さいあくのできごと

    作者:陵かなめ

     高梨・雪音(見習い神薙使い・d25550)が噂に聞いたのは、さいあくのできごとだった。
     主に夏場、食べ物の気配を敏感に察知して集団で現れると言う、1匹居たら30匹いると言われている、つまりは、ゴキブリの話だ。
     海の家で美味しそうに食べ物を食べていると、巨大化したソレが集団で襲ってくると言う。
     想像するだに恐ろしい都市伝説だった。
     
    ●依頼
    「何ソレ、最悪なんだけど……」
     青ざめた顔で空色・紺子(高校生魔法使い・dn0105)がよろよろと後ずさりする。
    「う、うん……」
      依頼の説明をする千歳緑・太郎(中学生エクスブレイン・dn0146)も、不安で仕方が無いというような表情だ。
    「それでね。都市伝説を呼び出すためにも、海の家で美味しそうに食べ物を食べないと……いけないんだよ」
    「うわぁ」
     うわぁ。
     うわぁ……。
     美味しそうに食べ物を食べた後、出てきた30匹の巨大化したソレを倒すだけの簡単なお仕事だ。海の家には店員や一般客も居るけれど、すぐに逃がせば被害は出ないだろう。
     なお、巨大化したソレは30匹。数は多いが、単体ではそれほど強くない。ただ、ビジュアルが極めて恐怖だと言うだけ。
    「そ、それじゃあ、頑張ってね」
     皆を送り出す太郎は、静かに頭を下げた。


    参加者
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    シア・クリーク(知識探求者・d10947)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    高梨・雪音(見習い神薙使い・d25550)
    白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)

    ■リプレイ

    ●快晴、海の家
     その日、良い天気に恵まれ海の家は大変賑わっていた。注文を取りに走る店員、忙しく回る厨房、そして、楽しげにはしゃぐ一般客。とても平和な光景だった。
     そんな海の家の一角に、灼滅者達は席を取った。
    「巨大化した、アレ……。聞きたく、なかった……」
     遠い目をした若宮・想希(希望を想う・d01722)の呟きを聞いて、そっと視線を逸らす仲間も居る。
     皆の前には、注文した美味しそうな食べ物がこれでもかと言うほどに並んでいた。
     まずこの料理を美味しそうに食べるだけ。それだけで良いのだ。
     料理が行き渡ったことを確認し、想希と戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)が頷き合った。
    「では、皆さん、いただきます」
    「「「いただきまーす!!」」」
     食事の挨拶と同時に、2人は鋭い殺気を放つ。今までの賑わいが嘘のように、客席から一般人の姿が無くなっていった。
    「食事をしている一般人は残っていないわね」
     周囲を確認し、ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)が言う。
    「あとは、厨房のほうかな? 私とサポートの皆で何とかなりそうだね」
     流石に職場を離れるわけには行かなかった店員達が、何となく不安げな表情で厨房に固まっている様子だ。
     避難誘導を任された紺子が、サポートの仲間を見ながら微笑む。
    「ん! ゥンまああ~いなあ!」
     その時、キンキンに冷えたスイカをかじった蔵乃祐が感嘆の声を上げた。
    「紺子さんもスイカ食べます?」
    「食べる食べる♪ あ、塩振るんだ!」
     二口目に塩を振る蔵乃祐の様子を見ながら、紺子もスイカに手を伸ばす。
    「良いですね。海。僕、臨海学校は録に参加することができなかったんですよね……」
     お盆と日程が被っていたから忙しかったようだ。
     しかし、夏の間に一度は来れて良かった。いや、遊びに来たわけではないけれども。などと、取り留めの無いことを蔵乃祐は語る。
    「美味しい料理! 海の家! ……それだけだったらサイコーなんだけどネ」
     本日のお勧めイカ焼きそばを手に、シア・クリーク(知識探求者・d10947)がため息をついた。
     いや、本当、何故今回のような都市伝説が出てきちゃったのだろう。
     シアの言葉を聞き、蔵乃祐はどこか遠いところへ視線を移した。
     饒舌に語っていたのは、極力件の都市伝説について考えないようにしていただけの様である。
    「ああ、そんな魚の死んだような目をしないで。ささ、スイカ食べよう? 美味しいよ!」
    「ま、まずは目の前の料理に注力しようじゃないっすか!」
     紺子と宮守・優子(猫を被る猫・d14114)が必死に料理を指差した。
     焼きそば、ラーメンにカキ氷。海の家の定番が、見事に揃っているのだから。
    「まぁご飯が食べられるのは良いことじゃないっすかね? ね?」
     優子がもぐもぐと食べ始めると、他の皆もそれぞれ食事に手を付け始める。
    「せめて美味しく食べられるように、おいしくなあれでもかけたろ」
     このままでは、喉も通らないメンバーも居るだろう。
     七音がESPを使うと、幾分その場の空気も明るくなった。
     このようにして、なんとなーくどんよりとした気持ちを抱えつつも、楽しい食事が始まった♪

    ●メニューも豊富に
    「この手のカレーって、大抵は安っぽいヤツなんだけど、海の家で食べると美味しく感じられるのは何故かしらね」
     いかにも美味しそうに鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)がカレーを食べる。
    「思い出補整ってヤツ?」
     海の家で食べるカレーは、やはり美味しい。
    「たしかに、料理はとても美味しいわね」
     この後出てくるあれを加味しなければ、ね、と言う言葉を飲み込んで、白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)が頷いた。
     白い雲、輝く太陽、そして青い海。全て心弾む光景だ。
     そんな中でいただく食事は、やはりいつにも増して美味しい。美味しい……はず!!
     皆心の中に色々な思いを隠しながら、美味しく食事をしている。
    「おいしそうにごはん食べるだけなら任せて」
     木葉は力強くサムズアップして見せた。
     そして、並べられた料理の数々に手を伸ばしていく。焼きそば、カレー、ナポリタンにトマトにキュウリ。飲み物にラムネも頼み、美味しそうに食事を開始する。
    「はい、雪音。なるから焼きそばをごちそうなの」
     なるから焼きそばを受け取った高梨・雪音(見習い神薙使い・d25550)が両手を合わせた。
    「大事に、いただきます!」
     やはり、美味しい。ソースの味が口いっぱいに広がり、笑顔になる。
     なるも雪音が美味しそうに食べるところを見て微笑んだ。
     そして、同席しているマイスも、2人の様子を見て口元を綻ばせる。
    「ブルーハワイ、初めて食べたけど想像以上に美味しいな」
     カキ氷をスプーンでしゃくしゃくとつついてみた。こういう時間はいいなと思う。
     【Chaser】の皆は、想希の驕りと言う事で、好きな物を食べていた。
    「はふはふ……熱。でもおいしい」
     熱々のたこ焼きを口に入れ、想希がはふはふと息を吐き出した。本当に美味しい。外はカリカリ中はフワリ。ソースの味と鰹節と青海苔の香りの組み合わせは最高の演出だ。
     なのに何故だろうか、気づけば想希の目に涙が浮かんでいる。
     いや、これは美味しいからであって、これから襲い来る巨大なアレが嫌だからとか、決してそう言う理由ではあったりなかったり。涙がポロリ。
    「大丈夫や俺が一緒や」
     それを見ていた悟が、そっと想希の目の汗を拭い去った。
    「ほら、これ。メロシロカキ氷アイス載せや。一口どや?」
     悟から差し出されたカキ氷を、想希が頬張る。熱い物を食べた後の、冷たい刺激がとても美味しかった。
     そんな2人の様子を陽桜とにあが微笑んで見ている。
    「にあおねーちゃんのも食べたいなー。ひおのとこーかんしよー?」
    「はい。一口味見をさせてください」
     陽桜が焼きそばとトウモロコシを差し出すと、にあはレモン味のかき氷をお返しする。
     この後起こる、さいあくのできごとさえなければ、とても幸せな時間だと言うのに。誰もがそう思わずにはいられなかった。
     【TG研】の皆は、トウモロコシを食べていた。
     この後、アレが来ると分かっていて食べる焼きトウモロコシは、何とも言えない感じがする。
     けれども、登も良太も、頑張って美味しそうにトウモロコシを頬張っていた。
    「いやはや、とうもろこし美味しいですねぇ……。この後のことを考えると、なおさら美味しく戴いておかないともったいないと言いましょうか」
     流希がそう言って空を眺めたその時。
     カサ、カサ、と。
     あの嫌な音が聞こえてきた。

    ●さいあくのてき
     出た。来た。カサカサ嫌な音を立てながら、ソレが現れたのだ。
     灼滅者達に緊張が走る。
     ある者は目視し、ある者は音を聞き、ソレがアレであると確信した。
     黒光りするボディが多数、海の家になだれ込んでくる。
    「あばばばば……怖いよぅ……怖いよぅぅぅ……」
    「うわぁ、うわぁ。って、おおおおお落ち着いて。ひ、避難っ、避難を手伝うよ?!」
     優希那と紺子は手に手を取り、互いに励ましながら一般人の残る厨房へと走っていく。
    「普通の人、逃がす」
    「一般人の、避難誘導、するよ!」
     ギュスターブとジェルトルーデも、それに続いた。
    「Gは好かんとばってんねぇ……」
     言いながら、一般人へ攻撃が行かないよう、牡丹は敵と避難する一般人との間に位置を取る。
     突如現れたえげつない化け物に、一般人達は唖然としている。
     だがサポートのメンバーの働きもあり、避難は順調に進んでいる様子だ。
    「落ち着いて! 大丈夫です、目に毒なだけで危害はありません!」
     避難誘導する理利の声を確認し、戦わなければいけない者たちは、武器を手に取った。
    「この料理たちは渡さないっすよ!」
     優子はテーブルに並ぶ料理を引き寄せながら、果敢にも敵に向かって宣言する。
     ライドキャリバーのガクに機銃掃射を指示し、自らは仲間を守るように肉球の形の盾を広げた。
    「うへぇ……よりによってってやつっすねぇ」
     巨大化したアレが食べ物に押し寄せる様は、とても正視に耐えない。
     改めて優子がそう言うのも無理はなかった。
     狭霧が2本のナイフを手に走る。
    「私は別に平気だけど……虫嫌いが見たら卒倒でもするんじゃないかしら」
     柱を登る敵を見つけ、ナイフで斬りつけた。
     絶命を確認し、次の獲物に向かう。
    「ったく、数が多い上にちょこまかとすばしっこいったらありゃしない」
     ぼやきながらも、テーブルの上を這う敵にナイフを突き刺し、壁を這うゴキにはナイフを投げつけた。
     狭霧の攻撃はテンポ良く、確実に敵の数を減らしていった。
    「通常サイズ一匹でも気持ち悪いのに……、食事が台無しとかそんな平和な感想言えないわね」
     カサ、カサと、敵の群れは食べ物を求めるように、テーブルを這い回った。
     幽香が手裏剣を構える。
    「ただの地獄絵図でしかないわ……早く殺虫をしましょ」
     その言葉通り、ゴキ……いや、言葉にするのも憚られる黒い敵達の姿は、筆舌に尽くしがたい程の恐怖である。
    「適当に投げてもこれだけ数がいれば当たりそうね。殺虫手裏剣よ」
     幽香の投げた手裏剣が、数匹の敵を仕留めた。
     敵の動きを予想しながら、ヴィントミューレは敵の足止めを行っていた。
     サポートのメンバーが上手くやってくれているから、一般人は大丈夫だと思うけれど、念には念を入れなければ。援護射撃を繰り返しながら、思う。
    (「苦手意識を克服するにはいい機会ね」)
     と言うか、確かに良い機会なのかもしれないけれども、この荒療治、下手をすると末期までのトラウマになりそうな気もした。
     それほど、巨大化したゴキが這い回る様は、ただただ気持ち悪いものだった。
    「さっさと退治してごはん食べたいなあ! 気合いいれるよ!」
     シアが魔導書を使い、次々に敵を燃やしていく。
     それにしても、ビジュアルはもう少し何とかならなかったのであろうか?
     完全に、アレを再現している。足も触覚も、羽の具合も、嫌と言うほどアレなのである。
    「ここに居合わせた人達には同情するっていうか、なんというか……」
     本当に、なんでこんな都市伝説が出ちゃったのか。都市伝説のあり方に疑問を投じながらも、シアは次々に攻撃を繰り出し続けた。

    ●心の安定を求めて
     とにかく、灼滅者達は頑張った。一匹残らず退治するためにも、敵の不快さに顔をしかめ、あるいは目を逸らし、無言で逃げながら少しずつ駆除していった。
    「冷たく燃える恐怖、思い知れGよ!」
     ルフィアが冷たい炎を敵群に解き放つ。
     凍りついたところを、サポートの害虫対策チームが次々にスリッパやビーチサンダルなどで潰していった。
     ちなみに雪音の実家は古く、アレは沢山出る。武蔵坂に越してくるまでの夏の夜は、やつらとの戦いだったのだ。
     だがしかし。
    「さすがにこの光景は……おそろしいものが……」
     雪音は顔を引きつらせる。そして、見た。
     攻撃を受けたと知った敵が、飛んだのだ。そのスピードは速く、灼滅者達に真っ直ぐ跳んで体当たりをかけてくる。
    「ぎょええー!」
     鬼神変で蹴散らし、日本刀を薙ぎ降ろし、雪音はひたすら敵を潰していった。
     あれは、ヤバイ。想像以上に大きい。無理、無理、無理です。
     敵が出現した瞬間、ぷるぷると震えながら悟の背中に逃げそうになった想希は、戦う仲間の姿を見て己を奮い立たせた。
    「俺がびびっててどうする」
     眼鏡を外し、十分敵と距離を取りつつ戦う。
     そんな想希にも、敵が勢いをつけて飛び掛ってきた。
     想希はとても素敵な拒絶の笑顔を浮かべ、どす黒い殺気を立ち上らせる。
    「く・る・な」
     張り付いた笑顔と殺気で、敵を次々と仕留めた。
     同じく、飛び込んできた敵を見て、蔵乃祐は即座に逃げる。
     逃げながら、周囲を凍りつかせ、何とか敵との距離を保った。
    「もう一息、がんばろーっ!」
     シアの声が戦場に響く。怪人のほうがまだマシだった。そんな気さえしてくる敵だったが、皆で力を合わせその数を確実に減らしたのだ。
     いよいよ残り一匹となり、その前にヴィントミューレが立ちはだかった。
    「貴方たちの所業……いえ、存在価値について今こそ裁きの時ね」
     鋭い裁きの光条を容赦なく放ちぶつける。
    「受けなさい、これが貴方たちに対する洗礼の光よっ」
     巨大化したゴキの、最後の一匹が見事に消えていった。
    「最も、裁くとかそれ以前の問題なんだけど」
     ヴィントミューレは、最後にぼそりと呟く。
     ともあれ、さいあくの敵は、全て消え去った。
    「帰ったらクラブのみんなに自慢……はできないわね、こりゃ」
     かなりの数を仕留めたが、相手が相手だけに、皆話を聞くのも嫌がるかもしれない。
     腰裏の鞘にナイフを収めつつ、狭霧が肩をすくめた。

    「なんかまだカサカサって幻聴が聞こえる気が……」
     思い出したくない、いや、思い出してはいけないような気がする。
     優子は、首を振って必死に自分を保ちながら海の家を片付けていた。
     ヴィントミューレがそれを手伝う。
    「ただ、あの戦闘の後では食事はとてもできそうにないけど」
    「仕方ないねー」
     シアが頷いた。今まで目の前にいた敵の姿は、本当に気持ちの悪いものだった。
     それに、30匹もの相手をして、少し残っていた料理もばらばらになってしまった。
    「そうね」
     料理が無事なら引き続きたべようと思っていた幽香も、これでは仕方が無いと頷く。
    「忘れよう。ソフトクリームでも食べて」
     蔵乃祐は、新しくソフトクリームを求めて別の場所へと足を向けた。肉体は全くダメージを負っていないけれど、精神的にとても辛かった様子だ。
     【Chaser】の皆は、楽しい思い出で上書きしようと、海へ遊びに行った。
     雪音もマイスやなるを海へと誘っている。
     ともあれ、黒光りする敵の群れはもういない。
     ――早く忘れよう。
     都市伝説駆除に参加した多くの灼滅者達は、よどんだ瞳でそう思ったのだった。

    作者:陵かなめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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