武蔵坂学園内掃討戦~黄昏の檻

    作者:菖蒲

    ●situation
     翳る残照が差し込む窓から見下ろせば学生たちの様子が見える。
     隠れる場所を探す様に懸命に走ったミッシェルは息を切らし、座り込む。膝がガクガクと震え、唇を噛み締めた青年は知っていた。

     ――絞首卿は負けた、のだと。

     武蔵坂学園に取り残された奴隷の青年は唇から牙を覗かせ、額に浮かんだ汗を拭う。
    「……畜生」
     呟いた言葉を、聞く者はいない。
     校舎の外に逃げる事を諦めたミッシェルは逃げ場所を探し、校舎内の人気のない方向へと走っていく。
     高等部の人気の少ない教室の扉を開き、青年はぜいぜいと息を切らして座り込む。
    (畜生め……逃げ場がねぇじゃねぇか……!!)
     きょろきょろと周囲を見回す青年が積み上げた机と椅子のバリケード。
     逃げ場を喪った奴隷ヴァンパイアはその澱み切った紫苑の瞳に好戦的な色を映してケタケタと笑いだした。
    「ボスコウ様の懲罰に比べりゃ……ハハ、お前らなんて……。
     ……ハハハッ! ほら、来いよ、灼滅者ァッ――!」
     まるで、黄昏の檻だった。逃げ場のない、途轍もない檻がそこにはあった。
     
    ●introduction
    「皆さん、お疲れ様です。それと――爵位級ヴァンパイアの襲撃という脅威から、サイキックアブソーバーを無事に防衛できた皆さんの勇気には感服します。……有難うございます、本当に……」
     一息、安堵を漏らした五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の表情からも読み取れる喜びに日常に戻った事を安堵するのも束の間なのだろうか。
    「爵位級ヴァンパイアによる作戦の失敗によって、多くの戦力が武蔵坂学園からの撤退を決めた事はご存じかと思います。……しかし、全員が撤退できたわけではないのです」
     困り顔と共に、姫子は静まり返った教室を見返して溜め息を吐く。柔らかな姫子の笑みに翳りを感じるのは気の所為ではないだろう。
    「撤退できていないダークネスは……校舎内や校内施設に籠城や潜伏している状態となります。危険極まりないこの状況は看過できません。お疲れの所申し訳ありませんが、残る敵の掃討して頂けませんか」
     姫子の真摯な表情から受け取れるのは状況があまり良くないと言う事だ。
    「皆さんにお相手して頂きたいのは奴隷ヴァンパイアの一人、『ミッシェル』と名乗る男です。現在では教室に潜伏中であることが分かっています。……高等部の1年生の教室、ですね」
     武蔵坂学園にある教室の一つに潜む奴隷ヴァンパイアは学外に逃走する機会を失ってしまった。外に出れば多勢に無勢。正しく、灼滅される未来しか見えないのだろう。
     取り残された彼が取るべきは人が居ない方向へと逃走する事だけだった。逃げて逃げて――その先は『行き止まり』。只、それだけだった。そうしてミッシェルは来るべき『相手』と闘う為に武器をとったのだと言う。
     教室へと辿り付けば机で作られたバリケードのある場所でミッシェルは戦闘態勢を整えているのだろう。
    「逃がしては何らかの被害が起きてしまう可能性があります。何としても、彼をここで」
     真摯な姫子の言葉に灼滅者は頷くしかできない。取り逃がす事で何が起こるのかはまた別の話しなのだろうが、その展開はあまり望ましくは無い。
    「ミッシェルの攻撃方法はダンピールの皆さんと同じ、そして殺人注射器のサイキックを使用する事が分かっています」
     敗れたばかりの相手だといえど残党だといえど、相手は『奴隷ヴァンパイア』だ。侮る事無かれ、という事だろう。
    「勝利が難しければ学園外へと逃走できる様に退路を開ける事で敵は、逃走を優先するかもしれませんね。
     ……残敵であるといえど、相手はダークネス。油断は大敵です。
     追いつめられた状況だからこその火事場の馬鹿力も油断なりません」
     ですから、と言葉を切った姫子は無事を祈る様にお願いしますと囁いた。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    桐淵・荒蓮(殺闇鬼・d10261)
    立川・春夜(花に清香月に陰・d14564)
    蓬莱・金糸雀(陽だまりマジカル・d17806)
    アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)
    渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310)
    カンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)

    ■リプレイ


     夕暮れの色は、いつだって、綺麗だった。
     浅い息の音が聞こえる。肺が胸を押し上げて息を吐くたびにひ、ひ、と声が漏れる。
     緊張を重ねた様にやけに五月蠅い鼓動を振り払う様に座って居た男の血色の瞳には夕焼け色は映らない。――否、映らなかった。
    「綺麗な黄昏ですね。貴方の魂が手にできず触れられない、優しい色です」
     凛とした響きを持った声は、鋭い色を孕んだ切っ先と共にやってくる。長い黒髪を揺らし、血染刀・散華を座り込んだ男の眼前へと一気に持って行った六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)の爪先が教室のタイルの上を踊る。
     音は濁流の様にヴァンパイアの、ミッシェルの耳を劈いた。張り巡らされたバリケードの崩れる音に顔を上げ、犬場を剥き出しにした男が武器を構える――が、その右手を貫いた冷気のつららは青年の想いを乗せた様に冷たく、尖って居た。
    「首輪が外れてどうすればいいか、解らないのか。奴隷根性が染みつくとヴァンパイアでもそうなるのな」
     嘲る様に、桐淵・荒蓮(殺闇鬼・d10261)は告げた。淡々と告げる彼の秘めたる殺戮衝動はこの場で一気に剥き出しになったのだろうか。
     バリケードへと槍を突き刺し、ぽっかりと穴を開けた立川・春夜(花に清香月に陰・d14564)の足元で風の産声を漏らしながら冱駆のローラーが回転する。敵意を剥き出しにした春夜の瞳には普段の朗らかさは感じられない。
    「さっさと片付けて、安全平和な後者に戻さねえとな」
     言い捨てる春夜に肩を竦めた渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310)は地面を蹴る。冷たい教室の床の感触は普段過ごす校舎であるというのに――何故だろう、酷く冷たく感じた。
    「もう少し、話しの解る奴だったらな……殺し合わなくても済むんだがな」
    「話しが分かる? そりゃお前らのが『話しの解らない』奴なん――ッ」
     酷く震えた声は、身体を槍で貫かれた衝撃から出たものだろうか。彼をぐるりと取り囲んだバリケードを壊した荒蓮、春夜、ザジのタイミングに合わせ、内部へと侵入し不意を突いた灼滅者達の目は皆、敵を『敵だ』と認識している。
     付け羽にシロフクロウの面。故郷の伝承を模したカンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)の背後から立ち昇るバトルオーラの色彩はこの夕陽に映える。
     故郷の地を荒らされる事と学園という『安住の地』を荒らされる事は同義だと、吼える様にカンナは前線へと赴く仲間を力付けた。
    「逃げずに戦うんだ……男らしいね、嫌いじゃないよ」
     敵意をむき出しにしたパーティの中でも、好意的な台詞を告げたアイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)の月色の瞳は煌々と輝いて見せる。しかし、足元から伸び上がる『絆』の影は過去と未来を繋ぐように、その存在をハッキリと主張している。
    「大丈夫、そう不安にならなくて良い。最終的には首輪大好き変態おじさんの所に送ってあげるから、少し遊ぼうよ」
     淡々と、それでいて不遜な態度を見せたアイリは何かに怯えるかのように己の影とオーラに縋る。気が弱く、閉じこもってきた彼女が目にした『閉じこもって居た』男は武器を手に、灼滅者を睨んでいる。
     それは、逃げ場を亡くした男の最低限の反抗。そして、主人を亡くし、死を恐れた憐れな男の末路だろう。
    「本当に、無様ね……」
     淡々と、それでいて鋭い衝撃と共に踏み込んだ蓬莱・金糸雀(陽だまりマジカル・d17806)の目の前で霊力が網目を象る。
     踏み込み、ミッシェルが牙を剥く。しかし、その動きを予期していたかのように鋭い爪がミッシェルの腹を抉った。
    「さて、夏休みの残りの大掃除ですね」
     潜められた声の先、新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)は冗談めかして「関係者以外立ち入り禁止です」と安寧の地と呼ばれた『武蔵坂学園』へと取り残された憐れな男を憐愍の眼差しで見つめた。


     そこにあったのは檻の様な空間だった。机や椅子で作られたバリケードという呆気ない檻の中でアイリはダンスを踊るかの如くステップを踏む。噛みつかんと牙を剥くミッシェルの牙を避け、腕を掠めるちりりとした痛みにも物ともせずにその拳がヴァンパイアの頬を叩く。
    「逃がすつもりは無いよ。ここで、灼滅(おわり)にするまで遊んでもらうから」
     くせっ毛がふんわりと揺れる。確かに感じた拳の重さ、しかし――相手は腐ってもヴァンパイア。一打だけでは物足りない。
     踏み込まれた一歩、掠めた痛みをその眸に映し出し、怯えた様にその場で地団太を踏んだ金糸雀の霊犬『サニー』が小さな唸り声を上げる。くるくるとなった喉、主人である金糸雀とて、愛犬と気持ちは同じだろう。
    「サニー、臆病な姿を見せては此奴の思う壺。ちゃんとしなさい!」
     横柄な態度に、紫色の不安を乗せて。犬だけは彼女の気持ちが解って居ると言う様に懸命に吼える。
     教室の床を擦れた車輪が焔を纏い、ミッシェルを蹴り飛ばす。衝撃に揺らいだヴァンパイアの足がキュッと教室の床を擦れる。
     刹那、
    「お前らを倒せば――抜けられる!」
     金糸雀の足首を掴み、投げんとするミッシェルの赤色の瞳が爛と光り輝く。
     牙を剥いた男に小さな舌打ち。埃が舞い上がり、男の動きが怯えたものからより苛烈に変化する。
    「ッ、何言って!?」
     ぐん、と身体が一気に引っ張られた。金糸雀の身体を投げ出さんとするミッシェルの腕が一気に振るわれる。息が詰まり、勝気な紫の瞳に焦りの色が生まれるが、彼女はそれに怯えるだけでは無い。

    「言ってくれるもんだ」

     その動きの隙間――投げ出された彼女の身体を受けとめて、槍を手にザジが前進する。ギラリと輝かせた瞳は銀の灯を感じさせた。
     貫かんとする槍の衝撃に、隙を見つけ出したかのように静香が進む。バリケードの間から微かに滲んだ陽光の色を纏い、椿の花を周囲に散らせた彼女は舞う様に前線へと飛び込んだ。意識が、視線が、身体が、全てが金糸雀とザジへ向いている、この隙に!
    「血染斬闇――吸血鬼という闇を祓う緋光して」
     ロザリオが小さく揺れる。宿敵、しかも奴隷種との四度目の邂逅に胸が高鳴りを告げるその意味を静香は知っているかの如く、果敢に日本刀を振るいこむ。
     死角から攻め込む、殺人技法は魂の形が彼女に与えた力の一つだろう。殺人の鬼にならずとも、それでも相手を灼滅しなくてはいけないのだと強く意識を持った静香はしかと剣を握りこむ。
    「灼滅? お前ら、八人で俺を!」
    「夏休みの残りの大掃除だって宿題の一つなんですよ。宿題をしなくては、怒られてしまいますから」
     冗句めかして。しかし、ヴァンパイアから感じられた『闇』の衝動に七波はその蒼眸を見開いた。

     ――つよがっても、めをふさいでも、じぶんのやみはいつもそばにいるよ。

     言葉を振り払う様に。死角から回り込んで放った刃の衝撃にミッシェルがくつくつと笑いだす。退魔師の一族の生まれである七波の感じとった昏き闇は奴隷種であるからというだけでは無い、彼が『ダークネス』だと言う事を感じさせる。
     ダークネスは悪だ、と断定するには理由が在るのだと春夜は唇を噛み締める。焦りながらも高貴なヴァンパイアらしさを喪わぬ奴隷種に重ねたのは目映い金の髪を持った吸血鬼。その眸が爛と輝き、己の母と妹に手を掛けた瞬間が!
    「……負けてやんねーよ。お前、『吸血鬼』だろ?」
    「く、腐っても。絞首卿に奴隷として扱われようと、自由になれたのは素晴らしい!
     ならば、ここから抜けなければ、この学校にいては絞首卿の様になってしまう……!」
     震えた声に春夜は普段の愛嬌の良さをひた隠しに、好戦的な笑みを見せた。バリケードと化した机の端を蹴る。駆動するローラーが教室のタイルの上に傷を付け、身体が大きく跳ねた。
     地面についた左手。ついで、入れ替わる様に右手を軸にに、身体が天井へとスレる。ミッシェルの頭を大きく蹴り飛ばした衝撃に彼の視線が別の方向へとズレを見せたその場所、待ち構えていたかのように荒蓮が解体ナイフを大きく振るう。
    「奴隷根性があっても腐ってもヴァンパイアか。高貴ささえも忘れさせてやるよ」
     指先で撓った刃。振り翳されたヴァンパイアの拳の衝撃に荒蓮の身体が大きく震える。だが、そんなモノに彼は構いやしない。切り刻むが如く、ナイフ捌きは卓越した技量を以って行われる。
     淡々と、静かに感情を映し出した瞳に乗せたのは――ある種の、憐れみだった。


    『病院』の出身者であるカンナの不安は仲間が死ぬ事、これに尽きるのかもしれない。
     苛烈な戦闘の中で、白髪を残照に揺らし、断罪輪を握りしめた彼女の瞳に映り込んだ不安は死者を目の前で出さぬで済む学園での生活という安穏を奪われる事なのだろう。
    「妾は強くないが、其れでも全力を惜しまない……! 絶対にお主を倒して見せる!」
     吼え滾るが如く。より入口に近い位置で前線の仲間へと癒しを送るカンナは唇を噛み締めた。
     槍が掌でくるりと回る。整ったかんばせについた傷を拭いながら荒蓮の瞳はミッシェルから離れない。黄昏の陽が段々と翳り出す。夜が来る前に、『暗闇』に飲まれるまえに――倒さなくてはと静香は首を振った。
    「倒す……? この私を?」
    「寒さに震えて良く言うもんだ。段々と寒くなっただろ?」
     冷気を纏った穂先を向けて荒蓮の瞳が笑う。振り払う様にミッシェルが振るったその手の感覚に七波が眉を顰めるが、強い色を灯した瞳に翳りは無い。
    「最終日に襲ってくるなんて宿題どうしてくれますか」
    「死ねばその様なモノ関係ないだろう!」
     確かに、と小さく頷くが、それを享受できる程、灼滅者はヤワではない。
     背後からローラーを軋ませ、蹴り飛ばす春夜がヴァンパイアへと乗せた恨みの衝撃にミッシェルがこれぞと反撃を見せる。吹き飛ばさんとする身体を受けとめた荒蓮に頷いて、「ヴァンパイア」と狂気に飲まれんとした瞳は宿敵を求めて已まない。
    「ここは黄昏の檻だ。この『檻』からは出してやんねぇよ」
     ザジの瞳が笑みを灯す。手にした武器の感触に、武骨な掌は良く馴染んでいた。
     ミッシェルの牙が襲い掛かる。しかして、受けとめた静香は柔らかな笑みを浮かべる。
    「闇の飲まれた貴方に、せめてこの優しき黄昏の中で斬閃の緋華を。手向けの花として」
    「手向け、だと?」
     小癪な、と吐き捨てたその言葉にザジが「困った奴だ」と腕を掠めたミッシェルの攻撃を避け、特攻する。
     絶対的な攻勢に転じる灼滅者の中で、不安そうに瞳を揺るがせてカンナは首を大きく振る。
     やはり、ヴァンパイアは圧倒的な力を持っている。傷を負い、膝を付き掛けた七波を突き動かすのは勝利への絶対的な想い。その想いはカンナにだってある。
     回復を齎して、高鳴る胸に感じたのは、やはり『不安』だった。どくん、と鼓動が一つ。

     吸血鬼達が居ると、この場所は、なくなってしまうかもしれない――?

    「この場所を、お主等に壊されてたまるか!」

     カンナが放ったオーラキャノンの衝撃に男の身体が壁へと縫いこまれる。しかし、逃げるだけでは最早、死を体感するしかない男は吼える様にその拳を振るう。
     受けとめたアイリは唇を釣り上げて、身体を突き離されそうな衝撃を堪えて笑う。親友の愛した学園バトル物のストーリーで主人公はこうしていた。
     敵の手を掴み、そして、床へと引き倒す!
    「……捕まえた」


     髪を掠めた衝撃一つ。はらり、と散った一房にアイリは首を振り身体を逸らす。
     振るいこまれた七波の爪先がミッシェルの肩口を抉り込み、奴隷種は大きな口を開けて、絶叫す。
    「このッ、童が!」
    「吸血鬼は人狼に倒される、そんな伝説もありますよね?」
     腕が、大きく振るわれる。身体を仰け反らせたアイリが咄嗟に受けとめ、教室の床の上を統べる様に移動する。
     しかし、それだけでは飽き足らないと、ミッシェルの猛攻が雨の如く降り注ぐ。牙がてらてらと口元から覗いている。闇に落ちたその姿に、サニーが怯えながらもアイリへと癒しの力を与え、尻尾を震わせた。
     恐怖心が無いわけではない。怖がりなことには違いない――それでも。
    「本当、弱いもの程吠える、とはよく言ったものだわ……。
     思い通りにはさせないわ。新しい被害者を増やさない為に、私が此処で、あんたを殺す」
     言い切り、地面を蹴る。傷むタイルの感覚さえも金糸雀にとっては馴染み深い学び舎のものだと感じられた。
     太陽の色を思わせる髪を掴まんと伸ばされた掌をザジの槍が貫き通す。赤い色の溺れるが如くヴァンパイアが大きな口を開き、突き刺さった槍を掴みながら放った衝撃にザジの身体がふらついた。
    「殺してやる……! じ、自由の為に!」
    「自由? 逃がしたりして、取り逃がして事件でも起こされたら悔やんでも悔やみきれねぇな。ここで確実にお前を仕留める。悪く思うなよ?」
     父母が望んだ愛らしさを感じる事はなくとも、その心根は優しさを持っている。彼のその優しさは彼の知らぬ場所で『ミッシェルを逃がしたら被害を受ける一般人』へと向けられていた。
     愛らしい花の名前。華を思わすほどの華麗な動きを見せるのは戦いに慣れた灼滅者ならではか。
     起きあがらんとするミッシェルの隙をつき、飛びあがった一歩。金糸雀の紫苑の瞳が煌々と輝いた。スカートの裾がひらりと揺れる。左手を軸に、地面を宙返りするかの如く、ザジの頭の上を飛び越えて彼女は真っ直ぐに男の頭を蹴り飛ばす。
    「ぐっ――!?」
     満身創痍となった吸血鬼が牙を剥く。受けとめた春夜は頬の汚れを拭いながら、にぃと唇で弧を描いた。あの日の、宿敵を想いだす様に。あの日の、怯えた妹達を想いだす様に。あの時、取り逃がさなければ……? ならば、この場所で春夜がやるべきは只、一つ。
    「……逃がさねーよ?」
     黒髪が大きく揺れた。
     繊細な風貌に乗せた美麗な動きは、彼女の性質そのものを顕すかの如く。
     ミッシェルの瞳に映り込んだのは静香という少女が普段ならば魅せる柔らかな笑顔――その隙に覗いた冷淡なる面。
    「黄昏の終わりに、闇夜を見る事は貴方はできません」
     踏み込んだ、一歩。
     残照の――静香が象る触れれば火傷するかのような光の檻に蝕まれ、男は沈黙した。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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