ただ一つ、井門開馬が望むこと

    作者:魂蛙

    ●悪夢から解き放たれ、悪夢に囚われ
     ただ自分として生き、最期まで自分のまま死ぬ。ただそれだけでよかったのに。
    「ついてねぇ……」
     今際の際に吐いた言葉を繰り返したのは、これで何回目だろうか。
     突然怪物になった兄に理不尽に殺された妹でさえ最後まで持ち続けていた当たり前を、井門・開馬(いど・かいば)はある日突然奪われた。
    「……ついてねぇ」
     己の不運に恨み言を吐く以外に、今の海馬にできる事はない。いや、できる事など初めから何一つなかったのだ。
     1年以上も繰り返し続けた恨み言。何も変える事はできなかった怨嗟の連鎖は、ある夜唐突に終わりを迎えた。
     いつからそこにいたのか、開馬の前に少女が立っていた。
     自らの手で殺めた妹が自分を地獄へ連れていく為に現れたのか、という脳裏を過った想像に、開馬は自嘲の笑いを吐き捨てる。
     しかし、よく見れば近いのは背格好くらいで、少女は妹とは似ても似つかぬ別人だ。
    「あんた……俺が見えるのか?」
    「私は『慈愛のコルネリウス』。私は傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     開馬の問いに頷く代わりに、少女が名乗る。少なくとも少女に見えるその何者かが手を差し伸べたその瞬間、溢れ出す妄想を開馬は抑える事ができなかった。
     そうだ。どうせ、ここに居ても何一つ変わらない。変える事は出来なかったのだ。
     もしも、やり直せるのなら。
    「……あんたについて行けば、俺はやり直せるんだな?」
     行き着く先に幸福など望まない。生き地獄で構わない。
    「……プレスター・ジョン。この哀れな少年をあなたの国に匿ってください」
     だから今度こそ、最期まで俺のまま。

    ●俺による、俺の生涯を
    「説明を始めてもよろしいでしょうか」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は教室に集まった灼滅者達に目礼し、説明を始める。
    「慈愛のコルネリウスがまた残留思念に力を与える為に接触するようです。今回接触するのは、かつて学園の灼滅者が灼滅したデモノイドロードの井門・開馬という青年です。コルネリウスから力を与えられた彼がすぐに事件を起こすわけではありませんが、放置することもできないので、皆さんに介入をお願いします」

     槙奈は感情を抑えるように小さく息をつき、説明を続ける。
    「過去に起きている同様の事件と、大きな違いはありません。現場に現れるコルネリウスは幻のような存在で、灼滅者への不信感から交渉などが行えない点も同じです」
     コルネリウスのことは気にせず、開馬に集中するべきだろう。
    「皆さんを見れば即襲い掛かってくる、という程には、彼の灼滅者への感情は悪くない……と思います。ですが、コルネリウスとの接触を邪魔する以上、最終的に戦闘は避けられないでしょう」
     かつて開馬が起こした事件の顛末から、灼滅者への感情は少なくとも最悪とまではいかない筈だ。が、経緯はどうあれ開馬を灼滅したのが灼滅者達であり、開馬にとっては今回も灼滅者が倒さねばならない敵である事には変わりない。戦闘の前に多少の会話の余地はあるか、という程度だろう。
    「コルネリウスが彼に接触するのは深夜の2時30分。場所はかつて彼が事件を起こし灼滅者達に倒された、駅周辺の予備校前です。殆ど人通りはないので、人払いに神経質になる必要はないと思います」
     灼滅者達の対応次第だが、現地に到着したら即戦闘、とはならない。万が一周囲に一般人がいても、遠ざけるくらいの余裕はあるだろう。
    「戦闘時の開馬のポジションはクラッシャーで、使用サイキックはデモノイドヒューマンの3種に似たものを使います。以前の事件では周囲の人々を人質にしたり隙をついて逃走を図ったり、といった手段も使ってきましたが、今回はそのような手段には頼らず真っ直ぐ灼滅者達に向かってくる、と考えてよさそうです」
     かつての事件では、開馬はデモノイド寄生体を制御する為に悪に徹していたが、今の開馬にその必要はない。純粋に開馬自身の意志で、灼滅者達に戦いを挑んでくるだろう。
     死んだ事で生前の望みが叶ったとも言える状況は、まるで残留思念にまでなった意志の力でデモノイド寄生体を捻じ伏せたようでもある。

    「肉親も友人も既にいない彼の無念に決着をつけられるのは、皆さんだけだと思うんです」
     槙奈の緩んだ吐息から、抑えていた感情が微かに漏れ出す。
     しかし槙奈はそれを敢えて言葉にする事なく、一礼して灼滅者達を送り出した。


    参加者
    篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)
    迅・正流(斬影騎士・d02428)
    倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)
    多和々・日和(ソレイユ・d05559)
    雛本・裕介(早熟の雛・d12706)
    神前・蒼慰(乾闥婆の巫女・d16904)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)

    ■リプレイ

    ●再会
     コルネリウスが差し出しかけた手を下ろし、開馬の肩越しにその向こう側を見つめる。そのコルネリウスの仕草は、開馬に予感を呼び起こした。
    「よう。相変わらず、計ったようなタイミングで俺の前に現れるんだな。あんたらは」
     開馬は振り返り、予感が正しかった事を確かめる。そこに並び立つ灼滅者達の中には、開馬が見覚えのある顔もあった。
     神前・蒼慰(乾闥婆の巫女・d16904)は開馬の様子を窺う。灼滅者を前に怒るでもなく、しかし対立を明確にする開馬の表情から、その思いを量ることは難しかった。
    「僕達の事、覚えていましたか」
     黒鐵・徹(オールライト・d19056)は開馬をじっと見つめる。かつて戦い、倒した相手を確かめるように。
     開馬と戦ったもう1人の灼滅者、迅・正流(斬影騎士・d02428)が前に出た。
    「ついて行った所でやり直しはできませんよ」
    「そいつが胡散臭い事くらい分かってるさ。だが、ここに留まっていたら何かいい事でもあるのか?」
     胡散臭い呼ばわりにも表情を変えず黙したままのコルネリウスに、正流が視線をやる。
    「彼女を誰と見間違えましたか?」
     正流の質問に開馬は僅かに驚きを見せ、やがて正流の言わんとしていることに思い当たる。
    「……ああ。あんたも、家族を殺したとか言ってたか」
    「……思い出せたのですね。家族の事を……」
     感情の起伏を隠した開馬のその答えで充分だった。安堵の息をついた正流は穏やかに笑みを浮かべる。
     コルネリウスは灼滅者達を一瞥しただけで、開馬をじっと見つめている。雛本・裕介(早熟の雛・d12706)の白い中折れ帽の奥から向けられる殺意を伴った視線も受け流し、事の成り行きを見守る構えだ。
     白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)は一歩引いた場所から、仲間達と開馬のやり取りを見つめていた。
     開馬は純人にとっては汚れという「掃除」の対象。倒すべき相手の筈だ。そう自分に言い聞かせなければ、胸の奥から溢れかける感情を抑える事はできそうにないのは、その身に宿したデモノイド寄生体に人生を翻弄される、という共通点のせいか。
    「戻れないよ」
     硬質の靴音を鳴らして踏み出したのは篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)だ。
    「もう、君が望んでいた日々には」
    「戻るつもりなんざねえさ。立ち止まるのも飽き飽きだ。だから、前へ進むんだよ」
    「そうか。ならば我々にできることは一つだけ……君を君として、終わらせる事だけだ」
    「今更正義の味方に邪魔をするなとは言わねえさ。俺は悪人だからな。邪魔をする奴は叩き潰して進むだけだ」
     開馬が言い放つと、応えるようにコルネリウスが1つ頷いた。
    「それがあなたの望みなら、戦う力を与えましょう」
     コルネリウスの姿が光の粒子へと変わって開馬に注ぎ込まれる。開馬は驚いたように自分の手を見下ろし、感覚を確かめるように握り開きする。
     倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)は小さく息を吐いた。呼気と共に余計な感情も吐き捨て、戦いに徹する準備を整える。
    「初めまして、ですが……事の顛末は確と聞いております。あなたが今一度の決着を望まれるのなら、全力を以てお応えします。……申し遅れました、わたしは多和々日和と申します」
     バンテージを巻いた左拳を見つめて集中を高めた多和々・日和(ソレイユ・d05559)が、地面を踏み鳴らして構えを取る。
    「いざ、尋常にお手合わせ願います!」

    ●再開
    「やり直しをしましょう。……井門開馬!」
     開馬の名を叫び、徹が飛び出した。
     助走をつけて踏み切る徹のエアシューズが、渦巻く大気を吸い込み光へ変える。徹は光のトレイルを引きながら飛翔し、開馬に跳び蹴りを叩き込んだ。
     開馬が大きく後退ると、間髪入れずに飛び込んだのは漆黒の鎧を纏った正流だ。
    「あの時の続きと行きましょうか!」
     正流が真っ向から振り下ろす炎を纏った破断の刃を、開馬は右腕をデモノイド寄生体の刃に変えて受ける。
    「この太刀筋だけは、覚えてるさ……!」
     武術の心得などないに等しい開馬でも、これだけは見切れない筈がない。
    「俺を殺した剣だからなぁっ!」
     左腕を刃に変えて振り上げ正流を圧し返した開馬の頭上高く、三日月の如き光が閃く。
    「我は刃! 闇を払い、魔を滅ぼす、一振りの剣なり!!」
     真紅のコートを翻し空から強襲をかける凜が、斬魔・緋焔を振り下ろす。
    「ぜぇぇぇあぁぁぁぁぁッ!!」
     斬魔・緋焔の六尺を超す刃が、交差させた開馬の刃と激突し喰らい合うように火花を散らした。
     刃を振り抜き開馬の頭上を飛び越える凜を、開馬が振り返り様に砲身へと変えた左腕を突きつけ狙う。
     が、砲撃の直前、蒼慰のソニックビートが開馬を直撃した。
    「レクイエムには少し騒々しいかしら?」
     蒼慰はデモノイド寄生体と融合したバイオレンスギターを爪弾き、ディストーションがかかった音を鳴らす。
     衝撃を踏み堪えた開馬が狙いを蒼慰に切り替えると、その前に慎悟朗が立ちはだかる。構わず開馬が砲撃を敢行すると、蠢く暗影を四肢に纏わせた慎悟朗は重心を落として光線を潜り一気に間合いを詰める。
     慎悟朗は迎え撃つ開馬が振り下ろす刃を半歩のサイドステップで躱し、ボディブローを捻じ込み旋転しつつ跳躍、ローリングソバットで開馬を蹴り飛ばした。
     受け身を取った開馬は日和に襲い掛かる。が、その腕を背後から飛んできた制約の弾丸が撃ち抜く。
    「此の武装は気が乗らんが、手を抜く程舐めてはおらぬよ」
     裕介は呟きながら契約の指輪を填めた右手を突き出し、弾丸を連射する。開馬の手首を、肩を、肘を貫いた魔力光の弾丸が、開馬の腕をその場に縫い止めた。
    「参ります!」
     ワイドスタンスで構えた日和が引き込んだ右腕の、獣の腕を模した縛霊手の祭壇が鳴動する。
    「せやっ!!」
     鋭く気を吐いた日和の直突きのインパクトの瞬間、縛霊手から拡散する光が吹き飛ぶ開馬を鷲掴む。
     同時に、純人が両腕に表出した寄生体は猛禽類を思わせる獰猛な鉤爪状に変化させつつ開馬に肉迫する。
     純人は左腕を薙ぎ払い、
     右腕を振り上げつつ跳躍、
     前宙から両腕を振り下ろし倒立で着地し、
     そのまま腕を交差させ回し蹴りでエアシューズのローラーに火を点け炎の竜巻と化して開馬を薙ぎ払った。
     夜闇に映える白いスーツがビルの谷間に舞う。
     開馬を追って跳んだ裕介が、体重に重力加速度を乗算した跳び蹴りで強襲する。
     辛うじてガードを上げた開馬の片腕が、裕介の蹴りを受けて軋mmだ。
    「さっすが正義の味方だな。よってたかって殴る蹴るしてくれやがって」
    「決して譲れぬ信念を正義と呼ぶならば、それも良かろう。しかし、であれば主の悪と呼ぶそれもまた――」
     開馬が振り上げる刃を裕介が革靴の底に仕込んだローラーで受けた瞬間、衝撃と共に散る火花がローラーに点火する。裕介は反動を使って前宙から、吹き飛びそうになる中折れ帽を片手で抑えつつ踵落としを開馬の脳天に叩き込んだ。
    「――……いや、これ以上は詮無い事よの」
     頭蓋をぶち抜く衝撃に、開馬が膝を折る。
    「全力で参るが故、主から自由を根こそぎ奪う」
     裕介は足元から逆巻く炎を纏って跳び、側頭に胴廻し回転蹴りを炸裂させた!
     地面に噛り付くように制動をかけて立ち上がった開馬は、灼滅者達を睨め付け血糊混じりの唾を吐き捨てる。
    「くれてやれる程、俺に自由なんざありゃしねえんだよ!」

    ●際涯
     飛び出した凜が開馬に斬りかかる。刀身を炎が走る斬魔・緋焔を振りかぶると、刃から溢れる炎が翼のように広がった。
    「煉獄の刃よ、その哀しみを……灼き砕けッ!!」
     凜が振り下ろす斬撃を、開馬は左の刃で受ける。激しく撒き散らされる炎に左腕を焼かるのにも構わず、開馬は右の刃を振り回し凜を弾き飛ばした。
     開馬は振り向き様、巨砲に変化させた左腕を突き出し放つ光線で日和を迎え撃つ。
     開馬を中心に大きく円を描くように駆ける日和の足元を、禍々しい光線が追撃し灼き融かす。日和はガードレールに足をかけて踏み切り、街灯の上を跳び継ぎビルの壁を蹴って反転、一気に間合いを詰める。同時に地上からは、霊犬の知和々が開馬に突進していた。
     飛び出した知和々が斬魔刀で開馬の胴を斬りながら駆け抜け、
     日和が組んだ両手を開馬の肩口に振り下ろし、
     反転した知和々が開馬の背中に六文銭射撃を撃ち込み、
     着地から即座に踏み込んだ日和が裏拳を振り抜く。
     開馬がふらつくように一歩下がると、日和は空色のエアシューズをアスファルトに擦りつけるようにスピンする。発火したローラーで地面に炎の円を描いた日和は、旋転から後ろ回し蹴りを開馬の側頭に叩き込んだ!
     後足で踏ん張り堪えた開馬が逆襲のタックルをぶちかます。開馬は吹き飛ぶ日和に砲口を突きつけ狙いを定めた。
    「させません!」
     寄生体の刃を盾にして、日和の前に身を投げ出したのは徹だった。
     蒼慰はふらつき着地した徹に駆け寄り回復を施すと、即座に飛び出した。
     砲撃の隙間を縫って間合いを詰めた蒼慰は鋼糸を開馬に巻き付け、その肩を蹴って高く跳躍する。信号機を飛び越えた蒼慰が着地様に肩に背負った鋼糸を一気に引き込むと、開馬は滑車の要領で吊り上げられ――、
    「ふゥッ!」
     ――信号機に激突した!
     信号機に磔にされた開馬に純人が飛びつき、鉤爪を振り下ろし開馬を地面に叩き付ける。
     辛うじて受け身を取った開馬の前に、正流が立ちはだかる。バベルブレイカーのブースターに火を入れ飛び出した正流は、開馬のガードを固めたその真上にバベルブレイカーを叩き付けた。
    「去年より弱くなりましたね」
     正流はガードの上に強引にバベルブレイカーを押し込み、開馬の動きを抑え込む。
    「安い挑発だが、乗ってやるよ」
     灼滅者達が前掛かりの陣形を組み直すのを見送った開馬は、両の脚に力を込めて正流を押し返し、間髪入れずに踏み込み刃を振り下ろす。
     正流のバベルブレイカーと開馬の刃が交差し、相討ちとなって両者を弾き飛ばした。
     正流に慎悟朗が駆け寄り、集気法による回復を施すと、同時に前に出た徹と裕介が開馬の攻撃を引きつけ牽制する。サイドに回り込んだ裕介が飛び蹴りで体勢を崩した所に、徹が踏み込む。
    「井門……君の望みは何ですか?」
     寄生体の刃と刃で鍔迫り合いを演じながら、徹が問いかける。
    「俺の望みか? ……決まっているっ!」
     開馬は刃を押し切り徹の体勢を崩し、
    「俺の手であんたらを倒して先へ行きっ!」
     左の刃を返して斬り上げ、
    「俺の意志で道を切り拓きっ!」
     右の刃を横薙ぎに振り抜き、
    「俺の足で――」
     左腕を変化させた巨砲の砲口を徹の腹に突きつけ、
    「――地獄まで行く事だっ!!」
     ぶっ放した!

    ●生涯
     大きく吹き飛びながらも受け身を取った徹に対し、開馬は膝を折りかけ震える脚で踏ん張る。隙を見せた開馬に、灼滅者達が攻撃を畳み掛けんと飛び出した。
    「悪いが、好きにはさせてあげられないな」
     凜が深く踏み込み薔薇の花弁にも似た赤い光の粒子を散らす斬魔・緋焔を、横薙ぎに振り抜き抜き胴で駆け抜ける。
    「君の怨嗟を、ここで断ち切る!」
     直後に純人が懐に飛び込み、鉤爪を乱舞させる。
    「それが、せめてもの救いになると願って……」
     歯を食いしばり反撃に出ようとした開馬を、蒼慰がDCPキャノンで撃ち抜き初動を潰す。
    「……俺達の手で、あなたを倒す」
     力づくで拘束を解き振り下ろされる開馬の刃を、慎悟朗がクルセイドソードで受け流し返す刃で斬りつける。
    「それが他の誰でもない主の意志に対する、わしらの答えよ」
     弾丸の如く飛び込んだ裕介が開馬の首へ足刀を突き立てる。
    「ここに来られなかった方々の想いも、この拳に込めます!」
     裕介と入れ代わり開馬の懐に飛び込んだ日和は、固く握り込んだ拳の連打で開馬の土手腹を突き上げ、振りかぶる渾身の一撃を叩き込んだ。
    「他人の事を思える余裕があって羨ましい限りだ」
     開馬は両足でアスファルトを抉り制動をかけて踏み止まる。
    「こっちは自分の事で手一杯だってんだ!」
     咆哮した開馬が左腕の巨砲を轟かせる。地面を薙ぎ払う光線を越えて、飛び出したのは徹と正流だ。
     真っ向から踏み込み振り下ろす徹の刃が、開馬の突進を押し止める。
    「迅!」
     後ろへ蹴り跳ぶ徹に応えて正流が踏み込み逆水平の横薙ぎで破断の刃を振り抜き、フォロースルーで旋転しつつ跳躍すると、同時に徹が天を指した手を振り下ろした。
     喘ぐように天を仰いだ開馬の視界に、光が溢れる。正流が掲げた破断の刃に裁きの光が降り注ぎ、光は炎と化して刃を赤熱させていた。
     正流は破断の刃を握り直し、大上段から――
    「我開眼せり! 無双迅流! 紅蓮浄火斬!」
     ――振り下ろした!!
     開馬は十字に刻まれた傷を炎で焼かれながら吹っ飛び、ガードレールに激突する。それでも開馬はまだ立ち上がり、自ら踏み出し灼滅者達に挑みかかろうとする。
    「……井門」
     開馬の前に徹が立ちはだかる。同時に飛び出した2人の、デモノイド寄生体の刃が激突した。
     2人は刃を、視線を、意地をぶつけ合う。
     拮抗は長くは続かず、やがて刃に亀裂が走り、そして砕けた。
    「どうせ消えちゃうなら――」
     砕け飛んだ開馬の刃の破片が、徹の頬を切り裂く。
    「――傷くらい残していきやがれ、です!」
     そして徹は頬を伝い落ちる血を感じながら刃を振り抜き、深く開馬を斬り裂いた。
     何とか踏み堪えようとした開馬だが、最早体を支える事すらできず、背中を叩き付けるように街灯に寄り掛かった。
     開馬が道路を見やる。そこは、かつて開馬が灼滅者達に倒された場所だった。
    「……20メートルってところか」
     たったの20メートル。しかし、自らの意志で歩いた20メートルだ。
     開馬は視線を戻し、傷だらけの灼滅者達を見つめる。開馬がつけたこの傷も、やがて癒えて消えるのだろう。
     それなら、言葉を残して、ここまで歩いた証立てにするのも、悪くはない。
    「聞き流してくれて構わないが」
     そう前置きしてから、開馬は呼吸を整える。
    「あんたらのお仲間と……そうだな、あのコルネリウスって奴に会う事があったら、伝えてくれ」
     開馬は両の脚でしっかりと立ち直り、口の端を吊り上げた。
    「クソ短い人生だったが、俺は俺のまま生涯を全うした、と」
     謝罪も感謝も決して口にせず、己が為の言葉を。
     井門開馬は最期まで悪人のまま、光の粒子となって溶け消えたのだった。
     正流は開馬の最期を胸に刻みつけ、そして誓う。
    「貴方の事は……忘れません」
    「君の最期に、花を。……せめて安らかに眠りたまえ」
     凜は一輪の薔薇を手向け、日和は姿勢を正して黙祷し、純人は天を見上げて祈りを捧げる。
    「……あの日の涙の理由を、やっと思い出しました」
     ぽつりと徹が呟いた。
     2度に渡る灼滅者達の戦いの果て、開馬は開馬のままだった。
     だから、徹の目に1年前の涙はない。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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