そのデモノイドロードは駆けていた。
階段を上り、廊下を曲がり、駆けていた。巨大な刃と化した右腕が、時折苛立ち紛れに窓を割る。
「くそっ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ!」
窓の外には、作戦の失敗を受けて、撤退して行くヴァンパイア達の姿がある。今からあそこに混ざるのは、時間的にも距離的にも無理な話だった。
側にいた配下のデモノイドも眷属も、いつの間にかいなくなっていた。撤退の時に取り残されたのだと、嫌でも認識せざるを得ない。
「あ……っ」
廊下の突き当たりにたどり着いて、デモノイドロードは足を止めた。人の少ない方へ少ない方へと突き進むうちに、どうやら行き止まりまで来てしまったらしい。
「くそっ! ここまでか!」
デモノイドロードは歯噛みすると、壁を背にして右腕の刃を尖らせた。
追撃して来るであろう、武蔵坂学園の生徒達を迎え撃つために。
「皆さん、サイキックアブソーバーを守ってくださって、ありがとうございます」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、集まった灼滅者達に頭を下げてにっこりと笑みを浮かべた。
サイキックアブソーバーを守り抜き、爵位級ヴァンパイアの一人を灼滅して生き残って見せた。かつてない脅威に対しこの成果は、十分に誇って良い事だろう。
「お疲れの方も多いと思いますが、実はもうひと頑張りしていただきたいんです」
作戦の失敗を受けて、爵位級ヴァンパイアと共に多くの戦力は武蔵坂学園から撤退して行った。しかし、全員が撤退して行って訳ではなく、学園内に取り残されてしまった者もいるのだという。
「皆さんには、この取り残された戦力の掃討をお願いしたいんです」
取り残されたダークネス達は、校舎内や校内の施設に潜伏あるいは籠城している状態だ。放っておく訳には行かない。
「皆さんにお願いしたいのは、3階廊下の突き当たりにいるデモノイドロードです」
ここです、と、姫子は黒板に簡単な見取り図を描く。
デモノイドロードは壁を背にした状態で、周囲の様子を窺っている。こちらは正面から戦闘を仕掛ける格好になるため、先手を取るのは難しいかもしれない。
「このデモノイドロードは非常に素早く、複数人にダメージを与える攻撃を得意としています」
デモノイドロードの武器は、巨大な刃と化した右腕。その刃は時には毒を、時には氷をもってこちらを傷付ける。射程はどちらも長い。
また、刃が近くの一人を狙ったなら、それは自身の攻撃力を高める力を秘めた刃だという。
これらの能力に加え、シャウトに似たサイキックで自らの傷を癒すと共に、バッドステータスを解除する事もあるようだ。
「撤退時に取り残されたとはいえ、戦闘力は高い相手です。もし勝利が難しいようなら、学園外へ逃げられるように退路を開けてみてください」
逃走が可能となれば、相手は逃走を優先するかもしれない。
気を付けてくださいねと、姫子は灼滅者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607) |
日野森・沙希(劫火の巫女・d03306) |
霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674) |
槌屋・透流(トールハンマー・d06177) |
鍛冶・禄太(ロクロック・d10198) |
鬼御影・燎(燐灰武装ペグマタイター・d16322) |
神西・煌希(戴天の煌・d16768) |
サイラス・バートレット(ブルータル・d22214) |
●
甲高い音がする。
人影の絶えた校舎内は、走る足音がやけに大きく響いた。
個人的には、逃げる分にはそのままに任せていいのだけれども。階段を駆け上がりながら、水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)はそう思う。しかしエクスブレインの話を聞く限り、向かう先にいる相手はこちらを迎え撃つ体勢でいるようだ。放っておけば必ず害となる。仕留めるならばここだ。
紅色の捻襠袴を揺らしながら、日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)は先頭を駆ける。多くの生徒達の安全確保ため、そして平和な学園生活を送るため。頑張りますですよと、彼女は黒い瞳に決意を宿した。
「学校の中にまだ戦争してたお相手おるのに、新学期ーはおっかないわなぁ」
隣を走る鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)の言に、槌屋・透流(トールハンマー・d06177)は静かに頷く。学内の残党を捨て置けば、学園生活の支障となるだろう。新学期に授業にテストもあるのに――そう考えかけて、彼女は頭を振った。ひとまずは、目の前の戦いに集中だ。
3階に上ると、灼滅者達は廊下を曲がった。そのまま真っ直ぐ行った突き当たりに、人影が見えた。
右腕と顔の半分を、青い寄生体に覆われた姿。デモノイドロードだ。
敵の姿を認めて、サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)は赤い瞳を細めた。同じく寄生体を身に宿した者として、彼には僅かな同族意識がある。けれど、敵に回った以上、あのデモノイドロードは標的だ。
「行くぜ変身、燐灰武装ッ!」
鬼御影・燎(燐灰武装ペグマタイター・d16322)が解除コードを叫び、その姿が戦士のそれへと変化する。彼の隣へ、ライドキャリバーを連れた神西・煌希(戴天の煌・d16768)が並んだ。霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)がその後に続く。
前に出た灼滅者は4人。彼らが自分を包囲するように陣を組んだ事に気付くと、デモノイドロードは歯軋りをした。
「来やがったな、武蔵坂学園!」
たん、と床を蹴り、デモノイドロードがこちらとの距離を一息に詰める。刃に冷えた輝きが宿り、前衛を担う灼滅者達の身に傷と共に氷が刻まれた。
「逃げ遅れたこと自体には同情いたしますです」
ですが、と沙希の右腕が異形のものへと変わって行く。
「私達も大事な人が多く傷つけられたので、貴方を倒させていただきますです」
振り上げられたその腕を、デモノイドロードは己が右腕で受け止める。勢いを殺し切れず、数歩後退った。
「逃がさないつもりか……畜生め、かかって来やがれ!」
「君の覚悟に敬意を評し、全力で行かせて貰う!」
燎の声が朗々と響き、盾の加護が灼滅者達を包んだ。
●
「痛い子は手あげてや!」
あ、冗談ですとすぐさまその言葉を打ち消しながら、禄太が天魔を呼ぶ。ゆるりとした笑みを浮かべながらも、その目は油断無く仲間の様子を窺っていた。
敵地に取り残されるのは、どんなにか不安だろう。薄紅の鎌を振り上げる薙乃の瞳には、仄かな同情の色が滲む。けれど、肩と寄生体の隙間に突き立てられた刃に迷いは無かった。
残党を全て退けない限り、戦争はまだ終わらないのだ。
「俺らの根城で好き勝手暴れてもらっちゃ困るんだよ」
煌希が寄生体の肉片から生成した液体を振りまくのに合わせ、すらりとしたフォルムのライドキャリバーがデモノイドロードに突撃する。
彼にとって、この学園は城だった。仲間達との城に入り込み、好き勝手に暴れる存在を、このまま放っておく訳には行かない。
梢は瞳に意識を集中させ、体を覆うバベルの鎖をそこへ集める。その後方から、透流がガトリングガンの銃口をデモノイドロードに向けた。
彼女がデモノイドロードと対峙するのは、これで3度目だ。何か縁でもあるのだろうかと考える間に、指はガトリングガンの引き金を絞っている。
「確実に、狙って、ぶち抜く」
銃口が火を噴き、デモノドロードの刃に僅かなへこみが生まれた。炎に包まれたその腹へ、サイラスが捻りを加えた槍を繰り出す。
雄叫びを上げてデモノイドロードが次に狙ったのは、後衛の灼滅者達。淡く緑に輝いた刃が風を切るのを見て、煌希がその動線上に割り込んだ。腹を真横に切り裂いた一撃が、灼滅者達に毒を与える。ありがとな、と煌希へ言って、禄太は再び天魔を呼んだ。
「貴方は何の為に戦っているのですか?」
しゃらん、と神楽鈴へ炎を宿し、沙希はデモノイドロードへ問い掛ける。返って来たのは鋭い視線だけだった。
「豪腕砕撃ペグマクラッシュ!」
燎の腕が巨大化し、デモノドロードの胸を狙う。咄嗟に庇った左腕に、大きな爪痕が残った。
ごめん。そう詫びるのは卑怯だけれど。大鎌を繰り、薙乃は仲間の付けた傷跡に狙いを定める。
ここは薙乃の大好きな場所。友達も家族もいる、絶対壊したくない居場所だ。決して負けはしないと、決意を秘めた刃が爪痕を鋭くえぐった。
煌希のクルセイドソードが非物質と化し、デモノイドロードの胸を刺し貫く。引き抜かれると同時に、不可視の刃は魂だけを傷付けている。
デモノイドロードが体勢を立て直すより早く、梢は銀の槍で弧を描いた。紡がれた妖気がつららとなり、よろめいた足を凍て付かせる。透流が一気に距離を詰めて、手にオーラを集束させた。激しい連打は右腕の刃に阻まれたけれど、それは威力を減じてはいない。
「蝕むのは、テメェの専売特許じゃねぇんだぜ」
サイラスの蹴りは流星のきらめきを宿し、氷に包まれた足を鋭く打ち据えた。かしゃんと涼しげな音が鳴る。
「くそっ……結構、やるじゃねぇか」
デモノイドロードが吐き捨てるように言い、天を仰いで吼えた。叫びは炎と氷を消し飛ばしたが、傷の回復量はさほどではない。癒しを阻む力が功を奏しているのだ。
まだ勝負の行方は分からない。灼滅者達は武器を構え直した。
●
禄太から癒しの矢を受けて、沙希が神楽鈴を振り上げる。鈴は艶やかな音を奏でながら、デモノイドロードの胸へ叩き付けられた。流し込まれた魔力が暴れ、小さく苦鳴が上がる。
魔導攻撃、と猛る声を上げ、燎が放ったのは沙希と同じ力。立て続けの魔力の奔流に、デモノイドロードは目を剥いた。
薙乃が輝きの剣で青い刃を切り裂く。デモノイドロードが得ていた加護の半分が、その一撃で砕け散った。煌希がライドキャリバーの突撃に続いて、エアシューズのローラーを激しく回転させる。脇腹を打ち据えた蹴りが生み出したのは、赤の炎だ。
「こんな感じかしら?」
非物質と化した刃でデモノイドロードを貫きながら、梢は口の中で呟く。引き抜かれた銀の刃は、残る加護を全て砕いた。透流の放ったガトリングガンの弾が、デモノイドロードの体に幾つもの風穴を開く。赤黒い血を滲ませたそこに、サイラスは妖気のつららを叩き込んだ。
風を切って距離を詰め、デモノイドロードは梢の肩へ切り付ける。しかしその傷は、禄太の紡いだ矢に流し込んだ毒ごと癒されてしまう。
戦いは終始、灼滅者達にとって有利に進んだ。デモノイドロードが加護を得ればことごとく砕き、毒や氷を受ければ即座に禄太が癒してしまう。デモノイドロードの苛立ちが徐々に募って行くのが、灼滅者達にも分かった。
「行くぞ! 武蔵坂学園キィィィック!」
燎が床を蹴って跳び、デモノイドロードの体に蹴りを炸裂させる。よろめいた隙を逃さず、サイラスが刃を閃かせた。
「覚悟は決まったかよ?」
妖の槍を呑み込んだ青い刃が、デモノイドロードの腹を刺し貫く。ぱたぱたと赤い滴が落ち、廊下を鮮やかな色に染めた。
「くそっ……なんでこんな事になった……!」
「お仲間と別行動したのが運の尽きってところか」
煌希が繰り出す炎の蹴りに合わせ、ライドキャリバーの機銃が火を噴いた。デモノイドロードの腹からからあふれる血が、その量を増す。
あと一息でとどめを刺せる。そう判断した禄太は、癒しの手を休め攻撃に回った。
「最初に目的持って、攻め、奪いに来て戦争を始めてしまったなら、何でこんなことに、はないんやよ」
彼岸の向こうでやったら苦情は聞くで。いっそ冷淡に聞こえるほど平静な声音で紡いで、禄太は足元から影を伸ばす。鹿の姿をした影は軽やかに跳躍し、デモノイドロードの足にしっかりと絡み付き、締め上げる。
ふらりと揺らいだその体に、沙希が鈴を振り上げた。
「せめて貴方の存在を墓標に刻んであげますです。お名前を教えて下さい」
叩き付けた一撃は炎となり、鮮やかに燃え上がる。床へまた新たな血の滴を落として、デモノイドロードは水音の混じる声で言葉を紡いだ。
「……ウツギ。ロード・ウツギ」
「さよなら、ロード・ウツギ」
梢の槍が捻りを帯び、腕を覆う寄生体ごと右胸を貫く。
最後に小さく咳き込んで、ロード・ウツギはこの世から消え去った。
●
ロード・ウツギが消え去った後、廊下にはガラスの破片だけが残っていた。戦闘が始まる前に、ロード・ウツギが苛立ち紛れに割って行ったものだろう。
お片づけをしても良いですかという沙希の言葉に、否の声は上がらない。ロッカーから箒を取り出す彼女へ、手伝うよと薙乃が申し出た。他の仲間達もそれに倣う。
「戦うのって、やっぱりちょっと悲しいね」
ガラスの破片をちり取りに集めながら、薙乃は呟く。そうねと梢が応じた。
「でも、戦わなければ守れないものもあるのよね」
平穏な日常。大切な誰かの笑顔や涙。
戦うための一歩を踏み出す事で守れるものは、きっと沢山ある。
「これでまた、みんなが安全な学校生活が送れるようになるといいですね」
「授業やテストも、元通り……だな」
沙希のちり取りへガラス片を集めつつ、透流は今後の事に思いを馳せる。学園内の掃討戦は終わったが、また別の戦いが幕を開ける気がする。
破片の片付けは、それほど時間をかけずして終わった。
「そろそろ戻ろうぜ」
掃除用具をロッカーへ戻す仲間達へ、燎がそう声を掛ける。
戦果を報告するため、灼滅者達はその場を後にした。
作者:牧瀬花奈女 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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