武蔵坂学園内掃討戦~自分の道は自分で

    作者:灰紫黄

     早乙女・遠紗は所属していた部隊が壊滅したあと、体育倉庫に身を隠していた。
    「何が爵位級よ。これじゃ張り子の虎じゃない」
     作戦は盤石だと聞かされていた。だが、結果はこちらの敗北。しかも、三人の爵位級ヴァンパイアのうち一人を失った。
     やはり、他人など信用できない。
     息を潜め、辺りをうかがう。思えば、早乙女・遠紗というダークネスの始まりもこんな薄暗い場所だった。元人格のことなど憶えていないが、『他者を信用してはいけない』という戒めだけは心にこびりついている。おそらく、闇堕ちの原因は裏切りだったのだろう。
     だから、他人など信用できない。
    「なら、自分でやるしかないよね」
     いつもはポニーテールにしていた髪も戦闘でほどけてしまっている。あるかも分からない出口を求め、ゆらりと幽霊のように立ち上がった。

     防災頭巾を被った口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)が猪狩・介(ミニファイター・dn0096)に手を引かれて現れた。怪我はないようだが、学園の状態にショックを受けたのか、少しぼんやりしている。
    「……目」
    「うん、だいじょぶ。……みんな、お疲れ様。厳しい戦いやったけど、みんなのおかげで勝てた。ありがとう」
     気が動転しているらしく、口調には関西弁が混じっている。
    「でも、新学期を迎える前に、もうひと働きしてもらわないといけない」
     男爵級吸血鬼ボスコウの灼滅を受け、敵勢力のほとんどが撤退した。だが、撤退に失敗し学園内に残留したダークネスも存在する。学内にダークネスを放置するわけにはいかず、掃討作戦が組まれることになったのだ。
    「みんなに対処してほしいのはヴァンパイア一体よ」
     目標のヴァンパイアは体育倉庫に潜伏しており、脱出経路を探している。名は早乙女・遠紗。かつて朱雀門が行った学園潜入作戦にも参加していたヴァンパイアだ。
     ダンピールとガンナイフのサイキックを使い、積極的に攻撃してくる。手強い相手だが、今なら十分に渡り合えるはずだ。
    「僕も行くよ。一体とはいえ、ヴァンパイアは油断ならないし」
     と介。ポキポキと小さな拳を鳴らす。
    「相手もかなり追い詰められてるけど、だからこそ本気で戦うわ。介くんも言ってたけど、油断だけはしないようにね」
     せっかく戦争に勝利したのだ。無事に夏休みを終えてほしい、と目は最後に付け加えた。


    参加者
    日月・暦(イベントホライズン・d00399)
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)
    焔野・秀煉(鮮血の焔・d17423)
    桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)
    響塚・落葉(祭囃子・d26561)
    赤尾・沙耶(明狼快活爆炎娘・d28105)

    ■リプレイ

    ●敗残兵
     爵位級吸血鬼を退け、勝敗が決したあとも、戦争はまだ終わらない。その火を完全に消すまでは。
     体育倉庫に潜伏したヴァンパイアを灼滅するため、九人の、いやそれ以上の数の灼滅者が集まった。戦力は十二分。勝利は盤石。敵地に取り残されるとはこういうことだ。
     灼滅者達は無言で顔を見合わせ、鉄の扉を開ける。同時、ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)は菓子パンやらリボンやらを放り込んだ。
    「これは?」
    「早乙女はんやったっけ? 最期の食後ちゅうやつや。ちょっとくらいなら待つで」
    「じょーだんじゃない。なら、もっと豪華なもの用意してよ」
     遠紗は髪を結うためのものだろうリボンを引きちぎり、菓子パンは踏み潰した。そして手にしたガンナイフで、長い髪をばっさり切った。施しは受けないという意思表示。
    「自分のことは自分で、か。そういうの嫌いじゃないけど」
     呆れた様子で苑田・歌菜(人生芸無・d02293)が呟いた。こうして取り残されているのは、撤退の段取りがなかったからだろう。勝つつもりだったのは結構。だが、敗走して孤立したのでは救いもない。
    「人のホームにずかずか土足で上がり込んどいてただで帰れると思うなよ?」
     学園を壊された怒りを炎に変え、拳を固める焔野・秀煉(鮮血の焔・d17423)。さらに背後にはビハインドの飛雄威が佇んでいる。
    「人に危害を加える可能性があるなら、容赦しません」
     桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)の表情がきり、と引き締まる。ここはまだ戦場なのだ。相対するのは敵同士だからで、敵同士なら戦わなくてはならない。戦いが好きではないが、しかし避けられないのならばためらいはしない。
    「やれやれ、じゃの」
     他者を寄せ付けない遠紗の生き方を、響塚・落葉(祭囃子・d26561)は痛々しいと思った。思い出すのは過去のこと。詮ないことだと分かっていても、幼い彼女はそれを止められない。
    「楽しい新学期を皆で迎える為にも、此処できっちり頑張らないと、ですねッ!!」」
     叫ぶと同時、赤尾・沙耶(明狼快活爆炎娘・d28105)の身体を赤い火花のオーラが包んだ。軽いフットワークを刻む度、腰まで届きそうなみつ編みが尻尾みたいに揺れる。
    「一人でもどうにかなると思ったことがアンタの間違いさ。まぁ、今更だけどな」
     険しい表情で剣を構える日月・暦(イベントホライズン・d00399)。仕方のないこととはいえ、この状況の戦いには苦いものを感じていた。けれど、迷いは油断に、油断は失敗に繋がる。手にした剣のように、鋭く感覚を研ぎ澄ませる。
    「さぁ、狩りの時間だ!」
     スレイヤーカードから武装を開放した皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)は好戦的な笑みを浮かべた。敵なら殺す。それはどこまでも単純で、当然のこと。殺意の刃はぶれることなく吸血鬼の首を狙っている。
     遠紗は無言で両手のガンナイフを乱射。けたたましい銃声が戦いの口火を切った。

    ●掃討戦
     銃弾の雨をかいくぐり、沙耶が前に出た。片腕が獣のそれに代わり、銀色の爪が光を反射する。
    「悪いけどッ、一人じゃ何も出来ないような子なんかに、アタシは負けないよッ!!」
     笑顔とともに挑発の言葉を発する。けれど慣れない所為か、その表情はひきつっている。そこに暦は重ねて光の矢を放った。
    「アンタは一人で、いったい何ができるんだ? そうしてきた結果がこれだよ」
     馬鹿にするように言う。逃走させないための挑発。けれど、遠紗は光の矢ごと斬って捨てた。
    「自分の命がかかった状況でそんな安い挑発に乗るわけないでしょ。あんた達、自分が同じ立場でひっかかる? 見下してんな!」
     この極限状態で冷静さを失うことは死に直結する。それほど遠紗は愚かではなかった。以前は灼滅者を侮って痛い目を見た。同じ轍を踏みはしまい。
    「遠路遥々ご足労頂いたんだ……丁重にもてなすぜ? 拳でだけどな!!」
     幸い、この体育倉庫には窓はない。秀煉は光の盾を展開し、正面から突進する。迷いのない一撃はガンナイフの防御を突き破り、ヴァンパイアの華奢な体を吹き飛ばした。
    「目標捕捉、と」
     誰にもなく呟きながら、猪狩・介(ミニファイター・dn0096)は肩に担いだガトリングのトリガーを引いた。銃身の回転に伴って轟音が響く。
    「恨みはありません。けどっ」
     暗い倉庫に星の軌跡が走る。萌愛だ。苦しげな表情を浮かべながら、しかし確実な一撃を遠紗に叩きこむ。同時、エアシューズから放たれた重力が動きを縛った。
    「ざけんなっ!」
     だが、遠紗もやられてばかりではない。萌愛の足をつかみ、赤い斬撃を見舞う。
    「今、回復するのじゃ」
     鮮血が噴き出るが、落葉の回復によってすぐに止血された。刹那、落葉の脳裏に過去の記憶がちらつく。誰かの顔がふっと思い出されて、でもすぐに消えた。
    「ここから逃げてどうするの? 逃げて誰かを頼りにしたいのかしら?」
     歌菜が皮肉げに投げた問いにも返答はない。彼女もそれを分かっていたのか、表情を変えずに遠紗の体を縛る魔弾を放つ。
    「少しは楽しませてくださいね?」
     残忍な笑みを浮かべた桜夜の両腕を赤黒いオーラが包んだ。血飛沫を連想させる連打が、同じく鮮血に似た斬撃と激突する。
    「もう観念しぃや」
     学園は灼滅者の日常を象徴する場所である。それを攻撃されたとあっては、ただで帰すわけにはいかない。ベルタの影がビルのように立ち上り、次の瞬間には倒れて遠紗の身体を覆い隠す。
    「まだだ、わたしはまだ…………」
     ガンナイフで影を引き裂き、遠紗が中から出てきた。追い詰められながらも、赤い瞳に宿った殺意の炎はまだ燃え続けていた。

    ●血の風
     支援に参加した灼滅者の数は十人以上。戦力は圧倒的に灼滅者が勝っていた。けれど、だからといって諦める遠紗ではない。そして、灼滅者達もヴァンパイアが戦う限り攻撃の手を緩めはしない。
    「逃がさへんでぇ」
     ベルタの剣が非物質化。頭上から振り下ろされる半透明の刃を、遠紗はぎりぎりでかわす。当たっていれば、致命傷になりかねない。ベルタに迷いはない。
    「ここはダークネスがいるべき場所じゃないの……来るべきじゃなかったのよ」
     命を蝕む黒の弾丸が歌菜の手から放たれた。灼滅者とダークネスが相入れることはない。そこに例外はあれど、遠紗ではなかった。むしろ信頼を否定し、孤独を是とする彼女は灼滅者達とは逆の存在だ。
     当然ながら、灼滅者ひとりひとりはダークネスには及ばない。故に結束は戦う上の必然であり、同時に最大の武器にもなっていた。
    「えいやッ!!」
     まずは軽いステップ。そして二歩目は獣のごとく跳躍。沙耶の拳が赤い火花を伴って加速する。拳の連撃はまさしく百花となって遠紗を討ち貫いた。
    「この程度ですか。残念ですね」
     桜夜の表情に侮蔑の色が浮かぶ。膝を折った遠紗をロッドで打ち付ける。こちらの本拠地に戦いを仕掛けて、負けて、逃げ損ねて。それで簡単に落ちたのではつまらない。
    「恨むなら、その道を選んだ自分を恨めよ……」
     光の矢は、今度こそヴァンパイアの身体を貫いた。鮮やかな赤が腹から落ちて、マットを染める。暦の長い髪が、血の臭いがする風に揺れた。
    「ああもうホント、その通りだよ」
     結局は自滅であった。ガンナイフを乱射しながら、遠紗も頷いた。前の借りを返してやるくらいの軽い心づもりだった。今にして思えば、あんな軽薄な首輪男が将の一角というだけで負け戦が決まっていた気もする。
    「ま、運がなかったってことだろ」
     銃弾から仲間を庇う秀煉。蓄積されたダメージは小さくない。腕がずたずたになり、血がぽたぽた身体を濡らしても、足はしっかりと地を踏んでいた。飛雄威とともに倒れるまで仲間を守り続ける。
     その背を支えるのが、今の落葉の仕事だった。役割の分担はすなわち結束の体現である。
    「悲しきことじゃの……。人を信用できなくなった結果、このような場所で散ることになるとはのう……」
     と回復を飛ばしながらも独り言がもれる。吸血鬼の灯火は消えかかっていた。でも、勝利のはずなのに、嬉しくはなかった。
    「あなたは、何がしたかったの?」
     萌愛の縛霊手が遠紗を捉え、そのまま沈める。憂いを帯びた翠の瞳が倒れたヴァンパイをまっすぐに見つめる。
    「さぁね。それが分かってたら、きっとこんなとこには来てないよ」
     遠紗はそう答えて苦笑い。力を失った手から落ちたガンナイフが、がしゃんと音を立てた。

    ●九月へ
     力尽きた遠紗は赤黒い靄となって消えていった。灼滅者達もそれなりに消耗していたが、支援に来た仲間の力添えもあって、倒れるほどではない。支援がなければ、この程度では済まなかったかもしれないが。
     ともあれ、これで真に戦争が終わり、ようやく新学期を迎える準備が整った。他でも戦闘が終わっているところもあるだろう。
    (「あやつも、一人きりじゃったのかの」)
     落葉は体育倉庫の闇を見詰めていた。孤独なヴァンパイアの最期は、お世辞にも幸福なものとは言えなかっただろう。心中の問いの相手はここにはいなくて、だから答えが得られることもない。
    「向こうが負けてこっちが勝った。倒す必要があるから倒す。……それだけだよ」
     喉の奥の苦いものを、暦は簡単には飲み込めなくて。でも、慣れてしまうことが正解でもない気がした。だからといって何が正しいかも分からないけれど。
    「早乙女さん、あなたは……」
     残暑のぬるい風が萌愛の髪をなでる。何かを言おうとしたけれど、その先はうまく言葉にならなかった。もどかしくて、少し悔しい。
    「お疲れさん」
     秀煉はビハインドに声をかけ、スレイヤーカードに納める。今回は身を挺して働いてくれた。しばし休息のときだ。秀煉自身も肩をばきばき鳴らす。
    「倉庫の中、片付けないとですかねぇ……」
     体育倉庫の損傷具合を確かめる沙耶。無傷とはいかないが、激戦区になったところに比べればいくらかマシなはず。直すのにいくらかかるかについては……いち学生の考えることではないだろう、きっと。
    「さて、じゃあ帰ろうか」
    「帰るも何も、ここ学園でしょ」
     いつもの癖で介がそう言うと、歌菜から当然のツッコミが入った。たはは、と介は笑って誤魔化した。歌菜もやれやれ、と肩をすくめる。
    「お腹すきましたね」
     桜夜はお腹を押さえて苦笑する。ようやく学園から敵がいなくなったのだ。心おきなく体を休められる。
    「これで新学期、やな」
     空を見上げて呟くベルタ。ひとつの戦いが終わり、季節も秋へと傾いていく。
     やがて日は沈み、また新たな日が昇る。それは新たな戦いと日常を連れてくるだろう。
     それまで、今は戦いの傷を癒やそう。
     …………特に、学園の校舎の。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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