残暑は尽きず、炎は燃える

    作者:波多野志郎

    「ホーホホホホホホホッ!」
     森の中へと、その一団は消えていく。引き裂かれた服のボロを身にまとう彼等は、元はツーリングへとやって来た一団だった。しかし、その文明の利器であるバイクを道の駅へと置いて、大自然へとその身を躍らせた。
    「ホーホッホッホッ」
     ああ、何となくこれが原始人っぽいのかなぁ、という動きで、四人は奇声を上げて森の奥へと消えていく。その走りは、まるで何かに導かれるかのようだった……。

    「別に、暑さにやられた訳じゃないんすよ?」
     言ってから笑えないと思ったのだろう、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は表情を改めて語り始めた。
    「恐竜のような姿をした、謎のイフリートが出たんすけどね?」
     謎のイフリートは、厄介な能力を持ってる。それは、自分の周囲の気温を上昇させ、内部の一般人を原始人化する、というものだ。最初は狭い範囲だが、その範囲は徐々に広がっていく――最終的には、都市一つが原始時代のようになってしまう可能性がある。
    「そこは、峠ではあるんすけど道の駅や人里、キャンプ場とかも近いんすよ」
     山と言っても、人のいる場所といない場所の差は激しいのだ。範囲が広がってしまえば、多くの人間がその影響化に入ってしまうだろう。
    「イフリートがいるのは、効果範囲の中心地点になるので、見つけるのは難しくないっすけどね。原始化した一般人が強化一般人化してるんで面倒なんすよ」
     イフリートは、見た目ティラノサウルスにも似た二足歩行の爬虫類だ。そのサイズは六メートル近く、その攻撃力も耐久力も油断ならない。それに加えて、厄介なのは四人の強化一般人だ。
    「四人の強化一般人が、回復してくるんすよ」
     ただでさえ高い耐久力に、回復役までいるのだ。持久戦に持ち込まれれば、こちらが押し切られてもおかしくない。その事を忘れずに、戦術を組んで挑んで欲しい。
    「後、戦場は森の中にあるっす。この障害物のある状況をどう活かすか、でかなり違うっすよ」
     巨体のイフリートでは、この森の中では動きが鈍る。それを活かせれば、戦況を有利に進める事も可能だ。
    「イフリートが灼滅されれば、原始人化していた一般人も徐々に知性を取り戻していくっす。多少の混乱などはあるかもしれないっすから、それなりのフォローをしてあげられれば良いかもっす」
     何にせよ、イフリートを倒すのが最優先だ。それに全力を注いで欲しいっす、と翠織はそう締めくくった。


    参加者
    神羽・悠(炎鎖天誠・d00756)
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    銀・紫桜里(桜華剣征・d07253)
    久次来・奏(凰焔の光・d15485)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)
    グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)

    ■リプレイ


    「ホーホホホホホホホッ!」
    「流石6m級イフリート! でっけーな!!」
     引き裂かれた服のボロを身にまとう達の前にいる、巨大な鱗を持つ獣を木陰から覗いて神羽・悠(炎鎖天誠・d00756)は思わず声を弾ませた。
    「アレだけデケェんだ、きっとものすげー強いんだろうな! へへ、楽しみ!さっさとぶっ潰そうぜ!」
    「うん、範囲が狭いうちに倒さなきゃだね!」
     はしゃぐ悠に、同じく木陰から覗いていたグラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)も同意する。
    「森の中にイフリートなんて危険すぎますわ。今まで街中で見てましたけど、竜種も自然の中の方がいいんですかしら」
     ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)は、そう周囲を見回した。今は木々に隠れて見えないが、少し上がると目視できる距離に道の駅や人里が見えるはずだ。このイフリートの空間が広がっていけば、そう遠くない未来にそこも巻き込まれる事になるだろう――そう思えた。
    「戦いは好きだが、巻き込まれただけの一般人を相手にするのは気が進まない、とっとと倒すぜ?」
    「……いきます」
     時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)の言葉にうなずき、銀・紫桜里(桜華剣征・d07253)は答える。自身を奮い立たせるようにな呟き、それに仲間達もスレイヤーカードを構えた。
    「焔、舞え」
    「己を貫く為に武器を取る、炎鎖天戟「焔ノ迦具土」!」
     踏み出したと同時、久次来・奏(凰焔の光・d15485)の解除コードと共に炎が舞い散り、悠は神戟・焔ノ迦具土を引き抜く。灼滅者達に気づいたのだろう、イフリートがその黄金の瞳を見開き立ち上がった。
    「しかして、随分と巨大な竜であるな……かつて見た竜よりもちと大きいかの。まあ、やる事には変わりはあらぬでな、すまぬがここで終止符を打たせてもらうで、竜よ」
     その黄金の視線を真っ直ぐに受け止めて、奏は凛と言い放つ。地響きを立てて起き上がったティラノサウルスにも似た二足歩行のイフリートに、清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)も微笑して告げた。
    「ティラノサウルスを相手にするとは、ある意味男の子の夢だね。もっとも、悪いが君には子供達と出会う前に消えてもらうがね」
    「……本物の竜……ドラゴンとは、別の存在かもしれませんが……その力のほど……見せて頂きましょう……」
     三影・幽(知識の探求者・d05436)が、そう呟いた瞬間だ。イフリートがその口から、ゴォ!! と瀑布がごとき炎、バニシングフレアを吐き出す。一瞬にして視界一杯に広がる炎、それが戦いの始まりを告げた。


    『グル……』
     イフリートが、喉を鳴らした。地面を二本足の爪でしっかりと掴み、牙を剥いて威嚇する――それは、吐き出した劫火によって決着がついていない事を悟っているからこその動きだった。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
    「へへ! 燃えてきたぜ!!」
     ザザザン! と悠の原罪ノ灯がバニシングフレアの炎を切り裂き、荒れ狂う。そのブレイドサイクロンに合わせて、紫桜里が桜の花弁を想わせる輝きに包まれレタ右手をかざした。
    「合わせます」
    「うむ」
     音もなく紫桜里を中心にあふれ出したドス黒い殺気、鏖殺領域がイフリートと強化一般人達を飲み込まんと走る。自在に形を変える黒い津波がごときそれに続くように、奏はかざした右手をグっと掴んだ。
     直後、イフリートの巨体を飲み込むように渦巻く風の刃が巻き起こる。ビシビシビシ! とその鋼鉄のように強固な鱗に傷を刻んでいく――奏の神薙刃だ。
    「まだまだ暑いね。今回も冷たい炎をサービスしよう」
     利恵が両腕を振るった瞬間、冷たい炎が放たれる。ビキビキビキ――! と触れるものを凍てつかせる炎が、イフリートと強化一般人達へと襲い掛かった。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     イフリートへ届く直前、その背から生えた炎の翼が凍てつく炎を相殺、切り払った。龍翼飛翔、比喩ではない翼での斬撃だ。
    「……ケイ」
     幽が黒暁剣を掲げセイクリッドウインドを吹かせると、霊犬のケイもベリザリオへと浄霊眼の眼差しを向けた。その回復を受けて、ベリザリオは微笑んだ。
    「ありがたいですわ」
     そう告げて、ベリザリオはEscudo de luna llenaを頭上へ掲げる。守りたい、その願いと意志が仲間達を包み込むようにシールドを展開させた。
    「行くよ!」
     そして、木の影から飛び出したグラジュが放ったオーラの砲弾が強化一般人を捉える。しかし、強化一般人はかろうじて踏みとどまった。
    「俺の本気モード!」
     無敵斬艦刀を頭上に掲げ、気迫で髪の毛を焔のように揺らめき逆立せながら竜雅が吼える。その直後、強化一般人達が動いた。
    「ホーホホホホホホホッ!」
     強化一般人達の回復が、イフリートへと飛ぶ。それを受けたイフリートが、炎の翼を広げて灼滅者達の中へと突っ込んだ。ゴォ! と土砂を巻き上げ、砂塵が吹き荒れる――その砂塵も、イフリートの龍翼飛翔に薙ぎ払われた。
    「……まさに龍、ですね……すごい迫力です……でも、皆さん……アレばかりに、気を取られないでください……! 清浄なる風……顕現せよ……!」
     すかさず、幽がセイクリッドウインドを開放する。牙を剥く凶悪なイフリートの牙が間近にある、それでも退かず幽は告げた。
    「冷静さを欠いては、相手の思う壺です……どうか、少しでも……!」
     そして、それに応じるように動いたのは奏だ。イフリートの目の前へと立ちふさがり、その異形の怪腕で顎を突き上げた。
    「主の相手はこの己れじゃ。余所見するでないぞ?」
     ガギン! と火花を散らしてのけぞったイフリートは尾で薙ぎ払おうとするが、奏はそれを掻い潜り木の影へ飛びずさる。それをイフリートが巨体を揺すりながら追いかけた。
    「乗ってきてくださいましたわね」
     それに、ベリザリオが追随する。森という戦場を舞台に、戦いは白熱していった。


    「ホホホホ!!」
    「加減はできないけど、悪く思うなよ!」
     竜雅が拳を地面に叩き付け、そこから溢れ出した炎の奔流が強化一般人達を薙ぎ払う。その竜雅のバニシングフレアと同時、合わせて動いた紫桜里が、木の幹を足場に強化一般人の一人への元へ駆け込んだ。
    「今は、休んでいてください」
     月華美刃の一閃が、強化一般人を切り伏せる。一人が膝から崩れ落ちた直後、悠が焔ノ迦具土を振り下ろした。
    「もう一丁!」
    「ホホ!?」
     悠の頭上で生み出された巨大な氷柱が、最後の強化一般人へと突き刺さる。その妖冷弾を受けて体勢を崩す強化一般人へ、グラジュは影の刃を放った。
    「ごめんね!」
     ズシャッ! とグラジュが走らせた斬影刃が最後の強化一般人を切り裂く。ゆっくりと地面に倒れる一般人を、利恵は抱き留め静かに地面に寝かせた。
    「上だ!」
     竜雅の声に、利恵は不意に視界が暗くなったのを感じる。上を見る余裕もない、上空から落ちてくる気配――跳躍したイフリートが炎の尾を振り下ろす!
     だが、その尾が利恵を打つ事はなかった。ベリザリオが庇い、Escudo de luna llenaを両手で構え受け止めたからだ。
    「舐――める、なあぁぁぁぁぁッ!!」
     一歩も退かない男気とともに、ベリザリオが白い光に包まれた両の拳を振るった。地面を砕き着地したイフリートの鱗が、白い打撃痕に火花を散らす。そして、奏が跳躍、イフリートの背へと加重を宿した蹴りを落とした。
    「二度も言わすでない――主の相手はこの己れじゃ。余所見するでない!!」
     ゴォッ! と砕けた地面に足を取られ、イフリートの巨体が転がる。しかし、イフリートは何事もなかったかのように、すぐに立ち上がった。
    「……あまり、無理はしないでください」
     幽がシールドリングを放ち、ケイの癒しの眼差しがベリザリオへと向けられる。その回復を受けて、ベリザリオは呼吸を整えた。
    「助かったよ」
    「……どういたしまして、ですわ」
     リングスラッシャーを射出しながら礼を告げた利恵に、ベリザリオも普段の口調に戻って笑いかける。イフリートは自身の鱗を切り裂くリングスラッシャーに構わず、再び灼滅者達へと突進した。
    (「……ここからが、本番ですね」)
     紫桜里は、月華美刃を構えてそう判断する。強化一般人達を先に倒す、その判断は正解だった。イフリートは、その巨体に見合った耐久力を持っている。回復という支援を受けたままで押し切るのは、至難の技だったはずだ。
     それに加えて、イフリートの攻撃力が脅威だった。当たり所が悪ければ、そのまま戦闘不能にまで追い込まれるだろう。八人と一体に対してイフリート一体でも互角の戦況だ。一人でも欠けてしまえば、この戦力バランスが崩れる――幽が誰も戦闘不能にさせない、その決意で回復役を務めたのが、大きい。
    「大きくても、まけない!」
     木々の間を縫うように、グラジュが駆けた。見上げれば、背後にはイフリートの巨体がある――森という環境を積極的に使ったグラジュだから理解出来る、イフリートもこの状況では全力を出し切れていないのだ、と。
    「グラジュ、こっちだ!」
    「うん!」
     悠の呼び声に素直にうなずき、グラジュが横へ跳ぶ。その動きにイフリートは視線を移動させるが、大きくその巨体が揺れた。
    「その巨体を支える脚、そこを崩させてもらう!」
     利恵の足元から伸びた影が、イフリートの二本足を深々と刃となって刺し貫く! 巨体を揺るがせながらイフリートは、その口からバニシングフレアの炎を吐き出した。
    「これがイフリートの炎……それでは、こういうのは……いかがでしょうか……!
     氷焉の使徒……!」
     幽の生み出した冷気の嵐が、炎と相殺される。それによって勢いが落ちた炎を、奏も舞うような動きで掻い潜った。そして、気付き――奏が声を上げる。
    「まだじゃ!」
     イフリートが倒れ込むように、その短い前脚を悠へと振り下ろそうとしたのだ。その再行動によるレーヴァテインを、悠はすかさず構えた焔ノ迦具土で迎え撃った。
    「させるかよ!!」
     バキン! と穂先を巨大化させたような零距離の妖冷弾が、イフリートのレーヴァテインを相殺する。大きくのけぞったイフリートを、駆け込んだ幽の黒暁剣の斬撃とケイの斬魔刀が、左右の脛を斬った。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』
     ドォ! と砂煙を巻き上げながら、イフリートが転倒する。元より、利恵の一撃で大きく体勢を崩していたのだ。起き上がる時間を与えられず、グラジュのオーラキャノンがイフリートへ放たれた。
    「みんなを傷つけないで!」
     ドン! と腹部に受けて、イフリートがのた打ち回る。尾を振る勢いを利用して立ち上がったイフリートへ、奏は炎に包まれた縛霊手を振り上げた。ドォ! とイフリートの顎を奏のレーヴァテインが捉える――黄金の瞳へと、奏は笑って言ってのけた。
    「その体躯では動きづらかろうて。見事捉えてみると良いぞ」
     その挑発に、イフリートは尾の一撃で応えた――はずだった。しかし、尾は空を切る。奏を狙った間隙を突いて豪快に叩き込まれたベリザリオの鬼神変が、イフリートの体を宙に浮かせたからだ。
    「まったく、無茶しますわね?」
    「信じての事じゃ、許せ」
     ベリザリオと奏が、笑みを交わす。確かに繋いだ――それに応えるために、三つの影が宙を舞ったイフリートへと迫った。
    「悪りぃが、これでトドメだ!」
     大木を足場に大きく跳躍した悠がイフリートの腹部を蹴り飛ばし、それと同時に竜雅と紫桜里が駆け込む。
     斬艦刀を地面に引き擦るように走り、イフリートの巨体を足場に駆け上るように跳んだ竜雅が、月華美刃を頭上に構え裂帛の気合いと共に紫桜里が――斬撃を放つ!
    「俺の一刀両断!」
    「これで……、終わりです」
     ザザン! とイフリートの巨体が文字通り両断された。悠のスターゲイザーがイフリートを地面へと叩き伏せる瞬間、ゴォ! と一瞬だけ火柱がそこへ立ち昇る。その火柱の中で、イフリートは一片も残らず燃え尽きた……。


    「あ、れ……? こ、こは……?」
     森の一角、目を覚ました一般人は目を丸くした。
    「だいじょうぶ?」
    「あ? ああ……だい、じょうぶだが……何で、こんな場所に?」
     覗き込んできたグラジュに、一般人は首を捻って呟く。その呟きに、優しく微笑んだベリザリオが告げた。
    「暑さで混乱して森の中に迷い込んでしまったようですわね。森から出たら涼しい場所で一度休養を取った方がいいですわよ」
    「え? そ、そうだった、のかな……? こんな、格好で……?」
     ベリザリオの微笑に、一般人が頬を赤らめたのは熱さや錯覚ではない。ラブフェロモンの効力は、バッチリである。
    「服がボロボロなのはふらついて木に引っかけたり転んだりしたのだろう」
    「あー、そ、そうか……」
     だからこそか、奏の説明にも深くは考えず、うなずいた。この様子ならば、バベルの鎖が記憶を曖昧にしてくれるだろう。
    「結局、何の痕跡の残ってなかったね」
     スポーツドリンクと冷却材を一般人達に手渡し、利恵はこぼす。手がかりは、遠い――しかし、あのイフリートが引き起こすであろう悲劇を防ぐ事が出来た、今はその事を素直に喜ぶべきだろう。
     一陣の風が、吹き抜ける。それは残暑を払うような、心地のよい冷たさを持つ風だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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