奴隷級ヴァンパイア・ギークは走っていた。
ボスコウが灼滅され、奴隷から解放されたのはいいが、うっかり撤退しそこねてしまった。
ギークは首に手をやる。ボスコウによってはめられていた、趣味の悪い首輪はもうない。
喜びで口元に笑みが浮かぶが、ここは敵陣真っただ中。何とか逃げ切らなければ、奴隷から解放された意味がない。
だが、ギークは一人きり。仲間と呼ぶべき者も、頼るべき存在もない。
爵位級ヴァンパイアが撤退し、灼滅者達が残党狩りに燃えている。今は逃げるべき時、隠れるべき時だ。
ギークはふと見ると、鏡があった。
廊下に設置された、大きな姿見。普段は学生達が通りがかりに身だしなみを整えたりする鏡だが、今は大きなヒビが入ってしまっている。
そこに映るのは、ギークの姿。ギリシャ神話の神のように整った目鼻立ちと、ギリシャ彫刻のような鍛えられた肉体。
ギークは己の体に見とれると、芝居がかった動きで苦悩を表現した。
「くっ……! このギーク様ともあろう者が、隠れねばならないとは! この美貌、この肉体美は、皆に観賞される為に自由になるべきだ!」
自己陶酔しながら虚空に向かってウインクしたギークは、自分の言葉にハッと気付いた。
「そうか! 俺には絶好の隠れ場所があったじゃないか! あそこなら、灼滅者どもに気付かれまい!」
ギークは踵を返すと、美術室に駆け込んだ。
●
「まずは、みんなありがとうだよ! 爵位級ヴァンパイア3体の襲撃があるって聞いた時には、どうしようって思っちゃったもん! でも、みんなならきっとサイキックアブソーバーを守れるって信じてたよ!」
避難所から出て教室へ移った天野川・カノンは、集まった灼滅者にぺこりと頭を下げた。
「でも、まだ残党が学園内にいるみたい。これを放っておくわけにはいかないよね。みんな疲れてると思うけど、あと一息お願いするね!」
カノンが予知したのは、ギークという奴隷級ヴァンパイアが一体。
美術室にあるデッサン用の石膏像の中に紛れている。
どうやらほとぼりが冷めるまで石膏像に化けてやり過ごすつもりらしいが、どれがギークかは一目で分かる。
頭は花畑だが、その分自己陶酔型の戦闘力に長けている。
ポジションはディフェンダー。
ウロボロスブレイドとヴァンパイアミストに似たサイキックで攻撃してくる。
自分大好き。自分を傷つける奴は美術品を傷つける奴だと本気で思っている。
戦いを挑まれれば戦うが、逃げられるならば逃げようとする。
だって戦ってこの肉体美に傷がついたら大変じゃないか(真顔)
「すっごく自分大好きな敵だけど、その分自分を磨いてる強敵だよ! 油断しないで、みんな帰って来てね!」
カノンはにっこりほほ笑むと、灼滅者達に頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
アルコ・ジェラルド(ペールネイビー・d01669) |
エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742) |
メリーベル・ケルン(プディングメドヒェン・d01925) |
神無月・晶(鳳仙花・d03015) |
彩橙・眞沙希(千変万化のもふりすと・d11577) |
暁月・燈(白金の焔・d21236) |
朱雀・病葉(戦略的ゾンビ・d21714) |
ジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600) |
●動く石膏像の怪
深夜。誰もいないはずの美術室のドアを、アルコ・ジェラルド(ペールネイビー・d01669)は開けた。
デッサンの授業があったのか、机は黒板側に寄せられている。二方が壁で一方が廊下、廊下の対面が窓だ。壁際には本物の石膏像が置かれ、窓際には何もない。美術室のある二階の窓からは、校庭が見えていた。
そんな美術室の様子を頭に叩き込みながら、美術室に入ったアルコは思わず足を止めた。
美術室の真ん中、モデルが立つための丸い台の上に、見慣れない石膏像が立っていた。
石膏像は――石膏像に化けたギークは両手を頭の後ろで組んで、膝を立てて半身を反らせて陶酔している。静物画用のバラの造花を口にくわえているのは仕様か。
「あ、あー、美術の課題忘れてたんだぜ。っと。わっ! カッコいい石膏像だぜ……!」
若干自然にわざとらしくなりながらも石膏像に近づくアルコの後ろから、灼滅者達が美術室に入ってきた。
「あら、新しく増えたのですね。端正な顔立ちに均整のとれた肢体、それになりよりまるで生きてるようです」
暁月・燈(白金の焔・d21236)が廊下側からギークを褒める。石膏像に化けたギークは動かないが、くわえた造花が嬉しそうに少し揺れた。
「本当に。この石膏像、なんて美しい……」
神無月・晶(鳳仙花・d03015)は石膏像に駆け寄った。
あらゆる角度からまじまじと見つめ、その肉体美に心から感じ入ったようにため息をつくと、スケッチブックにデッサンを始めた。
「広背筋、腹直筋、上腕二頭筋、大腿筋……。こんなに美しい石膏像見たことない!」
ギークは晶の立ち位置に合わせてベストポジションになるように少し動いたが、まだ気付かないということにしておいた。
その間に、全員がポジションに着く。打ち合わせ通りの配置についたのを確認すると、ジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600)は一つ頷いてギークを覗き込んだ。
「あれー? なんだかぷるぷるしているような気がするけど。こんなに美しい筋肉がこの世に存在するはずないものねぇ?」
ジェレミアは無防備な脇の下を思い切りくすぐった。ギークの体が小刻みに揺れる。ジェレミアはくすぐる手を脇腹へと移動させた。
「もし実在するなら、動いているところを見てみたい!」
「ぶふっ! ぶははははは! や、やめろこの馬鹿者がぁ!」
「石膏像に化けるそのヒタムキさ? は褒めておこう!」
たまらず吹き出したギークに、エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)の神霊剣が炸裂した。
●美と醜のあいだ
霊的因子を切り裂く聖なる光を帯びたクルセイドソードが、美術室に翻る。
目にも止まらない早さで振りぬかれた斬撃は、ギークの肩から胸にかけてを大きく切り裂いた。
エルメンガルトの攻撃に、ギークがよろめいた。慌てて体を確かめるが、霊魂や霊的防御への攻撃は、ギークの肉体を傷つけない。
その事実に、ギークはにやりと笑った。
「ふ。灼滅者どもも、この俺の肉体美を傷つけるのは気がひけたと見える」
「石膏像に見合うくらい強い奴なのか、試し切りしてみたいと思ってさー」
「まったく……」
彩橙・眞沙希(千変万化のもふりすと・d11577)は呆れたように首を振ると、左腕を大きな狼の前脚に変化させた。
そこに現れたのは、銀色の毛に覆われた美しい狼の前脚だった。見事な銀の毛はつややかでしなやかで、灯りを受けてうっすらと輝いているようだった。
「美しいというならば、こういうもふもふの一つでも準備してください!」
眞沙希は半身を翻すと、もふもふ☆プレミアム【断】を解き放った。
眞沙希の手の中に現れた白刃が、美術室に翻る。勢いを付けて放たれたクルセイドスラッシュが、ギークへと叩き込まれた。
腕で頭をガードしたギークは、よろめきながらも不敵に笑った。
「もふもふなど邪道! 肉体美こそ正義! それを理解せず、傷つけるなど言語道断! 食らえ!」
ギークはウロボロスブレイドを抜き放つと、ロープのように頭上で振り回した。遠心力が加わった鞭剣が蛇のようにうねり、灼滅者達に襲いかかった。
「ギィィィィーーーク、サイクロン!」
脳内でバラの花びらでも飛ばしてるんだろうな、と推測できる動きで放たれたギークサイクロンはしかし、威力は大きかった。
唸りを上げて包囲網を半周した剣が、前衛の灼滅者達に襲いかかる。
注意深くギークを監視していた燈は、ギークサイクロンが放たれる寸前に動いた。
晶の前に躍り出た燈は、頭を庇った腕を引き裂くような痛みに、眉根を寄せて歯を食いしばった。
ギークの攻撃が、予想より重い。
「大丈夫ですか、神無月さん!」
燈は後ろを振り返った。広範囲に放たれたギークサイクロンは、晶に届いた様子はない。そのことに、燈は安堵した。
晶は庇ってくれた礼の代わりに燈に微笑み頷くと、拳を振り上げ霊力を練り上げた。
「もちろん! それじゃ、いくよ!」
裂帛の気合と共にギークの前に飛び出した晶は、ギークの美しい肉体に無数の拳を叩き込んだ。
腹に受けた打撃に、ギークはたまらず吹っ飛んだ。
「お、お前、俺の肉体美に感服してたんじゃ……」
「君の肉体は本当に美しい。けど、君は闇で僕は灼滅者。なら、運命は戦いのみ!」
晶はギークの肉体に目を輝かせながらも、拳をピッと突き付けた。
晶の攻撃でギークが飛ばされる先を見た朱雀・病葉(戦略的ゾンビ・d21714)は、素早く壁に駆け寄るとそこに置かれていた石膏像を手元に引き寄せた。
その直後、ギークが石膏像の置かれた壁に激突する。間一髪助けられた石膏像に傷がないことを確認した病葉は、ほっと息を吐いた。
「危ないところでした……。この美しさは破壊するに忍びないですからね」
病葉は少しだけ石膏像を愛でると、石膏像を安全な場所に避難させると、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ふふ、顔や肉体がご自慢ならば、それを切り裂き砕いて、絶望を見せてあげねばなりませんよねぇ」
腕に装着したバベルブレイカ―を起動させると、病葉は口元に浮かんだ血を拭くギークの横顔を見た。
「楽しみです」
病葉は微笑みながら、ゆっくり包囲網へと戻っていった。
「プラチナ!」
燈の声に、霊犬のプラチナが駆け出した。
ギークスラッシュを受けダメージを負ったエルメンガルトを、癒しの目で見つめた。
プラチナの優しい目から放たれる霊力は、エルメンガルトを癒していく。
「ダンケ!」
エルメンガルトはプラチナの頭をもふもふと撫でると立ち上がり、ギークの行動や立ち位置に細心の注意を払った。
例え頭が花畑でも、ギークはヴァンパイア。ここで逃がせば、知らない場所で大きな被害を出す。
決して逃がす訳にはいかなかった。
ジェレミアはダメージの残る前衛陣を見ると、クルセイドソードを構えた。剣に刻まれた「祝福の言葉」が解き放たれ、傷を癒していった。
「私の美しさの足元にも及ばないこと、思い知らせてあげるわ!」
メリーベル・ケルン(プディングメドヒェン・d01925)は、どや顔で胸を張ってギークを指差した。ギークはメリーベルの体を上から下まで見ると、鼻先で笑った。
「は! 何を言うか! お前の貧相な肉体など、俺の肉体美の足元にも及ばないわ!」
ギークは勝ち誇ったように、メリーベルに対抗して胸を張る。顔はお互い、優劣つけがたいほど美しい。だが、肉体は確かに好みが分かれるところだった。
メリーベルは自分とギークの体を見比べ、全然勝負になっていないことに軽いショックを受けた。
思わず涙目になりながら、影業のシャーテンディーナーを構え、振るった。
「やがて花開く蕾のごとき、未熟ゆえの美しさが分からないのですか!」
影業から放たれた影が、ギークの前で立体となって現れる。
そこにいるのは、貧相な少年だった。小さな体は骨と皮ばかり。髪はぼさぼさで頬はこけ、みすぼらしいボロを着ていた。
じっと見上げてくる影を、ギークは恐怖の目で見た。じりじりと後ずさるギークに、影は抱きつこうと飛び出した。
ギークは寸でのところで影を避けると、窓際へと転がりこむ。
「へー、精悍な顔立ちの彫像だな……っと!!」
アルコは立ち上がり、ギークの顔に狙いをつけて制約の弾丸を放った。
弾丸は正確にギークの顔面に吸い込まれていく。弾丸は影の影響からか呆然としていたギークの頬に大きな傷を作った。
頬から流れる血に、ギークの声にならない絶叫が響き渡った。
●芸術とは何ぞや
ギークは叫び声を上げながら震える手で顔を覆うと、膨大な霧を発生させた。
血色の霧はギークを包み込み、その傷を癒す。同時に、ほんの一瞬だけ灼滅者達の視界からギークの姿を隠した。
「ここは逃げさせてもらうぞ!」
「させるか!」
霧に紛れて逃げようとするギークに、エルメンガルトは飛びついた。
攻撃を放棄してしがみついたエルメンガルトは、窓から飛び降りようとしていたギークを部屋の中央に放り投げた。
ジャーマンスープレックスの要領で投げ出されたギークは、技をばっちり決められながらも、この攻撃でダメージを受けた様子はなく、エルメンガルトと距離を置くべく後ずさった。
図らずも再びモデル台に戻ったギークは、迫りくる灼滅者達に指を突き付けながら地団駄を踏んだ。
「この俺を傷つけるのは、国宝を傷つけるのと同じだと分からんのか!」
ジェレミアはギークの言葉に、くすくすと笑いながら祭壇を展開した。
「キミはぼくたちの事を、美術品を傷つける無粋な人間だと思っているみたいだけれど……それは違う。美しいものを傷つけ、壊すことに美を見出すのもまた芸術だよ?」
その言葉を裏付けるように、祭壇から光が放たれた。光に包まれたギークは、まるでスポットライトを浴びたかのように、ダメージを受けながらも美しいポージングを決めた。
その隙を見逃すアルコではなかった。
「おいおい、無様に逃げるなんて。折角の肉体が泣いてるぜ?」
アルコが放ったペトロカースが、ギークの足にまとわりつく。立ち上がりかけた足が石化し、うまく動くことさえできない。
そこへ、病葉のバベルブレイカ―が唸りを上げた。
尖烈のドグマスパイクがギークの足に突き刺さる。螺旋の動きが加えられた杭が、ギークの足と床とを縫い付けるように突き刺さった。
「お、俺の脚がぁぁぁっ!」
「おやおや、これでは美しい肉体を護るために、逃げることすらできませんねぇ。次はその見事な胴にしますか? それともご自慢の顔にしますか?」
病葉の心底楽しそうな笑い声が、美術室に響いた。ギークは心底嫌そうに病葉の言葉におののいた。
「お、俺の肉体美は無傷でこそ輝くもの! それを切り裂くだなどと言語道断!」
「確かに、外見はお美しいですが。かなり頭が残念な感じが透けて見えてしまって、台無しですよ?」
なおも逃げようともがくギークに、燈のシールドバッシュが叩き込まれる。ギークは憎々しげな眼で燈を睨みつけた。
「だ、誰が残念な頭だ! 俺は頭の形も髪型も、全てが完・璧・だ!」
「そういうところが、残念なんですよ」
思わず憐みの目を向けた燈に、ギークが悔しそうに天井を見上げた。
「君のその美しい肉体に、本当に美しい精神が宿っていたら完璧なのに……」
心底残念そうに放たれた晶の紅蓮斬を、ギークは腹筋を酷使してギリギリ避けた。
そこに眞沙希の銀狼の腕が翻る。狼の手の先端で輝く鋭い爪が、ギークを引き裂く。
「やはり、もふもふの前には筋肉などゴミ以下ですね」
見事な前脚を再びギークに見せつける眞沙希の言葉を、ギークは言い返すことさえできなかった。
息も絶え絶えなギークに、メリーベルの拳が翻った。
「せめて最期は美しく散るがいいわ!」
祭壇から展開する霊力と共に叩き込まれた拳に、ギークは体を再び逸らせた。
最初に取っていたポーズを取ると、恍惚とした声を上げた。
「……俺の……美は、永遠に不滅……」
「永遠なんて、この世にはありません。ですから美しいんですよ?」
燈の言葉に、ギークは口の端に笑みを浮かべると、石膏が崩れるように消える。
静かになった美術室に、ニホンオオカミに戻った眞沙希の勝鬨の遠吠えが響き渡った。
作者:三ノ木咲紀 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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