それは異様な光景だった。
何人もの人々――老若男女十人前後――が、一心不乱に布や木材を持ち寄って骨組みだけの工事現場を別の何かに変えようとしていた。
鉄骨には色鮮やかなカーテンを巻き付け、吹き抜けの中心部には絶やさず火を燃やす。
まるで祭壇だ。
夜になるとその周りを輪になって踊り始める。
「……………………」
そして、それを満足げに見つめているのが、番犬のように祭壇の脇に身を伏せたやはり異様なイフリートの姿だった。
「うーん……」
正体不明のイフリート。
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はうなり、皆を見上げた。
「その行動も能力も、いままでのイフリートとは全然違う……。どう思う? いったい何が目的なのかな」
実際、そのイフリートは知性を嫌い人の姿をとることもない。そのかわり、自分の周囲の気温を上昇させるというのだ。
それだけではない。
「その、上昇化させた範囲内にいる人間を原始人化するっていうのかな。みんな知性を失って……むしろ退化して、原始人みたいに踊ったり肉を食べたりしちゃうの。しかも、そのなかの一部は強化一般人になってイフリートに付き従ってる」
はやく止めないと、とまりんは皆に言った。
イフリートのいる工事現場は街の中心部。
色鮮やかな祭壇と化したビルが目印だ。周囲半径100メートルに入ると影響を受けた一般人が本能のままに行動する姿みられるはず――しかし、彼らはまだ強化一般人にはなっていない。
「問題は祭壇、つまりイフリートの側にいる10人くらいの人々だね。行動が原始人化してるからそれをうまく利用すれば戦わなくても切り抜けられるかも……」
子どもたちはまるで子犬のようにじゃれあい、女は生肉を切り分け、貯蔵し、男たちは祭壇をさらに大きくしようとしている。老人たちは火の番だ。
「なんだかきなくさい相手だけど、放っておいたらどんどん一般人が巻き込まれて街ごと原始化、なんてことになったら……」
大変なことになっちゃう、とまりんは言った。
「イフリートの討伐をお願いするよ。灼滅できれば原始人化してた一般人も元に戻るはずだから、よかったらそっちのフォローもお願い。我に返って原始人みたいなことしてたら、ちょっと……恥ずかしいもんね。それじゃ、いってらっしゃい!」
参加者 | |
---|---|
畷・唯(血祭御前・d00393) |
天雲・戒(紅の守護者・d04253) |
焔・火神姫(火ノ神ニシテ鬼・d07012) |
園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722) |
今川・克至(月下黎明・d13623) |
十文字・瑞樹(届かぬ願いを願う者・d25221) |
ユージーン・スミス(暁の騎士・d27018) |
曉・真守(黒狼・d27563) |
●炎の街へ
「あーっ!」
獣の仔のような動きで、熱に冒された街の子どもたちが駆け出していく。拾い上げたのは貝殻にビー玉。「落としたよ」と身振りで差し出された天雲・戒(紅の守護者・d04253)は、彼らと同じように毛皮をまとった格好で新たな『おもちゃ』を手渡した。
夏の日差しに照る、昔ながらの缶バッチ。サイコロ。
(なかなかいい感じですね……)
今川・克至(月下黎明・d13623)は彼らのなかに混ざりつつ、消せない不安を覚えている。作戦はうまくいっている――が、相手の目的が見えないのはやはり恐い……。
「やれやれ……下に服は着ているとはいえ……」
この格好は少し抵抗があるな、と十文字・瑞樹(届かぬ願いを願う者・d25221)はため息をついた。
「似合っていると思いますよ」
「それでほめているつもりか……?」
克至を横目で見やりつつ、瑞樹は寄って来た子どもの頭を撫でて白く光る貝殻を手に握らせた。
おっとりと優しい母親のように微笑むと、子どもは安心したように貝殻を受け取る。いぶかしげに様子を見に来た彼らの親や大人たちには、やはり腰蓑に布の胸当てという原始的な格好に身をやつした焔・火神姫(火ノ神ニシテ鬼・d07012)が「ほら」と例のものを掲げて見せた。
――魅惑の骨付き肉。
「おお……!!」
「くれ、くれ!!」
「そう焦るな、いま焼いてやる……」
すると、彼らは先を争って木を集め自分たちの手で火を焚き始めた。
(火、か……)
戒は胸の内でひとりごちた。気温を上昇させて一般人を原始人化する――その目的がどこにあるのかまるで分からない。
「配下を増やすためか、それとも版図を広げるためか……」
空を見上げる。
この街の他にも、多発的に発生している原始化事件――。
「そういえば、この竜種が現れた時期ってクロキバ達が姿を消したりシロガネを灼滅した時期と重なるんですよねぇ……」
こっそりと園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)は戒に耳打ちした。
まるで水着のように布や毛皮を着こなす瑞鳥は、一般人の前では身振りと手振りをするだけに留めている。
実際、一般人の大半は不明瞭な叫び声や赤ん坊のような言葉しか話さなくなっていた。
「やはり彼らと何か関わりがあるんでしょうか。って、それにしても肉の匂いは凶器ですね。無事に依頼終わったら焼き肉行きませんか」
火神姫たちが焼く肉の匂いは風に乗って、街を駆け抜ける。それほどの時間を待たず、匂いにつられた大人や子どもたちに手を引かれてやってきた他の強化一般人も広場の外までやってきた。すかさず、ユージーン・スミス(暁の騎士・d27018)が声をかける。
「贈り物もってきた。祭壇作る、大変。みんな休憩する。俺たち代わりに祭壇作る、手伝う」
「おお!」
「うお!」
大人たちは素直に喜んだ。
祭壇の炎は高く、ここからでもよく見える。
透かし見ていた曉・真守(黒狼・d27563)は感心したような目でそれを透かし見ていたが、彼らに視線を戻すと「早く食え」という意味のジェスチャーをした。
「おい」
「おっと、いかん」
ユージーンに肘で突っつかれ、真守は口元をぬぐった。
慌てて瑞鳥も口元を手で覆う。
物欲しげな顔をしていたことを、誰かに気づかれてしまっただろうか。
「だって、おいしそうですよねぇ……」
「ああ。普通に感化されそうだ」
「違いない」
真守はそれっぽいペイントをほどこした顔で、ユージーンは皮製の腰蓑と頭に羽飾りという格好で。互いに顔を見合わせてから、ちいさく吹き出した。周囲に溶け込むためとはいえ、すごい格好である。
「まったく、知り合いには見せたくない姿だよね……」
畷・唯(血祭御前・d00393)はため息をついて、肉に喰らい付く彼らを眺めた。どこか清々しささえ感じる光景だ。
「それじゃ、行こうか」
「ええ。いよいよですね!」
克至は頷き、巨大な祭壇と化した工事現場へ足を向けた。
火の粉が舞い上がり、いよいよ温度を上げて灼熱の戦場を設えたイフリートの待つ場所へ――。
●祭壇
「やはり違うな」
瑞鳥がつぶやいた。
いざ目の前にすると、確かにそれは従来のイフリートの概念とは異なる生物だった。詳細は個体差があれどイフリートはあくまで炎の『獣』である。
「しかし、これは……」
ユージーンは自らが繰り返し見る悪夢の具現化を見たような気がして、僅かに息をのむ。しかしその眼差しはすぐさま鋭さを宿した。
――決して堕ちるまい、と。
心に決めてカードを翻す。
「古の英雄よ、我に邪悪を滅ぼす力を!」
ほぼ同時に、唯も叫んだ――否、名乗った。
「我が名は畷・唯。人に害をなすものを絶つ者だ!」
日本刀を抜き放ち、前衛にてイフリートと対峙する。炎と夏の陽光を照り返す鍛えられた鋼の力強さと美しさ。
唯が剣ならば、瑞樹は盾だ。
一般人を誘導するためにまとっていた柔らかな雰囲気を脱ぎ捨てた瑞樹の手には、スレイヤーカード。
「我は盾、全てを受ける大盾なり!」
宣言と同時に現れる二刀の得物。
間を置かず、クルセイドスラッシュで防御をかためつつ斬り込んでいく――!!
「イフリート……いや」
火神姫は僅かに唇の端を釣り上げて、首を振った。
「ドラゴン君というべきかな。さぁ……僕を楽しませてくれよ」
その本性を剥き出しにして、跳躍。鬼神化した腕を大きくふるってイフリートの頭を文字通り殴りつけた。
ガァァァオォ――!!
天を轟かせるほどの、咆哮。
「本当に恐竜みたいですね……」
克至は火神姫とは反対側に回り込み、姿勢を低めてイフリートへと詰め寄った。
「この一閃で穿つ!」
手にした妖槍に回転を加えつつ脇腹にねじ込む。固い手ごたえ。ぐ、と力を入れてさらに突き込む。
「くっ」
反撃の火炎を間一髪で避け、体勢を立て直す。
入れ違いで瑞樹のクルセイドスラッシュが到達。切り裂いたイフリートの首筋から炎のような血しぶきが舞い上がった。
「そこだ」
――赤く炎のように渦巻く、瑞鳥のサイキックソード。
前脚を切り裂かれた恐竜もどきのイフリートはたたらを踏んで、やや後退。だがそこには中衛から狙いすます真守がいた。
「タフで攻撃力の高いやつには――」
これでどうだ、とばかりに滑り込んだエアシューズから迸る星の瞬き。イフリートの足元に散開するそれはまるで撒き菱のように動きを封じる。
ならば、と思ったのかどうかは知らないが、それはその場で辺り一面に炎をまき散らした。前衛に詰めていた五人はそれぞれに受け流し、あるいは火傷を押して更なる攻勢に転じる。
「聖霊よ、汚れたものを清め、受けた痛手を癒したまえ」
あふれかえる火の粉を鎮める風の主は、最後方より癒し手を担うユージーンだ。金の髪とそれを飾る羽を揺らす聖なる風――……。
「――!!」
邪魔だ、とばかりに麻痺の毒を持つ尾を振るうイフリートの眼前に滑り込む、盾こと瑞樹の二刀。
「この私を抜けるとでも思ったか……」
呼吸を整え、次撃に備える。
「さすがに固いな」
前線で戦う唯も集気法で間を取り、刀を握り直す。
炎が毛皮のように身を守っているのか、なかなか深手を与えられない。
「――お前の目的は何だ」
自らの傷口からも炎を噴出しながら、戒は問いかける。
うなりを上げるイフリート。
「怒り……?」
ざわりと肌が粟立つほどの、強い感情を感じた。
直後、激しい渦のように迸った炎がイフリートと戒を分け隔てる。とっさに庇いに入った竜神丸のシートが焦げた匂いを発した。
「大丈夫か!」
「ああ、なんとか」
セイクリッドウインドを発動する戒の返事を受けて、唯は神妙な顔つきで頷いた。
「ことは迅速に決めなければな。一気に決める!」
わかった、と戒は首を縦に振った。
立膝をついたエアシューズのエッジが赤く熱を上げていく。――グランドファイアの準備完了。
「燃やしてあげるよ……真っ赤にね」
先に疾駆した火神姫の、まるで鳥の羽のように燃え上がるレーヴァテインの炎幕がイフリートのそれを上回る燃焼力で戦場を焼き払う。
着地と同時に、火神姫は仲間のために道を空けた。
後衛から一直線に飛び出す弾丸のような動き――瑞鳥だ。並走する克至の手には槍から持ち替えた不可視の剣――!!
「くらえ!」
「終わらせましょう、此処で!」
未来を見通す瞳には確かにイフリートを倒すための一点が見えている。
右からは心に傷を与える拳を、左下からは神霊剣の斬り払いを喰らったイフリートはギャオン!! と悲鳴をあげた。
「いまだ盟友!」
さすがに巨体が揺らいだ、その隙を真守は見逃さない。
契約の指輪を嵌めた指先で操る鋼糸――麻痺と捕縛、それに石化。どうだ、と真守は笑った。さすがにきついだろう――と。
瑞鳥は解いた拳にロケットハンマーの柄を握りしめた。痛烈な一撃はイフリートの体勢を崩す。そこへ、瑞樹が突っ込んだ。
「――!」
瞬時に刃が閃いた。
炎の花が咲く。
「僕は火神鬼……焔の鬼だ。この程度の炎、どうってことはないよ」
浴びせかけるような炎の反撃を受け流して火神姫は艶然と告げた。二陣のセイクリッドウインドが戒とユージーンの足元から舞い上がる。
「…………!!」
イフリートは何度か立ち上がろうと試みた。
しかし、うまくいかない。
殺到する刃と炎の前に屈することが悔しいのか、最後まで足掻いて、そして――最後には地面を揺るがせながら地面の上に倒れこんだ。
すまないな、とつぶやいて瑞樹は刃を鞘におさめる。
「これも灼滅者の使命なのでな……」
唯は誇らしげに鬨の声をあげた。
「我が刀に断てぬものなし!」
●熱からの解放
「き、きゃー! なんでこんな格好してるのー!?」
「げっ、この肉生焼けじゃないか」
「ていうか、仕事……俺なにやってんの……?」
心配されていた通り、正気をとりもどした一般人たちの混乱はすさまじかった。火神姫は恥ずかしがる女性たちには用意していた服を配り歩いていたが、しまいには魂鎮めの風で混乱の激しい大人たちをしばしの安眠に導いてしまった。
「フォローとかは専門外なんだよねぇ……」
「まあ、難しいよな」
真守は口裏を合わせるように努めつつ、言った。
「具合を悪くした老人などいなければいいんだがな。それにしても、原始時代にも祭壇や儀式の観念があったとはな」
「いったい何を祭っていたのやら……意義はあったのかな? 火は人類の発明とも言えるものなのに火を祭って知性や文明的なものを否定するとは矛盾してるなぁ」
克至は肩を竦め、続ける。
「まあ、現代人の考えることだしね。本物の原始人には逆立ちしたってなれっこないか……」
「そっちはどうだった?」
祭壇の周りにドラゴンジェムや類似品はないか探していたユージーンは、しかし空手で戻ってきた。特に不自然なものは見つからなかったらしい。
「妙な人物を見なかったか、とか……」
「特に手がかりは見つからなかったですね」
克至は頷き、街を見渡した。
そこでは唯が、映画の撮影があったのだと話してまわっている。ユージーンと瑞鳥が手分けしてタオルを配り、記憶の混乱については熱中症だろうとごまかした。
「何か大きな事件の前触れでなければよいのだがな……」
瑞樹は独り言のように言って、すこし破れた土色のカーテンを身体からはぎ取った。もうカモフラージュの必要はない。軽くなった体をほぐすように動かして、ひとまずは犠牲者を出さずに済んだのを喜ぶことにしたのだった。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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