武蔵坂学園内掃討戦~哀れな蝙蝠達の末路

    作者:日向環


     追撃してくる灼滅者達を振り切りったものの、逃げた先が校舎内であったことが、3匹のタトゥバットにとっては不運だった。
     迫ってくる足跡から逃げるように廊下を抜け、空いているドアへと飛び込む。
     逃げ込んだ先は音楽室だった。
     当然の如く、窓は閉まっている。
     突き破って外へ逃げるにしても、外にも灼滅者達の姿がある。
     足音が近付いてくる。
     タトゥバット達は観念し、迎撃の構えを取った。


    『まずはサイキックアブソーバー防衛成功、おめでとうなのだ』
     スマートフォンのスピーカーから流れてくるのは、木佐貫・みもざ(高校生エクスブレイン・dn0082)の声だ。
     どこか安全な場所に避難していた彼女からの電話を、灼滅者の一人が受け取ったのである。ハンズフリーモードにし、周囲の灼滅者達にもみもざの声が聞こえるように配慮してくれている。
    『作戦が失敗したことで、爵位級吸血鬼と共に、多くの戦力は武蔵坂学園から撤退していったのだ。だけど、全員が撤退できたわけではなくって、撤退に失敗したダークネス達もいるのだ』
     学園内に取り残されたダークネス達がいるというわけだ。敵を完全に排除し、安全が確認できないうちは、エクスブレインやラグナロク達は学園に近付くこともできない。
    『取り残されちゃったダークネス達は、校舎内や校内の施設に籠城していたり、こっそりと潜伏している状態なのだ』
     学園内の安全を確保する為の掃討作戦が組まれたということのようだ。

    『みんなには、3匹のタトゥバットの掃討をお願いしたいのだ。校舎内に逃げ込んでくれちゃったので、追撃して欲しいのだ』
     灼滅者達が追撃を開始すると、タトゥバット達は廊下を使って逃亡し、やがて音楽室に飛び込むという。
    『逃げ込む音楽室も分かっているのだ』
     みもざは、タトゥバット達が逃げ込む音楽室の場所を、灼滅者達に伝達する。
    『音楽室の場所は分かってるけど、追い込む必要があるから、そこは上手くやって欲しいのだ』
     音楽室で待ち構えることも可能だが、追撃するメンバーも必要だということのようだ。
     タトゥバットはプレッシャーを与える「超音波」と催眠を伴う「紋様の瞳」で攻撃してくるという。
    『取り残された残敵だけど、戦闘力は高めなので、3匹と言っても油断は禁物なのだ』
     窮鼠猫を噛むという言葉もある。敵を侮ると、思わぬしっぺ返しを食らうかもしれない。
    『それじゃ、頑張って欲しいのだ!』
     みもざは灼滅者達を激励すると、電話を切った。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    一宮・閃(鮮血の戦姫・d16015)
    ソフィ・ルヴェル(カラフルジャスティス・d17872)
    四御神・湊(遠雷の異形戦士・d18400)
    小堀・和茶(ハミングバード・d27017)
    千早・雫(闇の閃光・d28586)

    ■リプレイ


     サイキックアブソーバーを強奪すべく、武蔵坂学園は3体の爵位級ヴァンパイアの強襲を受けたが、『絞首卿ボスコウ』を灼滅したことで、『殺竜卿ヴラド』と『魔女バーバ・ヤーガ』は撤退、防衛に成功するに至った。
     だが、戦いはまだ完全に終わったわけではなかった。
     多数のダークネス集団が武蔵坂学園内に広く展開していたこともあり、一斉撤退に乗り遅れてしまったダークネス達が出たのだ。
     撤退し損ねたダークネス達は、脱出路を探して武蔵坂学園敷地内を遁走、あるいは、その場での籠城を決め込んだ。
     かくして、防衛戦を戦った灼滅者達は、休む間もなく、学園内に取り残されたダークネスの掃討戦を展開する羽目になってしまった。

    「かくれんぼみたいでドキドキしますね」
     グランドピアノの陰に身を潜ませ、小堀・和茶(ハミングバード・d27017)は息を殺す。小さな体を更にちっちゃくして、和茶は様子を探る。音楽室内も、外の廊下も、まだ静まりかえっている。
    「緊張、か。ふふっ、柄ではないがな」
     カーテンの裏に隠れている千早・雫(闇の閃光・d28586)は、緊張している自分を自覚すると、自嘲する気味に微苦笑し、両手で学帽の位置を直した。
    「こうして隠れるのは、なんだかドキドキするっすね……」
     隠れるという行為そのものが、何か緊張すると、同じくカーテンの裏にいる小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)が呟くように言った。先ずは落ち着かねばと、相棒の霊犬・蒼の背中を撫でる。蒼の方は特に緊張した様子もなく、背を撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。
    「……始まったか」
     空気が微妙に変化した。雫は敏感にそれを感じ取ると、僅かに身を強張らせた。

    「戦争の後始末、と。メンドくさいわねぇ~」
     逃げる3匹のタトゥバットの姿をぼんやりと眺めながら、明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)は大きな欠伸を一つする。さすがにお疲れのご様子だ。
     とはいえ、ダラダラと歩いて追い掛けるわけにもいかない。死に物狂いのタトゥバットたちは、猛スピードで廊下を文字通りすっ飛んでいる。
    「おっと。こっちは通行禁止だ」
     物陰から飛び出し、四御神・湊(遠雷の異形戦士・d18400)が進路を封鎖する。驚いたタトゥバットたちは、階段を通って上の階へと逃げる。
    「やれやれ、随分沢山校内に残ってるんだな……先生やエクスブレインの皆に危害が及ばないようにしないとな」
     別の方向に向かって逃げていくタトゥバットの姿を見付けると、湊は小さくぼやいた。あちらは自分たちの担当ではない。別の灼滅者のチームが殲滅してくれるだろう。
     校庭で疾走しているペイルホースを追い掛けている灼滅者のチームに、心の中で声援を送ると、湊は3匹のタトゥバットを追って走り出した。
     進路上の窓という窓は、予め久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)と一宮・閃(鮮血の戦姫・d16015)の手によって閉じられていた。外へと飛び出すことができないタトゥバットたちは、校舎内を逃げ回るしかない。
    「悪いな。行き止まりだぜ」
     進路を塞ぐ織兎と回避し、3匹のタトゥバットは更に上の階を目指す。ライドキャリバーのまーまれーどが、わざと騒々しいエンジン音を響かせ、蝙蝠たちを追撃する。
     最上階に到達した。
    「こちらは通れんぞ?」
     屋上への扉の前では、閃とビハインドの麗子のコンビが待ち構えていた。
     鉄製の扉は頑丈に施錠されているので、2人を強引に突破して屋上へ逃げ出すこともできない。
     仕方がないので、廊下を猛スピードで移動する。
    「今日のところは廊下を走っても許してもらえるだろう」
     目立つように張られている「廊下は走らない!」というポスターをチラリと見やりつつ、閃は麗子とともに、その後を追い掛け始めた。
    「私達の学園で好きにはさせません!」
     長い廊下の先で、相棒のライドキャリバー・ブランと共にソフィ・ルヴェル(カラフルジャスティス・d17872)が待ち構えていた。
    「キッ」
     くるりと反転したタトゥバットは、今来た廊下を猛スピードで引き返す。
    「スピード勝負でしたら負けません!」
     素早くブランに跨がると、ソフィは3匹の蝙蝠たちを追走する。
    「待ちなさーい」
     いつの間に回り込んだのか、瑞穂は疾走するブランの後方を、とっとこ走って付いていく。
    「キキッ」
     引き返したものの、そこには自分たちを追ってきたまーまれーどと織兎、湊、閃と麗子がいた。完全な挟み撃ちだ。
     教室のドアも全て閉まっていた。タトゥバットたちが、翼を使って器用にドアを開けられるわけもない。
     右往左往している間にも、灼滅者たちは迫ってくる。動きが物凄くスローモーションに見える。
     このままでは追い付いてしまうので、灼滅者たちが意図して動きを遅くしているのだが、焦っているタトゥバットたちに、そんなトリックを見破れるはずもない。
    「逃げ遅れたマヌケなダークネスの皆さん、いませんか~? いたら返事してくださーい」
     暇なので、瑞穂は途中の教室に立ち寄って、掃除用具入れのロッカーを漁り初めてしまった。
    「!!」
     タトゥバットたちはようやく気付いた。開いているドアが一つだけあることに。
    「キキキキキッ!!」
     たぶん、「マヌケはどっちだ」と言ったのだと思う。3匹のタトゥバットたちは、嬉々としてその教室に飛び込んだ。
     そこは音楽室だった。彼らの期待とは裏腹に、窓ばかりかカーテンまで閉まっていた。
     でも薄暗いので何となく落ち着くらしい。だって蝙蝠だし。
     仕方がないので、タトゥバットたちは覚悟を決めた。振り返り、音楽室に雪崩れ込んでくる灼滅者たちを迎え撃つ。


    「校舎をすっきり綺麗にしないとな~!」
     相棒とともに真っ先に音楽室に飛び込んできた織兎が、最前線に飛び出す。エンジンを唸らせ、気合い充分なまーまれーどが、その左隣に付く。ビハインドの麗子が、織兎の右隣に出ると、彼女より半歩だけ下がった位置で閃が身構えた。
    「彩り鮮やかは無限の正義! ソフィ参ります!」
     更にソフィとブランも前に出る。
    「追い詰めたぜ」
     前衛陣よりやや下がったポジションに付いた湊は、眼鏡の位置を右手の人差し指で直す。
    「キキキッ」
     蝙蝠たちは、横並びで迎撃の構えだ。
     万全の体勢で迎え撃ったつもりらしいが、そうは問屋が卸さなかった。
     音楽室には、伏兵が潜んでいたからだ。
    「飛んで火に入る夏の蝙蝠……かな?」
    「季節はもう秋だがな」
     グランドピアノの陰から和茶が飛び出すと、雫、翠里と蒼が続いた。
    「キッ」
     いきなり背後を取られ、3匹のタトゥバットは浮き足だった。挟撃を回避したつもりが、再び挟まれてしまった形だ。
     体勢を立て直すにしても、灼滅者たちの方が圧倒的に数が多い。
     タトゥバットたちが狼狽えている隙を見逃さず、灼滅者たちは先制攻撃を仕掛けた。
    「さぁ、もう逃げられません! いきます!」
     ソフィがシートの上に飛び乗ると、ブランは右往左往しているタトゥバットたちに突っ込む。シートを蹴り、ソフィが跳ぶ。
    「流星アメちゃんキック!!」
     スターゲイザー炸裂。下からはブランが唸りを上げて突撃してくる。上下からの同時攻撃だ。
    「やるなー。よーし、次は俺たちの番だぜ。一緒の依頼初めてだけど頑張ろうなー」
     目の前で見事なコンビネーションを見せつけられたら、奮い立たない方が嘘だ。織兎がバベルブレイカーを床に撃ち込み強烈な振動波を放つと、振動する波長に合わせて、まーまれーどが突撃した。
    「あんま学校の備品や設備に当てて壊さないよーにね~」
     バベルブレイカーの一撃で大きく凹んだ床を一瞥すると、瑞穂がトリガーを引き絞る。愛用のM37フェザーライト・カスタムの銃口が火を噴く。撃ち出された魔法のビームが、ソフィペアと織兎ペアの集中攻撃を食らったタトゥバットに、容赦なく叩き込まれた。
     ビームの筋が途切れた刹那、今度は閃の炎を纏った蹴りが炸裂する。
    「ギッ」
     直撃を食らって短い悲鳴を上げたタトゥバットの正面に回り込んだ麗子が、残りの2匹も視界に捉えたと同時に隠されていた顔を晒す。
    「ま、凍っておけよ!」
     湊が、地面に立てた槍の穂先から氷柱を撃ち出した。息も吐かせぬ連続攻撃だったが、集中攻撃を食らったタトゥバットはまだ健在だった。
    「ここで逃がしたら、また何かしてくるかもしれないっす……。なんとしても、逃がさないっすよ!」
     翠里が高速演算モードを発動させる。主の行動を援護すべく、蒼が六文銭をバラ撒いた。
     和茶のシールドリングに護られた雫が、短い気合いとともに日本刀を振るう。月の如き衝撃が蝙蝠たちを襲った。
     怒濤の攻撃で、せめて1体だけでもを倒しておきたかったが、惜しくも倒しきれなかった。
     もはや逃げられぬと悟った3匹のタトゥバットは、死に物狂いで反撃してきた。


     タトゥバットたちは、体表面に描かれた眼球状の『呪術紋様』を曝す。直視した者を催眠状態に陥れる魔力を帯びた紋様だ。
     雫、閃、そしてブランが一瞬にして眠りに堕ちた。
     だが、そこは和茶が冷静に対処する。清めの風を吹かせ、先ずは閃とプランを覚醒させた。
     虫の息だった1匹に、翠里と蒼、瑞穂が攻撃を集中させた。
    「ギーッ」
     耳障りな悲鳴を上げ、タトゥバットが消滅する。
     落ち着いて1匹ずつ集中攻撃で倒していけば、それ程怖い相手ではない。
     渾身の超音波を放って逆襲するも、灼滅者たちを倒すには戦力が乏しすぎた。
    「よし、いけるよな」
     湊を庇って超音波の直撃を受けたまーまれーどの背中をぽんぽんと叩いて労ってやると、織兎は直ぐさま尖烈のドグマスパイクを打ち込む。相棒を傷付けられた仕返しだ。
    「炎刃槍! 燃えろ!」
     庇われた湊も奮い立つ。大きく踏み込むと、燃えさかる槍の一撃を見舞う。
     更に、次々と攻撃が叩き込まれた。
    「ギギギッ」
     勢いに乗る灼滅者たちの連続攻撃を食らい、更に1匹が消滅する。残りは1匹だ。
     せめて一矢報いようと、タトゥバットは超音波で反撃した。だが、1匹だけでは多勢に無勢。
    「ま、音楽室が墓場ってーのはイマイチ締まらないかもしれないけど、年貢の納め時よ。覚悟しなさい」
     瑞穂は銃口を下ろして腰に手を当てる。後は仲間たちに任せるつもりらしい。
    「お前に明日は、訪れない……」
     雫の居合いがトドメの一撃となり、残りの1匹も間もなく沈黙した。
     フィニッシュ放つべく構えたソフィだったが、残念ながら今回は、必殺のアメちゃんキックの出番はなかったようだ。


    「なんとか、なったか……しかしこの蝙蝠たちも生きる為に必死だったのであろうな」
     学園を襲ってきた以上、同情の予知はない。しかし、雫は消滅してしまった蝙蝠たちを想い、手を合わせた。
    「これでひとまずは……と言ったところか」
     廊下に敵の姿がないことを確認すると、湊が音楽室に戻ってきた。荒れてしまった教室の後片付けをしなければならない。
     室内では、既にソフィと和茶が後片付けを始めている。
    「他もうまくいったかなー」
     窓を開け、織兎が外を眺めた。眼下のグラウンドも、既に戦闘が終了しているらしい。一息吐いている灼滅者たちの姿がチラホラと確認できる。
    「結構壊れたわねぇ」
     改めて音楽室内を見渡し、瑞穂が肩を竦める。
    「……ま、気をつけた上でなら、それは事故よね」
     壊そうと思って壊したわけではないので、学園も大目に見てくれると思いたい。よしんば、修理費の請求書が回ってきたときは、クラブのボスに廻せばなんとかしてくれるだろう。たぶん。
    「……それにしても、やっぱり学園は前よりもボロボロになっちゃったっすねぇ……」
     敵の襲撃を受けたのだから当たり前なのだが、それでも親しんだ学舎が傷付いてしまったのは悲しいものだ。翠里が寂しげに呟くと、蒼が慰めるように擦り寄ってきた。
     ぐぅぅぅ。
    「あ……」
     緊張が解けたのか、腹の虫が騒ぎ出してしまった閃が、ちょっと照れたように笑む。麗子にコツンと頭を叩かれると、頬を膨らませる。
    「後で何か食わせてやるよ」
     湊はそう言うと、眼鏡の位置を直す。
    「一応、報告しておくか」
     ポケットからスマホを取り出すと、作戦終了の一報を入れるのだった。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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