「こっちだ!」
閑散とした校舎内に、乱れた足音と声。
「このまま進めばきっと……!」
「きっとじゃダメだ。お前たちだけでも」
「バカなこと言わないで!」
重傷を負った男子生徒の言葉を、女生徒が叱責する。
「そうだ。全員で脱出しよう」
意識を失った女生徒を背負い直し、前を行く男子生徒が力強い声を出す。
朱雀門の生徒だった。重傷二名。それを介助する二名も浅くない負傷状態。
強奪作戦が失敗した以上、早く退却しなければいけない。だが、四人全員がそれを達成するのはあまりにも絶望的だった。
せめて囮にできる眷族か、デモノイドと合流できたら……
先頭の男子が思ったその時、その願いが通じたかのようにダークネスが前方に現れた。しかも無傷。反射的に彼は叫んだ。
「そこの六六六人衆、頼む、力を貸してくれ!」
「ん~?」
こちらに気付いた相手に、背負った女生徒を横たえてから近寄る。
「もうすぐ灼滅者たちがやってくる。お前も危ないぞ。協力して突破しないか?」
「あのさー、このシャツどう思う?」
「……は?」
女の六六六人衆は、自らの着る黄色いシャツをつまむ。「HKT」と大きなロゴがあった。
「このシャツ、ダサくない? 確かに面白いことやってるみたいだけどさ、サキはやっぱり、いつもの服がイイんだよね~」
「……それは、災難だったな」
訳の分からない話に面食らうが、彼は慎重に言葉を選んだ。どんな狂人だろうと、六六六人衆の実力はこの場で有用だ。利用しなければ全滅する。
「それより話を進めよう。カネが必要なら大丈夫だ。他に必要な物があればなんとかする」
「ふーん?」サキというその女は四人を見た。値踏みするように傷の具合を視線で薙いでいく。「命でも?」
絶句する彼らに、女は笑顔を見せた。
「大事なトモダチなんだよねー? それともみんな死ぬ?」
「……わかった」男子生徒が応じた。時間がない。「代わりに外まで、全員無事に脱出させてくれるな?」
「ううん、なんで?」
再び言葉を失う彼らに女――屍斬・裂は笑った。
「ただ聞いただけ――ウザいから全員、死になよ♪」
「ッ!」
男子生徒が飛び退くが、奔った煌めきは逃げ場を与えない。男子生徒の心臓が透明な刃に貫かれ、意識不明の女性は胴で分断される。後方にいた男子は、支えていた女子を突き飛ばした。
「お前だけでも逃げろ! ここは俺が――」
「いまどき流行んないよそーゆーの♪」
首から上を失った男子がくずおれた。女生徒が悲鳴を上げる。
「なんでよ、貴女だって危ないのに……!」
「サキ一人の方が逃げるのラクだしー。ねぇ、右と左、どっちの指から失くしたい?」
相手の瞳に恐怖を植え付け、裂が刃を振るう。
その顔に浮かぶは無邪気な殺意と、笑顔。
屍斬・裂(かばねぎり・さき)、自称十九歳。
オレンジに染めた髪、ちょっと自慢の白い肌、瞳は切れ長の茶。
黄色のシャツより、ゴスロリ服がずっと好き。だからちょっとご機嫌ナナメ。友達は作って殺して永遠に自分のモノ。
趣味殺人。特技殺人。通称キリサッキー。六六六人衆、序列四四四。
●
「まずは、爵位級ヴァンパイアの襲撃を打ち破ったことを労わせてくれ。サイキックアブソーバーが奪われれば、人類の希望が消えるとこだった」
だが、今回の戦いの余波はまだ残っている。
集まった灼滅者達に、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は厳しい顔で説明を始めた。彼が見た光景を。
「六六六人衆、屍斬・裂。ソイツが今、校内にいる」
今回の戦争に、HKT六六六に雇われる形で参加していたらしい。強奪失敗によりダークネスの多くは撤退したが、彼女は自力で脱出できるギリギリまで居座り、殺戮を行おうとしている。
このままでは無用な被害が生まれ、逃げられるだろう。
だがこちらは、予知によってバベルの鎖をかいくぐれる。
「捕捉した以上、対処はできる。どうか食い止めてほしい」
裂はある校舎の、中庭の見える廊下にいる。学園内なので接触は簡単だが、代わりに奇襲も、死角を突くこともできない。
「以前の闇堕ちゲームによって序列も上がっている。加えて今回の戦争による負傷もない」
更には最初から手を抜かず、「キリサッキー」という愛用のウロボロスブレイドを使ってくる。灼滅は、かなり厳しい部類になるだろう。突破されて逃げる可能性は普通にある。
「ただ、奴はここが俺達のホームであることを軽く見ている。戦闘から十分経てば撤退を視野に入れ始めるが、こちらの行動次第で更に追い込むことができる」
戦闘の補助も募っているので、直接対峙するメンバーへの支援や敵の退路を潰すように立ち回ることで、灼滅のチャンスを広げることができるだろう。
「もちろん、直接対峙するメンバーの行動が最も重要だ。危険もある。それに追い詰められた敵がどんな底力を発揮するか分からない。注意しろよ」
戦闘の状況や経緯次第で逃走される場合もあるだろう。
「それでいい。勝利が難しければ逃走できるように退路をあければ、敵は逃走を優先するだろう。学園内から殺戮の脅威を消すのが今回の目的だ。無理して灼滅に拘らなくて良い」
次善策も大事だぜ、とヤマトは締めくくった。
参加者 | |
---|---|
田所・一平(赤鬼・d00748) |
エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821) |
ミゼ・レーレ(メイデウス・d02314) |
西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504) |
嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475) |
御印・裏ツ花(望郷・d16914) |
リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549) |
安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614) |
●snake in the grass(偽りの友)
校舎の階段を、安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)は駆け上がる。目前に女が現れた。
「君は……」
吸血鬼だ。瞳に生気はなく、赤を流す。その伸ばした腕の先の、手は――
「お願い、たす……」
声が途切れた。女生徒は刃に貫かれ灰と化す。
「来た来た。いいタイミング♪」
透明な蛇腹の刀身を戻し、屍斬・裂は廊下で笑う。西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)は槍を構えた。
「我等の怨敵が残っているのは好都合」
「感謝しなよ? 全然来ないから、わざわざ残ってあげたんだし。まぁ」
衝撃音。裂の背後で、嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)の除霊結界が見えない壁に激突したように四散した。為したのは透明な刃の盾。双剣キリサッキーの片割れは既に展開している。裂が肩越しに振り返り、挟撃に現れたリアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)たちに口の端を吊り上げる。
「おかげで絶好調だけどー?」
吹きつける烈風――否、風はない。六六六人衆の存在感と殺意が、具現化したプレッシャーとなって身体に絡みついたのだ。田所・一平(赤鬼・d00748)は即座に対応できるよう、緊張とともに拳を握る。
(気を引き締めていかねーとな)
経験上こういう手合いは最後まで危険と、ミゼ・レーレ(メイデウス・d02314)と合わせ駆け出す。
「学園にいると邪魔なの。早速倒すのね」
エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)が霧を生み、前衛に力を供給する。御印・裏ツ花(望郷・d16914)の腕が鬼神のものへと変わった。
「序列四四四番、屍斬・裂。その首頂戴します」
「ムリだね。サキはもっと上に行くもん」
哄笑する裂。
死闘が始まった。
●kill off zone(鏖殺地帯)
「来なよ、遊んであげる!」
裂が教室の窓を割り、飛び込む。追ったミゼの視界を蛇行する刃が覆った。双剣の乱舞。受けた幅広の鎌越しに膨大な力が襲い来る。迫る刃をミゼは打ち払い、勢いを殺さず接近。鴉嘴の鎌が死の啼き声を放った。刃の交差は机や椅子を、空間を断片と化す。互いの殺芸は直接触れずとも、生じた真空の刃が朱を生み出す。
「時機弁えず問う。モノ言わぬ友人を幾人作った?」
「まだ三ケタだけど、友達は数じゃないでしょ?」
刃越しの声は正しく気が触れている。狂気に自身の闇を重ね見て、ミゼもまた乾いた、自嘲の笑声を零す。裂が続けた。
「言っとくけど男友達は選ぶから。仮面男や紫ゴリラとか問題外♪」
「っせえぞダサ子がっ」
一平が螺旋の槍を繰り出す。絹代が小馬鹿にした表情を浮かべた。
「確かにね。なにそのシャツ、チャリティーっすか?」
「よく分からないHKTと組んでまでこんなこと、ワタシには理解できないのね」
「というか『キリサッキー』もダサいです」
「……」
続くエステル、リアナの言葉に無言となる裂。鎌と槍を弾くと刃を奔らせるが、それは刻が縛霊手で防ぐ。狙われた絹代が「なんて酷いことするんだ!」と裂のお株を奪うような笑顔を見せた。裂は表情を軋ませ――飛び退った。死角からの斬撃が僅かに外れる。
「我等の飢え、怨敵の血潮でなければ足りぬ」
織久は炎を揺らめかせる鎌を手に、狂相を浮かべていた。
「六六六人衆逃がすまじ。ヒハ、ヒハハ!」
「サイコ野郎が!」
織久の大鎌が間断なく撃ち込まれ、幾重もの火花が散る。両者の間を透明な刀身がサイキックの力場で操作され、鉄壁の盾となっていた。しかし裏ツ花は迷いなく駆ける。
「学園に侵入したこと、後悔なさい」
盾同士の間隙を縫い、裏ツ花の鬼の腕が鋭く叩き込まれた。衝撃に後退する裂。その顔の笑みは消えない。
「オッケーオッケー。じゃあ――そろそろ殺り合おっか?」
直後、巨腕が両断された。裏ツ花を庇った刻が、喪失した蒼い細胞に苦痛を漏らす。停滞なくその首筋に第二刃が迫った。鮮血が舞う。
「むぅ……痛いの、ね」
間一髪、割り入ったエステルが膝をついた。護り手といえど無視できない重い一撃。流れた血が服を染め、瞳が妖しく光る。
「もう容赦しないの」
「言うね吸血鬼もどき。ところでそれ素? それとも本性隠してる?」
裂が、刃に残った血を舐め上げた。
「解剖して確かめよっか。サキ、元は医学生だし。経験も豊富だし♪」
剣がエステルの喉元に迫る。リアナが鬼切丸でその軌道を逸らし、右手の槍を突き入れた。狙うは鳩尾――しかし難なく払われる。
「ムダだって♪」
逆にリアナの心窩に膝が突き刺さった。息を詰まらせた彼女の耳元で裂が囁く。
「痛い? サキのモノになるならやめたげるよ」
反撃しかけたリアナの口が苦鳴を紡いだ。足の腱が斬られ、肩に刃が押し入っていく。
「耐えてイイよ。許しを請うまで何度でも赤く汚してアゲル」
「させぬよ。全身全霊でもって殺す」
ミゼの紅蓮斬が裂を引きはがし、一平と織久が死角からの斬撃を放つ。確実に入ったダメージに、裂は余裕を崩さない。
「切り札ないとやっぱこの程度かぁ。いつもの弱さに戻ったお前らなんかに、負けるかよ!」
速度の増した刃が跳ね上がり、一平と織久の血がしぶく。後衛に飛んだ刃が裏ツ花の腕を裂き、ミゼの腿を貫いた。絹代が聖なる風を呼び起こすが、荷が重い。刻が新たな腕を形成する。幸い生身は軽傷だ。
(こんなやつに、負けられない……!)
だが裂が刃を振るうたび、教室が血に染まっていく。僅かな攻防で二の足で立つことすら困難になる。
劣勢――だが危険な相手なのは先刻承知。滅ぼすには上手く立ち回った上で、運がいる。
だが今回、地の利は灼滅者にあった。
突如、灼滅者たちの脳裏に光景が映し出される。馴染みのある感覚――バベルの鎖だ。それは一瞬で消え、しかし劇的な変化をもたらす。
「え――こんなに?」
呟いた刻をはじめ、灼滅者たちには驚き。対してダークネスは笑みを消す。苛正しげな視線は教室の外へ。
現れたのは新たな灼滅者たちだ。
「助太刀に来たよ!」
ウサギと颯が祭霊光で、治胡やイカリやなつき、砂羽、定時、恢が癒しの矢で一平たちの傷を癒す。リリウムからの矢に、ミゼが両手の鎌を強く握り直した。
「ウザい」
「させるか」
彼女らを狙った刃を瑞樹の刀が受け止めた。鈴莉が障壁の拳で、一羽と祝は黒死斬で裂と戦闘を開始。その隙に天魔の光を呼ぶ影が二つ。
「彩歌さん、ライラさん……」
「ご武運を!」
「織久も貴女も、死んではダメだからね」
「はいっ」
信頼する二人に応えるべく、リアナが闘志を湛え立ち上がる。裂の怒号が響いた。
「お前らか、殺す!」
「……」
「裂ちゃん見~つけたっ」
「こっちの台詞だ!」
これで最後。雪の眼差しと音音の声に、閃く刃の煌めき。士騎の符がそれを阻む。
「邪魔なんだよ! クソが」
レティシアの影と一刀の鋼糸を裂き、既濁の鈍器を弾く裂。加速し窓を突き破ると、中庭へ飛び出す。そこに陽太や在雛の狙撃が突き刺さり、蕨や水奈、唯や実が、そしてアルベルティーヌが過去を払拭するため、一撃を放つ。裂が地に叩きつけられた。その目は待ち受けていた灼滅者たちを睨む。中庭に降り立った一平が告げた。
「俺らは確かに弱っちいし脆いわな。でもな、テメェは今からそれに轢き殺されるんだよ」
それは事実通告だった。中庭には八人に加え、集まった七十八名の灼滅者たちが退路を塞ぐ。裂が深く息を吐いた。
「流石に、ザコがこれだけ集まるとヤバいかな」
だがその目と口元の歪みは、何一つ諦めていない。
「だから、本当の本気で相手してやるよ」
裂が自らの身に双剣を突き刺した。
ダークネスの身体に、変化が生じる。
●killysackie(殺し奪うモノ)
総勢八十六名の灼滅者の前でシャツが裂かれた。双剣を飲み込む裂の身体をゴスロリ服が覆い、その至る所から刃が伸び生える。肌を金属質の蛇鱗が覆って、五指が鋭い刃物へと変形した。
「対上位序列用の暗殺スタイル――その目に刻んで、刻まれな」
全身の刃が射出された。力場に操られ、一片一片が生命をもったかのように灼滅者たちに襲いかかる。
「むぅ、面倒なの」
エステルがふわりと舞う様に第一刃を躱す。だが彼女を追って二刃目以降が前後左右、上下方向から立て続けに迫った。死角からの連撃を回避できず、手甲からコインが弾き飛んだ。エステルは血に染む手を裂に向ける。
「ざっくり、十字架で削ってあげるのね」
緋十字が薄闇に爆発。裂はしかし飛来する刃を盾にし、軽微の損傷で爆煙から抜け出る。その手の刃が旋回すると織久の死鎌を弾き、逆に五筋の裂傷を刻み上げる。更なる追撃は絹代の歌声が断つも、裂は刃を自らに引き戻しつつ高く跳ぶ。
「まとめて裂けろ!」
刃を撃ち出し、操る力に歪みを加える。力場の歪みは螺旋を生み、刃の群れは高さ数メートルもある竜巻と化した。大蛇がのたうつ様にうねり、けずり、襲う。巻き込まれた者の血が舞った。
「まだまだァ!」
裂が更なる刃の竜巻を放った。校舎の窓ガラスが割れる。初撃は前衛に、続いて三十名を越える後衛を直撃した。減衰以上にダメージが重なり、護り手を苛む。刻の黒鉄の処女も消滅した。癒しの光が灯り、反対に火線が減った。
リアナが惨状の中を走った。一直線に放つ槍が包囲を穿とうとするダークネスを阻む。
「ここで、討ちます」
「うっさい死んでろ!」
強力なサイキックの連続行使のせいか、血反吐と共に裂が刃を振るった。暴虐的な殺意が先触れとなって締め付けてくる。数合とたたず槍が弾き飛ばされ、四肢に裂傷が刻まれる。構わずリアナは鬼切丸を手に突き進んだ。刃が飛来する。影業でいなし、乾坤一擲の斬撃を叩き込む――はずだった。
刃が影を地面に縫い止め、動きを封じる。続く刃に四肢を撃ち抜かれ、リアナが倒れた。間をおかずトドメの刺突が放たれる。
「私と遊んでくださいな」
リィザが木刀で刃を払った。玲迦が斧で牽制。夕月や柚羽、榮太郎が回復を行い、凌駕したリアナを治癒していく。裂が舌打ち。狙いを変えるも、邪々丸、法子、流希、大破、ピアノは一太刀受けた程度で歩みを止めない。
「逃がすか」
不退転の意志で陽己、蘭、ユーヴェンス、ジェルトルーデ、ミルフィが動きを制限し、アリスに透、芥、翔、咲哉、七緒がサイキックを放つ。無数の刃に傷つき、盾で止められようと、着実にダメージを重ねる。裂が目を見開いた。
「ちょ、なんで!?」
「よう、久し振りだな」
斬り結ぶレイシー。上方から錠の斬撃。
「ダチになるぜ。但し死ぬのはお前だ」
返事は怒声。理利の弾丸とウツロギの虚刃が奔る刃を砕き。千波耶の鎌が刃盾を断つ。
「色褪せた世界の中で死んじまえコンチクショー」
崩れた守りを貫いて裂の身を刻む、絹代の黒死斬。よろめいたところにエステルの術が今度こそ敵を捉える。
「まっかっかがお似合い。もっつおしてあげるの~」
既におふとんは消滅。敵を貫く鮮烈な赤に、エステルは瞳に冷徹な狩人の光を宿し、更に力を注いだ。逆十字が膨れ上がり、爆発する赤光が戦場を染め上げる。
裂の姿も光に塗り潰された。
●beyond darkness
だが締め付けるような圧迫感は消えない。刻は目を閉じ、感じた深い業へと縛霊撃を放つ。
手応えは甲高い音だ。
「友達や家族を殺すお前は許せない」
「青いね。どんな友情も家族愛も、壊れるよ?」
あのタイミングで致命傷を避け得たのは流石に六六六人衆だが、その左腕は消えている。片腕で刻と凌ぎ合いつつ、裂が続けた。
「最後には冷めるか、妬み憎む。あるいは利用する。金にも権力にも無力。一緒にいるのは傷のなめ合いか、自分のためじゃん」
刻の瞳に、裂の心火が迸った。
「分かるよ、憧れてるんだろ。でも無理。どうせ幻だから。幻が嫌なら壊れる前に殺して、大事に想い続けるのさ。サキが生きる限りみんなずっと、綺麗な時のまま永遠に生き続ける!」
刻の霊網を裂が斬る。縛霊手を押し込むが、膂力と狂気が尋常でない。
「死ねば殺したのが無意味になるじゃん。死ねるかよ」
「違う、前提から無意味なんだ」
刻が静かに否定した。
「お前は大切な人を信じられず、未来を否定しただけ」
「うるさい。サキは結果だ。可能性なんて聞き飽きたんだよ!」
裂が刃を押し込む。刻は全身で抗し、裂を投げ飛ばす。
「お前が嫌いだから、倒す。そしてその物語を粉々にします」
腕を砲台に変化。光線は宙を薙ぎ、滞空する刀身を破壊していく。裂は残る刃を展開し、衰えぬ殺意を灼滅者たちに放つ。
殲術再生弾の恩恵があり、ただ殲滅し合う戦場ならこうも長引かなかったろう。相手が逃亡を考え、その阻止と味方被害の軽減を念頭に置けば火線を減らし、一度に攻撃する人数を絞らざるを得ない。それでも灼滅者側が優勢だが、僅かな綻びを喰い破ろうと無数の刃が渦を巻く。真澄と淼は全身から炎を吹き上げ踏ん張り、ミレーナやかえでが回復に追われる。
「先輩に触れる女は赦しません」
「なら殺して自分のものにしな!」
イブの結界、悟の氷槍と想希の炎蹴を受け、裂が刃を放つ。周囲一帯が血色に染まり、登やディートリッヒが膝をつく。七音が障壁で護り、紫桜里が霊力で癒し、さくらえが制約弾の援護。弾丸が斬られた時には、裏ツ花が裂を間合いに入れていた。重力の蹴りが刺さる。
「狩られる気分はいかが?」
「狩ってんのはアタシだ!」
殺到する刃を裏ツ花は霊網で絡めとっていくが、刃片は高速で縛霊手に着弾し爆発を起こす。放棄を余儀なくされつつ、裏ツ花は指輪の魔弾で攻撃を続行した。至近距離の撃ち合いは盾ともなる刃が有利。だが裏ツ花は手を休めない。
裂の機動力が落ちたとはいえ、最も安定して中てられるは、仲間の支援を十全に受けた最初の八人なのだ。
「貴女を殺し、わたくしの永遠に昇華してやりましょう。光栄に思いなさい」
仲間を信じ自ら朱に染まっていく裏ツ花。その動きが止まり、裂が嗤う。
「切り札はとっておけってね」
「……っ」
裏ツ花が脇腹を濡らす傷と、刺さる裂の左腕にくずおれる。裂は左腕を引き抜くと絹代に投擲。旋回する腕に深々と斬り裂かれ、絹代も倒れる。
「誰かのモノにはならないよ。殺して奪うのは、いつもサキだ」
「戯言は聞き飽きた」
ミゼと織久の襲撃は空を切り、横合いからの竜巻に血風を散らす――が、ミゼの迫る速度は変わらない。吹き飛ばされた仮面の下から、明確な殺意と敵意を宿す双眸がのぞいた。
「お前は目を背け、闇に負けた」
投げた鎌は弧を描き、刃を断ち切りながら裂を穿つ。
織久も続こうとして、意識を失う――直前、ベリザリオの気配に目を見開いた。刃が障壁に弾かれていく。狂気が鎮まった。
「兄さん、そんなに俺は信用ないですか」
「そう言うな」ユージーンが光輪で刃を相殺。「弟の気持ちも汲んで欲しいけどね」翔も援護する。
魂が身体を支えた。織久は背を押されるように前へ。今だけ狂気は彼の支配下にある。血色の炎が刃を伸展させ、透徹した斬撃はなんの抵抗もなく裂の右腕を断ち、返す刃で胴を薙ぐ。
「低序列のまま死ねるか!」
裂の足が落ちる右腕を捉え、織久の心臓へ。刃が届く寸前、風が紅を纏って駆け抜けた。
斬――!
一刀で腕を灰塵に変え、停滞なくリアナが踏み込んだ。白光が縦に走る。浅い。裂は後方へ跳んで宙を舞った。
「切れろ伐れろ割けろ剖けろ斬り裂けろッ!」
その唇が呪文めいた不吉な言葉を紡げば、回転する身体から無数の刃が降り注ぐ。刃に身を刻まれながら一平が肉薄した。着地した相手へ、苛烈な刺突。
「舐めるな!」
手応えなし。流れるように炎蹴を放つが、掠らない。どころか裂の蹴りが一平を捉えた。同時に刃群が背に突き立つ。膨大な力に押し潰され、骨が砕けた。
倒れるところに止めの刃。誰かがそれを阻む。
「いっちゃん!」
「兄貴、好機を掴んで下せえ!」
匡と娑婆蔵の声に、一平の意識が繋ぎとめられた。
「背中、任せた!」穂先が力を取り戻し、裂へ。
螺旋の貫通。寸断される槍。粉々になった刃盾。裂の嗤い。突き立つ刃。
「ざーんね……」
叩きこんだ拳が、言葉を断ち切る。
「遺言も後悔も命乞いもいらねぇ」
一平の口が獅子吼を吐き出した。
「ただ、死ね」
残りの力全てを、鋼鉄の正拳に乗せて撃ち出す。裂はきりもみしながら地面に落ちた。制御を失ったすべての刃も、また。
中庭に漸く静けさが戻る。
「このまま死ねるかよ」
裂が起き上がった。
「道連れだ」
消滅の始まる中、裂は憎悪の瞳で灼滅者を見る。刃の群れが再び竜巻となった。螺旋は規模を増し、暴風は中庭を埋め尽くさんものとなる。織久が呻いた。
「校舎ごと潰す気ですか」
「お前らの象徴も、全部斬り裂けてしまえ!」
哄笑する裂が刃に刻まれ霧散。だが竜巻は衰える気配がない。
「往生際が悪過ぎます」
刻が盾を生み出し、ミゼと共に竜巻を攻撃する。ヒビキと奈落が火力をサポートし、三月と戦が広域障壁を紡ぐ。
「早く帰っておふとんに入りたいのね」
エステルと竜鬼が縛霊手の結界で干渉を開始、動ける灼滅者たちの力が盾と矛になって竜巻と激突した。生じる爆風。一平が倒れた。
(目覚めたら全員とハイタッチ、だな)
学園で灼滅したなら、他ダークネスによる復活の可能性は低いだろう。
消えた竜巻と澄みきった秋夜空。勝利を余韻に、意識は深く沈んでいった。
作者:叶エイジャ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 24/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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