武蔵坂学園内掃討戦~敗残の吸血娘

    作者:夏河まなせ

    「もーう、やだあ。信じらんない~っ、と」
     吸血鬼の少女は愚痴を止めて、慌てて建物の陰に引っ込む。息をひそめたそのすぐそばを、灼滅者のグループが通り過ぎて行った。
     声が遠ざかる。少女はそーっと建物の角から顔を出し、勝利を喜び合う灼滅者たちの姿が見えなくなっていることを何度も確認してから、また歩き出した。
    「ええと……うーん、ニンゲンの学校なんて初めてだしなあ。どっちに行くのが一番近道なの~?」
     困惑した彼女の指が、無意識のうちに首元に触れる。そこにはもう首輪はなかった。
    「ボスコウさま……じゃないや、ボスコウのやつが居なくなってくれたんだから。絶対生き残ってやる。こんなところで、滅びてたまるもんか」
     とにもかくにもここを脱出しないと始まらない。とはいえ。
    「グラウンド、突っ切らないとダメか……うーん……」
     少女の姿をしたヴァンパイアは、走り出す前に逡巡した。
     
    「皆、お疲れさま」
     時村・薫子(自動描画のエクスブレイン・dn0113)は、教室に居合わせた灼滅者たちにそう声をかけた。
    「皆がサイキックアブソーバーを護りきってくれたから、私もエクスブレインとしての仕事を続けられるわ。有難う」
     しかし、礼を言った彼女の表情からはまだ緊張が抜けていない。何かあるのかと、灼滅者たちの視線が問う。彼女はひとつ頷いた。
    「サイキックアブソーバーが教えてくれた。残党がまだ校内に居るわ……もうひと仕事お願いしたいの」
     そういって薫子は、いつも持ち歩いている大判のスケッチブックを広げ、皆に見せた。
    「私が感じ取ったのは、このヴァンパイアよ……サイキックアブソーバーが私に描かせたの」
     そこに描かれているのは少女の外見をしたヴァンパイアだ。小柄でどちらかというと細身、すばしっこそうな印象の身体に、ストリート風のファッションがよく似合っている。
    「名前は……アイリとか言ったかしら。どうも、『絞首卿ボスコウ』に奴隷にされていた個体みたいね。ボスコウが倒されたどさくさにまぎれるのに失敗して、校内からどうにか逃げ出そうとうろついているわ」
     場所はここよ、と、次のページを薫子は示す。そこに描かれているのは校内のある一角だ。校舎からグラウンドに出てすぐの水飲み場である。
    「ここに行けば接触できるわ。腕を異形化させて捕縛手に似た武器にして戦うみたい。ダンピールと同じサイキックももちろん使う」
     気魄・術式・神秘のバランスもダンピールに準ずる。
    「とはいえ、神秘も大きな弱点というほどじゃないわ。バランス重視型なんでしょうね」
     作戦の参考になるといいんだけど、と薫子は言った。
    「校内だから一般人への配慮も必要ないし、校舎とか壊れてもまあ……大丈夫だと思う。全力でやっちゃって頂戴」
     言い換えれば、全力で当たるべき相手だということだ。
    「このアイリは特別に強い個体ってわけでもないけど、ヴァンパイアが強敵なのは今までの経緯でもわかってると思う。絶対に油断しないでね」
     そして少し思案すると付け加えた。
    「もし、倒しきれないと思ったら、あえて退路を見せて、逃走を選ばせるって手もアリよ。この子、別にボスコウに忠義があるわけじゃないから。ようやく奴隷から解放されて灼滅とか重傷とか、イヤでしょうしね」
     皆が無事に帰ってくる方が大事だもの、と薫子は締めくくった。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)
    巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)
    スィラン・アルベンスタール(白嵐の吸血鬼・d13486)
    杠・嵐(花に嵐・d15801)
    風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)
    化野・十四行(徒人・d21790)

    ■リプレイ

     アイリは咄嗟に飛びのいた。その瞬間、彼女がいた空間を叩き斬ったのは無敵斬艦刀の一撃。校庭の地面がえぐれ、土と小石が飛び散った。
     その主は金髪の少年だった。続けざまに飛び出してきたニンゲンたちの姿に、追手だと悟る。もう少しで逃げられるところだったのにと、少女は舌打ちした。
     杠・嵐(花に嵐・d15801)がスカートの裾をたくし上げる。忍んでいた影業が、白くなめらかな脚を滑り落ち、黒い棘に変じて奔った。その一撃はかわされたが、アイリが体勢を整える余裕を与えず、灼滅者たちは彼女を取り囲むように陣形を作る。
     比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)は素早く周囲と視線を交わし、隙のない包囲網を作り上げる。校門を背にした巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)と、マリィアンナ・ニソンテッタ(聖隷・d20808)が最後の障害となって立つ。
    「捕捉しましたね。皆に連絡を……」
    「支援なんて呼ぶなよ。俺の手で叩き潰す」
     他の灼滅者の応援を呼ぼうと携帯電話を取り出した風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)。それを止めたのは、先ほど戦艦斬りを叩き込んだ金髪の少年、ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)だ。
    「ヴァンパイアは……全部『喰う』って……決めてる……逃がさない」
     スィラン・アルベンスタール(白嵐の吸血鬼・d13486)もそう続ける。
    「なら……もう少し様子を見ましょうか」
     優歌は携帯電話をしまってみせた。
     アイリが予想以上に手ごわく、灼滅を断念してお引き取りを願う作戦に切り替える際に不自然に思われないための仕込みだが、それが生かされる事態になる前に灼滅してしまいたいところだ。
     少女の姿をした吸血鬼の瞳に思索の光が走るのを、一同は見て取る。
     八人だけでダークネス一体を倒してみせるとニンゲンどもは言うがそれはただの身の程知らずの自信過剰なのか、それともそれなりの勝算があるのか。付け入る隙は……? そんな思考が一瞬のうちに、アイラインとつけまつげで飾られた瞳によぎる。考えているというより、狩を行う獣が相手の力量を図ろうとしているような、無意識での計算に見えた。
     八人と一体は大きく体勢を変えないまま、しかしじりじりと動きながらしばらく対峙した。アイリの視線が逃走経路を探して彷徨った。
     一度前衛に踊りかかると見せかけて、校門の方に流行の型の靴が向く。しかしそのフェイントは、彼女の一番近くに陣取った化野・十四行(徒人・d21790)には見切られていた。
    「――っ!」
     十四行の虚空ギロチン。刃の雨を降らされて思わず足が止まったところに、十四行は提案する。
    「逃げるなら、殺さにゃならん。降ってくれ」
    「はあ?」
     ヴァンパイアの口から、その繊細な容姿にやや似合わない呆れた声が漏れた。降ってくれ、つまり降参してくれということだ。
     こいつは何を言っているのか、とアイリの顔に書いてあるかのようだ。
    「ごめんね、首輪で無理矢理戦わされたあなたは悪くない」
     優歌はそう告げた。
    「でも朱雀門高校会長があなたをまた下僕にする。そしたらまた私達を襲うもの」
     戦いたくないが仕方ないのだというお人よしを演じ、懐柔の余地があるように見せかけてアイリの戦況判断を狂わせようという心づもりだった。
    「何だって?」
     しかしアイリの纏う雰囲気は一気に剣呑なものになる。ダークネスの貴族とも称されるヴァンパイアに、どうせ誰かの下につくのだろうという決めつけは怒りを掻き立てるものであったらしい。
    「誰が、誰を、下僕にするって……?」
     図らずも挑発にはなったようだ。凶暴な苛立ちを瞳に宿らせたかと思うと、アイリの体は前衛陣に突っ込んでいた。一瞬にしてその二の腕から下が何倍にも膨張し、色と形を変える。
     エクスブレインが言及していた捕縛手に似た武器だ、と思ったときには、すでに前衛の一人、八津葉が重い一撃を喰らっている。半ば吹き飛ばされながらどうにか踏みとどまり、そのままマテリアルロッドに込めたサイキックエナジーを撃ち出した。畳み掛けるように詩乃のガトリングガンの弾丸が叩き込まれ、まだ回復不要と判断したマリィアンナの裁きの光が降り注いだ。優歌のレーヴァテインの炎も撃ち込まれる。

    「忘れられる程度の捨て駒が逃げ帰ったところで、ヴァンプどもは喜びやしねぇよ」
    「大きなお世話だね! っていうか、誰のところにも帰らないよ!」
     炎を喰らわせながらのギィの挑発。反応してはいるものの、直情的な言動の割にアイリの立ち振る舞いは的確だった。異形の拳での攻撃とヴァンパイアのサイキックを取り混ぜ、狙いも絞ってくる。冷静な戦況分析に基づいたものでなく、本能的に相手の隙を感じ取って動くといったような、荒削りのものではあったが。
    「おーい、降伏する気は無いか。外国人教師が居ないんだ、ウチ」
    「……あのさあ」
     手加減攻撃と味方の回復を繰り返しながら降伏勧告を繰り返す者がいる。
     しかし、他の多くの灼滅者――主に、ヴァンパイアを宿敵とする面々――は決して見逃す気はないと言い、本気で殺しにかかってくる。
     言葉だけはアイリを気遣う内容でありながら、放つサイキックには一片の手加減もしない者もいる。
    「アタシそんなに頭良くないけど、それって結局、逃がさないし殺すってことだよねえ!? さすがに――っ、わかるからね!」
     悪態の途中で優歌の妖冷弾をかろうじてアイリは回避したが、続けざまに詩乃が撃ち込んだ影の一撃はかわしきれない。体勢を崩したそこへ、獲物に食らいつくヤマネコのように嵐が飛びかかった。
     槍の穂先が螺旋を描き、アイリの肩口にめり込んだ。
    「ぐ……、ああ!!」
     地面に縫いとめられた姿勢のまま、アイリは腕から真っ赤な逆十字を生み出した。まともに正面から喰らい、嵐の身体が宙を舞う。掴んだままの槍が抜けた。出血に構わずアイリは跳ね起きる。
    「忌むべき穢れよ、この者の体より疾く消えよ!」
     その正面で、やはり嵐は素早く身体を起こしている。穢れた十字の束縛は、すかさずマリィアンナによってかき消され、それに手を上げて礼をしながら、嵐はターゲットから目を離さない。
    「やってくれんじゃん、あんた」
     血のにじんだ唇の端をほんの少し、嵐は上げた。
    「…………」
     アイリはぺっ、と血の混じった唾を吐いた。そこへ灼滅者たちがまた殺到する。
     スィランの刃とその餓えた視線をその身に浴び、十四行をいなす。ギィに異形の腕を切り裂かれ、しかしひるまず殴り返す。その拳は嵐が受け止めたが、構わず次の一撃を繰り出した。すかさず回復サイキックが飛ぶ。
    「ああ、ウザいっ!」
     小刻みにしかし確実に当ててくる詩乃と、的確に回復を行いつつ攻撃も挟んでくるマリィアンナに、アイリはその異形の腕を向けた。
     不浄の結界が二人の足元から吹き上がった。二人分の苦悶の声が上がる。黒い煤煙のような結界を透かして、胸を押さえる詩乃とマリィアンナのシルエット。不意にその片方が崩れ落ちる。
    「……!」
     倒れたマリィアンナに灼滅者たちの視線が集まるその一瞬をついて走り出そうとするアイリを、しかし八津葉がそのルートに立ちはだかり、優歌の放ったレーヴァテインがさらにアイリを足止めさせる。
    「ちっ」
     何とか作った隙をつぶされて、アイリは舌打ちした。
    (「討伐戦は乗り気じゃないけれど」)
     ダークネスとも解りあえるのではないかと八津葉は常々思っている。しかし、学園に直接攻め込んできた相手ともなればそう簡単に逃がすことはできない。
    (「学園の情報を持ったまま帰すわけにはいかないわね」)
     全員が迅速に移動し、陣形の穴をふさぐ。
    「まだやれるよ、まだ大丈夫……!」
     倒れたマリィアンナを気にしながらも、詩乃が回復役を肩代わりするべく、その声を戦場に響かせた。
    「ぁあああああ!」
     叫びながら、その詩乃に向かって逆十字が放たれる。しかしもう同じ隙は見せないとばかりに、十四行がその威力を受け止めてしまう。
    「お生憎様。降伏する気はないかねえ?」
    「死ねッ!」
     心から憎々しげな声がアイリの喉を突いて出た。今までの直観的な判断力がようやく怒りに曇りつつあると見て、ギィが挑発を口にする。
    「大人しく狩られな。それとも淫魔みたいに命乞いしてみるか?」
    「誰がっ!!」
     犬歯をむき出しにして少女の姿のヴァンパイアは吠えた。大きく拳を振り上げる。がら空きになった胴に、叩き込まれるのは嵐の斬影刃と八津葉のフォースブレイク。
    「ぎゃあああああ!?」
     身を捩るアイリ。その懐へ、スィランが飛び込んだ。
    「俺は……お前たちを食って、強くならないといけないんだ……!」
     チェーンソー剣に裂帛の気合いが宿った。服を切り裂き、肉を斬り割き、高速回転する機械仕掛けの刃が吸血鬼の薄い体を喰い破った。
     しかしそれと同時に、アイリの超重量級の拳もまたスィランを打ち据えていた。渾身の一撃と引き換えだった。
    「がああっ!」
     チェーンソー剣の柄を握ったまま離さない彼をアイリはどこにそんな体力が残っていたのか、蹴り飛ばした。青年はなすがままに地面をゴロゴロと転がる。
    「……ッ、の……!」
    「いいから滅べ!」
     まだ戦う意欲を見せるヴァンパイアに、艦も斬り割く大刀に全体重を乗せてギィが叩きつける。今度こそ最後の一撃という手ごたえがあった。
    「ア……グぁ」
     身体を貫いたままの剣が地面につかえて、倒れることを許さない。アイリは最後のあがきに異形の腕を振り回し、それをかわし損ねてギィも跳ね飛ばされたが、それはもうサイキックではなく、ただ振り払われただけだった。
     地面に倒れることのできないアイリはよろめき、結果的に、倒れ伏した銀髪の青年のほうに一歩踏み出した形になった。スィランはもう立ち上がる余力がない。嵐と八津葉が庇うようにその間に割って入るが、アイリがすでに滅びに向かいつつあることは明白であった。
     すでに血の気のない唇から小さな舌が伸び、顔に散った誰かの返り血を舐めた。吐き捨てる。
    「……不味い」
     灼滅者たちがそれに応えようとする間もなく、少女の肉体は風に飛ばされる灰のように消え去っていた。
     その様を目の当たりにして、十四行は構えていた大鎌を下ろした。もしとどめを刺すことができれば、骨まで――いや、残留思念までというべきか――まで、しゃぶりつくしてやるつもりであったが、仲間が宿敵を倒して溜飲を下げたことでよしとせねばなるまい。
    「せっかく可愛い子だったのに、ヴァンプじゃしょうがないっす」
     ギィがそう言った。軽口めいた台詞だったが、到底隠しきれない重い疲労をにじませていた。

     マリィアンナを八津葉が助け起こす。
     かなりの怪我を負っていたが、幸い、灼滅者の持つ驚異的な身体能力でカバーできる程度であった。しかるべき手当てを受け、しばらく休めば復帰できるだろう。
    「申し訳ありません……回復役の私が倒れるなんて……」
    「いえ、私たちこそ、かばい切れなくてごめんなさいね」
     詫びる八津葉にマリィアンナは首を横に振ってみせた。
    「皆さんがご無事で……何よりです」
     マリィアンナが見るに、八津葉もあと二、三回まともに喰らえば耐えられないかもしれない状態だ。結果としてマリィアンナが最初にダウンしただけで、誰が戦闘不能になってもおかしくない状況だったと思う。
    「これを使うことがなくて何よりでしたね」
     優歌がポケットの携帯電話を確認する。ヴァンパイアを野放しにする危険を冒さずに済んだことにひとまず安堵した。
     スィランが力の入らない身体に鞭打ってようやくといった様子で起き上がり、地面に座り込んでいた。他の面々も満身創痍で、自らの得物や校庭の備品によりかかってようやく立っているという者も多い。とはいえ、全員無事で灼滅を果たしたのだから、満足できる結果であろう。
     詩乃は他にも逃亡者がいないものかと校門の方に視線をやったが、目に映る景色は静かなものだった。それでもどこかざわついた空気を感じるのは、校内では他にも戦闘が発生し、仲間たちが戦っていることを灼滅者たちが知っているからだろう。
     皆無事だといいけど、と詩乃はぽつりと口にした。

    作者:夏河まなせ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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