武蔵坂学園内掃討戦~タトゥーバットのかくれんぼ

    作者:ねこあじ


     キイキイと大きなコウモリが戦いの爪痕残る学園内を飛び回っていた。
     呪術紋様により魔力を強化された眷属だ。
     いつの間にか校舎内へと迷いこんだ三体は見えない出口を目指して、廊下を飛行する。
     人の声がする方を避け続け、人の気配がない方向へとコウモリは逃げ続けていた。
     先頭のコウモリがサッとある室内へと入り、二体もそれに倣った。
    「キイ……」
     より暗がりへと隙間へと入りこんだ三体は、翼を休めるためにぶら下がる。
     より見つからないような場所を見つけては、這っていった。
     この部屋は物が積まれていて隙間がとても多い。隠れるには絶好の場所であった。


     両手をきゅっと握り合わせた五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、教室に集まる灼滅者ひとりひとりを、見つめる。
    「爵位級ヴァンパイア三体を相手にした防衛戦、お疲れ様でした。サイキックアブソーバーは無事に、皆さんの手で守られました。……ありがとうございます」
     改めて礼を言った姫子は、ようやく緊張を和らげ、安堵の息を吐いた。握り合わせていた手を、少しずつ緩める。
    「今回、敵は作戦が失敗したことで、爵位級ヴァンパイアとともに、多くの戦力は武蔵坂学園から撤退していきました。
     ですが、全員が撤退できたわけではなく、撤退に取り残されたダークネス、眷属達がいます。
     取り残された敵は、現在、校舎内や校内の施設に籠城・或いは潜伏している状態です。
     そこで皆さんには、学園内の残敵掃討に向かって欲しいのです」
     校舎内の地図を手に、姫子は説明を始めた。
     敵はタトゥーバット三体。
     ひと気のない方へと飛んでいた三体は、ある教室に入りこんでいた。
    「この、遮光カーテンが窓を覆う空き教室は、現在は使っていない棚や、机や椅子を積み上げた物置として使われています」
     教室いっぱいいっぱい、ぎっちぎちのようだ。
    「タトゥーバットは物音だけでは動かず、暗がりに身を潜めたままです」
     中の物を運び出して、戦う場所を作ってもいい。
     あぶりだす方法もあるだろう。休んでいる最中なので、彼らは極端に明るい場所を嫌う。
     二体がクラッシャー。あとの一体はジャマーとして動き、戦闘状態に入れば三体はやけくそとばかりに果敢に攻撃してくる。
    「敵は追い詰められた状況ではありますが、窮鼠猫を噛むという言葉もあるので、どうか油断はなさらずに――」
     そう言って、姫子は灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    唯済・光(屍のみを抱いて・d01710)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)
    天城・アカツキ(エタニティフラット・d23506)
    煌星・紅虎(紅色もふりーとら・d23713)
    翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)
    アルノア・レヴィ(忌むべき牙・d28626)

    ■リプレイ


     爵位級ヴァンパイアに攻め込まれた武蔵坂学園。
     防衛は成功、敵を撃退したものの戦闘の爪痕はそこかしこにあった。
    「こんな場所あったんだねー」
     と桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)が覗き込む教室は、廊下側のガラスが一枚割れているだけで綺麗な方だった。
     それでも廊下には小さな瓦礫やガラスの破片が落ちているから、敵はやってきたのだろうが。
     何となく――この一角は、あまりにもギッシリと物が詰められている教室ばかりなので敵もスルーした感じだ。
     一番手前の机を運び出し、廊下の両端に置いた。そこに『掃討作戦実施中』の紙を貼ったのちに、いざ作戦決行である。
    「中は暗いね。うん、気をつけて運び出そう」
     夕月が明かりの強さを調整しながら耳を澄ませた。タトゥーバットは静かに身を潜ませているらしく鳴き声などは聞こえてこない。
     唯済・光(屍のみを抱いて・d01710)が、踏んだら危なそうなものを拾い集め、動きやすいように片付けた。
     次々と椅子や机を運び出す灼滅者たち。廊下に積む。
     翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)は黙々と机椅子を抱え、同じく怪力無双を持つ者に渡す。バケツリレーの要領。
     細やかに片付ける者、大きな物を運ぶ者といて順調に片付けが行われた。
    「何やら大掃除の気分じゃのう」
     棚に乱雑に置かれていた花瓶を抱える天城・アカツキ(エタニティフラット・d23506)。
     防衛線が終わって次にやること、大掃除。
     それは掃討戦も含まれ、今、学園のあちらこちらでそれが行われている。
    「戦争は後始末までして終わり、というヤツじゃな」
     廊下に花瓶を置き、明らかに廃棄しても良さそうな資料の束を置き、と行き来するアカツキの言葉を聞いて、煌星・紅虎(紅色もふりーとら・d23713)が呟く。
    「掃討作戦頑張ったら、宿題免除してくんねーかなー……」
     紅虎は怪力無双を活用し、廊下でバリケードを作っていた。運ばれてくる机と椅子を組み合わせる。
    「夏休みの宿題……テスト免除してくれるとかっていう措置もしてくれないかなぁ」
     机椅子を運ぶ御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)が紅虎に応じた。二人、目が合う。どちらも遠い目をしたのちに、期待するような目になっていた。
     紅虎の尻尾がゆらりと揺れた。炎が舞う。
    「靱ちゃん、ガンバルっす! オレたちのガンバリ、きっと分かってくれるはずっす!」
    「そ、そうかな。期待してもいいかなぁ」
     そんな二人の側に、パイプ椅子を三脚ずつ両腕に抱えたアルノア・レヴィ(忌むべき牙・d28626)がやって来た。置く時、多少よろけた彼だったが直ぐに姿勢を正す。
    「アルノア、大丈夫か?」
    「ふ。これしきの重さ、問題ない。それよりも棚を動かすそうだぞ」
     靱に答えるアルノアは、続けて紅虎へと声をかけた。バリケードに登っていた紅虎がばびゅんと教室に入っていく。
    「なんか、上履きが落ちてるね」
     ゆっくりと首を傾げたアスティミロディア・メリオネリアニムス(たべられません・d19928)が上履きを拾ってアヴィルネティオの口に突っ込んだ。
    「ほら、アヴィも運んでよ」
     ……ということで、上履きを咥えたアヴィルネティオが廊下に出ると、ちょうどアカツキが資料の入ったダンボールを置いたところだった。
     ペッしなさい、という風にダンボールを傾けられたので、上履きをダンボールの中にペッてする霊犬。
     アスティミロディアと朝日、紅虎が棚を動かして出入り口を封鎖する。
     戦闘に備え、アルノアは深呼吸した。片付けでバテ気味になった体に『戦い』を意識させる。
     その時、蝙蝠のような鳴き声と共に、片付けていない方向から小さな砕片が転がってきた。
     靴に当たったそれを光が拾い上げる。
    「敗残兵か、哀れではあるね」
     戦う場所を確保した灼滅者たちは、ライトなどの光度を強くし、教室内の電気を点けた。
    「ギイッ」
     大きく机が動き、鳴き声が響く。


     隅に向かって懐中電灯を照らすと、大きな蝙蝠がそれを避けるように飛び出した。
     天井付近で旋回し、出入り口へと向かう――のだがバリケードに激突し、タトゥーバット一体が床に落ちた。
     二体は戸惑ったのか逃げるように教室内を飛び回り、その隙に灼滅者たちが先制攻撃、補助へと動いた。
     飛び回る敵に向けて朝日が祭壇を展開、教室内に結界を構築するなか、アカツキと紅虎が軽く駆けた。
    「ここで会ったが百年目、大人しく灼滅されてもらうぞ!」
     言うと共に自身の片腕を異形巨大化させるアカツキ。
    「これで、どの敵が前衛なのかがはっきり致します」
     そう呟いた朝日の結界が発動する。
     アカツキが、強制停止した霊的因子の余波で飛行の狂った一体めがけ、鬼の腕で殴りつけた。敵は勢いで黒板に叩きつけられる。
     もう一体の落下地点へ滑りこむように紅虎。
     炎の明るさに反応したタトゥーバットが回避しようと動くのだが、その前にアスティミロディアが矢を放つ。眠っている超感覚を呼び起こす矢はとても冷たく、炎に慣れている紅虎が冷寒を払うように尻尾を振った。
    「逃がさねーよ!」
     炎を纏うエアシューズがタトゥーバットを蹴り上げ、敵は「ギャアアア」と叫び飛び回る。
    「危ないです!」
     夕月がシールドを広げ、火の玉と化している敵の軌道を逸らした。
     片付けていない場所に突っこむ火の玉。派手な音を立て、なだれを起こす。
     燃える蝙蝠を見たアスティミロディアがぽそっと呟く。
    「コウモリ見てたらきくらげ食べたくなってきた」
    「……焼いたきくらげか……おいしそうじゃの」
    「おなかすいた」
     アカツキの言葉で更に想像していくアスティミロディアであった。
     
     前手で演算能力を高めた光が、槍の妖気を冷気のつららへと変換させた。より繊細な弾道を見極めた光は槍を一閃。
    「まあ手加減する理由にはならないね、残念ながら」
     冷気のつららは、一番最初に床へと落ちたタトゥーバットを貫く。煽るように突き上げられた敵が二度三度と、翼で空気を叩いた。飛び回る。
     乗じて光のビハインド、ナオヒトさんが霊撃を放った。
     そこに攻撃精度を高めた靱が跳躍し、敵に拳を見舞う。
    「ギイッ!!」
     タトゥーバットは靱の二打目に敢えて向かってくる。閃光百裂拳と根くらべをしているのか――武蔵坂学園に攻めてきた気概が、垣間見えた。
    (「戦争は何とか勝利できて良かったけど……後片付けは最後までしっかり――」)
    「――とっ!」
     心の中の言葉を気合と共に声出し、靱は最後の一発を叩きこんだ。
     一時的に、バベルの鎖を瞳に集中させているアルノアが指を滑らせた。
     と、同時に前衛のタトゥーバット二体が妙な動きを見せる。旋回速度が速くなり、よく見れば震えている。
     アルノアによる、体が凍り付く死の魔法が発動していた。
     夕月が非物質化した剣で敵を薙げば、霊的防護に異常を感じたのか、タトゥーバットは耳をつんざく声をあげる。
    「ギイイイ!!」
     敵が各自、夕月たち前衛に張り付くと体の紋様を見せ付けるように飛び回った。
    「ティン!」
     咄嗟に霊犬の名を呼ぶ夕月。
     靱と紅虎を庇うため霊犬たちが敵に飛び掛かる。


     アスティミロディアはクルセイドソードを掲げて風を巻き起こす。剣に刻まれし祝福の言葉、癒しの力が味方前衛に行き渡る。
    「あれ、アヴィ、残ってるよ」
     敵ジャマーから受けた催眠を解除しきれず、アヴィルネティオが思わずという風に浄霊眼で敵を癒した。しかしハッと我に返り、慌てて駆け戻ってくる。
     ティンが浄霊眼で浄化する。
     夕月が接敵と共に踏みこみ、下段から斬り上げると破邪の光が軌跡を描く。
     それが消失するよりも前に彼女の動きに乗じるアカツキが、白光の斬線を追った。机を蹴り、跳躍する。大きく脚を振り上げたのち、敵を捉え蹴り落とした。
    「ギイィッ……!!」
     炎に包まれたタトゥーバットは床をバウンドし、動かなくなる。夕月が確認に行く。
    「まずは一体ですね」
    「次はどやつじゃ!」
     タトゥーバットが三体とはいえ、仲間が対峙する敵はバラバラだった。
     アカツキが視線を巡らせて、一番体力の減っている敵を捕捉する。
     前衛を攻めていたアルノアが彼女の視線に気付いた。
    「あいつか――やってやろう」
     言うと同時に、アルノアが詠唱圧縮した矢を放つ。高純度、正確度の高い魔法の矢が前衛残り一体のタトゥーバットを貫いた。
    「ギ、イイイイイァァァァァ!!」
     穴の空いた体を癒すこともなく、敵は音波を放った。室内に満ちる超音波――音圧が叩くように光を襲う。
     対し、ナオヒトさんが霊障波を繰り出す。
    「回復は朝日にお任せでございます」
     朝日がすかさず指先から霊力を撃ち出し、光を癒す。
    「最期まで足掻くんだね。それなら――」
     光が十字を切った。タトゥーバットの風穴を中心に赤きオーラの逆十字が出現し、その身を引き裂く。
     タトゥーバットだったものが四方バラバラに床へと落ちた。
     残り一体、敵ジャマーが教室内を旋回した。その速度は凄まじい。灼滅者を翻弄するように隙間を縫って飛び回る。
     敵が紅虎を横切る――その刹那。蝙蝠の羽が彼の尻尾を打った。
     瞬時に身を翻した紅虎が蹴りを放つ。
    「つーかまえたッ!」
     機動力を奪われたタトゥーバットが靱の方へ突っこんでいく。
     靱の腕は振り上げると同時に鬼のそれへと変化した。凄まじい膂力と共に殴りつける。
     あっちからこっちへと攻撃され飛ばされるタトゥーバットが、天井にぶつかるも張り付き、態勢を整えた。
     夕月が風の刃を生み出し、天井へと放つ。
    「キキイィ……ッ」
    「天城先輩――お願いしますっ」
    「任されたのじゃ!」
     夕月の神薙刃に斬り裂かれ、落ちてくるタトゥーバットをアカツキが殲術執刀法で刻んだ。
     武蔵坂学園に残る敵たち――その一つのグループが今、倒された。


     怪我の手当てを終え、八人は周囲を見回した。
    「敵の片付けは完了! ……だけど」
     と、言葉を切る靱。
    「うん、やっぱり戦闘後の方が酷くなるね」
     光が瓦礫を転がし、言った。
     バリケードは無事だけど、教室内の有様が酷い。当たり前といえば当たり前。来た時は綺麗だった教室も、今や防衛戦後の教室みたいだ。馴染んでいた。
    「そのままというワケにも行かんしの、サッパリ片付けて帰るのじゃー」
     アカツキが朗らかに言い、アルノアも頷く。
    「まあ、バリケードを解体しないと、教室を出ることも出来ねえしな」
     ある意味、脱出ゲームみたいな……?
     朝日は、教室奥にある掃除用具入れから箒と塵取りを持ってきて、やっぱり黙々と掃除をはじめた。
    「瓦礫、どうしよう」
     アスティミロディアが怪力無双で瓦礫を集めていく。
    「紐、持ってきて、アヴィがひっぱる?」
     いや、それはちょっと……的な感じでアスティミロディアを見上げるアヴィルネティオ。そのままティンを見た。ティンは、そっと顔を逸らし夕月の方へ寄っていく。
    「次に使いやすいように、できれば整理整頓しておきたいですね」
     パーカーの袖口からちょっぴり出ている両指先を合わせ、夕月が言った。瓦礫を片付け、あっちに棚、物、机椅子というふうに仲間と決めていく。
    「無事な机と椅子、すぐに持っていくんだろうな」
     新学期だし、とアルノアも続けて言った。夏休み最終日に防衛戦で、次の日から新学期。壊れた物を補充するだろう、と二人が予想する。
     新学期の言葉に、一瞬脱力しかける靱。
    (「本当に本当に忙しい! 夏休みの宿題、戦争、掃討戦、そしてテスト! あらゆる意味でこの学園容赦がないよね」)
     バリケードを解体しつつ靱は思った。何となく、一気に疲れがやってきたような。
    「ここ出たら、新学期っすね!」
     紅虎がヘラヘラと笑いながら椅子と机を置いた。たくさんの仲間がいる学園生活が楽しいようだ。
    「そして、すぐにテストじゃのー」
     というアカツキの言葉に、紅虎は聞こえないフリをした。両手で虎耳をぺたんこにする。
     戦いがある。
     授業もテストも宿題もある。
     灼滅者たちの日々はとても忙しく、新学期もやっぱりとっても忙しい日々になるのだろう。
     最初よりも時間の掛かった片付けを終え、最後、朝日が『掃討作戦実施中』の紙を剥がした。それを綺麗に折りたたむ。
     ――こうして、タトゥーバット退治は無事に終了。
     灼滅者たちは教室をあとにするのだった。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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