武蔵坂学園内掃討戦~告死の馬

    作者:佐伯都

     青白い、兜のようなものを載せた黒馬の蹄が廊下を掻く。
     人影はない。破壊された校舎のそこかしこにうず高く瓦礫が積み上がり、ダークネスが進軍したルートだけが、どうにか通れるような状態だった。
     恐ろしいほどの静寂の中、二頭のペイルホースは長い廊下の真ん中で立ち尽くす。
     砂塵が白く覆う廊下の先は、崩れたコンクリートで完全に塞がっていた。
     
    ●武蔵坂学園内掃討戦~告死の馬
    「まずは、ボスコウ討ち取りと防衛成功おめでとう」
     被害の少ない教室を選び、成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は閉めきられたままだった窓を開けた。
     すでに武蔵坂学園周辺からダークネスは撤退している。包囲陣の瓦解により、爵位級ヴァンパイアをはじめとした有力敵もまた、去っていった。
    「……物を移動させたら片付けましょう、って躾はされていないのが頭の痛い所だけどね」
     横倒しにされたままの大きな本棚を眺め、樹は嘆息する。ぶちまけられた本の山へ、何かの足跡が無数に残っているのが腹立たしい。
    「急な話で申し訳ないけど、撤退に失敗したダークネスや眷属が校内に多数取り残されている、あるいは潜伏していることがわかった。そこで皆にはその掃討をしてもらいたい」
     場所が判明したのは、ヴァンパイアの眷属であるペイルホースが二頭。
    「死の馬、と呼ばれることもあるらしいね」
     それは不気味な魔力に満ちた黒馬で、頭蓋を模した兜のような外観の『頭鎧』は肉体に青白く刻まれた『死の刻印』と連動しており、魔力と運動能力を高める効果がある。
     強力なものは空を駈けることもあるようだ。
    「戦場でペイルホースを見た者もいるかもしれない。これが二頭、瓦礫で奥がふさがれた長い廊下に取り残されている」
     ペイルホースが潜伏している廊下は60~70m近くあり、幅は三人くらいなら横に並んでも戦闘に支障はないだろう。前後の入れ替えに困る幅ではないが、あまり極端な布陣は避けた方が無難かもしれない。
    「一番奥、行き止まり付近にペイルホース。ペイルホースを奥に見て左手には恐らく教室、右手には視聴覚室とか音楽室……だったらしい教室が並んでる」
     恐らく、だった、という樹の表現の通り、廊下の両側の部屋はどちらも完膚なきまでに破壊されており、中に入ることはできない。長い廊下でシンプルに、正面からのぶつかりあいになるだろう。
    「後のない状況だからこそ、捨て身の反撃をしてくることも考えられる。元々能力の高い眷属だから、侮るような事はできないよ」
     たとえほんの小さな鼠でも、追い詰められれば猫を噛むのだから。


    参加者
    黒守・燦太(影追い・d01462)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)
    塚原・芽衣(パンドラ・d14987)
    鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)
    椛・深夜(虹色の音色を世界に投影・d19624)
    糸木乃・仙(蜃景・d22759)
    玄獅子・スバル(高校生魔法使い・d22932)

    ■リプレイ

    ●冥界の門
     心なしか空気が埃っぽい気がする。
     けふりと小さく咳をこぼした椛・深夜(虹色の音色を世界に投影・d19624)は、足元にまとわりついてくる相棒のリルをなだめつつ耳を澄ませる。
     時おり風に吹かれるカーテンの音や、床を砂埃がこすっていく音が聞こえていた。
    「なんだか追い討ちをかけるようで申し訳ない気持ちもありますが……このまま放っておくわけにもゆきませんもんね」
    「大事な学び舎ですから、動物園にしておけません」
     鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)に同意する形で塚原・芽衣(パンドラ・d14987)が呟く。
     よりによって夏休みの最終日に武蔵坂学園を襲撃だとか、嫌がらせにもほどがあった。人によっては時間などいくらあっても困らない、溜まりに溜まりきった宿題のラストスパート日だと言うのに。
    「……面倒な置き土産してくれたもんだぜ、ったく……早いトコ片付けるか」
    「無事に終わってもテストか、しかも期末だから科目多いよね」
     当日サボって追試に賭けようかなあ、と嘆息する糸木乃・仙(蜃景・d22759)に、玄獅子・スバル(高校生魔法使い・d22932)は妖の槍を担ぎあげながら首肯する。
     それにしても想像以上の惨状だ、一体これは誰が片付けるのだろうと思うと仙には溜息しか出ない。
     おそらくこの学園のこと、テスト後に放課後に皆でボランティアかもしれないと思うと、考えるだけで疲労感が仙の両肩へのしかかってくる。……笑えない。
     肝心の学園がこんな状況でも何事もなかったように期末テストは実施されるし、こちとら防衛戦ふっかけられた側なのに、何だか非常に理不尽な気がしないでもなかった。
     ともあれ飼い主様が引き取ってくれないなら駆除するしかないか、と黒守・燦太(影追い・d01462)は腹をくくることにする。
     ダークネスが進軍したルートなのだろう、ほぼ一本道になっている通路。
     ガラス片や砕けたコンクリートの砂塵で汚れた曲がり角の先を、テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)は覗きこんだ。
     斜陽がさしこんでいる長い廊下の最奥、行き止まりになったあたりで蹄を鳴らしている二頭の馬。事前情報通り、廊下の両側にならぶ教室であった部屋には入れそうになかった。
     ペイルホースの身体にぼやりと青白く浮かび上がる死の刻印と、何かの動物の頭蓋のような『頭鎧』。
     決してこの世の存在ではないものの、ペイルホースのまったく無駄のない体躯に盛り上がる美しい筋肉、そして吸い込まれそうなほどに深い闇色は灼滅者の立場をもってしても、見事なもの、と表現されるに充分だった。
    「……うわー、馬かっけー。1人だけアレ連れてたらカリスマ一気に増えるよね」
     ザッシュは何で犬なの、もっといかついビジュアルにはなれないの? とテレシーが足元の相棒を見下ろす。……何かザッシュがとても可哀相な気分になった者がいるとかいないとか。
     灼滅者の気配に気付いたのか、瓦礫の前で逡巡していたペイルホースが振り返った。鼻を鳴らし、戦意を駆りたてるようにガツガツと床を蹴りつける。
    「本当は戦わずにお友達になれれば一番良いのかもしれませんが……きっと叶う事はないのでしょうね」
     ダークネスと灼滅者の道はどこまでも相容れない。回復を担当させるレイスティルを後ろに下げ、智美自身は前へ出る。
     入れ違いになるようにして盾を担わせるビハインドを前へ出し、レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)は両手の手袋を強く引いた。
    「その闇を、祓ってやろう」
     もし自身が失われたらサーヴァントはどうなるのだろう、という一抹の疑問がレインの脳裏をよぎるが、甲高い嘶きをあげながら突進してくるペイルホースの姿に、すぐさまそれを打ち消す。
     一度救われたこの命、たとえ仮定でも『死ぬ』だなんて想像してはいけない――そんな弱気でいては、兄さんに申し訳が立たないではないか。
    「さあ、じゃじゃ馬馴らしといこうか」
     だからいつものように、まっすぐ前を見据えて立ち向かうだけ。

    ●告死の馬
     スバルは相手を包囲するつもりでいたが、人間が三人横並びで戦闘できる幅、の廊下に人間よりも遙かに大きな体躯の馬が二頭。これではペイルホースの脇をすりぬけようがなかった。
    「申し訳ございませんが、ここは通行止めですよ」
     智美の腕が一瞬で膨れあがり、肉薄してきたペイルホースを迎え撃つ。強かに殴り飛ばされたたらを踏むが、その影からもう一頭が燦太の間合いに踏み込んできた。
     霊犬のザッシュが小さな身体を張って蹄の一撃を肩代わりし、燦太はその隙にペイルホースの『死の中心点』をバベルブレイカーで撃ち貫く。
    「後ろはお気遣いなく、合わせます」
     芽衣が張った霧で火力が底上げされたテレシーと深夜のリルが、燦太の目の前に立つペイルホースへ的を絞った。
     少しならもう一頭を智美とザッシュ、そして攻撃手でもあるレインのビハインドが持ち堪えるだろう。
     命中精度をあげる狙いで芽衣が癒しの矢を前衛へ配っていく。
    「廊下を馬が走ってくるのは思った以上にシュールですね……」
    「くっ、敵に姿を見られちゃいけないって言うのにこれじゃスナイパー失格ね!」
     芽衣がふと呟いた隣、テレシーがその両手に巨大な重火器を2丁構えていた。
     最初こそどこぞのテレビアニメのようだとたいそう悦に入っていたのだが、校舎屋上からクールに、あるいは決して被害を受けない安全な場所から、といういかにも狙撃手らしい一方的なスタイルがテレシーはお望みだったらしい。
     ともあれ、テレシーはその精度の高い射撃で確実にペイルホースを削ることに専念する。まだろくに相手をしていない残りの一頭が気になっていた。
     あの気持ちの悪い頭鎧は砕けば少しは力が弱まるのだろうか、と考えを巡らせつつ仙はロケットハンマーをペイルホースに向け渾身の力で振り下ろす。
     果たしてあの頭鎧を砕けるものならば試してみたい所だが、残念ながらそれを狙えるほどの技量が自分にあるとは思えない。
    「青毛は嫌いじゃないけど、やっぱり普通の気持ちの優しい馬の方がいいなあ」
     今はただ、目の前のペイルホースを打ち破ることのほうが重要だろう。
     いつか頭鎧の詳しい事は明らかになるはずだ、と淡く期待しておくことにする。
     このたびはサーヴァント持ちが多めの人員構成であるため、手数においてはペイルホースを大幅に凌駕するものの、全体的に打たれ弱いということは否めなかった。
     しかしその手数を活かし、中衛に陣取るスバルとレイン、そして深夜が確実にペイルホースの自由を奪いにいく。
    「よう、冷やしてやるよ。加減はしねぇがな」
    「とりま、ちゃちゃっと掃除を終わらせましょうか。テストにも集中したいですし?」
     妖冷弾でペイルホースの足元を凍りつかせたスバルに、前衛の攻撃手には天魔光臨陣を、そして盾役にはシールドリングと深夜が続いた。
     もちろんスバルが付与してくる行動阻害を散らしてしまう手段もペイルホースにはあったのだが、一手取られてしまううえ手数で勝る相手に守りに入ってしまっては埒があかない。
     回復手として立ち回る者の隙をついて行動阻害を与えようにも、すでに深夜があらかた灼滅者の抵抗力を上げた後だった。
    「突撃せよ! 魔力のかわりに毒で満ちるがいい」
     白い手袋をかけたレインの指先が、揺らぐことなくペイルホースを指し示している。
     積み上がったダメージと、間断なく突き上げてくる炎と毒。
     主に見捨てられた馬たちが脚を折るのは、もはや時間の問題と言えた。

    ●還らぬ道
     芽衣と、霊犬レイスティルが被弾した前衛を全力で支える。
     後方のテレシーとリルに援護されつつも、仙があざやかに一頭目のペイルホースを討ち取った。妖の槍の一撃で膝を折ったペイルホースは、そのまま馬としての形を失い灰になって崩れ落ちる。
     灼滅者側の優勢はもはや揺るぎないもののように思えた。
    「焼け爛れろ!」
     スバルがダメ押しとばかりに、残ったペイルホースへ咎人の大鎌【蛙禍音】を叩きつける。
     業火でもって丸呑みにする、そんな勢いで足元から尋常ならざる炎が青白い刻印が浮かぶ体躯を嘗め尽くした。耳障りな、妙に甲高い嘶きに燦太は眉根を歪める。
     自らのビハインドもそうだが、レインは他にも前衛を務めているサーヴァント達の限界がそろそろ近い気がしていた。
     一瞬今のうちに立ち位置を替わっておくべきか迷うが、すでにペイルホースは残り一体なうえもはやチェックメイトをかけたも同然。ならばこのまま押し切った方が不測の事態は避けられるだろう。
     限界が近そうだとは言え、サーヴァントが力尽きてしまってもそれでもこちらの数の有利は揺らぎようがないのだから。
    「参ります!」
     手数にものを言わせた回復は足りており、芽衣は殲滅を急ぐべきと判断し弓をペイルホースへ向けた。いっぱいに引き絞った弓弦を解き放つとそこから光矢が放たれ、彗星のように死の馬めがけて吸い込まれる。
     もう脚の感覚すらおぼつかぬのだろう、大きくふらついたペイルホースはそれでも首を高くもたげて、ひときわ大きな声で鳴く。
     その嘶きに答え応じるかのように、ペイルホースの頭上に冷たい魔力を凝らせた光が集まった。
     暖かな命を宿す灼滅者を、命もろとも凍てつかせるような光球が放たれる。
    「行って、レイスティル!」
     六文銭射撃で相殺を狙い、智美は縛霊手で鎧わせた右手を腰だめに構えた。
     なりふりかまわず体当たりするようにして突進してきたペイルホースに、スバルは続けざまにマジックミサイルを撃ち込む。
     深夜は相棒のリルに援護を任せて、大きく一歩を退き場を譲った。
     斜めに斜陽がさしこむ廊下の真ん中、智美は人間一人分ほどに巨大化した腕をすれ違いざまに振り抜く。
     黒い全身に施された『死の刻印』が青白く燐光を引き、頭鎧が割れ砕けた。
     灼滅者たちの真ん中を走り抜けたペイルホースは、そのまま長く続く廊下の終点まで歩を進め、そしてゆっくりと崩れ落ちていく。
     あれだけ立派だった体躯が、まさしく瞬きするようなほんの一瞬に、白い灰になって砂塵と一緒に風へさらわれていった。
     しばらく息を詰めて行方を見守っていたテレシーは、ペイルホースであったはずの灰が跡形もなくなったことを確認してほっと溜息をつく。
    「また灰が馬の形になって起き上がってきそうな気がしたけど……さすがにそれはないか」
     そうなったら懐に隠した最終兵器・人参がものを言うような気もしていたが、どうやら完全に杞憂だったようだ。
     散々な校舎の様子をあらためて眺めやり、燦太は腰に手を当てる。
    「教室ぶっ壊れても、どうせ他の教室でテストはあるしなあ……とは言えこのままも何だし、どうする? 片付けもしていくか」
    「そうですね、大事な学び舎ですもの。ちょっと片付けるくらいなら……」
     闇堕ちの後に招かれ、そして救われた。学園を大切に思う身であり、かつ綺麗好きな芽衣は掃除に反対する理由はなかった。
     掃除用具が見当たらず、夕暮れ時でもあったためとりあえず可能な範囲で瓦礫を除けておくだけにとどめるが、それでも灼滅者たちの満足は大きなものだった。
     夏の最後の、武蔵坂学園を舞台にした熾烈な防衛戦の後始末はようやく終わろうとしている。どこか遠くから蹄の音が聞こえたような気がして、レインはもう誰もいない長い廊下を振り返った。
     瓦礫に最奥をふさがれたままの、一直線に伸びている廊下。
     ふとその光景に『死出の旅路』という単語が脳裏に蘇り、レインはその発想を切り捨てるかのように踵を返す。
     死は今、ここにはない。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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