凍らせられた水飴

    作者:奏蛍

    ●離れられない友情
    「あ、懐かしい!」
     友人とショッピングモールに来ていた少女は、嬉しそうな声を上げた。瓶に入った水飴だ。
    「ねぇ、買って一緒に食べない?」
    「絶対残るよ、それ」
     便に入った大量の水飴を見て友人は苦笑したが、少女は迷わずレジへと運んでいく。途中で割り箸を掴むのも忘れなかった。
     早速と場所を移動した二人は、瓶の蓋を開ける。そして顔を見合わせると割り箸で水飴を掬いとった。
    「ねぇ、またこうやって水飴食べようね」
     来年から別々の学校に通うことになるせいか、少女は変わらない友情を願って口にした。
    「うん、また一緒に水飴食べよう! 約束」
     友人も頷いてお互いの頭をくっつけながら囁いた。そのとき、偶然水飴も触れていたのだ。
    「え?」
     二人が同時に声を出したのと同時に、水飴が氷始める。その氷は二人の指まで凍らせ、体全体に広がっていく。
     二人の友情は離れられないものとなったのだった。
     
    ●凍った水飴を溶かせ!
    「今度は水飴が凍るのかえ?」
     アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)が首を傾げると、大きな胸が揺れた。同時に仲間が近づいてくるのを視界にとらえて、アリシアが再び口を開いた。
     そして須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)からの情報を話し始める。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、まりんたちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     アリシアの予感が的中して、水飴を凍らせる都市伝説の存在が明らかになった。水飴を重ねて、未来の約束をした二人を凍らせてしまうのだ。
     元の噂は、姉妹の約束だった。非常に仲の良い姉妹がいた。
     姉は十三歳、妹は七歳。歳の離れた姉妹だった。
     二人の両親は亡くなったばかりで、別々に引き取られることになった。二人は約束をした。
     またいつか、一緒に水飴を食べようね。重ねられた水飴が約束の証だった。
     しかし悲劇は起きた。その冬、川で足を滑らせた姉は冷たい水にとらわれ命を落としてしまった。
     それからだった。約束を果たそうと、水飴を重ねて未来を約束する者が凍らせられるという噂が流れ出したのだ。
     そして、その氷を溶かす者の前に姉が現れるらしい。みんなには、この都市伝説の灼滅をお願いしたい。
    「場所はどこでもいいようじゃ」
     人が近寄らず、戦う広さがある場所であれば問題ないだろう。まずは二人で水飴と頭をくっつけて未来の約束をしてもらいたい。
     すると水飴から氷が広がり始める。このとき、約束を交わしていない仲間の出番となる。
     お湯をかけて、手にまで氷が進む前に溶かして欲しいのだ。手にまで氷が進むと大変なことになるので、タイミングをしっかり測ってもらいたい。
     氷が溶かされると、都市伝説の姿が見えるようになる。氷の彫刻のような姿をした姉だ。
     後は灼滅あるのみなのだが……、灼滅以外にもうひとつ方法がある。約束を果たせなかったことで、妹を傷つけたと思っている姉だ。
     けれど妹も大人になる。子供の頃は実際に約束を破った姉に対して負の感情を抱いたかもしれないが、大きくなってからもそう思っているとは思えない。
     そこで傷つけられた妹の傷が、もう治っているというようなことを上手く伝えられれば自ら消えてくれる可能性がある。しかし都市伝説という存在のため、実際の姉妹が救われるわけではない。
     さらにみんなが説得を試みる間も、姉は遠慮なく攻撃を仕掛けてくる。その点も踏まえたうえで、説得してみるかどうかみんなで決めてもらえたらと思う。
     姉は妖の槍と咎人の大鎌を使ってくる。
    「さて、どうするかのぅ」
     アリシアの漆黒の瞳がみんなを見渡すのだった。


    参加者
    アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)
    赤星・麗樹(六花蝶・d02649)
    丹生・蓮二(エングロウスエッジ・d03879)
    亜麻宮・花火(パンドラボックス・d12462)
    三条院・榛(猿猴捉月・d14583)
    客人・塞(荒覇吐・d20320)
    水凪・唯維(非非破壊検査装置・d28220)
    園城寺・琥珀(叢雲掃ふ科戸風・d28835)

    ■リプレイ

    ●可愛い約束
    「まさか、こんなことになるとはのぅ」
     ふぅ、と息を吐きながら、アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)が瓶の蓋を開けた。中にはとろりとした水飴が入っている。
     そして亜麻宮・花火(パンドラボックス・d12462)と水凪・唯維(非非破壊検査装置・d28220)に割り箸を手渡す。
    「お湯でと言われとったけど……ファイアブラッドの火じゃあかんかったのかなこれ……」
     いつでもお湯をかけられるようにと、保温容器を手にした三条院・榛(猿猴捉月・d14583)が呟く。勢い余って、二人にかけてしまいそうな気がする。
    「さて、誘き寄せるかのぅ」
     頼むと言うように二人を見たアリシアが瓶を向ける。
    「ありがとうです」
     愛らしく八重歯を覗かせた花火が早速と言うように、割り箸を瓶に入れていく。とろりとした水飴を綺麗に割り箸に巻く。
    「失礼します」
     花火が脇に避けるのと同時に、唯維が割り箸を瓶に入れる。せっかくの夏ということで、浴衣を来てきた唯維だ。
     そっと袖を片手で抑えて、綺麗に水飴を巻いていく。
    「じゃあ、行くよ」
     花火が唯維に声をかけてから、頭をこつんと当てる。そして唯維が水飴を傾けて、花火の水飴にくっつける。
    「また一緒に水飴食べましょう」
    「うん、約束だよ」
     唯維の言葉に花火が返した途端に、水飴の先が凍り始める。
    「う、えと、早く、溶かさないと……熱っ」
     丁寧な言葉使いを心がけている園城寺・琥珀(叢雲掃ふ科戸風・d28835)だが、慌てて子供っぽい言動になってしまう。思わず涙目になっている琥珀だ。
    「熱いの!?」
     そんな琥珀に驚きの声を上げた花火が息を飲んだ。頭をくっつけていた唯維も同じだ。
     二人の指が凍ってしまう前にと、勢いよくかけられたお湯が地面に落ちて水音を立てる。ぽたぽたと雫が落ちる音が響く。
    「お、怒らんといてや!」
     びしょ濡れになった花火と唯維に、榛が悪気はないと笑ってみせる。
    「出たな」
     すっと灰色の瞳を細めた客人・塞(荒覇吐・d20320)が呟いた。姉の境遇には同情する。
     しかし犠牲者が出るのを許容することは、塞には出来ない。説得が通じなければ、灼滅も仕方がない。
     氷の彫刻のような姿をした姉は、邪魔されたことへの怒りに溢れている。さっと花火と唯維にタオルを投げた丹生・蓮二(エングロウスエッジ・d03879)が、盾となるように前に出る。
    「ははっ、季節外れなボディしてるね。涼しげでありがたいけど」
     軽口を叩きながらも、蓮二は油断なく姉を見つめている。果たせなかった約束……蓮二にも思うところがなくはないのだが……。
     無意識に蓮二が左腕をさすった。その場所には自らが付けた傷がある。
     友を失った過去が原因で付けた傷だが、依頼を引き受けてからなぜか疼くような痒さがある。
    「でも、夏に氷だなんて、ね」
     ちょっと季節外れすぎると言うように、赤星・麗樹(六花蝶・d02649)が微かに肩を上げた。その瞬間、姉の腕がすっと伸びる。
     手の前に現れた冷気が形を作っていく。つららとなった冷気が蓮二に放たれたのだった。

    ●頑なな心
     襲った衝撃に蓮二が微かに眉を寄せた。蓮二の霊犬のつん様が仕方ありませんねといような表情で回復する。
     なぜか主人に対してはドエスなクールビューティーなのだ。
    「他人の約束事に首突っ込むなよ。かき氷にするぞ」
     言いながら蓮二は駆け出していた。杭をドリルのように高速回転させて、怒りで染まった目を覚ませるように突き刺した。
     削られた破片がかき氷のように空を舞う。
    「凍らせてそれがなんになるんだ」
     片腕を異形巨大化させながら塞がまっすぐ姉を見つめる。
    「凍らされた二人はそれが最後、またいつかも、未来の希望も永遠にかなえられなくなるんだぞ」
     確かに二人は二度と離れることなく、その命を終えるだろう。しかし、それに意味があるとは塞には思えない。
     離れず終わることと、約束を破ることはどう違うというのか。塞の声は確実に届いている。
     けれど約束を果たせなくなるくらいなら、ここで時を止めてしまおうとする姉は聞こえないフリをする。このままでは拉致があかないと、塞が地を蹴った。
     そして凄まじい力で殴りつける。
    「お姉さん、妹さんとの約束、果たせなくて悲しい気持ちは分かります」
     同時に琥珀が声を上げた。けれど凍らせることで、自分と同じ思いのものを増やすだけだということに気づいて欲しい。
     心に聞き届けてもらえるようにと琥珀が風の刃を放った。
    「貴女は妹さんが今も傷ついてると思っている様だけど、本当にそうかしら?」
     逆の立場から考えたらどうかと麗樹は問いかける。もし妹が約束を果たすことが不可能になってしまったら……。
    「貴女は彼女を恨み続ける? 違うでしょう?」
     違うと分かってというように、麗樹が魔法の矢で貫く。攻撃を受けながら、姉が激しく頭を振るような動作を見せる。
     まるで自分を許すことが禁忌であるかのような素振りだ。動揺するような動きを見せる姉に、胸が少し切なくなってくる。
     灼滅ではなく、想いを昇華させたい。
    「ちゃんと聞こえているのでしょう?」
     もう許されてもいいのだと麗樹は何度も伝える。いつの間にか大事な伊達眼鏡を外した唯維が、鋼糸を操る。
     氷の彫刻のような体に糸を巻きつけ、動きを封じようとする。しかしいち早く気づいた姉が、さっと身を翻した。
     様子を見ていたアリシアも、まずは聞く気持ちにさせなければと両手にオーラを集中させて放出した。アリシアの攻撃に揺らいだ体に、花火が追い討ちをかける。
     摩擦を利用して火を纏わせた蹴りが決まる。
    「人の話はちゃんと聞かないとだよね!」
     聞く気になった? と言うように、ツインテールを揺らしながら地面に降りた花火が姉を見る。困惑するように震えた姉は、その思いそのままに花火に向かって飛び出した。
     瞬時に動いた榛が、槍を受け止める。
    「妹大事も大概にせぇよ……妹かて成長すんねん」
     花火の代わりに穿たれた体から、血が流れて細い筋を作って流れていく。
    「あんたかて姉なら自分無しでも生きてる妹の成長を喜んどけやぁ!」

    ●止まったままの心
     自分のことばかりに囚われている姉に、榛が破邪の白光を放つ斬撃を胴に食らわせる。例え相手が敵であろうと、紳士を貫くのが榛の心情なのだ。
     顔に当てるようなことは絶対に出来ない。それに合わせて花火が剣を高速で振り回す。
     キラキラと削られた氷のようなものが舞っていく。
    「少しは目ぇ、覚めたやろ」
     榛が細い目で姉を見据える。戸惑うように氷の彫刻のような瞳が揺れた。
     その瞳は本当にそうなのだろうかと問いかけているように見える。
    「妹さんはとっくに貴女を許してるはずだわ」
     だから貴方が彼女を信じてあげないと、と麗樹がまっすぐその瞳を見つめた。
    「妹さんは、きっとあなたにもう一度会いたいと思うのと同じくらい、あなたの幸せを祈ったはず」
     自分のことで囚われ、悲しみ続けて欲しいなんておもっていないはずだと琥珀が言葉を重ねる。
     頭を抱えた姉は再び首を振った。そして悲痛な叫びを上げるように、頭を上に傾け口を開いた。
     音にはならない叫びが、その場を包んでいく。妹は自分を許していると思いたい、でもそう思えない。
     姉の心は今までずっと、死んでしまったあの時から成長していなのだ。戸惑い信じたいが信じられない苦しみの矛先を、姉は灼滅者たちに向ける。
     虚の力によって空間から無数の氷の刃が召喚されていく。そして前にいた灼滅者たちを一斉に斬り裂く。
     身構える体を容赦なく刃は襲った。
    「大丈夫、こっちは任せて」
     瞬時に動いた麗樹が優しき風を招いて仲間を癒していく。傷を癒された唯維が飛び出す。
     合わせてビハインドのクリスタルが前に出た。クリスタルの攻撃を避けた姉に、唯維が手加減した攻撃を食らわせようと迫った。
     口下手な唯維ではあるが、音としての言葉に追加して触れることで言葉を伝えようとする。攻撃すると同時にひんやりとした体に触れた。
     もう自分を許してあげてもいいんだよ。
     伝えると同時に、その言葉を受け入れてはいけないというように姉が暴れる。唯維はすぐに間合いを取るように離れた。
    「何でそんなに拒絶するのかな?」
     普段は丁寧な口調の唯維なのだが、戦いとなると口調が男の子っぽい好戦的なものに変化する。
    「少し落ち着いたらどうじゃろうか?」
     魔法の矢を飛ばしながら、アリシアが口を開いた。このまま暴れ続けるようであれば、灼滅しか道はなくなってしまう。
     そしてこれ以上の攻撃は灼滅を意味する可能性すら見えてきて、蓮二はひとまず自らを回復して様子を見る。
    「妹の約束を守れなかったと悔やむ気持ちがあるなら、新たに約束を交わそうとしている二人の約束が叶うよう、願ってやる事は出来ないだろうか」
     油断なく構えながらも、塞が説得を続ける。姉の心の中は、だいぶこじれているようだ。
     妹は果たされない約束に落胆はしただろうが、姉が憐れじゃないかというとそうでもない。そのことをわかってもらえれば……。
     それでも自分を許すことが出来ないのなら、それでもいい。しかし他の気持ちを、約束を踏みにじるようなことはしてはいけない。
    「自分のことばかり考えず、周りを……妹の気持ちを考えたらどうだろうか」
     約束を果たせず傷つけたことに固執するあまり、本当の妹が見えなくなっている姉に塞は言葉を紡ぐのだった。

    ●砕けた心
     ぴたりと動きを止めてしまった姉は、本当の彫刻になってしまったかのようだった。いつの間にかまた無意識に左腕をさすっていた蓮二が口を開く。
    「俺にも小さいけど果たされない約束があるよ」
     けれど蓮二はたまにその約束があって良かったとすら思う。例え果たすことが出来ないとしても、相手がこの世にいたという証明な気がするのだ。
    「約束を、枷と取るか繋がりと取るか、お前が楽な方を選べばいい」
     相手だって勝手に決めるだろうと蓮二は姉を見た。果たせない約束に固執するその姿は、逆に必死にたった一つ残った繋がりを放すまいと足掻いているようにも見える。
     ゆっくりと姉の口が動く。音のない言葉は、けれど小さく繋がりと呟いたように見えた。
     静かな沈黙、そしてその口元が微かに微笑む。
    「答えが出たみたいだね」
     そんな様子を見た花火が力を抜いた。
    「あぁ、決心がついたみたいじゃな」
     花火の言葉に頷いたアリシアが、姉に近寄る。開けた瓶をから掬ったのは水飴。
    「水飴にただならぬ思いがあるみたいじゃからのぅ」
     アリシアに差し出された水飴に、姉はそっと手を伸ばす。その指が触れそうになった瞬間、その形は音を立てて崩れた。
     明るく軽やかに地面に転がった欠片は、溶けてゆっくりと消えていく。まるでその音が、姉の最後の言葉のように明るく響いた。
     みんなが紡いだ言葉が届いた証のようだった。
    「何だか本当の想いがこもってるんじゃないかと思えるわね」
     最後に笑ったあどけない顔を思って、麗樹が呟いた。
    「そう思っていてもいいんじゃないか」
     クールな塞だが、いまひとつクールになりきれない人の良さがある。
    「みんな水飴でもどうかえ?」
     しばらく姉がいた場所を見ていたアリシアが、勢いよく振り向くのと同時に大きな胸が揺れる。
    「お! 貰ってえぇやろか?」
     何だか水飴を食べて終わりにするのが一番しっくりする気がして、榛が手を伸ばす。
    「あ、わたくしも頂きます」
     にこりと可愛らしく笑った琥珀がそっと水飴を掬う。その横で伊達眼鏡を再びかけた唯維も水飴を掬った。
    「ちょっと失礼」
     濡れてしまった花火と唯維を、麗樹が二、三回叩く。すると綺麗に乾燥済みの状態になる。
     二人がお礼を言う声が重なるのだった。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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