灰色の残滓

    作者:灰紫黄

    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりしません」
    「うおっと。どっから現れたんだ」
     そこにただ『在った』だけの彼は突然の来訪者に目を丸くする。かつて灼滅者と死闘を演じ、そして散ったアンブレイカブル。名をオールド・グレイといった。
    「プレスター・ジョン。この哀れな戦人をあなたの国にかくまってくださ」
    「おい待て俺はまだ何も言ってないぞ。アンブレイカブル相手だからって適当に済ませようとしてないか」
     あまりにもマイペースな『コルネリウス』に思わず早口まくしたてるグレイ。けれど、彼女は動じずこう返した。
    「では、あるのですか。アンブレイカブルである貴方に、戦い以外の望みが」
    「いや、ないな。言われてみればその通りだ」
     即答であった。肉体を失おうと、チャンスがあるなら喰らいつく。彼はそういう男だった。

     また『慈愛のコルネリウス』が残留思念に力を与えることが察知された。そこで口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は灼滅者達を招集した。
    「今回、蘇るのはオールド・グレイ。かつてスキュラに寝返ったアンブレイカブルよ」
     ラブリンスター派に用心棒として所属していたが、スキュラ派の接触を受けて鞍替え。しかし、直後にスキュラが灼滅され、本人も灼滅者に戦いを挑み、灼滅された。
    「オールド・グレイの残留思念がプレスタージョンの国へ消える前に倒してほしいの」
     残留思念は今すぐに害悪になるものではない。だが、放置すればシャドウの戦力増強つながりかねない。コルネリウスの思惑が見えない以上、見逃すわけにはいかない。
     残留思念が出現するのは鉄塔の見える丘。時間帯は夕方。戦闘の支障になりそうなものはなく、一般人の気配もない。
    「オールド・グレイはストリートファイターとバトルオーラのものに似たサイキックを扱うわ。見た目は別物だけど」
     能力は灼滅されたときとほとんど変わらない。難しい相手ではあるが、半年以上経ち、実力の水準が上がった今なら勝ち目は十分にあるはずだ。
    「一度は倒したけど、やっぱり簡単な相手じゃないわ。準備は抜かりないようにね」
     油断すれば敗北もあり得る、と目の真剣な表情が物語っていた。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    唯済・光(屍のみを抱いて・d01710)
    渡橋・縁(神芝居・d04576)
    炎導・淼(ー・d04945)
    八坂・善四郎(律する理想は海境へ・d12132)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)
    御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)

    ■リプレイ

    ●灰色の残滓
     灼滅者達の目の前には、荘厳な衣装に身をまとった少女の幻影があった。少女は灼滅者達には目もくれず、ただ己の使命を完遂する。その姿が薄くなっていくにつれ、今度は灰色の男の姿が現れる。
    「また君達か」
     灼滅者の姿を認め、オールド・グレイはにやりと笑った。彼の望みは生前と変わらない。
     戦いである。身を削り、骨を砕き、命を喰い合う。それが彼の、いや、アンブレイカブル達の望み。
     灼滅者達にはグレイの闘気が見えている。それでもなお怯まない。
    「久しぶりっすね。また灼滅させてもらうっすよ!」
     八坂・善四郎(律する理想は海境へ・d12132)は生前のグレイを倒した戦いにも参加していた。今回は前衛として拳を振るう。
    「っしゃー! 今回ばかりはコルネリウスの野郎に感謝しないとな!」
     両の拳を突き合わせて、狩家・利戈(無領無民の王・d15666)が豪快に笑う。グレイとの対戦を望んでいたが、それは永遠に叶わないはずだった。しかし、コルネリウスはそれすら覆した。
    「始めまして、武蔵坂学園の柿崎法子だよ。目覚めて早々なんだけど……一戦手合せ願います」
     柿崎・法子(それはよくあること・d17465)がぺこり、と小さく頭を下げるとポニーテールも揺れる。彼女もグレイとの戦いを望んでいたひとりのようだ。
    「復活したなら、やるしかないですね」
     眼鏡の位置を直しながら、御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)。実は脳筋であることは自覚している。レンズの奥の瞳には、野獣のような光が宿っている。
    「……えぇ加減にしはりや」
     ここにいないコルネリウスに向かって呟く千布里・采(夜藍空・d00110)。本来あってはいけない、死者の復活。それがもし善意に基づくものだとしても、素直には受け入れられない。むしろ嫌悪さえ覚える。
    「ったく、そのうちスキュラまで復活しそうだぜ」
     炎導・淼(ー・d04945)はコルネリウスによる復活を目にするのは初めてではない。その精度は残留思念によるとところが大きいようだが、それでも強大なダークネスの復活は脅威になるだろう。
    (「コルネリウス……一体何を、望んでいるの」)
     渡橋・縁(神芝居・d04576)は心中で、虚空に問う。もちろん、慈愛という使命に従っているだけで他意はないのかもしれない。しかし、その慈愛の先には人々を不幸にする可能性もある以上、見逃すわけにはいかない。
    「戦いが好きか。まあ一体一の戦いとはいかないが、これだって嫌いじゃないんでしょ?」
    「ああ。そう言う奴もいるが、俺はそれほどこだわりはないな」
     唯済・光(屍のみを抱いて・d01710)の問いにグレイは笑顔で頷く。戦いは彼にとって娯楽であり餌。野良犬には、その質は問題ではないのだ。重要なのは、戦えるかどうか。
    「では早速、始めようか」
     グレイのロングコートが波打ち膨張し、灰色の砂布へと姿を変える。待ちきれない、とその獰猛な笑顔が語っていた。

    ●灰色の戦人
     グレイひとりに対し、灼滅者側はサーヴァント含め前衛が六、中衛が一、後衛が三。
     先手を取るのは、当然グレイだ。砂が獣の顎を形作り、右腕を覆う。狙いは法子。反応できず、手痛い一撃をもらう。
    「やっぱり手強いね」
     言葉と裏腹に、笑みがこぼれる。守りを固めていてもダメージは小さくない。けれど、強敵との戦いとは痛み以上のものを与えてくれる。
    「厄介なおっさんやで」
     采はくふりと柔らかく、けれど酷薄に笑う。途端、足元の影が姿を変えた。骨だけになった獣の爪や牙が無数に連なって、グレイに迫る。同時に相棒の霊犬も、何も言わずとも銭射撃で牽制する。
    「まずは、動きを封じます」
     使い手の命に応え、縁の断罪輪が淡く輝く。すると、後衛を包むように法陣が地面に表れた。これは仲間に加護を砕く力を与える光だ。ずいぶん強くなったとはいえ、灼滅者とグレイとの実力差は明白。
     だから。
    「これ、かわせますか?」
     流星がグレイの背後から迫る。龍だ。光を帯びたエアシューズは速度と重力を力に変えて、グレイのコートを抉る。そして、尾を引く星の光が、グレイの体をそこに縫い止めた。 
     確実に攻撃を当てる。それが灼滅者の方針だった。戦闘に参加している者の多くが相手の動きを奪う手を用意していたのだ。
    「潰し、穿ち、ぶち壊す! 我が拳に砕けぬものは何もない!」
     影をまとい、真っ黒になった利戈の拳がグレイに叩きこまれる。利戈が何よりも信じるのは己の拳だ。鍛え抜かれた握り拳は彼女の信念そのものなのだ。
     トラウマに襲われて苦笑するグレイを淼が追撃する。
    「よそ見すんなよ、オッサン!」
     両腕を覆うオーラが赤く燃え、拳を加速させる。機関銃じみた連打がグレイの胴体を捉え、大きく吹き飛ばした。
    「君が強いのは認めるけど、あいにく負けてられないんでね」
     光のぼんやりした表情からは、あまり感情は読み取れない。しかし、彼女が生み出した逆十字は明確な殺意を持ってグレイを切り刻む。傷口から赤い血が漏れるが、すぐに灰色の砂となって風に消えていく。
    「自分たち、あれからもっと強くなったっすよ?」
     鋼の拳がグレイを穿つ。対するグレイも砂の拳で善四郎をぶっ飛ばした。直撃はかなりのダメージだが、それでも善四郎は笑みを浮かべた。強敵との戦いはそれだけで楽しい。
    「ああ。そのようだな」
     まとう闘気がさらに大きくなっていくのを、灼滅者達は感じていた。同時、グレイの顔から笑顔が消え、獲物を食らう狩人のそれへと変わっていく。
     狼などと大層なものではない。この男は野犬だ。あてどなくさまよい、時に群れ、時に離れ、そして戦いを求めるのだ。信念などない。目の前の戦いこそが全てだった。

    ●灰色の獣
     灰色の脚が地を蹴るのと同時、その姿がかき消える。次に現れたのは龍の背後……だけではない。前後左右にも、同じ姿のグレイが。砂で作った分身だということはすぐに分かった。瞬間、光のビハインドが龍を突き飛ばした。四つの拳に貫かれて消滅していく。
    「……ナオヒトさん、ありがとう」
     消滅はサーヴァントにとってはひと時の離別にすぎない。だから光は動じず、しかしより鋭く早く、麻痺の魔弾を繰り出した。
    「ざけんなよ、死に損ないが」
     突き飛ばされたときだろうか。龍の顔から眼鏡が消えていた。隠していた粗暴さをむき出しにして、グレイに肉薄する。指輪をはめた拳でぶん殴り、零距離で石化弾を叩き込んだ。
     右足がしびれ、左足は石化。それでもグレイは上半身のバネだけで跳んだ。石化した市が砕けるのも構わず、足を振り下ろす。直撃を受けた淼は頭蓋が潰れたかと思った。けれど、それだけだった。足を地面にめり込ませて踏みとどまる。
    「タダで喰らうわけねぇだろ? 俺のも喰らってけ!」
     爆炎をまとったロケットハンマーがグレイを打ち上げた。さらにその落下地点に善四郎が回り込む。
    「これは痛いっすよー」
     加速しながら、エアシューズにエナジーを溜める。そして極限に達した瞬間、炎とともに神速の蹴りを放った。グレイを包む炎がさらに勢いを増す。
    「があああっ!!!」
     砂獣の牙が利戈に迫る。だが彼女は避けるそぶりも見せない。ただ代わりに、拳を握る。
    「あんたは強ぇ。楽しいぜ! だけどな、いつまでもそう言ってられねェんだよ!!」
     灼熱の劫火のごときオーラをまとった拳が獣の牙を砕いた。
     グレイは確かに強敵だ。だが、灼滅者の行く手には更なる強敵が待っている。だから、グレイの前で足踏みなどしていられない。武蔵坂の灼滅者はすでに、彼を飛び越すだけの力を持っている。
    「ボク達は勝つよ。そのためにここに来た」
     仲間を庇い続けた法子は足元も覚束ない。けれど、その瞳に宿る意思はひとかけらも衰えてはいないのだ。手袋をはめた手から放たれた毒の弾丸はグレイをべったりとペンキのように黒く汚染する。
     砂の楔が采の眼前へ飛ぶ。だが霊犬がそれを受け止め、そして消滅した。
    「おおきにな……」
     采の藍色の瞳に灰色の獣が映る。炎に包まれ毒にまみれ、しかしまだ動く。足元から犬の影が飛び出し、グレイに食らいつく。どことなく霊犬にも似ていた。
     紅い矢をつがえ、弓を構える縁。回復役として仲間達を支援していたが、その役目も彼女自身の手で終わる。
    「当たって」
     凛と響く声は、矢に似て真っ直ぐだ。彗星の矢は灰色の獣を貫き、引導を渡す。グレイは満足そうに笑って、地に伏した。

    ●灰色は消えた
     与えられた力を使いきったグレイの体が薄くなっていく。
    「また、強くなったようだな」
     前の戦いは一月。あれから半年と少しほどだが、灼滅者達はグレイの予想を超えて強くなっていた。
    「ああ。楽しかったか?」
    「もちろん。だがこれで最後というのは名残惜しい。できることなら、どこまで強くなるのか見届けたいところだ」
     利戈の問いに、グレイは即答した。そりゃよかった、と利戈も笑う。
    「途方も途轍もないことだが、君達ならこの世界を変えられるかもしれないな」
     それはまだ可能性の話。けれど、グレイには分かっていた。灼滅者達はまだまだ強くなる、と。
    「当たり前です。そのために戦っているんですから」
     龍はダークネスに家族を奪われた。他にもダークネスの理不尽に苦しめられた者は多い。また、一般人を守るために戦う。そう誓った者もいる。
    「いずれ君達も、敵の強大さを知るだろう。上を見れば、俺さえ雑魚にすぎない」
    「せやかて、諦めはせぇへんで」
    「それでいい。負けないという意志が力になる」
     采の言葉に、グレイは微笑んで頷いた。見た目はまだそうでもないが、仕草は老人のようだった。
    「では、さらばだ……」
    「あ、ひとつ聞きたいんだけど」
     なんかいい笑顔で消え去ろうとするグレイを、法子が呼び止めた。といっても、消滅が止まることはないが。
    「なんだ、せっかく綺麗に消えようと思ったのに」
    「いや、そういうタマじゃねぇだろ」
     不平を言うグレイに淼が突っ込んだ。最後の最後でカッコつけようとしても決まらないのだった。
    「シン・ライリーを知っているかい?」
     と光が問うた。最近、突如として現れた元犬士にして獄魔大将。ほんの一時とはいえ、スキュラの下にいたのなら、何か知っているのではないかと考えた。
    「いや、知らいな。女の子と遊んでいて、スキュラとは合流できなかったからな。……君達はこんな大人にはならないようにな」
     無駄にいい笑顔で、グレイはそう言った。反応に困っているうちに、するりと消滅。
    「何だったんすかね。まぁ、嫌いじゃないっすけど」
     やれやれ、と善四郎は肩をすくめた。徹頭徹尾、マイペースなおっさんだった。
    「さよう、なら。おじさん」
     空を見上げ、縁が呟いた。灰色の獣道は潰えたが、灼滅者達の道はまだまだ続く。眩しい夕焼けの赤が、その先を照らしてくれるようだった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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