武蔵坂学園内掃討戦~タイドプールの黒猫

    作者:田島はるか


    「あっ、あれぇ……?」
     ひとりの少女が、空き教室の中で首をひねる。少女が着ているのは、フリルのたっぷりとついた黒いスカートに、これも随所にフリルやリボンのついた黒いフード付きパーカー。フードには猫耳、スカートには猫の尻尾を模した飾りがついている。モノトーンで統一されたゴスロリ風味のコーディネートを、パーカーの下に着たHKT六六六公式Tシャツが思いきりぶち壊していた。
     そんな少女――マリはわずかにドアを開け、そっと外の様子を窺う。いつの間にか周囲はずいぶんと静かになっている。撤退だ、と言われて慌てて逃げ出し、人のいない方へと逃げてきたつもり、だったのだが。
    「逃げなきゃいけないのに、建物の中に入ってどーすんのよっ、マリのバカぁ! っていうか、ココどこなのよっ?」
     できれば人の少ないルートを選んで、最短ルートで逃げ出したいが、夢中で走ってきてしまったので現在位置も分からない。仕方ない、とマリはフードを被り、足音を殺して屋上を目指す。高い場所から見れば様子も分かるだろう、というわけだ。
     屋上へと続く扉には南京錠がかかっていた。とはいえこんなものが、ダークネスたるマリの行く手を阻めるはずもない。ひょいとナイフを取り出した、次の瞬間。
     からんからん――と、二つに分かれた南京錠の残骸が床に落ちる。目にも留まらぬ早業だ。
    「ま、まぁ、見つかっちゃったらとりあえず、殺しちゃえばいいんだよねっ! うん! マリ、がんばる!」
     でも見つからずにすんだらその方がいいなぁ、と呟きながら、マリは屋上を囲む柵に近づき、おそるおそる地上の様子をうかがった。
     

    「皆のおかげで、サイキックアブソーバーは無事だったぜ。ホントすっげーよ、ありがとうな!」
     深沢・祥太(高校生エクスブレイン・dn0108)は興奮気味にそう言ってから、こほん、と咳払いをした。
    「さて……『絞首卿ボスコウ』が灼滅されて、敵の多くは学園から撤退して行ったみたいだ。でも、どうも全員が撤退できたわけじゃなくて、学園内に取り残されてるダークネス達がいるみたいなんだよ。
     ってわけで、大変な戦いの後で悪いけど、皆にはもう一仕事お願いしたいんだ。その取り残されたダークネスを、掃討してもらいたい」
     そう言って、祥太は手早く説明を始める。
    「皆に掃討してもらいたい相手は、HKT六六六の六六六人衆・マリだ。まあ所属は間違いないだろうぜ、なにせTシャツにHKTって書いてあるからなぁ。
     マリは今、ある校舎の屋上に潜伏してる。一応、屋上の端から昇降口を見張ってはいるんだが、校舎には他にも入口はあるからな。反対側にある渡り廊下の方から入れば、見つかることはないはずだぜ。こっちが屋上まで行ってしまえば、マリは開き直って応戦してくるはずだ。屋上の入口は一箇所、広さは充分にあって、周囲は柵で囲まれている。マリが柵を壊して飛び降りる可能性もないことはないけど、攻撃を受け続けてればそんな余裕はないだろうよ。
     昇降口から入ってくるのが一人や二人なら、マリは襲撃に備えて屋上で待ち構えるだろう。その場合、相手を少数だと見誤ってくれれば、多少油断もするだろうな。
     もしそれ以上の人数が昇降口から来るのを見たら、マリは即座に何らかの対応を取るだろう。こうなったらオレにもどうなるか分からないから、それは避けてほしい。
     マリの武器はナイフだ。殺人鬼と解体ナイフのサイキックと同じものを使ってくると思ってもらっていい。さすがにダークネスだから、威力は段違いだけどな。
     ちなみに性格は……あんまり頭のいい方じゃないと思うな、ありゃあ。自分のやりたいことを好きなようにやるけど、思い通りにならなかったら癇癪を起こす、って感じ。まあ、めんどくさそうなヤツだ」
     見た目も中身もガキっぽいんだよな、と祥太。
    「まあ、撤退のときにうっかり取り残されちゃってる時点で、色々とお察し下さいってところか。とはいえ、何せ相手はダークネスだ。マジメに戦えばずいぶん強いだろうし、やけっぱちになったらどうなるのか分からん。少なくとも、ナメてかかることだけはしないようにな。
     もし、どうしても勝てそうになかったら、逃げ道を作ってやるのもひとつの選択肢になるだろう。戦いと逃走、マリがどっちを優先するかは状況次第だが……まあ、そもそも、そんな選択をさせずに済むのが一番だ。
     せっかくだから、最後まできっちり始末をつけたいしな。よろしく頼むぜ」


    参加者
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    藤倉・大樹(希望導く闇の狩人・d03818)
    アストル・シュテラート(星の柩・d08011)
    十・七(コールドハート・d22973)

    ■リプレイ

    ●タイドプールの黒猫
     打ち寄せた波が引くように、戦の気配が去っていく。
     けれど、砂浜に小さな潮だまりが取り残されてしまうように、ここにも取り残された少女がひとり。
    「かわいそうですが、一網打尽にしてしまいましょう……学園を狙ったからには、罰を受けてもらいます」
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)の視線の先には、開いた扉がある。その先の渡り廊下を進めば、マリのいる隣の校舎へ、気付かれることなく潜入できるはずだ。
    「取り残されたのは、彼女自身の失態だよね。頑張ってはいるのかもしれないけど……」
     邪魔者が報いを受けるのは、仕方のないこと。早々に終わらせてしまいたい、という椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)の気持ちは、この場にいる者に限らず、ダークネスを含めた多くの者が感じていることだろう。もっとも、「どのように」終わらせるかについては、彼我の意見が一致することはないだろうが。
    「逃げ遅れの掃討と言っても、相手は格上だから油断は禁物だ。窮鼠猫を噛むとも言うしな」
     藤倉・大樹(希望導く闇の狩人・d03818)の言葉に、「そうね」と十・七(コールドハート・d22973)が小さく頷く。
    (「しかし、敵地の真ん中で『とりあえず殺せばいい』とか、いい度胸してる……というか、怯えてるのかいないのかどっちよ、こいつ」)
     どちらにせよ、大樹の言う通り相手は格上だ。油断する隙も、情けをかける余裕もありはしないだろう。
    「時間です」
     時計から顔を上げ、村上・忍(龍眼の忍び・d01475)が告げる。
    「うッし、祭りの後は撤収作業ッてな。さー逃げ遅れたうッかりサンはキッチリ片付けちャいましョうねー!」
     ニッ、と笑った楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)は、足音を殺してそっと渡り廊下へ踏み出した。

     フードを深く被り直して、マリは屋上から辺りの様子を窺っていた。
     眼下に灼滅者が二人。少年と少女だ。周囲に視線を走らせながら、警戒した面持ちでやって来る。それぞれどこか雰囲気の似た、夜空を思わせる星と月の杖を手にしていたが、おそらくその戦闘スタイルは正反対。少年が前衛で少女が後衛、とマリは予想する。
    「うへぇ、こっち来ちゃったよぉ……って、ヤバっ! 入ってきた!」
     二人は顔を上げなかったから、おそらくマリの存在には気付いていないだろう。今のうちに逃げるか、と一瞬考えたが、結局はそのままやり過ごすことに決める。
     もしも屋上までやって来られたら、その時は殺すのみ。
    「相手はたった二人だし、うん、マリならやれるっ!」

     昇降口に踏み込んで、アストル・シュテラート(星の柩・d08011)は小さく息を吐いた。気付かないフリ、というのも案外難しいものだ。浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)と頷き交わし、階段へと向かう。
    「できるなら、逃げてくれてた方がよかった気もするけど……でも野放しも危ないし、見つけちゃったからには、戦わなきゃだよね……」
     複雑な表情で、菜月はぽつりと言葉を漏らす。
    「分かり合えたら、どんなに良いだろうね」
     アストルの言葉に、菜月は思わず目を見開く。
    「それでも……未来の不安を、今、摘み取る事が、僕達に出来る最善なのだと……そう、信じてる」
     囁くように紡がれる言葉に、菜月もそっと頷いた。
    「だから、僕は、彼女を倒すよ。少しでも、未来で涙する人が減ることを信じて」
     自分に言い聞かせるかのように、アストルは呟き、歩を進める。
     階段を一階分上がったその先には、仲間達の姿があった。

     全員が揃っていることを確認し、灼滅者たちは屋上へと向かう。菜月とアストルを除いた面々は、足音の立たないような靴を選び、できるだけ気配を殺して階段を上る。
     マリからすれば、昇降口の二人がそのまま上ってきたように聞こえるだろう。
     屋上への扉のカギは壊れている。扉そのものが破壊されていなかったのは、運が良かったと言えるだろう。
     行くよ、と口の形で伝え、アストルは扉を開け放った。

    ●計算外のお客様
    「ふふん、これでもくら……えっ? えぇっ!?」
     屋上にマリの間の抜けた声が響く。
     一つ目の「えっ」は、不意打ちのつもりで放った一撃がアストルの杖で受けられたことに対して。二つ目の「ええっ」は、彼の後から次々に飛び出してきた灼滅者たちに対して。
     次の瞬間、ひらりと人影が舞って、マリの頭上を飛び越え背後を取る。
    「こンばンはァ、アンコールライブ会場はココDEATHかァ?」
     人影――盾衛の茶化すような声に、マリはムッとした顔で「あんた誰っ!?」と叫ぶ。同時に、彼女の全身から粘つくようなどす黒い殺気が吹き出した。
     そのまま再びナイフを振るおうとしたのもつかの間。
    「貴方の魂に、優しき眠りの旅を」
     扉から飛び出してきた翡翠が、武器の柄で軽く裾を押さえつつ、すくい上げるような蹴りを一発。炎を纏ったその一撃に、マリは「熱っ」と顔をしかめた。
    「隠れんぼは、おしまい。――逃がしたりしないよ」
     アストルの言葉を聞いて、「騙したわねっ!」とマリが吼えた。ようやく彼女も、彼らが囮だったことに気付いたようだ。
    「逃がさないわ」
     マリを屋上の端から引き離すように陣取りながら、七が縛霊手を叩きつける。霊力の網に捕らえられ、マリが小さくつんのめった。
    「こんなところに逃げ込むなんて、高いところが好きなのかな?」
     奏の構える白亜の斧槍が、纏う炎を反射して煌めく。
    「なァる、ナントカと煙は高いトコが好き、なンつッてなァ!」
    「ちっ、違うしっ! マリはこれでもHKTで一番の殺人アイドルになる予定なんだからねっ! おバカキャラなんてもう古いんだからねっ!」
    「そう? 俺からすれば、逃げ道の無いこんな場所に逃げ込むのは滑稽だけど」
     切っ先をすんでのところで避け、マリは大きく跳び退る。再び一瞬でその場を離れたのは、忍の鬼神変による一撃を避けるため。
    「まあ、そう言わずに。建物に潜むのは別に間違いではありませんよ? 周囲を見て適宜逃げ出す判断力さえあればね」
    「う、うるさいっ! そっちが騙したのが悪いんじゃん!」
    「潜伏するときに、周辺を確認していなかったとは大変よろしくありませんね。少し調べれば、入口は複数あると判った筈です」
     楽しそうに嬲るわけでも、怒りに任せて叫ぶわけでもなく、ただ事実を述べるような忍の声。
    「殺しはプロでも、戦いは素人ですね」
    「なっ!」
     絶句したマリの背後から、大樹の鞭剣が襲いかかる。「はにゃっ」と悲鳴を上げて転がるようにそれを避け、マリは飛び起きざまに低い姿勢から周囲を窺う。
    「二人と思ッたら八人、ねェ今どンな気持ちィ?」
     盾衛が弾く深紅の弓弦。思わず身構えるマリだったが、漆黒の弓が放つのは味方に力を与える癒しの矢。一見ヘラヘラと感情任せに戦っているようで、その底に透ける理性の匂いが、マリの神経を妙に逆撫でする。
    「そうねぇ! マリ、みーんな纏めて殺しちゃいたい気分よっ!」
     ぎり、と奥歯を噛んでマリは状況を確認する。元々ターゲットにするはずだった少年と少女は、やはり予想通りの戦い方。あの少女の回復が追いつかないほどに攻撃を加えるか、あるいは先に回復役を潰すか。一瞬考えて、マリは前者を選択した。これで足りないようなら次は後者、と考えながらナイフを構える。
    「そうよっ! この公式Tシャツにかけて! ハリキッテ殺し隊っ!」
     手の中でくるくるとナイフを回転させ、逆手に構えて空を切り裂く。直後に吹き荒れるのは、体温のように生ぬるい、血の匂いを帯びた毒の竜巻。
    「このくらいで、倒れたりしない」
     アストルの振るう杖の軌跡は、さながら厚い黒雲の合間から煌めく夜空が覗くよう。流し込まれた魔力の爆発に、マリは息を詰まらせる。
    「こちらも全力で行きます……覚悟はいいですか?」
     その翡翠の声は、マリの頭上から降ってきた。兎のように軽やかなジャンプと、冗談のように巨大な大刀。その影でふわりと揺れる翡翠色はもはやマリの目には入らない。炎を纏った武骨な大刀が閃き、マリのパーカーを大きく斬り裂く。だがどうやら捉えられたのはパーカーだけらしく、マリは「危なかった! 死ぬかと思ったーっ!」と叫びながら肩で息をしている。
    「実力はある程度あるのかもしれないけど……大人数の敵がいる場所で、一人で行動するのは間違いだよ」
     奏が防護符を放ち、忍の傷を癒す。そう、仲間さえいれば、回復だってこの通り。
    「ま、マリだって、こんなトコで一人になりたくてなったわけじゃ……あ、ちっ、違うよ! 別に迷子とかじゃないよっ!」
     不意に背中に痛みを感じ、マリはハッと振り返る。いつの間に接近していたのか、そこには七の姿があった。ヒットアンドアウェイ、即座に距離を開ける七の表情が、「ああ、勇敢なんじゃなくて、ただのバカだったのね……」と雄弁に物語っているような気がした。
    「あー、もうヤダっ! 誰か! 誰か来……って、ダメだっ! ここ敵のアジトだったーっ!」
    「どちらにしても、誰も来ないよ」
     押し殺したような、菜月の声。彼女のサウンドシャッターは、この戦場の音を外に漏らさない。
     そんな菜月の視線は、大樹と戦場の間を揺れ動く。
    (「だめ、私は……みんなの回復役だもん……っ!」)
     今の攻撃で大樹が傷ついたことは分かっている。すぐ彼のそばに駆け寄って、その傷を癒したい。もちろん、戦場には他にも傷ついている仲間がいる。こんな気持ちがワガママなのは分かっているし、実際にそんな独り善がりの行動はしないけれど、それでも心がぎゅっと締め付けられるのは確かだ。
     大樹はそんな菜月に一瞬視線を向けて、大きく息を吸い。
    「そうだ! じたばたしても無駄だぞ。後の禍根を残さないためにも、ここで全力で討ち取らせてもらう!」
     俺は大丈夫、と菜月に伝えるように、刀を構えて力強く叫んだ。

    ●遠く険しいアイドルへの道
    「案外しぶといなぁ……」
     マリの口から漏れる、そんな呟き。
    「もうっ、ホントありえないよぉ」
     今さら逃げだそうにも、入口にもフェンスの側にも灼滅者が陣取っている。最初に灼滅者を見た時点で、屋根を伝ってでも逃げ出せば良かった、などと思っても後の祭り。
    「キャー受け止めてHKTチャーン!」
     高々とジャンプした盾衛が、長巻を大上段に振りかぶる。
    「うにゃーっ! バカにするなーっ!」
     マリは受け止めようと両腕を広げ、寸前でひょいと腕を引く。小学生じみた行動だが、盾衛には当然の如く予想済みだ。地面に転がったと見せかけて、長巻の柄でマリの左足を狙う。仕込み刃が見事にヒットし、マリは「むぎゃっ」と少女らしからぬ悲鳴を上げた。これがダークネスでなければ、足首ごと飛ばされていたのではないかと思える一撃。
    「何なのもうっ! こんな女の子一人に大人数で、ひどいと思わないのっ!?」
    「思わないわ」
     七の声と共に浴びせられる冷気のつらら。「冷たっ! 熱っ!」とマリが騒いでいるのは、その服のあちこちに火が回っているせいだろう。
    「さっきから、ずるいだの騙しただのと言ってるけど、俺たちが一対一で挑む理由なんて一つもないよね」
     カチリと歯車の音が響き、炎を纏う奏の斧槍が突き出される。その一撃をナイフで逸らし、マリはぜいぜいと息をついた。
    「ゲハッハァ、コイツは燃えるステージ演出だなァ!」
    「余計なお世話よっ! 絶対に、みんな殺してやるんだからっ!」
     一声叫び、毒を含んだ竜巻を巻き起こすマリ。大樹がその行動を読んだかのように踏み込んで仲間を庇う。アストルが吹かせた清めの風が、竜巻の残滓を吹き払うように広がった。
    「殺す心算で来るのなら、殺される心算も持っていらっしゃい。貴女も他人に容赦しなかったのですから、こちらも容赦はできません」
     縛霊手がマリに襲いかかる。力強い攻撃。正面から、マリと忍の目が合う。
     憎しみを煮えたぎらせるマリとは対照的に、忍の瞳に憎しみの色はない。氷のように感情を持たず、ただ粛々と、未来のために殺す。いや違う。感情がないわけではない。これは憐れみか。
     そしてふとマリは気付いた。彼女の青い瞳が宿す憐れみの色は、自分だけでなく彼女自身にも向けられているのだと。
    「どうして」
     呟かれたその言葉を聞き取れたのは、忍だけだっただろう。
     ――己も一度は堕ちて、妹を殺めたから。
     そんな忍の思いこそ知ることはなかったが、マリはそこに、何かを見たのだろう。
     そしてまた、その憐れみを抱きながら、己を殺さず生き続ける彼女の決意も。

    「猫さんでも、ここは猟場にならなかったようですね」
     翡翠が大刀を振り上げる。七と奏の影業が屋上のコンクリートを走る。
    「嘘、でしょ、マリが……こんな、所で……」
     信じられない、という顔のマリ。
    「私達に出来るのは、せめて貴女の名を覚えていてあげる事だけです」
     それは、アイドルとしては幸運な最後だと言えるのかもしれない。
     最後の情けとばかりに、盾衛もまた長巻を掲げた。
    「ほいカーテンコールだ。――ンじャ、あばよ」

    ●祭りのあと
     あー、と疲れた声を上げて、盾衛がどっかりと腰を下ろす。
    「今日はもう閉店、マジで」
     校内には、まだいくらかの敵が残っているのかもしれない。けれどその敵も、今ごろは別の灼滅者たちによって討伐されているはずだ。
     これでようやく、学園での戦いも終わり。
     気がつけば空には星が出ていた。アストルがぼんやりとその星を眺めている。

    「助けてあげられなくて……ごめんね……」
     マリが灼滅されたその場所で、菜月はそっと祈りを捧げる。
     放っておけばさらなる被害が出てしまうのだろうということは、理解しているつもりだ。けれど、それでも、こうしていると涙が溢れそうになる。
     そんな菜月の背を、大樹が優しく撫でた。
    (「それでも……俺は菜月を傷付ける敵にまで、優しくなれないからな」)
     だからこそ余計に、彼女のこの優しさを、愛おしく思う。

    「マリさんも、もう少し大人になって下さって、あんな戦いに手を貸さなければまだアイドルでいられたのかもですね」
    「殺人アイドルだっけ? 続けられても迷惑だけどね」
     翡翠の呟きに、奏が少し困ったような笑みを零す。
    「大人になっていたら……ですか」
     ぽつり、と忍が呟く。なぜかハッと翡翠が豊かな胸元を押さえた。
    「あっ、私はまだ色々と子供ですからね! 色々と!」
     ヤベェ、この話題にツッコミ入れたらセクハラかなァ、などと盾衛が思っていると、それまでさほど興味もなさそうにしていた七が唐突に口を開く。
    「見た目なら、狩野も充分大人らしく見えるけど」
    「そっ、そう、でしょうか……」
     恥ずかしそうにしている翡翠の周りに、誰からともなく笑い声が漏れる。
     気付けば、校内を満たす騒がしさは、いつの間にかどこかゆったりとした、安心したような空気へと変わっていた。

    作者:田島はるか 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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