武蔵坂学園内掃討戦~三十六計逃げるに如かざれど

    作者:宝来石火


    「困ったわぁ……どうしましょう……」
     女が一人、空き教室で頭を抱えていた。
     年の頃なら三十前。軽くパーマの当たったセミロングの黒髪を掻きむしる、その腕には所々、青い甲殻が見て取れる。
     先の爵位級吸血鬼による武蔵坂学園襲撃の際、ヴァンパイアの勢力とともに学園を強襲したデモノイドロード。彼女は、その残兵の一人であった。
    「ヴァンパイアの人達のビッグマウスのせいでとんでもない目に……なんで私がこんなことに……」
     誰もいない教室に、ブツブツと零れ続ける彼女の愚痴。
     機を見るに敏たるを自負する自分だからこそ、数の圧倒的不利を見て早々に前線から撤退し事なきを得たが。予想以上に吸血鬼どもが不甲斐なかったせいで逃げるタイミングを逸し、結果として敵の本拠地内に孤立してしまった。
     真面目ぶったバカな連中があえなく玉砕するのは勝手だが、私一人が逃げる時間くらいは稼ぎやがれよ。心に浮かぶ不平不満は、やがて呟きを唸りへ、そして叫びへと変えていった。
    「ホントにあのコウモリ野郎どもが……いや、哺乳類で例えるなんてあのクソどもには上等過ぎるわね……蚊よ、蚊。ムシケラ。ハエ目カ科イエカ属イロジロアカメカ亜属呼ばわりがお似合いだわあんなクソムシどものせいでこの私がこの私がワタシがこのドクソムシドモがァァァァっぁあああ!!」

     ――ガララガドジャァン!

     ……怒りの赴くまま振るわれた青い豪腕が、空き教室に整然と並んでいた机と椅子を纏めてなぎ倒す。
     鳴り響いた轟音に、はっと我に返った彼女は、鋭く尖った爪でゴリゴリと頭を掻いた。
    「っと、いけないいけない。隠れてるんだから静かにしないといけないわ。
     ……ま、私だって偶には失敗することもあるわよね。ウフフ♪」
     

     じっと瞳を閉じて頭を垂れていた鳥・想心(心静かなエクスブレイン・dn0163)は、集まった灼滅者達に気付くと、ゆっくりと頭を上げて一人ひとりの顔を見回した。
    「爵位級ヴァンパイア3体による襲撃――これほどの危機を、乗り越えられたのは皆の活躍あったればこそだ。ありがとう。おめでとう――どんな言葉が適切なのかはわからないけど、きっと、私は君達と同じ気持を共有していると思う」
     はっきりとした声でそう言葉を掛けた想心は、気持ちを切り替えるように小さくかぶりを振った後、仕切りなおすように机に手をかけて、口を開いた。
    「さて、学園への襲撃者達は何とか退けたわけだけど……申し訳ない、君達にもう一働きしてもらいたい。
     端的に言えば――残党狩りだ」
     ボスコウの灼滅によって退却していったダークネスの軍勢だが、極一部、逃げ遅れた者達が今も校舎内や学校の施設内に取り残されているようなのだ。
     彼らは灼滅者の目に止まらないように潜伏したり、或いは施設の一部に籠城するなどして脱出ないし灼滅者達に一矢報いる機会を伺っている。
    「君達に頼みたいのはその内の一体……ヴァンパイアの軍勢が率いていた、デモノイドロードの灼滅だ」
     彼女は空き教室の一つに潜伏し、脱出の機会を伺っている。小賢しく臆病な性格のようなので、こちらから接触すればまず逃走を試みるだろう。
    「彼女が潜んでいる教室は三階にある。窓の外はベランダになっていて隣の教室とも繋がっているから、廊下側とベランダ側、その双方からこっそりと挟み撃ちにすれば敵の逃走を防ぐことができるだろうね」
     当然その場合、戦場は教室となる。事態が事態なので机や椅子や黒板やらが少々残念なコトになっても咎められることはないから、その点に関しては安心して良い。広さについても、戦う上で支障はないだろう。また、今回は勝手知ったる学園内の作戦であるため、任務に当たる灼滅者が一般人対策を気にする必要はない。
     勿論、去る者は追わずの精神で、あえて逃走ルートを残して逃げるがままにしても、とりあえず敵を学園から排除する、という目的は達せられる。しかし、その精神の邪悪さ故にデモノイドロードになったような女であるから、逃げた先でろくでもないことをしでかすのは間違いないだろう。この期に灼滅できるならばそれに越したことはない。
    「敵の使う技は、アサルトデモノイドと呼ばれるタイプの敵と同種のモノみたいだ」
     即ち、目の前の敵を吹き飛ばしながら、速度を増して自らの攻撃力を高める加速攻撃。こちらの強化術式ごと体を貫くアサルトホーン。自身の傷を癒しつつ、灼滅者の強化を砕く準備を整える、スパイクスキンの三種の技だ。
    「退路を断って彼女を追い詰めれば、恐らくは死に物狂いで君達に掛かって来るだろう。元々癇癪持ちの気質のようでもあるし、ね。
     既に殲術再生弾の効果が抜けている以上、決して油断できる相手じゃあない」
     心なしか普段より厳しい口調でそう言って、想心は改めて灼滅者達の顔を見渡した。
    「……折角勝って、拾った命だ。こんな所で、これ以上学園の、除籍者名簿の数を増やしたりしないように。
     どうか、気をつけて」


    参加者
    獅子堂・永遠(ブレイラビイド・d01595)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)
    クリム・アーヴェント(ブルーデモンドッグ・d16851)
    桜木・心日(くるきらり・d18819)
    御影・頼子(不破の刃・d20210)
    ロバート・ケイ(深い霧の渇望者・d22634)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    高嶺・円(餃子白狼・d27710)

    ■リプレイ


     空き教室。暴風が吹き荒れたかのように薙ぎ倒された机や椅子の数々。
     自身の癇癪が引き起こした惨状を前に、デモノイドロードの女は何の反省の色もなく、ゴリゴリと青い腕で頭を掻く。
    「ま、私だって偶には失敗することも……ん?」
     と。女の視界に動く影がある。犬だ。
     一匹の犬が、吹き飛ばされた机の下からもぞもぞと這い出してきている。
    「そういえば、偶にいたわねぇ、学校に迷い込んでくるノライヌ。
     ほら、こっちおいで。腹いせに踏み殺してあげ――」
     嘲り混じりに言いかけた言葉を切って、女は突然横っ飛びに飛んだ。向かう先は開いていたベランダのドア。
     表に人がいるかどうかの確認もせずに、一目散にこの場からの逃げを打つ。
     犬の目を見て、気が付いたのだ。コイツはただの犬ではない。私を狩りに来ている――!
    「おおっと!」
    「――ッ!」
     ごうっ、と赤い炎が唸る。
     犬――霊犬ミナカタの主である迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)の放つバニシングフレアが、炎の奔流となってその逃走経路を遮ったのだ。
    「あんた、教室を滅茶苦茶に――」
    「ッチ、ならこっちからっ!」
    「ちょお、前口上くらい言わせや。気の短い」
     寸でのところで床に爪を立て、機動を変じたデモノイドの女は、廊下側の入り口へと向き直る。
     果たして、視界に移ったのは戸を、窓を背にして居並ぶ灼滅者達の姿だ。
    「さぁ、大掃除の時間だ。
     ――念入りにいこう」
    「んみゅー。モップ『を』おそうじなんて、エスプリが効いてますの」
     解体ナイフを構えるロバート・ケイ(深い霧の渇望者・d22634)――ロビンの言葉に、ベランダ側から踏み込んだ獅子堂・永遠(ブレイラビイド・d01595)が独特なノリの相槌を打つ。
     更に永遠の隣には、何故か緑の髪から水をポタポタ滴らせながら窓に張り付いている深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)の姿がチラリと見えたが、精神安定のため振り向かないでおく。
    「困ったわぁ……数の暴力プラス挟み撃ちとか、正義の味方っていつも卑怯よね」
    「徒党を組んで攻めてきておいて、言うセリフ?」
     呆れた声で御影・頼子(不破の刃・d20210)が言えば、やはり気怠げに女も答える。
    「文句はイロジロアカメカのバカの三大将に言って。私のせいじゃないわ」
    「他人事みたいに言うんだね」
     桜木・心日(くるきらり・d18819)の呟きに、女は当然だ、という顔で頷いた。
    「――ねぇ、私一人くらい見て見ぬふりしてよ。
     アナタ達だって、余計なケガとかしたくないでしょう」
     両手を上げて、女は言う。灼滅者達の顔色を目だけで伺いながら、包囲の隙を探して、ジリジリと体を動かしているのが、既に戦闘態勢に入った灼滅者達には感じられていた。
    「……投降することを考えている顔付きじゃないですよ」
     クリム・アーヴェント(ブルーデモンドッグ・d16851)はため息混じりにそう言って、ガトリングガンを構え直す。
     女の眉根が苛ついたようにぴくん、と跳ねた。
    「いいから、見逃しなさいよ。そしたら今後は、この学校の子には手ぇ出さないであげるから。それなら、アナタ達の面子だって立つでしょ?」
     言外に、それ以外の無法は見逃せと言っている。
     人を人と思わない傲慢さを、生来の悪意から持っている女だった。
     高嶺・円(餃子白狼・d27710)はスレイヤーカードを手に啖呵を切る。
    「――貴女のような人は、宇都宮のご当地人造人狼として放っておけない!
     今日が、貴女の命日だよ!」
     オォン、と叫んで、円は跳んだ。跳んで、口にする。解放の言霊を。
    「餃子白狼……降臨っ!
     くらえっ、餃子畏れ斬りッ!」
     瞬きの間に、愛する餃子の皮の如き白毛に覆われたその身を翻す。
     風切、唸る。
     元より鋭い狼の爪に百目鬼の畏れを纏わせば、百鬼の頭もその目を剥く深い傷跡を女の腕の青い皮膚に残した。
    「痛ァいっ!?」
    「撃ち抜きます!!」
     腕を抑えて飛び退がる女の体を狙って、クリムのガトリングが銃火を放つ。一つ一つの銃弾の反動に合わせ、跳ねるように寄生体の耳が揺れた。
     ガガガガッと重く甲高い轟音が響き、女の体に無数の風穴を開けていく。
    「人が穏便にっ、済ませてあげようと思ったのに……!
     揃って失敗した昆虫標本みたいに穴まみれで黒板貼り付けがご所望ってわけかしら!?」
    「それは、遠慮願いたいな」
     声をだけを残し、ロビンは消えた。
     弾丸の嵐に紛れ、教室の影を駆け抜けたロビンの色を抜いたブロンドが一瞬輝いたその時には、解体ナイフの切先が女の左足の腱を断っている。
     ダメージそのものより足止め効果を狙った黒死斬が女の動きを鈍らせた。
    「ボク達も、そしてこの学園も、これ以上傷つけさせるつもりはないっ!」
    「だよねっ! 僕たちが、頑張らないとっ!」
     ロビンの言葉に同調し、心日も発奮する。
     猫の栞の挟まった、冗談のように分厚い本の頁を軽やかに手繰る。淡い童話の絵本から飛び出したような物腰で、紡がれる魔法の言葉。
     足の止まった女の体に、原罪の紋章が刻まれる。罪深き青き体と精神に刻まれる苦痛は、女の癇癪を引き起こすのに十分だ。
    「ッ、の……! アンタらゴキブリ目かちょこまかちょこまかちょこまかぁっ!?」
    「こっちも構って邪神ビームっ!」
    「熱ァッ!?」
     永遠に窓の鍵を開けてもらってズルリと入り込んだるるいえが、廊下側に気を取られていた女を背後から狙い撃った。
     ついでと言っては何だが、ナノナノのてけり・りもしゃぼん玉で彼女の攻撃を援護している。多分、先ほどるるいえが何か濡れてたのもしゃぼん玉のせいか何かに違いない。
    「痛い? 泣きたい? 金目鯛は鯛じゃなくて深海魚の一種?
     ……何で鯛じゃないのに鯛とか言ってるんだぁ? くそっ、バカにしやがってくそっ、くそっ!」
    「キンメダイはちゃんとキンメダイ目なだけマシでしょうがアジともマンボウとも関係ないアカマンボウ目クサアジ科にゲザッて後に私に詫びろ!」
    「知るか」
     生物学の有り様に一石を投じるるるいえと女の論争を冷たく切り捨てたのは、永遠である。否、既にその身は永遠として皆が知るその姿ではない。
     胸元にスペードのスートを具現させ、18歳程度の姿へと成長したように見える、彼女は自身を久遠と名乗る。
    「青カツ丼の材料の言い分などに興味はない。大人しくぶつ切りにされていろ」
    「アナタだって、青いじゃないのッ」
     女は吐き捨て、右足だけで跳んだ。
     自身の怒りの方向がずれ始めていたことに、久遠の冷徹な言葉で気がついたのか。挑発的な攻撃を仕掛けてきた心日でもるるいえでもなく、女はその身を弾丸にして久遠に向けて撃ちだした。
     女の体が変異する。全身を青色の鋲と化し、歪な錐体となって風をぶち破り久遠へと迫る。
     風が千切れるその音の中で、女は背後で呟かれたその言葉を、何故かはっきりと聞いた。
    「不破に舞う闇は融和の光」
     瞬間、女の体を衝撃が襲う。背後から、大上段から、重く重く叩き付けられた一撃。

     ――ズグァシャアッ!!

     そうして、教室中に響く轟音。
     加速していた体はその衝撃でベクトルを狂わされ、先ほど自分が吹き飛ばした机と椅子の山の中へと叩き付けられていた。
     何が起きたかといえば、頼子が斬った。日本刀を構え、女が久遠に向けて跳んだ瞬間、その背後から一太刀浴びせてみせたのである。
     勿論、巨大な質量を持った弾丸と化していた女の体に斬りかかり、頼子の方もただでは済んでいない。黒板へと叩き付けられたその全身に大小の裂傷が刻まれていた。
    「頼子さんっ!
     ッ、大丈夫、まだいけますよ!!」
     悲鳴を飲み込み、代わりにクリムは天上の歌声を響かせる。目に見えて頼子の体から大きな傷が消えていくが、それでも無傷にまでは返らない。
    「――私がいる限り、あなたの攻撃は通らないわ」
     額から流れる血を拭いながら立ち上がり、頼子は言う。女は笑った。
    「……他人庇って、自分から痛い目見るの? 理解できないわね」
    「せめて、私のこの剣が届く範囲では仲間を失いたくない。そんな思いはあなたには――無いんでしょうね」
    「そうねぇ、そんな馬鹿が隣にいてくれれば便利だとは思うわね。盾にはなりそう」
    「オイ、あんた」
     二人の会話に割っていったのは、炎次郎である。ベランダ側の出入口の一つを死守した位置のまま、鋭い眼差しだけを女へと向ける。
    「さっき言いそびれた口上、教えたるわ」
    「別に要らないわよ」
    「そう言うなよ、俺の持論や。
     ――確かに、自分のために戦うやつは強い。せやけど、その強さは何かのために戦うやつの、足元にも及ばんてな!」
     同時、机と椅子の山の中から音もなく影が伸び、そこに埋もれていた女の全身を喰らった。青い総身を足元から襲う黒に覆われ、女は藻掻く。
    「この戦いは、守るべきものがある俺らの勝ちや!」
     力強く、己の信念を語る炎次郎。
     強い正義感と熱い情熱に満ちたその言葉が、この日、最もこの女の神経を逆撫でした。
    「戦う理由で強い弱いが決まる……? どこにそんな科学的根拠があんのよ精神論とか古臭くってアオカビ生えるしだったら女王守ってるシロアリはアリクイに喰われねぇのよテキトーこいてんじゃねぇわよこのホモ・クソエンスがぁ!」
     女は叫び、纏わる影を強引に払いのける。影を振り落としたその視界に、薄靄がかかっていた。
    「なら、科学的に実地で証明してみせよう」
     ロビンの構えたナイフから漏れ出た夜霧が、教室をうっすらと覆っていた。
    「この戦いで、ボク達は勝つ」


     女は翻弄されていた。
     サーヴァントも含め十対一という戦力比は、数の不利を見て退却の手を打った戦争の時よりなお悪い。そもそも一人きりでは傷の回復をする余裕さえなく、多数を相手にただただ押される一方だ。
    「舌平目がウシノシタってどういうことだよォー! 舌平目のムニエルが牛タン焼きになるじゃねぇかっ!」
     延々と何事かに怒りながら、女の後頭部をシールドバッシュで強打するるるいえ。振り向いた時にはもうそこには居ない。邪神のご加護か、単純に灼滅者としての戦闘力の高さゆえの身のこなしか。
    「どこ向いてるの、こっちだよ!」
     心日の突き出した妖の槍が、その穂先に鋭い風を巻き起こし、女の背肉を薙いでいく。
     向き直った時には既に風は止み、心日は間合いの外まで一息に駆け抜けてしまっている。
     風の妖精、なんて自分らしくもない比喩表現が女の頭に浮かんだが、口に出す気はしなかった。
     ……この包囲を突破できる道はないのか?
     ちらりと廊下側の出口に目をやれば、正しくその方向から飛びかかってくる白い影。
    「絶対に通さないしっ、出さないもん!!」
     狼の足が炎と燃える。火力が命は中華の基本。宙空に描く弧の軌跡さえ、ともすれば大蒜の香ばしい香りを感じさせるよう。
     ルーツでもポテンシャルでもない。しかし、己の魂の赴くまま、円はその技の名を高らかに叫ぶ。ご当地愛をこめて。
    「ギョウザグラインドファイアッ!!」
    「ぐゃうっ!」
     顔面を薙ぐ炎のケリに、女がたじろぐ。
    「餃子……」
     久遠の姿となっても尚身長ほどもある巨大武器、闇斬剣・キングカリバーを無造作に構え、久遠は独り言つ。
     その視線は眼前にいるデモノイドロードよりも、その奥で華麗に技を繰り出す餃子白狼へと向けられているようにさえ見える。
    「終わったら、餃子と永遠ちゃんの青カツ丼、取り替えっこしようねっ」
    「餃子っ」
     心なしか常以上の気合を込めて、久遠はキングカリバーを横薙ぎに振るう。黄金の刀身が青い体に食い込み、裂いて、抜けた。
    「あっ、ぐぅ……」
     既に幾度か繰り返された連携。るるいえと心日の二人が遠方から気を引き、女が攻撃を繰り出しかねているその隙をすかさず叩く、この戦術。
     たとえロジック理解していても、ただ一人では覆せない一方的な追い込み。
     体液をまき散らしながら女は、グンタイアリに群がられ倒れるアリクイの姿を幻視する。
    「もう、結果は見えてる」
     ふらつく女の総身を忽ちの内に斬り裂きながら、ロビンは呟いた。
    「……クソッ、クソクソクソクソ……全部、あのクソムシどもが……このクソガキどもがぁ……クソ社会が、クソ世界が悪いのよっ、こんな……こんな……!」
     苦境にあって女は、自分以外のこの世の全てに怒りを覚える。その怒りがようやく、彼女に浴びせられたサイキックによる昂ぶりを凌駕し、本来彼女が目指すべきだったもの――外へと通じる出口への、一点突破に賭けた一撃を生み出した。
    「クソ球がっ! クソ陽系がっ! クソのクソ銀河団ガァァァアァアアアアッ!!!」
    「やかましいっ! これからメシ食う奴もおるのに、クソクソ言うな!」
     並の灼滅者なら容易に吹き飛ばすはずのアサルトホーンの一撃を、しかし、炎次郎は刀で止める。満身創痍で振るわれた角に、本来の威力が残されていようはずもなかった。
     炎次郎の刀が炎を帯びる。振るわれたその一閃で、ホーンは折れた。
    「零距離でくらう炎は痛いやろ? もっとも、ほんまに痛いんはこれからやけど」
     女は背後に迫る三つの気配を感じていた。
     魔導書の頁をめくる音。
     日本刀の鯉口を切る音。
     重い銃火器を構える音。
    「…………くそぅ」
     心日のアンチサイキックレイが女の頭部を灼いたのと、頼子の居合斬りが女の総身を細切れにしたのと、クリムのガトリング連射が肉片を煙に変えたのとは、正しく一瞬の出来事だった。


     何かの終わり、もしくは始まりを告げるチャイムの音が聞こえる。
    「ねぇ……片付け、していかない?」
     円の提案は皆に快く受け入れられた。
     戦いの痕跡は凄まじく、破壊されてしまった机や椅子はもうどうしようもないし、床に残った爪や刃の痕は今すぐにどうこうできそうもない。
     それでも灼滅者達は、できる範囲での清掃を一通りやりきった。壊れた備品は外に出し、飛び散った血や体液をできるだけ拭きとる。使った雑巾は色々危なそうなので、後で処理方法を先生に確認して貰うことにした。
     元通り……とは、到底行かない。
    「でも。いつか生徒がもっともっと増えて、この教室を使うことが来るだろうし。
     その時、ここで戦いがあったことを気にしないで、気持よく使って欲しいんだ」
    「……そうですね」
     ロビンの誰に向けるでもない呟きに、クリムが相槌を打つ。
    「さーっ、ちっとも覚えてない戦闘の後片付けだけして疲れましたの! 皆さん、うさうさくらぶの青カツ丼をどうぞ召し上がれですのー!」
    「わぁ、凄い色だね!」
    「……食べられるの、これ?」
    「うむ、いつ見ても冒涜的で良い」
    「永遠ちゃーんっ、私の宇都宮餃子と交換する?」
    「あ、ちょ、俺もそっちがいいんやけど……」
     掃除に一段落が付いたところで、学生達は休憩タイムに突入したようだ。
     いずれこの教室で、今はまだ見知らぬ誰かがこんな時間を過ごすのだろうとロビンは思った。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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