柔らかい絆

    作者:奏蛍

    ●昼下がり
     指で優しく髪を梳かれて、結菜は瞳を細めた。うとうとしてくる。
     小さい頃は、悠真は結菜のヒーローだった。そして成長するにつれて、ヒーローは片思いの相手になった。
     そして今は恋人に変わった。いつでも悠真は結菜に優しい。
     まるで柔らかい真綿に包まれているような気分にさせてくれる。今も優しい指が心地よくて、眠ってしまいそうだ。
     結菜にとっては悠真が全てだ。他の何にも代えられない。
     きっと結婚して二人の子供を産んだとしたら、子供に大好きよ、でもママの一番はパパなのと言うだろう。そして子供にも、お互いが一番になれる相手を見つけるように言いたい。
    「結菜? 眠いの?」
    「……う……ん」
     曖昧な返事をしながら、もう結菜は眠りの世界に入り込んでいた。
    「ふぅわぁ、俺も眠くなってきたな……」
     優しく指を動かしながら、悠真が欠伸をする。そして目を閉じた。
     見る人が誰もいなくなったリビングに、一人の少年が滑り込んだ。宇宙服のような不思議な服を着ている。
    「君の絆を僕にちょうだいね」
     そっと結菜に囁いた少年は、現れた時のように気づいたら消えていた。そして結菜の頭上には気持ち悪い卵が浮いていた。
    「ん……」
     のろのろと起き上がった結菜は首を傾げた。膝枕をしてくれていた悠真を見る。
     何も感じない。あんなにも大事だと思った存在に、心が全く動かない。
     結菜は震えた。どうしたというのか、目を覚ました瞬間に心の中からごっそり何かが消えてしまったようだった。
     
    ●二人の絆
    「絆を失ってしまったみたいなんだ!」
     足音に振り返った須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が、灼滅者(スレイヤー)たちを視界にとらえるのと同時に声を上げた。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     強力なシャドウである絆のベヘリタスに関係が深いであろう人物が、絆を奪ってしまうらしいのだ。そして奪われた相手には、絆のベヘリタスの卵が産み付けられる。
     一週間の間、最も大事な絆以外を栄養として卵は成長していく。今回の場合は、奪われてしまった悠真との絆以外が栄養分となる。
     そして一週間後、その卵から絆のベヘリタスが孵化してしまうのだ。このまま大量に孵化するようなことがあれば恐ろしいことになってしまう。
     しかも絆のベヘリタスは強力なシャドウなのだ。しかし条件によっては弱体化させることが可能だ。
     産み付けた相手の絆で成長するためなのか、栄養となる絆を結んだ相手には攻撃力が減少する。さらに被るダメージが増加してしまうという弱点を持っているのだ。
     この条件を上手く利用すれば、孵化した絆のベヘリタスを灼滅することも夢ではなくなる。みんなにはこの絆のベヘリタスを灼滅、もしくは撃退してもらえたらと思う。
     孵化したばかりのベヘリタスがソウルボードに逃げ込むまでは十分だ。時間もあるため、どれだけ結菜と絆を結べるかが重要になってくる。
    「結菜さんは少し優柔不断な人みたいだよ」
     二十三歳の結菜は、まりんが言うとおりの優柔不断な人間だ。しかし別の見方をすれば優しい人間とも言える。
     自分の意見を通すよりも、相手の意見や望みを優先したがる傾向があるのだ。そんな結菜の性格を良く把握して、自らの望みより結菜のしたいことを選ぶことが出来るのが悠真だった。
     結菜が悠真を気遣うように、悠真もまた結菜を気遣う。柔らかく時間を積み重ねてきた二人なのだ。
     そんな結菜と絆を結べるチャンスは、卵が孵化する当日となる。卵が孵化するのは昼下がりの午後四時前だ。
     それまでにこの少し優柔不断な結菜と絆を結んでもらえたらと思う。
    「当日の午前中は、朝から動物園に行くみたいだよ」
     どうやら誰かと一緒に行くのではなく、一人で行くらしい。小さい頃から動物園が好きな結菜は、何かあると動物園に足を運ぶ。
     心から悠真の絆がなくなってしまったせいか、ひどい言動ばかりとってしまう。しかし結菜にはどうすることも出来ない。
     そして動物園の中で、ベヘリタスが孵化してしまうのだ。みんなには動物園に入ってから、ベヘリタスが孵化するまでに絆を結んでもらいたい。
     友人とはぐれたふりをする、ランチを一緒する、動物の話をしてみるなど、みんななりの方法で頑張ってもらえたらと思う。ちなみに、中でも結菜が好きな動物たちはリスとホワイトタイガー、そして象だ。
     さらに言うと、絆の種類は何でも構わない。友情や尊敬、怒りや悲しみ、恐怖でもいい。
     孵化した絆のベヘリタスはシャドウハンターのサイキックと断罪輪を使ってくる。灼滅することが叶わなくとも、撃退することが出来れば成功だ。
     灼滅することが出来た場合は、失われた結菜と悠真の絆が戻ってくる。その後のフォローが必要になる可能性もあるだろう。
     しかし絆の結び方によっては、フォローすることが難しい場合もある。
    「結ぶ絆の種類はみんな次第だから、頑張ってね!」
     油断はしないようにと、まりんがみんなを送り出すのだった。


    参加者
    風雅・晶(陰陽交叉・d00066)
    遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)
    雨谷・渓(霄隠・d01117)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)
    桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)
    安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)
    遠野・アゲハ(迷子の蝶羽・d13774)

    ■リプレイ

    ●動物園
     微かに響いた音に結菜は足を止めた。そして周りを見渡して、音の正体を瞬時に理解した。
    「あの、落としましたよ」
     慌てて結菜がレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)の落とした携帯を拾いながら声を出した。
    「ああ、ありがとうございます」
     受け取るときに、わざとホワイトタイガーのストラップを揺らしながらレインがにこりと笑った。
    「あなたもホワイトタイガー好きなのね」
     揺れるストラップを瞳で追った結菜が笑顔を見せる。
    「一人でこういうところに来て、少し落ち着かなくて」
     携帯を落とした言い訳のようにレインが苦笑する。そうなの? と言うように首を傾げた結菜にレインが少し考える様な顔を見せる。
    「いや、普通一人ではあまり来ない場所かな、と」
    「何かあると一人で来たくなるの」
     レインには結菜が言っている何かが、感じなくなった悠真との絆だとわかる。絆を奪ったシャドウの存在を思って、嫌な話だと言うようにレインは微かに眉を寄せた。
     もう一度レインの方を見た結菜がにこりと笑って歩き出す。ひとまず絆は結べたかとレインが結菜の後ろ姿を見た。
     卵が孵化するまでにはまだ時間がある。手にした説明書を見て、レインの瞳が微かに光る。
     実は動物園にあまり来た記憶がないレインだ。説明書を読むだけで楽しめそうだと歩き始めるのだった。
     一方、結菜はホワイトタイガーの檻に向かっていた。
    「すいません。僕の友人達を見ませんでしたかね?」
     周りに視線を彷徨わせながら、ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)が困った様に瞳を伏せる。表情が変わらないハイナではあるが、結菜にも困っているのが伝わってくる。
    「特徴は僕と同じくらいの年齢で……えーと髪の毛が黒いかな」
     どこにでもいそうな特徴に結菜も周りを見ながら困惑してくる。ハイナ自身にも、そんな情報でわからないのは充分承知している。
     一通り困った素振りを見せた後、ハイナはホワイトタイガーの檻に視線を向ける。
    「……まるであの子みたいだなァ」
     特に白い奴は寂しい奴だよねとハイナが呟く。彼に友は家族はいるのだろうかと……。
     結菜の気を引くための演技のはずだが、どこかそれだけではないように感じる。
     ふっと瞳を結菜に戻したハイナがお礼を言って別の場所を探しに行く。檻の前で残された結菜は立ち尽くしていた。
     すると足元に何かが触れる。驚いて瞳を見開いた結菜の表情が途端に緩む。
     桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)の霊犬、無天さんだった。特に抵抗せずじゃれつく無天さんに結菜の表情に笑顔が浮かぶ。
    「犬が好きなんでしょうか?」
     眼鏡の奥の瞳を柔らかく緩めた貴明が首を傾げた。貴明の様子に無天さんの飼い主が誰かなのかを理解した結菜が慌てて頷いた。
    「犬も好きだし、そこのホワイトタイガーも好きよ」
     だから猫も好きと笑った結菜に、貴明も頷く。
    「私も好きです」
     何だかほのぼのとした空気に結菜の肩から力が抜けた。ホワイトタイガーの肉球を見て、ほぅっと息を吐いた結菜の目の前に何かが飛び出す。
     驚いて息を飲んだ結菜が瞬きする。
    「差し上げます」
    「え、でも……」
     どうしていいか慌てる結菜とホワイトタイガーのぬいぐるみを残して、貴明と無天さんは別の場所に移動するのだった。

    ●ランチ
     どこかぼんやりとした雰囲気で見渡しながらも、遠野・アゲハ(迷子の蝶羽・d13774)が油断なく席を確認していく。そしてすかさず空いている席に滑り込んだ。
     トレイを持った結菜がレジで会計をしているのが見える。ランチで相席をする仲間のフォローに回ったアゲハだ。
     温和なアゲハではあるが、自ら行動したり何かを言ったりすることは少ない。人見知りなわけではないのだ。
     けれど六六六人衆によって、全ての絆を断ち切られた過去のせいでどこか他人と接することに消極的た。だから他人……結菜と縁や絆を結ぶことへの苦手意識がある。
     きょろきょろと空いた席を探している結菜が来るのにタイミングを合わせてアゲハは席を立った。
    「あ、ここいいですか?」
     立ち上がったアゲハに結菜が声をかけた。
    「どうぞ……」
     全く変わらない表情のまま返答したアゲハと入れ替わりに遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)が身を乗り出した。
    「もしかして、結菜さんですか?」
     席にちょうど着いた結菜が顔を上げた。瞳が彷徨う。
    「そう……ですけど……」
    「ああ、やはり、初めまして。悠真君のバイト仲間の遠藤と申します」
     悠真の名前が出た途端に、結菜の瞳から色がなくなる。悠真から素敵な彼女と聞いていると言われて、さらに結菜は困惑する。
     前ならきっとこんな時に、何とも言えない恥ずかしさと嬉しさがこみ上げて来たはずなのに……。何も感じない。
    「ここ、失礼しますわ」
     彩花が席に着くのと同時に安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)が目の前の椅子を引いた。
    「あら、あなた私の姉と同じ歳くらいですわね」
     花子の言葉に結菜が瞬きする。
    「そうなの?」
     予想にもしないランチが開始されたわけなのだが、結菜は楽しんでいるようだ。
    「この後は何を見に行くんですか?」
     おかずを交換しながらのランチもデザートで終わりだ。
    「リスと象は絶対に見に行くかな」
     彩花の質問に、結菜が少し考える様にしてから答える。
    「動物って本当に癒されますわ」
     どこか浮かない結菜に花子が癒されていらっしゃいと言うように優雅に頷く。
     お礼を言いながら、空になったトレイを持って結菜が席を立つ。そしてまた園内を歩き始める。
     象の檻のそばに来た時だった。カランという音に足を止めた。
     一瞬、携帯が落ちた時を思い出したが今回は違うものだった。
    「すみません、拾って頂いてもいいでしょうか?」
     ちょうど結菜に足元に転がった絵筆を指差している。躊躇なく絵筆を拾った結菜が、雨谷・渓(霄隠・d01117)のそばによって足を止めた。
     描かれているのは象だ。
    「象は好きですか?」
     結菜の視線に気づいたように、渓が口を開いた。
    「自分は象の優しい目が好きです」
     そして大きな体で穏やかなところ、相手に寄り添う姿。あなたはどうですかと言うように、渓が結菜を見上げる。
    「私も象が好き」
     並んでいる象を見ながら、結菜が瞳を細める。
    「少し辛そうな様子に見えますが……」
     言われた結菜がきょとんとした顔を見せる。優しくゆっくり流れる渓の言葉は、すっと心に浸透していくように広がる。
    「大丈夫、ありがとう」
     にこりと笑って結菜は歩き始める。今日はもうリスを見て帰ろうと足を早めるのだった。
     檻の中では可愛らしいリスたちが、素早く動き回っている。
    「良かったら話を聞いてもらえませんか?」
     微かに笑みを見せた風雅・晶(陰陽交叉・d00066)に、結菜は首を傾げた。
    「リスは日本では樹上性のものという認識が一般的ですが、世界で見ると地上性のものも多くいます」
     目の前にいるリスについて語る晶に結菜はこくこくと頷く。
    「地上性か樹上性かの見分け方は尻尾を見るのが一番です」
     樹上性のものは毛のふさふさした長い尾をしていて、地上性のものは毛が少なく短い尾をしている。リスが好きな結菜ではあるが、晶ほど詳しい知識はない。
     すごいと言うように、瞳をキラキラさせた結菜が再びリスを見つめる。
    「他には象は古代日本にいなかったはずなのに、キサという呼称があったりします」
     一通り晶の話を聞いた結菜が嬉しそうに笑って歩き始める。その時、卵に変化が起こったのだった。

    ●孵化する卵
     突然、黒い塊が現れて形になっていく。そろそろ孵化する時と身を潜めていた貴明が、一気に殺気を放って人を遠ざける。
    「絆を餌にはさせません」
     ふわりとベヘリタスと結菜の間に降り立った渓が、そのまま一気に地面を蹴った。
     優柔不断と言えば聞こえは悪い。けれど誰かの意を汲み動くことは、素敵なことだと渓は思う。
     必ず絆を取り戻すと気を引き締めて来たのだ。螺旋の如きひねりを加えた一撃が、その想いを乗せて鋭くベヘリタスを穿つ。
     その間にアゲハが結菜の手を掴んで立ち上がらせようとする。現れたベヘリタスや灼滅者たちに、膝が震えて座り込んでしまったのだ。
    「怖いんだ……」
     なかなか立ち上がれない結菜を見て、アゲハが呟いた。しかしこのままここに座らせて置くわけにもいかない。
     瞬時に決断したアゲハが腕に力を込めた。少し強引ではあるが、結菜を抱えてアゲハは安全な場所まで離れる。
    「ひどい話だな……」
     何が起こったのかもわからずに混乱している結菜を見て、口の中でアゲハは囁いた。そもそも勝手に奪われいい絆など存在しないのだ。
     絆を断ち切られた過去があるアゲハだけに、その想いは確かだった。空いてしまった結菜の心の穴を、埋めてあげられたらいいと思う。
     地面に結菜を下ろしたアゲハが、変わらない表情のまま仲間の元に走る。目立たず影のように、フォロー行動に徹したいアゲハなのだった。
    「その闇を、祓ってやろう」
     アゲハが戻るのと同時に、力を解放したレインが飛び出した。
    「人間の心を温床にする、外道めが……!」
     オーラを宿した拳を全力で叩きつける。絶対に容赦しないと言う意志が、叩きつけられる拳に現れている。
     レインが間合いを取るようにふわりと後方に飛ぶと、その後ろからハイナの姿が現れる。異形巨大化させた片腕が、迷うことなくベヘリタスをとらえた。
     思い切り殴りつけられたベヘリタスが飛ばされる。そのまま地面に激突するのかと思われたが、空中で体勢を立て直す。
     音もなく着地したベヘリタスが間髪開けずに漆黒の弾丸を撃ち出した。貫かれた彩花が痛みに微かに眉を寄せる。
     しかしすぐに前に飛び出した。殴りつけるのと同時に、網状の霊力を放出させる。
    「女王……それは花の如く!」
     そんなベヘリタスに力を解放させた花子が迫る。仲睦まじかった二人のためにも、何としても灼滅しなければいけない。
    「このクィーン☆フラワーチャイルド2世の名に賭けて!」
     必ず灼滅すると告げながら、影を宿して殴りつける。その間に無天さんを彩花の回復に走らせた貴明が、駆け出す。
     爆風を伴う強烈な貴明の回し蹴りが、ふらついたベヘリタスを襲う。そして右手に肉喰、左手に魂結を握った晶が飛び出した。
     肉喰の刃と峰との間に刀身を貫いて走る稜線の白と、魂結の黒い稜線が綺麗に尾を引く。そして肉喰の青みを帯びた黒い刀身が白を、魂結の白い刀身が黒を引き立てるのだった。

    ●二人の絆
     唱えられた九字によって、後方の灼滅者の体が内部から破裂させられる。痛みに顔をしかめたハイナと花子だったが、絆を結べていないアゲハに比べればましだった。
     強力なシャドウと言われていただけあって、弱体化されていない攻撃は容赦がない。アゲハはすぐにシールドで自らを回復した。
    「さあ、いきなさい! 我が従者セバスちゃん!」
     無天さんに回復された花子が、自らのビハインドに声を出す。そして自らも漆黒の弾丸を撃ち出した。
     すでに駆け出していた貴明が、花子に貫かれ体をそらしたベヘリタスを殴りつける。貴明が離れるのと同時に、ベヘリタスに流し込んだ魔力が爆破を起こす。
     衝撃に飛ばされるベヘリタスの横から、ハイナが飛び蹴りを炸裂させた。今度は逃れることが出来ずに、ベヘリタスが地面に激突する。
     音もなく着地したハイナの頭に、そもそも奪った絆を得てベヘリタスは満たされるのだろうかという疑問がよぎる。
    「……満たされるんだろうなァ。それゆえに彼らは僕の宿敵なんだ」
     幼い頃に自らの手で親友をなくしてしまったハイナは、そのことを未だに引きずっている。もうハイナには親友との絆を取り戻すことが出来ない。
     けれど結菜はまだ間に合う。
    「取り戻してあげるさ。僕のささやかな自己満足のためにね」
     射抜くような瞳で、ハイナがベヘリタスを見つめる。さらにレインにとっても、シャドウは宿敵だ。
     従兄をシャドウによって失ったレインは強くシャドウを憎む。そしてその従兄の姿は付き従うビハインドによく似ている。
     レインが飛び出すのに合わせて、ビハインドも攻撃を仕掛ける。瞬時にビハインドの攻撃を避けたベヘリタスの目の前に、レインが一気に迫る。
     そして思い切り拳を叩き込んだ。
    「そろそろ終わりでしょうか?」
     レインの攻撃でさらに地面に転がったベヘリタスを見て、渓が静かに呟く。しかし放たれた漆黒の弾丸は、容赦なく起き上がろうとしたベヘリタスを貫く。
     よろめいた体を保とうとしたベヘリタスの死角から、晶が斬撃を放った。衝撃に体を震わせたベヘリタスが、間合いを取るように離れようとする晶に手を伸ばす。
    「そうはさせないよ」
     すでにベヘリタスを射程距離におさめていた彩花が、拳を突き出す。超硬度に鍛え上げられた彩花の拳が、深々とベヘリタスに決まる。
    「絆を返してもらいましょう」
     彩花に吹き飛ばされたベヘリタスの頭上から貴明が殴りつけながら呟いた。流し込まれた魔力で内部から爆破されたベヘリタスの動きは鈍い。
     アゲハの影が先端を鋭い刃に変えて斬り裂く時には、晶と花子が迫っていた。
    「女王の名の元に……お逝きなさい!」
     影を宿した花子の武器がベヘリタスをとらえるのと同時に、晶の二つの刀身が光る。何かを求めるように伸ばされたベヘリタスの腕を、レインとハイナが断ち切るのだった。
     空気に溶け込んだ闇は、その姿を消していく。そして絆は結菜の元に戻ってくるのだった。
     目の前で起きたことや戻ってきた絆に戸惑って、結菜は不安げに貴明にもらったぬいぐるみを強く抱きしめた。
    「悠真君の事、思い出しましたか?」
     視線を合わせた彩花が静かに声をかける。結菜は小さく頷き、どうしよう……と顔色を悪くしていく。
    「……たった一度の出来事で崩れ去るような絆ではないでしょう?」
     花子の言葉に結菜は微かに顔を上げた。
    「長く一緒にいれば、時にはすれ違ってしまう時もあります」
     不安を隠すことも出来ない結菜に、晶が静かに話しかける。例えすれ違っても互いの手を離さなければ、そんな時間も絆を強くしてくれるものになる。
    「なんて、年下が生意気言ってすみません」
     ふっと緩められた晶の瞳に、結菜の体からも力が抜けた。
    「重ねた時間や、積み重ねた想いを信じてください」
     そして勇気を出してと言うように、渓が優しく頷く。立ち上がれる頃には、結菜の瞳は前を向いていた。
    「早く向った方がよろしくてよ」
     想い人の元へと花子が告げる時には、結菜の口元が微かな弧を描く。ありがとうと笑って駆け出した結菜に、彩花が声を出す。
    「どうかその絆、大事にして下さい」
     戻ってきた絆を大切にするであろう結菜を見送って、アゲハが微かに瞳を伏せる。幸せな未来を歩んでくれたら、それで充分なのだ。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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