それは、とある夢見る少女のお話。
野丸センパイ。
私は最近、ずっと貴方のことを見ていました。野球部のエースの重責を担うその凛々しい姿。クラス委員もやっていて人望も厚く、優しげなそのルックスに夢中になる女子も多いですよね。そんなステキなセンパイに声をかけるなんて恐れ多いことはできず、私はただ、少し離れたところから見守るだけ……。
そして今日、私はついに確信しました。
センパイは「受け」ですね。凛々しいその表情の下に、鯨井センパイ(♂)とか帆母センパイ(♂)に迫られ惑い、拒みきれずに流されてしまう、優しさ故の弱さが私には見えます。
あ? え? ちょっと待って? 今何て言いました? 今度うちに来いだって? 翔田君(♂)に? いいんですかいいんですか? そんなことをしたら鯨井センパイが黙っていませんよ?
そうだ閃いた! 鯨井、帆母のセンパイ二人に迫られ弄ばれて悩む野丸センパイ。そんななか、健気な翔田君の言葉に心癒され、つい家族が留守のときに自宅へと誘ってしまう。そこへ偶然二人の姿を見かけた鯨井センパイが怒鳴り込んで三竦みの修羅場が展開……。
完璧ね! よし、これでネーム切って執筆開始!
口の中でそんなことを呟くと少女はそそくさと席を立ち、なおも「野丸センパイ」が極めて普通に部活の後輩と談笑する喫茶店を後にした。
そんな風に一日を過ごした少女が眠りについた夜のこと。
どこからともなく現れた少年――宇宙服のような不思議な衣装の――が、眠れる少女の枕元に歩み寄り、その耳元で囁いた。
「……君の絆を僕にちょうだいね」
なぜかちょっと、嫌そうだった。
「うーん」
翌朝。少女は朝の光を浴びて目を覚ますと、大きくひとつ伸びをした。
「うん、今日もいい朝! 萌え日和! さあ、早速執筆の続き続き! 昨日のネタを……」
布団を畳みもせずに少女はまっしぐらに勉強机に向かう。そこには書きかけの漫画の原稿らしきものが無造作に置かれていたが。
「……あれ?」
椅子に座りかけたところでその動きが止まる。
「創作意欲が……湧かない……」
センパイによく似た半裸の男性が他の男性と不自然な距離に接近している原稿を、少女は何か異物を見るような目つきで眺めた。頭を一つ振ると自分を励ますように両の拳を握りしめる。
「こんなことじゃダメ! そうよ、萌え上がれ私の恋凄萌(こすも)! 萌え尽きるまでブートッ!! ……駄目、全然描く気になれない……」
少女は床に崩れ落ちて両手を突き、うなだれた。oとかrとかzで表される有名なアスキーアートのような姿だった。スポットライトを浴びた悲劇のヒロインのような表情で、少女は呟いた。
「そんな……私……もう、終わりなの……?」
「ええと、申し訳ありません、こんな依頼で」
教室に集まった灼滅者たちに対し、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はなぜかいきなり頭を下げて謝った。
「今回の敵は強力なシャドウである『絆のベヘリタス』です。すでに聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれませんが、ベヘリタスと関係があるらいし謎の人物が、一般の方が持つ「絆」を養分にしてベヘリタスの卵を育てているのです」
育った卵は放っておけば孵化して新たなベヘリタスとなる。当然、シャドウ勢力の戦力が向上することになるので何としてでも阻止しなければならない。
「幸い、孵化してからソウルボードに逃げ込めるようになるまでに10分ほどの間があるので、そこを狙って灼滅をお願いします」
そこで姫子は妙に申し訳なさそうな表情になった。
「それで、今回の犠牲者なのですが」
矢尾・いすき(やお・-)。花の女子高生16歳。なのだが。
「なんと言いますか、世間的には少々マイナーな趣味をお持ちの方です」
男と男の恋愛事情……といってもリアルの同性愛ではなくBL(ボーイズラブ)とか801(やおい)とかいわれるたぐいの、虚構の中のそれを扱うもの。それに彼女はハマりまくっているのだという。
「市販あるいは同人出版されるそれを楽しむのみならず自らも漫画の執筆をたしなみ、夏冬のその手のイベントには欠かさず出没して大量の戦利品を抱えてホクホク顔で帰るタイプです。ただ、矢尾さんは二次元作品だけではなくて、専門用語でナマモノというのですか、実在の人物を相手にその種の妄想を炸裂させる傾向がありまして」
最近は高校の美形の先輩をつけ回してはその行動範囲と交友関係をつぶさに把握し、その過程で生み出したあらぬ妄想を漫画にしているのだという。それってストーカーって言わね? と灼滅者の誰かが呟いたが、姫子はフォローするように言った。
「大丈夫です、今のところ法に触れる行為はしていませんから。ともかく、卵が孵化するまでの二日間の間に何とかして彼女と絆を結んで下さい。皆さんが強い絆を結べば結ぶほどベヘリタスは弱体化します。まったく絆を結ばないと闇堕ちを数名出してギリギリ勝負になるかどうかという厳しい状況になってしまいます。それから……」
肝心の彼女に近づく方法について。
そのマイナーな趣味、そして非常に思い込みが強く我が道を行く性格のために、彼女に友達は少ない。そのこと自体は大して気にしてはいないのだが、身近に同好の士がいない点だけは多少は寂しく思っている節がある。そこにつけ込むのが一番だという。彼女は先輩をつけ回していないときは学校の帰りに必ず本屋に立ち寄り、その手の本と漫画のコーナーを物色して帰るのが日課なのでまずその周辺での接触が確実、また孵化の当日は休日で、昼は空いているのでうまく誘えばより深い絆を結ぶのに活用できるかもしれない。そんな風に姫子は説明した。
はい、と一人が手を上げた。
「男性陣もですか?」
姫子はきわめて微妙な表情になった。
「その手の趣味をたしなんでいる、さらにマイナーな種族の男性の方なら直接接触もありでしょう。それ以外なら……そう、矢尾さんのターゲットとなるのが間違いの無い方法だと思います。彼女の守備範囲は小学生から成人男性まで、スレンダーからマッチョまで幅広く、皆さんであれば何も問題はないと思います」
たーげっと。
妙に不吉な台詞をさらりと吐くと、姫子はさらに付け加えた。
「絆のベヘリタスを倒すと彼女は失われた絆を取り戻してしまうので、何らかのフォローをした方がいいかも知れません。ストーキングは気付かれると相手に本気で嫌われますよとか、もうちょっと世間体を気にしましょうとか」
何とも言えぬ表情になる灼滅者たちに対し、姫子は最後に深々と頭を下げた。
「過酷な任務になるかそうでないか私にもよくわかりませんが、とにかく皆さんだけが頼りです。どうかよろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176) |
采華・雛罌粟(モノクロム・d03800) |
桜庭・理彩(闇の奥に・d03959) |
黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566) |
白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496) |
龍宮・白姫(白金の静龍・d26134) |
日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689) |
天城・カナデ(中学生人狼・d27883) |
矢尾・いすき(やお・-)は悩んでいた。灼滅者たちを差し置いてリプレイ冒頭から登場してしまうぐらい、周囲が見えない深い悩みに陥っていた。
「どうしてこんな……私の情熱は……どこへ……?」
その頭上には気色の悪い卵が居座り、彼女の妄……先輩との絆がそこに吸い取られているのだが当人は知るよしも無い。悩み続ける彼女は学校の授業を上の空で受け、よろめき気味の足取りで帰宅――はせずにふらふらといつもの本屋へと向かっていた。もはや一種の業と言えよう。
自動ドアをくぐり慣れ親しんだ一角に近づいたその瞬間。そう、それはまるで食パンを咥えた女子生徒が曲がり角で転校生に衝突するかのように、不意に何かが彼女にぶつかってきた。
「ッ! つぅ……」
転びかけて顔をしかめたいすきの視界に飛び込んできたのは、床一面に広がった漫画用原稿用紙と幾つかの小箱だった。
(「B5サイズ。それにGペン」)
彼女は正体を一瞬で看破すると顔を上げて確認した。女性向けコーナーの端の、もはや隅々まで配置を把握した一角が乱れている。そこには肌色成分多めな純愛系(注:BL用語)の本が置かれていたはずで。
「あばーッ! すいません、すいませんっす!」
いすきは振り返る。茶色の髪の少女がペコペコと頭を下げていた。そしてその少女Aが顔を上げた瞬間、二人の視線が正面から絡み合った。
交わされる二つの眼差し。
通い合う心と心。
目と目が合ったらそれは奇跡だとどこかの歌で言っていたが、心友と書いてソウルメイトとルビを振る、そんな関係が刹那に二人の間に構築された。
「……失礼、貴方もっすか?」
少女Aこと采華・雛罌粟(モノクロム・d03800)はいきなり目的語抜きで問いかけた。ためらいもせずにいすきは大きく頷いた。
「ええ。あ、拾わないと……」
力強い何かが沸き上がるのを感じながら、いすきは散らばった原稿用紙へと手を伸ばす。そこへ横合いから伸びてきた白い手が重なった。
「え?」
「あら?」
再び振り向いた先にいたのは少女Bもとい眼鏡っ娘の黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)。その逆の手には、かわいい少年が表紙に描かれたピンクの題字の本が握られていて。
手と手が触れたらそれは(以下同文)。二人の絆は三人が織りなす黄金の三角形へと革命進化した。自己紹介もそこそこに、三人娘は互いの嗜好と守備範囲に関する微妙な探り合いから一気にディープな会話へと突入する。そんな彼女らを少し離れた場所から観察しつつ、人狼娘の天城・カナデ(中学生人狼・d27883)は焦げ茶の髪を乱暴に掻いた。
「都会にゃいろんな人がるんだな……」
小声の会話はオヤジ受けだのショタ専だの謎の用語が多すぎて理解不能だ。色黒の顔をしかめて背後に問う。
「なあ、あいつらが何を言ってるかわかるか?」
「いや、私にもまったく」
カナデとは対照的に銀髪と白い肌の人狼娘の日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)は首を傾げて考え込んだ。
「子を成さぬ番いの話ゆえ、禁忌を侵すことへの畏れと陶酔があるのかと思ったのですが……それにしてはあまりに明るく……」
「だよなあ」
カナデがぼやいて振り返ったときだった。
「聞いたわよぉ、びぃえるに興味があるんですって?」
いきなり目の前にいすきの顔が出現し、カナデは思わず一歩後退した。
「ええ、この子たちが興味があるっていうから遠征してきたんだけど」
「そうっすよ」
横に並んだ摩那と雛罌粟が笑顔で言い添えたが、なぜか白銀はそこに危険の匂いを嗅いだ。
「ふうん、そうなの。ようこそいらっしゃい、こっちの世界へ」
そう言ったいすきが白銀とカナデに向かって不気味な笑みを浮かべた。巧妙な罠が仕掛けられた猟場に獲物をを誘い込む猟師の笑みだった。思わず全身の毛を逆立てて威嚇の唸り声を上げそうになり、カナデは必死で己の本能を抑えた。
「あー、その、な。友達がこういうの好きなんでちょっと興味あって、何かオススメがあればって……」
「はい、殿方同士の、こういうものが気になっていて……できればあまり過激で無いものから……」
カナデと白銀は用心深く返答し、それから三人娘のミニBL講座が十数分続く。その後、いいモノを見せてあげるからと雛罌粟と摩那がいすきを喫茶店に誘い、嬉々として店を出て行く三人を人狼二人は疲れた表情で見送った。
「お疲れ…様…」
ふわり、と。何もない空間から『旅人の外套』を解いて姿を現した龍宮・白姫(白金の静龍・d26134)は、カナデと白銀の肩に軽く手を置いてねぎらった。
「予定通り…ですね…」
「……まあな」
「……一応は」
「では連絡を…」
微かな笑みを二人に向けると、白姫は携帯電話を取りだした。
「龍宮…です。龍海さん…ですね…」
『はい、こちら龍海。状況はどうですか?』
携帯から聞こえてきた柔らかな声は、外で待機中の龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)のものだ。
「順調…です。三人は約15分後にそちらに到着の見込み……です」
『了解。では計画通りに』
『うん。頑張ろうね、「お兄ちゃん」! ほら、あっちでアイス売ってるよ! 一緒に食べよーよー……って、こんな感じでいいよね!』
元気な声が電話口に割り込んだ。白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)の声だった。
「充分です、白樺さん…あとはお願いしますね…では」
後事を二人に任せて白姫は通話を切った。
「それでは…私たちも明日に備えて……おや?」
いぶかしげな眼差しの先にいたのは桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)。ソレ系の業界にはうといために白姫と同じく様子見を決め込んだ理彩は、学習用の本を購入しようとBL本コーナーに近づいたのだが。
「だ、だ、男性同士でこんなことを……!」
手に取った雑誌の中では彼女の知らないめくるめく世界が展開されていた。慌てて本を平積みに戻した彼女は別の本を手に取る。
「あの…桜庭さん…」
「わっ、わっ、ここここ、こんなことまで……!」
そちらも大同小異だった。しかし頭を一つ振り、これも勉強とばかりに読み進む理彩。
「桜庭さん…?」
「ふふふふ、ふっ、不潔よ、ふふふ不潔よっ!」
小声で呟き肩を振るわせ、しかし読むのは止めない理彩。
「桜庭さん」
「ひゃっ!!」
いきなり耳元で名を呼ばれ、理彩は本を後ろ手に隠すようにして二歩下がった。
「あ? あー、龍宮さん、連絡は……」
平静だと当人は思っている表情で理彩は問いかけたが、白姫はマイペースだった。
「完了です。あとは…黒木さんたちからの連絡待ちです。…それ、良さそうですね。私も予習に…買っておきます…」
白姫は理彩が見ていた二冊の本を無造作に手に取るとレジへと向かう。そんな光景を眺めつつ、白銀とカナデは顔を見合わせた。
「本当に、明日は大丈夫なのでしょうか?」
「俺に聞くなよ」
●鑑賞会
そして翌日。すでに熱き血潮の同志と化した摩那と雛罌粟はいすきと共に他の面々の待つ喫茶店へと向かった。無表情の白姫と微妙な笑顔の理彩を紹介し、さらに喚び出した白銀とカナデを交えて女子会トークが始まること数分。
「……来たぜ」
カナデが仏頂面で告げるのと、扉を開けて柊夜と純人が入ってくるのが同時だった。普通に店内を見回す仕草で摩那たちの所在を確認し、彼女らから遠すぎず近すぎず、見やすい位置にさりげなく席を確保する。
「私はナポリタンで」
お嬢様方の好みに合わせた柊夜の動きは演技半分、メニューを広げる際に純人の手に軽く触ってみせたりと微妙なわざとらしさがあったが、すでに脳内妄想を構築中の雛罌粟たちにはジャストフィットだった。
「えっとー…じゃあ僕、サンドイッチがいいな!」
純人も笑顔で宣言する。今回の依頼を単純に「柊夜と仲良くすれば良い」と解釈した彼のふるまいはもはや天然だ。
「あ、これおいしい…! はい、お兄ちゃんにもお裾分けー」
届いた料理を早速もぐもぐと食べつつ柊夜にサンドイッチを差し出す純人の姿に、いすきは何かをこらえるような表情になった。
「黒木さんの言う通りね。新たなジャンルの開拓って大切よ。うん」
「…ところで…あそこのお二人…どちらが受けだと、思います…?」
一人の世界に入られると絆の構築にならない。そう考えた白姫がすかさず話題を振る。
「うーん。順当に考えると、柊夜×純人っすかね」
腕を組んで雛罌粟が評した。
「いや、ここはあえて下克上の一択ね。あの顔で懸命に先輩に迫る姿とか、萌えるわよ」
いすきが夢見る瞳で語った。
「駄目よ。かわいいは正義、可愛い子はあくまでも可愛く恥じらわないと」
摩那が真剣な顔で力説した。反論しかけたいすきがふと横を向く。
「ねえ、あなたはどう思う? どっちが攻め?」
「え? 私ですか?」
いきなり聞かれて白銀は途方に暮れた。
「その……どちらが強いオスかは、闘ってみないとわからないと思いますが」
攻め=強い方。受け=弱い方。白銀はつい、野育ち人狼的な解釈で回答したのだが。
「くーッッ! いきなりなんてハイレベルなことを言い出すのこの子は!」
なぜかいすきは両手を握りしめて身もだえした。
「おお、俺のポセイドンの勝負っすか!」
きらりんと目を光らせた雛罌粟が、意味不明だが妙に危険そうな台詞を吐いた。一般的な名詞の組み合わせによるごく短いフレーズなので、著作権的には大丈夫と思われるが。
「は?」
白銀は唖然としたが、自分の回答が何か斜め上に解釈されたことだけは理解した。一方、理彩はまず怪訝な顔をし、それから昨日読んだ本の挿絵を思い返して戦闘=男子二人(この場合、純×と柊×)が服無しで組んずほぐれつと理解してしまい、顔を赤くしたり青くしたりして耐えていた。
(「く……これまでだって、股間に葉っぱ一枚男とか盗撮中年とかチラリズム萌えイフリートとか、サブカル系の変態連中をぶっ倒してきたでしょう? 頑張れ私!」)
よく考えると可哀想な台詞を必死に心の中で呟き、理彩は冷や汗をかきながらもさわやかに口を挟んだ。
「あら、そういう楽しみ方もあるのね……私は今までスマートな男性同士のものしか嗜んでいなかったけど」
それより、いすきさんの作品を見せてもらえないかしらと話をそらして現物を見て自爆したり、内容を褒めようとした白銀が凍り付いたり、白姫が冷静にコマ割りの問題点を指摘したりとにぎやかに話が進むなか、柊夜と純人は目で会話をしていた。
(「任務とはいえ、腐……お嬢様たちを満足させるのは大変ですね」)
(「そう? こーゆーのも楽しいけど?)
苦笑混じりの柊夜の視線に純人が天真爛漫な瞳で応え、それを見た摩耶までかぶりつき状態になる一幕があったりしたが。そんな楽しい男子鑑賞会もやがて終了し、夏の夕暮れの光の中、一行は夕涼みを口実に目的の公園に向かった。公園の土の大地を踏みしめてふっと息を一つ吐き、向き直ったカナデが明るさを取り戻したいすきに告げる。
「実はな。俺たち、あんたの創作意欲がなくなった理由、知ってんだ」
「え?」
驚くいすきの目が、一足遅れてやってきた柊夜と純人の姿を見てさらに大きく開かれる。
「え? どういうこと?」
「こいつのせい…です…」
白姫の言葉が終わる間もなく、呆然とするいすきの頭上からめりめりと卵の殻を破ったベヘリタスが姿を現す、が。
「おや?」
柊夜が首を傾げた。巨大なさなぎにカマキリの手足を付けたような巨体の着地の音は「ズン」ではなく「べちゃ」だった。見るとシャドウの特徴であるクローバーの模様も歪んでいて。
「……腐ってやがる」
カナデが呟いた。あまりに濃く歪んだ絆を喰わされて魂まで腐ってしまったらしい。腐らせたのが誰かはおいといて。
ともあれ。
「さあ、始めましょうか!」
「了解、お兄ちゃん!」
いざ本番とばかりに早速柊夜の影が伸びて敵の汚体を縛り上げ、直後に純人の妖冷弾が直撃した。
「お前のせいで! お前のせいで!」
いろいろと精神的なダメージを負った腹いせをぶつけるように理彩が突撃、トラウナックルでぶん殴る。続いて白姫が淡々と左手の指輪を光らせると、敵の巨体が巨石じみた鈍い色に変じた。
「ここでくたばんな!」
「殺れ、シュトール!」
さらにカナデの異形の巨腕が直撃し、白銀の霊犬の刀が切り裂く。続けざまの猛撃に腐りかけのベヘリタスは悲鳴を上げるとへろへろと毒の弾丸を打ち出したが。
「はぁははは! 801MENパワー全開っ! 自分らの絆の前に敵は無しっ!」
得体の知れぬ哄笑を挙げた雛罌粟に苦も無く弾かれた。
「クロムウェルッ! 見敵必殺ぁつっ!」
もけもけっと膨れ上がった異形の影がベヘリタスめがけて殺到し……もはや、どちらが悪役か分からぬフルボッコ状態と化した。そのままダークネス相手とは思えぬ一方的な蹂躙がしばらく続き。
「乙女の恋凄萌(こすも)を奪うなんて許せません!」
やる気満々の摩那がぶちかました螺穿槍の直撃を受け、あわれベヘリタスは塵も残さず消滅した。
●夢の果て
「あの、矢尾さん。黙っていたことは謝ります。ただ……先輩にストーキングとかは良くないと思うのです。今回の事件の原因もそれですし」
闘いが終わって一息ついて、白銀がいすきに向かって切り出した。
「え? ああ、そういうこと? 心配しないで、もう止めるわ」
意外に平然とした様子でいすきは返答した。
「おかげて新しいネタ見つけたもの。伝奇モノって苦手だったんだけど、丁度いいわ」
「……?」「??」
柊夜と純人は顔を見合わせる。何やら話が妙な方向に進んでいるようだった。
「あの…私たちのことは…誰にも」
白姫が念押しする。無論、バベルの鎖の効果があるので本来は口止めの必要はない。が、いすきの答えは遙かに斜め上だった。
「わかってるわ。大丈夫よ、全員男の子にしちゃえばいいし。原形をとどめなければいいのよね。ふふふふふ」
(「ああ、そういうことっすね」)
雛罌粟は即座に了解した。いすきは今回のことを次の漫画のネタにする気満々なのだ。そう、限度を知らない曲解・改変・拡大解釈はむしろこの業界のスタンダード。どこかの段階でバベルの鎖をすり抜けるに違いないと思った雛罌粟は苦笑で軽く釘を刺した。
「ほどほどに頼むっすよ」
「任せて! それに例え二度と会えなくても、私達の絆は消えないから!」
いすきはぐっと拳を握りしめる。
「ええ、少々前のめりなところだけは注意して、今後も良い作品を作ってね!」
「いやむしろ全て忘れてほしいんだけど……」
摩那と理彩の真反対の返答は、後者のみ完璧に無視された。
(「つまり、俺もこいつの漫画の中で男の子化されて、あんなことをさせられるのか?」)
いすきの言葉の意味を熟考し、ついに理解してしまったカナデは内心で頭を抱え、そして白銀と互いに深く頷き合った。
そう。
世の中には、見ない方がいい夢がある!
完。
作者:九連夜 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 7
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