紅蓮の華

    作者:那珂川未来

     ふつ、ふつと、紅が踊る音がする。
     それはとある海岸付近の岩場で、微かな眠りについていたが、湧きあがる衝動に二つの眼を開いた。
     黄金に輝く目は、ただ衝動と気まぐれと世界を映し――おもむろに頭をもたげると、ふわりと浮きあがる。
     細長い体は、まるでシードラゴンのような、しかし立ち上る炎に鳥のようにも似ている幻獣。その体に沿うようにゆらゆらと揺れる皮弁は、炎を纏い天を衝く花弁の様。
     それは常世に咲く紅蓮の華。
     燃えてゆく。
     溶けてゆく。
     飲み込まれる。
     アスファルトは異臭を放ちながら溶け崩れ、海岸に咲き乱れる草木は幻のように――。
     そこにあるものは、微塵の灰も残さぬ、炎の獣だけ。
     

    「一体のダークネスの行動を、運よく察知することができた」
     教室にいたエクスブレインの少年は、灼滅者たちへ告げ、地図を手渡した。
     そこは砂浜が続き、民家などは近くにない。道路が南北を走る、眺めのいい海岸線のドライブコースといった場所だ。とはいえ休日でもない限り、交通量は少ないと思われる。
     少年の話によると、そこに潜んでいたダークネスが目を覚まし、人里へ向かう危険があるのだという。
    「ダークネスは、バベルの鎖の力による予知があるが、俺たちエクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐり、ダークネスに迫る事が出来るから」
     少年は渡した地図に、蛍光ペンでマークを付ける。
    「潜んでいる洞窟がここ」
     上手く隠れていれば、洞窟を出てきたところを狙えるという。
     予測した未来まで余裕があるので、今から向かえば問題なく洞窟付近まで近付ける。それ自体は難しいことではない。あとは周りに沢山岩があるから、そこに隠れ出てくるのを待って、先制を叩き込めれば、例え強力なダークネスとはいえ、今の灼滅者でも勝ち目はあるという。
    「ダークネスは、レーヴァティン、バニングフレア、そして相手の活力を奪う遠距離攻撃も行う」
     正直相手は強い。油断すると押し負ける。
    「ダークネスは強力で危険な敵ではあるけど、ダークネスを灼滅する事こそ、灼滅者の宿命。厳しい戦いになるかも知れないけれど、君たちが力を合わせればきっと――」
     きっと勝てる。少年は信頼の眼差しを向けて。
    「君たちの帰りを待っているから」


    参加者
    雨夜・冴(ナティエの霧彩・d00706)
    姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)
    篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)
    祀火・大輔(迦具土神・d02337)
    葛城・百花(高校生殺人鬼・d02633)
    槌屋・康也(荒野の獣・d02877)
    焔月・勇真(フレイムアクス・d04172)
    蒼慧・紗葵(中学生殺人鬼・d07227)

    ■リプレイ

    ●海にて
     果てしない海原から風が吹き抜ける。残暑の熱も、海風が心地よく払ってくれて。
    「いい眺め……こーゆーとこはお仕事じゃなく、ゆっくりしに来たいとこだけど……」
     きらきらとした細波を運ぶ綺麗な海に雨夜・冴(ナティエの霧彩・d00706)は目を細めていたけれど。
    「ダークネスがいるなら話は別だよ、ね」
     無事終わったら写真を撮ろう、とポケットを軽く叩き仕事への気合いを入れた。
     それにしてもと、姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)と槌屋・康也(荒野の獣・d02877)は、何とも言えない表情で海を見つめる。
    「人生最初のお仕事が撲殺っていうのも、複雑な気分だわ……」
    「俺も複雑な気分」
     夜桜が小さな頃に思い描いていたお仕事というものとかなりかけ離れた内容に溜息を禁じ得ないけれども。ともあれ人に、誰かに、危険を及ぼすダークネスは殴り飛ばせばいいのは当然なわけで。
     食べることも大好きな康也は、忍ばせていたおでん缶を手に大根をパクつきながら、ダークネスにかつての自分の姿を重ねてみたり。ただ自分と決定的に違うのは、イフリートが灼滅者としての人格を所有していないということ。
     戻らないものは戻らないのだと割り切るように、おでんのつゆを一気に飲み干し、
    「でもまっ、強い奴と戦える楽しみ半分、緊張半分ってとこだよな!」
     ニカッと笑って、同意を求める康也。
    「べ、別に緊張なんてしてないわよっ」
     むしろ楽しみばかりよ、だってストリートファイターだし。夜桜はちょっぴり顔を赤くしながら、ついと視線を反らし、
    「……多分」
     超小声。
     ちゃっかり聞き取った篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)はくすくす笑いながら、
    「では、緊張も解れたところですし、参りましょう♪」
     イイ笑顔。
    「いやだから、元から緊張していってば!?」

    ●紅蓮綻びて
     洞窟の周りに点在する岩は、隠れるに不自由しない程度に。一番洞窟の入口に近い場所へ潜んだ蒼慧・紗葵(中学生殺人鬼・d07227)は、岩に自らの影を映し、においを気取られないよう海からの風をできる限り避ける場所を選び、息を殺して完全に世界に溶け込む。
     紗葵は、愛刀の鞘を握りしめ、その藍の瞳に刀身を映す。
    (「――闇は、斬る」)
     全てはいずれ滅ぼさなければならぬ、宿敵六六六人衆に対峙した時のため。目を閉じ、意識を洞窟へと集中させた。
     最後に焔月・勇真(フレイムアクス・d04172)が、岩に身を隠す。足跡を、ライドキャリバーの車輪で砂を撒いて隠して。
    (「よーし、あとは奇襲さえ成功すれば……」)
     勇真はとある場所へと視線を向ける。彼の斜め前に潜んでいる葛城・百花(鳳仙花・d02633)も準備を整え、同じく視線を向けた。
     夜桜が仕掛けた鏡には、まだ何も映っていない。
     ただ、静かに時間は過ぎていたが、突如空気が軋んだ感覚を受けた。
     祀火・大輔(迦具土神・d02337)は岩を背に身を屈め、抜刀の構えのまま。
    (「……きた……」)
     感じる。
     自分に近しい、その熱と、気配。
    (「初仕事の相手が宿敵とはまた因果なものっすねぇ……」)
     これが何らかの『啓示』なのか、唯の『偶然』なのか。大輔は口元に微かな笑みを浮かべる。
     自分の中に潜む闇とのインターセクション――。
    (「まぁ難しい事は頭の良い人に任せるっすよ。自分が出来るのは守る為に相手を斬る事だけっすから……」)
     その瞬間を計っていると、目があった。
     康也と大輔は頷きあう。
     炎を感じる鋭さは、やはり同じルーツであるからこそ――。
     ゆらりと見えた炎の陰影に、葛城・百花(高校生殺人鬼・d02633)は冷淡な視線を投げつつ待つ。その時を。
    (「正直……私の力は好きじゃないし、正義の味方になる気もないけれど、守られる側になる気もないの。――だからアナタを滅ぼすわ」)
     全力でね。そう心に誓い柄に手を掛けるのと、イフリートの全身が日の元に晒されるのと、康也の声が響き渡るのは同時。
    「よっしゃ、今だ! 始めるぜー!」
    「行きます。灼滅開始」
     康也の振り上げたロケットハンマーに巻き上がる深紅が唸りを上げ――打つ。その無防備なまでの右肩に。
     紅蓮の花が綻ぶように大きく広がった。イフリートが衝撃に身をよじらせた時、追撃する怒涛の力。
    「枷だらけにしてあげるわ……!」
     すでに回避不能なまでの位置まで接近していた百花の雲耀剣が、容赦なく皮弁の一つを斬り落とし、大輔の居合斬りが腹に並ぶ皮弁を二つに裂きながら、朱の筋を刻みこむ。
    「人里には行かせませんっ! ここできっちり倒させてもらいますっ」
     小鳩は臆することなく眼前へと飛び込んで。チェーンソー剣より逆巻く火炎が、煉獄の紅蓮すら飲み込むかのように広がる。
     散りゆく火の粉の中を一直線に走る深い海のような藍の色。
    (「私は、ダークネスを倒すための存在。それが全て、それを全うするため――」)
     今まで培った力、何処まで通用するか。初の実戦に紗葵は全てを叩きこむベく。
     走る、究極の黒の一閃。彼の一瞬すらも止めるため――。
     弾ける衝撃に火の粉さえ吹き飛んだ。
     振り乱す様にくねるイフリートの体から噴き上がる炎に、岩壁に生えていた草が一瞬にして消滅させる。
    「そんな危ない炎、撒き散らす前にここで散らせてもらうぜ!」
     不意打ちの最後を、勇真がしめる。同じ炎の力――しかし対極である炎の本質を如何なく発揮するように放たれたレーヴァテイン。
    「よっしゃ、これでどうだ!」
     飲み込むかの如く吹き上がる炎。完璧なまでの奇襲に、勇真はふふんと鼻を鳴らして。
     虚をつかれたイフリートは、本来であればありえないくらいのダメージを一気に蓄積した。目は忌々しげにぎらついているものの、落ちそうなほど開かれた顎からだらだらとコールタールの様な唾液を溢れさせ、ぜいぜいと喘いでいるのが傍目でもわかる。
     その勢いのまま二の太刀を浴びせようとする――が、やはり相手の力の方が上である。野太い声と共に、紅蓮の花弁の様な皮弁が伸びるその手が閃けば、地に走る赤の衝撃。さすがは強力なダークネスだけあって、バシニングフレアの威力も軽視できない。
    「分かっていたけど……楽させてはくれないわね」
     強烈な攻撃を受けていても衰えない衝動、そしてその力。百花は預言者の瞳で身を整え、小鳩は己が秘める力とは真逆の力を吹き飛ばすかのように、その背に美しい炎の翼を顕現させる。
    「でも、炎を使えるのはあなただけじゃないんですよっ!」
     小鳩の背より舞い上がる流麗な炎の羽根。そして紗葵の手より放たれるのはヴァンパイアミストの癒しの力。共に前に並ぶ仲間たちに食い込んだ邪悪な火の傷を癒してゆく。
     がぁと鳴き、小鳩を地べたに押し付けるかの如く振り下ろす腕。
    「させないわよっ!」
    「任せろってな!」
     同時に走り出す、夜桜と康也。
    「そっから先には行かせねぇ! ――ぶっ飛ばす!」 
     女の子に肩代わりなんてさせられないよな。百花の援護を受けながら、康也は勇敢にイフリートの前へと躍り出るとその両腕で攻撃を受ける力を緩和しながら、小鳩への攻撃を防ぐと反撃のマルチスイング。そして輝きの羽根の中を踊るかのように、軽快なステップで相手の側面へ付くと、夜桜は拳を振り上げた。
    「やーっ!」
     確実に捉えた、その左肩。めり込んだ右手で、投げるというよりは地面へと叩きつけるように。
     吹っ飛ばされるイフリートの、跳ねあがった後ろ足を狙い、冴は勢いよくその背後へと滑り込む。急停止し、砂の上で体勢を崩さぬよう勢いを殺すために砂に差し込んだ右手のナイフを宙に放った。くるくると日の光を受けて輝くナイフの刃。左手に持ち替え、そして――。
    「行くよ」
     ナイフに肉を削るかのように鋭利な歯が形作られた。振り下ろし、腿部から踵まで一気に開く。
    「大輔さん」
     着地しながらちらりと大輔を一瞥した時には、もうすでに開かれた傷口へと迫っている。
    「本体へ直接ダメージを与えれば!!」
     同じ炎使い。されどその力は似て非なるもの。炎によって受ける衝撃ダメージに特別な変化はなかろうとも、泣き所と化した場所に斬撃を打ち放たれれば――。
     ぐっと腰を落とす。
     鞘を走る愛刀の感触。
     己を苛む痛みに奇声を上げつつ身をかわそうとするイフリート。それよりも先に翻ったのは、大輔の一閃。
    「遅い……先の太刀 居合『燕返し』!!」
     そこへ突撃を仕掛けるライドキャリバーの加速と重量。
    「いっけぇ!」
     合わせるように龍骨斬りを繰り出す勇真。
     ごきぃという鈍い音と共に普段は曲がらない方向へと曲がる後ろ足。肉を削がれ、腱を裂かれ、骨を砕かれ、地を掴もうと試みるも上手くいかず、活力を奪い持ちなおそうと夜桜へとしなる皮弁を振り下ろす。
    「人のもの奪うなんていい度胸しているじ……つ、爪割れたーッ!?」
     ぎゃーっと喚く夜桜。体力奪われた揚句、大切にしていた爪を破壊され怒り心頭。
    「Hey……you bastard!!  I'll make you cry!!」
     思わず英語で罵倒する夜桜。そして殴る。
    「たまには頭も冷やさなきゃ、駄目だよね?」
     冴はフリージングデスを頭部付近へと投げつけ、百花と攻撃を合わせて前衛の援護しながら、確実に枷に嵌めじりじりと追いこんでゆく。
     蓄積した足止めと質の違う炎を振り解くこともできず怒声を上げるイフリート。邪魔ものをのけようとレーヴァテインを打ち付ける。
     小鳩はすれすれでその炎をかわすと、チェーンソー剣に深紅の炎を纏わせ、薙ぎ払う。
     紅蓮斬がイフリートの体を切り裂く傍ら、その生命力すらもさらっていった。
    「ふふっ、魔力を帯びた炎が心地いいです……♪ ……本音を言うと、血のほうが嬉しいですけど…。でも、その体だと吸うのは難しいですもんね?」
     小鳩がぺろっと悪戯っぽく舌を舐めた瞬間、そのシードラゴンの様な皮弁がまた一つ根元から落ちた。
     瞬間的に炎が吹き上がる。痛みに忌々しげな輝きを燃やし、イフリートはかっと口を開けた。迸る炎の濁流がまた前衛を飲み込んでゆく。
     そんな灼熱の世界からも、力強く羽ばたく力。
    「よーし皆、元気出せー!」
     康也のフェニックスドライブが炎を割り空へと飛翔する。きらきらと輝く炎の力が傷を癒して。
    「そろそろ死んでくれない? 面倒なのよ、アナタの相手をするの」
     百花は気だるげな視線を投げかけながらも、雲耀剣の一撃は鋭く、したたかに。
     ぎっという悲鳴。鼻先から噴出する血が一瞬にして消えたかと思ったのは、夜桜の地獄投げにて地面にたたきつけられたためだ。
    「ぶっ飛ばすっ!」
     康也のロケットスマッシュの一撃が再びイフリートの体を宙へと浮かせ――迫る最後の一撃は、刹那の閃き。
     甲高い声が上がった。イフリートの決死の一撃が紗葵を襲う。
     殺意の込められたその一撃を紗葵はあえて受けた。
     暗黒に染まったその魂から迸るそれをその身に刻みつけ、訓練などでは得られぬその刹那――本能の中に渦巻く自らの殺しの感覚を研ぎ澄ます。
    「宿敵たる六六六人衆を滅ぼすため――」
     繰り出すは居合斬り。突き抜けて、着地する。
     身を染める血をそのままに、紗葵は愛刀を鞘へとしまった。
     くらり。
     綻び終えて、命燃え尽きた花のように、その首がころりと落ちる。
     煉獄に咲く紅蓮の花弁が、海風にさらわれ天へと消えてゆく――。

    ●戦いのあとに
    「へへ、こんなもんかな!」
     康也はガッツポーズ。
    「よーし、これで平和も守られた♪」
     静かにきらきらと輝いている海を臨みながら、勇真は達成感に気分も高揚して。
     冴は勝利の余韻に浸りつつも、彼女にとってはお約束の写真撮影。ポケットからフィルム式のトイカメラを取り出し、まずは一枚パシャリ。
    「そうだ。皆のことも、撮りたいかも」
     くるりと振り返ると、せっかくだし、スナップ写真、どう? と冴。
    「わー、いいですね」
    「撮ろう撮ろう」
    「百花さんもどう?」
     そう振られ、百花はちょっと驚いた様な顔をして、ついと顔を反らしまたぶきらぼうな様子で、
    「……別に、構わないけど?」
     こういうとき、どういう顔でどういう態度で返せばいいのか――困惑しつつも、百花はその場の勢いに流されつつ、久しぶりの写真というものに緊張して。
     初めての仕事の記念の一枚、それぞれの顔に様々な思いを乗せて。冴はその一瞬を切り取っゆく。
    「よーし、写真も終わったところで、折角だし海で遊ぼうぜ」
     勇真は言いながら靴を脱ぎ捨てて、押し寄せる波へと駆けだして。
     みんなから一歩離れた場所で、紗葵は戦いの疲れを癒す。
     人知れず、この海に残った焦げ付いた臭いも、自然の風が静かにゆっくりと浄化してゆく。海鳥ののんびりとした鳴き声も、細波の音も、心地よく響きわたっていく。
     何気ない、あたりまえの日常が、この海に戻った瞬間。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ