feroce

    作者:麻人

    「…………?」
     獣、というよりは大型爬虫類に似た炎のダークネスはさっきからとある少年の行為が気になっているようだ。
     熱された街は至るところで、現代とは思えない出来事が多発している。人々が裸に近い格好で騒いだり、家の代わりに樹の上で寝たり、ターザンの真似事をしたり――その少年も例にもれず、ぼろ布を腰に巻いた格好で何かを作っていた。
    「わお!!」
     そのうち、完成した『モノ』を掲げて歓声をあげる少年。
    「?」
     イフリートは不思議そうに首を傾げた。
     黒い墓石を砕き、包丁の刃を外し、折った木の枝に括り付けた――武器。巨大な斧槍を手に少年は嬉しそうに踊り出した。

     謎のイフリート出現。
     出没、ではなく出現と須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が言ったのは、それが街のなかに居座っているからだ。
    「そのイフリートの周囲は温度が上昇、巻き込まれた一般人は理性を失って原始化しちゃう……」
     ただ知性を失うに留まらず、原始人的な行動をとり始めると言うから問題だ。取っ組み合いの喧嘩も奪い合いも当たり前。そのうち何かのはずみで殺し合いが始まらないとも限らない。
     実際、略奪の類は既に起こっているのだから。
    「炎を纏ったイフリートであることは間違いないんだけど、形がこう、爬虫類ぽいっていうかね、そう、恐竜に近いんだ!」
     まりんは言った。
     それくらい、今回のイフリートは規格外なのである。

     イフリートが支配している街はどこにでもあるような郊外の住宅街。一戸建てが整然と並ぶ街の片隅に、ちいさな公園がある。ブランコと丸型のジャングルジム、滑り台。そこをイフリートはねぐらと定めたようだ。
    「近寄るとその熱でじわじわと体力を奪われるよ。体力を回復して攻撃力を高めるための構え、それに毒を与える牙。長期戦になると不利かも。一般人のほとんどは原始人としての生活に没頭してるから、こちらから刺激しなければ大丈夫」
     ただし、とまりんは続けた。
    「少年がひとり、強化一般人化してイフリートのそばにいるんだ」
     彼は自作の武器を思う存分振り回す機会を探している。
     巨大な斧槍の一撃はそれなりに強力で、油断は禁物だ。ただし運動慣れしていないらしく動きには機敏さがない。

    「イフリートを灼滅できれば原始化した街はもとの姿を取り戻すはずだよ。みんな、よろしくお願いね」
     まりんは皆を見つめて言った。
     原始人化してしまった一般人、古代の巨大爬虫類に似た異形のイフリート……被害が拡大する前に止めなければならないことは確かだった。


    参加者
    伐龍院・黎嚇(龍を伐る者・d01695)
    綾峰・セイナ(銀閃・d04572)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)
    ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)
    ジェノバイド・ドラグロア(紫焔纏いし狂牙・d25617)

    ■リプレイ

    ●炎の街
    「ったく……」
     汗が滲む前髪をかきあげて、ジェノバイド・ドラグロア(紫焔纏いし狂牙・d25617)は唸るように言った。
    「んなクソ熱い日にイカれた奴ら量産しやがって……!!」
     ――彼の言う通り、街はさんさんたるありさまだった。
     普通の住宅街だったはずのそこは、まるで現代のジャングル。整然とした街並みをどこから持ってきたのか木々の蔓が覆い、土と砂利に塗れた道路はさながら獣道と化して彼らの足元を危うくする。
    「はぁ、はぁ……重い……」
     よいしょ、とロックアイスや水、ジュースを詰め込んだクーラーボックスを肩に担ぎ直して月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は先を急いだ。
    「――と見せかけて、パシャリ!」
     こっそりスマホで写真に収めておく。
     何をって、一般人たちの珍行動を――である。
     ある者は屋根から屋根に飛び移ろうとして足を滑らせ、またある者は塀という塀に壁画のような落書きを施している。
    「なかなかお目にかかれないよ、これ」
     玲の囁きにブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)は大きく頷いた。
    「いろんな意味で危ないわ!」
    「本当、本人たちは楽しそうだけど……」
     テレパスを通じて田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)に流れ込む一般人たちの表層意識は、奇妙な活気にあふれている。しかし、いくらなんでもはめを外し過ぎだ。
    「はやく正気に戻してあげないとね」
     あそこ、と綾峰・セイナ(銀閃・d04572)が指差す先は予知によって特定されたボスの居場所――こじんまりとした公園。
    「恐竜退治だなんて、まるで何かのゲームみたいね」
     ふっと、伐龍院・黎嚇(龍を伐る者・d01695)は小さく笑った。
    「なるほど。それもまた一興」
     ただし、ノンフィクションに限る。
     黎嚇は喉を鳴らすように笑い、ひと息でカードの封印を解除。サウンドシャッターを展開しながら車止めを飛び越えて公園に躍り出た。

     ――これは、デカい。
     ソイツが目に入った途端、越坂・夏海(残炎・d12717)は感嘆の声を漏らした。同じくセイナも目をみはる。
    「すっごいでっかいわね。こんなでっかい生物がまだ存在していたのね。大自然の神秘を感じるわ」
     グルルルゥ……。
     喉を鳴らして公園の隅に蹲っているイフリート――竜種の。
     イフリートを宿敵とするファイアブラッドの面々は、それぞれに顔を見合わせた。
    「竜……恐竜……? もうこれ、宿敵って言っていいのかな」
     玲の疑問に頷く夏海。
    「ダークネスってことは、こいつも元々は人間だったはず」
    「まさか天から降って沸いたわけでもないでしょうにね。どこから来たのかしら」
     呆れと戸惑いを綯い交ぜにした顔で紗織はソレ、と初めて合いまみえた。竜種イフリートは低く頭をもたげ、こちらの様子を窺っている。
    (「竜種…なんか親近感が、いや違うか、なんかカッコいいかも」)
     ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)はうっかりそんなことを思った。実際、火を纏った巨大爬虫類という――即ちドラゴン的な――は、純粋に格好いい。
    「最近、恐竜に縁があるわね!」
     炎に映える金髪を揺らめかせ、突撃を開始するブリジット。
    「一般人除けは任せたわ!」
    「了解」
     セイナと夏海の放出する殺気が公園と外界を遮断する中、ひとりの少年だけが嬉々として目を輝かせながら、奇声とともに飛び出してきた。

    ●少年の野望
    「ほう、槍を使うか」
     少年が手にした得物を見据え、黎嚇は感心したように言った。
    「槍とは軍事力の象徴、人が生み出した最も古い武器だ。素晴らしいな、君は他の者より利巧なようだ」
     褒められているのが分かるのか、単純に自作の武器を振り回すのが楽しいのか。少年は歓声をあげて斧槍を突き出した。
    「よ、っと!」
    「わっ」
     しかし、玲のレーヴァテイン――炎を纏った蹴撃――に撒かれた少年は悲鳴をあげて動きを止める。
     ちら、とその武器に一瞥をくれた紗織は眉をひそめる。槍はともかく斧の方が問題だ。いかにも墓石らしい色柄のそれを見て、ソニックビートの波動と共に叱りつける。
    「この罰当たりが!」
    「ひゃっ」
     原始化しても所詮は中学生くらいの少年だ。
     怒られて、首を竦める。
    「知性を失ってるからクリエイトファイアが有効……なわけねえか」
     死なせてしまっては寝覚めが悪いとばかりに、ジェノバイドの黒死斬とセイナの螺穿槍が黒い竜巻と化して武器ごと少年の体を押し戻した。意識は原始人でも体は現代人。運動慣れしていない少年は思ったより簡単に地面へ転がった。
     まったく、とジェノバイドは肩を竦める。
    「元はただのゲーム好きな子どもだったんだろうに。原因はあのイフリートって事は火を見るより明らかなんだよな、イフリートだけにな!」
    「そうだね、全部あのイフリートが原因なんだよね」
     シャレに気づいてか気づかずか、ハノンはぼんやりとした表情のまま、サイキックソードを振り回して少年の応戦に回る。
     即時、放たれる光の刃。
    「うわっ!」
     悲鳴をあげる少年の背後からその時、激しい炎の波が襲いかかった。
    「来た!」
     気を付けて、と後衛にいた紗織が警告する。
     イフリートの放つ、津波のような炎――!!
    「まるでサーファーの気分だわ!」
     キラキラと目を輝かせて、ブリジットはグリムハウンド――特製のエアシューズを駆って距離を詰める。僅か1、2秒で少年の懐に入り、勢いを殺さないまま振りかざす鬼神変化した右腕――!!
    「えっ」
     巨大な影が少年の頭に落ちかかる。
    「目を覚ませーっ! 色んな意味で間に合わなくなっても知らないわよ!!」
    「ぐはっ……」
     思わず夏海が「よ、容赦ない……」と呟くくらいには派手過ぎる一撃。
    「っと、よそ見してる余裕はないか。そっちは任せた!」
     夏海の張り巡らせたワイドガードが炎を弾き返すように輝き、盾となる。同じくディフェンダーを担うハノンはイフリートの注意を引き付けるように殊更大きな動きでDMWセイバーを薙ぎ払った。
    「ナノっ」
     灼熱の炎を視覚的に和らげるのはナノナノのしゃぼん玉。
     そして、目にも止まらぬ拳撃でイフリートの目を潰すブリジットの閃光拳――!!
    「まったく、世話のやける」
     仲間たちが壁を作ってくれる後ろで、黎嚇は紗織と協力して、とっとと少年を公園の外まで引きずり出した。

    ●dragon fight
    「さて、と」
    「いざ、龍狩りとしゃれこみましょうか田抜流小太刀、参る!」
     ここからが本番とばかりに紗織はギターから懐剣へと武器を構え直す。玲は肩口でハートを飛ばす可憐なナノナノと共に、竜種イフリートと真っ向から対峙する……のだが。
    「あーつーいー。このアーリヤ! 迷惑トカゲが……!」
     熱い。
     暑い。
     ――あついぞ、この野郎!
     何しろ街全体の気温を上げてしまうほどの灼熱。こんな小さい公園なんて軽く湯だってしまうほどだ。
     そもそも、とジェノバイドが突っ込む。
     文字通り体でも突っ込み、バニシングフレアでイフリートの気勢を削ぎつつ――。
    「てめぇ……トカゲかイグアナかイモリかカメレオンかはっきりしろや! この爬虫類もどきがっ!!」
    「だから、イフリートだって言ってるでしょ!」
     てやっ、とジェノバイドの肩を踏み台にして跳び上がったブリジットの落下地点はまさにイフリートの頭上!
     ギャォオオオン!!
     激しい光を放出するブリジットのフォースブレイクと、あらかじめ黒死斬で足止めを食らわせておいたジェノバイドの次なる一手・全力の戦艦斬りが続けてイフリートの巨体を薙ぎ払う。
     さすがにきつかったのか、眩暈を堪えるように頭を振るイフリートの死角に潜り込んだ紗織は同じく黒死斬からディーヴァズメロディに切り替えた。
     歌声響く熱気の中、夏海はしげしげとイフリートを見つめる。無論、背に仲間を庇いつつ、炎を払う清めの風を巻き起こしながらではあるが――。
    「なんだ? 怒ってる……」
     首を傾げる。
     イフリートは戦いを好む種族だが、この竜種はそれ以上に何かを憎悪している。
    「街の原始化と関係あるのかな」
    「テストっていうものを消してくれるなら大歓迎なのだけど」
     ぼそり、とハノン。
    「え?」
    「いや、別に。こいつらって眠っていたのが起きたのかな? それとも誰かが闇堕ちして生まれたのかな」
     竜種イフリートはセイナとブリジットの連携攻撃を前に、苛々と首を左右に振っている。
    「ちっ、高温でブッ倒れるまで遊んでやるよコノ爬虫類がっ!!」
     しぶとい、と舌打ちしてジェノバイドは戦陣光臨を発動。一気に勝負を決めにかかる。
    「お前で三体目だ」
     それは裁きの、竜殺しの異名を取る伐龍院の宣告。
    「捌く、斬り刻む、解体する、バラバラにしてやる。その爪も牙も眼も腕も脚も尾も胴も全部全部全部我が得物の為の、獲物だと知るがいい。いや、今まさに今すぐに今ここでその身に刻みつける! ハーッハッハッハァ!!」
     ――高笑いしつつ、黎嚇はセイクリッドウインドを発動。
    「ふっ、衝動に任せて自らの役目を放棄するような僕ではない」
    「……黎嚇くんも苦労するわね」
     セイナは軽く労い、マジックミサイルを発射。
     横っ面を魔弾にひっぱたかれたイフリートは「ギャォン!」と間抜けな悲鳴をあげるはめになった。
    「そろそろ決めにはいろうか」
     玲のエアシューズが星海を生み、炎の中を一筋の流星となって駆け抜ける。夏海の紡いだ天魔光臨陣の破壊力を乗せたスターゲイザーだ。
     それはイフリートの顔面に直撃、炸裂、強撃――!!
    「させないよ」
     反撃の牙を剥く瞬間を狙って、サイキックの瞬光がザァッと横一文字に迸る。ハノンのサイキックフラッシュが封じる毒の牙。
    「殺戮経路、見切った!」
     流れる動きで背後から締め落とす紗織のティアーズリッパー。
     攻撃は途切れない。
     ナノナノのハートと集気法によって体勢を整えたブリジットの横顔に笑顔が浮かんだ。――今しかない。祈るように指先を組み合わせ、――叫ぶ。
    「フォオオオスぶれぇええいく!!」
     光臨する裁きの光――!!
    「ちょっ、フォースブレイクじゃねえし!」
     ずっこけつつも、ジェノバイドは大きく振りかぶった戦艦刃を全力で振り下ろした。ぐ、と重い手ごたえ。
    「でやああああああっ!!」
     気合いを入れて文字通り、イフリートを一刀両断に処した。
     
    「ふう、お疲れ様。……コイツの素材剥ぎ取って装備にでも加工したい気分ね」
     灼滅されてゆくイフリートを見送りながら、セイナは髪を背に流した。紗織は一般人のフォローに奔走しつつ、竜種の起源に想いを馳せる。
    「あの巨体じゃ普通に歩いて来たんだとしても大惨事だし……」
     すると、やはり誰かが呼び出したのだろうか?
    「紗織ちゃん、手伝ってもらえる? ジェノバイドくんまで倒れちゃって手が足りないんだ」
    「うん、任せて!」
     玲は濡らしたタオルと少年たちの額に乗せて、介抱している。しかも膝枕付き。少年が目覚めた時、うろたえるのは想像に難くない。
    「知性を失うのはもったいないよね」
     うんうん、とハノンは他人事のように頷いた。たった数分前にテストがなくなれば大歓迎なんて思ったことは見事に棚上げしての結論だった。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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