
    時雨・翔(ウソツキ・d20588)
    六条・深々見(螺旋意識・d21623)
    カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)
    鷹嶺・征(炎の盾・d22564)
    蒼羽・シアン(蒼の名を持つレディラック・d23346)
    セシル・レイナード(薔薇々々肢体・d24556)
    琶咲・輝乃(過去と今の幸せを噛みしめる者・d24803)
    儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120)
    森里・祠(和魂・d25571)
    黒嬢・白雛(煉黒鳳凰クロビナ・d26809)
    蜷川・霊子(いつも全力投球よ・d27055)

    ■リプレイ

    ●北海道函館市 五稜郭タワー前
     様々な人々が行き来するそこに、三十人ほどの少年少女が集まっていた。
     だがわざわざ言うまでもないことであるが、彼らは観光に訪れているわけではない。そこに用があることに違いはないが、彼らが本当に用があるのは、そこに居るモノ達だ。
     そんなこれからのことを考えてか、その周囲には重くなるような緊張感が漂っていた。
    「……ん。こんな人数での作戦ははじめてだ」
     その中でふと呟いたのは、氷見・千里(檻の中の花・d19537)だ。その表情には何も浮かんではいないが、別に何も感じていないというわけではない。それが表情に出ないというだけで、相応のものは感じているのである。
     何せ今回の作戦に参加する人数は、普段の三倍以上だ。何も感じないわけがない。
     けれども。
    「緊張はするけど……そんなものには負けない」
     変わらぬ表情のままで、その意思を示すように千里の視線が真っ直ぐ前へと向けられた。
     そしてその人数に何かを思うのは、当然千里だけではない。
    (「三十人という大規模な依頼は戦争の時ぐらいしか経験がないですが、皆様の足を引っ張らないように頑張っていきましょうか」)
     カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)はそう思い、しかしこの規模の依頼に参加したことがないのは皆同じである。普段通りに振舞える者の方が少ないだろう。
     何と言っても、今回のは相手が相手だ。
    「厳しい戦いになりそうだし、気を引き締めないとね」
     時雨・翔(ウソツキ・d20588)は敢えて言葉に出すことで、自分に言い聞かせるようにして気を引き締め――、
    (「相手はとんでもない難敵です。でも、わたしはわたしのできることをしなくちゃ!」)
     儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120)は心の中でそれを行い、ひっそりと気合を入れる。
     もっともそれは逆に言うならば、ようやくその機会が巡ってきたとも言え――、
    「ロシアンタイガーを倒す機会、来たね。この賽、いい方に転ばさないと」
     琶咲・輝乃(過去と今の幸せを噛みしめる者・d24803)の言葉の通り、この賽の結果は勝手に決まるものではない。それがどうなるかは、自分達次第だ。
     右側をお面で隠されたその顔が上方へと、その先に居るモノを見据えるように向けられる。
    「賽は投げられた……昔のとある偉人の言葉か。全くその通りか。三途の川を渡る気はないけど、ね」
     視線を同じ方向へと向け、黒のロングコートをはためかせながら呟いたのは、結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)だ。
     続けてそれに、月雲・悠一(紅焔・d02499)が頷く。
    「相手はご当地幹部ロシアンタイガー。強力な敵なのは、疑いようの無い事実……だが、俺達ならやれるさ」
    「ヤレヤレだね。虎の顔は見飽きたし。そろそろ退場願いたいね」
     ――ま、それ以外にも退場願いたいやつらが大量に来そうだけどね。
     言いながら、アマロック・フォークロア(咎人・d23639)が肩を竦める。
    「あの天狗が来る前には終えたいですが……考えても仕方ないです、ね。みなさん、よろしくお願いします」
     御影・ユキト(幻想語り・d15528)が言葉と共に小さく頭を下げれば、皆もそれに合わせ頷いた。
    「ここがラブリンスターさんが言ってた鞍馬さんの作戦が成功するかしないかの分水嶺になるのかな?」
     と、ふと確認するように呟いたのは、シオン・ハークレー(光芒・d01975)である。鞍馬天狗の行なっている作戦に必要らしい弱体化装置、それをここで奪うことが出来れば、間違いなくその企てを阻むことが出来るだろう。
     そしてひいてはそれが、武蔵坂学園に迫る大きな脅威を取り除くことに繋がるのである。
    「だとしたらみんなの為にも失敗するわけには、いかないよね」
     だが当然ながら、それが容易いことでないのは言うことまでもないことだ。ロシアンタイガーを相手をするだけでも厳しいというのに、鞍馬天狗や、さらには姿の見えぬ第三勢力もいるときている。
    「それらを往なし、弱体化装置を確保ないしは破壊する。難題も難題ですね」
     溜息を吐くように森里・祠(和魂・d25571)の口から言葉が零れ、しかし直後にその口元が引き締められた。いつもののほほんとした雰囲気は影を潜め、凛とした視線が上方へと向けられる。
    「……ですが、やらねばなりません」
     そんなことは話を聞いた時点で分かりきっていたことだ。分かりきった上で、それでもやらなければならないのである。
     ――例え、それが死地に飛び込むことだとしても。
    「弱体化装置、ほかの陣営に渡すわけには行きません。絶対に」
     同意を示すように鷹嶺・征(炎の盾・d22564)が呟き、そうした皆の顔を確認するように、李白・御理(玩具修理者・d02346)がその場を見渡す。
     事前に行なった作戦の相談の場でも、御理は皆の思いつめた顔を見てきた。どんな状況になりどれだけ彼我の戦力差があろうとも、余程のことでなければ最悪の手段を用いればそれを埋めることは可能だろう。
     だがそれは本当に最後の手段であるし、望んで行なうものはいない。
     だからこそ。
    (「それを未然に防ぐ為にも成功させたいのです」)
     決意を込めて、心の中で呟いた。
     もっとも三十人も居れば様々な人が居るわけであり、当然皆が皆悲壮な決意を固めているわけではない。
    (「大物相手だねー! これは今までにないデータがゲットできるかも……楽しみだよー! 弱体化装置も興味あるなー、できたら壊さずに持って帰って調査したい……!」)
     などと考えている、自身の興味が最優先な、マッドな感じの六条・深々見(螺旋意識・d21623)などはさすがに珍しいタイプではあるだろうが、逆にそういう状況だからこそ燃えるというような者は珍しくないだろう。
    「ご当地幹部……まだ見ない勢力……へへ、かつてない緊張感だな! ぜってぇ倒してやるぜ。無論、皆無事な上でな!」
     赤威・緋世子(赤の拳・d03316)もその一人であるし――、
    「こんな楽しいゲームは久しぶりだよ! 目指すはクリア、がんばろーう!」
     文字通りの意味で楽しげであり、いつも通りなミス・ファイア(ゲームフリーク・d18543)のような者も居る。
    「重要アイテムの奪還ミッション! すごく楽しそう! 早くいこ、創矢ちゃん!」
     そんなこの状況でも普段と変わらぬファイアの姿に視線を向けていた創矢は、唐突に自分に振られた言葉に驚き、直後に苦笑を浮かべた。どうやらこの部長は本当にいつも通りであるらしい。
     と、何気なく周囲を見回した創矢の視線が、ふとその様子を眺めていた悠一のそれとぶつかった。それと共に悠一の口元に浮かんだのは、大変だなとでも言いたげな苦笑である。
     それはマイペースな人間に振り回されているその姿が、何処か覚えのあるものであったからなのだが……ともあれ。
    「……さて、行くとしようか!」
     気を引き締め放たれたその言葉に異論のある者はおらず、三十人の灼滅者達は五稜郭タワーの中へと向かって行ったのだった。

    ●五稜郭タワー展望一階
     扉が開いた瞬間、灼滅者達の視界に映ったのは怪人達が一斉に攻撃を仕掛けるところであった。
     だがその程度のこと、予想の範囲内である。
     故に。
    「それじゃあ、後はキミに任せるね……」
    「clothe……bound……」
    「ソノ死ノ為ニ、対象ノ殺戮ヲ是トシ滅却スル」
    「La lumiere du noir de jais」
    「炎装! 煉黒鳳凰クロビナ、炎誕!」
     それより先に紡がれたのは、スレイヤーカードを解放するための言葉。展開された殲術道具を盾に、三十もの人影が一斉に外に飛び出す。
     その先頭を走るのは、杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)達だ。まずは展望二階へと向かう本隊の盾役達が、先へ進むための道を作り出す。
     攻撃を続けるボルシチ怪人達には目もくれず、しかし敢えてミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)は霊犬のういろうと共にそこへと近付いた。その注意を自分達へと引き付けるためであり、体力の消耗を防ぐように留意しつつも、本隊に遅れないよう気をつけながらその状況を維持していく。
     だがその場に居る怪人は一人だけではない。すぐさまウォッカ怪人達が援護に飛び出し――その機先を制するように、顔面へと飛び蹴りがぶち込まれた。
     流星の煌めきと重力を宿したそれは、翔による一撃だ。直後に攻撃を返されるも、その時にはもう視線はその奥へと向いている。
     最低限のものだけを防ぎながら、受けた傷は即座に宮比神・うずめ(舞うは鬼の娘・d04532)の歌声によって癒され、尚も邪魔をしようとするその顔面に、蒼羽・シアン(蒼の名を持つレディラック・d23346)の蹴りが先ほどの再現をするかのように叩き込まれた。
     開けた視界に、目的の階段が映る。
    「……っ、ここを通すわけには……!」
     それ以上の進撃を防ぐべくマトリョーシュカ怪人達が立ち塞がり、しかしその程度では灼滅者達の足は緩まない。
     むしろそのタイミングを見計らい、最後尾に居た者達の勢いが増した。前方に居た者達を追い抜き、マトリョーシュカ怪人達の前に躍り出る七つの人影。その隙に他の者達が、その脇を抜けるべく迫る。
     だが。
    「させん……!」
     せめて他の怪人達が合流するまでの時間を稼ぐべく、その腕が振り下ろされ――、
    「それはこちらの台詞です」
     しかし言葉と共に差し出されたのは、皆より一歩遅れて現れた回道・暦(デイドリッパー・d08038)の腕。
     否、それは腕型の武装だ。
     直後、錦の絹を折り重ねて編み込んだ、白雲という名のそれによって結界が構築され、怪人達の攻撃を一瞬止める。
     それは隙と呼ぶには小さく、だがライドキャリバーのシャリオの機銃がそれをこじ開けた。その間に皆がその脇を抜け、そこでようやく灼滅者達の足が止まる。
     もっとも足を止めたのは先の八人のみであり、つまりはこの場で時間を稼ぐ足止め班がその役目のために残っただけに過ぎない。他の者達は変わらずに、残る者達に一瞥すらも向けることなく駆け抜けた。
     それこそが、本隊の者達の役目だからだ。
     ただそれでも別れ際――、
    「気をつけて」
     そう言って同じクラブに所属している二人に声をかけた蘭のように、声や視線こそないものの、同様に心配するような気配は伝わってくる。
     だがそれに対し、見えないことは承知しつつも、セシル・レイナード(薔薇々々肢体・d24556)は不敵な笑みを浮かべた。
    「なぁに、勝ちを拾わない戦いにゃ慣れてるぜ。心配すんな」
     足止めや時間稼ぎは病院時代の負け戦で慣れている。そう嘯くセシルの言葉に背を押されたかのように本隊の勢いはさらに増し、やがてその姿を消した。
    「さて……ここから先へは行かせんぞ」
     それを確認した創矢が構え、先ほど蘭に声を掛けられた黒嬢・白雛(煉黒鳳凰クロビナ・d26809)と蜷川・霊子(いつも全力投球よ・d27055)が、互いに目を合わせると頷きあう。
    「さぁ……断罪の時間だ」
     特に白雛は、初めて参加する重要作戦にいつも以上に気合が入っていた。黒い髑髏を模したその姿で、黒炎がその気持ちに呼応するかのように揺らめく。
     そんな仲間達と敵とを眺め、状況を見据えながら、暦がちらりと視線がを向けたのはエレベーターだ。その扉は開いたまま閉じておらず、それが暦が遅れた理由であった。余裕がなかったために金属の棒を挟んだだけだったのだが、どうやら上手くいったようである。
     出来れば煩わしいものが介入する前に決着をつけたいものであるし、そのための細工でもあるが――、
    「最後の最後まで立ち尽くして、無事に弱体化装置を奪取するまで時間を稼ぎましょう。一撃を耐えれば一撃分の時間が稼げるです」
     結局最後は、自分達次第である。
     その言葉に頷きながら、星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)が耳元のインカムへと手を伸ばす。何かあった時に本隊へと連絡をするのは優輝の役目である。倒れるわけにはいかず、かといって時間を稼ぐことを蔑ろにしてしまっては本末転倒だ。
     両方やらなければならないのは厳しいところであるが……結局のところそれは、皆同じである。
    (「しっかし厳しい状況だよな……まぁ、やるしかないんだけどな!」)
     月村・アヅマ(風刃・d13869)が心の中で呟き、状況が動いたのは、その直後だ。
     九つの敵影が一斉に動き出し、激突した。

    ●邂逅
    「誰かと思えば、お前たちか」
     展望二階へと踏み入った瞬間に聞こえてきた言葉は、重く腹の底に響くような音であった。
     視線を向けた先に居るのは、一つの人ならざるモノの姿。それが何であるのかは、言うまでないだろう。
     それ――ロシアンタイガーはこちらを睨め付けながら、独り言のように呟く。
    「業大老が獄魔大将を差し向けてくると予測していたが……」
     聞き覚えのある単語に何人かが反応するも、今はそれを気にしていられる状況ではない。敵が強大であることなど分かりきっていたが、ただその場に居るだけで酷い威圧感が襲ってくる。
     だがそれに負けてなどはいられない。
    「さあ、ここまで愉しめそうな依頼はないでしょうから、存分に暴れましょう?」
     むしろそれが愉しいとばかりに、カノンの深緋色に染まった瞳が細められる。
    「さて……幹部クラスの……怪人の……灼滅か……気を引き締めて……殺ろうか……」
     そんなカノンへと、呟きながら視線を向けたのは皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)だ。
    「カノン……バックアップ……よろしく……」
     続けて告げられた言葉はカノンにとって言われるまでもないことであったが、言葉にされれば悪い気はしない。
    「はい。背中は任せてください」
     口元を僅かに緩めながら、頷いた。
    「竜虎相搏つ、となるでしょうか」
     虹色に燃える炎の如き煌きを持つ光のオーラを纏いながら、霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)は油断なくロシアンタイガーを見据えていた。たった今口にした言葉を実現するためにも、同色の煌きを持つ光の剣を持つ手に力を込めていく。
     だがそんな灼滅者達の様子を、ロシアンタイガーは切って捨てた。
    「弱体化しているとはいえ、このロシアンタイガーを、その寡兵で討ち取れると思うなっ!」
     吼えると同時、その左腕が振り下ろされる。
     その手に握られているのは、鎌だ。その場で振るわれたそれはどう見ても届く距離ではないが――距離などは、最初から関係がない。
     鎌から放たれた白い波動が、灼滅者達へと一斉に襲い掛かった。
     それはまるでかわすことなど許さないとばかりに空間を埋め尽くし――だが避けられないのならば、避けなければいいだけの話である。
    「学園のご当地ヒーローの名にかけて。日本のご当地も仲間も守ってみせるわ! 怪人はヒーローにやられる宿命なのよ!」
     緑色のバトルオーラにその身を包みながら、風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)がそこを怯むことなく突き進む。振り被るのは葡萄とリボンで装飾されたマテリアルロッド――クラレットロッドだ。
     だが直後に響いたのは、甲高い音であった。風花の一撃を防いだのは、ロシアンタイガーの右腕、そこに握られている槌である。
     振り下ろしと振り上げ、両者の力が一瞬拮抗し、そこに一つの影が飛び込む。
    「……貴様を、狩りに来た」
     槌屋・透流(トールハンマー・d06177)だ。さらにはその死角をつくように征が忍び寄り――、
    「ふん、その程度っ!」
     しかし均衡は一瞬で破られ、纏めて吹き飛ばされた。
     さらに追撃を行うためにロシアンタイガーが動き、だがその視界を横切ったのは炎。
     否、その戦意を示すように、傷口より炎を噴き出し猛らせている、悠一の腕である。
    「俺の力がどこまで通じるか……ご当地幹部ロシアンタイガー、挑ませて貰うぜ!」
     燃え立つ焔の如く輝く闘気を纏いながら、火の神の名を冠した戦鎚、軻遇突智を振り下ろした。

    ●乱入者
     一方その頃、展望一階では足止め班が必死になって防衛を行っていた。回復と防御、相手の邪魔をすることに徹し、仲間達のためにひたすら時間を稼ぐ。
     辛いのは確かだが、そんなことは分かりきっていたことだ。この程度で折れるような心は持ち合わせていない。
    「随分と頑張っているようだが、そろそろ横になって休んではどうだ?」
    「生憎だが、まだ前言を撤回する気はなくてな……!」
     マトリョーシュカ怪人へと軽口を叩きながら、創矢はその攻撃を防いでくれた優輝に視線で礼を述べ、お返しとばかりに自身の足元より伸びた影――黒胡蝶で以って相手の姿を飲み込んだ。
     それは一瞬で抜け出されてしまったが、それでも一瞬の空白があったのは事実である。その間に優輝とアヅマが立ち位置を入れ替わり、暦も一度後方へと退く。
     それにより前衛が一人減り他の前衛の負担が増してしまうが、これは仕方のないことだ。そうなったとしても、結果的に時間を稼げるのであれば迷っている場合ではないのである。
     だが敵の攻撃を受ける人物が一人減ってしまったのは変わりなく、故にその分を埋めるようにセシルが動いた。
     茨と化しているその腕に握られている霊装の名は、ツェペシュ。先端から放出され圧縮した魔力により紅い鎌状の刃を形成しているそれが振るわれた瞬間、召喚された無数の刃が敵を切り刻んだ。
     しかしさすがに全ての敵に届かせることは出来ず、その間を抜け迫るのはウォッカ怪人。攻撃をし終わったばかりのセシルへと狙いを付け、だがその直前にアマロックが割り込んだ。
     受け止め切れなかった衝撃がその身体を傷つけ、しかし即座に白雛が撃ち出した霊力により癒される。さらに追撃しようとするウォッカ怪人であるが、それよりも先にその身体へと影の触手が絡みついた。
     それは霊子の足元より伸びているものであり、そうなればアマロックの眼前にあるのは無防備な敵の身体。
     遠慮なく、炎を宿した拳をぶち込んだ。
     吹き飛んだその身体は地面に叩きつけられ、だがすぐに何事もなかったかのように起き上がった。それを目的としたわけでもないものの、それでも伴わない結果につい舌打ちが漏れる。
     と、不意に周囲に電子音が響き渡った。発信源は、白雛である。
     三十分が経過した――というわけでは、ない。それは五分刻みでセットされているアラームであり、今のはその四回目だ。つまりは予定の時刻まで、あと十分。
     厳しくはあるものの、耐えられないほどではないだろう。
     ――だがその思考が破壊されたのは、その直後であった。
     それに最初に気付いたのは、暦だ。それは常に非常階段を警戒していたからであり――しかしそれでも、気付いた時には既に遅かった。
     警告を発するよりも先に、その近くに居たコサック怪人が消し飛んだ。
    「なっ……!?」
     突然の出来事に、誰もが一瞬言葉を奪われた。
     それは勿論、襲撃を知っていた灼滅者達も例外ではない。そもそも来るのが早すぎる――否、それよりも。
    「……『仁』の犬士シン・ライリー!?」
     誰も会った事のない、しかし『視た』ことのあるその名が、誰からともなく呟かれる。
     乱入者――シン・ライリーは、その場を見渡すと口を開いた。
    「その名はもう古い。今は『獄魔大将シン・ライリー』だ。弱者同士の争いに価値は無い。お前達を蹴散らし、ロシアンタイガーの元にいかせてもらうぞ」
    「……っ、舐めるなっ!」
     自分達を弱者と断言した言葉に、激昂したイカボルシチ怪人が襲い掛かり――だが。
    「ふっ……!」
     その一撃は、灼滅者達の目に映ることはなかった。否、そもそも怪人達にすら見えたのかどうか。
     分かったのは、直後に訪れた結果だけである。
     右腕が吹き飛ばされたイカボルシチ怪人が吹き飛ばされ、轟音と共に地面に叩きつけられた。
    「……っ」
     それと共に、分かったことがもう一つ。シン・ライリーは、下手をすれば今のロシアンタイガーよりも強いということだ。挑んだところで勝ち目どころか、足止めすらも困難だろう。
     しかし。
    「……提案がある」
     灼滅者の言葉と共に、視線が怪人達へと向けられる。
     自分達だけならば無理だが――或いは。
    「アレをこの先に進めたくないのは、お前達も同じだろう?」
    「……そうだな」
     おそらくは怪人達も同じ事を考えていたのだろう。頷く気配に、否定的なものはない。
    「ならば、一時休戦といきませんか?」
    「俺達だけでも、お前達だけでも、アレは止められないだろう」
    「だが、全ての力を結集すれば、或いは可能かもしれないぜ?」
    「ふむ……お前達はアレと真正面からやり合うつもりか?」
     言葉にも否定はなく、それはつまりそういうことなのだろう。
     とはいえ。
    「……可能ならば勘弁して欲しいですの」
    「そうね……前衛をお願い出来ると、助かるわ」
    「……まあ妥当なところか。いいだろう」
     頷いたのはウォッカ怪人であったが、他の怪人達も異論はないようであった。
     しかしそれしか方法がないとはいえ、言うまでもなく前衛は危険である。それを務めてくれるのは、或いは拳を交し合ったことで何かしら思うところがあったのだろうか。
     ともあれ。
     ウォッカ怪人が特攻し、激突した。

    ●意識の向かう先
     ロシアンタイガーとの戦いは、かなりの劣勢であったと言えるだろう。攻撃は当たるものの有効打には届かず、ジリジリとこちらは削られていく。準備されていたアラーム音などが、無慈悲に過ぎていく時間を知らせていた。
     しかしそんなロシアンタイガーの猛攻が、唐突に止んだ。訝しげな視線を向ける灼滅者達だが、ロシアンタイガーはそれに構うことなく呟く。
    「……獄魔大将が来たか」
     その言葉の意味は、ほぼ同時に連絡を受けていたために理解出来ていた。
     だが。
    「余所見とか余裕だね!」
     隙を見せるというのならば、遠慮をする理由はない。先端を鋭い刃へと変えた影が放たれ、魔法の矢が突き刺さり――しかしそれでもまだ、ロシアンタイガーはその意識を別のところへと向けていた。
     それはまるで――、
    「今代の獄魔大将が如何程のものか、その力見極めてやろう」
     ――お前達など敵ではない。
     そう言いたげな態度に、さすがに黙ってはいられない。
    「全力で、ぶち抜く」
     お前の相手は自分達だとばかりに、攻撃の手を休めることなく、爆炎の魔力が込められた大量の弾丸を叩き込んだ。

    ●タイムリミット
     ――シン・ライリーは圧倒的であった。
     それはこの場に既に、コサック怪人などの配下の怪人達が居なくなっていることからも明らかであろう。
     不用意に近付こうものならば文字通りに瞬殺され、それは防衛に専念してたところで大差ない。
     一撃目で右半身が消し飛び、二撃目で別の怪人の下半身が吹き飛び、三撃目で双方が共に消し飛ぶ。それは身体を張った時間稼ぎ以上の意味などはなかった。
     当然その間も方々から攻撃が加えられているのだが、弾き往なしかわされ、当たったかと思ってもその足を止めることすら出来ず、変わらぬ一撃が放たれる。その一撃の前では半端な防御などは無意味であり、それはご当地怪人であれども変わりなかった。
     それでも灼滅者達が無事であったのは、ウォッカ怪人が前線で死力を尽くしてくれていたからである。もしもその攻撃の前に晒されていたならば、早々に脱落していたことだろう。
     しかしそんな中にあって、ウォッカ怪人が無事でいれるわけもない。身体の所々が抉り削られており、既にその左腕はなかった。さらにはその圧倒的な力を見せ付けられているためか、徐々に弱気になりつつある。
     雰囲気に呑まれたかのようにその身体が僅かに後ろに下がり――だがシン・ライリーがそこに攻撃を加えようとした瞬間、イカボルシチ怪人がその背後から迫った。
     先ほどの借りを返すとばかりに左腕が振り下ろされ――直後、その腕が消し飛んだ。
     衝撃の余波でよろめき、だが何が起こったのか分からず、腕のあった場所を呆然と眺める。
     そしてシン・ライリーの前でのそれは、命を捨てることと同義であった。次の一瞬で、その頭部が吹き飛ぶ。
     その光景に――呆気なく仲間の命が失われたという事実に、ウォッカ怪人の身体が今度こそ明確に後ろに下がった。視線を戻したシン・ライリーがその姿を目にし、僅かに失望の色が浮かんだように見えたのは気のせいか。
     だが何にせよ、結末は変わらない。完全に弱気になってしまったウォッカ怪人の動きには、先ほどまでの精彩は欠けていた。
     振り抜かれた拳をかわすことは出来ず、轟音と共に吹き飛ばされる。その身体には向こう側が見えるほどの大穴が空いており、二度と起き上がることはなかった。
     これで残るは、灼滅者八人と、マトリューシュカ怪人のみ。
     しかしマトリューシュカ怪人は灼滅者達が展望二階へと行ってしまうのも警戒しているらしく、後方から前に出てこようとはしなかった。
     とはいえそれは当たり前の行動であるし、責めることは出来ない。後は灼滅者達だけで何とかするしかなかった。
     だが構える灼滅者達に対し、シン・ライリーは溜息を吐くように告げる。
    「灼滅者の強さは、数では無かったのか? たったこれだけの人数で何が出来る」
     それは確かに事実であったものの、だからといってここで引くわけにもいかない。構わず、動いた。
     出鼻を挫くべく創矢と霊子の影より触手が放たれ、アヅマが生み出した風の刃がその身を切り刻むために迫る。アマロックが大量の手裏剣を投げつければセシルは無数の刃を召喚し、暦と白雛が展開した結界が構築され、優輝が降臨させた十字架より無数の光線が撃ち放たれた。
     しかしそれに対し、シン・ライリーが用いるのはその拳だけだ。その全てを、それだけで叩き落す。
     一分が経過し十字架が消えた時、残っていたのは直前までと何ら変わらない姿のシン・ライリーであった。
     呆れたように息が吐き出され、その足が一歩前に進み出る。それと同時に無造作に腕が振るわれ、だがそれは間違いなく必殺の一撃だ。
     まともに受ければ間違いなくただでは済まず――直後に響いたのは、何か硬いものが打ち抜かれたかのような音であった。
     それは咄嗟に前に出たシャリオだ。その胴体を貫かれながら、しかし最後の抵抗とばかりに機銃が動き、放たれる。
     だが。
    「……? 何処を狙っている」
     それはシン・ライリーの身体にかすることすらもなく、明後日の方向へと飛んで行った。
     ――否。それはそれで正しかったのである。シャリオの放った機銃は、確かに狙ったものを打ち抜いていた。
     それを確認して満足したかのようにシャリオの姿は消え――直後、電子音が鳴り響く。
     それは、六度目のアラーム。
    「シャリオ、ご苦労様でした」
    「やれやれ、ようやく時間か」
    「まさか鞍馬天狗の襲撃が待ち遠しくなるとは思いもしませんでしたわね」
    「まったくね。もっとも、鞍馬天狗が味方というわけでもないけどね!」
     思い思いの言葉を口にする灼滅者達に対し、シン・ライリーはようやくそれに気付いた。
     稼動していたエレベーターと、開かれた扉。現れたのは、鞍馬天狗とデボネアに、刺青羅刹とデモノイドロードがそれぞれ三人ずつだ。
     そう、鞍馬天狗達が襲撃する時間が、ついに訪れたのである。
     当初の予定とは変わってしまったものの、こうして三つ巴の戦いが始まったのだった。

    ●最悪の阻止
     事ここに至れば、あとはどれだけ時間を稼げるかだけである。そのため灼滅者達は階段にまで引き下がると、二人ずつが前衛になる形を取った。
     そこに先にやってきたのは、鞍馬天狗達だ。刺青羅刹達にシン・ライリーの足止めを任せ、自分達は先に行こうとしているのである。
     相対した両者の間に、言葉はない。それが無意味だということを、双方共に理解しているからだ。
     容赦なく異形巨大化した鞍馬天狗の腕が振り下ろされ、デボネアの両手に構えられたガンナイフより次々と弾丸が降り注ぐ。
     それを受けるのは、最前列に居る優輝と暦だ。二人はそれに歯を食いしばりながら耐え、自らの傷を癒す。相手に反撃することに意味はないからだ。
     そうしてひたすら耐え続け、しかしやがて限界は訪れる。
     鞍馬天狗の持つ錫杖が振るわれ、堪えきれなくなった優輝の身体が吹き飛ばされた。
     しかし最後の最後まで、優輝はその役割を果たす。李白へと最後の報告を――視界の端に映ったその光景から推測されることを伝えると、その意識を落とした。
     そして暦もよく耐えたが、さすがに二人分の攻撃を一度に受けてしまえばどうしようもない。何らかの対応をする前に鞍馬天狗の腕がその身体を捉え、デボネアが振るったナイフの煌きがその意識を断ち切った。
     これで二人が倒れてしまったことになるが、十分以上に時間は稼げたと言うべきだろう。それが相手にとってどれだけ予想外であったのかは、舌打ちをする鞍馬天狗の姿を見ればよく分かる。
     さらには時間がかかったことにより、場には一つの変化が生じていた。
     直後、それに気付いたデボネアがその場から飛び退り、鞍馬天狗が側面に身を投げ出すようにして転がる。刹那の後、二人の立っていた地面が、轟音と共に砕けた。
     そして一瞬のその隙を突き、シン・ライリーが風のように階段を駆け抜けていく。
     灼滅者達は、それを邪魔しなかった。出来なかったというのも間違いではないが、敢えて何もしなかったのである。
     そもそも灼滅者達にとっての最悪は、鞍馬天狗達がこの先に行くことだ。それを防ぐためならば、シン・ライリーは無視して構わないのである。
     しかしそれにより鞍馬天狗達がより急ぐことになり、何よりも刺青羅刹達がこちらに参加することになってしまった。
     だがそれでも耐えるしかないことに変わりはない。続いて最前列となったアマロックと白雛が、構えた。
     とはいえ繰り出されるのは先にも増した攻撃であり、こちらの手順は単純に考えても二手減っている。すぐに沈むことこそなかったものの、先ほどに比べればそれだけ早く限界が訪れてしまう。
     それでも蒼腕が迫り、それに耐え切れないと判断した瞬間、アマロックは最後の抵抗とばかりにそれを敵の足元に放り投げた。
     それは手榴弾のような形をしたものであり、中身は魂を削って変化された冷たい炎である。直後にそれが解き放たれ敵が慌てているのにその口元を歪めながら、アマロックの意識は暗転した。
     それとほぼ同時に白雛が倒れたが、こちらもただではやられず、しかし最後の抵抗はもっと直接的であった。
     耐え切れないと判断した瞬間に振るわれたのは、黒と白の大鎌だ。黒き波動で敵を薙ぎ払いながら異形巨大化した腕を叩きつけられ、満足そうに意識を失った。
     これで残るは半分。状況を考えれば、もうあまり時間を稼ぐことは出来ない。
     だが少しでも時間が惜しいのか、僅かな間もなく敵は即座に次に襲い掛かった。
     次は創矢と霊子であるのだが、敵はここでさらに攻勢に出てきた。一人に対してのみ、全戦力を向けてきたのである。
     狙いは創矢であり、当然これには耐え切れない。抵抗をすることさえも許されず、その意識を強引に落とされた。
     さらにはそれが、休む間もなく霊子へも向けられる。一度に複数の攻撃に晒され、止めとばかりに放たれたデボネアの弾丸が、確実にその身体を貫く。
     だが。
    「恋人もいないうちから死ねるかぁ!!」
     叫びが魂の力を引き出し、その場に踏みとどまった。
     しかし敵に動揺はない。無慈悲に同様のことが繰り返されるだけだ。
     それでも必死になって生き延びようとする霊子であるが、この状況で出来ることは見つからず、敵の攻撃が迫る。
     そして。
    「……え?」
     それは予想外の方向から放たれた攻撃により、弾かれた。
     直後にその場に現れたのは、一つの影。先ほどからずっと後方で静観していた、マトリューシュカ怪人である。
    「……何で?」
    「ふん。ソレに先ほど休んでろと言ったのはオレだ。それを実行されてしまった以上、その責任ぐらいは果たすべきだろう」
     ソレというのは、すぐ傍で倒れている創矢のことだろうか。明らかにそれは理由になってはいなかったが、どんな理由であるにしろ、助けてくれるというのならば有り難い話だ。
     これでまだ、時間を稼ぐことが出来る。
     霊子達は今一度気合を入れ直すと、鞍馬天狗達へ向け構えた。

    ●白と黒の解放
     シン・ライリーがその場に現れたことに、驚きはなかった。
     優輝よりそろそろ訪れるだろうという予測を聞いていたためであり、だがそれでも何も感じないわけではない。その姿に灼滅者達とロシアンタイガー、双方の攻撃の手が一瞬止まり、その隙を突くようにシン・ライリーが割り込んできた。
     雷を纏った拳が踏み込みと同時に放たれ、それを迎え撃つのはロシアンタイガーの槌だ。接触した瞬間に轟音と衝撃を周囲に撒き散らし、しかし両者はその場にピタリと静止する。
     が、それも一瞬だ。直後にシン・ライリーの姿が掻き消えると、方々より轟音と衝撃のみが撒き散らされ始める。
     もっともそれは迎撃により発生しているものだ。どうやら両者の戦力は、かなり拮抗したものであるらしい。
     だがそのロシアンタイガーの眉根が、僅かに寄せられた。攻撃を受けたというわけではなく、近付きつつある気配を察したからだろう。
     如何なロシアンタイガーといえども――、
    「……っ!?」
     そんな思考が過ぎった次の瞬間、その身体が僅かに震えた。手と足が止まり、明確な隙が生じる。
     しかし今のロシアンタイガーにとって、そんなことはどうでもいいことであった。
     何故ならば。
    「はっ、ご下命、いかにても果たします。グローバルジャスティス様に栄光あれっ!」
     ――グローバルジャスティスからの天啓を、受けたからである。
     それを実行に移すため、ロシアンタイガーは自らの胸へとその腕を突き刺した。それは深く、心臓にまで届くものであり、そのまま心臓を抉り取る。
     ――否。それは確かに心臓の形をしていたが、ロシアンタイガーの心臓ではない。
     それは、機械の心臓であった。
     弱体化装置とは、ロシアンタイガーの心臓の代わりに入っていた、機械の心臓だったのである。
    「弱体化装置無しでは、この身に宿る二つの力は数分しか抑えられぬ。だが、お前達全てを倒し、弱体化装置をグローバルジャスティス様に捧げるには十分な時間よっ!」
     吼えるその姿に呼応するかのように、莫大な量の白と黒のオーラが周囲へと撒き散らされた。
     それこそが、ロシアンタイガーの本来の力だ。それを目にした全ての者の背に、冷たいものが流れ落ちる。
     弱体化装置を外したロシアンタイガーの力は、先ほどまでとは比べ物にならないものであった。それは今まで出会ったどのラグナロクダークネスと比べても遜色ないどころか、むしろ比較にすらならない。
     或いはそれが神の力であると言われてしまえば信じてしまいかねないような、それはそういう類の力であった。
     その力にあてられてしまったかのように、誰一人としてその場を動かない。動けない。
     そしてそれは、シン・ライリーであろうとも例外ではなかった。
     ロシアンタイガーの目が、そのシン・ライリーへと向けられ――しかし両者が再度激突するよりも先に、状況が動いた。階段よりボロボロになったセシルにアヅマと、鞍馬天狗達が現れたのである。
     しかしそれらを見ても、ロシアンタイガーは微塵も揺らがなかった。むしろ手間が省けたとばかりに、撒き散らされるオーラの量がさらに増す。
     そして。

    ●結末
     誰に言われるまでもなく、ロシアンタイガーの力が強大であることは分かりきったことである。
     だがそれを本当の意味で理解したのは、おそらくは最初の激突が終わった後だった。
     ロシアンタイガーが動き出し、しかしそれに先んじる形で動いたのはシン・ライリーだ。
     その動きは最短にして最速。先ほどまでも手を抜いていたわけではないだろうが、今度のそれは本気にして必殺の一撃であった。
     凄まじい轟音が響き渡り、その余波だけで床が罅割れ砕け散る。或いは鞍馬天狗達ですらも葬りかねないそれに、しかしロシアンタイガーは一瞥を向けただけであった。
     傷を負うどころか掠り傷すらも与えられることはなく、直後、シン・ライリーの身体がその場から掻き消えた。先ほどのように高速で移動をしたわけでは、ない。
     何が起きたのかを示したのは、そのすぐ後に響いた二つの轟音だ。
     音のした方角に視線を向ければ、そこにあったのは窓に叩きつけられたシン・ライリーの姿。ロシアンタイガーの体勢が槌を振り抜いたものであることを考えれば、何が起こったのかは明白だろう。
    「……っ!」
     そのボロボロになった左腕を見れば、おそらくは咄嗟にそれで防いだのだろうということは分かる。だが防いでその結果だというのならば、直撃したらどうなるというのか。
     しかしそんなことを考えるのはまだ早いとばかりに、ロシアンタイガーがさらに動く。
     放たれたのは、灼滅者達にも覚えのある白い波動だ。
     だがその時とは規模も質も違いすぎるそれは、進路上の全てのものを飲み込み薙ぎ払い、ガラスの如く粉々に砕け散らせる。シン・ライリーは再度左腕を犠牲にすることで逃れることに成功したようだが、それでもその全身からは少なくない量の血が流れていた。
     ――ロシアンタイガーには、例えこの場に居る全員が協力したとしても敵う事はない。
     今の攻防だけで、皆がそれを理解するには十分であった。
     そしてそれを理解した鞍馬天狗とデボネアの判断は早かった。敵わない事を承知の上で、刺青羅刹とデモノイドロード達をロシアンタイガーの元へと向かわせたのである。
     完全な捨て駒だが、それは無意味な特攻ではない。確かにロシアンタイガーの力は強大ではあるものの、それは自身で先ほど口にしたように自分ですら抑えられないものなのである。
     少しずつ、しかし確実にその身体は崩壊し続け、白と黒の光の渦へと分離されていっていた。
     だが二人が狙っているのは、時間切れではない。確かにそれは遠からず訪れることであろうが、このままではそれよりも先に自分達が滅ぼされる方が早いだろうことも理解しているのだ。
     故に二人は、それへと手を伸ばした。
     それ――ロシアンタイガーの胸より取り出され、地面に転がっている弱体化装置へと、だ。
     しかし狙いをそれへと変えたのは二人だけではない。手を伸ばす二人に、シン・ライリーの一撃が叩き込まれた。

     状況は完全に混戦模様となっていた。弱体化装置を狙って鞍馬天狗とデボネア、シン・ライリーが互いに邪魔をし合い、それをさせんとロシアンタイガーが動こうとするも、刺青羅刹達がその身を以って食い止める。
     そして当然ながら、それをただ黙って見ているだけの灼滅者達ではない。
     とはいえ弱体化装置を確保するのは、さすがに無理だろう。仮に奪えたところで、そのまま逃げられるとはとても思えない。
     だが。或いは、だからこそ。
     皆が動いたのは、ほぼ同時であった。
     そこに言葉はない。脳裏に過ぎったものは同じであるが故に、必要なかったのである。
     確かに確保することは不可能だ。
     けれども。
    「破壊することなら……っ!」
     直後。
    「……荒風よ、刃の如く一閃を駆けろ」
     シン・ライリーと鞍馬天狗達とのちょうど中間地点に叩き込まれたのは、ユキトが生み出した風の刃だ。
    「……っ、灼滅者……っ!」
     それに即座に双方から反応が返るも、共に動くことはなかったのは、その隙を狙われることを嫌ってだろう。或いは、灼滅者がどちらを相手にするのかが分からなかったからかもしれない。
     戦力差などを考えればそれは当然の思考であり――しかしそんなものは、決まっていた。
     勿論、両方である。
     シオンの影より伸びた触手がシン・ライリーに迫り、セシルが召喚した無数の刃が鞍馬天狗とデボネアを襲う。御理が展開した夜霧と輝乃より放出された白き炎が味方の傷を癒し、妨害能力を高め――
    「光芒よ! ダークネスを穿てっ!」
     直後に振り抜かれたのは、香木で作られた大ぶりの魔杖。蘭から魔法の矢が、ほぼ同時にアヅマより風の刃が放たれ、それぞれの敵へと迫った。
     そして攻撃をされれば無視するわけがなく、それらの意識が完全にこちらへと向く。
     先に動いたのは、デボネアだ。弾丸が無造作にばら撒かれ、だがそれは宥氣の刀によって弾かれた。
     さすがに全ては無理であったが、仲間に向かう分を弾ければ十分だ。代わりに自分が食らうことになるも、それでも紅く染まった瞳は揺らがない。
     お返しとばかりに、炎を宿した刀を振り下ろした。
     単体でも強力なダークネスを、一時的とはいえ三体も同時に相手をすることになったわけであるが、その中でも最も手強いのは当然というべきかシン・ライリーである。
     だがそれを恐れることなく、悠一がその懐へと踏み込んだ。
     それは無謀でもなければ蛮勇でもない。それは、ただの……そう、ただ、仲間の援護を信じているだけだ。
     シン・ライリーの拳が放たれる刹那、ういろうより六文銭が放たれた。それはその拳に当たったものの、起こったことはほんの少しだけ勢いを殺ぎ、軌道を逸らしただけである。
     しかしそれで十分であった。
     その一撃は悠一の脇腹を抉り取り、だが鮮血と共に炎が吹き出、示すのはその戦意だ。
     ファイアの放った風とミスターに癒されながら、構わずさらに一歩を踏み込む。炎を宿した軻遇突智を振り抜いた。
     それは僅かに身体を逸らすことでかわされるも、続けて放たれたのは白光を放つミツキの斬撃。しかしそれもまたかわされ、その隙を狙い飛び込んだ影が一つ。銀誓剣クロワーゼという名の剣を手にした風花が、それを叩き込んだ。
     大降りであったそれは簡単にかわされ、だがそれこそが狙いである。行き先を限定された先にそこに忍び寄っていたのは、Raphaelという名の蛇腹剣。
     巻き付いたそれは即座に外されてしまったが、そこに飛び込んでいたのはカノンのその動きに合わせていた零桜奈だ。淡い桜光を放つ羽衣の形状をしたオーラに身を包まれている零桜奈が突き出す槍の名は、葬刃。
     だがそれでも届かないのか、シン・ライリーはそれを拳で弾き飛ばし――
    「ボディがお留守だぜ!」
     しかし同様に飛び込んでいた緋世子が、炎を纏った拳を叩き込んだ。
     だがその結果に響いたのは、緋世子の舌打ちである。外したわけではない。確かに当たりはしたのだが、その先にあったのはシン・ライリーの左腕であったのだ。
     直後、緋世子の身体が吹き飛ばされる。
     だがその口元には笑みが浮かんでおり、その意味をシン・ライリーはすぐに覚るが、その時には既に襲い。その脇を走り抜けたのは、竜の咆哮の如きエンジン音を響かせて走るドラグシルバーと、そのシートの上の立つ竜姫。
     それを邪魔するべく鞍馬天狗達も動くが、それこそやらせはしない。
     夜霧を展開しながら射線上に祠が身体を割り込ませ、それを受けた透流の影が形作るのは翼状に広がる巨大なナイフ。
    「ぶち抜く」
     斬り裂くべく叩き込み、合わせるように放たれたのは、翔の弾丸と一心の斬魔刀だ。シアンの魔法が肉体の体温を体温に奪い、深々見の鍵島式駆動剣と、千里の刀が振り下ろされた。
     だがその全てを無視し、それでも鬱陶しげに錫杖とガンナイフが一閃される。それは千里へと向けられたものであり――しかし当たる寸前、ビハインドの沙耶によって庇われた。
     無表情なままの視線が沙耶に向き、だが千里の事情に関わりなく戦場は動いている。
     うずめの歌声ときゅーちーによって沙耶の傷が癒され、鞍馬天狗達が意識を前方に戻し――だがその身体に、刃物のついた鎖が巻き付いた。
     それは征の足元より伸びた影だ。
     もっともそれは即座に引きちぎられてしまったが――ちょうどそこで、彼らの役目が終わりを告げる。
     視界の端に映るのは、シートを蹴り飛び上がった竜姫の姿だ。ドラグシルバーの加速を利用した竜姫は、そのまま弱体化装置へと突っ込み――
    「ライディング・レインボーキィィーック!」
     突き刺さった蹴りが、それを貫き打ち砕いた。
     そして。
     戦場にさらなる動きがあったのは、それとほぼ同時である。ロシアンタイガーの身体が、爆発するように光へと還元されたのだ。
     それはまさしく爆発の如き現象であった。それを間近で受けた刺青羅刹達などはそのまま消滅し、引き起こされた衝撃に、灼滅者も鞍馬天狗も、シン・ライリーすらも吹き飛ばされ、地面や壁に叩きつけられる。
     ――だがその中で一人だけ、それに逆らった者がいた。
     デボネアである。
     しかしそんなことをしてただで済むわけがない。その代償は、その身の欠損だ。腕が消し飛び、足が吹き飛ばされる。
     だがそうなってまでも、デボネアにはやらねばならぬことがあったのだ。さらに半身を衝撃に引き千切られながらも飛びついたのは、破壊したはずの弱体化装置である。
    「我が主、朱雀門継人様に、弱体化装置をお届け……」
     砕かれ半分となったそれは紫電を撒き散らしており、誰がどう見ても壊れたのは明らかだ。
     しかしデボネアはそれを掴むと、無理やり自分の心臓へと押し込めた。
     狂気的ですらある光景に灼滅者達は思わず息を呑み、だがその光景はそこで終わらない。半壊した弱体化装置を埋め込んだデボネアへと、ロシアンタイガーの白と黒の光が襲い掛かったのだ。
     その光をデボネアはかわせない――否、かわす必要がなかった。光はデボネアに届いた所で、弱体化され吸収されてしまったからである。
     それが示す意味は分からない。そもそも分からないことだらけだ。
     ――だがそれでも、確かなことが一つあった。
     それは、このままではほぼ破壊されたといっても、弱体化装置を持ち去られてしまうということである。
    「目的を達成したと思ったら現れた敵……裏ボスかな?」
    「誰だよフラグ踏んだやつ……まあ何にせよ、やることは一つだな」
    「はい。幾らデボネアといえど」
    「弱体化装置により弱体化した今なら……っ!」
     それを防ぐべく、最後の力を振り絞り、一斉にデボネアへと飛び込んだ。
     接近と同時、最初に叩き込まれたのは虹色のオーラに包まれた竜姫の拳だ。その連打が終わるよりも先に風花より放たれたブドウのような紫弾が貫き、シオンの操った鋼糸が斬り裂く。御理と翔のオーラ、緋世子と深々見の飛び蹴り、うずめのコブシがきいた演歌ソングが次々と炸裂し、透流より大量の弾丸がばら撒かれる。
     僅かな間もなく展開されたのは、ファイアが構築した結界であり、ミツキより繰り出されたのは白光を放つ斬撃。ユキトが流し込んだ魔力が内部から爆ぜ、直後ほぼ同時に振るわれたのは、宥氣と千里の納刀からの抜刀。カノンより二叉に分かれた諸刃の聖剣が振り下ろされ、零桜奈の黒銀鞘が触れた瞬間、再度内部から爆ぜた。
     デボネアには既に抵抗する力もないのか、一方的に全ての攻撃を食らい、それでも攻撃の手は休まらない。征が炎を宿した剣を振り抜けばセシルが無数の刃を召喚し、アヅマが生み出した風がその肉体を斬り裂く。祠が形成した漆黒の弾丸と蘭に圧縮された魔法の矢がさらに貫き、シアンが触れて起こるのは、三度目の爆発。突き刺されたのは輝乃より放たれた杭であり――弧を描きながら迫ったのは、悠一の手に持たれた、火の神の名を冠した戦鎚。
     振り抜かれ、貫いた。
     その一撃は、確実にデボネアの核を捉えていた。その証拠に、吹き飛ばされ叩き付けられたデボネアの身体が少しずつ崩れ、灰になっていく。
     だが。
    「継人さま……私はもう、終わりのようです。不完全ではありますが、お受け取り……ください」
     完全に崩れるよりも先に、その心臓部分から、先ほど吸収していた白と黒のエネルギーが解き放たれた。それは霧散することなく浮かび上がると、虚空へと向かい飛んで行く。
     妨害するどころか、止める暇もなかった。何人かがその行方を目で追うも、当然ながらその先に何があるのかは分からない。
     それを聞こうにも、今ので本当に力を使い果たしたのか、その身体の崩壊の速度がさらに増していく。どう考えても、聞き出している時間は残っていなかった。
     もっとも聞いたところで、素直に喋るとも思えないが。
     そして。
    「お嬢様……」
     かすれた声で、囁くように呟き。デボネアは、完全に消滅されたのだった。
     後に残ったものは、何もない。灰すらも消え、なくなっていた。
     周囲を見回してみれば、鞍馬天狗やシン・ライリーの姿も既にない。どうやら先ほどの爆発の際に、戦場を離脱していたようである。
     つまり後は、階下に残る仲間を回収して撤退するだけであった。
     ほぼ終わりを告げたことに、誰からともなく安堵の息が吐き出される。
    「ロシアンタイガーは倒した……で、いいのかな? まあ滅んだことには違いないみたいだし、弱体化装置は確保出来なくて破壊しちゃったけど、準男爵級侍従長デボネアも灼滅出来たし……今回の戦果は、悪くないかな?」
    「悪くないどころか、十分以上だろうさ。これ以上の成果を望むのは、さすがに欲張りすぎだと思うぜ?」
    「ですね。ただ、デボネアが不完全といった力は、どこに消えたのでしょうか……?」
    「そうだな……何だか嫌な予感がするが……」
     この先に待ち構えているだろう何かに、皆は不気味なものを感じ取る。
     しかしそれは今考えても仕方のないことだ。
     一先ず一時の安堵を覚えつつ、灼滅者達はその場を後にするのだった。

    作者:緋月シン 重傷:結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630) 星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321) 回道・暦(デイドリッパー・d08038) アマロック・フォークロア(突撃兵・d23639) 黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809) 蜷川・霊子(太陽を汚す女・d27055) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月22日
    難度:難しい
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 98/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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