「はぁ、はぁ……」
まだ胸がどきどきしている。
澄子は息を整えて、夜の町を見渡した。
「どうしよう……」
未成年の少女ひとり。
タクシーに乗って目的地まで行くほどのお金はないし、それにひとりではきっと怪しまれてしまう。補導されないとも限らない。そんなことになったらまた、あの力を使ってしまうかも――……!!
「だれか、助けて……」
助けてよ。
私を、あの子のいる町に連れて行って……!!
「一般人が闇堕ちした場合、ほとんどはすぐにダークネスとしての意識にとって変わられるんだけど、たまに例外があるんだ」
それが、今回予知された高校一年生の少女・澄子。
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は地図で新潟のとある駅前を指差しながら説明を始めた。
「彼女がいるのはこの辺り。駅前の大通りをさまよってる。夜行列車に乗って東京に行こうとしてたんだけど、素行の悪い男に絡まれて……」
ヴァンパイアとしての力を使い、その場から逃走した。男の命は助かったようだが、事件によってホームは騒然となり、電車で町を出ることは叶わなくなってしまった。
「まだ力を使いこなせてないし、人間としての意識も残ってる。けど、このままじゃ完全なダークネスになるまでそれほどの猶予はないよ」
助けるなら、今しかない。
まりんはゆっくりと集まった灼滅者たちの顔を見渡した。
澄子のヴァンパイア化は双子の妹・湊子の闇堕ちに呼応してのものだ。本能的に悟った澄子は妹に会うため東京に向かおうとしている。二人は幼い頃に生き別れ、別々の人間に引き取られて育った。妹の暮らしが楽ではないことは、たまにやり取りする手紙で聞いていた。
十年間、一度も会ったことはないけれど、会えば分かると知っている。
「だって、双子なんだから……!!」
夜の町。
既に二十三時を越えて、日付が変わるまであと少し。
大通りはタクシーや駅の利用者が行き交うが、ひとつ裏通りに入るとそこは闇の中――。
「澄子の願いはただひとつ、妹のところへ行くこと」
まりんは神妙な声色で告げた。
闇から助け出すための言葉も行為も、全ては澄子の心がどのように受け止めるかどうか。倒された時に灼滅されるか、あるいは灼滅者として生き延びるかは戦ってみないとわからない。
生きてきた環境と年月がその人間をかたちづくる。
意志と願いが心を決めるのだから……。
参加者 | |
---|---|
楯縫・梗花(流転の帰嚮・d02901) |
日野森・沙希(劫火の巫女・d03306) |
秋良・文歌(死中の徒花・d03873) |
安土・香艶(メルカバ・d06302) |
久条・統弥(槍天鬼牙・d20758) |
高階・桃子(追憶の桃・d26690) |
リゼ・ヴァルケン(緋色の瞳・d29664) |
弛牧・星亜(デンジャラスウォーロック・d29867) |
●闇の旅路へ
「ねえ、あなた。夜行バスの乗り場まで道案内をお願いできない?」
不意に声をかけられた澄子は、びくりと肩を震わせ顔をあげた。そこに大人ではなく同じ年頃の少女二人を見てほっと胸を撫で下ろす。
「あの、えっと……私もこの辺りは詳しくなくて……」
秋良・文歌(死中の徒花・d03873)は日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)と一緒に東京からの旅行者を装い、澄子に声をかけた。
「分からないの? 困ったわね、出発の時間まであまり余裕がないんだけど」
「そうですね……誰か他に詳しそうな方はいないでしょうか」
夜の駅前。
終電で帰る人のまばらな波はすぐにタクシーや迎えの車に吸い込まれ、消えてしまう。ふと耳を掠めたのは、高校生か大学生か、少し年上の青年たちの会話だった。
「あー夏休みあっという間だったなー、東京帰りたくねー」
「そうは言っても、もうそろそろお暇する時間だよ。東京の気温はどんな感じだろう」
「どうせあっちーに決まってるわ。ま、夜行バスにしたのは正解だったよな。経費かなり浮いたし」
振り返ると、線の細そうな青年と逞しい体つきをした青年が気心の知れた感じで話している。同じく東京からの旅行者を装った楯縫・梗花(流転の帰嚮・d02901)と安土・香艶(メルカバ・d06302)だった。
すみません、と沙希が声をかける。
「この辺りに東京行きの夜行高速バスの乗り場があるって聞いたんですが、よく場所がわからないんですっ。ご存じないです?」
「ああ、君たちも東京なんだ。東京行きはね……」
ことさら『東京』というワードを強調する梗花の後を継いで、香艶が「こっち」と駅の裏手を指さした。
「乗り場変わったんだよな。何時のバス? ……ああ、なら俺達と一緒じゃん。一緒に行こうぜ」
「ありがとうございますです。東京に帰れなくて困っていたんですっ」
沙希が礼を言い、連れ立って乗り場に向かおうとした四人を呼び止めて、澄子は意を決したように言った。
「あ、あの、私も一緒にいい……ですか? 席がまだあればいいんだけど……」
ああ、と香艶が気楽に請け負い、文歌は「もちろんよ」と手を差し伸べる。嬉しそうにその手を取る澄子は知らない。
それは東京行きの切符ではなくて、もっと別の、人生を変えてしまう場所への案内状だった。
●路地裏にて
きた、と呟いたのは久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)だった。仲間たちに手を振って脇道に身を隠す。
「それじゃ、人避けお願いします」
高階・桃子(追憶の桃・d26690)が促すと同時に、リゼ・ヴァルケン(緋色の瞳・d29664)と弛牧・星亜(デンジャラスウォーロック・d29867)によるサウンドシャッターと殺界形成が戦場となる路地裏を外界から遮断する。
「あれ……?」
何だかおかしい、と澄子が気づいたのはその前後だった。
路地を行けども乗り場にはたどり着かないし、それにこの殺気。不安になって足を止める。――まさにそれを狙っていたかの如く、力を解放した統弥が澄子の背後に身を晒した。
「だっ、誰!?」
「ちょっと君に用があってね、少し時間をもらうよ? 怪しいけど心配しないで?」
さらりと人をくった台詞を返す彼の背後からゆっくりと桃子が歩み出た。闇の中、長い髪が夜風をはらんで揺れる。
「貴女、身体の異変に気づいてるんでしょう?」
「え……」
あからさまに澄子の肩が震えた。
思わず後ずさった先で、沙希にぶつかってしまう。
「あ」
声を上げる澄子に沙希は真実を告げた。
「澄子さんが力を使ったこと、私達は知っているのです」
「なんで、私の名前……。それに力って、まさかあれを見ていたの?」
自分の両腕を抱いて首を振る澄子。あれは、自分でもよくわからない力だった。男に無理やり腕を掴まれて、振りほどいた瞬間――赤い靄のようなものが男を切り裂き、血しぶきをあげて――……。
「いやっ、違う、あれは私のせいじゃない!」
「落ち着いて。大丈夫、まだ間に合うわ。あなたは闇に堕ちかけてるの。そして、おそらく妹さんはもう――」
ヴァンパイアというダークネスの存在。
それは、闇堕ちする時に近親者を道連れにするという。
よく分からないけれど、妹はもう還らない、という事実が澄子を最も残酷に打ちのめした。
「うそ」
「事実だ」
香艶は否定しない。
「でも、一つだけ変えられることがあるのです」
沙希は再び手を差し伸べる。
「澄子さんが私達の手を取るというのなら、私達はあなたに選択のチャンスを与えられるのです」
●闇か、それとも
(「こういうの、苦手なんだよなぁ」)
はあ、と星亜は仲間に気づかれないようにため息をついた。
こんなの、成功したって失敗したって、どっちにしても後味が悪い。だって、彼女の一番大切な相手が助けられないのは既に確定しているのだ。
案の定、澄子は今にも崩れ落ちそうな顔でいやいやと首を振っている。
「でも、だって、湊子は駄目なんでしょう? 私が助かっても、あの子は戻ってこないんでしょう?」
やばいよ、とリゼの腕を肘でつつく。
「なぁんか、なら一緒に闇堕ちするって言い出しかねない雰囲気じゃない?」
「…………」
実の姉にダークネスから助けられた過去、自らの命と引き換えに死んだ姉。姉妹を失う気持ちは痛いほどわかる。
だから、リゼは澄子に向かい合い、唇を開いた。
「妹を助けたい気持ちは分かる。でも、それは多分叶わない。だから、貴方だけでも生きて欲しい。――わたしの姉さんが、わたしにそうしてくれたように」
「いや!!」
認めたくない――澄子が叫んだとたん、紅の逆十字がリゼの足元からせり上がった。
「危なっ……」
とっさに星阿はリゼを突き飛ばし、身を持って庇う。次々と解除の言葉が連なり、夜の路地裏はささやかな戦場と化した。
「僕が、かえらせてあげるから」
梗花の呟きはすぐさま、鬼神変化した巨腕を振るう戦闘音に取って代わられる。なりそこないでも、澄子が目覚めかけているのはヴァンパイア。
(「手加減は……できない」)
慣れない力に翻弄される澄子の姿に重なる別の人の影。
「……絶対、ぜったいに、救い出さないと」
「ああ」
短く、しかし、万感の思いを込めた香艶の頷き。
少女を穿つ槍は烈しく、優しい。
己の傷を知るものだけが、人の傷を知ることができる。
「きゃあっ」
グラインドファイアの炎に撒かれた澄子は無我夢中で霧を纏い、痛む火傷を手で庇った。統弥は淡々と、DMWセイバーを起動。
「ひっ……」
「これがボクの力、気味が悪いよね。でも受け入れた」
そして、と斬りかかる。
迎撃は紅の、ヴァンパイアの気――!!
「それがキミの力。受け入れる? それとも、力に飲まれる?」
「あ、あ……」
泣いている。
澄子は恐怖と絶望の前に震えている。
だが、抗うにはその力を制御するしかないのだ。
「逃げてもいいよ」
「え……?」
「でも、妹さんの心を救いたいなら立ち向かうしかない」
澄子の抵抗が僅かに緩んだ。
今、と桃子の放つギルティクロスが澄子のものよりはっきりした輪郭を露わにして、彼女の身を心ごと引き裂く。
「協力しますよ、もし貴女が望むのなら」
「そうそう。もし湊子ちゃんに会いたいというなら、僕たちが連れて行ってあげるよ」
仲間の張り巡らせたワイドガードを更に強化する形で展開しつつ、星亜はさらっとそんな事を言った。当然、澄子の視線が彼に釘づけとなる。
「ただし、澄子ちゃんがその力を自由に使えるおうになってからだねぇ」
「私が、この力を……?」
そう、と桔花が頷いた。
眠りを覚ます風が戦場を吹き抜ける。
「闇堕ちすればもう、人であった頃の意識は完全に消滅する。辛いけど、それは事実だ。僕にも大切な親友がいて、もしかしたら、澄子さんみたいな背景を背負ってるのかもしれない……」
辛いけれど、それでも、さよならをしなければならない時はいつかやってくるのだ。妹と繋がった心の闇が「おいで」と手招きする誘いを、振り払う意志の力が必要なのだ。
「湊子……」
名前を呟くことしか、澄子にはできない。
「私にもお姉ちゃんがいるから、だから、判るのです。自らの手で妹さんを助けることができる機会を逃さないで下さいですっ」
それが例え、二度目の死を与えることであったとしても。
沙希は手を伸ばす。
澄子はまだ躊躇っている。
「皆同じよ。力への恐怖も、大切なひとに対峙する不安も」
戦場を照らす光と癒しの歌声は文歌から発せられている。誰一人として倒させはしないという強い意志を裏打ちするのは、自分が彼女と同じ立場であったから。だから諦めたりはしない。香艶は澄子の紅刃を受け流すように躱して、鋼鉄拳を打ちこむ。梗花の放つフォースブレイクが紅の霧を払うように、電流のように迸る魔力を澄子に叩き付けた。
「あっ!」
澄子の膝が折れる。
具現化する十字架をリゼのビハインドが打ち砕く。守られながら、リゼは告げる。
「わたしたちと一緒に来て。戦う力や生きる術なら教えてあげられる。わたしも協力するから、ね?」
「ええ、約束する」
文歌もまた、はっきりと請け負った。
「っ……」
心も体も傷だらけになりながら、やっと、澄子は頷いた。沙希の手を握りしめる。そのまま意識を失い、再び目覚めた時――彼女はダンピールとなっていた。
「はあ、よかったよかったぁ」
「泣いてるの?」
「おっと、見ない振りしてくれない?」
リゼと星亜はこそこそと何か言い合っている。桃子の治療を受けた澄子は学園への転入を素直に受け入れた。
「というか、他に居場所もないし……」
よろしくお願いします、と頭を下げる。
「あ、一応連絡先を渡しておくよ。力を貸して欲しい時は何時でも呼んで」
統弥の申し出を、澄子は丁重に感謝の意を示して受け取った。
「ありがとう」
「東京へは行くの?」
「…………」
澄子は否定する。
あれほど感じていた、呼ばれている、という焦燥感は完全に欠落していた。
「負の連鎖を止める為に闘う道を選ぶ、か」
よろしく、と差し出した香艶の手を澄子は遠慮がちに握りしめる。武闘家の厚い手のひらだった。
「学園は楽しいところだよ。僕達みたいな力を持つ学生達の集うところ。……あ、どちらにしても東京行きの手段は探さないとね」
場所は東京なんだ、と。
梗花ははにかむように笑って言った――……。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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