スクランブル・オバチャン

    作者:本山創助

    ●渋谷スクランブル交差点
     その日は、三十七度を超える猛暑日だった。
     夏休みである。
     ハチ公口からは数分おきに大勢の人々が吐き出され、駅前広場は若者達で賑わってきた。
     午後一時十四分。
     信号が変わり、行き交う車が止まると、人々が一斉に歩き出した。これから街に繰り出す人と駅に向かう人が縦横無尽に交差し、アスファルトを埋め尽くす。
     突如。
     緑色のガード下の向こうから、凶暴なエンジン音が近付いてきた。
     人々が、一斉に振り向く。
     ダンプカーだ。
     がら空きの対向車線を、アクセル全開で駆け抜けてくる。
     その突然の襲来に、誰もが息をのんだ。
     ドドドドドドドドドドンッ!
     撥ねとばされた人々が、次々と宙を舞った。
     人々を踏み越え、バウンスしながらも、ダンプカーは左折しようと急ハンドルを切る。が、轢きつぶした肉塊にタイヤを取られ、スリップ――横転。そのまま派手に火花を散らしながら滑り、人々を巻き込んで地下鉄の出入り口に激突した。
     横断歩道は血と肉片で赤黒く染まり、交差点は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図となり果てた。
     そんな中――。
    「ギャッハハハハハ! おもしろい、おもしろい」
     馬鹿笑いとともに、ダンプカーの運転手が運転席から這い出してきた。
     紫アフロの、太ったオバチャンである。
     駅前の交番から警官達が駆け寄り、オバチャンに銃を向けた。
    「危険運転致死傷罪の現行犯で逮捕する! 大人しくしろ!」
    「ギャハッ! 見たかい、アンタら。ストライクだったろ? オバチャン、ストライクだったろ? ギャハハッ!」
     ボーリング玉を投げるそぶりで、オバチャンが笑いかける。
    「このイカレババア……!」
     銃を構えながらオバチャンに歩み寄ろうとする警官。しかし、足がすくんで――否、足が石化して動かない。
    「オバチャン、イカレババアって言われるのが一ッ番嫌いなんだよねえ……」
     オバチャンの左手には、ビッシリと指輪がはめられていた。その一つ一つが、妖しく輝いている。
    「死ね」
     その声ひとつで、警官達が一斉に倒れた。喉をかきむしりながら悶絶し、やがて動かなくなる。
     その様子を、大勢の野次馬達が、遠巻きに見ていた。
     オバチャンは右手に包丁を具現化すると、薄笑いを浮かべながら、野次馬達に歩み寄った。

    ●教室
    「六六六人衆の無差別殺人を予知した。話を聞いて欲しい」
     逢見・賢一(大学生エクスブレイン・dn0099)が説明を始めた。

     昼の一時十四分。渋谷スクランブル交差点に、六六六人衆の運転するダンプカーが青山方面からやってくる。ダンプカーによる死者は二十名。その後、ダンプカーを降りた六六六人衆は、家路につくまで人を殺し続ける。最終的な死者は、合計九十名。怪我人は何名になるか分からない。この死者を十八名以下に抑えることが、今回の依頼の目的になる。
     事件を起こすのは、六六六人衆の五八三位。本名は分からないけど、自分の事を『オバチャン』て呼んでるから、ここでもオバチャンて呼ぶ事にする。
     キミ達がすべきことは二つある。
     一つ目は、ダンプカーの暴走を食い止めること。
     二つ目は、オバチャンを撤退させるか、灼滅すること。
     接触のタイミングは、ダンプカーがガード下から出てきた直後。この時、交差点を行き交う人々を見たオバチャンに隙が生じるので、バベルの鎖をかいくぐることが出来る。逆に言えば、交差点に誰も居なかったり、平常心のオバチャンに近付いたりすると、キミ達の気配はあっという間にオバチャンにバレる。だから、接触のタイミングまでは、絶対に、何もしてはいけない。ガード下付近に身を隠す位が限度だからね。
     ガード下から交差点まで二十メートルくらいしかないけど、接触タイミング以降は、何をやっても良い。ダンプカーの前に立ちふさがるなり、サイキックで破壊するなりして、交差点に突っ込む前に止めて欲しい。
     オバチャンは身の危険を感じれば撤退する。だから、守ってるだけじゃダメだ。ダンプカーの暴走を食い止めた後は、オバチャンを灼滅する位の勢いで攻撃して欲しい。
     僕達は、オバチャンと接触したことがある。その時の報告書には目を通しておいてね。オバチャンは格上だけど、その頃よりも学園のレベルは上がっているし、相手の傾向も掴めているはずだから、すっごく上手くやれば、オバチャンを灼滅することは不可能ではないと思う。
     今回は、人混みの中で、人払いも満足に出来ないまま戦闘に突入することになる。戦いが長引けば、オバチャンの気まぐれやサイキックに巻き込まれて一般人の死傷者が増えることになる。だいたい、一分間に一人~三人は殺されると思う。死者を十八名以下にするには、ダンプカーの被害をゼロにして、かつ、オバチャンを六分~十八分以内に撃退しないといけない。
     どの辺りで戦うかによっても被害の規模は変わってくるよ。オバチャンと戦いながら、少しずつでも人気の無いところへ戦場を移せたら良いと思う。渋谷駅周辺の地図を見ながら、皆で考えてみてね。
     オバチャンは、殺人鬼と解体ナイフと契約の指輪相当のサイキックから五つを選んで使ってくる。殺傷率が七割のものを好んで使ってくるから、注意してね。
     戦いの最中、何人もの一般人の死を目の当たりにすると思う。
     辛い戦いになると思うけど、オバチャンを止められるのはキミ達しか居ないんだ。
     頑張ってね! 頼んだよ!


    参加者
    一・葉(デッドロック・d02409)
    村雨・嘉市(村時雨・d03146)
    斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)
    霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)
    東堂・昶(赤黒猟狗・d17770)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    マナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)
    氷灯・咲姫(月下氷人・d25031)

    ■リプレイ


     午後一時十四分。
     青空に浮かぶ太陽が、街を照りつけていた。
     渋谷スクランブル交差点は、行き交う人々で埋め尽くされている。夏休みだからか、いつもに増して人が多い。
     横断中の人々が、ふと、ガード下を振り返った。
     ヘッドライトを点けたダンプカーが、対向車線を逆走しながら接近してくる。高まるエンジン音が、アクセルを踏みっぱなしにしている事を――明確な殺意を持って交差点に突っ込んでくる事を、物語っていた。
     人々は息をのんだ。
     これから起こる事の一部始終が、まるでスロー再生されたフィクションのように見えた。
     ガード下をくぐり抜けたダンプのヘッドライトが自動的に消えた。同時に、ダンプの左右めがけて巨大な手がのび、ダンプを挟み潰しかねない勢いで張り手をかました。ダンプのフロントガラスは細かいヒビで真っ白になり、前輪が浮きあがった。右からのびるのは真っ暗な影のような手、左からのびるのは戦国時代の籠手を巨大にしたような手だった。
     ダンプの目の前に、ピンク頭の少年と藍色髪の少女が飛び出した。少女の手から伸びた一条の光が、ダンプのフロントを跳ね上げた。斜め四十五度になったダンプにピンク髪の少年が飛びかかった。右手に装着した黒い鉄塊が火を噴き、打ち出した杭が運転席の底に突き刺さった。駆動を続ける後輪と杭の衝撃が、運転席をほぼ垂直に押し上げた。
     突如発生した大竜巻が、ダンプを飲み込んだ。竜巻は炎を宿し、炎は雀の大群となってダンプを包み、飛び散る破片を焼き尽くしながら旋回した。渦中のダンプは反転して仰向けに落下。火花を散らしながら交差点めがけて滑った。
     ダンプの腹にしがみついたピンク頭の少年が、荷台に杭を打ち込んでアスファルトに縫い止めた。ダンプは杭を引きずり、アスファルトをガリガリと削りながら失速。横断歩道の一メートル手前で静止した。
    「……やったか?」
     ピンク頭の少年――一・葉(デッドロック・d02409)が、ダンプからバベルブレイカーを引き抜き、辺りを見渡した。
    「きゃああああっ!」
     人々がパニックを起こし、弾けたように叫んだ。
    「爆発が起きる、とっとと逃げろ!」
    「避難を急いで!」
     東堂・昶(赤黒猟狗・d17770)とマナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)が、ダンプの前に立って呼びかけた。人々は蜘蛛の子を散らしたように走り去った。信号待ちの車の運転手もまた、車を降りて逃げた。
     ダンプの運転席の扉が吹っ飛び、中から紫アフロの太ったオバチャンが這い出した。
     前衛の四人と一匹は交差点を背に、後衛の四人はガードを背に、オバチャンを包囲した。
     オバチャンは呆然とした面持ちで立ち上がると、自分を取り囲む少年少女を見て、眉をつり上げた。
    「なんだオマエらああああああああああああああ!」
     オバチャンの体から、ドス黒い殺気が立ち昇った。


    「ださい紫アフロのイカレババア! どこ見てるんです? こっちですよ!」
     トラックの後ろから、氷灯・咲姫(月下氷人・d25031)が言った。オバチャンは咲姫とその隣に立つ葉を、もの凄い形相で睨んだ。見覚えがある。ダンプの前に飛び出してきた二人だ。
     オバチャンの殺意が、ダンプの後ろ――地下鉄7-2出口付近を覆った。
     月姫・舞(炊事場の主・d20689)は、オバチャンの殺意に当てられ、血を吐いた。咲姫、葉、マナも同じく、苦しんでいる。地下鉄出口の階段を昇ってきた三人組の少年達が糸の切れた人形のように倒れ、階段を転がり落ちていくのが見えた。
    「オバチャン、このヘアースタイルをバカにされるのが、一ッ番嫌いなんだよねえ……」
     オバチャンは右手に出刃包丁を具現化し、のたうち回る咲姫に向かって歩み寄った。
     舞は天星弓を引き絞り、空に向けて癒しの矢を放った。
     次の瞬間、空から急降下してきた霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)の槍が、オバチャンの肩を後ろから貫いた。
     オバチャンは、弥由姫をブン回すかのように振り向く。と同時に、体をくの字に折って悶絶。
     斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)の燃える右拳が、オバチャンの腹にめり込んでいた。
     オバチャンが歩を突き飛ばす。
     歩の陰から、WOKシールドを構えた村雨・嘉市(村時雨・d03146)が飛び出した。
    「クソイカレババア!」
     嘉市が裏拳でオバチャンの鼻ッ面をブッ飛ばした。アスファルトに背中をこすりながら滑るオバチャン。ネックスプリングで跳ね起きると、眉間に葉の槍が迫っていた。
     オバチャンは左手でガード。槍はオバチャンの手のひらを貫いた。葉は槍を振ってオバチャンを左に吹っ飛ばした。オバチャンは消費者金融の看板を割りながら、ビルの壁に激突。その頭上に、マナの霊犬『ケレーヴ』が斬魔刀を振り下ろす。
     オバチャンは横っ飛びで回避。立ち上がろうとしたところに、咲姫のご当地ビームが突き刺さった。
     吹っ飛んだオバチャンを追って、灼滅者達は横道に駆け込んだ。ここは一方通行の狭い路地だ。左手はビル、右手には飲み屋とラーメン屋が並んでおり、その上には線路が走っていた。
    「大丈夫ですか?」
     ラーメン屋から出てきたサラリーマンが、地を這うオバチャンに手を差し伸べていた。
    「近寄っちゃだめです!」
     マナが叫んだ。
    「邪魔だボケェッ!」
     オバチャンは出刃包丁を一閃。サラリーマンは喉を裂かれ、血を吐いて倒れた。
    「この……クソババア!」
     マナが手をかざした。
     オバチャンの体温が急速に失われ、顔がみるみるうちに青ざめていく。マナのフリージングデスだ。
    「出来損ないが小賢しいッ!」
     オバチャンは倒れたサラリーマンの髪をつかんで持ち上げると、その腹に包丁を突き刺した。
    「オバチャン、せっかく! 面白いこと! しようと! してたのに!」
     言葉を区切る度に、オバチャンはサラリーマンの腹を刺した。
    「この性格ブスのイカレババア!」
     昶が駆け寄る。
     オバチャンは、昶めがけてサラリーマンを放り投げると、両手をすりあわせるようにして包丁をぐるぐる回し始めた。
     回る出刃包丁が、風を呼び寄せる。
     その風の音は、まるでオバチャンに殺された犠牲者達のうめき声のように、路地に響いた。


    「死ね、死ね、死ねェッ!」
     オバチャンの呼び寄せた風が、竜巻となって前衛陣に襲いかかる。
    「オレたちが、テメェなんかに殺されるかよ!」
     昶は、サラリーマンを脇に寝かせると、嘉市に向かってシールドを飛ばした。
    「う……!」
     弥由姫が喉をかきむしって膝をついた。喉から肺の隅々まで針に刺されたような激痛が走る。猛毒が弥由姫の体を蝕んでいるのだ。同じように、嘉市と歩が胸をかきむしっている。
     ニヤリと笑うオバチャンの頭上に、槍を構えた咲姫とマナが降ってきた。
    「殺人しか能がないクソババアの癖に! 鬱陶しいんですよ!」
    「鬱陶しいのねい!」
     オバチャンは両腕でガード。その腕を槍が斬り裂いた。いつの間にか路地には霧が立ちこめていた。舞の夜霧隠れだ。霧の中で、ケレーヴは浄霊眼で弥由姫を癒した。弥由姫はケレーヴをなでると、エアシューズに力を込めた。
     バックステップで咲姫とマナから距離をとろうとしたオバチャンの腹に、霧の中から猛スピードで現れた弥由姫のエアシューズが食い込んだ。さらに、嘉市、歩、葉がオバチャンに蹴りを食らわし、オバチャンを派手に転がした。
    「ガキ共ォォォーッ!」
     怒りに震えるオバチャンの横で、ビルから出てきたOLが立ちすくんでいた。恐怖に震えながら、オバチャンを見ている。
    「見てンじゃないよッ!」
    「きゃ」
     オバチャンがOLに手を伸ばした、その時。
    「マジでムカつくンだよ、紫もじゃもじゃイカレババア!」
     割って入った昶が、オバチャンの頬を裏拳でブン殴った。
     横に吹っ飛びながらも、オバチャンは昶の首をつかみ、押し倒した。昶の腹にまたがったオバチャンは、愉悦の表情を浮かべながら、逆手に持った包丁を高々と上げた。
    「ヤメろォ!」
     嘉市が叫んだ。
     オバチャンは、包丁で昶の胸を突き刺した。
     昶の口から血が吹き出した。
     オバチャンが勢いよく包丁を抜いた。
     包丁から飛んだ血しぶきが、青空に綺麗な弧を描いた。
     オバチャンはもう一度、昶の胸を突き刺した。
     オバチャンは笑い、OLは失神してその場に倒れた。
     昶は動かなくなった。


    「ギャッハハハハハハハハッ!」
    「このぉっ!」
     昶の腹の上で笑うオバチャンに、マナが蹴りを入れた。蹴りを食らったオバチャンは、笑いながらゴロゴロと転がった。
    「ギャハッ! ギャハッ! 出来損ないが一人、死んじゃったねえ! ギャハハッ!」
     マナは、腹を抱えて笑うオバチャンと、動かなくなった昶を交互に見た。涙が溢れて、世界が歪んだ。堕ちても良い――そう思った。必ずオバチャンを灼滅する。
    「ステキな世界、もう壊させないわ!」
     マナの魂が、闇に飲まれかけた、その時。
     昶の指先が、ピクリと動いた。
    「昶さま!」
    「……オレが、あんなババアに殺されるかよ」
     口から血を吐きながら、昶がニヤリと笑った。昶は最初に自分にシールドを張っていた。そのシールド一枚が、昶の命をつなぎ止めていたのだ。
    「ハァァー?」
     オバチャンが首を傾げた。
    「ハッ! ハハハハハハハッ! ブホッゲホッ!」
     葉が腹を抱えて笑いだした。
    「あー、笑いすぎて血ぃ詰まった。ババァのヘアースタイル、マジでおもしれーわ」
     オバチャンはゆらりと立ち上がると、葉を睨みつけた。
    「オバチャン、言ったはずだよ。ヘアースタイルをバカにされるのが、一ッ番――」
     そこまで言って、オバチャンは横のビルを見た。ガラス張りのビルが、オバチャンの全身を映す。そこには、紫アフロをメラメラと燃やす太ったオバチャンが立っていた。
    「イ、イヤァァァァッ!」
     オバチャンが両頬に手を当てて首を振った。
    「オバチャンの髪が、オバチャンの髪! 消せ、消せェェェッ!」
     オバチャンが、怒りにむせび泣きながら、灼滅者達に突っ込んできた。
    「かかってこい、イカレババア! アンタのくだらねえ人生は、ここで終わりだ!」
     嘉市が最前列に立ってオバチャンを挑発した。
    (「失敗はもう繰り返さねえ」)
     嘉市の脳裏に、スーパーマーケットで戦った時の記憶が蘇った。オバチャンとの戦いは二度目だ。オバチャンの癖は、既に分かっている。
     怒り狂ったオバチャンは、自身のダメージにはゾンビのような無関心さで、嘉市と咲姫を執拗に攻撃した。灼滅者達は、炎サイキックを軸に、キュアの無いオバチャンを攻めた。
     ――術式特化の術式回避かよ!
     あの時の仲間の叫びが、嘉市の脳裏に浮かぶ。オバチャンの斬撃に、嘉市はよく耐えた。斬撃力耐性・術式回避の防具によって高められた集中力が、オバチャンのダブルヒットを許さなかった。しかし、途中から攻撃を一身に集めた嘉市は、もう限界だった。
    「……絶対に……灼滅してやる!」
     嘉市は振り上げた縛霊手に炎を宿しながら、石のように硬直した。
    「バーカ! このオバチャンが、オマエラみたいなザコにやられるわけないんだよ!」
     オバチャンが、嘉市の胸を深々と刺した。
     嘉市は、両膝をつき、倒れた。
     

     線路の上を、外回りの山手線が走った。
     その音を聞いて、オバチャンは、ふと、我に返った。
     何かがおかしい。
     まず、出来損ない達は明らかに格下なのに、その攻撃を全然避けることが出来ないのがおかしい。次に、体が燃えるように熱いのがおかしい。最後に――落ち着いて計算してみると、どうも負けそうなのがおかしい。それも、ずいぶん前から、負けそうだったらしい。いつも慎重なはずのオバチャンが、今日に限って、なぜ引き際を誤ったのか。
     オバチャンの顔から、笑みが消えた。
    「フン、今日の所は見逃してやるよ!」
     オバチャンは、ジャンプして街頭をつかむと、あっという間に線路の柵を越え、北上する電車の屋根に飛び乗った。
    「私は見逃がしてあげないよ」
    「なにィ?」
     そこには、すでに舞が乗っていた。舞は皆を回復することに専念しつつも、オバチャンの様子と退路には誰よりも注意を向けていたのだ。
     舞の影が、巨大な手となって張り手をかました。
     オバチャンは転がり、電車の縁にしがみついた。その脇腹を、葉のバベルブレイカーがぶち抜いた。
     オバチャンは電車から落ち、横道の突き当たりのビルに勢いよく激突した。
    「チックショォォォォッ! 出来損ないのクセにッ!」
     オバチャンは跳ね起きると、わき目もふらずに『制限高2.5M』と書かれた狭いガード下をくぐった。これ以上戦ってはいけない。オバチャンは全力で逃げる構えだ。
     しかし、出口には咲姫とマナが立っていた。入り口を振り返ると、歩み寄ってくる歩と弥由姫の姿があった。昼間でも薄暗いガード下は、全身炎まみれのオバチャンが、眩しいほどに照らしていた。
    「ア、アンタたち、何か誤解してやしないかい?」
     オバチャンが、入り口と出口を交互に見ながら、震え声で言った。
    「なんだかよく分からないけど、アンタ達はたぶん、オバチャンが人を殺すから怒ってるんだろ? でもね、アンタ達が怒る道理なんてないんだよ? 人間は殺すと楽しい生き物だし、それに、アンタ達はもう人間じゃないんだから! ねぇそうだろ? オバチャン、なーんにも悪いことしてないんだよ? なんでオバチャンが怒られるのさ。そんなの、ズルいじゃないか!」
    「死んでいい人間なんていません。ましてやあなたが勝手に殺す権利なんて無い!」
     咲姫のご当地ビームが、オバチャンの胸を貫いた。
    「ギャァァァアッ」
     のたうち回りながら、オバチャンは急に寒気を感じた。この戦いの中で、何度も感じている寒気だ。しかし、積み重なったそれは、今までの比では無かった。
    「マナはね、威力は勝てないかもしれないけれど、でも、その炎と氷の魔力、みくびらないでほしいの!」
     怒りに燃えるマナの手から生み出される魔法が、オバチャンの体を凍てつかせた。
    「ヒィィッ、ヤダヤダヤダァァッ。死にたくないィィィッ!」
    「なんと下品で醜い……」
     弥由姫は泣き叫ぶオバチャンを蹴り飛ばした。もはや怒りを通り越し、呆れ果てていた。
    「助けてェ、オバチャンを殺さないでェェェッ!」
     オバチャンは歩の足にすがりついた。
     歩は、オバチャンの頭を鷲掴みにして、言った。
    「そうやって命乞いした人間を、今までに助けたことがあったか?」
    「ハァ? なんで人間なんか助けるのさ?」
     オバチャンが、キョトンとした顔で言った。
    「さあ、貴様の罪に焼かれろ」
    「ギャアアアアッ!」
     歩は、腕を真っ赤に燃やしながら、鷲掴みにした手に力を込めた。
     オバチャンの頭蓋骨がメキメキと音を立てる。
    「ァァァ――ッ」
     次の瞬間。
     オバチャンは、まるで氷のように砕け散った。
     破片はあっと言う間に燃え尽き、チリ一つ残らなかった。

    作者:本山創助 重傷:村雨・嘉市(村時雨・d03146) 東堂・昶(月守護の黒狼・d17770) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月30日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 41/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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