青嵐行

    作者:佐伯都

     殺す。絶対に殺す。
    「ころす、ころす、ころす、ころす、ころす」
     次は殺す。何もかも。皆殺す。
     壊れた機械のように同じ言葉だけ繰り返す、若い男。
     廃工場の一角にうずくまる背中を見下ろし、コルネリウスは小さく首をかたむける。
    「いまだ、ここにいるのですね。死んでもなお手放すことのできない、願いがあるのでしょう?」
    「殺す、殺す、殺す、殺す」
    「私は『慈愛のコルネリウス』、あなたのような魂を見捨てたりはしません」
    「殺す、殺す殺す殺す殺す殺すころ」
     壊れた機械のように同じ言葉だけ繰り返す若い男。
     ぎらぎらと瞠った目は何も見ていない。整った顔立ちだというのに、全身にはいびつな、粘質のような粘膜のような青い組織が這い回る。
    「聞こえますか、プレスター・ジョン……この哀れな異形を、あなたの国に匿って下さい」
     
    ●青嵐行
    「慈愛のコルネリウスが、また残留思念に力を与えようとしてる」
     成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は過去問を検討するように、開いていたルーズリーフのページを戻る。
    「ちょうど去年の今ごろ位からか、朱雀門がデモノイドロードに接触しようとした件は覚えてるだろうか。ヴァンパイアが来る前に灼滅するように、って内容で」
     廃工場に中学生や高校生の少女ばかり監禁しては、口に出すのは憚られる所行に及び、弱ったら殺す。
     そんな真似を繰り返していたデモノイドロードがいた。名前は長月・覚(ながつき・さとる)。
    「個人的に、二度と見たくなかった名前だけど」
     以前の依頼詳細を眺めているのだろう、樹は嫌そうな顔を取り繕いもしない。
    「前回の詳細は省くとして、その時灼滅された長月の残留思念に、コルネリウスが力を与えようとしている。これまで同様、コルネリウスが何の目的でスカウトを続けているのかは不明だから、プレスター・ジョンの国へ向かう前に灼滅してほしい」
     長月は自分を灼滅した灼滅者を心底憎み恨んでおり、コルネリウスから分け与えられた力を使って復讐を遂げようとする。
     他の例と同様今すぐ事件を起こす気配はないが、放置する理由もない以上は速やかな灼滅が望ましい。
     力を与えられた長月には、充分に灼滅者と渡り合える実力がある。
    「今回は時間制限はないけど、知っての通りデモノイドの能力は侮れないからね、油断はしないように」
     残留思念が出現するのは0時をまわった真夜中。デモノイドヒューマン3種とシャウトのサイキックを使い、場所も廃工場なだけあって戦闘の支障になるようなものはない。
    「コルネリウスの目的も相変わらず不明なままだけど、もし見逃した場合何が起こるかは、嫌な予感しかしない」
     コルネリウスの『慈愛』が、人間のそれと相容れる事のない『慈愛』である以上は。


    参加者
    服部・あきゑ(赤烏・d04191)
    志賀神・磯良(竜殿・d05091)
    黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    三和・悠仁(夢縊り・d17133)
    カツァリダ・イリスィオ(黒百合インクィジター・d21732)
    月草・真守(銀狼・d22476)

    ■リプレイ

    ●青嵐行
    「部長、今日は手裏剣甲はどうしたんだい?」
    「愚問だぜノギショー。あんな外道の残りカス相手、手裏剣が汚れるってもんだ」
    「へえ。流石、余裕だね」
     ふふん、と胸をそらした制服姿の服部・あきゑ(赤烏・d04191)をながめやり、乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)は崩れかけたコンクリート壁の陰からそっと外を伺った。
     高く澄んだ紺色の夜空には、冴え冴えと輝く月が見える。
    「コルネリウスもろくな事しないなあ……しかも最後まで面倒を見ないってさ」
     一応慈愛という名目は掲げてはいるがエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)の目から見ればただの侮辱、現状を鑑みても彼女だけの自己満足にしか見えない。
     エリアル共々、長月の一回目の灼滅に関わった三和・悠仁(夢縊り・d17133)としても、多少は思う所がないでもなかった。
     もっとも、そこに同情とか憐れみといったものはない。そのまま歩を進めると、廃材がうず高く積み上げられている一角で青色の異形が身じろいだ。
    「よぉ色男。元気そうで何より……ああ、一回死んだんだっけ?」
     生前はなかなか整った顔立ちだったはずだが、今は粘膜のようなアメーバのような寄生体にどこか浸食されているような印象すらあって、見る影もない。
     四肢はでたらめに巨大化し、やはりこちらも見るに耐えなかった。
     しかも一度滅び、コルネリウスによって闇の淵から引き上げられた今となっては、自分を殺した相手の顔を覚えているかどうかもあやしい。
     ころす、ころす、と間違いなく人間であったはずの異形が譫言めいた口調で呟いていることに月草・真守(銀狼・d22476)は気付く。見回してみても、彼に力を与えたはずのコルネリウスの姿はすでに無かった。
     真守自身、以前灼滅されたダークネスをそこかしこで蘇らせているコルネリウスの噂は少し前から聞いていたが、こうして実際目にすると脅威だな、と素直に感じる。何よりあちこち片っ端から蘇生されてしまっていては、いかに灼滅者とてきりがなかった。
     現在のところ元凶のコルネリウスを叩くことはできないでいるが、蘇生されたものは片付けねばならない。
    「ねぇ、デモノイドロードくん。コルネリウスの目的はなんだろう?」
     疑問のままに尋ねてみたものの、答えてくれる訳ないか、と志賀神・磯良(竜殿・d05091)は小さく肩をすくめる。それに当人は、そんな事などどうでもよいはずだ。
     怨みのままに灼滅者を殺せれば、ただそれで。
    「せめて私達の手で、その苦しみから解放させてあげましょう」
     弓を構えた、黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)の目元。そこに力――バベルの鎖が集まってくる感覚を覚え、毬亞は弓弦を引き絞る。
    「私の奥底に眠っている予測力よ、その力を解放せよ!」
     デモノイド寄生体に覆われている、と表現するよりはむしろ、逆に寄生体に食い破られているかのような、いびつすぎる姿形。砕けたコンクリートや砂利の混じる地面を踏みしめ、長月が吠えた。
    「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
    「人格は残っていないでしょうが、まぁ構いません。拷問して審問して処刑して救済して差し上げましょう。神は如何なる者でも受け入れます。さて、串刺し刑と斬首刑、どちらがお好みでしょうか?」
     滔々とまくしたてたカツァリダ・イリスィオ(黒百合インクィジター・d21732)の手へ斬首の剣と、胴を穿つ槍が握られる。
     そして彼女への返答は、振りおろされる巨大な拳、だった。

    ●血乱を乞う
     磯良の霊犬、阿曇が素早く割り込んで鉄槌じみた腕からカツァリダを庇い通す。
    「救われぬ者に救いの手を、異端者に神威の鉄槌を、Amen!」
     地響きを立ててめり込んだ拳を冷ややかに一瞥し、カツァリダはあきゑ達前衛と共に包囲陣型を完成させた。
    「すぐ楽にしてあげるよ」
     何の小細工もなしに振り下ろした太刀筋が、正確にデモノイドロードの巨体を捉える。しかしほぼ一年前に対峙した記憶と、両手に伝わる手応えがほとんど変わっていないことにエリアルは小さく息を飲んだ。
     あれからたゆまず力量を上げてきた、その自負はある。
     侮るつもりなど毛頭ないが、長月もまた一年前と同じ、というわけではないようだ。
    「理性の欠片もないんだろう? 本能にまかせて力任せに組み伏せてみろよ」
     まだ生きていた時分のように。件の犠牲者達を蹂躙した記憶のままに。
    「殺すよりもコッチの方が、お前も楽しめるんじゃないのか?」
     引き裂けた白いセーラー服にグレーのスカート、下着と素肌がのぞく胸元であきゑは笑う。
     長月は右の眼窩から寄生体が噴出したようになってしまっている顔を向け、挑発に乗ったか否か、判然としない獣じみた声を上げた。
     すらりとまっすぐに伸びた、あきゑの足元。月光で作られた青い影がまるで沸騰するような勢いで沸きあがり、デモノイドロードを一息に呑みくだした。
     しかし、一瞬の間を置いて闇色の帳の向こうから青い巨躯が飛び出してくる。
    「ノギショー!」
     張り付き上等とは言え必要以上に詰められた間合いを仕切り直さないままは無謀と判断し、あきゑは短く聖太を呼んだ。たったそれだけで、すべて意図は通じる。
     コンクリート片やひしゃげた鉄筋が転がる地面を蹴立てて、歪んだ巨体があきゑと入れ替わりで前へ出た聖太へ迫った。一度あきゑは聖太の後ろへ回るものの、それもすぐに撃ち込みに行けるよう体勢を整えるだけに過ぎない。
    「今日この場で、決着をつけてやる!」
     こんなものを逃走させたら、コルネリウスの目論見がどうこう以前の問題。
     大剣か鉈か、と思うようなDMWセイバー 。大振りだが掠っただけでも体重が持っていかれそうな一撃を敏捷にかいくぐった聖太は、袖の中へ隠したシリンジをすれ違いざまに突き立てた。
     たとえ巨体でも、冷たく灼けつく毒は内部から何の容赦もなく体力を奪い取る。
     長い三つ編みを踊らせて間合いを計った毬亞の手元、そこへ不自然な影が凝った。そこから注意を逸らすように、心得たタイミングで真守の両腕を覆った寄生体から強酸が飛び、長月の体表を焼く。
    「死ねッ、死ね死ね死ね死ね死ねぁぁああアアアあ!!」
     苦悶のあまりデタラメに叩きつけられた腕から聖太を守ろうと、カツァリダのアクリスが身体を張った。まさしく岩石じみた拳でアクリスが吹き飛ばされるが、毬亞が手甲へまとわせた影が長月へ絡みつく。
     続けて上がった叫び声に、もはやヒトの痕跡をなくしつつある異形が過去の幻影に苦しめられていることをカツァリダは知った。
     デモノイドの相手は初めてだが、それ即ち悪魔憑き、とカツァリダは解釈している。デモノイド寄生体が彼女の考える『悪魔』かどうか、その真偽のほどは解らないが悪魔憑きは異端者に他ならない。
     それはそのまま、速やかな灼滅が求められるということだ。死せればすべて、平等に神の下へ送られるのだから。
    「私はキミが嫌いでね」
     ぱたりと音をたてて扇を閉じた磯良の指先に、硬質の糸が巻きとられた。
     今さら長月相手に説くための聞こえのよい言葉など持ちあわせてはいないし、ヒトとして歩むべき道だの正義だの何だのと諭すつもりもないが、この相手は好きになれない。絶望的なほどに。
     好ましいか、そうではないか。磯良にとって必要なのはただそれだけだ。
    「だからさっさと終わらせようか」
     磯良が袖を泳がせる動作に乗せて、夏の匂いも終わりかけの夜風が清冽に吹き付けてくる。
    「死ねとか殺すとか、それで一体何が満たされるのか知りたい所だけど……無理そうかな」
     譫言じみた呟きは、いつまで経っても同じ。冷ややかな声を聞きつけたらしく、長月はかろうじて人間らしい部分を残している左半面でエリアルを見た。そして、そのすぐ背後に詰める悠仁も。

    ●聖覧を乞う
     徒手空拳とばかり思っていた相手から襲いかかってきた、トラウマ。その記憶が蘇ったのか、これ以上はないという所まで見開かれた左目が血走るのをエリアルは見る。
    「お前等が……おまえらがあああ」
     腹の底から絞り出すような恨み言。
    「今回は死にたくないと乞わないのかい?」
     全部、こうなったのはお前達が邪魔したせいだと、ただそれだけだと、言われているのかもしれない。
     外道は何人も見てきたが、その中でもこのどうしようもない根性の腐り加減はこいつが一番だ、と悠仁は他人事のように思う。
    「もう誰の声も力も届かないところへ、斬り落ちてしまえ」
     何もかもこの結果は因果応報、至るべくして至った結末だと断罪する悠仁に長月は嗤った。
     そこにはもう理性も人間らしい意識も、ヒトとしてのものは何も残ってはいなかったのかもしれない。
    「土下座して命乞いするほど、恐ろしかったんだろう?」
     だん、と音を立ててあきゑの長い脚が岩塊に乗せられる。青い月光の下、ことさら太腿の内側を誇示するようにして言い募った。
    「そして理性を失うほどに惨めで、苛立ったんだろう?」
     辱めて尊厳を、力にあかせて命を奪って。どんなに怖かっただろう、どんなに無念だっただろう。
     そんな彼女達が、こんな方法で浮かばれるだなんてあきゑ自身思っていない。
    「何度も何度も繰り返せ」
     長月の蛮行に対する八つ当たりだという自覚もある。けれど、もしその蛮行に下す鉄槌を正しく代行できるとしたら、それは灼滅者でしかありえないのだ。
     他人からは、何の幻影を見ているかはわからない。
     しかし、そのトラウマが可能なかぎり長月の精神を削る物であってほしい、と願う者は少なくなかったかもしれない。
    「そろそろ限界かな、統率のとれた行動は強いからね」
     霊犬の阿曇と共に、最後列から涼しげに袖と鋼糸を閃かせながら磯良は笑う。
     名を呼ぶつもりなど毛頭ない。このような相手の名前を覚えておく必要など、どこにも感じられなかった。
    「さすがに化け物じみたタフさだな。手裏剣でないと致命傷は与えられない、か」
    「それ、私のこの弾丸を、避けられますか?」
     万が一の事態に備え、逃走されてもすぐに追跡できるよう真守はDSKノーズも利かせていたが、どうやらその心配はない。
     必中じみた恐ろしい精度で放たれる毬亞の魔法矢が容赦なく降り注いでダメージを稼ぎ、聖太が的確に死角を潰す形でことごとく回り込まれてしまっては、さしものデモノイドロードも為す術がなかった。
     磯良の鋼糸が一本、また一本と長月の巨体を絡め取り動きを封じていく。
     もう人語でさえないデモノイドロードの叫びは、果たして灼滅者への呪詛なのか、それとも迫る死へあらがうためのものなのか。実際何度か傷は癒えたようだが、それも聖太によって幕が引かれる。
     左の指間にずらりと並んだ刃。
    「見せてやる、手裏剣甲の真の威力を」
     高速回転により今や全身が刃と貸した聖太の体当たりで、青い寄生体が細切れになって千切れ飛ぶ。
     もはやこれ以上手を下す必要はないと判断したカツァリダと真守が見守る中、ずるずると用を成さない肢体をひきずってデモノイドロードが地を這う。その先では、あきゑが腕を組んで待ち受けていた。
     しかし、二度も殺されるなんて、エリアルの感覚で言えばそれは悪夢でしかない。
    「……ああ、だからシャドウなのか」
     おそろしく皮肉げな笑みで、エリアルは哀れな異形の最期を見守る。
    「しかし、慈愛のコルネリウス……一体何の目的でこんな事を」
    「さあ。ダークネスの、しかも変わり者揃いのシャドウが一体何考えてるかなんて、わからない」
     それもそうか、と毬亞は聖太の発言に納得する。
     息も絶え絶えとなった長月の目の前、あきゑがにこりと笑顔を作った。
    「知ってるか? 死んでも許されない事って有るんだぜ? ほら」
     後ろにいる『彼女達』も、そう言ってるよ――そう囁いたあきゑが指し示した方向には、コの字に高くそびえるコンクリート壁が見えた。
     光の粒子となって消えゆく長月が、あきゑの指の先に見た光景。それを知る術はない。
     声もなく何かを訴えた、それ以外は、何も。何も。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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