鬼の僧侶とタントウ婦人

    作者:雪神あゆた

     天井に蜘蛛の巣が張ってある、古びた一軒家にて。
     黒い僧服を着た中年男と、白髪頭の老人とが、火のついてないいろりを挟んで向かい合っていた。
    「ご老人よ」
     と中年男がいう。男の額には、黒い角。角を生やしたその男は羅刹。天海大僧正配下の慈眼衆だ。
    「ご老人よ、今まで申した通り、天海大僧正のお言葉に従えば、最大の幸福が待っておる」
     老人は、はぁ、と頷く。
    「そうですなあ。そういわれると、そんな気がします」
    「分かってくれるかご老人! さあ、これからはご老人も我らが仲間ぞ!」
     老人の体が変化する。筋肉がつき、人から強化一般人になったのだ。
     その時――がしゃん! 激しい音を立て、窓ガラスが割れた。
     割れた窓から、数人の人影が跳びこんでくる。
     入ってきたのは、三人のペナント怪人と、着流し姿の女。
     女は凛とした声で言う。
    「お待ちなさい。甘言を弄して手下を増やす。それはまさに、悪鬼の所業というべきね」
     女は両手にもつ、二振りの短刀、その切っ先を慈眼衆に向け、宣言する。
    「ワタクシは刀剣怪人軍団が一人――タントウ婦人。貴方のこれ以上の悪行、阻止してみせましょう!」
     女の宣告に、慈眼衆は、
    「面白い。やれるものなら、やってみるがいい!」
     慈眼衆は腕の筋肉を盛り上げ、体から闘気をほとばしらせる。傍にいた老人――強化一般人と化した彼も、何処からか斧を取り出し、振りあげた。
     
     教室で。五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は灼滅者たちに挨拶すると、説明を開始する。
    「琵琶湖を巡る、刺青羅刹天海大僧正と、悌の犬士安土城怪人の戦いは、皆の助力により、天海大僧正側が優勢になっているようです。
     安土城怪人は劣勢を巻き返すため、刀剣怪人軍団を戦場に投入しました。
     現在、慈眼衆は、天海大僧正の勢力範囲である、琵琶湖の湖西地域で、戦力増強の為に強化一般人を増やそうとしています。
     刀剣怪人は、その慈眼衆を襲撃しようとしているようですね。
     慈眼衆と刀剣怪人が戦えば、周囲の一般人に被害が出る危険性もありますし、見過ごせません。
     なので、この事件に介入してください。
     琵琶湖の戦いを早急に終わらせる為、どちらかの勢力に肩入れするという方法もあるでしょう。あるいはそれ以外の方法も。
     けれど、最善の方法がなんなのかは判りません。
     どういった方法で、この事件に介入するか、皆さんの判断にお任せします」
     
     現場は、とある民家の中。
     姫子によれば、皆が現場に介入できるのは、慈眼衆が老人の家に入ってしばらく後。
     放置しておけば、慈眼衆は老人を説得し強化一般人にしてしまう。
     そして、灼滅者が介入できるようになってから5分後には、刀剣怪人タントウ婦人が現れ、慈眼衆と強化一般人を攻撃する。
    「では、次に、ダークネス達の戦闘能力を説明します」
     慈眼衆は鬼神変を中心に神薙使いのサイキックとバトルオーラのサイキックを使ってくる。
     タントウ婦人はご当地ヒーローと解体ナイフの技を、使いこなす。
     ペナント怪人三人はご当地ダイナミックとご当地キックで攻撃する。
     介入せず放置した場合、戦いはタントウ婦人が優勢になる。だが、皆がどう介入するかで、戦況は変わるだろう。
    「だから、どんな風に介入するか、皆さんの判断が重要になってくるでしょう」
     説明を終えると、姫子は、もう一度頭を下げる。
    「決して楽な任務ではありませんが――どうかよろしくお願いします」


    参加者
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)
    炎道・極志(飛びたいロケット・d25257)

    ■リプレイ


     灼滅者は民家へ上がり込んでいた。目前に居間に続く障子戸があり、中から男性二人の声が聞こえる。
    「では、説法を聞いていただきたい」「はぁ」
     精悍な声と、間延びした声。
     墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)は障子戸を開ける。僧服を着た中年――慈眼衆と一般人の老人が、向かい合って座っていた。
     由希奈は叫ぶ。
    「その説法、ちょっと待ってっ!」
     由希奈は風を吹かせた。老人は驚いた顔をしたが、すぐに風の力で目を閉じる。
     八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)は、あぐらをかいたまま眠る老人に駆け寄り、担ぎあげる。
    「ご老人、無礼を許されよ」
     老人を連れ、隣室へ向かう源一郎。
     慈眼衆は呆気にとられていたが、
    「ま、待てっ」
     と源一郎に制止の声をかける。それでも、源一郎が止まらないのを理解したようだ。
    「待たぬというのなら――」
     慈眼衆は左腕を巨大化させ、源一郎の背を殴ろうとする。
     だが、桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)は走りだした。ワイドガードを展開し、仲間を狙う拳を自分の胴で止めた。
     刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)と嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)も、慈眼衆に接近。
     刃兵衛は慈眼衆の側面にたち、不意にしゃがみ込む。朱塗りの鞘から御神刀を抜き放ち、相手の足を斬る。
     バランスを崩す慈眼衆の腕に、絹代は真っ赤なスカーフを振る。スカーフは生き物の如く腕に絡みつき、肌を裂く。ぐぅ、呻く男。
     萌愛、刃兵衛、絹代は周囲を見る。源一郎は既に、老人と一緒に居間から退散していた。三人は慈眼衆に、向き直る
    「聞いてください。私達は、天海大僧正やあなた達とゆっくりお話ししたいんです。妥協できる事案があれば、共闘できるかもしれません」
    「聞きたいこともある。強化一般人化が天海の意志なのか等な」
    「そーゆーわけで、面会したいっす。なんとか頼めないっすかね~」
     慈眼衆は顔を赤く染める。
    「黙れ! 同士となる者を眠らせ、拉致した。そのようなお主らの言は、聞けん!」
     全身から闘志を迸らせる慈眼衆。灼滅者のうち七人は応戦すべく、武器を握る。

     一分後。慈眼衆の拳の連打が、桃野・実(水蓮鬼・d03786)に叩き込まれていた。
     拳が直撃し、実はよろめく。
     霊犬クロ助が実を心配そうに見上げ、瞳の力を実に注ぎ込む。
     その後ろで、ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)は杖をくるりと回転させ、先端を口にあてがった。
     杖をマイクに見立て、ファルケは歌いだす。調子っぱずれの声で、実の傷を癒すエンジェリックボイス。
     実の傷の治療をした後、ファルケは慈眼衆に話しかけた。
    「慈眼衆。なんとか話し合うわけにはいかないか? 強化一般人の増加は止めて欲しいが、でも、条件次第なら俺達が味方につける」
     自分の胸を親指で指し、提案するファルケ。
     慈眼衆は攻撃の構えを解かぬまま、言葉を返してくる。
    「なれば、まず老人を戻すがいい」
     実は首を左右する。
    「それはできないんだ……」
     苦い声で言うと同時、『浜姫』の穂先から氷柱を飛ばす。慈眼衆の僧服を冷気で包む。たまらず慈眼衆は後ろに下がる。
     炎道・極志(飛びたいロケット・d25257)は彼を追う。
    「聞く耳を持たないのであれば――仕方がないっすね」
     さがる慈眼衆の首を掴み――除霊結界! 慈眼衆を痺れさせる。


     数分後。
     源一郎は老人を安全な場所に運びおえ、居間に戻ってきていた。今は状況を観察している。
     慈眼衆は全力で攻撃してきている。一方、灼滅者の標的は慈眼衆だけでない。故に、灼滅者は積極的に攻撃しない。結果、灼滅者側がより傷ついている。
     源一郎は黒の瞳を窓に向ける。途端、ガラスが音を立て割れた。
     外から四人がとびこんでくる。
     頭がペナントのペナント怪人が三人。そして着流し姿で長い黒髪の女――タントウ婦人だ。
     タントウ婦人は灼滅者にお辞儀する。
    「慈眼衆と戦ってるなら、手をかしま……?!」
    「邪魔をしないで貰おう――ッ!」
     源一郎はタントウ婦人の言葉を遮った。巨大化させた腕でタントウ婦人の顔面を、殴りつける。その腕力が、タントウ婦人の体を吹き飛ばす!
     だが、タントウ婦人は宙で体を回転させ、着地。不敵に笑む。
    「ワタクシたちも相手にする、ということですか。その意気やよし!」
     タントウ婦人は、二振りの短刀、その片方の切っ先を慈眼衆に、もう片方を灼滅者に向けた。
     一方。ペナント怪人たちは慈眼衆へ迫る。
    「「ぺなっ!」」
     由希奈と絹代が怪人どもの行く手を遮る。
     由希奈は白光を放つ刃を怪人の肩に叩きつけ、絹代は黒い瘴気でペナント怪人を包み込む。二人は慈眼衆に顔を向けた。
    「治に乱を望む怪人は、交渉の範囲外! だから私達は怪人と戦うよっ!」
    「とりあえず、怪人は邪魔なんで一緒に片付けません?」
     宣言する由希奈。ヘラリと笑う絹代。
     慈眼衆は混乱しているようだったが、表情を引き締める。
    「学園の者も怪人も、どちらも蹴散らす!」

     こうして三つ巴の戦いは始まった。
     慈眼衆がペナント怪人を殴り、怪人も慈眼衆を蹴り返す。
     膝をつく慈眼衆。さらに、残り二体のペナント怪人が迫るが――
     怪人と慈眼衆の間に、思いつめた顔の実が体を滑り込ませる。
    「(ここで彼が倒されては、刀剣怪人たちは逃げる。それはダメだ。だから……)」
     口の中で呟くと、怪人の蹴り二発を、顔と胴で受け止めた。
     クロ助に自分の治癒をさせながら、実は手に力を込めた。痛いほど強く槍の柄を握る。そして、螺旋槍! ペナント怪人の左胸を突いた。
     激戦の中、タントウ婦人は灼滅者に問いかけてくる。
    「……ワタクシ達に協力、あるいはせめて撤退するつもりは?」
    「どっちもない」
     断言する極志。次の瞬間、極志の腹に、婦人の刃が刺さる。激痛に歯を食いしばる極志。
     ファルケは、安心しろと言いたげに、親指をびっと立てた。
    「いま治すぜ。とっておきの歌でな」
     言って歌いだす。
     耳障りで激しく熱い歌が、極志の耳に流れ込んだ。
     ファルケの歌が極志の体内に力をあふれさせる。
     傷の癒えた極志は跳び上がる。
     体を捻り、レガリアスサイクロン! タントウ婦人やペナント怪人を踵や爪先で蹴りつける。
    「ぺなあ?!」
     ペナント怪人の一人が頭の旗を押さえた。
     萌愛は機を逃さず、怪人の懐に飛び込んだ。拳を上から下へ。拳の連打! 狙い澄まされた打撃が、怪人の体を持ち上げ、宙に舞わせる。天井近くに上昇する怪人の体。
    「刀狩さん! いけますか?」
    「ああ、いける。この一刀で――断つ!」
     萌愛に、刃兵衛が答えた。
     刃兵衛は御神刀を一閃させる。緋色の花を舞わせながら、落ちてくるペナント怪人を両断。


     三すくみの戦闘は続く。
     ぺなーとペナント怪人の悲鳴。慈眼衆が怪人を殴ったのだ。ペナント怪人一体が消滅する。
     残ったペナント怪人は、仲間を失ったことに動揺しながらも拳を放とうとしていた。が、
    「遅いっ!」
     極志はペナント怪人よりも素早く動く。高速の回し蹴り。ペナント怪人の首筋を痛打し、意識を刈る。
     極志はダブルの動きでさらに動く。
    「次はアンタだ!」
     極志は拳を握り、タントウ婦人へ結界を発動。手ごたえは十分。
    「お見事。ですが――っ!」
     タントウ婦人はそれでも反撃してくる。握った極志の手を掴み、投げつける!
     極志は床に大の字になり――失神。
     その後、タントウ婦人は一分かけ体勢を戻す。灼滅者を攻撃しようとして、止まる。極志の結界が効いている。
    「隙だらけじゃないっすか」
     絹代はにやり、唇の端を釣り上げた。つま先立ちになり、体を回転させる。『マッド・デイモン』と『メランコリア』が絹代の回転に合わせて動き、
    「その腕、貰っちゃうっすよ!」
     タントウ婦人の両肩を斬る。ティアーズリッパ―。
     そのタントウ婦人の横に、ファルケは立つ。杖を大きく振り上げた。
    「歌エネルギーチャージ完了。――刻み込め、魂のビートっ! 堪能しな? これがサウンドフォースブレイクだ!」
     絹代がつけた肩の傷めがけ、ファルケは杖と魔力を叩きつける! ファルケの渾身の一撃に、婦人の体が大きく揺らいだ。

     さらに数分が経過する。タントウ婦人も慈眼衆も傷ついていたが、灼滅者の消耗も小さくない。回復の技を駆使したが、治せぬ傷もある。
     実の体にもあちらこちらに傷が残っていた。が、素早く動き続ける。慈眼衆の攻撃を横に跳んで避け、さらに跳んでタントウ婦人の前へ。
    「これで……!」
     実は氷柱を放つ。氷がタントウ婦人の腹に刺さり、全身を冷気で覆う。
     タントウ婦人の顔色が蒼白になる。
    「つめた……くっ……ですがっ」
     それでも彼女は片足をあげた。一秒も立たず、実の顎に婦人の膝がぶつかる。
     実は崩れ落ちる。立ちあがろうとするが――できない。そのまま、意識を失った。
     タントウ婦人は肩で息をしつつ、再び構えた。
    「ハァはぁ………氷を放った彼といい、他の者といい、流石に強いですね。しかし、強者と会うのは武人にとって、最大の喜び」
    「私も剣士。刀剣怪人とは是非とも刃を交えてみたいと思っていた。――いざ、推して参る!」
     婦人に告げたのは、刃兵衛。鞘に刀を納め直し――そして抜く、同時に斬る。神速の居合斬り!
     赤い血が飛んだ。
    「……さすがは剣士……ですが」
     感嘆の声。が、婦人も瞳から闘志は消さない。刃兵衛に反撃しようと刃を振りあげたが――
    「思い通りになんてっ――」
    「――させはせぬ!」
     由希奈が婦人の背後に立ち、源一郎が正面に立つ。
     由希奈が婦人の背に杖の先と魔力を叩きつける。力に押され、ふらふらよろめく婦人。
     その婦人の顎を、源一郎が山吹色に輝く拳で、殴りつけた! 抗雷撃!
     膝をつく婦人。
     眼から焦点が消えている。それでも、
    「それでも、ワタクシは……タントウ婦人。負けられませんっ」
     己を叱咤し、婦人はビームを放ってくる。
     標的は接近しつつあった萌愛。萌愛はビームを受けたが、なお前進。
     金の髪を揺らしつつ、拳を繰り出す。
     萌愛の拳が、顎、額、腹を、正確に撃つ。
    「……こ、これが、学園生の……力……」
     タントウ婦人は呻き、そして消滅した。


     怪人たちが全滅し、その場に残ったのは灼滅者と慈眼衆。
     慈眼衆は己の体を見下ろし、そして灼滅者達を見る。
    「ここはひくべきか」
     悔しげに吐き捨て、割れた窓へ飛びこもうとする。
    「待ってほしいっす! 聞きたいことが……」
     絹代が言うが、慈眼衆はとまらない。
    「覚えているがいい、灼滅者!」
     飛び込み、外に着地。街中へ走り去っていく。
     由希奈は窓から身を乗り出し、慈眼衆の背に声を飛ばす。
    「天海に私達が言ったこと伝えて! 戦闘にはなっちゃったけど、言ったことは本当だから!」
     その声が聞こえたかどうか、慈眼衆の姿はどんどん遠ざかる。
     フェルケも窓の外を見た。
    「これ以上追うのは……厳しそうだな」
     武器をおろすファルケ。
     萌愛も武装を解くと、傷ついた実と極志に駆け寄った。
    「どうやら深い傷はないみたいですね……よかった」
     手当てをし始める萌愛。
     刃兵衛も傷の手当ての手伝いをしていたが、刃兵衛は窓を見、ポツリ呟く。
    「もう少し、彼らの意図を聞き出したかったが……」
     源一郎も手伝いつつ応える。
    「そうだの。……されど、儂らは怪人を倒せたし、なによりご老人を守れた……それは誇っていい成果ではないかの」
     老人は別室で眠っているはずだ。慈眼衆を逃がしはしたが、刀剣怪人を倒し一般人を守ったことは事実。
     仲間の手当てを終えた灼滅者は戦果を報告すべく、民家を後にするのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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