散る花の色

    作者:瑞生

     ドォン……!
     光の花が夜空に咲き、続いて、腹に響く音が聴こえて来る。
     その日は、とある福祉施設の夏祭りだった。
     色んな作業に従事している入所者の保護者と職員たちとが共同で行う夏祭りは、会場が施設内ということもあってかなり小規模なものではあったが、露店もあり、花火もありということで、施設とは無関係の近隣の住民たちも顔を覗かせる。
     いよいよ祭りもクライマックスだった。打ち上がる花火に誰もが見とれていた。――だから、施設内へのその侵入者に気付く者はいなかったし、いたとしても、来場者の一人としてしか見なされなかっただろう。
    「へぇ、花火やってるんだぁ」
    「ええ、そうなんですよ。良かったら見て行って下さいね」
     門の近くにいた職員とそんな会話を交わしてから、可愛らしいワンピースで着飾ったその少年が、中庭へと向かってゆく。
     ドォン……!
     再び、花火が夜空に咲いた。色とりどりの光の花が、闇夜に散って消えてゆく。
    「……んー。でも、ボク、こっちの色の方が、好きかなぁ」
     そう少年が呟いた次の瞬間、すぐ隣にいた家族の身体が切り刻まれた。
     ぶしゃっと溢れて飛び散った鮮血が、少年を、そして周囲の人々を紅へと染め上げる。
    「きゃああああああっ!」
     あちこちから悲鳴は上がる。あれだけ花火に夢中になっていた参加者たちの視線が一気に少年へと集まり。そして、一目散に参加者たちが門へと向かって逃げ出してゆく。
    「あれー? 帰っちゃうのぉ?」
     どうしてかなー? わざとらしく首を傾げた少年が、その手に握る輪のような武器を更に人混みへ向けて走らせる。
     沢山の悲鳴が少しずつ減ってゆき、代わりに周囲が深紅へと染まってゆく。悲鳴が消えるまで、ほとんど時間は掛からなかった。
     中庭に静寂が戻れば、足元に広がるのは深紅。鼻をつくのは錆びた鉄のような匂い。闇夜を彩る、光の花はもう咲かない。
    「でも――灼滅者たちが闇に堕ちる、そのときに見せてくれる表情が、一番きっと綺麗な花の色だよね?」
     恍惚とした表情で、けれどどこか物足りない、とでも言わんばかりの溜息を、少年が落とした。
     
    ●散る花の色
    「闇へといざなわんと……また、六六六人衆が、お前たちを狙って来た。そう、呼び声が聴こえて来た」
     重々しく、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が切り出した。
    「福祉施設で行われる夏祭り……そこを、六六六人衆が襲撃する。だが、奴の目的は、一般人たちを殺戮する事では無い。……お前たち、灼滅者だ」
     無論、その目的は――灼滅者を闇堕ちさせる事である。勿論、来なかったとしても殺戮を行うだけで、六六六人衆にとっては別に悪い結果では無い。
    「六六六人衆の企みにまた乗らねばならないのは、心苦しいだろうが……」
     真剣な表情でヤマトは語る。
    「俺の全能計算域(エクスマトリックス)が導き出した道筋を、お前たちに示そう。だから……必ずや、事件を食い止めてくれ」
     そうして、自分が見えた未来を、ヤマトは語り出す。
     福祉施設で行われる夏祭り。灼滅者たちが訪れる頃には、合わせて50名程の一般人がいるらしい。灼滅者たちが訪れて1分と経たないうちに、六六六人衆は到着するだろう。灼滅者がいることで、六六六人衆の注意は概ね灼滅者へと向けられてはいるものの、速やかに一般人を避難させなければならないだろう。場合によっては、人質に取られる、という事も有り得る。
    「場合によっては、一般人を退避させる者、六六六人衆の相手をする者、と分担する必要もあるだろうな……」
     ダークネス1体の力は、灼滅者たちが束になってようやく互角になるようなもの。人数を減らせば、それだけ危険が伴う。だが、一般人の避難を終えるまでの1、2分はそれも必要になるだろう。
     事前に会場を訪れて、一般人を避難させる事は不可能だ。それでは、敵に察知されてしまう。
    「幸い、一般人さえいなくなってしまえば、会場内は戦闘をするには支障は無い。もともとはその施設の庭だからな」
     そして、とヤマトが続ける。その表情が、先程よりも険しくなった。
    「肝心の六六六人衆だが……序列は六三九番。名は、二条・みちる(にじょう・みちる)」
     ゴスロリ、甘ロリなどと言われる程派手ではないが、女の子らしいワンピースに身を包んだ少年である。一見すれば女の子にも間違われそうな程愛らしいが、行動は六六六人衆そのもの。一般人の殺害を愉しみ、そして、灼滅者たちが闇へと堕ちるその瞬間を、さらに愉しむ。
    「だから、あまりにも戦いが長引くと、飽きて帰ってしまうだろうな。……そうならない為には、結果はどうあれ、早く決着をつけなければならない」
     長期戦、持久戦という作戦は通用しないという事だ。
    「危険な戦いになるが……どうか、気をつけてくれ。よろしく頼む」
     厳しい戦いへ送り出す事は、彼も心苦しいのだろう。真剣に、切実に告げて――ヤマトが、灼滅者たちを戦場へと送り出す。


    参加者
    シュヴァルツ・リヒテンシュタイン(血塗れの金狼・d00546)
    宮廻・絢矢(はりぼてのヒロイズム・d01017)
    花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)
    六六・六(極彩色の悪猫アリス症候群・d01883)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    桃地・羅生丸(暴獣・d05045)
    戦城・橘花(鬼哭啾々・d24111)
    加賀・琴(凶薙・d25034)

    ■リプレイ

    ●祭りの終わり
     雲のかかった夜空に、光が爆ぜ、腹に響くような音が後に続いた。闇に咲く光の花は、煌めきながら散ってゆき、闇の中へと消えてゆく。
     空に咲いた花火に一瞬見とれていた暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)は、どうした、と問うような仲間たちの視線に気づき、緩く頭を振った。
    「ん……なんでもない」
     ゆっくりと花火を見る事が出来ればどれ程良かった事だろう。だが、今の彼らにはそれは許されていなかった。このままでは、この場所に咲くのは光の花では無く、人々が散らす命の花となってしまう。
    「折角の花火大会だったのにね……」
     何て無粋なのだろう、と、声色こそ穏やかなものの、宮廻・絢矢(はりぼてのヒロイズム・d01017)は胸中で怒りを募らせる。
    (「今回こそは闇堕ち者なしで終えたいものですね」)
     声には出さず、胸中で花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)は強く決意する。闇に堕ちた同胞たちを、彼女は何度も見、それを救うべく尽力して来た。だからこそ、仲間たちのあんな姿はもう見たくないのだ。
    「ほら、どけって。よそ見してんじゃねぇよ!」
     あえてヤクザや不良のような、殺気をばら撒きながら柄の悪い振る舞いで、シュヴァルツ・リヒテンシュタイン(血塗れの金狼・d00546)が一般人たちを威圧する。同時にサズヤも音の鎧戸を展開し、施設の敷地の外への音漏れを遮断した。
     迸る殺気は目に見えずとも、一般人たちを怯え竦ませるには十分だった。怯えた来場客が、少し遅れて職員たちがそそくさと中庭から逃げ出してゆく。
    「こちらです! 皆さん、こちらへ……!」
    「みんな、早く逃げて!」
     加賀・琴(凶薙・d25034)が一般人たちを誘導し、六六・六(極彩色の悪猫アリス症候群・d01883)も割り込みヴォイスで呼び掛ける。警備関係者だと名乗り訪問した彼女たちの行動に違和感を覚える者もおらず、誘導に従って続々と施設から離れて行った。
    「な、何事ですか!?」
     施設長らしい年嵩の女性だけが、辺りに満ちた殺気に気圧されつつも、警察を呼ぶべきかどうするべきかと思い悩み、混乱している様子でおろおろとしていた。
    「あれ、あれ。あれー?」
     呑気な声が割り込んで来たのは、そのときだった。
     施設の門を抜けて、中庭へと入り込んで来たのは、一人の少女。
    「何か人が逃げて行ってるなぁ、と思ったら……やっぱり来てたんだね、灼滅者!」
     ――否、少年だった。嬉しげな笑みは愛らしい少女にしか見えなかったが、既に変声期を過ぎた年齢らしく、声は完全に男子のそれである。
     殺界形成が展開された瞬間に、施設へと向かっていた少年は、こちらの存在に気付いていたのだ。
    「私は施設の中を見て来る!」
     戦城・橘花(鬼哭啾々・d24111)が施設内へと駆けて行った。既に大半の一般人は退避しているが、施設内に人が残ってる可能性もある。
    「どんなかわいこちゃんかと思えば野郎かよ」
     残念そうに桃地・羅生丸(暴獣・d05045)が溜息をついてみせると、少年がえー、と不満げな声を漏らした。
    「野郎とか、そういう表現、無粋でボクは好きじゃないなぁ」
     くるん、と回転してスカートとパニエを翻した少年が、自分を取り囲む灼滅者たちへと断罪輪を突きつけた。
    「にゃーお」
     猫のように鳴き声と共に六が、そして各々の解除コードを唱え、灼滅者たちが戦闘態勢を整える。
    「あわわわ……!」
     辺りに満ちた殺気、そして若者たちのただならぬ雰囲気に、いよいよ施設長も逃げ出してゆく。これで、少なくとも中庭には一般人はいなくなった。
    「んー、みんないなくなっちゃったのかな? まぁいいや」
     ぺろり。リップグロスで彩られた唇を舐めて、少年が笑う。
    「ねぇねぇ、お願いがあるんだけど――誰か、闇堕ちしてくれない?」
     ちょっとしたお願いとばかりの軽い調子で、少年――六六六人衆が一人、二条・みちるが呼び掛けた。
     今、ゲームが始まる。

    ●ゲームの始まり
    「闇堕ちゲームか。面白え、受けて立ってやる!」
     先陣を切り、みちるの元へと羅生丸が走る。『鏖し龍』、返り血と傷跡に彩られた漆黒の大刀が炎を纏い、六六六人衆の小さな身体へと振り下ろされた。骨を穿つような鈍い音がしたその瞬間、黒い風が走る。
    「この太刀から逃げられませんよ」
     長い黒髪を靡かせ焔がみちるの懐に潜り込み、至近距離から『黒紅』の刃を抜き放ち、みちるを切り裂いた。ひら、とワンピースの裾のフリルが破れ、闇を舞う。
    「あーあ、結構これお気に入りなんだけどなぁ」
     残念がる様子も無く淡々と呟いたみちるが、ひらりとワンピースを翻して躍るような動作で、死角から六に斬りかかる。傷口から紅が溢れ出し、鮮やかな桃色の髪が数本、闇へと堕ちて行く。
    「初めまして、ゴスロリ野郎くん。お前の下らない闇堕ちゲームとやらに、俺も混ぜてくれや」
     畏れを纏うシュバルツが振り下ろす『Shwarz Wolfe』の一撃を受け容れて、みちるがおいでとばかりに手招きをする。
    「ウンザリなんだよねー。闇堕ちゲームにも、あんた達にも」
     ほとほと呆れ果てたといった様子の絢矢の溜息は、迸らせたどす黒い殺気に掻き消されてゆく。
    「悲しいなぁ。ボクは君たちの事、大好きなのに」
     だって、闇へと堕ちゆく君たちはとっても綺麗だから。
     物騒なラブコールを送るみちるの動きを、瞳にバベルの鎖を集中させながら六が見据える。
    「綺麗な物がすきっていう薄汚れてるキミって最高だよう」
    「あっは、じゃあ両想いだねぇ!」
     六とみちるの危なっかしいやり取りを耳にしながら、サズヤが跳躍して飛び蹴りをみちるへと叩き込む。
     重点的に狙われたのは、盾となるサズヤと回復の要である琴だった。サズヤ、琴、六が回復中心に動いて、何とかある程度戦線を維持出来ているという状態が暫く続いた。
     回復が終わらない、その事実と疲労に肩を大きく揺らしながらも癒しを続ける彼女を、明後日の方向から放たれた白い炎が包み込み、その傷を癒した。
    「こちらには誰もいない! もう大丈夫だ」
     施設の中に一般人が残されていないか確認に行っていた橘花が戻って来たのだ。これで、8人全員が集った。
    「ありがとうございます!」
     ほっと安堵の息を吐き、琴が戦場に清らかな風を吹かせた。
    「これで全員集合、だねー。んー、何人倒せばいいかなぁ?」
     わざとらしく考え込むように首を傾げたみちるが標的を変え、前衛へと殺気を放つ。前衛の数は4人。殺気を放ち巻き込むには、かなり効率の良い人数だっただろう。霧のように視界を覆うどす黒い霧の向こうで、みちるの力が強化されてゆく。
     攻撃に寄せた前傾の布陣。確かにみちるにも徐々にダメージは与えていた。しかし、それ以上に灼滅者たちの消耗が激しい。傷が完治するだけの余裕も殆ど与えられず、ひとたびみちるの攻撃が降り注げば、体力がごっそりと削られる。
     特に、前傾布陣の中で必死に守りを固め、仲間たちの攻撃を時には肩代わりしていたサズヤの体力はもはや限界である。だが、それでも衝き動かされたように、彼はシュヴァルツとみちるの間に割り込んだ。
    「…………っ!!」
     死角からの一撃に、問題ない、と告げる間も、思考する暇も無く、意識がふつと途切れ、サズヤが地面へと倒れ込む。その身を守護するように纏わりついていた、旱雨のオーラが、日照りの訪れのように消えて行った。
    「やぁっと一人♪」
     厭味ったらしい程の明るい声で笑いながら、みちるは頬についた返り血を拭い取った。

    ●近づく闇
     殺気が中庭を覆い尽くし、誰が零したのか定かでは無い血が、ぽたぽたと地面に跡を残す。
     確かにみちるも傷ついていた。だが、致命傷には至ってはおらず、人数が多くとも灼滅者たちの方が消耗が激しかった。
    「くそ……っ!」
     攻撃がなかなか当たらない。その事実に苛立ちながら、シュヴァルツが『flame wolf』で駆けて摩擦の炎をみちるに浴びせた。辛うじてみちるにダメージを与える事は出来たが、その威力は本来彼が得手とする攻撃よりもずっと低い。
     強敵を相手どるのであれば、火力、連携だけではどうにもならない場合もある。そもそもまずこちらの攻撃が当たらなければ意味が無いのだ。スナイパーとして立つ絢矢、そして実力の高い羅生丸以外の攻撃は百発百中とは行かず、時折みちるにかわされている。
    「斬り潰します」
     焔が『イクス・アーヴェント』をみちるに叩きつける。手応えは返るものの、その巨大な刃はみちるに受け止められていた。
    「……ふうん」
     感心したように呟いてから、みちるが九字を唱えた。みちるが握る断罪輪がそれに呼応して光ったその瞬間、シュヴァルツと焔を、内臓が破裂するかのような衝撃が内側から襲う。
    「ぐ……っ」
    「ッ!」
     悲鳴は殆ど声にならぬまま、二人が崩れ落ち、その意識を手放した。
    「シュバルツ、焔……!」
     回復に奔走してはいたものの、間に合わなかった。それを悔やむように橘花がオーラを集め、六の傷を癒す。ありがと、と軽く感謝の言葉を述べて、少女は猫のように軽やかに駆けた。
    「我輩がそこから二度と動けないようにしてあげる!」
     死角からの一撃。『よみちのぎらり』でみちるの太腿を斬り裂くと、パニエが鮮血で染まってゆく。流石に今の攻撃はみちるの動きを鈍らせる事に成功した。明らかに動きが鈍ったみちるに攻撃を当てる事は、もともと高い命中精度で攻撃していた絢矢と羅生丸にとっては苦では無い。
    (「戦いに明け暮れる人生を歩んできた身だ、覚悟はとっくに出来ている」)
     それでも、灼滅者たちが不利だという戦況を、羅生丸は猪突猛進に動いているようで的確に把握していた。いざとなれば――それを頭の片隅に置きながら、不敵に笑んで、戦艦さえも断つ程の強力な斬撃を見舞う。
     絢矢が『悪癖』の名を持つ十徳ナイフでみちるを抉る。積み重なったダメージと負荷に、流石の六六六人衆も、全くの無反応ではいられなかった。僅かに息を飲んだみちるが、オーラの法陣を展開し、自身の傷を癒してゆく。
     ダークネスの体力であれば、強引に押し切って灼滅者たちを全滅させる事も、本来なら不可能では無かった筈だ。それを、攻撃の手を緩め、回復させるまで追い込んだのは、彼らの善戦の結果に他ならない。
     そうして勝ち取ったチャンスを逃す訳には行かない。今が好機、と琴が清めの風で、自身と橘花の傷を癒す。
    (「絶対に、防いでみせます……!」)
     六六六人衆の蛮行を防ぐ為、身をなげうつ覚悟は出来ていた。否、それは彼女だけでは無く、ここにいる8人の灼滅者全員の覚悟だ。
     その覚悟が伝わるからこそ、みちるは早く仕上げにかかりたくて、やや焦っているようにも見えた。
    「うーん、ボク、そろそろ飽きちゃいそうだなぁ。終わりにしない?」
     みちるの身体から殺気が迸る。どす黒い殺気が灼滅者とダークネスが零した血で染まる地面を駆け抜けて、橘花と琴を飲み込んだ。
    「ぁ……」
     強烈な殺気に一度だけ身震いして、琴がどさりと倒れ込む。傍らの少女が倒れ込んだ姿を見て、何とか耐え抜いた橘花が苦々しくみちるを睨み返した。
    「はー、やっと4人かー」
     そう。既に戦場に立つ灼滅者は、4人になっていた。

    ●闇に咲く
     決断のときだった。
    (「力を持ってしまったのなら、守る為に使うのが自分の責任だ」)
     だから、絢矢は立ち上がる。
    (「それすら出来ないのなら、結局あの人殺しと同じ存在じゃないか!」)
     だから、何かを守る為には、『闇』へと手を伸ばす事だって――厭わない。
     絢矢の面から苦悶の色が消え、瞳からは光が消える。
     その外見に劇的な変化は無い。けれど、圧倒的な殺気に、彼が闇へと堕ちた事を瞬時に全員が察した。戦場へ溢れ満ちてゆく闇に、みちるはきゃはっと嬉しげな笑声を漏らした。
    「いいね。すごくいいよ……!」
     膨れ上がる闇と、他の灼滅者たちの顔に満ちてゆく諦念が、みちるにとっては至上の快楽だ。向ける眼差しも、はあと零した吐息もすっかり熱に浮かされている。
     迫り来る絢矢がが繰り出したバベルブレイカーの衝撃は、これまでの比では無い。小さな身体を穿たんばかりの激しい衝撃に身体を傾げながらも、眼前のダークネスはもはや痛覚さえも快楽と化したかのように笑みを絶やさず――ただ、そこで彼は構えを解いた。
    「さーて、お仕事終了! それじゃ灼滅者のみんな、お疲れ様ぁ」
     それだけ言うと、ひらりとワンピースを翻し、脱兎の如く逃げてゆく。
    「待てっ!!」
     それを追って中庭を出て行く絢矢を止められる者など誰もいなかった。二つの闇が消えてゆく。
     二人がいなくなれば、嵐が去ったかのように、中庭には静寂が戻った。
     戦場となった施設に、暫く人は戻って来ないだろう。辺りには一切の人気が無く、だからこそこの静寂が重く感じられる。
     粛々と、意識を保っていられた灼滅者たちによって、倒れた者たちの手当てが施されてゆく。かなりの殺傷ダメージを負って倒れた者もいる。倒れた者たちが回復するまでの10分。その10分間は、とても長く感じられた。
    「みんな、大丈夫?」
    「……すみません。もう、大丈夫です」
     頭を振って、ぼんやりとした思考を払いながら、琴が六に支えられて身を起こした。自身が倒れた事も、癒し手として仲間を支えきれなかった事も――そして、仲間を見送ってしまった事も、責任感として圧し掛かる。六の表情も浮かないのは、けして戦いの疲れだけが原因では無いだろう。
    「何とか退けられて良かった……な」
     もっと最悪の事態だって起こり得た。『Shwarz Wolfe』の柄を握り、仲間たちと、そして自身を励ますように、シュヴァルツが息を吐く。
    「……ん」
     ただそれだけを返して、サズヤも上体を起こした。今はそれ以上、語るべき言葉は無い。ただ、次に訪れる戦いの為に、折れないようにその意思を保ち続けるだけ。
    「……大丈夫だ。生きてりゃ、助ける事だって出来る」
     灼滅者として目覚める前もその後も、死線を潜り抜けて来た羅生丸の言葉は力強い。
    「あいつらはいつまでこんなことを続けるんでしょうね……」
     六六六人衆にとって、灼滅者を闇へといざなう事が序列を上げる事に繋がる限り、凶悪なゲームは終わらない。終わらせるには、今よりもっと強くなるしかない。うんざりとした様子で呟きながらも、意識がクリアになった焔の胸中を、焦燥と苛立ちにも似た、棘を孕んだ感情が満たした。
    「戻ろう。……私たちには、やるべき事が、たくさんある」
     一時の休息は必要だ。けれど、ずっと立ち止まる訳には行かない。闇へと消えて行った仲間の安否。人々の日常を脅かすダークネスたち――想いを巡らせながら、橘花が仲間たちを促した。
     湿気を含んだ生温い風が通り過ぎてゆく。灼滅者たちの鼻孔を擽る血臭はごく僅か。それは確かに、彼らが惨劇を含んだ証左だった。

    作者:瑞生 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:宮廻・絢矢(群像英雄譚・d01017) 
    種類:
    公開:2014年8月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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