信州蜂の娘の暴走

    作者:朝比奈万理

    「んじゃ、今年もすがれ追いの季節がやってくるけども、みんな、怪我のねぇようにな」
     山の入り口に集まっている数人のおじさんたちが威勢のいい声をあげて士気を高める。そろいもそろって東京の野球チームの野球帽がまぶしい。
     すがれ追いとは、餌でおびき出して見つけた蜂に目印の紙縒りをつけて、飛び立った蜂についた紙縒りを目印に蜂の巣を見つけるという、長野県のおじさんの大人の遊び。今日は今年に入って初のすがれ追いと言うことで、おじさんみんな気合が入っている。
    「なになにーおじさんたちー。蜂に関することならボクも呼んでくれなきゃ~☆」
     そんなおじさん軍団の前に現れたのは、黄色と茶色を基調とした、かわいらしい魔法少女風コスチュームに身を包んだ……。
    「はちみつのご当地ヒロイン、ハニーミツキ♪」
     ハニーミツキは、きゃるんとかわいいポーズをとってステッキを掲げた。
    「……おめ、高蜂んとこの倅でねぇか」
    「ちょ、倅って言わないでくれるかなー? ボクは男の娘♪ なんだからっ」
     おじさんの発言に、ハニーミツキは腰に手を当ててほほを膨らませて自分がかわいく見えるポーズをとる。こう見るとなかなか堂に入った男の娘だ。
    「おめはハチミツとかあまっちょろいこと言ってるから、まーだまだ蜂に関してはヒヨッコなんだ。真の蜂好きなら、蜂の佃煮を食えなきゃなぁ」
    「だな、佃煮に関しても勉強して、やっーーと蜂のことを語れる男になったっちゅうもんだ」
     んだんだと、頷くおじさんたち。
     ハニーミツキはほほを膨らませたまま。
    「……わかった。んじゃぁおじさんたち、ボクに蜂の佃煮のこと教えて? ボクを蜂のプロフェッショナルなご当地ヒロインにしてよ」
     純粋な彼はまだ知らない。
     この後自分が、すがれ追いで捕った蜂から作った蜂の佃煮を、嫌がる若者や観光客に無理やり振舞うご当地怪人『信州蜂の娘(はちのこ)』に堕ちてしまうことを……。


    「イナゴ怪人も居れば蜂の佃煮怪人も居ると思ったんだけど、とんだ変化球だったみたいね」
     ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)は長野から取り寄せた琥珀色のはちみつと茶色い蜂の佃煮の入った小瓶を眺める。
    「はい、ハチミツのご当地ヒロインだった彼が蜂の佃煮怪人に落ちてしまうのは予想外でした。でも、彼のことを見つけてくださって感謝します」
     西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)はペペタンに小さく頭を下げると、集まった灼滅者に向き直った。
    「今回は皆さんにご当地怪人に堕ちてしまう少年の救出、あるいは灼滅をお願いします」
     彼の本名は高蜂・蜜紀(たかはち・みつき)。
     男の子なのだが、女の子に見まごう程のかわいらしい容姿で実家の養蜂とハチミツのアピールをするべく、ハチミツのご当地ヒロインハニーミツキとして活動をしていた。
     だが……。
    「彼は大好きなハチミツの蜜を取ってきてくれる蜂のことに関して、なんでも知りたいという気持ちが高く、地元のおじさんたちと蜂追いをしているうちに、大人の味にも目覚めてしまって……。ハチミツは万人受けするのに、蜂の佃煮は万人受けしないことに憤りを感じて、蜂の佃煮を嫌がる若者や観光客に無理やり勧める『信州蜂の娘』というご当地怪人に堕ちてしまいました」
     蜂に対する見聞を広めたのはいいことだが、それが間違った方向に行ってしまったということなのだ。
     通常ならば闇落ちしたダークネスは、すぐさま人間の意識が掻き消えてしまう。
     しかし彼はまだ人間としての意識を遺しているという。ダークネスの力を持ちながらもダークネスに堕ちきっていない状況。
    「……ということは、まだ蜜紀さんを助けることができるって言う状況なのね?」
     ペペタンの問いにアベルは頷く。
    「はい。彼が灼滅者の素質を持つのであれば、彼を救ってください。しかし完全にダークネスになってしまうようであれば灼滅をお願いします」
     アベルは瓶のふたを開けて、蜂の佃煮の瓶詰めに目を落とす。
    「信州蜂の娘は山の入り口でおじさん5人を配下にして、若者や観光客をターゲットに蜂の佃煮を無理やり食べさせるイベントを行います」
    「またおかしなイベントね……」
     アベルの説明にペペタンは少し呆れ気味だ。
    「はい。なので集まった若者や観光客を避難させつつ、信州蜂の娘と戦っていただければと思います」
     瓶のふたを閉めるアベル。
    「……それで、彼の能力ですが、ご当地ヒーローとマテリアルロッドのサイキックを使ってきます。また、蜂の佃煮やハチミツを食べて回復するという能力もあります」
     また、彼を救うには戦闘でKOする必要がある。
    「彼と接触して、彼の中の人間の心に訴えかけられるような説得ができれば、彼の戦闘力を下げることも可能です」
     アベルは再度顔を上げて、集まった灼滅者を見渡した。
    「見聞を広げることは大事ですし、新たな新境地を開拓することもすばらしいことです。しかし、それを暴走させては何の意味もありません。どうか、彼を止めていただきますよう、お願いいたします」


    参加者
    秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)
    花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)
    風花・蓬(上天の花・d04821)
    射干玉・夜空(高校生シャドウハンター・d06211)
    灰咲・かしこ(宵色フィロソフィア・d06735)
    新舞子・海漣(じゃーにーするー・d21141)
    若林・ひなこ(夢見るピンキーヒロイン・d21761)
    ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)

    ■リプレイ


     雲が空の高い位置を流れていく。
     吹き抜ける風はもう初秋の空気へと変わる。そんな長野県のとある田舎道。
     この辺りは様々なご利益がある寺院が立ち並ぶ観光スポットで、夏休み期間も最後ということもあり、比較的大勢の観光客で賑わっていた。
    「さぁさぁ! ボクの特製、蜂の佃煮だよ! ゼーッタイおいしいから、食べて食べてっ! 食べないと刺すよ……」
     彼は紙皿に蜂の佃煮を乗せ、道行く観光客や地元の若者の足を無理やり止めさせては可愛らしい容姿と所作、そしてたまに出る脅しを武器に「はい、あーん♪」と、無理やり蜂の佃煮を振舞っている。
     黄色と茶色を基調とした魔法少女張りのかわいいコスチュームに身を包んだ彼こそが、元・ハニーミツキ。
     現・信州蜂の娘。
     蜂の佃煮を食べさせる珍妙なイベントは既に始まっていた。
     彼の周りには東京の野球チームのキャップを被ったおじさんが5人。彼の後ろで蜂の佃煮を盛り付けたり、蜂の佃煮をつまみ食いしたり、蜂の佃煮を肴にいっぱい引っ掛けていたりと統制が取れていない。……この人たち、大丈夫か?
    「蜂の佃煮ですか。私にも頂けませんか?」
     さりげなく信州蜂の娘と観光客の間に割って入る形で彼に近づいたのは、風花・蓬(上天の花・d04821)。
     信州蜂の娘はその申し出に面食らった様で驚きの表情を見せていたが、次第に満面の笑みを見せる。
    「わぁー、蜂の佃煮に興味持ってくれたの~? この見た目のせいか、みんな足を止めてくれなくて困ってたんだー」
    「確かに、見た目のせいで苦手意識を持ってしまう人って結構いますよね」
     蓬は信州蜂の娘を労うように言葉を返し、差し出された爪楊枝で蜂の子をぷすり刺すとそのまま口に運んだ。
    「どんな味なのかしら。私もひとつ頂きたいわ」
     その隣から、ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)が興味心身に蜂の佃煮を覗き込む。
    「どうぞどうぞ♪ ひとつと言わずにいっぱい食べてっ」
     爪楊枝を差し出されたペペタンは、何の迷いもなく成虫に爪楊枝を突き刺して口に入れる。
    「あら、おいしいわ。これどうやって作ってるのかしら?」
     興味深そうに尋ねると弾んだ声が返ってくる。
    「油で炒った蜂や蜂の子に、ハチミツ、醤油、みりん、料理酒で味付けしたんだよ♪」
    「蜂の子は珍味として知られ、蜂にもまた栄養があると聞く。別の地方ではイナゴの佃煮もあるそうだし、これも先人の知恵なのだろうな。詳しく教えて貰えないだろうか?」
     秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)の申し出に、信州蜂の娘は目を丸く輝かせる。
    「お兄さん詳しいんだね! この辺は海から離れてるから、イナゴも蜂も貴重なタンパク源だったんだよ♪ あと、ビタミンとミネラル、必須アミノ酸も豊富だよ!」
    (「愛する物が認められないというのは寂しいな。見た目はグロテスクだけれど実はとても身体に良いらしい」)
     そう思いながら、灰咲・かしこ(宵色フィロソフィア・d06735)がハチミツ漬けの蜂の佃煮をマジマジと見つめる。
    「蜂蜜は好きだけれど、蜂の佃煮は見た目からして勇気が要るな……」
     琥珀色のハチミツ色にコーティングされたのは、明らか蜂の死体とぷにぷにの蜂の子。
     思わず声に出てしまう。
    「あー、小さい子にはちょっときついかなっ? でもハチミツの味がついてるから食べられると思うよ?」
     信州蜂の娘は誠士郎とかしこにも爪楊枝を手渡し。
    「うん、本当においしそう。私も食べていいですか?」
    「うわ、すごっ。本当に蜂そのままなんだー。あーしも食べてみたい!」
     本当は蜂の佃煮のぱっと見のグロさにちょっとヒいていた若林・ひなこ(夢見るピンキーヒロイン・d21761)だったが、興味津々とばかりに紙皿の中を覗く。
     新舞子・海漣(じゃーにーするー・d21141)も蜂の佃煮のビジュアルに驚きはしたものの、好奇心を優先させる。
    「どうぞどうぞっ! 食べて食べてっ♪」
     爪楊枝を渡されたひなこと海漣も、ひとつずつぷすりと刺すと口の中へ。
    「佃煮おいしー! この食感……、癖になりそう☆」
    「思ってたよりもおいしい! こういうのを伝統の味って言うんだね!」
     信州蜂の娘は蜂の佃煮を食べる彼らをニコニコと見ていたが、次第に眉尻を下げ、その女の子と見紛うほどの大きい瞳をうるうるさせた。
    「こんなに蜂に佃煮に興味を示してくれたのって、みんながはじめてっ……。ボク、とってもうれしいよっ……!」

     その間に射干玉・夜空(高校生シャドウハンター・d06211)と、プラチナチケットでボランティアガイドに扮した花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)は、集まっていた観光客に避難を促していた。
    「先ほど、この近辺の山に狂暴なクマが出たという連絡が入りまして……。これから猟師や警察の方が安全を確認しに行く予定ですので、山に近づくのは危険です」
    「この先の山は立ち入り禁止だよ。危ないから離れて!」
     桃香が道行く観光客に危険を伝えると、夜空もその言葉に上乗せで避難を促す。
     信州蜂の娘は蜂の佃煮に興味がある6人に完全に惹きつけられていて、避難誘導が行われているなんて気付きもしていない様子。
     配下のおじさんは、うん……。ね?
     信州蜂の娘にわからないように隠密的に避難誘導を行ったこと、そして、蜂の佃煮に興味を示す役にたくさんの人員を配したことが功を奏し、あっという間に周囲は灼滅者と信州蜂の娘、そしておじさん軍団だけになった。


    「あ、あれ……?」
     信州蜂の娘が、周囲が閑散としていることに気がついたのは、一通り感動の涙を流し終えた後だった。
    「な、何これぇ! 誰もいなくなってるじゃん! なんで?」
    「それはあなたをダークネスの力から救い出すためです!」
     ピシッとスレイヤーカードを掲げるひなこ。
    「みらくるピンキー☆めいくあっぷ!」
     解除コードを唱えて、可愛い決めポーズをとった。一般人払いの殺界形成を展開するのも忘れない。
    「蜂蜜を愛し蜂の佃煮も愛する誇り高さ、素晴らしい! でも無理強いはいけません☆ 中学生男の娘&ご当地ヒロインの同志として、貴方を救ってみせますっ!」
    「ステーティング・まい・イグニッション!」
     海漣も同じように解除コードを唱え、ライドキャリバーのライドミレンダーに騎乗する。
     驚きの表情を見せた信州蜂の娘は、事の重大さを悟ったように声をあげた。
    「も、もしかして、キミたち灼滅者ぁ!? ……何しにきたのさっ! ま、まさかボクを倒しに来たとか!?」
     信州蜂の娘の思考の暴走は止まらない。
    「少々荒療治になってしまうけれど、ダークネス相手に手加減を出来る等思っていないからね。いざ、尋常に勝負……、といこうじゃないか」
     かしこの静かなる宣言に、信州蜂の娘はほっぺたをぷくっと膨らませる。
    「……おじさんたち、やっちゃって!」
     おじさんたちは信州蜂の娘の命令に従い、作業をやめるとゆらりと灼滅者に襲い掛かる。
     が、ほぼ丸腰のおじさんたち。
     蓬が月光衝の鋭い一閃を繰り出せば、かしこがフリージングデスでその場を凍りつかせ、あっという間におじさん軍団を倒してしまう。脱げた野球帽から見えるハゲ頭がまぶしい。
    「お、おじさぁん!」
     信州蜂の娘は倒れたおじさんを前に嘆きの声をあげたが、キッと灼滅者を睨み付けた。
    「ボクを救うなんて嘘っ! キミたちは蜂の佃煮を美味しいって食べる振りして、こうやってボクを倒しにきたんだ!」
    「違います! 私たちはあなたを救いに来たんです!」
     自身も闇堕ちから救われた経験がある桃香は声をあげた。
     闇堕ちしている信州蜂の娘を見過ごすことはできない。
     信州蜂の娘はその真剣な訴えに一瞬体を強張らせた。
     が。
    「嘘だ! キミたちになんかわかるもんか!! 大好きな蜂が万人受けしなかったときのボクの気持ちが!!」
     感情を爆発させて放ったのは、ハチミツを思わせる琥珀色のビーム。
    「あら、通さないわよ?」
     射程の目の前にいた海漣の前に立ったのはペペタン。その攻撃を肩代わりする。
    「だ、大丈夫ですか……!?」
     桃香は分裂させた小光輪を飛ばすと、霊犬のまっちゃも浄霊眼で癒す。
    「大丈夫よ。ありがとう」
     桃香とまっちゃに礼を言うと、ペペタンは信州蜂の娘を見据えた。
    「それって、蜂の佃煮の良さをちゃんと伝えられてないって事じゃない」
     夜空は高速演算モードで狙いの制度を高めつつ、信州蜂の娘に正論を突きつける。
    「いくら大好きだからって無理やり勧めちゃダメなのじゃん! そりゃあ苦手とかイヤとか言われたら悲しいけど……」
     海漣は高速演算モードを、ライドミレンダも同様にフルスロットルを使い、己の力を蓄える
    「こんな方法じゃ余計嫌われちゃって、もっと悲しいじゃん!」
    「ボクの気持ち、わかった風なこと言わないでよねっ!!」
     信州蜂の娘は力の限り叫ぶ。
    「だけど、嫌がる人に無理矢理食べさせたって、とことん嫌いになるだけです!」
     マテリアルロッドをぶんと大きく振って信州蜂の娘を殴りつけるのは、ひなこ。その様子は野球のバッターのよう。
    「人の嗜好にケチつけちゃダメですよ! それより、美味しく食べて貰える努力しましょう!?」
    「……『食育』という言葉を知ってるか?」
     誠士郎は静かに足を振り上げると、Valmetで信州蜂の娘に向けて流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。
     霊犬の花も「きゃん」とひと吼え。斬魔刀で切り刻んだ。
    「それは食への知識を持ち、楽しく食への意識を持たせることも意味する言葉だ。食材を知り、興味を持つことで更に美味しいと感じることが出来る。それもせずに押し付けるのは蜂に対する愛情ではない。むしろ食材にされた蜂が報われないだろう」
     信州蜂の娘は尻餅をつきながらその言葉を聞いていたが、ゆらりと立ち上がる。
    「蜂が、報われない……?」
     ペペタンはその瞬間に影を揺らして、信州蜂の娘を一気に飲み込むと、ナノナノのミートもしゃぼん玉を吹く。
    「ハニーミツキさん!」
     信州蜂の娘ははっと顔を上げる。
     それはかつて自分が名乗っていた名前だ。
    「蜂の佃煮美味しかったわ! 蜂にも色々な楽しみ方があるのよね。広めたい気持ちも分かるわ。ただ、無理やりに勧めるのは良いことなのかしら? これがトラウマになってしまう人は現われないのかしら?」
     諭すような問いかけに、信州蜂の娘は握った拳に力を入れた。
    「……じゃぁどうすればいいのさっ!?」
     力任せに振るったマテリアルロッドは竜巻を引き起こす。
     蜂の羽音に似た風の音が前衛の蓬、誠士郎、花、ペペタン、ミートを襲う。
     桃香は治癒の力を宿した温かな光を、蓬に降り注がせながらも訴える。
    「あなたが心から愛する蜂さんだって、食べられるのなら嫌々食べられるよりも美味しく食べてもらいたいはずです……!」
     まっちゃも浄霊眼で誠士郎を清める。
    「そうよ、蜂の佃煮が万人受けしないなんて悲しいこと言わないで! 貴方はハニーミツキでしょう! 目を覚まして!」
     ひなこは信州蜂の娘の後ろに回りこむと、その胴体に腕を回して。
    「カッコウダイナミック!」
     ジャーマンスープレックスの如く、地面に叩きつけると大爆発が巻き起こる。
     煙の中からはよろり立ち上がる信州蜂の娘がいた。若干足元がおぼつかない。
     夜空は構えたバスターライフルから魔法光線を発射すると、海漣はガトリングガンから爆炎の魔力を込めた大量の弾丸を連射する。
     ライドミレンダーも機銃掃射を打ち込んで信州蜂の娘の動きを止める。
     倒れこんでいた信州蜂の娘はゆっくり起き上がると、眉根を寄せながらも大きな瞳に涙をいっぱいためる。その表情は悲しさと悔しさであふれているみたいで。
    「……ボクは、ボクの大好きな蜂をみんなに好きになってもらいたいのに、見た目が気持ち悪いとか、虫だとかって理由でイヤな目で見られて……。それでもみんなに好きになってもらう努力って、どうすればいいのさっ!」
     その叫びに誠士郎は、鮮血の如き緋色のオーラを鬼煙掌に宿して信州蜂の娘を撃つと、花も六文銭射撃で攻撃をする。
    「その愛情があるのならば、まずは相手に蜂を理解してもらうことだ」
    「……愛情……」
     誠士郎の攻撃を受けて信州蜂の娘の足元が揺れる。
    「如何に美味しい物でも強要されて美味だと思える人が居るだろうか? 一方的な感情の末に訪れるのは拒絶でしかない」
     かしこは静かに告げると、破邪の白光を放つ強烈な斬撃を打ち込んだ。
    「どうすれば良いか迷っているならば一緒に探せば良い。何も独りで悩む必要はないのだから……」
    「そうね、無理に勧めたせいで、こんなにおいしい蜂の佃煮がもっと嫌われてしまったら悲しいのではない?」
     ペペタンはギターを片手に弦を響かせて傷ついた仲間を回復すると、ミートもふわふわハートで主人を癒す。
    「あなたならこんなやり方じゃなくても、出来るはずよ。ダークネスに負けないで」
     ペペタンはにっこりと、だけど力強く微笑む。
    「たしかに蜂の佃煮は独特の見た目のため、苦手な人も多いでしょう。ですが無理やりに食べさせては、貴方にも食べ物にも、いい心象を持つとは思えません」
     静かに口を開いた蓬は一瞬で信州蜂のことの間合いを詰めた。
    「長い道のりになりますが、食べてもらう相手の気持ちも考えて、宣伝活動をして下さい」
     そう、祈りも願いもこめた刀は、信州蜂の娘の脇腹を斬った。
     刀身の穢れは白い紙で拭ってから鞘に納め、拭った紙は宙に放り舞わせる。
     と同時に、信州蜂の娘はずるりとその場に倒れ伏した。


    「前回ははちみつ偽装で、今回はハチの佃煮、なんだか蜂に縁があるなぁ……」
     夜空が殲滅道具を仕舞い、ふっとため息をついた時。
    「目が覚めましたか?」
     信州蜂の娘……、いや、ハニーミツキこと高蜂・蜜紀は仰向けに寝かされながら目をぱちくりとさせる。
     声の主は蓬。
     蜜紀はがばっと起き上がりながら辺りをきょろきょろと見回す。
    「えっと、ボク……」
     何が起こったのか混乱している蜜紀に、ペペタンは事情を説明した。
     蜂を好きになってもらいたい心がダークネスに負けて、蜂の佃煮を無理やり振舞っていたこと、そして戦闘中に苦しい胸の内を吐露していたこと。
    「そっか……、ボク、みんなに迷惑かけたんだね。結局、ボクがやってたことは無理強いだったんだ……」
     立ち上がっってしょぼんと頭を垂れる蜜紀に、ペペタンは穏やかに言う。
    「でも、それがわかったんだもの。あなたなら蜂の素晴らしさを広めることができるわ」
     そして学園の存在を告げる。
    「分からないことがあれば何でも聞いてね」
     蜜紀はゆるく微笑むとこくんと頷いた。
    「蜜紀さん、私もハチミツ大好きなんです。お勧めのハチミツ利用法を教えてくれませんか?」
    「私もハチミツ堪能したいです!」
     桃香とひなこの申し出に、蜜紀はにっこりと笑った。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 1
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