「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ほら、ちゃんと走って」
「つかれたよお、おにいちゃん……」
廃墟。
妹の手をとって逃げる幼い兄。
血の匂いの充満した、そこは狩猟場だった。放たれているのは兄妹の他にも子どもばかり十数人。
「――――」
短い金髪の男が、屋上からガトリングガンの銃口を地上に差し向けている。鼻歌を歌いながら、彼はどの『獲物』から狩ろうかゆっくりと吟味していた……。
件のヴァンパイアは禍々しい形状の首輪がくくりつけられている――須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の話によると、それは行方不明になったロシアンタイガーの捜索を命じられたヴァンパイアらしい。
「強大な力を持つヴァンパイアはそのほとんどが活動を制限されてるけど、この首輪に力を奪われているおかげで動き回れるみたいなんだ」
彼らは爵位級ヴァンパイアの奴隷であり、解放と引き換えにこの捜索を請け負ったらしい――が。
「任務よりも自分たちの楽しみを優先してる。それも、残虐な趣味を……ね。そうやって痛めつけた一般人から知識を得ようなんて考えてるヴァンパイアもいるみたいだけど、今度のは絶対に違うよ。だって、子どもたちを誘拐して狩りをしようなんて考えてるやつなんだから!」
場所は群馬県の人気少ない町外れ。
木々に囲まれた雑木林の向こう側に廃ビルと使われなくなった工場跡地がある。『放たれた』子どもたちは十三人。彼らの一部は隠れ、また一部はなんとかして逃げようと出口を探している。
そして、三階建ての建物の屋上から彼らに狙いをつける凶悪な銃口――。
ロー、という名前の男は無言で狩猟を楽しんでいる。止めるのが遅れれば遅れるほど、小さな血の花が咲き誇る。
「奴隷化されたヴァンパイアは能力を抑制されてはいるけど、元は上位の力を持ってるダークネスだよ。自分の趣味を邪魔されたとなれば、間違っても逃げるようなことはしない。絶対に報復しようと考えるはず」
つまり、逃亡の心配はしなくていいということだ。
しかしそれは、気が済めば引くという行動もとらないということ。激しい戦いが予想される。
「こちらを邪魔者だと認識すれば、排除するまで子どもたちを巻き込むようなことはないはずだよ。彼にとって子どもたちは殺す対象である前に『獲物』だから。重要なのは最初、かな……突入の方法だよね。現場は見晴らしがいいし、相手が上をとってるから。気づかれずに建物に侵入するのは難しいと思う。子どもたちも散らばってて、具体的に誰がどこにいるのかわからないし……」
難しいね、とまりんは眉をひそめた。
「敵がひとりなのが幸いかな。みんなが協力すればきっと何とかなるって、信じていいよね?」
状況は予断を許さない。
いってらっしゃい、とまりんは短く言った。
「背後関係も気になるけど、それ以上に犠牲者を増やすわけにはいかないから。だから、無理はしないで欲しいけど、最善を尽くして……!」
参加者 | |
---|---|
嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432) |
望月・小鳥(せんこうはなび・d06205) |
フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153) |
高倉・光(鬼紛い・d11205) |
木嶋・央(禍刻蒼雷・d11342) |
岬・在雛(貴方の声がわたしを引き戻す・d16389) |
八神・菜月(徒花・d16592) |
嘉神・皓(皓月千里・d27629) |
●挑発班の嚆矢
荒廃した工場跡地に鼻歌混じりの風が吹く。ローという名のヴァンパイアは趣味に没頭している最中だ。これを邪魔する者はたとえ同族とて許されないというのに――……。
キュィンッ。
「!!」
飛来する冷気の弾。
続けて、気弾やら何やらが次々とまるで放り投げられたかのように、ぽいぽいっと襲いかかるではないか。
「何だ?」
望遠の小型スコープを覗いた先で、着物を着た幼い少女がまるで挑発するように舌を出して「あかんべー」をしていた。
「気づいたみたいです!」
嘉神・皓(皓月千里・d27629)は――少女ではなく少年ではあるが――続けて二、三発、情熱の舞踏をお見舞いした。
「大丈夫、終わるまで動かず隠れていてね」
嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は突然の闖入者に驚いて物陰から顔を出す子どもに気づき、声を張り上げる。
「隠れて待っててくださいね! あんな奴す~ぐやっつけちゃいますから!」
皓が続けて言った。
駆け寄って慰めてやりたいが、それは彼らを危険に晒すだけだ。子どもたちは潤んだ目でこくりと頷いた。彼らなりに協力し合って、外からは見えない場所に身を寄せ合う。
「チッ……」
ギリ、と岬・在雛(貴方の声がわたしを引き戻す・d16389)は歯を食いしばって怒りに耐えた。弾幕と化すホーミングバレットと降り注ぐガトリング斉射の対峙――!!
流れる血も拭わず、怒りの混じった笑顔すら浮かべ、僅かに首を傾げて見せる。
「オーケー、その顔面ごとどつき倒す」
二丁のガンナイフを手に、ビル目がけて疾駆。
「Go!」
「……めんどい」
ぼそり、と呟きながら仕方なさそうに箒を駆る八神・菜月(徒花・d16592)。
「見えてた。つまんないね」
飛来する弾丸を、姿勢を低め、めいいっぱい空間を使うことで器用に回避する。マテリアルロッド版のAlexirを繰り、受けた分はちゃっかりと魔弾で応酬。
「――」
ローの銃撃は十分、彼女たちへと引き付けられている。
だが――。
「わっ……!!」
不意に、かなり近くから子どもの叫び声がした。
「危ない……!」
とっさにイコは身を投げ出して、彼らを庇った。物陰に引っ張り込んでようやくそれが幼い兄妹であると知る。
「大丈夫か?」
在雛の問いに頷き、ビルの死角を指さして逃げるよう言った。
「お姉ちゃんたちは……?」
不安げな問いかけに、在雛は意味深げな微笑を浮かべた。狩られる側の心情を知る者のそれだった。
「わたし達は君達を助けに来たんだ」
――だから、あいつを――まで、帰れない。
●奇襲班の突入
「お仕事の時間です」
望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)は呟き、猫変身して林から飛び出した。挑発班の攻撃に合わせて、まるでそれに驚いた野良猫を装って――。
ドッ、ガガガガガ!!
よほど趣味の邪魔されたのが気に喰わないのか、挑発班の攻撃に対抗するローの射撃は乱雑に地面をえぐった。
「そういえば何でガトリングなのよ、地面ごと耕す気?」
呆れたようにこぼすのはフローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)だ。ローが聞けば「ガンナイフもライフルも俺には(能力的に)合わん」とでも言ったかもしれないが、お粗末な理由には違いない。
「弱体化装置の在処ももう分かってるんだから、他にやるべきことはあるでしょうに」
フローレンツィアの溜息に返るのは高倉・光(鬼紛い・d11205)の毒づいた言葉である。
「同族に奪われ貶され貶められた底辺のヴァンパイアにはおあつらえ向きの、程度の低い遊びに興じるような輩ですもの」
「ダメな奴隷なダメってことね」
「ええ、フローレンツィアさんのおっしゃる通り。死んでも治らないと思います」
光とフローレンツィアは顔を見合わせて、ふと笑みを浮かべた。
「…………」
女って怖い、と思ったかどうかは知らないが、木嶋・央(禍刻蒼雷・d11342)もまた同じような気分であったので特に口を挟まなかった。
「さて、と」
蒼雷で形成されたホイールが回転数を増す。
ローの死角――ビルの外壁を、央は勢いをつけて駆け上った。
「では、参りましょう」
小鳥は片腕に猫変身したフローレンツィアと光を抱きかかえ、もう片方の手で箒を掴むとビルに沿って垂直に飛翔する。
顔にぶつかる風が生暖かい。
血臭がしたような気がして、顔をしかめた。
「ん……?」
ローが肩越しに振り返るが、遅い。
「せーのっ」
屋上へ跳び上がった小鳥は勢いよくフローレンツィアを放り投げた。箒から飛び降りて着地するエアシューズが星々の煌めきを纏う。
「アスペローテさん、よろしくお願いしますっ!」
「来なさい、黒き風のクロウクルワッハ!」
空中で回転しながら操る、愛用の鋼糸――!!
「なにっ……」
不意をつかれたローが咄嗟に銃口を差し向けるが、フローレンツィアの方が早い。
「残念、でした――!」
弾幕ごと掌に煌めかせた紅色の十字が呑みこみ、そのままローごと屋上に罪の十字架を咲かせる。
うめくローの視界を蒼い雷が真一文字に迸った。赤い刃紋の黒い大太刀。
「抵抗もできない子供いたぶって楽しいかよ、吸血鬼様。お前らプライドとか無いわけ?貴族の名が聞いて呆れる」
軽い音とともに着地する央。
その双眸には確かな怒りと憤り――。
「てめぇみたいな塵は、俺がここで終わらせてやる」
「塵、いい言葉だね」
まるで仮面を剥ぐような潔さで、光の口調がめくりかわる。猫変身を解くと同時に影縛りでローの四肢を締め付けた光は軽蔑の眼差しで言った。
「流石貴族崩れ。一方的な虐殺がそんなに楽しいかい? 弱者を虐げたところで得るものなど一つもないだろうに」
呆れたような鼻歌が返事だ。
しかし、その後に続けた侮蔑の言葉と最高の笑顔はそれを止めた。
「ローとか言ったか? 低い、卑しいの意。お前にこれ以上なくお似合いの名だな」
●花弁、散る
「ひっく、ひっく……」
「大丈夫だよ、大丈夫だよ」
廃墟に響く銃声を始めとする、激しい戦闘音。聞いたこともないそれらに怯える妹を抱き寄せて兄は必死で言い聞かせた。
「あのお姉ちゃんたちが助けてくれるから、大丈夫だよ……!!」
「ちっ」
しぶとい相手に、ローは血の混じった唾を吐き出して憤った。
「もっと予測を超えた行動できないの?」
箒から飛び降り、螺旋状の魔力を纏う槍を片手に告げる菜月。冷やかな台詞とは裏腹に僅かな汗がこめかみを伝い落ちる。
合流を果たしたのは先ほど。退路を断たれ、ローは生き延びるために勝つ他ない。視界の隅で星がきらめき、彼ははっと身を翻した。
「なら、これでどうだ!」
在雛はスターゲイザーからギルティクロスに切り替え、回避するローを容赦なく追い立てる。報復は尽きぬ紅の弾丸――迸る血など構わず、今度は接敵してオーラキャノンを零距離から撃ち込む――!!
「っ……この程度、大したことはありませんっ!」
顔を晒したロビンの背後に庇われながら、小鳥は息を整えた。
腐ってもヴァンパイア――侮れる相手ではない。
(「けれど、それでも」)
肩口を貫かれたフローレンツィアの代わりに赫い弾丸を引き受けつつ、イコの纏う炎は魔力を高めてゆく。
ジュッ、と。
まるで炎が弾丸を喰らったように見えた。
熱を高めるそれはまるで、焔を越えた白銀のオーラ。
「この国には因果応報、という言葉があるのだけれど」
イコの唇からこぼれ落ちる、それは狩人の呟き。
「ローさん。あなたのお仕事は狩りだったのかしら? でもそれも立場違い。あなたは此処で――」
わたしたちの、獲物になるの。
カッ――!!
白銀の炎がローの全身を焼き尽くさんばかりに乱れ輝く。さすがのヴァンパイアも悲鳴をあげて、周囲を魔力の霧で満たした。
「させるかよ」
赤黒い雷を纏う縛霊手を後ろに逸らした央はその勢いを利用して、蒼雷を纏った回し蹴りをローの脇腹に叩き込む。
「くっ……!」
ざぁっと嵐のようにガトリングの弾幕が襲いかかる。
皓はぐ、と緊張に震える腕を抑えて深呼吸する。震えに気づいた菜月が軽く彼の肩を叩いた。
「早く倒して帰ろ。眠い」
「そうですね、はいっ!」
戦ったり傷つけたりすることは恐いけれど、決して目は逸らさない。
「あなたの鼻歌よりこおの歌の方が全然上手です!」
歌声は銃声に重なり、凌駕する。
紅蓮斬から制約の弾丸に切り替え、光は歌声に身を任せた。――そろそろ決める。既に片膝をつき、息を切らせるローへと最後通牒をつきつけた。
「腐っても吸血鬼ってんなら相応の誇り、見せてみなよ。それもできんなら無様な畜生のまま、掻き消えな!」
シャウトで肌を焼く紅を振り払い、影を踊り狂わせる。菜月の網膜に刻印される予言の輝き。既に杖の魔力は満ちている。
「ほら、こっち」
――翻弄する、菜月という名の徒花。
「さようなら、慾という罠に囚われた狩人さん」
イコの囁きは一体どこから――。
照準を覗くローには、彼女が浮かべた表情は見えなかったに違いない。最後まで己の奴隷だった男に、真摯と憐憫で彩るレーヴァテインの炎。
「ぐ、ああ……!!」
燃える。
燃やされる。
慾も、罪も、奴隷という刻印も――……。
「あっ」
首輪を回収しようとした小鳥が声を上げた。
「燃えていく……!!」
その喉元へ、吸い込まれるようにしてオーラキャノンが着弾。
ちいさな花弁が散った。
「子どもを痛めつけて遊ぶアホは蜂の巣の刑だ!」
宣告する在雛の背を飛び越えるようにして、高く跳躍した央の黒刃がヴァンパイアの首を斬り伏せる――!!
「三人目。力はあるし、これで証としましょう」
灼滅されゆくローの首筋に牙を立て、フローレンツィアは言った。
「終わった――……」
ほっと、皓は胸を撫で下ろした。
初めて戦う相手がヴァンパイアだったという経験は、表面上は平気そうに振る舞う皓にとってどんな感慨をもたらしたのだろうか。
「ふう」
在雛は息をついて髪をかきあげる。
子どもたちの無事を確かめてようやく討伐の実感が湧いてきたように思えたのだった。彼らはイコに抱き締められ、頭を撫でられ、安心したように笑っている。
「よく頑張りましたね」
うん、と頷く子どもたち。
頬張ったお菓子の甘さをきっと、彼らは忘れないだろう。夏も終わりの風が吹く廃墟にて。
狩りは終わったのだ。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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