毒の残滓

    作者:のらむ


     深夜の学校の保健室。
     誰かが噂をしていれば幽霊の都市伝説でも現れそうなシチュエーションだが、あいにくそんなものはいない。
    「灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
    「…………」
     いたのは、少女と、これまた半透明の、白衣を着た無精髭の男性だけだった。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆くものを見捨てたりはしません」
    「………………」
     コルネリウスの問いかけに、白衣の男は答えない。ただ静かに、目を閉じていた。
    「聞いているのですか、茂木・徹」
    「………………………ああ、すまないな。今私は、自分の愚かさを噛み締めていた所なんだよ。目が覚めたと言ってもいい」
    「愚かさ?」
     ようやく目を開けた徹が、コルネリウスと向き合う。
    「その通り、私は愚かだった。死ねば全てが解決すると思っていた。なのに何だこれは。君はどう見ても天使ではなくダークネスだ。死んでもなお君のような輩に利用されるというのならば、もはや死は救済ではないと認めなくてはならない」
    「…………それを理解した上で、あなたは何を望むのですか?」
     コルネリウスの言葉に一瞬考えるような素振りを見せ、徹は懐から毒薬を取り出した。
    「私が長年研究してきた薬……いや『毒』を、正しい使い方で使うことだ。救済ではなく、ただ人を殺すために。出来れば対象は灼滅者がいい」
     そう言って徹は静かに笑った。
     徹の言葉に静かに頷き、コルネリウスが空に向かって言葉を発する。
    「……プレスター・ジョン、プレスター・ジョン、聞こえていますね?この哀れな殺人鬼を、あたなの国に匿ってください」


    「なんて迷惑な…………あ、今回は月居・巴さんの予想が的中し、事件を予測することができました。どうもありがとうございます」
     女子高校生エクスブレインがそう言って頭を下げると、月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)が静かに会釈を返した。
    「元六六六人衆序列六三〇位、茂木・徹の残留思念に、慈愛のコルネリウスが力を与える、という事件です。皆さんは現場へ向かい、作戦の妨害を行ってください」
     現場はとある高校、その保健室。前回灼滅者達が徹を灼滅した場所だ。
    「時間帯が深夜のため周囲には誰もおらず、一般人の避難については特に考える必要はありません」
     なお、慈愛のコルネリウスは灼滅者達に強い不信感を持っており、更に現場にいる彼女も幻の様な存在なので、コルネリウスとの会話、交渉は一切行えないらしい。
    「徹が灼滅者達の事をどう思っているかは分かりませんが……その場に皆さんが行けば確実に殺しにかかってくるため、戦闘は避けられないでしょう」
     残留思念は生前と変わらぬ強さを持っているため、決して油断はできない。
    「徹は相変わらず、毒とメスを使った戦闘を行います。今回、徹には撤退という選択はないため、若干攻撃を重視した戦いをするかもしれません」
     そこまでの説明を終えると、エクスブレインは灼滅者達を見据える。
    「慈愛のコルネリウス……彼女が何を考え、この様な事件を起こしているかは不明ですが、六六六人衆を復活させられるわけにはいきません……皆さんの無事を祈っています」
     そう言って、エクスブレインは灼滅者達に頭を下げた。


    参加者
    森田・依子(深緋・d02777)
    火之迦具・真澄(火群之血・d04303)
    葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)
    月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)
    鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)
    日輪・玲迦(汝は人狼なりや・d27543)

    ■リプレイ


    「……プレスター・ジョン、プレスター・ジョン、聞こえていますね?この哀れな殺人鬼を、あたなの国に匿ってください」
     慈愛のコルネリウスが言葉を発すると、茂木・徹の残留思念に力が与えられる。肉体が与えられ、半透明の身体にはっきりと色が付いた。
    「利用されてはいるのだろうがな、一応感謝しておこう」
     コルネリウスは徹の言葉を聞き終えると、身体が一瞬光り、そのまま消え去った。
     徹は自分の肉体の存在を確かめるように身体を伸ばし、ふうっと息を吐く。
     ザシュッ。
    「……………………またこれか」
     徹は若干うんざりした顔で自分の胸を見ると、見たことのある槍が胸を貫いていた。
    「やあ、また会ったね、茂木・徹。きみと本気の戦ができるのを嬉しく思うよ」
     月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)はそう言って槍を引き抜くと軽く後ろに跳び、徹との距離を取る。
    「これで3回目だな、君に串刺しにされるのは。全く……」
     胸からドロリと血を流しながら徹が振り向くと、そこには8人の灼滅者達が立っていた。
     徹は灼滅者達に恭しく礼をする。
    「今日は愚かな私の為に集まってくれてどうもありがとう。前回の私はかなりの逃げ腰だったが、安心してくれ。今日は逃げも隠れもしない。君達をきちんと殺してあげよう」
     徹の言葉に、朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)が軽くため息を吐いた。
    「慈愛、慈愛ね…………こんなのまで復活させちまうのは、さすがに自己満足としか思えないな」
     それは、今ここにはいないコルネリウスへの呟き。
    「こんなのとは失礼な。今の私は前の私とは違う。その意味が分かるか?」
     徹の問いかけに、葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)が答える。
    「死は救済である…………自分を正当化させるための、この最低の考えの事かしら?」
    「おや、よく分かっているな。正解だ。私はその考えの愚かさに気づいたのだよ」
     静かに笑う徹の前に、火之迦具・真澄(火群之血・d04303)が進み出る。
    「本当に身勝手でバカげた持論だぜ…………でもそれに気付けただけでもテメーは幸せだァな。まあもう死んでっから意味ねーけど」
     真澄の言葉に徹が肩を震わせて笑う。
    「全くもってその通りだ、くくくくく…………君達は本当にすごいな。私自身よりも私の事を理解しているんじゃないか?」
    「してねーし、したくもねーよ」
     日輪・玲迦(汝は人狼なりや・d27543)が言葉を続ける。
    「それに目が覚めたって言ってもな、イカレた変質者からただの殺人鬼になっただけじゃねーか」
    「おやこれは手厳しい、くくく…………」
     笑い続ける徹に、森田・依子(深緋・d02777)が静かに語りかける。
    「突然の暴力での死は、誰かの明日を奪うことと解って、また奪おうと?……させません」
    「ふむ……その点ではやはり分かり合えないようだな。まあ当然といえば当然か」
     六六六人衆の価値観など、それ以外の存在に理解できるわけもない。言葉に出さずとも、徹はそう語っていた。
    「宣言するわ」
     山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)チェーンソーの切っ先を徹に向ける。
    「あなたが少しでも回復を怠ったら、このギザギザでズタズタに切り刻む」
    「ならば私は予告しよう」
     徹がメスの先端を灼滅者達に向ける。
    「君達が少しでも回復を怠れば、私の毒とメスが君達の儚い命をあっさりと散らせることになるだろう」
    「そうなる前に、わたし達があなたを倒します」
     鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176)がはっきりと言い切り、言葉を続ける。
    「ここにいるのが、あなたの意思でもそうでなくても、終わったのなら、終わりにしましょう」
    「ああそうだな、終わりにしよう」
     元六六六人衆序列六三〇位と、8人の灼滅者の戦いが始まった。
     

    「まずはこれだろう」
     徹が全身から真っ黒な殺気を放つ。その殺気は前衛に襲いかかり、その身体に突き刺さった。
    「お初のヒーラー・マスミン! ご覧あれってな!」
     真澄がスレイヤーカードを開放すると、すぐさま防護符を前衛に飛ばした。
     次の瞬間、1つの影が動いた。透流だ。
     透流が燃え盛る炎を纏った足に力を込め、一気に駆け出す。
     そこから放たれた蹴りは徹の腹を抉り、焦げ付かせた。
     蹴りの衝撃で徹の身体が飛ばされる。いや、透流はあえて弾き飛ばしたのだ。
     飛ばされた先に、巴がいる事を分かっていたから。
     巴は徹の背中に蹴りを入れ、無理やり動きを止める。
    「死は、生物におけるあらゆる意味での終着点だ」
     巴が囁く。次の瞬間、無数の蹴りが徹の背中を打ち、最後に後頭部にキツい一撃を入れた。
    「そして、さしずめ僕らはきみにそれを与える使者というところかな」
    「ずいぶんと手荒な使者がいたものだな」
     透流と巴の連携攻撃によろめきながら、徹が懐から丸い玉を取り出す。それは毒ガスが詰まった煙玉。
     徹は足元にそれを投げて爆発させ、保健室に毒ガスを充満させた。
    「回復回復っとォ! 足りない分は自分でヨロシク!」
     即座に真澄のフェニックスドライブが前衛達の傷を癒やし、毒を解除する。
     回復に専念し、攻撃はほぼ行わないという真澄の戦法は、灼滅者達にかなり有利に働いていた。
     徹の放った毒ガスの中を突っ切る者がいる。草次郎だ。
     草次郎はドス黒い煙の中を通り抜ける。そして煙が晴れた頃には、草次郎の身体は異形と化していた。
     肌は青黒く、体格は精悍に。そしてその身体からは、六本の腕が生えていた。
    「…………シャドウの好きにゃさせねえ。てめぇにはここで消えてもらうぜ!」
     草次郎の六本の腕がそれぞれ槍を構える。そして一斉に振りかぶると、徹の全身を6度抉った。
    「…………ガハッ!!」
     血を吐きながら顔を歪める徹に、夢乃が剣を構えながら歩み寄る。
    「苦しんでいる所悪いけど、さっさとくたばってくれないかしら?」
     夢乃が剣を振りかぶる。徹は咄嗟に横に跳ぶが、一瞬間に合わず、鋭い斬撃に左腕が斬り落とされた。
     その光景を見ても、夢乃の表情に変化はない。徹に対して容赦など、夢乃は持ち合わせていなかった。他の誰よりも。
     死は救済。徹が過去に掲げていたこの考えに、思い出させられる人物がいたからかもしれない。
    「全く君達は人の身体をザクザクと……もっとスマートに殺そうとは思わないのか?」 
     徹は自身の左腕を拾うと肩に押し付ける。次の瞬間には、何事も無かったかのように左腕がくっついていた。
     その左手にメスを構えた徹は、前衛にメスを投げつける。
    「んなもん、当たってやるもんかよ!」
     斧を巧みに操り、メスをはたき落とした玲迦が徹に向かって駆ける。
     駆けながら、玲迦は全身に畏れを纏わせていく。
    「これでもくらいな!! おっさん!!」
     斧を構え、なぎ払うように斧を真横にふるう。
     重い一撃は徹の身体を切り裂き、そのまま身体が壁に叩きつけられた。
    「……これで分かりましたか?」
    「何がだ?」
     依子の言葉に徹が首をかしげる。
    「あなたがいくらタガが外れた勢いで攻めてきて、道連れを探すような真似をしても、私達は仲間と連携し、冷静にあなたを追い詰めることができるのです」
    「興味はないな」
    「そうですか」
     依子は槍の妖気を一点に集中させると、氷の刃を生成し、徹目掛けて飛ばした。
     氷の刃は徹の右肩に綺麗に突き刺さり、壁に縫い止めた。
     徹は左手で無理やり氷の刃を引き抜くと、依子に向かって走りだす。
     ちりん。
     鈴の音が鳴る。
     どこから?後ろから?だとしたらいつの間に……。
     徹が振り向くと、そこには右腕を異形化させた昭子が壁際に立っていた。
    「なっ……」
    「きっとすごく痛いですよ?」
     昭子は右腕を振りかぶるとものすごい勢いで徹の顔面を殴り飛ばし、再び徹の身体が飛ぶ。
    「グフッ!!」
     反対側の壁に叩きつけられた徹が苦しげに呻き、昭子と依子を睨みつける。
    「これが、連携」
    「連携です」
     昭子と依子が静かに呟いた。
     

    「いや、これはまずい。非常にまずい」
     徹が忌々しげに呟く。なぜなら、このままいけば自分が負けることが計算できてしまったから。
    「六六六人衆として、1人も殺せないというのはあまりに恥ずべき事だ」
     徹が毒針を撒き散らすと、前衛に突き刺さる。
    「無駄だ! テメーの毒なんざ、アタシが浄化してやるぜ!」
     真澄が浄めの風を前衛に放ち、その言葉通り毒が浄化されていく。
    「見誤ったか。やはりメディックから殺すべきだった」
    「今頃気づいた所でおせーんだよ!」
     徹は思案する。ここからどうすれば勝ちに持っていけるか。
     が、その前に透流が動いた。
    「私の宣言、覚えてる?」
    「……ああ、覚えてるよ」
     静かに笑いながら呟く徹に接近する。
     豪快なエンジン音とともに、透流はチェーンソー剣で徹の身体をズタズタに切り刻んだ。
    「ああ、これは…………」
     改めて自分の状況を確認する徹。
     全身は傷だらけで、かなりの数のバッドステータスが蓄積している。
     一方相手はどうか。前衛にはそれなりの傷を負わせることが出来たが、仮に前衛全てを葬ることが出来ても、中衛と後衛を崩すには至らないだろう。
     というより、ここから誰か1人殺すだけでも至難の業だ。
     この状況から自分が勝つことは出来るだろうか?もはや考える必要も無い。
    「くくくくく…………これで終わりだ!!」
     徹が煙玉をまき散らし、ドス黒い煙が保険室内に再び立ち込める。しかしその煙をくぐり抜け、灼滅者達が一斉に襲いかかった。
    「アタシの斧で地獄に送ってやるよ、おっさん!」
     玲迦が斧を振りかぶり、徹の腹を抉る。
    「そろそろ仕上げといくか……!」
     草次郎が六本の拳を固く握りしめ、凄まじい数の打撃を叩き込んだ。
    「毒は使い方次第で毒にも薬にもなる……それを殺人にしか使えないなんて、あなた毒使いとしても医者としても三流だったわね」
     夢乃が光の剣で、脇腹を切り裂く。
    「必ず皆を護りきり、あなたを倒します」
     依子が緋色のオーラを纏った槍で、肩を穿く。
    「序列二八八位のクリスマス爆破男さんも倒したことがある今の私たち相手に、あなた程度が相手になるとでも……?」
     透流の放った鋭い蹴りが顎先に突き刺さる。
    「アタシ達は誰も倒れなかった……テメーの負け。いや、アタシ達の勝ちだ!」
     真澄は燃え盛る炎を刀に纏わせ、徹の身体を三度切り裂いた。
    「……もう、会うことがありませんよう」
     昭子が杖を振るい、徹の身体に膨大な魔力を流し込み、体内で爆発させた。
    「今度こそ、永遠におやすみ」
     巴が槍を胸に突き刺し、一拍置いて引き抜いた。
     しかし、胸に空いた風穴から血は流れ出さない。そこから溢れだしたのは、光の粒子。それを切欠に、徹の全身が徐々に光の粒子となって消えていく。
    「悔しいが、私の負けか………………ああそうだ。未来ある若者たちに最後に言っておく事がある」
     身体のほとんどが消え去った所で、徹は最後にこう言った。
    「私の様な大人になるなよ」
    「誰もならねーよ」
     玲迦の言葉に静かに笑い、茂木・徹の残留思念はこの世から消え去った。
     一度死んだダークネスの残留思念に力を与えて蘇らせる、慈愛のコルネリウス。
     その目的は一体何なのか。そして、この事件はいつまで続くのか。
     灼滅者達はそれぞれの思いと共に、その場を後にするのだった。
      

    作者:のらむ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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