武蔵坂学園内掃討戦~死の馬は駆け巡る

    作者:悠久

     戦の空気冷めやらぬ武蔵坂学園を、不吉な雰囲気の黒馬が駆けていた。
     それは学園を襲った眷属・ペイルホース。だが、その主人たる吸血鬼の姿は既に無い。おそらく既に撤退した後なのだろう。
     残されたペイルホースは縦横無尽に駆ける、駆ける、駆ける。頭部に浮かび上がった『頭鎧』は肉体に刻まれた青白い『死の刻印』と連動して魔力と運動能力を高め、力強いその脚が地を踏み締めるたび、嫌な音を立ててあちこちが破壊されていく。
     けれど、それももう終わりだ。――逃げる場所はどこにもない。
     自らに訪れる死の運命から少しでも遠ざかるように、死の馬はただひたすらに武蔵坂学園を駆け抜けた。


    「皆、お疲れ様。サイキックアブゾーバーを守ってくれて、本当にありがとう」
     戦いを終えた灼滅者達を労うように、宮乃・戒(高校生エクスブレイン・dn0178)の顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。だが、すぐにその表情を引き締めて。
    「けれど、ゆっくり休んで欲しい……とはまだ言えない状況なんだ」
     作戦が失敗したことで、爵位級吸血鬼と共に、多くの戦力は武蔵坂学園から撤退した。
     しかし、全員が撤退できたわけでは無く、撤退に失敗したダークネス達は武蔵坂学園に取り残されてしまったのだという。
    「現在、取り残されたダークネスや眷属は、校舎内や校内の施設に籠城、或いは潜伏している状態だよ。そこで皆には、学園内の残敵を掃討するための作戦をお願いしたいんだ」
     今回確認されたのは、眷属・ペイルホース2体。死の馬とも称される、不気味な魔力に満ちた黒馬。
     敵は逃げ回るように学園中を駆け抜けており、灼滅者達が到着する頃には空き教室のひとつに逃げ込んでいる状態だ。
     空き教室の机や椅子は部屋の端に積み上げられており、戦闘には十分なスペースが確保されている。窓は完全に閉め切られており、また敵が脱出を試みるには少し大きさが足りない。とはいえ、追い詰められた相手が何をしてくるかまでは予想できないため、注意しておく必要がありそうだ。
     使用するサイキックは近くの相手のエンチャントを解除する体当たり、追尾効果を持つ不気味な魔力の光線、広範囲を足止めする咆哮の3種類。
     戦闘力は高く、2体で灼滅者8人と互角に戦う。また、ポジションはどちらもクラッシャーであるため、一撃の威力の高さに注意する必要がありそうだ。
    「敵は追い詰められているけれど、だからこそどんな強さを発揮するかわからない。窮鼠猫を噛む、という言葉もあるしね。疲れているとは思うけれど……どうか、もう少しだけ頑張ってきて欲しい。僕は、君達の活躍に期待しているよ」
     くれぐれも気を付けて、と。
     再度の戦いに赴く灼滅者達を、戒は信頼に満ちた眼差しで見送るのだった。


    参加者
    雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149)
    月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837)
    天雲・戒(紅の守護者・d04253)
    ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)
    キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)
    小鳥遊・さくら(高校生ダンピール・d21274)
    久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)
    月代・蒼真(旅人・d22972)

    ■リプレイ


     眷属潜伏の報せを受け、灼滅者達は目的の空き教室前へと到着した。
    「やっぱりあれですね。戦争をするにも場所を考えなければいけませんよね」
     雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149)は小さなため息を落とす。移動中、激しい戦闘の跡や、これから戦う眷属の逃亡の痕跡を目にしたためだ。
    「まったく朱雀門ときたら……」
     爵位級吸血鬼といい、よくもまあ、武蔵坂学園を痛めつけてくれたものだ。
    「まあ、気合いを入れていこう。普通に授業を受けてたら物陰からダークネスが、なんて考えただけで気が滅入るもんな」
     月代・蒼真(旅人・d22972)は柔らかな笑みの中、確かな緊張を垣間見せる。この掃討戦を無事に終えることこそが、本当の意味での勝利だ。
    「というか、コレだけ残党がうろついているのに、学園内の一般人種がペイルホースに鉢合わせに……遭遇しないのが、この学園の七不思議か……ミステリー」
     と、小さく呟いたのは月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837)。なんにせよ、危険に晒されないのならばそれが一番だろう。
     何やら心の中で密かな闘志を燃やしている无凱の傍ら、小鳥遊・さくら(高校生ダンピール・d21274)は霊犬と共に仲間達へ丁寧に一礼。
    「戦いの場に立つのは、初めてです。どうか皆様宜しくお願いいたします」
     表にこそ出さないものの、胸の内にははっきりとした恐怖が浮かぶ。だが、これも灼滅者としての務めのうち。頑張ると、さくらが自ら決めたことだ。
     打ち合わせた作戦を確認すると、灼滅者達は一斉に教室内部へ突入する。
     机と椅子が端に積まれ、広い床の見える教室の中では、2頭の黒馬――眷属・ペイルホースがその身を休めていた。灼滅者達の出現に、黒馬は驚愕と恐怖の混ざったような鳴き声を上げ、教室の前後にある扉へと疾走する。恐らくは逃亡のためだろう。
     だが、前方、教壇側の扉から突入した天雲・戒(紅の守護者・d04253)が、ライドキャリバーの竜神丸と共に扉を塞いだ。
    (「眷族も、敵地に取り残されたら哀れなもんだな」)
     おまけに知恵も回らないようだ。教室の窓は、黒馬が脱出を図るには大きさが足りないし、出入り口はこうして戒達が塞いでしまった。
    「悪いが、ここからは逃がさねぇ。……不死の炎の力、授けるぜ!」
     戒の背から生まれた炎の翼が仲間達を包み込む。炎の加護を感じながら、久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)は複雑そうな表情を覗かせていた。
    (「つい先程までは……わたし達が、あのお馬さんと同じやったんよね……」)
     爵位級吸血鬼による大攻勢は、武蔵坂学園の包囲という形で行われた。その戦闘の激しさを思い起こし、雛菊は思わず唇を噛み締める。
     気の毒だとは思うが、逃がすわけにはいかない。相手は街を破壊しながら襲来した吸血鬼の眷属、外に出せばどうなるか、容易に想像がつく。
     後方の扉前に立ち塞がり、雛菊は疾走してきた敵へ無数の拳の連打を放った。衝撃に、黒馬の巨躯が教室の奥へと吹き飛ばされる。
     迎え撃つのは、教室内への侵入と共に素早く窓際に陣取ったピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)。
    「袋の馬さんだから、覚悟するといいの」
     学園を破壊して逃げ惑うなんて、絶対に許せない――ピアットの怒りは、静かに敵の体温を奪っていく。
    「悪い馬さんにはおしおきが必要なの。まだまだ暑いし、涼しくしてあげるね」
    「吸血鬼の眷属とはいえ、なかなかのグッドルッキングホースね♪」
     刹那、足元を凍らせた敵に肉薄したのは、キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)。ニィ、と笑い、≪ Go down on the King ≫を振り下ろす。
    「でも……学園をデストロイしちゃうような子は、アタシが逆にデストロイよ!」
     強烈な一撃。体内に注ぎ込まれた魔力が小爆発を起こし、黒馬が悲痛に嘶く。
    「さあ、正々堂々掛かっていらっしゃい! 真正面から叩き潰してアゲルわッ!!」
     キングの宣誓に、仲間達はそれぞれ同意を示す。
     手加減はしない。そして、何より――逃がしはしない。
     学園を襲った罪、ここできっちりと贖わせるのだ。 


    「悪いけれど、最後の締めをやらせてもらうよ。ここは、おれ達の場所だからね」
     紡がれる言葉は『カウント・ゼロ』。刹那、蒼真の足元の影が刃に変わり、ペイルホースを浅く切り裂く。その傷をさらに深めるように、続いて飛び出した霊犬のトーラが斬魔刀の一撃を浴びせた。黒馬と対照的な白い毛並みが交錯する。
    「『総てを肯定し抗い続ける Endless Waltz,』……さあ、始めようか」
     退路を防ぐように立つ无凱。解放の言葉と共に、その全身から漆黒の殺気が生まれ、見る見るうちに敵を覆い尽くす。もがき苦しむ敵は、しかし殺意を振り払うように灼滅者達へ突進した。
    「おっと! そうはさせないぜ!!」
     即座に前へと躍り出た戒と彼のライドキャリバー・竜神丸が、黒馬の巨体をそれぞれクルセイドソードと己の車体で防ぐ。
    「行くぜ、竜神丸!」
     敵の突進を押し戻し、戒はすかさずクルセイドスラッシュを放つ。白く光を放つ斬撃の軌跡目掛け、竜神丸も機銃を掃射した。
     苦悶に嘶くペイルホース。集中攻撃の目標から外れたもう1頭が、怒りと怯えの入り混じった様子で前足を持ち上げてばたつかせる。その隙を逃すことなく、ケイはエアシューズで宙を駆けた。
    「哀しき眷属に安らかな眠りを……」
     静かに呟くと同時、敵へと急降下。流星の煌めき宿す蹴りが容赦なく敵を抉る。
     これは牽制だ、とケイは目を細める。ただの1頭も、この場から逃がしはしない。
     だが、敵はダークネスの貴族たる吸血鬼の眷属。すぐに闘争心を取り戻し、灼滅者達へ再び殺到するも。
    「真っ青で寒そうだし、これで暖めてあげるの。燃えちゃえー!」
     後方、ピアットが容赦なく放つブレイジングバーストが1頭を爆炎で包み込んだ。
    「馬さん、ちょっと乗ってみたい気がするの」
     次撃に備えガトリングガンを構え直しながら、ピアットはそう呟いた。見た目はちょっと怖いが、背に乗って駆けたら気持ち良さそうだと思ったのだ。
     その言葉にひとつ頷き同意する无凱。実は密かに手懐けられないかと狙っていたのだが、やはり無理なようだ。相手は眷属、残念だが仕方のないことだった。
    「確かに、アタシのお馬ちゃんにできないのは残念だわ」
     と、キングが≪ Defensor Familiae ≫を携え、飛び出した瞬間――狂乱の咆哮が盛大に響き渡り、びりびりと教室を揺らした。真正面から相対したキングの足元が僅かに鈍る。
    「やるじゃない! それでこそ、この『キング』の相手に相応しいわッ!」
     だが、キングは怯むことなく不敵な笑みを浮かべ、非物質化した剣で敵を深々と切り裂いた。
     とはいえ、咆哮は前衛、特にカバーに向かったディフェンダー陣を足止めする。これが重なれば厄介な事態に陥ることは間違いない。
    「皆様、すぐに回復します……!」
     状況を把握したさくらはバイオレンスギターを奏で、仲間達の行動阻害の回復に急いだ。霊犬も浄霊眼でその補助を務める。
     初めての戦場、初めての敵。立ち塞がる巨体は、さくらの胸中に怯えを生むに十分な迫力を有していた。
     震える足。だが、さくらの背後には廊下へ通じる扉がある。
    「絶対にここは通しません……お願い来ないで」
    「大丈夫、皆が一緒やもん」
     さくらを叱咤激励するように、雛菊――いや、ご当地ヒーロー『シーアクオン』は、凛とした姿で蒼穹のアナゴストライクを構え、敵目掛けて駆け出した。
    「恨みは無いけど……ここは、逃がさんよ」
     不気味な魔力が光線として放たれるも、紙一重で回避。破邪の白光を宿し振り下ろす一撃は、やすやすと敵の胴を切り裂いた。同時に、ライドキャリバーのイカスミも敵へと突撃する。
     主従、息の合ったコンビネーション攻撃を受け、敵はそのまま地面へと沈んだ。
     まずは1頭。
    「さ、次行こうか!」
     武蔵坂学園を守ってみせる。
     シーアクオンの――共に戦う仲間達の背から伝わる決意。
     さくらはきゅ、と拳を握り、はっきりと頷くのだった。


     ペイルホースの頭部、不気味な魔力は光線と化して後衛へと放たれた。すかさずカバーに入るディフェンダーを、蒼真の放つシールドリングが癒す。霊犬のトーラも負傷の大きい仲間へ浄霊眼を向けた。
     続く攻撃に備えつつ、蒼真は後方から敵の様子を観察する。凶暴な嘶きを上げて灼滅者達へと襲い掛かる黒馬は、しかしかなり弱り始めた様子だった。
    「とはいえ、気は抜けないよな」
     窮鼠猫を噛む――教室で伝えられた言葉を思い出し、蒼真は表情を引き締め、敵の退路となりそうな入口付近の警戒に務めた。
    「行くよ蒼穹……穴子神霊剣ッ!」
     穴子のオーラを纏わせた剣を力いっぱい叩き付けるシーアクオン――雛菊。間髪入れず、彼女のライドキャリバーも機銃を掃射。苦痛のためか、敵は激しく身悶え始めた。後ろ足で力いっぱい床を蹴り、灼滅者達へ突進する――と思いきや、くるりと急ターン、窓を目掛けて走り始める。恐らくは、ここから逃亡を図ろうとしているのだろう。
     窓の大きさは敵の逃亡を許すほどではない。だが、追い詰められた相手が何をしでかすかわからないのも、また事実だ。
    「そっちに逃げるぜ!」
     妖の槍の穂先から妖冷弾を放ちつつ、戒は窓側に位置する仲間達に声を掛けた。主の横を駆け抜けるように、ライドキャリバーも背を向けた敵目掛けて突撃する。
    「逃がすかよっ!!」
     叫ぶ戒の言葉と共に、妖気のつららが敵の後ろ足の片方を凍らせる。
     堪らず姿勢を崩した敵目掛け、さくらがギルティクロスを放った。今は回復よりも敵の撃破が優先。主の思いに応え、霊犬も六文銭を次々と発射する。
    「逃がしませんっ……!」
    「僕達を甘く見ないで貰いましょうか」
     続く无凱のペトロカースが、正確な狙いの元、敵の後ろ膝を石化させた。契約の指輪が嵌る右手の袖口から、不意にブレスレットが覗く。
     无凱によって石化を負った敵は、それでも駆ける足を止めようとはしなかった。敵も、それだけ必死なのだ。
    「ッ、往生際の悪い……!」
     小さく舌打ちし、无凱は縛霊手の装着と共に敵を追う。
     と、敵と窓の間に体を滑り込ませたのは――ケイ!
    「逃がしませんよ」
     敵の体当たりに押されそうになりつつも、何とか堪え。負った痛みを物ともせず、ケイは解体ナイフで敵をジグザグに斬りつけた。敵を覆う炎の勢いが一層激しさを増す。
     前足を持ち上げ、幾度も苦痛に嘶く黒馬へ、キングはぴったりと張り付くように移動した。窓も、扉も、もはやどこにも向かわせはしない。
    「尻尾を巻いて逃げるだなんて、立派な馬だと思っていたケド、どうやらチキンだったようね……」
     残念そうにため息をついたキングの片腕が、一瞬で鬼神の如く変じる。
     膂力に任せ殴りつけられ、敵は教室の奥へと吹き飛んだ。積み上げられていた机と椅子が、がらがらと音を立てて崩れていく。
     前足で空を切るようにもがく黒馬の姿を視界の中心に捉え、ピアットはバスターライフルを構える。
    「これでお終いなのっ!」
     叫ぶと共に放たれた、極大の光線。黒馬は、まるで包み込まれるようにその光へ覆われていき――。
     やがて、攻撃の終息と共に再び姿を現した敵は、もはや身動きひとつせず、鈍い音を立てて地へと伏したのだった。


     倒れたペイルホースの姿がゆっくりと消滅していく。
     无凱はどこか名残惜しそうにその様子を見つめていたが、やがてふ、と肩を竦めた。
    「オーッホッホッホ!  一件落着ね!」
    「うん、わたし達の勝利なんよ」
     凱歌の代わりとばかりにキングは高笑い。変身を解いた雛菊も、嬉しそうにひとつ頷く。
    「お疲れさまでした、皆さま」
     共に戦った仲間達を見回し、さくらは丁寧に一礼。何事もなく戦闘を終えることができたため、その顔には安堵の表情が浮かんでいる。
    「これで油断できない学校生活、ってのがなくなれば良いけれど。……ま、これだけじゃなくて掃除もしなきゃか」
     苦笑する蒼真。後に残ったのは、ここまでの戦いですっかり散らかってしまった教室だ。
    「これは後片付けが大変ですねえ……」
     周囲を見回し、ケイはわずかに眉をひそめた。
    「他の場所も大変な事になってそうです」
    「さすがにちょっとだけ疲れたの……でも、ちゃんとお掃除した方がいいよね?」
    「よし、手分けしてさっさと終わらせるか!」
     可愛らしく首を傾げるピアットに、戒が大きく頷く。

     明日からは、きっといつもの学園風景が戻ってくる。
     今は、それがとてもかけがえのないもののように感じられた。

    作者:悠久 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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