●残された者たち
武蔵坂学園で繰り広げられた防衛戦は、学園側の勝利に終わった。
主だった勢力は次々に撤退し、戦いは掃討戦の局面に入っている。
――そんな中、学園内の教室の一つ。
3匹のコウモリが飛んでいた。ただのコウモリではない。体表面には、眼球状の『呪術紋様』がある。
ヴァンパイアの眷属、タトゥーバット。
逃げ遅れたタトゥーバットたちは、やがて天井の一角にぶら下がり、なりを潜める。
主のいなくなった眷属たちは、未だ、次の獲物を待っている。
●掃討戦
「皆さんの手により、サイキックアブソーバーは守られました。ありがとうございます」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は戦いを終えた灼滅者達を、感謝の言葉と共に出迎えた。
しかし姫子の表情は、未だ緊張から解けてはいない。
敵の作戦は失敗し、爵位級吸血鬼と共に、多くの戦力は武蔵坂学園から撤退した。
「ですが、全員が撤退できたわけではありません。未だに武蔵坂学園内には、撤退に取り残されたダークネス達がいます」
現在、取り残されたダークネスは、校舎内や校内の施設に籠城・或いは潜伏している。学園内の残敵を掃討して欲しいと、姫子は言葉を続けた。
「皆さんにお願いしたいのはこの教室となります。相手はヴァンパイアの眷属、タトゥーバットです」
姫子は校内地図を広げ、教室の一つを示す。使われていない空き教室で、机や備品の類はほとんど置いていないという。戦闘に支障はないだろう。
「タトゥーバットは、人間の可聴域を越えた超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、数々の魔法現象を引き起こします。
また、その肉体に描かれた呪術紋様は、直視した者を催眠状態に陥れる魔力を帯びています」
数は3匹、ポジションはクラッシャー、ディフェンダー、ジャマーが1匹ずつだという。
彼らは不意を狙うつもりで、教室の天井隅に身を隠している。逆に不意をついて戦いを挑むこともできるだろう。
「眷属といってもれっきとしたダークネス、残敵とはいえ、侮る事は出来ません。万が一の事態にならないよう、充分に注意をしてください」
参加者 | |
---|---|
龍宮・神奈(殺戮龍姫・d00101) |
龍海・光理(きんいろこねこ・d00500) |
宮村・彩澄(グラップルフェアリー・d01549) |
白鐘・睡蓮(棚靡く紅冠・d01628) |
桜海老・あおさ(悪食のシュリンプ・d10417) |
阿久沢・木菟(灰色八門・d12081) |
鴻上・朱香(巧のお姉ちゃん・d16560) |
月島・流惟(影猫・d21726) |
●人気のない教室で
朝から続く激戦を制した武蔵坂学園だが、全ての敵が学園から撤退したわけではない。校内には未だ、逃げ遅れたダークネスが留まっているという。
残ったダークネスを退けるため、エクスブレインが指定した教室の前に、3人の女生徒が集まったいた。
「さって、きっちり残党をやっつけて、また安全な学校生活ができるようにしないとね」
がんばろー、おー! と、宮村・彩澄(グラップルフェアリー・d01549)がシールドを頭上に掲げる。
龍宮・神奈(殺戮龍姫・d00101)は巨大な斧を肩に乗せたまま、彩澄へと振り返った。
「張り切るのはいいけど、彩澄。相手に悟られないようにね」
「はあい♪ しっかり隣の教室まで誘い出しましょう!」
「こちらから攻撃はしない。十分引きつけて、即時に撤退だ」
白鐘・睡蓮(棚靡く紅冠・d01628)も頷き、手持ちのアラームを確認する。誘い出しが失敗したときは、これを鳴らして仲間に状況を伝えることになっている。
カラリと、神奈は教室の扉を開ける。薄暗い教室はひっそりと静まりかえっていた。
(「さあ、出てきなさい。身のほどを教えてあげるわ」)
神奈が、続いて彩澄が教室へ。薄暗い教室内を数歩進んだ時、天井の隅で黒い影が滑空した。
翼に眼球状の『呪術紋様』が描かれたコウモリ、タトゥバット。格好の獲物と見なしたコウモリは、脳を揺さぶる超音波で思考を乱してくる。
「あ、ぐっ……!」
「彩澄!」
頭を押さえる彩澄の腕を強引に取り、睡蓮は入ってきたばかりの扉へと走り出す。一撃二撃は覚悟の上。これも想定の範囲内。
――一方、隣の教室では、仲間達が不意打ちの体制で待機していた。
「廊下の窓が開いていたので、閉めてきた。外に逃げられると厄介だしな」
最後に合流した鴻上・朱香(巧のお姉ちゃん・d16560)を、阿久沢・木菟(灰色八門・d12081)は隠れやすい場所へと手招きする。
「ここをもっと整理をしておきたかったが、音を立てすぎては、隣に怪しまれる可能性があるでござる」
木菟は教室内を見回す。コウモリのいる教室と違い、こちらには、机や椅子が乱雑に積まれていた。
「見た感じ空き教室のようだし、備品が壊れても大目に見てもらえるわ」
月島・流惟(影猫・d21726)は物陰に身を潜めたまま、小声で答える。ふと周囲の様子を見て、小さな溜息を一つ。
「防衛線が終わった後にまた戦いなんて……休めないってのも辛いわね」
「学園が戦場になったから仕方ないとはいえ、大分いろいろな所に残ってしまったみたいですね」
龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)は、窓越の向こうに目を向ける。今まさに、校内のあちこちで残党狩りが行われているのだろう。
待機の時間は、じりじりと過ぎていく。
窓から差し込む夕陽の影を、桜海老・あおさ(悪食のシュリンプ・d10417)がから伸びる影業の蛇がうごめいていた。
●不意を打って
突然、教室の扉が、乱暴に開かれる。
彩澄を支えた睡蓮、続いて神奈が室内に転がり込む。後を追って3匹のタトゥバットが教室内へ。
瞬間、コウモリの真下に結界が展開。霊的因子を強制停止させられ、2匹のコウモリが翼を引きつらせて床へと落下。
間髪入れず、横合いから飛ぶ影業の蛇。容赦なくきりきりと締め上げられ、コウモリがもがく。
不意をついた一連の攻撃が続き、ついには、タトゥバットの翼の一部が吹き飛ぶ。
「残念だが、お前たちの命運はここで尽きる」
「んふふ、逃がさないよー?」
結界をおさめ、バトルオーラで肉体を覆った朱香は、タトゥバットへと一気に距離を詰める。対して、後方のあおさは、余裕の笑みと共に手を伸ばし、虚空で握りしめた。髪から伸びる蛇が次々と、単独の生き物のようにうごめき、タトゥバットに絡みつく。
「おねえさんと楽しくあそんでおくれねぇ」
完全に不意を打たたタトゥバットは、キィキィときしんだ声で鳴きわめく。
「3匹ともついてきたわね。うまくいきました♪」
「囮役、お疲れ様でござるよ」
木菟のねぎらいに、ふらつきながらも彩澄が笑顔で応える。神奈が戦場の遮音を済ませ、灼滅者達は退路をふさぎ、コウモリを囲い込んだ。
「にしても、なんかこー……精神分析とか出来そうな絵柄のコウモリでござるよね」
「……改めて見ると、気持ち悪……」
まじまじとコウモリを凝視する流惟が、口元をひきつらせる。
木菟は死角に回り込み、くるりと槍を回転させると鋭い刺突をコウモリへと繰り出す。貫かれた紫色の眼球紋様が、うごめくように震えた。
「……じゃなくて! 速やかに灼滅するわ!」
気を取り直し、流惟は木菟と狙いを揃えて拳の一撃を繰り出す。バトルオーラに包まれた流惟の拳が、タトゥバットを吹き飛ばす。
それでも3匹のタトゥバットは、反撃しながら教室内を飛び回る。
「さすがに、一気に倒すのは難しいですね」
マテリアルロッド『ルベルスティア』に魔力を集め、光理は次の対象に狙いを定める。相手の動きを読み、回り込んで白銀の杖を打ちつける。
「まったく襲撃に来て負けておいて。それでいて無様に生き恥晒すなんて同情もできないわね!」
神奈は左手にコイン型のシールドを構え、広範囲への守りを固める。彩澄も盾を展開し磐石の守りを固める。
(「待っててね、お姉ちゃんがんばるからね!」)
最愛の弟の笑顔を胸に描きながら、彩澄は足に力を込め、音波の衝撃に耐える。
序盤の展開は灼滅者側有利、とはいえコウモリ側もまだまだ戦意は高い。
「構わない。どんな相手でも拳が届けば、それでいい」
「ハッ、このくらい元気な方が、いたぶりがいがあるってもんだよねぇ」
朱香は軽快なフットワークでコウモリの攻撃をかいくぐり、拳を叩きつける。髪の蛇をうごめかせてあおさが嗜虐的に笑った。
「実に心強いでござるな」
魔力の光線がコウモリの翼を貫く。魔導書を片手に持つ木菟は、頼もしい前衛を援護すべく、攻撃を重ねていく。
●飛行するもの
天井を旋回するコウモリは、可聴域を越えた震動により、擬似的な呪文詠唱効果をつくり出す。
「負傷した人は治します! 攻撃は宜しく!」
流惟を起点に裁きの光条が閃き、攻撃に専念する朱香を包み、傷を癒す。
ただ、オーラによる癒しは、朱香たちが位置取る前線までは届かない。これが届けばと、流惟は唇を噛む。
クルセイドソード『umbra』から浄化の風を開放し、光理は回復のペースを早める。前線を固める仲間の回復タイミングが、光理の想定より一手早い。
(「それでも、不意打ちがうまくいきましたし、有利なままで勝てそうです」)
回復や連携など、戦術面では詰めの甘さが多少あったが、遅れをとる相手ではない。
木菟の槍がひらめく都度、後方のコウモリの動きは鈍っていく。ついに翼に大穴が空いたタトゥバットは、あらぬ方向に向きを変え、勢いのままに壁に激突した。
「コウモリ退治はミミズクにお任せでござる……っと」
身を引く木菟と入れかわるように、彩澄が飛び出す。距離を詰められ、退路を探すコウモリの先には、いつのまにか笑みを浮かべたあおさがいる。
「もう逃げ場はないんだよ、派手に壊してやろうかねぇ!」
あおさは影業の蛇をゆらめかせ、低空を這うようなアッパーカット。高々と吹き飛ぶコウモリめがけ、己の片腕を巨大化させた彩澄が、力まかせの打ち下ろし。
「私、殴る方が得意なんです♪」
あおさと彩澄の連撃を受けて、コウモリはあえなく床のシミになる。
残り2匹となったコウモリは、どちらも相応に負傷はしている。翼の紋様が妖しく光り、灼滅者の精神を乱す。
けれど、攻撃の威力は減衰している。抵抗を得ている灼滅者は、魔法の効果を受けにくくなっている。
「恨むなら主を恨みなさい。よりにもよって私達がいた学園を襲った主をね!」
神奈は右手に斧を持ったまま、拳を固めてタトゥバットを殴りつける。
「赫怒、追いこむぞ!」
後方へと向かうタトゥバットの音波を睡蓮は受けとめ、キャリバーを呼ぶ。ライドキャリバーの赫怒も壁となり攻撃を受け、勢いを殺さずにコウモリへと接近。
赫怒の機銃で翼にいくつも穴がうがたれ、睡蓮の飛び蹴りがタトゥバットを黒板に叩きつける。
「残党狩り……言い方は好きじゃないけど、相手がそのつもりなら私達だって黙ってる訳にはいかないわ」
よろめくタトゥバットに、流惟のアッパーカットが帯電しながら食いこむ。
「空を飛ぼうが、殴るのみだ」
タン、と床を蹴った朱香が、呪術紋様を引き破るような超硬度の拳をまともにうけ、2匹目のタトゥバットも地に伏した。
●残敵一掃
「いいねいいね、これで最後さ、楽しませておくれよぉ」
残り一匹になったコウモリの行く手をふさぎ、あおさは影業の蛇で牽制しながらアッパーの一撃、そしてがぶりとひとかじり。
「マズ~!! ペッ!」
よろりと逃げ出すコウモリの翼には、くっきりと残るあおさの歯形。
「最後まで気は抜かないで、痛い目に遭っても知らないわよ」
やや手厳しい口調で言い、神奈はコイン型の盾でしたたかにコウモリを殴りつける。
「もう、残りはお主だけでござるよ」
木菟は魔導書を開く。髪の間から片方だけ見える、木菟の左目が鋭く光る。禁呪が紡がれると連鎖的に空間が爆発し、タトゥバットの体が爆ぜるように跳ねた。
方向も定めず、逃げまどうように飛び回るタトゥバットの体には、とどめとばかりに魔法の矢が刺さり、風の刃が切り刻みながら渦巻く。
「これ以上、わたくし達の学園の中で好きにはさせません」
「一匹残らず退治しますよ……!」
光理は矢継ぎ早にマジックミサイルを放ち、彩澄は神薙刃でタトゥバットを追いつめる。掃討戦も終盤、あとは一気に攻撃を畳みかける。
最後の一匹、せめてもの抵抗とばかりに放たれる超音波の反撃を、流惟はバトルオーラを巡らせて癒す。
「これで終わりだな」
朱香の繰り出すストレートパンチに、睡蓮が蹴りを合わせれば、炎にまかれたタトゥバットは灰となって燃えつきた。
「んー、やっぱり体を動かすと気持ちいい……♪ スカッとするわ」
うーんと大きく伸びをしながら、彩澄は静かになった教室を見回す。
ヴァンパイアの眷属は倒された。校内に散らばる他のダークネス達は、他の仲間達によって灼滅され、あるいは校舎から撤退していくだろう。
「この辺りには、もう残敵はいないようだな」
周囲の警戒を続けながらも、朱香は周囲の音に耳を澄ませる。
「依頼完了、ね。さ、五十嵐さんに報告しましょ」
一息ついて、流惟が皆に声をかけた。
激しい戦いは終息し、また、武蔵坂学園の学生としての、日常生活が帰ってくる。
作者:海乃もずく |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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