「仏敵を討つ為、力を貸して頂きたい」
「……と、おっしゃいますが、私の様な老いぼれに何が出来ましょう。今の私にあるのは、御仏への信仰心のみ」
滋賀県西部。
寺社仏閣の多く存在するこの地域に、先祖代々住み続けて来た家柄。その当主たる彼が敬虔な仏教徒であるのは、ごく自然な事だった。
「否、その信仰心こそが必要。我らと共に戦って下さいますな」
頭部に黒曜石の角を持つ慈眼衆は、老人の手を握り、尚も食い下がる。
「……この老体がお役に立ちますならば」
「おおっ」
老人も暫しの逡巡の後に、首を縦に振る。
既に子供達を育て上げ、孫の顔も見、長年の伴侶も先立った。悔いの無い人生に、最後の一花をと言う想いがめらめらと燃え上がり始めたのだ。
老いたりとは言え、彼もまた、ひとかどの剣士であった。
「されば善は急げ、早速我々と共に」
かくて、慈眼衆の元に新たな戦力が一人加わった。かと思われたまさにその時である。
「おっとぉ、そうは問屋が卸さないなぁ」
「何奴!?」
いつから中庭に居たのか、刀剣を擬人化した様な着流しの怪人。更には、彼に従う様に数体のペナント怪人が姿を現す。
「大体、こんな独り暮らしの爺さんまで戦場に駆り出そうたぁ、どう言う了見だ?」
「ええい、黙れ! 仏敵に死を!」
独居老人の静かな住処は、にわかに戦いの場へと変貌したのだった。
「刺青羅刹天海大僧正と、悌の犬士安土城怪人による琵琶湖の戦いは、皆の助力によって天海大僧正側の優勢ですわ」
そんな言葉で説明を始めた有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)。
安土城怪人は劣勢を覆すべく、刀剣怪人軍団を戦場へ投入したと言う。
彼らの任務は、戦力増強の為に強化一般人を増やそうと説法中の慈眼衆を襲撃する事の様だ。
「慈眼衆と刀剣怪人が戦えば、近隣の一般人等が巻き込まれる等被害が拡大する危険もありますわ。見過ごす訳にもいきませんわね」
例によって、どちらかの勢力に肩入れすると言う方法もある。
どの様な方法で介入するかは、一行の判断に委ねるという。
「大僧正側は、慈眼衆1体と……妨害が無ければ、その説法によって強化一般人1体。一方刀剣怪人はペナント怪人4体を引き連れていますわ。普通に戦えば刀剣怪人側がやや優勢と言った所でしょうね」
灼滅者がどう介入するかによって、戦いの結果が決するのは間違いなさそうだ。
「琵琶湖を巡る戦いの今後にも影響しそうですわね。ともかく、気をつけていってらっしゃいまし」
そう言うと、絵梨佳は一行を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
小圷・くるみ(星型の賽・d01697) |
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) |
日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366) |
月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837) |
北逆世・折花(暴君・d07375) |
土岐・佐那子(夜鴉・d13371) |
ギーゼルベルト・シュテファン(紅陽に翔けし戦黒鷹・d17892) |
牧瀬・麻耶(月下無為・d21627) |
●
滋賀県西部。
由緒ある寺社仏閣が多く存在し、古くから仏教に根ざした土地柄である。
南老人の一族はこの地に道場を構え、代々剣の道を伝えてきた。むろん、彼らも敬虔な仏教徒である。
「ご老人には、先祖代々より御仏に対する篤き信仰心をお持ちの由、我らが大僧正もお喜びに御座る。今、そのお力を貸して頂けるのであれば、仏敵を打ち破ることも出来ようというもの」
天海大僧正配下の慈眼衆は、彼の信仰心を刺激しつつ、齢七〇を数える老人を説得し続ける。
琵琶湖周辺における安土城怪人との戦いは、灼滅者達の助力もあって彼らの有利に推移していた。その有利を確固たる物にすべく、新たな兵力の確保は彼らの急務なのである。
「ふむぅ……それほどまでに仰って頂けるのは光栄ではありますが……」
「お話し中失礼致します、私達の話をお聞き願えませんか」
「何奴!?」
会話を中断させた声の主は、小圷・くるみ(星型の賽・d01697)。
「ボク達は武蔵坂の灼滅者。火急の用事だよ」
「武蔵坂が? 何用だ?」
その隣で、いざと言う時の為に油断無く備えつつも、丁重な態度で切り出す紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)。
慈眼衆もまた、共闘関係を模索中の武蔵坂とあれば、すぐさま襲い懸かる様な事は無く、要件を聞く姿勢を見せる。
「使者として、文を届けて頂きたいのです」
「学園側から天海僧正へのお手紙っす。届けちゃ貰えませんかね」
折り目正しい振る舞いで告げるのは、土岐・佐那子(夜鴉・d13371)。牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)は、懐から書状を取り出す。
「文……と? 何故それを拙者に? そもそも、なぜここに居る事が解った?」
「安土城の連中に邪魔されず、慈眼衆と接触出来る機会は多くないからね」
不審と言う程ではないが、油断無く探りを入れてくる慈眼衆に対し、もっともらしい返答を返す北逆世・折花(暴君・d07375)。
「ただ文を渡すにしては仰々しいな」
「万が一があって、書状が届かないような事があってはいけないので」
自然な口調で、軽く肩を竦めるのはギーゼルベルト・シュテファン(紅陽に翔けし戦黒鷹・d17892)。
「……まぁ良いだろう、大僧正が読まれるかどうかは保証せぬが。しかし今はこちらの御仁と重要な話の最中。用が済んだら速やかに帰られよ」
一先ず灼滅者達の言い分を受け、頷く慈眼衆。だが彼の任務はあくまで南老人の勧誘。招かれざる客である灼滅者に対し、立ち退きを求めてくる。
「もちろん、我々も長居するつもりはありません。それにしても凄いお屋敷ですね、お一人で住まわれているのですか?」
「ん? あぁ、そうじゃが……」
月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837)は慈眼衆の言葉に頷きつつ、世間話など初めて時間を稼ぎに掛かる。
「なんだなんだぁ? ホームパーティでもしてんのかよぉ?」
「どちら様ですか……?」
そうこうするうちに現れたのは、着流しを纏った刀剣怪人とその配下である琵琶湖ペナント怪人達。そして、彼らが襲来する事など少しも知らなかった様な口ぶりで尋ねる日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)。
「こんな独り暮らしの爺さんまで戦場に引っ張りだそうたぁ、ご苦労なこったなぁ?」
「ぬうっ! 貴様ら……この様な所にまで現れるとは! ご老人、こやつらこそ先ほど話した仏敵で御座る」
一方慈眼衆は槍を手に立ち上がり、臨戦態勢を取る。
「……ならば、わしも共に……」
「剣士としての矜恃、まだまだ衰えるものではないと思いますですが……どうかここは、若者に未来を託してはいただけませんでしょうか?」
刀を手に、立ち上がろうとする南老人を制する翠。
「急拵えの兵でなく、まずは我々と迎撃を」
「むむっ……良かろう」
敵を目の前にして説法を続けるわけにもいかず、くるみの言葉に同意する慈眼衆。
「てめぇらも邪魔する気かぁ? 構わねぇぜ、まとめてぶっ潰してやらぁ!」
一方刀剣怪人らも、得物を構えてやる気満々。
かくして、再び慈眼衆と灼滅者は、安土城怪人の軍勢を相手に共闘を繰り広げる事となった。
●
縁側を蹴って軽やかに跳躍する謡。一見優雅だが無駄の無い動きでペナント怪人の懐に飛び込むと、黄泉渡を相手の腹部へと叩きつける。
――ドスッ。
「がはぁぁっ!!」
インパクトと同時に流し込まれるのは膨大な魔力。
「お爺さんは私の後ろに!」
くるみは南老人を庇いつつ、除霊結界を展開する。老人もまた、状況が飲み込めてはおらず、また人間離れした者達の戦いを、呆然と見守るばかり。
「一般人を巻き込む事は許さないのです」
「私達が全力で阻止しましょう」
異形巨大化した腕を叩きつける翠。无凱もまた、これに呼応して燕龍黒狐を高速で振るう。
刀剣怪人らに対して言い放つ言葉だが、それは同時に慈眼衆に対する牽制でもある。
「黙りやがれ! 羅刹と人間がお手々繋いで仲良しこよしかぁ? 気に入らねぇんだよ!」
当初予想していた慈眼衆と強化一般人だけでなく、灼滅者達も相手取る事となった刀剣怪人達。しかし憶する様子は無く、むしろ怒りに任せて刀を振り下ろす。
――ガキィン!
「悪いが、その程度じゃボクは斬れないよ」
これを受け流した折花は、雷と化した闘気を怪人の腹部へと叩き込む。
「おのれっ!」
すぐさま彼をフォローすべく、ペナント怪人らも押し出してくる。
「八枷」
これを見た佐那子は、自らのビハインドに短く告げると、敵の左側背へと回り込む。八枷の援護射撃に呼応し、足下から伸びる影を食らい付かせる、淀みの無い連携だ。
「ふん、例え武蔵坂の助力無くとも貴様らの様な姑息な輩、我らの敵ではないわ!」
大身の槍を手にした慈眼衆も庭へ降り、ペナント怪人の身体に穂先を突き立てる。
戦う前から解っては居た事だが、彼我の戦力比は灼滅者の参戦によって大きく傾いていた。
一人、また一人と倒れ伏すペナント怪人。
「てめぇら如きに黙ってやられるかよ!」
両手に刀を手にし、猛然と斬りかかる刀剣怪人。安土城側の劣勢を覆す為の戦力だけあって、その太刀筋は極めて鋭い。
――キィン!
無敵斬艦刀の腹でこれを受け止める麻耶。片手で振り下ろされた斬撃にもかかわらず、その重さは相当な衝撃を持って伝わる。
が、彼女もまた体勢を立て直すと、刀を鋭くなぎ払う。
「お、俺の足がっ……!」
「無駄な足掻きだ」
ギーゼルベルトもまた、ペナント怪人の切っ先を刀でいなし、鬼神の力を纏わせた拳を叩きつける。
もんどり打って吹き飛び、崩れ落ちるペナント怪人。
後は刀剣怪人と一体のペナント怪人が残るのみ。
「へっ……それで……てめぇら手を組んで、それからどうしようってんだ? 所詮相容れねぇ存在だろうがよぉ……そこの爺さん一人取ったって、羅刹の僧兵にすんのを見過ごすのかぁ?」
「……」
冷笑的な刀剣怪人の言葉に、とっさに返す言葉を失う一同。事実、灼滅者達は、この後場合によっては慈眼衆との戦いも辞さぬ覚悟でここに居るのだ。
最優先すべきは、老人を戦いに巻き込まないこと。それは、戦力確保を目的とする慈眼衆とは相容れぬ目的なのだから。
「何とか言ったらどうなんだよぉ! オラぁっ!」
――シャッ!
二刀を自在に操り、灼滅者達の間合いへと躍り込む刀剣怪人。
「あのお爺さんを強化一般人にはさせない。でもその話は後よ」
「今は共通の敵を倒すだけ、さ」
くるみと謡は、刀剣怪人の揺さぶりに心を乱す事無く、この切っ先を受ける。
「そこです」
――バッ!
「ぐっ!? がはぁっ!」
「とどめ、なのです」
无凱が放つ光弾によって、大きく仰け反るペナント怪人。翠は間髪を入れず、祓槍“淡島”を突き立てる。
「ちぃっ……!」
――パキィン!
配下が全滅し万策尽きる刀剣怪人に引導を渡すべく、灼滅者達の波状攻撃が襲い懸かる。鬼神変した折花の腕が、頭部の刀を砕き刃こぼれを散らす。
「今っすよ」
側背に回り込み、制約の弾丸を打ち込む麻耶。次いでギーゼルベルトの赤と青の絆-Bande-が一閃。
「ぬうっ……こ、この俺が……」
「お覚悟」
この期を逃すことなく、神器闘神の纏を拳に宿した佐那子。
「ぐわあぁぁーっ!!」
――バキィィーン!
その直撃を受け、粉々に砕け散る怪人の頭部。
灼滅者と慈眼衆は、無事彼らを灼滅したのだった。
しかし、任務はまだ終わりではない。
●
「改めて、これがその書状っす」
戦いが終わり、慈眼衆に手紙を手渡す麻耶。
「ふむ……ご老人には、この場で我らの同志になって頂く心積もりだが、其方の出方はいかに」
書状を懐にしまいながらも、避けては通れない議題を突きつける慈眼衆。
「この場はこのまま、退いて頂きたいのです。そうでないと、お手紙を届ける事が出来なくなってしまうのです」
「ボク達も、貴方達との敵対は望んでいない。そちらもそうだよね?」
翠と謡は、あくまで礼を失する事無い様、けれど確固たる意思を籠めてそう告げる。
「今の戦いを見てもまだ心は変わりませんか。人である事を捨ててまで戦えと仏様は仰いましたか」
「むう……」
「お孫さんも、貴方がそうまでして戦場に出ることを望んではいないでしょう。どうか御再考下さいますよう」
くるみと折花は、南老人に言葉を掛ける。剣道の達人とは言え、所詮人間。目の前で展開した戦いに身を投じるのであれば、相応のリスクを背負わねばならないと、彼自身も悟ったはずだ。
「御仏は貴方の意思を尊重するモノでは。よもや無理強いはしないでしょう」
やや口元を緩めつつ、皮肉気味に付け加える无凱。
「……お主らがここに現れたのは、文を渡す為だけではなかったと言うわけか」
慈眼衆は、灼滅者達の意図を悟った様子でそう吐き捨てる。
「……だが、それにより我々も命を救われたと言えそうだな。この場は書状を届ける事を最優先とし、退くとしよう」
しかし、この場で南老人一人を勧誘する為に、灼滅者と事を構えるリスクを天秤に掛ければ、撤退を選択するのはごく自然な判断であろう。
軽く会釈をして見送る灼滅者を一瞥すると、慈眼衆の男はそのまま立ち去っていった。
「先ほどは生意気な口を、失礼いたしましたです。よろしければ、人生の先達として、お話など聞かせて頂けましたら嬉しいです」
「いや……わしこそ、危ない所を助けて頂いて……」
深々と頭を下げる南老人。
かくて、灼滅者達は当初の作戦目標を完遂した。
この完全成功によって、天海大僧正の勢力との友好度を下げる事無く、一般人への被害を防ぐ事が出来た。
しかし、琵琶湖を巡る二勢力の戦いは今後も激化の一途を辿るだろう。灼滅者達の――世界の命運を左右する選択は、今後も続いてゆくのである。
作者:小茄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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