俺にとってのずんだもち

    作者:聖山葵

    「はぁ、はぁ、はぁ……撒いたみたいだな」
     足を止めた人影は、息を弾ませつつ首だけを巡らせて周囲を見回すと、安堵からかその場にへたり込んだ。
    「夏休みだって言うのに、何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ」
     己の運命を呪うかのように吐き出した呟きは蝉の鳴き声が被さって、知覚できたのは発言者のみ。
    「おやつも満足に食べれないとか、どうなってんだよ」
     ずんだもちの入った容器を手に仰いだ空は青く。
    「……どこか自販機でお茶でも買おう」
     ノロノロと立ち上がり、歩き出したのは失敗だったかも知れない。
    「あ、居たぞ」
    「居ましたわっ」
    「なっ」
     どこかから聞こえた声に固まったのは、僅か一秒にも満たなかったというのに。
    「兄貴ぃっ!」
    「探しましたわお姉様ぁっ!」
     爆走という言葉が相応しいストーカー達から逃げる時間は、追われていた者にもはや無く。
    「ちょっ、お前等……あ」
     動揺のあまり手からこぼれたお餅の容器が追っ手に踏みつぶされたのは、この数秒後。
    「ん、何か踏」
    「あ、あぁ……貴様等ぁぁぁぁっ!」
     それは、一人の若者をご当地怪人へ変貌させるのに十分な理由だった。
     
    「と、だいたいこんな感じの悲劇で闇もちぃしてしまう一般人が居ることが解った」
     いつものように語り始めた座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)のキーワードで、慣れた者は悟ったかもしれない、闇堕ち後の姿がお餅系統のご当地怪人であることを。
    「ええと、ずいぶん間が空いてしまいましたけどね」
     とは一年ほど探して見つけてきた龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)の弁である。
    「本来ならば闇堕ちした時点でダークネスとしての意識に人の意識は消されてしまうのだが、今回の場合人の意識を残している」
     つまりダークネスの力をもっちぃながらもダークネスになりきっていないという状況で踏みとどまる訳だとはるひは言う。
    「むろん、それも時間の問題だがね」
     その状態で放置すれば最終的に完全なダークネスになってしまうのは間違いない。
    「よって君達には、件の一般人が灼滅者の素質を持つのであれば闇もちぃからの救出をして貰いたい」
     それがかなわぬ時は、完全なダークネスになってしまう前に灼滅を。
    「それで、問題の一般人だが、名は前田・恵(まえだ・めぐみ)」
     最近転校してきたばかりらしく、クラスメイトにも性別を知る者は居ないという。
    「と言うのも、転校先は私服OKの高校でね。男女どちらでも着れるような服を好んで着ているからなのだよ」
     もっとも、そのせいで自分を慕う男子と女子の双方につきまとわれているらしいのだが。
    「闇堕ちに居たる理由も、そこにある」
     つきまとわれ、追っかけ回されて疲弊していた恵みは唯一の安らぎであるおやつタイムを阻害されてしまうのだ。
    「好物を踏みつぶされたのがよほど堪えたのだろうな」
     そも、相手は自分にさんざんつきまとい振り回してくれた相手でもある。
    「まさに、堪忍袋の緒が切れたという訳だ」
     バベルの鎖に察知されず、灼滅者達が恵に接触出来るのは、ちょうど恵がご当地怪人ずんだモッチアへ変貌した直後。
    「君達が庇うか、何らかの方法で気を惹かねば、ずんだモッチアはその場にいる男女へ襲いかかる」
     元々は困っていたところを助けて慕われる形となったらしいが、完全に恩を仇で返しているのだ、気を惹くならそれなりの工夫が必要だろう。
    「まあ、どちらにしても戦いは避けられん」
     闇堕ちした一般人を救うには戦ってKOする必要があるし、放置すれば犠牲者が出るのも火を見るより明らかなのだから。
    「戦場はとある公園」
     小高い丘の上にあってたどり着くのに結構階段を上る必要があるからか、現場周辺に居るのは、恵と追いかけてきた少年少女のみ。
    「夏の昼間なのでね、この暑い時期にわざわざ歩き回る人間は少数派と言うことだ」
     そんな訳で人よけの必要はない、恵を追いかけてきた二人を除いては。
    「戦闘になれば、ずんだモッチアはご当地怪人のサイキックや影業のサイキックに似た攻撃を使って応戦してくる」
     ずんだ餡で出来たデモノイドもどきと言った容貌のご当地怪人が操るのは、影ではなくずんだ餡だ。
    「人の意識が残っているとはいえ、そうとう頭に来ているようなのでね」
     接触したなら戦うよりまず宥めるのも手であるとはるひは言う。
    「些少攻撃されるかも知れないがね」
     闇堕ち一般人と接触し、人の心に呼びかけることで弱体化させることが出来る。上手く行けば、戦いを有利に進められるだろう。
    「説得についてだが、思いつくところで恵を追いかけてきた二人に謝罪させるというものが挙げられる」
     激昂して襲いかかる可能性がある為いつでもかばえるようにしておく必要はあるが、上手く行けば効果は大きい。
    「もしくは、同情するかこれ以上追いかけ回されないアイデアを提唱してみるとかね」
     例えばもう一度、転校するとか。
    「救えるかも知れないというのであれば、私は救いたいと思うのだよ」
     真顔で君達を見つめたはるひは、君達に宜しく頼むと頭を下げた。
     


    参加者
    日月・暦(イベントホライズン・d00399)
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    一之瀬・梓(月下水晶・d02222)
    玖渚・鷲介(炎空拳士・d02558)
    海老塚・藍(フライングラグドール・d02826)
    東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)
    七夕・緑花(愛と正義のずんだ姫・d25665)
    狼久保・惟元(白の守人・d27459)

    ■リプレイ

    ●苦労、偲ばれて
    「どうしてお姉さんやお兄さんは恵さんに付きまとうんだろうね」
     階段を上りきったところで、海老塚・藍(フライングラグドール・d02826)はポツリと呟いた。
    (「人にモテモテなのも大変なんだなー」)
     エアコンが恋しくなりそうな暑さの中、何処かで鳴いている蝉の声を聞きながら玖渚・鷲介(炎空拳士・d02558)はちょっとだけそう思う。何せ、この気温の中、追っかけっこを強いられているのだ。
    (「まあ、気持ちは分からなくはないけどね。好かれすぎるっていうのも、問題なんだなあ……」)
     日月・暦(イベントホライズン・d00399)が抱いた感想も鷲介のものとそう変わらない。
    (「同じずんだを愛する者としては、ずんだをそんなことされたら怒っちゃうのも分かるんだよ!」)
     理解、もしくは同情。同士という意味合いで、七夕・緑花(愛と正義のずんだ姫・d25665)の共感は特に強かったと思われる。
    「おそらく、あれですね恵さんを追いかけてるのは」
     荷物に着替えとタオルを詰め込んだ龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)が何かを探しながら歩く高校生の男女を見つけ。
    「じゃあ、あれが恵だね」
     東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)もまた、公園に入って行く高校生らしき人物を捉えていた。
    (「また新しい餅かぁ……今度はどんな格好なんだろ? あたしほど恥ずかしくはないよねきっと」)
     エクスブレインから話は聞いていたが、後ろ姿はまだ人のまま。
    「いきますよ、桜花さん」
    「あ、うん」
     だからこそ、一瞬だけ自分と比べてしまった桜花は、狼久保・惟元(白の守人・d27459)の声で我に返り慌てて歩き出す。悲劇が、闇もちぃが起こるまであと僅か。
    「何とかなればいいんだけどな」
     空のタッパーを手に、一之瀬・梓(月下水晶・d02222)は呟く。
    「あ、居たぞ」
    「居ましたわっ」
     先程の男女があげた声にそちらを見れば、灼滅者達が知らされた闇もちぃ直前の光景をなぞっていて。
    「急ごう」
    「はい」
     急ぎ足で公園の入り口に至った灼滅者達は目撃する。
    「あ、あぁ……貴様等ぁぁぁぁっ!」
     どこからか溢れだしてきたずんだ餡に覆われ、変貌して行く高校生の姿を。
    「もっちぃぃぃぃっ」
     服の内部でもずんだは溢れているらしく、急激な内からの膨張に耐えきれず上着はボタンを飛ばして脱げ出し、ずんだ餡に包まれた巨体の異形へと変わりながらそは、咆吼した。
    「これは……」
     色違いのデモノイドの様にも見えるが、それこそがご当地怪人ずんだモッチアである。
    「喰らえもちゃぁぁぁっ」
     そして、巨体を歪めずんだモッチアが跳躍した直後。
    「ちょっとまった!」
     大声を上げながらサクラサイクロンに跨った桜花が落下地点に居る男女とモッチアの間に割り込んだのだった。

    ●介入
    「え」
     異形と化した慕う相手に襲われた高校生達は驚き、固まっていた。
    「大丈夫ですかっ?」
    「へ? あ……はい」
     一輪のバイクの様なモノが自分達の前に飛び出してきたかと思えば、見知らぬ男女が自分達を庇おうとしたのだから無理もない、反射的に頷きを返し。
    「足元見て。それ恵の好物」
    「「えっ」」
     蹴り倒されて横転したライドキャリバーから顔を出した桜花の声で、少年と少女は揃って足元を見る。
    「ぬおっ、美味そうなずんだもちがこんな事に……あ、俺おやつ用に持ってんだけど、代わりに食べる?」
     それは、ずんだモッチアの気を惹こうと鷲介の口にした言葉の前半部分。
    「こ、これは……」
    「あ、あぁ……」
     見るも無惨な光景に二人はようやく気づいたのだ。
    「あの人が何故怒っているか分かりますか?」
     更に、惟元の質問が駄目を押し。
    「貴方達だってゆっくりする時間をそんな強引に奪われたらやでしょう? 相手が嫌がってるんだから、強引にしちゃダメなんだよ!」
    「人を慕うのはいい、だが相手の気持ちを考えない結果がアレだ……どれだけ腹に据えかねていたと思う」
     緑花に続いて、梓は視線で、異形と化してしまった元一般人、前田・恵を示す。
    「ずんだって小豆の餡子とはまた違った風味があって美味しいですよねぇ」
    「俺も全面的にそう思うもちぃよ」
    「だよな。砂糖の甘みと枝豆の後味、ずんだもちってのは最高だぜ!」
     ずんだ餅に釣られる形で光理や鷲介と歓談していたとしても、容貌が人とかけ離れたモノになってしまっているのは、一目瞭然だった。
    「ほらっ、人の大事なもんを壊しちまった時はどうするんだ?」
    「「っ」」
     歓談を抜けてきた鷲介が慕う相手の変わり果てた姿に呆然とした二人を我に返らせ。
    「先ずはお姉さんお兄さんに恵さんの大切なものを踏んでしまったことを謝ってください」
    「散々付きまとった挙句、好物踏まれたら怒るよね。ちゃんとごめんなさいしよう?」
     そして藍や桜花が畳みかけるかのごとく口々に言う。
    「解りましたわ」
    「そうだな、兄貴がああなっちまったのが俺達のせいなら」
     慕う相手の異形化と実際に踏みつぶしてしまったずんだ餅に自分達の過ちを悟ったのか。
    「でしたら、フォローは僕達がします」
     駄目を押す必要はなくなったが、惟元は頷いた二人にそう言い添えて歩き出す。
    「気持ちはわかるなあ、周りに振り回されて疲れるのは」
    「好かれるのはいいけど、追い回されるのは困るよね」
    「そうなんもちぃよ、あいつ等本当にしつこくてもちぃ。この間も――」
     幸いにも鷲介の提供したずんだ餅と光理のお茶のお陰でご当地怪人は攻撃の手をとっくに止め、理解を示した暦や桜花に愚痴を言っている。
    「今の内です」
     まさに好機だった。
    「兄貴っ」
    「お姉様っ」
    「もちぃ?」
    「「申し訳ありませんでしたっ!」」
     突然声をかけられて振り向いたずんだ色デモノイドモドキの前で、少年と少女が膝を折り、額を地面に押しつける。所謂土下座であった。
    「へ?」
    「嬉しかったんだ、誰も救いの手を差し伸べてくれなかったあの時、兄貴が助けてくれたのは」
    「まさか、お姉様のご迷惑になっていたなんて」
     それは、ずんだモッチアからすれば唐突な謝罪。面を食らったところへ、二人は尚も続けた。仲間がモッチアの相手をしている間に藍が少年達へ問いかけたものの答えとも言える動機を吐露する形で。
    「ごめんなさい、お姉様っ」
    「本当に済まねぇ、兄貴ぃ」
     ここまでの言葉を引き出せたのは、灼滅者達の功績。
    「お、お前等……」
    「ほら、二人も恵を困らせたいわけじゃなかったんだし、ちゃんと謝ってるから許してあげよ?」
     動揺するご当地怪人を桜花が促し。
    「この二人とアンタはただすれ違っちまっただけなんだ、だからとりあえず……アンタの格好をハッキリさせたらどうだ?」
    「……格好もちぃ?」
     鷲介も声をかければ、ずんだ色デモノイドモドキは首を傾げた。
    「ずんだの中にいられるなんて最高もちぃよな?」
    「ああやっぱりぃ、って違うよ、恵! 鷲介はそういう意味で言っ」
    「ううっ、否定出来ないんだよ!」
     いつもの展開に頭を抱えつつ器用にツッコミを入れようとした桜花に被せる形で唸ったのは、緑花。
    「恐ろしい誘惑……一歩間違えば、私も堕ちかねないんだよ」
    「ナノナノ」
     戦慄する緑花の横でナノナノの豆子が鳴き。
    「ともかく、後は任せて離れて。恵は絶対に戻すから」
    「宜しくお願いしますわ」
    「すまねぇ」
     自分の格好の話題にずんだモッチアが気をとられた隙に、頭を下げた少年と少女が走り去る。
    「さて、人助けといこうか」
     説得だけの時間は終わりを迎えたのだ。ひしゃげた餅と潰れた容器に残っていたずんだ餡を納めたタッパーを置きに行った梓は戻ってくると、小光輪を分裂させた。

    ●発散
    「問題には向きあわないと。自分の事は自分で解決するしかないんだからさ……」
     少し別の方向で頑張ってみようよと暦は言う、魔法の矢を詠唱圧縮しながら。
    「俺達もきっと手伝うからさ……」
    「もちっ?」
     ずんだ色デモノイドモドキが振り返った時には、撃ち出す準備も終わっていた。
    「自分の楽しみを邪魔されたのは遣る瀬無い気持ちで一杯でしょう」
     ならば、と続けて、惟元が己の片腕を半獣化させて、地面を蹴る。
    「なっ」
     脱線しかけたものの一同の説得と立ち去った二人の謝罪は、ご当地怪人の身体から溢れる威圧感を大きく減退させていた。だからこそ、いきなり戦場に戻った状況へずんだモッチアは反応出来ない。
    (「思い切り暴れて発散させて――」)
     弱った内のダークネスに打ち勝てば、恵は戻ってくる筈である。
    「もちゃぁぁっ」
    「いきますよ、鷲介さん」
    「おうっ、セガール!」
     悲鳴をあげるご当地怪人へ、タイミングを見計らって光理がマテリアルロッドで殴りかかり、呼応した鷲介も腕に填めた縛霊手を振り上げて前へ飛ぶ。
    「わうっ」
     更に一声鳴いた霊犬まで入れれば四連係。
    「がっ、ぐあ、もべっ、もぶぶっ」
     息の合った攻撃をかわし損ねたデモノイドモドキの胴を斬魔刀が薙ぎ。
    「うぐ、くそっ、ずんだビ」
    「遅いんだよ」
     ビームを撃ちだそうと人差し指を突き出そうとした瞬間、ロケット噴射を吹かせかけた殲術道具を担ぐようにして緑花はずんだモッチア懐に飛び込んでいた。
    「がもちっ」
     ずんだ色デモノイドモドキの巨体が宙に浮き。
    「もちぃっ」
     だが、ひしゃげたように身体が曲がったままの姿勢でご当地怪人もビームを撃つ。
    「サクラサイクロン、お願い」
     疾駆したライドキャリバーは、己の身体を盾にしてその光線を遮り。
    「ナノナノ」
     ナノナノの紫が車体に空いた穴を修復する。
    「性別はどっちなんだろうね」
     灼滅者優勢で続く戦い。藍は小光輪を味方の盾にしながら、呟く。
    「がうっ」
    「もちっ」
     視線の先では霊犬のフォルンがモッチアに飛びかかっていて。
    (「男性なら女性と間違えるような格好はしませんし、女性ならモッチア特有のおもちをもってそうですが……」)
     色違いデモノイドのような現状で中の人の性別を察せと言うのは、無理があるだろう。
    「まめっち」
    「ナノ!」
    「しまっ、もぢぃぃぃ」
     ナノナノの豆子が巻き起こした竜巻に弄ばれずんだモッチアはクルクル回ると地面に倒れ。
    「うくっ、目が回るもちぃ」
    「すみません、ですが元に戻って欲しいですから」
     蹌踉めきながら身を起こしたデモノイドモドキへ惟元は説得を続ける。
    「また……今度は一緒に食べましょう、ずんだ餅」
    「っ、ずんだ……」
     一つの単語に、ずんだモッチアの動きが鈍り。
    「気は済んだか?」
     暦が光の刃を射出する。
    「もぢっ」
    「そのイライラを発散したらでいいから、俺たちの話を聞いてくれよ」
     ずんだ餡を一部斬り飛ばされ、覗かせた肌色を見ないようにしつつ暦は言葉を続け。
    「うぐっ、もちゃべべっ」
     膝をつきながらももう一度立ち上がろうとしたご当地怪人の身体を機銃による射撃が貫く。
    「お、俺はただ、一時のやす」
     ボロボロと崩れだしたずんだ餡の異形は、尚も動こうとし。
    「桜餅キーーック!」
    「ぐぁっ、もぢぃぃぃ」
    「やった! って、あ、ちょ、うみゃぁぁ」
     そに蹴りかかったご当地ヒーローは、崩れ落ちたデモノイドモドキ共々ずんだ餡のぬかるみに倒れ込んだのだった。

    ●お約束と言うべきか
    「男子はあっち向く!」
     うむを言わせぬ光理の声が、周囲に響き渡った。
    「さ、今の内に着替えて下さい」
    「あ、ありがとう」
     バスタオルを肩からかけられた少女は、胸を隠すように引き寄せていたタオルを外すと、礼の言葉を口にする。
    「けど、戻れてよかった」
     着替えの際に立つ衣擦れの音を聞きつつ桜花は笑顔を浮かべた。輿の辺りからプツッと言う音がしても、笑顔。
    「え?」
     それが訝しげな顔に変わったのは、太ももを撫でる布の感触を感じたからだと思う。釣られて足元を見れば、靴を隠すように足首辺りまで覆うスカート。
    「うにゃぁぁぁ! み、見るなぁぁっ」
    「ちょっ、ちょっと落ち着くんだよ! あ」
     桜餅柄の下着を晒してパニックに陥った桜花へ緑花が声をかけたが、遅かった。
    「わ、みゃぁぁぁっ」
    「お、わ、わぁぁぁぁっ」
     絡み付いたスカートに足を取られ、バランスを崩した桜花は着替え途中の少女に向かって倒れ込む。俗に言うモッチア補正発動の瞬間である。
    「うう、もう大丈夫だと思ったのに」
    「ちょ、ちょっ」
     るーと滝のように涙を流す桜花の下で男性陣には見せられない体勢になった少女の上擦った声が周囲に響いた。
    「大変だったな……前田さん」
     その後着替えも終わって、梓がかけた労いの声は救出後のことも含んでいたのだと思われる。
    「あ、うん。ありがとう」
    「それで、一つ提案がある」
     礼を言う少女こと恵へ前置きをして、梓は続けた。
    「あの二人、いまはともかくまた付き纏うかもしれないし……俺らみたいな灼滅者の学園があるんだけど、こっちに転校も考えてみたらどうだろ?」
    「灼滅者?」
    「「あ」」
     恵のオウム返しに誰かが灼滅者の説明を誰もしていないことへ気付き、説明タイムを挟んでテイク2になったが、それはそれ。
    「2人に付きまとわれるの苦手なら、いっそ武蔵坂学園に転校してくる?」
    「そうですよ、学校には性別不明の人は多いです。灼滅者になったら多少は追い掛け回される事は少なくなるとは思います」
     今度は桜花が勧誘し藍も続いて。
    「転校かぁ」
    「ついでにあたしの餅屋で、恵自慢のずんだ餅売ってみない?」
     考える顔つきになった恵へ、さらにもう一言。
    「っ」
     たぶんこの一押しがトドメになったんだと思う。
    「か、確約は出来ないからな……けど」
     世話になったし、恩は返したいと恵は告げて。
    「そういえばさ、ずんだもちって食べたことないけど美味しいのかな?」
    「話は纏まったんだよな? じゃあとりあえずさ、一緒にずんだもち……喰ってみたらどうかな。食べたそうなのが他にもいる訳だし」
     ポツリと呟いた暦を示し、鷲は勧める。
    「え?」
    「ふふふ、こんな事も有ろうかと、準備してたんだよ!」
     そう、ずんだ餅は説得の時に使用したモノが全てでは無かったのだ。
    「私の作ったずんだもち、どうぞなんだよ」
    「いいの?」
     タッパーからお皿よそったずんだ餅に箸を添えて差し出す緑花へ聞き返したのは、恵ではなく、暦。
    「もちろん。皆で食べれたらいいなぁ、って思って持ってきたんだよ」
     確認に笑顔を返して始まったおやつの時間。
    「あとずっとスルーしてたけど、モッチアって何……?」
    「モッチアのことは桜花さんに聞くといいですよ」
    「えっ」
     耳を澄ませば、また何処かで蝉が鳴いていた。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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