武蔵坂学園内掃討戦~死を刻む蹄音

    作者:泰月

    ●残された軍馬
    「ブルルッ」
     短い嘶きを響かせる、黒馬。
     それがただの馬ではない事は、その姿で一目瞭然であった。
     体には奇妙な青白い刻印が刻まれ、頭部に獣の骨の様な鎧を被り、そこから覗く瞳は血の様に濁った赤に輝く。
     それは、爵位級ヴァンパイアの眷属にして軍馬。
     戦いの終わった武蔵坂学園の一角に、ペイルホースが3体が取り残されていた。
     敵地に残された眷族に出来る事は、小さな群れを成し、人の少ない方へと逃げ続ける事くらい。
     逃げ続けたペイルホース達は、やがて足を止めた。
    「ブルルッ――ヒヒンッ」
     逃げるのをやめ、自分達を狩りに来る者を待ち受けるかの様に。

    ●掃討戦、開始
    「皆、三竜包囲陣の撃破、お疲れ様。皆のおかげでサイキックアブソーバーは奪われずに済んだわ。ありがとう」
     夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は、安堵の笑みを浮かべ集まった灼滅者達に礼を述べる。
     爵位級ヴァンパイア3体による襲撃を凌ぎ切るに留まらず、その一角の『絞首卿ボスコウ』を灼滅したのだ。
    「本当は、ゆっくり休んで――って言いたいんだけど、残念ながらそうはいかないの」
     だが、柊子は直ぐに表情を引き締めて話を続ける。
    「作戦が失敗した事で、残る爵位級ヴァンパイアとその戦力の多くは撤退したわ」
     そう。多くは、なのだ。
     全てが、ではない。
    「撤退出来なかったダークネスや眷属が、武蔵坂学園に取り残されているわ。それぞれに篭城や潜伏している状態よ」
     敵を学園内に残したままにする手はない。
    「皆には、その1つ、ペイルホースの掃討をお願いしたいの」
     ペイルホース。
     死の馬とも称される、ヴァンパイアの眷属。
    「戦場で見た人もいるかしら。殺竜卿ヴラドの軍馬として、多くいたみたいだけど」
     頭部の『頭鎧』が特徴的だが、それはただの飾りではない。
     ペイルホースの体に刻まれた青白い『死の刻印』と連動して魔力と運動能力を高めるものだ。
    「取り残されたペイルホースが3体、小さな群れを作っているわ」
     学園内を逃げ続け、行き着いた先は、今、話をしている教室から遠くない中庭。
    「3体のペイルホースの戦い方は、軍馬団にいたものと同じよ。でも、どれも軍馬団にいた個体よりも体が一回り大きくて、少し能力が高いわ。特に、蹄の一撃は気をつけてね」
     黒い蹄は生ある者を踏み砕き、死の嘶きは同胞に力を与える。
     刻印で高められた脚力も、舐めてはかかれない。
    「ペイルホース達に逃げるつもりはもうないわ。敗残の眷属とは言え、油断は禁物よ」
     眷属とて、いつまでも逃げ続けられないくらいは判るのだろう。
     学園の外に逃げられないと気付いたペイルホース達が選んだのは、いずれ来る灼滅者達と戦う事。
    「ペイルホース達がどんなつもりにせよ、此処で倒して、平和な2学期にしましょ。すぐそこだけど、いつも通り、気をつけて行って来てね」
     柊子はいつもと同じ様に、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    宮武・佐那(極寒のカサート・d20032)
    武藤・雪緒(道化の舞・d24557)
    雪川・蓮(冷凍刺剣・d29680)

    ■リプレイ

    ●軍馬との邂逅
    (「夏休みの終わりに攻めてきたと思ったら新学期にも居座るとか、ダークネスさん空気読んでください」)
     胸中でそう呟いて、骨をカタカタ鳴らす髑髏付きスライム、じゃなくて武藤・雪緒(道化の舞・d24557)。
     タブレットに溜息を表す文字を出そうとして、ふと気付く。
     ペイルホース達の視線、自分に向いていない?
     液晶に出す文字を『?』に変えて、首を傾げるように髑髏を傾ける。
    「ブルルッ」
    「アレがペイルホースかー……」
     雪緒を訝しむ様に短く嘶く黒馬を見つめ、月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)が呟いた。
    「我々に見つかったのが運の尽きだね……」
    「御子柴さん、待って下さい」
     間合いを詰めようとする御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)を、小圷・くるみ(星型の賽・d01697)が止める。
    「馬は繊細な動物です。大勢で囲んでは、警戒させてしまうかも」
     ペイルホースに馬の性質が残っているのかは疑問だが、馬でなくとも囲まれて警戒するのはおかしくない。
    「大丈夫です。ここに僕達がいれば退路は塞げてますよ」
     天嶺の考えと、くるみが止めた理由を察して、柊・司(灰青の月・d12782)がそう声をかける。
     2人に言われ、天嶺は小さく頷いてその場に留まった。
    「無用な戦いを避けれたら、それに越した事は無いからね。どうなるかな……?」
     架乃はペイルホースに警戒を抱かせないよう、笑顔で音を立つ力を広げる。
    「……」
     雪川・蓮(冷凍刺剣・d29680)は黙ったまま、ペイルホースへ近づく2人の背中を見つめていた。

    「水、此処に置くわね」
     ペイルホースの手前に水を入れたバケツを置いて、フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)はそこから少し下がる。
    「えっと、私たちの言葉が通じてますか?」
     その隣では、宮武・佐那(極寒のカサート・d20032)が、ペイルホースに言葉が届いているか、確認しようとしていた。
     2人は、ペイルホースを手懐けようと言うのだ。
    「ブルルッ、ブルンッ!」
     とは言え訊ねた所で、ペイルホースが人の言葉を話す事はなく。聞こえてはいるようだが、果たしてどこまで通じているのか。
    (「あの毛並み……あの人が欲しがるのも、納得かも」)
    「やっぱり、おなか空いてるんじゃないかしら?」
     佐那が婚約者の言葉を思い出していると、フローレンツィアは後ろに置いてあったバケツを手に取る。
     中身は、学園内で集めた馬が食べそうな野菜と果物だ。
    「これ、食べて良いわよ」
     そう言ってリンゴを1つ、一番前のペイルホースへ放り投げる。
     これが普通の動物を馴らすのなら、悪くない方法だったろう。
     だが相手はただの動物ではなく、ここは相手にとって安息の地ではない。戦場だ。
    「――ヒヒィンッ!」
     甲高い嘶きを上げ、ペイルホースは、後ろ足で立つように前足を振り上げ、投げられた赤い果実を叩き壊す。
    「ペイルホースさん、落ち着いて!」
     他の2体も蹄をガツガツと地面に打ち付けるの見て、佐那が宥めようとする。
    「……芳しくないですね」
     離れて見守るくるみは、乗馬の際に聞いた事を思い出していた。
     後ろ足で立つのも、蹄を打ち鳴らすのも、馬であればイライラしている時の仕草だと言われる動きだ。
    「あなた達も、ここで殺されたくはないでしょう? レンも素敵なあなた達を殺したくはないわ」
     それでも、フローレンツィアはペイルホースへと声をかける。
    「ね、ね、どうかしら? レンと仲良く――っ!?」
     無邪気な笑顔で言って、掌を向けて手を差し出そうとした、次の瞬間。
     水の入ったバケツをひっくり返し、突如駆け出したペイルホースに跳ね飛ばされ、彼女の体は宙を舞っていた。
    「フュヒヒィィィンッ!」
    「っ! 待って下さいっ!」
     激しく嘶き自分へ向かって来る別のペイルホースを宥めようと、佐那が声を上げる。
     だが、既に1体が動き出してしまった今、もう止まらない。
     そして、他の灼滅者達もそれを黙って見ている筈もなかった。
    「やっぱり、戦う事を選ぶんですね。なら、此方としても負けはしません!」
     佐那の前に飛び出した司が、代わって叩きつけられた蹄を掴んで、そのままもう片方の手の内で、鱗模様を朱塗りの槍を激しく回転させ、ペイルホースに突き立てる。
     体勢を崩したペイルホースの横から、天嶺が回り込んだ。
    「螺旋を描き敵を貫け……」
     蒼の組紐が螺旋の軌跡を描いて、輝きを放つ薙刀の刃が吸い込まれるように黒い体を穿つ。
    「っ……私を蹴ったり踏んだりして良いのは、御主人様だけです」
     フローレンツィアに振り下ろされようとしていた別の蹄を、蓮が小さな体を盾に阻む。
     そのまま、3体のペイルホース達の周囲の熱を一気に奪う魔を紡ぐ。
    「おっと。痛い目に合うのは嫌だろうけど、暴れ馬を止めるのがお仕事なんでね!」
     冷気から逃れようとしたペイルホースに絡みついた架乃の影が、その動きを阻害する。
    「暴れ馬にいつまでもうろつかれちゃ、授業どころじゃなくなっちゃうわね」
     くるみが片腕を変異させ、鬼の様な巨大な拳を叩き付ける。
    「ブルルルッ」
     フローレンツィアを撥ねたペイルホースの先には、液晶に『消毒』の文字を出した雪緒が回り込んでいる。
    (「まあとりあえず、ダークネスの眷属は消毒だー!」)
     バベルの鎖を髑髏の眼窩に集中させてぼんやり光らせ、雪緒はしばしペイルホースと睨みあった。

    ●軍馬との戦い
    「オーラよ、内部より打ち砕け……」
     害より身を守るとされる錫杖と、ペイルホースの蹄がぶつかり硬い音を立てる。
     直後、流し込まれた天嶺の魔力が、ペイルホースの体の内で爆ぜた。
    「フュヒヒィィィンッ!」
     それを見た別のペイルホースが、死の嘶きを力強く響かせる。
     体力の戻ったペイルホースは、猛然と駆け出した。ドゴッドゴゴッと重たい音を立てて数人の身体が宙に撥ね飛ばされる。
     校舎の壁にぶつかる直前に、ペイルホースは足を止め――連続で銃声が響いた。
     動きの止まった瞬間を逃さず、雪緒がスライム体から生やしたガトリングガンを連射していた。
     『HIT!』と液晶に表示した文字の通り、無数の銃弾がペイルホースに撃ち込まれる。
    「やられるつもりはありません……貫きます」
     空中で体制を立て直した蓮は、着地するなり蒼く冷たく輝く光の刃を手にペイルホース目掛けて駆け出す。
     氷のように冷たく鋭い光を、蓮がペイルホースの黒い体に突き刺した、その直後。
     別のペイルホースの蹄が、後ろ蹴りの様に低い位置から振り上げられた。
    「っ……重っ」
     その前に躍り出て食い止めた架乃が、その衝撃に思わず声を漏らす。
    「ここは僕が」
     後ろのくるみへ声をかけながら、司が駆け寄りその背中に、癒しのオーラを集めた掌を当てる。
    「今日は蹄の跡だらけは覚悟するかな」
     痛みが引くのを感じながら、架乃は影を伸ばしてペイルホースを覆い尽くす。
    「弱い灼滅者なんかにつくのは嫌?」
     フローレンツィアは、まだペイルホースを諦めず、鋼の糸を放ちながら呼びかける。
    「必要ならあなたたちの乗り手たる力があること、示してあげる」
     張り巡らされた鋼の糸は敵の動きを削ぐ結界を為す。
     だが、そこに殺意はなく、影に覆われていなかった2体のペイルホースは糸をあっさりと飛び越えてみせた。
    「敵さん……戦う気満々みたいだし……」
    「これでは、とても手綱をつけるどころではないですね」
     天嶺の呟いた言葉とペイルホースの動きに、佐那は小さく溜息を付いて、意識を切り替える。
     包帯を手綱代わりに、と考えていたが、そんな事を言っていられる状況ではなかった。
    「せめて主の元へ帰してあげたいけれど、今はアナタたちを街に放つわけにはいかないの」
     傷を負ったペイルホースを狙い、両手に集めたオーラを放つ。
    「置いてきぼりにされちゃったのは可哀想だけど、ね」
     くるみが優しい風を招いて、撥ね飛ばされた前の仲間へと吹かせる。
     駆け回るペイルホースに感情を乱され、灼滅者達は思うように攻撃を集めきれない。だが、包囲を崩さずに攻撃を重ね、ペイルホースを追い込んでいく。
     そして、その時が来る。
    「今はまだ絞首卿の奴隷にも一人じゃ勝てないわ。それでも、レンは確実に強くなってるの」
     息を荒げるペイルホースを見て、フローレンツィアは鐵の手甲に鋼の糸を仕舞うと小さな拳を握り、その前に躍り出る。
    「おっと、行かせませんよ」
    「少し、大人しくしてて貰うよ」
     残る2体は、司と架乃を先頭に合流を阻む。
    「レンを選んで間違いだった、とは言わせないわ?」
     殺意のない一撃を首に打ち込まれ、ペイルホースの黒い体躯がゆっくりと倒れていって――そのまま、塵になって消えた。

    ●軍馬の末路
     ペイルホースの蹄が、次第に朱く染まる。
    「灼滅者でも簡単には倒れないよ?」
     額から流れる血を拭いながら、架乃は手にした書物をペイルホースへと向けた。
     そこに記されたのは、彼女が見てきたソウルボードの記録。
     サイキックを否定する光を浴びたペイルホースの刻印の輝きが、僅かに弱まる。
    「ブルッ!?」
     嘶きを上げようとしたペイルホースだが、意に反して喉が震わない。
     ペイルホースは気付かない。さっきの光に紛れて、雪緒が髑髏の口から放った魔弾に撃ち抜かれていた事を。
     嘶きの代わりに響いたのは、何かが咽び泣くような小さな音。
     司の手から真っ直ぐに放たれた朱色の螺旋が、風を貫いてペイルホースの体を穿つ。
    「封印されし鬼神の力よ、顕現せよ!」
     鬼の様に巨大に変異した天嶺の拳をまともに食らい、殴り倒されたペイルホースが、そのまま力尽きて消えて行く。
     同時に、彼の後ろでドゴッと鈍い音が響いた。
     蹄の一撃を胸部に受け、崩れ落ちる蓮。
    「負ける、わけには……この戦いも、勝たないと」
     新参でも力になれると証明し、信頼を得る為には倒れていられない。
     膝に力を入れ直し蓮は立ち上がるが、ペイルホースは彼女の横を抜けて行く。
    「あなたの相手は、こっちにもいるわよ」
     距離を取っていたくるみが、ペイルホースの横に回り込んでいた。
     摩擦の炎を足に纏って飛び掛り――届く寸前、ペイルホースがいきなり曲がった。
     予想外の動きに間合いを外され、炎を纏った蹴りはペイルホースの体を浅く掠めるだけになってしまう。
    「……どう言う事?」
     首を傾げるくるみを後に、ペイルホースはそのまま元来た方、追ってくる灼滅者へと向かって走って行く。
    「どういうつもりか判らないけど、容赦はしません」
     両の拳を紫のオーラで包んだ天嶺が、真っ向からペイルホースに飛び掛る。
     此処に攻めこうとしたのが間違いの始まり。残存だからと見過ごす気はない。
    「無数の拳の前に打ち砕かれよ……」
     紫の軌跡を残して連続で叩き込んだ拳が、ペイルホースの頭鎧を叩き割る。
     更にうにょっと回り込んだ雪緒が、スライム体から拳を放ち連続で叩き込む。
    「……結局、これが眷属の運命なんだね」
     そう呟いた架乃は、小さくかぶりを振って感傷を捨てる。
     まだ戦いは終わっていない。影を操り、ペイルホースを縛り上げる。
    「今なら……」
     あちこちに残る鈍痛に耐えて、蓮が地を蹴る。
     蒼く鋭い光の刃も、熱を奪う魔術も、どちらも同じ質の攻撃ゆえに、敵に見切られているのは判っていた。
     それでも必死に突き出した光の刃は、影を振り払おうともがくペイルホースの足を貫いた。
    「ヒヒンッ!」
     それでも、ペイルホースは、まだ倒れなかった。それどころか、後ろ足で立ち上がり掲げた蹄を振り下ろして来る。
    「……っ!」
     蓮を庇った司の肩で鈍い音がした。左腕が下がり、落ちた槍がカランと音を立てる。
     痛みを堪えながら、司は小さく笑みを浮かべる。
     ペイルホースが退こうとしなかった真意を確かめる術は、ないけれど。
     最期まで向かってくるのならば、せめて矜持と全力で応えよう。敵として、灼滅者として、殺す者として。
     そうする事が、対等に生きる事になると信じて、右手で夕暮れ色の杖を当てる。
     杖からペイルホースの内に届いた司の魔力は、数秒の後に一気に爆ぜた。
     それで力尽きたペイルホースの体は、他の2体と同じく塵になり消えて行った。

    「残念ね。無様さなんてない、ステキな相手だったわ」
     認めて欲しかった、と胸中で続けて、フローレンツィアは最後にペイルホースが消えた場所を見つめる。
    「……あの人の為にも、ウチの子にしたかったです」
     佐那も未練が残っている様子だ。
    (「ハッピーエンドも、難しいわね」)
     少なからず落胆している様子の2人に、くるみは胸中で呟く。
     とは言え、誰も大きな傷を負うことなく勝てたのだ。戦果は充分だ。
    「それにしても……お咎めないとはいえ、修繕費一体いくらになるのやら……」
     中庭を見回し、架乃が溜息をつく。
     ペイルホースが走り回った影響もあって、それなりにそれなりな惨状だ。
    「ま、散らかった分の掃除と後片付けは、しっかりやりましょうか」
    「学園襲撃が繰る返されないことを祈るばかりだな……」
     スライム状態から人間姿に戻った雪緒の言葉に、天嶺が思わず疲れた声を上げた。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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