ソウルフードに豆乳を

    作者:麻人

    「う、うわァァァァァ!!」
     給食の時間中、中学校の教室にて。
     突然うずくまって叫び出した男子生徒に、周りがびくっと驚いて身を引いた。
    「ど、どうしたの? 何かアレルギーとか!?」
    「な……」
    「な?」
    「なんで給食には牛乳が出るんだァァァァッァア!!」
    「えっ……」
     困惑する先生。
     男子生徒は血走った眼差しで問い詰める。
    「大豆の生産量は北海道が日本一! 豆乳でもいいのでは!? くっ……日本全国こぞって牛乳の天下だなんて何かの陰謀だ。俺は断固として戦うッ!!」
     だっ、と教室を駆け出してゆく男子生徒――。
    「でも、牛乳だって北海道が日本一だよね……?」
     ぼそり、と。
     静寂に満たされた教室で誰かが呟いた。

    「大変だよ、北海道の畜産農家が闇堕ちしかけた少年に襲われそうになってるんだ!」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は教室に駆け込み、集まった灼滅者たちに説明した。
     曰く、一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしている。通常ならば闇堕ちしたダークネスはすぐさまダークネスとして活動し、人間としての意識は消滅するのだが――彼はまだ、元の意識を残しており助かる可能性がある。
    「でも、このままダークネスとしての本能に突き動かされて事件を起こせばきっと、それが引き金となって……」
     だから、止めなければならない。
     まりんは地図を出して、豊穣な北の大地を指さした。

     場所は北海道空知。
     米どころとしても有名な石狩平野の東端に存在し、大豆の生産量でも北海道市を誇る。
    「闇堕ちしかけている一般人を救うためには、戦って一度勝たなくちゃならない。ダークネスであれば灼滅されるけど、もし灼滅者の素質があれば……」
     灼滅者として生き残る、ということだ。
    「少年が向かっているのはこの方角。うまくいけば、農家の敷地前で鉢合わせできるはずだよ。って、もうこれ敷地内なのかな? 広くてよくわからないけどとにかくこの辺り!」
     そこは牧場に続く広い農道。
     戦うのに支障はなさそうだ。問題は、どうやって彼の心に呼びかけて人としての意識を繋ぎとめるか。

    「まだ力を使いこなせていないけど、とにかく目覚めたての情熱っていうか豆乳へのご当地愛は半端ないからな。気迫で負けないで!!」
     いってらっしゃい、とまりんは皆を見送る。
     一路、北海道へ――……。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)
    月原・煌介(白砂月炎・d07908)
    倉澤・紫苑(自称水着評論家・d10392)
    ソフィ・ルヴェル(カラフルジャスティス・d17872)
    丸目・蔵人(兵法天下一・d19625)
    ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)
    雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)

    ■リプレイ

    ●北海道より、よろしくお願いします。
    「牛乳めえぇぇぇええ!! お前さえ亡き者にすれば!! 豆乳の時代がやってくるんだあああァッァあああ!!」
     少年は駆けた。
     はぁはぁ、息切れしている。
     だが、目的地まではあと少し――この農道を超えれば白と黒のモーと鳴くあいつらがいる――!!
    「――って、そうはさせるかぁっ!!」
    「ごふっ!!」
     ローラーダッシュで苦衷に飛び上がってからの三回転スターゲイザーによる、華麗なるダイナミック飛びこみ。即ち、ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)が少年の横っ面に跳び蹴りを食らわせたのだった。
    「……人というものは恐いな。闇堕ちしかけたというだけで、突然見ず知らずの少女に出会い頭の飛び蹴りを食らわされるとは……じゃなかった、好き嫌いの一つで凶悪な力を持つ存在になろうとは」
     雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)は腕を覆う真っ蒼なクロー。繋がれた鎖を通じて肩口から煌理の力が充填されていくかのように輝きを増してゆく。――それが爪先まで充填した直後、迸る糸状の霊気が除霊結界を紡ぎあげた。
     ビリ、と体の痺れを察知した少年は「うわっ!」と悲鳴を上げた。
    「な、なんなんだあんたたち……!!」
    「はじめまして、月原・煌介(白砂月炎・d07908)という」
     ぺこり、と頭を下げて煌介は丁寧に挨拶する。
     気が抜けるほどの、空気を読まない自己紹介だった。つられて少年もお辞儀する。
    「あ、どうも。度会といいます……じゃなくて! 俺は忙しいんだよ! 牛乳の全国支配から皆を解放しなきゃならないんだから!!」
    「まあ、話を着てくれ。俺達は君と同じ力持つ東京の学園生。一緒に来て……でないと君は全てを、君自身も壊してしまう」
    「はぁ?」
     少年は眉をひそめた。
     その背後に白い、豆乳色のオーラが揺らめく。
    「違うよ、壊すのは牛乳を生み出すあの獣たちだ」
    「そんなに牛乳を敵視しなくても、違う飲み物じゃないですか。豆乳が牛乳より勝っている分野だってありますよ、ダイエットとか」
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)はそんな風に話を切り出した。
    「食事前に飲むだけでどんどん痩せる……って聞きました」
    「うーん、なんかうさんくさい健康食品みたいなキャッチコピーだな」
     少年はじろじろと紅緋を眺める。
    「あんた、本当に豆乳のこといいと思ってんのか? なーんか、俺のご機嫌とるために嘘言ってるような感じするぞ!」
    「そんなことないよ! ね、菜々花?」
    「ナノ~」
     そこへ現れた二人組、マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)はふわふわと胸の高さに浮いたナノナノこと菜々花に尋ねた。
    「菜々花も豆乳好きだよね?」
    「ナノ!」
     ピッ、と尻尾を立てつつ、菜々花。
    「やっぱり給食で豆乳だしちゃうと、豆乳が足りなくなっちゃうんじゃないかな?」
    「ナノ~?」
     こっちを向いて、菜々花は小首を傾げる。
     マリーゴールドは子ども向け番組のお姉さんのような口調で続けた。
    「お豆腐にだって使わなきゃいけないんだし、豆乳は大事に飲まないとね」
    「ナノナノ」
     うんうん、と頷くナノナノにつられて少年もこくこくと頷きかけて、はっと我に返った。
    「いやいやいや! 騙されるな俺、断固として戦え俺!!」
     てやっ! と発射されるご当地ビームは豆乳シャワー。そこそこな威力にソフィ・ルヴェル(カラフルジャスティス・d17872)は目を瞬いた。
    「攻撃もですが、それ以上にとても熱いご当地愛を感じます……私たちが受け止めなければいけませんね」
     カードデッキを掲げ、お決まりの変身ポーズ。
    「チェンジ! カラフルキャンディ!」
     大人しいお嬢さまから一転、ライドキャリバー・ブランを乗り回す飴ちゃんヒーローことカラフルキャンディに大変身だ。
    「おっ、なんかかっこいいもんに乗ってるな! 俺も欲しいなそれ。寄越せ!!」
     ご当地キックをブランは華麗に回避。
     お断りします、と言っているかのような動きである。
     その時、倉澤・紫苑(自称水着評論家・d10392)の放つ殺気が鏖殺領域となってこちらに有利な場を形成した。ジャマーとしての本領発揮だ。
    「そんなに焦らないでよ。たしかに学校の給食では今でも牛乳が飲まれてるかもしれないわ。でも、そんな狭い世界に囚われてはダメよ!」
    「ん……?」
     少年の動きが僅かに鈍る。
     紫苑はにっこり笑った。
    「豆乳は女性の味方! 健康にもダイエットにもいい、万能選手じゃない。私も家に常備してるよ。バストアップにも効果があるっていうよね~」
     瞬間、ぴくり、と煌理の耳が動いた気がした。
    「やはりそれは本当なのか?」
    「らしいよ?」
     じ、と煌理は紫苑のある部分を見つめた。
    「……なるほど、確かに効果はあるらしい」
    「おーい、何の話してるんだよ!」
    「ええい、今はちょっと黙っておれ!」
     ご当地ビームを受け止める祠神威・鉤爪は返す刃で秘された顔を晒す。「うっ」と少年が怯んだ隙に、ビハインドに寄り添いつつ張り巡らせる多重の除霊結界――!!
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     さらには、紅緋の鬼神変によるアッパーカットが少年の顎を見事とらえた。
    「まだ続きますよ」
     そして、トラウマを引き起こすデッドブラスター。
    「くっ、このっ!!」
     牛乳に支配された世界の幻想から逃れようと少年は足掻く。
     いつの間にか、周囲は息が詰まるほどの殺気に満ちていた。丸目・蔵人(兵法天下一・d19625)の殺界形成が人を遠ざけ、隔絶された空間に結界で封じ込められた少年へと、レーヴァテインの炎を差し向ける。
    「あちちちち!!」
     一瞬にして見晴らしのよい丘から滑り降りてきた蔵人は、少年が炎に撒かれている間に二撃目を繰り出していた。
     ティルヴィングを右、ヴァナルガンドを左に。
     蒼き浄化の焔と化したバトルオーラを引きつれるようにして、ヴァナルガンドを思いきり少年へと叩き付けた。
    「ぶっ!!」
    「――こんなやり方で有名になっても、お前の祖父は喜ばないぞ」
     その一言はかなり効いたらしい。
     少年は愕然として、蔵人を見上げた。

    ●幼き日からの……
     豆乳――それは豆腐を作る過程で生まれる牛乳に似た飲料。少年は小さい頃から、新鮮な豆乳を友にしてきた。
    「じ、じいちゃんが……?」
    「そうだ。それに生クリーム業界では、北海道よりも、大牟田の牛乳の方が、純白な生クリームがつくれると、今や世界的に注目を集めている。世界にその名を轟かせたければ、己が技量で討ち果たされよ」
    「そうそう、自分で豆乳を宣伝できないから暴力に頼るだなんて、かっこわるいよー」
     くすくすと耳元でブリジットの笑う声。
     少年の動きが鈍ったところを、蔵人のヴァナルガンドと交互に十字と羽を模したロッドで追い詰める。
    「う、くっ!」
    「それじゃ豆乳も豆乳を愛してる君の爺さんも悲しむだろうねー」
     ブリジットの追い打ちに、少年は苦悩の叫び声をあげた。
    「うるさい!!」
    「おっと」
     ジャッ、とエアシューズを滑らせてブリジットは少年の蹴りを難なく避けた。にっこりと笑う。
    「牛乳も豆乳も実際オイシイ! それでいいじゃないか!」
    「う……」
    「お豆腐屋さんでしたらお手伝いをしながら豆乳の良さをアピールしてみたり、とかは如何でしょうか……?」
     薦めたのはブランに跨ったソフィだった。
     ライドキャリバーの走る軌跡に星々を散らせて、包囲網を少しずつ狭めていく。ソフィの言葉に少年はでも、とつぶやいた。
    「みんな、牛乳の方がおいしいって言うし……。豆乳くさいっていじめられたことだって……」
    「そんなの気にしない! 豆乳はちゃんとブームになってるよ? 乗らずにどうする、この豆乳ビッグウェーブ!!」
     紫苑の突き出したパイルバンカーを受け止めた少年は、迷っている。煌介のレーヴァテインが徐々に彼から体力を奪っていた。
    「君は、飲めって言われるから豆乳を飲んでるの? 違うだろ、家族や職人皆の温かい心と一緒に飲んでるだろ」
     煌介は一歩ずつ、少年に近づいていく。
    「『好き』は押し付けるモンじゃ無い。君が只美味いって飲んでる傍で俺も飲みたい」
    「う……うわあああァァあああああああッ!!」
     情熱と理性が弾け、最後に残った闇の欠片が全力で抵抗を試みる。暴走に近いご当地ダイナミックの、身体を張った突撃をソフィは真っ向から受け止める。
    「私たちも負けていられません! いくよ、ブラン!」
     頼もしいエンジン音と、ハンドルから伝わる手ごたえ。煌理の結界と紫苑のパイルバンカーが少年の動きを鈍らせてくれている。
    「行けます」
     鬼神化した腕で飛び蹴りの足首を掴み、地面を引き倒して紅緋が言った。
    「ナノっ」
     菜々花がハートを飛ばして、蔵人と煌介の受けた傷を癒す。マリーゴールドの展開した縛霊手が宿す祖霊の魂もまた、少年の横暴が仲間を倒すことを決して許さない。
    「……放て、大自然の叡智」
    「ぐあっ!」
     虹水晶が煌めき、圧倒的な魔力の奔流が少年を地に伏せた。
    「豆乳って独特の風味が苦手って人も居るよね?」
    「ナノナノナノ~」
    「あの風味が良いんじゃないかって?うん、菜々花は通なんだね」
    「ナノ♪」
    「うんうん、菜々花のまっしろすべすべなお肌は豆乳のお陰だよね」
    「ナノナノ~♪」
     それはまるで、マリーゴールドと菜々花の豆乳劇場。
     地面に倒れた少年は顔だけを上げて、それを見つめていた。
    「豆乳……あの風味、本当にいい?」
    「ナノ!」
    「本当に……?」
     今、少年から完全に戦意が失われた。
     迫るエンジン音。
    「これが……私のご当地愛です!」
     ソフィは走るライドキャリバーからジャンプして、回転を加えながら止めのご当地キックを少年目がけて繰り出した。
    「ああ……豆乳もいいんだ……」
     意識を失いゆく少年の脳裏を「あーっ、とどめは私のジャッジメントレイがもらおうと思ってたのに―!」などと喚く少女の声が通り過ぎていった……。

    「とても、美味い……学園で仕入れて貰いたいっすね」
    「マジで!?」
     煌介の言葉に少年は嬉しそうに笑った。
     戦闘後。
     正気を取り戻した少年の実家を訪れた灼滅者たちは件の豆乳をご馳走になっている。
    「うん♪ 格別だよ」
     紫苑も素直に言った。
    「丸目くんも寄っていけばよかったのに……」
     更なる強敵を求め、颯爽と戦場を去った束の間の仲間を思い、遠い目をする。止めを刺しそこなったブリジットはぷりぷりと頬を膨らませて、「石狩鍋」と呟いた。
    「食べたい。食べなきゃもー、帰らないんだからね!」
    「えっ、今の時期に鍋? 母ちゃんに言ったら作ってくれるかな……」
    「鍋ですか。まずはクラスメイトを集めて豆乳鍋パーティーを開いてみる、とかいかがでしょうか? 豆乳の布教に」
    「そうだな……」
     紅緋の言葉に少年は頷いた。
     そうだ、と菜々花を膝に乗せたマリーゴールドが提案する。
    「武蔵坂に来ませんか?」
    「え?」
     ちら、と少年は煌介を見た。
     そこに優しげな微笑みを見て、「悪くないかもな」と照れたように答えた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ