武蔵坂学園内掃討戦~追う者、追われる者

    「ううううう~……」
     唸る声がする。
     学生食堂の片隅で、幼さの残る顔立ちの小柄な少女がうずくまっていた。
    「どうして? どうして? なんでこんなことになってるの?」
     いっぱい強い人がいて、いっぱい戦って。でも強い人は負けちゃって。
     逃げようと思ったのにあっちにもこっちにも敵がいっぱいいて、気が付けば、こんなところに迷い込んじゃって。
     外に出れない。逃げられない。
    「た、戦うの? 敵がいっぱいいるのに?」
     古びた書物を手に自問自答を繰り返す。そうしていても埒が明かないのは彼女も分かっていた。
     空いている手でぎゅっとTシャツを掴んで、きゅっと目をつぶる。
    「ま、負けないの。負けないの。もう逃げないの」
     どうせこのまま逃げ続けても、いつか敵に見つかっちゃう。
     だったら、いっそ戦ったほうがマシ。……こわいけど。
    「が、がんばるのよ!」
     淫魔は腰に佩いた鞭剣に触れて自らを鼓舞し、敵――灼滅者と戦う準備を始めた。
     
    「まずは、爵位級ヴァンパイアの襲撃を防ぎきり、サイキックアブソーバーを守ってくださったことを感謝します」
     ふわりと微笑み、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が集まった灼滅者たちに頭を下げる。
     だが、次いで上げたその顔には、柔らかさの中に緊張があった。
    「作戦が失敗したことで、多くの戦力は爵位級ヴァンパイアと共に撤退していきました。ですが、一部のダークネスがこの武蔵坂学園に取り残され、校舎内や校内の施設に籠城、或いは潜伏しています」
    「討ち漏らしがあったのは把握していたが、校舎内にいるとなると厄介だな」
     今は眼鏡を外し、白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)は溜息をつくように口にした。
     彼女の言葉にエクスブレインはそっと頷き、
    「ええ……ですから、皆さんには学園内の残敵を掃討するための作戦をお願いします」
     言って机の上に出したのは、学園内の見取り図だ。
     そのうちの一点を指し示し、
    「淫魔の灼滅をお願いします。彼女はここ、学生食堂に潜伏しているようですね」
    「またなんでそんなところに……」
    「逃げ回っているうちに迷子になってしまったみたいなんです」
    「……迷子?」
     灼滅者たちの怪訝な表情に姫子はくすりと笑って、この学園は広いですから、と。
     まあ確かにこの学園は広いけど、と納得する灼滅者たちに、エクスブレインはいくつかの資料を並べた。
    「彼女はサウンドソルジャーと同等の力を持ち、それから書物と鞭剣を武器としています。テーブルや椅子を積み重ねていくつも遮蔽物を作り、小柄な体を隠しながら攻撃してくるでしょう」
     魔導書とウロボロスブレイド相当の攻撃をしてくるからには、それなりの対処が必要になるだろう。
     それに、学生食堂はそれなりの広さがある。遮蔽物に気を取られているうちに逃げられてしまう可能性もないとは言い切れない。
    「敵の外見は?」
    「実際の年齢は分かりませんが、見た目は長い栗色の髪を腰まで伸ばしたコケティッシュな雰囲気の、ローティーンの少女ですね。性格は臆病ですが、いざとなったら何をするか分かりません」
     ただでさえ追い詰められた状況だ。相手がひとりだからと油断していると痛い目に遭うだろう。
     そして、どんなに弱く見えようとも相手はダークネス。決して弱い存在ではない。
    「それに、」
    「それに?」
    「彼女はHKT六六六のTシャツを着ています」
    「……Tシャツ?」
    「はい。ちょっと大きめで、いわゆる彼シャツワンピ風の服装ですね」
     真面目に説明されるには少々場違いな言葉に灼滅者たちは視線を交わしあい、ああ、と遥凪が声をこぼす。
    「ゆったりしたシャツをワンピース風に着て、下はショートパンツとかと合わせるっていうスタイルだな」
    「そんな感じの服装ですね。履いているかは分かりませんが」
     履いていない場合は問題だ。
    「戦いの後に、すぐまた戦いをお願いしてしまうことになりますが……よろしくお願いします」
     申し訳なさそうにそっと頭を下げるエクスブレインに遥凪は笑う。
    「それが私たちの役目だ。……そうだろう?」
     信頼を寄せる笑みを浮かべて灼滅者たちに問うと、力強い首肯が応える。
     それを見て姫子も微笑み、気をつけて、と灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)
    上河・水華(歌姫と共に歩む道・d01954)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    風祭・爆(凶悪灼滅者・d05984)
    鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759)
    斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)
    御影・彩香(陽炎の残響・d20804)
    一色・紅染(料峭たる異風・d21025)

    ■リプレイ


     多数対多数の戦いを終えた校舎内には、秋が訪れても名残惜しげに鳴くセミの声が、かすかに外から聞こえてくる。
     まったく静かと言うほどではないが、先ほどまでの喧騒に比べればひっそりとしていた。
     ちりちり。かたかた。何かが触れ合う音が聞こえる学生食堂の中を窺い見ると、エクスブレインからの情報通り、室内にはテーブルや椅子が積み重ねられた遮蔽物がいくつか見受けられる。
     気遣ったのか、壊したり無理矢理につなげたりといった強引な手段で仕立てられたようには見えないそれらはご丁寧に足元まで見えないように考えられて組み合わされており、動く姿どころか気配すら見ただけでは分からず、呼吸、衣擦れといった些細な音は聞こえない。
     このうちのどれかに、淫魔は隠れて潜んでいるのだろう。入り口付近には進路妨害のためか、申し訳程度にゴミ箱が並べられていた。
     様子見をしていても埒が明かない。灼滅者たちは視線を交わし、合図とともに突入する。
     巨漢の風祭・爆(凶悪灼滅者・d05984)と小柄なリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)の対照的なふたりが率先して率先して遮蔽物を破壊或いは移動させ、彼らに続いて黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)も窓や出入口と言った逃走経路となりうる場所へと投げる。
    「後で怒られそうだな……」
     早々の惨状に白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)が斬艦刀を手に息を呑むと、学園施設の損害? と、爆は重厚なガトリングガンを手に彼女を振り返った。
    「フン! 正義の為の必要経費だろうがよ! 派手に行くぜ!」
     グァーッハッハッハッハッハァ!! 行動と同じく派手に笑い声を上げる。
     学生食堂の状況に溜息をついて鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759)は辺りを見回し、御影・彩香(陽炎の残響・d20804)が音の正体に気付く。
    「……?」
     銀盆やボウルといった食器が紐であちこちにくくられ、それが空調からの風や破壊の振動で触れ合い揺れていた。何の意味があるのだろうか。
     と。ふわと甘い香りがほのかにする。グルマン系のパフュームに似たその香りの方向を見定め、
    「そこだ! スターゲイザー!」
     床を蹴り、エアシューズから炎を噴かし飛んで斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)が流星の勢いで遮蔽物へと蹴りを叩き込む。
     からぁんっ……
     崩れる音に混ざって、食器が跳ね飛んだ。薄い欠片が散る。
     甘い香り。理由を知り、一色・紅染(料峭たる異風・d21025)はじっと見つめた。
    「べっこうあめ……?」
     名の通り、鼈甲色になるまで砂糖水を加熱して作るそれ。作り方次第ではカラメルともなる。甘い香りのノートに偽装したそれは、調理場も兼ねた給食場だからこそ可能な目くらまし、否鼻くらましか。
    「手の込んだごまかしだな」
     呻きながらも、上河・水華(歌姫と共に歩む道・d01954)は敵を捉えられないかと視線を巡らせた。
    「HKT六六六ってのは、戦い方も臆病でダサいの? ま、存在がダサいんじゃ仕方ないわね」
     姿の見えない相手を彩香が挑発するがやはり反応はない。
     と。ゆらり揺れた銀盆に影が映る。おぼろげなそれは目標かと水華が見やれば、同じく敵の気配を探る少女に行き着き。
     つまり、この食器は――、
    「気を付けろ、向こうはこちらの動きを把握しているぞ!」
    「!」
     鋭い声にはっと気付く。が、遅い。
     じゃっ! 歪な音と共に刃が奔り彩香を襲う。彼女が注意していた窓やドア周辺ではなく、『彼女に近い場所』から。
     避けるには間に合わない。防げるか? 否、不意を突かれる形で対応が遅れた。
    「彩香さん!」
     一撃が届く寸前、長い髪を揺らして伶が彼女と刃の間に滑り込む。凶刃を体で受け止める形になり、ばっと白衣に緋が散る。
    「っつ……大丈夫ですか?」
    「え、ええ……ありがとう……」
     鼻を衝く血臭に動揺しながらも礼を告げる彼女を庇って立ち、鞭撃の迸った方向を見据え。
     幼さの残る顔立ちの少女が怯えた表情を浮かべ、遮蔽物の向こうからこちらを覗いているのを確かめた。
    「馬ァ鹿が! 死ね!」
     凶悪な笑みを浮かべて爆が胡椒を投げつけると、ばっと散る粉から逃げて少女は栗色の髪を踊らせ陰に隠れる。
    「こ、胡椒とモップと柱時計を武器にするのは悪い人なの……!」
     遮蔽物の向こうから抗議の声が上がった。
     胡椒爆撃を食らっても、バベルの鎖のために直接的なダメージを受けることはないが、それでも食らうのはダークネスでも避けたいところだろう。
     灼滅者たちが遮蔽物を、或いはそれごと敵を攻撃しようとするたびに淫魔は別の遮蔽物の陰に隠れ、隙を突いて攻撃を仕掛けてくる。
    「モグラ叩きに付き合う義理はないのよ……っ!」
     一番近い場所に向けてリュシールは遮蔽物を追いやり逃走阻害のための壁を作る。そこへ玖耀が激しい音と共に弾丸を叩き込み、水華の鞭刃にひと薙ぎに破壊された。
    「好き勝手やってくれたな……代償はその命で払って貰うぞ」
     敵地に攻め込んできて逃げ遅れたダークネスに同情の余地はない。
     遮蔽物へ向けて武器を構え言う玖耀の言葉に応えたのは、
    「だって、みんなで私を殺しに来たんでしょう!?」
     責める言葉に数人の表情が翳る。
     相手はひとり。対してこちらは、9人に加えてサポートがいる。相手はダークネスと言えど、多勢に無勢というにもほどがあった。
    「それがどうした?」
     すっと拳を構えて歩が言う。
     これまで多くの敵と殺り合ってきた。
     人に住処を犯された炎獣、拳を交わし思いを伝え合った狂拳士、作戦とはいえ直前まで笑顔を交わした少女も、灼かれる瞬間に自分の音を思い出した淫魔もいた。
    「(だから俺は躊躇わない)」
     同情してはいけない。だが、無情ではない。
    「いつまでも校内にいられたら落ち着かないわ」
     おびえた様子の少女に、彩香が数の優位と相手の見た目も相まってかなり強気に出た。
    「悪いけど、ここまで攻め込んだのが運の尽きね。きっちり灼滅させてもらうわ」
     絶対逃がさないわよ、観念しなさい。言う彼女にちらと遮蔽物の向こうから顔を覗かせたダークネスへ、歩はウインクする。
    「やあ迷子の子猫ちゃん、ステージを始めようか?」
    「……ステージ?」
    「俺の炎舞に惚れるなよ?」
     不敵に笑って床を蹴り一気に間合いを詰め、炎を纏った拳を叩き込む。すらりとした背丈を活かしたリーチで振るう炎撃を、同じく小柄な背丈を活かしてかわす。
     初めに見せた怯えた様子はかき消え、あどけないその顔にあるのは真摯な、敵対者としての表情。
    「残念、戦の延長じゃなかったらそれこそ食堂で一緒にランチでもよかったんだが」
     ま、覚悟はもう決めてるよな、お互いに。
     歩の不敵な笑みに、ダークネスはかすかにも表情を揺るがさない。
    「それが戦いだって、分かってたの」
     ゆったりとしたTシャツの胸、古い書物を持つ手が震えていた。
     ざっ、とエアシューズのローラーを鳴らし、紅染の炎を纏った蹴撃が躍る。ぎりぎりのところで攻撃をかわし、少女は再びさっと遮蔽物の陰へと身を隠す。
    「攻撃したくはないですが、これも作戦……申し訳ありません」
     元より女性を傷付けることを好まない伶には、いささかやりづらい相手だった。
    「(大量破壊等してないので気が引けますが作戦ですから仕方ありませんよね)」
     むしろこちらがテーブルやら椅子やらを破壊してしまっているので、一見すればこちらのほうに非があるのだが。
     事情を説明すれば諸先生方も分かってくれるだろう。多分。
     気を取り直し、殺気を以て刃と為す。ふっと息を吐き、ぞんっ! と足元から遮蔽物ごと斬り裂くと、瓦礫と化す中書物を手にしてまっすぐ前を見つめる少女と目が合った。
     ざらりとのたうつ鞭剣。狙うのは伶、ではない。
     空を裂く勢いで疾った先は玖耀。攻撃を遮ろうとリュシールが躍り出るも、巧妙に彼女を避けて獲物を狙う。
     自身を襲う鞭剣を防ぎきれずその刃に絡め取られ、ぎぢぎぢとその身に血を滲ませた。
    「くっ……!」
     防御から転じてリュシールは天星弓に矢をつがえた。きり、と引き絞った矢はためらいなく少女を射んと駆け、解放と引き換えに鞭剣の一閃で打ち防がれる。
     短く礼を言い、後方で警戒していた興守・理利(明鏡の途・d23317)の回復を受けながら玖耀がバトルオーラを集中させる。放たれた闘気は強かに少女を撃ち、短い悲鳴が耳を打った。
    「俺達を倒した所でどうなる、まだ沢山の灼滅者がここに居るぞ」
     灼滅者たちを見据えるダークネスへ、水華が話しかける。個人的に灼滅に抵抗があるのもあったが、声をかけることで相手のペースを崩すことを狙うつもりだった。
    「投降するのであれば俺は悪くするつもりは無い、できればそうしてほしい」
    「きれいごとを言うのね」
     ダメで元々のつもりで告げた投降勧告は即座に切り捨てられた。
    「私だから言うんでしょう? それともあなたたちは、敵対するたびにそんなことを言うの?」
     ゆっくりと。口元に薄く笑みを浮かべてダークネスは言う。書物を持つ手の震えは収まっていない。
    「大勢と戦う事が怖いのに何故、HKTに参加したんですか?」
     伶も問うた。彼もまた、できるならば灼滅せずにおきたいと思っていた。
    「戦いが怖いのに戦争に参加して校内へ入ってしまったんですかっ!」
    「その答えを知ってどうするの!?」
     鋭い叱責を拒絶と知り、説得を諦め水華は契約の指輪へと魔力を込める。撃ち放たれた弾丸を身を翻してかわし、淫魔は床を踏みしめた。
    「……ならどうしてHKTなんかと一緒に来ちゃったの? 殺す心算で学校に来ちゃったのよ……大人しくしてれば良かったじゃない! 私認めたばかりなのよ、嫌いきれないダークネスもいるって……余計に腹立つわよ、馬鹿っ!」
     ダークネスによって両親親類を失ったリュシールは、家族の為にも憎みたい。でも、同じ芸術の道にいて、同じ様に笑ったり一生懸命になられて、アイドル淫魔たちを嫌いきれなかった。
     先の戦争でもそうだ。ダークネスであるラブリンスターへの好意は、隠しきれない本心。
     家族に申し訳なく、自分に腹が立ち。それでも人間の誇りに背を向けられず。
     大きな瞳に薄く涙を浮かべる灼滅者を、少女の姿をした淫魔は寂しげに見つめた。だが、何も言わない。
    「話すだけ無駄だぜェ! こいつはとっくに覚悟を決めちまっているんだからなァ!」
     巨体を揺らして爆が吼え、剛腕を振るい強烈な一撃を叩き込む。ダークネスはTシャツの裾をゆるくなびかせて受け流し、彩香の奔らせた影をいなして見せた。
     つ、と。その頬を汗が伝う。気温も下がり、空調も効いているのに?
    「(……ちょっと、かわいそう、に、思い、ます)」
     表情に乏しい面の中、寂しげな色を映して紅染は少女を見つめる。
     でも。
    「……学園、大事な、人、いっぱい、います。そこで、戦うって、決めたの、なら、敵、です」
     ひとつずつ言い聞かせるように口にする灼滅者を、淫魔は鞭剣を手に一瞥する。
    「……倒して、みんな、守り、ます」
     静かな言葉と共に、柔和ながら鋭い槍、一尾を振るう。勢いよく繰り出される旋撃を鞭剣で受け止め、柔らかな笑みが応えた。
     躊躇う必要はない。

     今まで以上に加減なく、全力で力がぶつかり合う。
     多勢に無勢とはいえ、ダークネスの実力は灼滅者を圧倒するに余りある。だが、いかに強かろうとも相手はひとり。
     加えて遮蔽物が徐々に取り除かれ、数の不利を補うことができない淫魔は次第に体力を削られていく。
    「……あ!?」
     激しい射撃から逃れようと自身が作った遮蔽物を探し、隠れることができないと気付いて咄嗟に回避しようとするが遅すぎた。
     がががががががっ!!!!
    「ひにゃあっ……!!」
     もろに直撃を食らい、悲鳴を上げて床に転がる。
    「……なんかいた」
     淡々と撤去作業を続けていた凪原・水奈(ディープブルーバウンド・d28145)が、伏せたダークネスを示す。
     逃げようにも紅羽・流希(挑戦者・d10975)と永星・にあ(紫氷・d24441)に退路を潰され、一切の救いはない。
     呻いて立ち上がろうとする少女へレティシア・ホワイトローズ(白薔薇の君・d29874)の影業が襲い掛かり縛りつけ、振り払おうと足掻くその表情が凍った。
    「グヒヒ! 悪い子にはタップリお仕置きしてやらねェとなァ~」
    「ひ……」
     凶暴な笑みを浮かべた爆に長い髪を掴まれ、恐怖に息を呑む。
     これからどのような凶行をされるのか……少女が想像する間もなく、空いた拳が容赦なく叩き込まれた。
    「悪い子だ! 悪い子だ! 悪い子だ!」
    「っぎ! がっ! ぃげっ!」
     鈍い音と共に乱打され、淫魔は潰れた蛙に似た音を吐き、解放されれば糸の切れた操り人形のように膝を突く。
     かはっ、かふ、と身体を折り曲げて血を吐き、力を振り絞ってよろよろと立ち上がる。
     血にまみれ満身創痍で、立っているだけでも辛いのだろう。苦しげに顔を歪めながらしっかりと灼滅者たちを見据えていた。
     ふと。
    「ねえ……私はリュシール、あなた名前は?」
     リュシールが問う。
    「名前! 知らないとお互いに思い出してあげられないでしょ!」
    「教えてくれてもいいんじゃないかなぁん?」
     戦闘を支援していたミィナ・セレイユ(夢蛍・d27975)も促すと、
    「私はこの学校で戦い、負けて灼滅されるダークネス。それ以外にないの」
     きゅ、とTシャツを掴み、淫魔は傷付いた書物を空いた片手で開いて記された呪式を呼び起こす。
     前衛に狙いを定めて放たれた禁呪が爆発し、炎熱が灼滅者たちを襲うがすぐに治癒されその役を為さない。
    「拳と剣のコラボ、乗ってくれるかいレディ?」
     協撃に誘う歩に、遥凪は頷いて斬艦刀を構えた。
     距離を詰める間に左右に分かれ、彼から先に仕掛ける。同方向から同時に攻撃を仕掛けてくると判じていた淫魔は予想を裏切られる形となり、どちらから先に対処すべきかの判断に迷う。
    「レディファーストも大事だけど、リードも忘れちゃダメなのさ」
     自信に満ちた笑みを浮かべ、
    「俺に応えな、起源の拳士と潜在の中の炎獣! 紅雷撃!」
     赤い雷を呼び纏い、腹部を貫くように拳を突き出す。
     迷わず、狙い過たず穿たれた一撃に裂帛の声が響き、長大な刃がそれを断ち切った。
     少しの間をおいてそっと拳を引き抜き、丁重に少女の身体を寝かせる。
    「結局、顔を狙えないとは俺もまだ覚悟が甘いな」
     自嘲気味に独白し、歩は少女の頬を撫でた。
    「すまんな、俺達もここで散る訳にはいかんのだ……」
     悔恨を含み黙祷を捧げる水華に紅染も静かに目を伏せる。
     今度こそ。戦争は終わった。


    「うむ、面倒な輩であったが、皆ご苦労であったな。褒めて遣わすぞ」
     なぜかレティシアから褒められ、灼滅者たちはそれぞれに視線を交わす。確かに面倒な相手ではあった。
    「化野、ありがとう」
     メディックとして戦闘を支援していた化野・十四行(徒人・d21790)に紅染が礼を言う。
     サポートで同行した灼滅者たちは戦闘以外にもダークネスの逃走の警戒にあたり、それもあって優位な状況で灼滅が達成できた。
    「ラブリンスターさんの下についていれば、無駄に争う事も少なかったはずなのに……」
     そっと息を吐き、伶が呟く。
     立ち位置が違っていただけで、彼女たちとは大きく異なる結末を迎えることになった。
     戦うしかなかった。灼滅するしかなかったのだ。
    「出会う場所が違えば、友となれたかもしれませんね」
     たとえ一時のことであっても、ダークネスと共闘することができたのだから。
     ダークネスとの友情など、真実に存在するのだろうか――
    「……さて」
     ふう、と溜息をつく。
    「これは片づけも手間になりそうだな……」
     学生食堂内を見回しどこか引きつった表情の水華に、灼滅者たち、否学生たちも嘆息する。
     遮蔽物として利用された家具の多くは破壊され、どう頑張っても新調する以外になさそうだ。
    「こんなに滅茶苦茶にして、後は人任せってのは間違ってると思います」
    「うっ……」
     伶の言葉に遥凪が呻く。
     とは言っても、完全にきれいにするのは学生たちだけでは難しそうだ。できるだけのことをしよう。
    「本格的な修理は専門の業者さんなどにお任せするとして、壊れた椅子や机を外に運び出しておきましょうか」
    「そうですね、それくらいなら私たちでもできますし」
     玖耀の提案にリュシールも頷き、掃除道具を取りに駆けていく。
    「いいじゃねェか! 学園だって破壊されることくらい承知だろうが!」
    「このまま放っておくわけにもいかないでしょう」
     爆が抗議するがたしなめられ、歩と彩香はそれぞれに溜息をついた。

     かくして。
     平穏を武蔵坂学園に取り戻し、灼滅者たちは次の戦いまでのささやかな日常を取り戻したのだった。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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