
「あぁぁ……指が、指がぁ……」
「あらあらぁ、折れてしまいましたかぁ?」
手を抑えてうずくまる若者を気遣う様に、その傍へ歩み寄る少女……否、薄明かりに目をこらせば、それなりに歳を重ねた大人の女性である事がうかがい知れる。
「ほら、こうすればもう安心ですよぉ」
――ひゅっ。
優しく男の手を取ったかと思えば、折れた指に処置を施す。
「え? ……う、うわぁぁーっ!!」
「あらあらぁ、駄目ですよそんなに大きな声を出したらぁ」
「むぐっ!? むうぅっ!」
折れた指を切断され、痛みより恐怖に悲鳴を上げる男。その口を手で抑えながら、女は一層穏やかに笑う。
「どうせ私の聞きたい情報はご存じ無いんでしょう? でしたら無理に喋って頂かなくてもぉ。貴方の命で私を楽しませて下されば十分ですからぁ」
「むううぅぅーっ!」
逆ナンパに応じて彼女に着いてきた事を後悔しつつ、男は徐々に解体されてゆく自分の身体を見ている事しか出来なかった。
「新潟ロシア村の戦いの後、ロシアンタイガーを捜索しているヴァンパイア達については既にご存じかしら?」
有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)によると、今またその捜索に当たっているヴァンパイアが、任務そっちのけで一般人の虐殺に興じていると言う。
「これ以上の被害を出さないよう、一刻も早く対処して下さいまし」
そのヴァンパイア――アリョーナは、爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われた個体であり、ロシアンタイガー捜索任務につくことで一時的に自由の身となっている。
長年の奴隷生活の鬱憤を晴らすかの様に、一般人を虐殺していると言う訳だ。
「やがては捜索任務に戻るなりなんなりするのでしょうけれど、それを待っては居られませんわ」
アリョーナは、関東近県の繁華街に出没し、主に若い男女を標的としている。灼滅者達が現地へ赴けば、あちらから接触してくる可能性は極めて高いと言う。
「あちらは貴方達の事をただの獲物だと思って疑わない。その有利を上手く活かして下さいまし。力を制限されているとは言え強敵ですけれど、勝算は十分に有るはずですわ」
戦場となるであろう路地裏は、外灯もあり比較的広い。夜間であれ戦うには困らないだろう。一般人が紛れ込む危険も無いと言う。
またアリョーナは、配下などを連れて居らず単独であると言う。鋭利なナイフを扱い、コウモリを飛ばす等の戦法を持つ。
「不利になれば、撤退を考慮する可能性も無くはないですわ。と言うのも、ヴァンパイアという種族のご多分に漏れず、彼女もかなりプライドが高い。逃げると言う選択肢は、基本的には取りたくないはずですの」
挑発する等してそのプライドを刺激すれば、逃げられる事なく仕留める事が可能なはずだ。
「貴方達なら成し遂げられるはずですわ。気をつけて行ってらっしゃいまし」
そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176) |
![]() 赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959) |
![]() 更科・由良(深淵を歩む者・d03007) |
![]() 西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504) |
![]() 神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017) |
![]() 屍々戸谷・桔梗(血に餓えた遺産・d15911) |
![]() サブジェクト・ツーチェンジ(冒涜の赤龍・d25962) |
雨摘・天明(空魔法・d29865) |
●
(「あーとっても楽しい。自由って素晴らしいですねぇ♪」)
嫌が応にも人目を惹く銀髪にゴシックドレス。軽やかな足取りに鼻歌でも聞こえてきそうな、いかにも上機嫌で歩む外国人の女が一人。
それもそのはず、長きに渡って爵位級ヴァンパイアの元で奴隷として過ごしてきた彼女は、ロシアンタイガー捜索任務で一時的にその拘束から解かれ、ほぼ自由に行動出来る状況なのだ。
(「この国もなかなか素敵な所ですねぇ。男も女も少し声を掛ければホイホイついてくるし、全く警戒感がないんですもん」)
夜が近づくにつれ、賑やかさを増して行く繁華街。自分に向けられる好奇の視線を感じつつ、今夜の獲物を物色する吸血鬼。彼女の名はアリョーナ。
「……見つけたぜ。あそこだ」
「……はい、特徴は全て一致していますね」
赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の視線の先、ゆったりと歩む銀髪の女性を確認して答える神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)。
「あんな目立つ格好、まずヤツだろう。こちら接触班だ、標的確認。今から接触する」
携帯に繋いだイヤホンマイクに向かってそう告げ、二人はアリョーナと思しき女へとゆっくり近づいて行く。
一方その頃――
「了解。お気を付けて」
携帯の声に短く答えた龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)は、一行に向き直って頷く。
「無事接触出来た様じゃの」
「あとは上手くエスコートしてくれる事を祈りましょう」
ゆっくりと腰を上げる更科・由良(深淵を歩む者・d03007)と、現在時刻を確認する西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)。
ひとけの無い路地裏で待機する彼らは、待ち伏せ組の面々だ。
「私らもぼちぼち準備といこうか」
「あぁ」
屍々戸谷・桔梗(血に餓えた遺産・d15911)の言葉に頷くと、一同はそれぞれ物陰へと姿を潜める。サブジェクト・ツーチェンジ(冒涜の赤龍・d25962)も今は人の姿のまま、闇に紛れる。
(「初めての相手が、ヴァンパイア……。まぁ、うん……怖い、けど……。あたしはあたしできるだけのこと、してみる」)
そんな待ち伏せ組の中、自分を落ち着かせる様に深呼吸を繰返すのは雨摘・天明(空魔法・d29865)。武蔵坂の灼滅者として迎える初陣である。
「へぇー、二人はてっきり恋人なのかなって思っちゃいましたぁ。だからお邪魔しちゃ悪いかなって思ったんですけどぉ……」
「そんなんじゃねぇって、ただのダチだよ」
「でも、二人だけって言うのも寂しいと思ってたし、アリョーナさんとお会い出来て良かったです」
「そう言って頂けると嬉しいですねぇ。私は日本に来たばかりで知り合いも少ないし、お友達になって頂けると嬉しいですぅ」
その頃接触班の二人は、アリョーナとの邂逅を経て、繁華街からゆっくりと路地裏の方向へ歩み始めていた。
互いに真意を悟らせまいと表面上を繕いながら、両者は互いを獲物と看做し狩り場へと向かうのだ。
●
「大分歩いちゃいましたねぇ」
「そうですね、どこかゆっくりお話出来そうな所があれば良いのですけど」
静かな所を求めて、裏路地へとやってきた三人。
(「馬鹿な子達ですねぇ……繁華街からどんどん離れてるのに、全然不審に思わないなんてぇ」)
一向に疑問を持つ様子も無く、世間話に興じながら歩む二人を見て、半ば呆れつつ心中で呟くアリョーナ。けれど純粋で猜疑心を持たぬ獲物に、少しずつ自分の置かれた状況を把握させつついたぶるのは、彼女の最も好む所。
その意味でも、二人は彼女にとって理想的な獲物と言えた。
「ところで姉さんよ」
「はい?」
そろそろ事情を説明し、お楽しみの時間を始めようか。口を開こうとした刹那、布都乃の呼びかけがそれを遮る。
「そのイカした首輪、アンタにゃ似合いだぜ?」
「……え? な、何です……?」
「そのチョーカーの下に、隠していらっしゃるでしょう?」
とっさに喉元に手を伸ばすアリョーナ。だが、そこにはフリルの施されたチョーカーの感触。忌まわしい隷属の証である首輪が、二人に見えるはずはないのだ。
「他人の命で楽しんでおるらしいの……趣味の悪い遊びには、手痛いしっぺ返しが付き物じゃと……――身を持って知るが良いよ」
「っ?!」
背後から聞こえる声に振り向くとほぼ同時、由良の拳がアリョーナの頬を打ち据え、広がる霊力の網が彼女の身体に絡みつく。
「な……にっ?!」
「人殺しは殺人鬼の十八番だ……横取りはフェアじゃないぜ」
続けざまに桔梗のエアシューズがアリョーナの背を捉える。状況を飲み込めないまま、走る衝撃と痛み。
(「タイミング、合わせて……タイミング……!」)
「ぐっ、貴方達はっ……!」
奇襲のタイミングを繰返し脳内でシミュレーションしていた天明が、概ね予定通りに飛び蹴りを見舞った所で、ようやく自分が策にはまった事を理解するアリョーナ。
「無様だな、ヴァンパイア。その首輪は何だ。まるで『飼われて』いるようじゃないか。それのストレス発散を獲物でするしかないとは、笑わせる」
そんな吸血鬼をあざ笑いながら鉤爪を振るうのは、龍の姿に戻ったサブジェクト。
「……そんな事まで、知ってるんですかぁ……?」
灼滅者達の集中攻撃を受けたとはいえ相手は吸血鬼。そう簡単に倒れる事は無い。
乱れた前髪を掻き上げつつ、かえって静かな口調で呟き始める。
「すっかりお二人に騙されてしまったみたいですねぇ……でも、私全然怒ってませんからぁ。だってぇ、二人だったはずの玩具が八人になったんだもの」
アリョーナは怒りを押し殺し、そう言い放つ。笑みが引き攣るのは、攻撃を受けた痛みのせいだけではないだろう。
「仕事もせず憂さ晴らしとは迷惑な。そこまで捕われるのが嫌なら解放してあげますよ」
織久の闇器【闇焔】が地面を削るように低い軌道でなぎ払われる。
「ぐっ?! 余り調子に乗ると……さすがの私も怒りますよぉ?」
どす黒い殺気がアリョーナの足下から湧き出すように広がり、蠢きながら次第に膨張。それはやがて無数の蝙蝠となって、一斉に灼滅者へ襲い懸かる。
(「さすがは……力を制限されていてこの威力ですか」)
柊夜は負ったダメージの具合を確認しつつ心中で呟くと、すぐさまTraitorを手に間合いを詰める。
「っ……」
――キィンッ!
ナイフを抜き放ち、柊夜の斬撃を受け止めるアリョーナ。この間にも天明は、清めの風で仲間の傷を治癒する。
「そんな手品じゃ、驚きもしねぇぜ」
「失望させないで欲しいものじゃのう」
身に纏う闘気を紅蓮の炎に変え、継続してインファイトを挑む布都乃。由良もこれに呼応し、敵の側背に回り込む。
難敵である事は重々承知の上で、あくまで余裕の態度を見せる灼滅者達。それはアリョーナを挑発する目的に加え、人間を虐殺する事を遊びとしか捉えていない彼女に対する、ある種の矜持なのだろう。
「……良いですよぉ、これまでは一方的に狩られるだけのつまらない獲物しか居なかったんですからぁ。これくらい足掻いてくれた方が、狩り甲斐もあると言うもの……」
一方アリョーナも、そんな灼滅者達の心中を推し量ってか、そんな挑発的言葉を投げかける。
心理戦と並行し、より激化してゆく両者の技の応酬。
若者達で賑わいを見せる繁華街から離れる事僅か、路地裏では人知れず善と悪の死闘が繰り広げられていた。
●
――ブンッ!
「ちっ、ちょこまかとすばしこい上に、しぶとい連中ですねぇ……」
炎を帯びた織久の闇焔を、紙一重で回避するアリョーナ。切断された銀髪の一房が空中で燃えてそのまま灰になる。
灼滅者達は間断無い波状攻撃によって、吸血鬼を攻め続けていたが、敵もさるもの。致命的な一撃を避けつつ、隙あらば痛烈な反撃を繰り出して来る。
「……」
経過したのは十数分程度の時間だが、息つく暇も無い緊迫の状況は、天明にとって果てしなく長い時間に感じられたかも知れない。
だが、そんな状況でも彼女は集中を切らす事なく、的確に癒しの矢を放ってゆく。
「ところで、若い方ばかり狙うのは何故でしょう」
非物質化したクルセイドソードを振るいながら、問いかける柚羽。実戦経験豊富だけあって、精神的には余裕を感じさせる。
「何故、ですってぇ? 決まってるでしょ、活きが良くて新鮮な方が遊んでて楽しいからですよぉ」
アリョーナもまた、楽しげな口調でそう応える。
「嫉妬か何かあるのでしょうか」
「……は?」
だが、ぽつりと零すように呟いた柚羽の言葉に、ぴくりと眉を反応させる。
「お高く留まってる割にゃ動きがお粗末だぜ年増!」
一瞬の隙を見逃さず、アリョーナの背中に魔力を籠めた拳を叩き込む布都乃。
間を置かず、桔梗の天星弓より放たれた矢が、よろめいた吸血鬼の左腕を射貫く。
「ぐうぁっ! な、何ですってぇ……」
痛みに加え、年齢の事までも指摘され、さすがに上品ぶった態度も揺らぎ始めるアリョーナ。
しかし怒りに我を忘れるのではなく、その視線はいざという時の退路を求めて動く。
彼女のプライドからすれば、多勢に無勢とは言え、灼滅者相手に撤退は到底耐え難い選択であろうが……。
「私たちのことを半端者などと言う割にその程度ですか」
「あれ、おばさんもう終わり? 若者相手じゃ体力持たないとか?」
「色情に狂った年増が男を誘い込んで解体か? ……己の快楽を満たすにはお粗末な趣向だな、所詮はお上品な『捨て犬』の浅知恵って所かねぇ……」
「っ……ぐうっ!?」
そんな相手の退き気配を察知して、先手を打つように強い挑発の言葉を一斉に浴びせる柊夜、天明、そして桔梗。
フリュスケータから放たれる呪いと、魔術によって呼び起こされた竜巻がアリョーナを包み込む。
この攻撃が挑発と相俟って、彼女の心理状態にかなりの影響を及ぼしたであろう事は疑う余地もない。
「どうした、その獲物にしか見ていないであろう我等にやられるのか? これは逃げられないなぁ、ここで君がおちおち逃げて生還したとなれば、それは無様この上ない! 惨めでしょうがないぞ、ヴァンパイア!」
「だ、誰が逃げるか! 一人ずつじわじわ、ゆっくりと切り刻んでやるッ!」
冷静になる隙を与えず、挑発と攻撃を繰り出すサブジェクト。アリョーナはドレス越しに牙を突き立てた彼を撥ね除け、ナイフを閃かせる。
「ハハハ、いいぞ。永遠に解放してやろう、この世から!」
織久もまた、幾つかの手傷によって滴る血を拭う事無く、高まるテンションと共に燃え上がる殺意の黒炎をアリョーナへと叩き込む。
「ぐあぁっ! うっ……ぐ……」
炎に包まれつつ、地面を転がる手負いの吸血鬼。蓄積され続けたダメージは、限界に達しようとしていた。
「ま、まだ……この程度で……」
そんな状況であれ、尚も立ち上がろうとする吸血鬼。
戦況を覆す事は難しくとも、吸血によって体力を回復する事が出来るアリョーナ。ともすれば、この状況から逃げおおせるくらいの事はしかねない。
――バキィッ。
「ぎゃあぁぁっ!!」
彼女の手がナイフを拾い上げようと柄を掴んだ瞬間、それを踏みつけたのは由良の足。
「どうした? もっと足掻いても構わぬぞ? 儂らも心ゆくまで付き合おう」
「ぐ、ううっ……」
口の端を歪め、笑みを浮かべつつ見下ろす由良を、苦悶と憎悪の眼差しで見上げるアリョーナ。
「……私の負け、の様ですねぇ……」
だが、次の瞬間には瞑目し、糸が切れた様に殺意を霧散させる。
これまで幾度となく狩ってきた獲物と、今の自分が同じ立場に居る事を悟ったのだろう。
「知ってるか。タイガーは死んだぜ?」
「……そうですかぁ」
布都乃が冥土の土産に告げた言葉にも、さして興味なさげに応える。やはり任務よりも束の間の自由を満喫する事の方が、遙かに大きなウェイトを占めていたのだろう。
「では、の」
死を受け入れた相手にこれ以上の言葉は不要であろう。由良は介錯の一撃を吸血鬼へと見舞う。
僅かな自由を得る為に彼女に課せられた代償は、果てしなく高い物となったのだ。
「従者と奴隷の違いは忠誠心の差でしょうか。話で聞いたデボネアさんはとても主に忠実だった様ですけれど」
ボスコウは人望の無い爵位級ヴァンパイアなのだろうか、これまでの伝聞情報からそんな推測をする柚羽。
「悪いな……今度生まれ変わったら友達にでもなろうや……」
自らも多くの命を殺めてきた桔梗。その理由や経緯はアリョーナとは大きく異なる物だったが、それでもある種のシンパシーを感じる部分はあったのかも知れない。短く祈りを捧げ、裏路地にきびすを返す。
「じゃ、行きましょうか」
「さすがに疲れたわ……」
彼女を待っていた一行もまた、ゆっくりと歩み出す。
一般人を虐殺し、鮮血を貪る吸血鬼アリョーナ。
灼滅者達はその灼滅を無事完了し、静かに凱旋の途につくのだった。
| 作者:小茄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2014年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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