武蔵坂学園内掃討戦~体育倉庫に咲く花の名は

    作者:飛翔優

    ●朱雀門高校のヴァンパイア・風祭香織
     逃げ出すタイミングを逸した事に気付いたのは、武蔵坂学園内が勝利の勝鬨に満ちた時。慌てて物陰に隠れ、人目を忍んで体育倉庫へとたどり着いた朱雀門高校のヴァンパイア風祭香織は、高跳び用のマットに腰掛け静かなため息を吐き出した。
    「しくじったわね。もう少し早く逃げるつもりだったのに……」
     戦いの熱に飲まれていたのだろう、というのが自己判断。
     ならばどうするべきかと、艶やかな黒髪を軽く整えながら思考を巡らせていく。
    「……今から逃げるにも策は必要ね。まずは一般人の男を探して、籠絡して盾と人質になってもらって……」
     あるいは、一般人を人質にした上での強行突破だろうか? もっとも、早々上手くは行かないだろうし、策が始まるまでに発見されてしまったならば全ては無駄。己の力のみで、灼滅者たちの群れを突破しなければならないのだけれども……。

    ●サイキックアブソーバー強奪作戦終了後の教室にて
    「皆さん、お疲れ様でした。皆さんの活躍により、無事、爵位級ヴァンパイア三体の襲撃を防ぎきり、サイキックアブソーバーを防衛することができました!」
     満面の笑みを浮かべながら、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は集まってきた灼滅者たちに頭を下げた。
     その上で、と集まってもらった理由についての説明を始めていく。
    「作戦が失敗したことで、爵位級ヴァンパイアと共に、多くの戦力は武蔵坂学園から撤退していきました」
     しかし、全員が撤退できたわけではない。取り残されたダークネスたちは、武蔵坂学園に取り残されてしまっている。
    「現在、取り残されたダークネスは校舎内や構内の施設に籠城、あるいは潜伏している状態です」
     故に、学園内の残党を掃討するための作戦を行って欲しい。それが、此度の大まかな流れである。
    「皆さんに赴いてもらうのは、このキャンパスの体育倉庫。この中に、朱雀門高校のヴァンパイア、風祭香織が潜伏しています」
     風祭香織は、艶やかな黒の長髪と優等生風の顔立ちが特徴的な、高校生くらいのヴァンパイア。制服の下に隠しているプロポーションを活かした、いわゆる色による謀略を得意としており、恐らくはそれを活かした脱出作戦を考えているだろう。
     が、今回それが発揮されるタイミングはない。彼女が本格的に脱出作戦を始める前に、襲撃をかけることができるからだ。
    「要するに、体育倉庫へ赴けば出会えるので、そのまま戦いを挑めば良い、という話です」
     敵戦力は香織のみ。得物は長剣。
     力量は八人を相手取れる程度で、一定範囲内の敵の身体と精神に逆十字を刻む技、紅蓮に染めた剣で周囲をなぎ払い命を吸う技、吸血により自らの体を浄化する技、の三種を使い分けてくる。
     また、自らの生存と逃亡を最優先にしているため、その辺りも考慮する必要があるだろう。
    「以上で説明を終了します」
     静かな吐息を挟みながら、続けていく。
    「逃げ遅れた残党とはいえ、戦闘力の高いダークネスが多く侮る事はできません。窮鼠猫を噛むという言葉もあります」
     故に注意が必要と付け加え、締めくくる。
    「どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)
    相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)
    龍統・光明(千変万化の九頭龍神・d07159)
    佐山・紗綺(高校生デモノイドヒューマン・d16946)
    東雲・菜々乃(お散歩大好き・d18427)
    グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    リーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)

    ■リプレイ

    ●平和であるべき体育倉庫
     先の戦いでダークネスたちを撃退し、勝利をおさめることに成功した灼滅者たち。守り切った足場を万全のものとするための掃討戦。潜んでいると示されし体育倉庫へ向かいながら、相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)は思いを馳せひとりごちた。
    「戦争が終わったっていうのに随分面倒なことになりましたね……。安心して学園で過ごせるように、きっちり後始末といきましょうか」
     様々な言葉が上がる中、灼滅者たちは件の体育倉庫へ到達する。
     中に潜んでいる朱雀門高校のダークネス、風祭香織に気取られぬよう注意しながら、東雲・菜々乃(お散歩大好き・d18427)は周辺をくまなく探索。出入口の他に退路はないことを確認した。
    「出入口一箇所だけ、みたいですね。みんなで一塊になって塞いでいれば問題なさそうです」
    「そうね。中も、体育用具がある事を考えてもずいぶんと広いようだし、十分に戦えそうね」
     エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)が頷き返し、早速行こうかと仲間たちを促していく。
     また一つ、戦いに近づいたと、菜々乃は鼓動を跳ねさせた。少しでも緊張を和らげる事ができるよう呼吸を深いものに変えているけれど、若干浮き足立っている感は否めない。
     一方、リーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)は扉を見つめながら、小さな疑問を口にした。
    「それにしても体育倉庫に取り残されるのはドジだなって思っちゃうよねー。どうしてそこに隠れたのかな?」
     答えは出ない、出すにはおそらく強すぎる相手。
     戦いに集中しようと思考を切り替え、灼滅者たちは扉へと向かっていく……。

    ●取り残された吸血鬼
    「我九頭龍乃顕現者也……来い絶、纏え創破」
     剣帯付きの漆黒のロングコートを纏うと共に、龍統・光明(千変万化の九頭龍神・d07159)は佐山・紗綺(高校生デモノイドヒューマン・d16946)が勢い任せに開いた倉庫扉の中へと侵入。外を求め飛び出してくる湿った臭いをかすかな埃の只中へと飛び込んで、二本の刀を抜刀しながらの回転居合を仕掛けていく。
    「っ!」
     体育倉庫内の入口付近に収められていたハードルが、サッカーボールの籠が縦横無尽に切り裂かれた。。
     最奥のマットに腰掛けていた艶やかな黒髪を持つ少女……風祭香織は体を反らして回避した後、マットの奥に立ち剣を引き抜いていく。
    「敵? もう見つかったの?」
     言葉と共に赤き斬撃が戦場を駆け抜けて、光明らの体を切り裂いた。
     次の刹那には残るメンバーも飛び込んで、香織とにらみ合いながら改めて周囲を観察する。
     問題なくボールカゴなどの大きな器具を出せるようにだろう。戦うのに支障のない空間。
     問題無いと、龍之介は銃口を突きつけた。
    「逃がしませんよ」
     返事は聞かずにトリガーを引き、追跡弾を発射。
     剣に薙ぎ払われた刹那には羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)が懐へと飛び込んだ。
    「……」
     瞳を伏せ口を真一文字に結びながら、手甲をはめた腕で殴りかかる。
     返す刀に阻まれてしまったけれど、解放した霊力を用いて体を薄く縛めることには成功した。
     即座に退く智恵美と入れ替わるように正面へたどり着いたエリノアは、槍に紅蓮のオーラを走らせながら瞳を細めていく。
    「ふん、それにしても……くすっ、ヴァンパイアじゃなくて淫魔の方がお似合いじゃないかしら?」
    「……どういう意味よ」
     苛立ち混じりの返答には嘲笑を浮かべ、切り返した。
    「あぁ、いえ。淫魔だって自覚があるから一般人の男に取り入って逃げ出そうと考えたんだったわね」
     一方的に告げる言葉が終わると共に剣を振り下ろし、防がれるも鍔迫り合いへと持ち込んだ。
     その隙に紗綺は側面へと回り込み、小さく鼻をひく付かせていく。
    「うわ、あなたどこをどうやったらそんな匂いになるのよ……」
    「……」
     返答はなく、ただ力任せにエリノアを押し返し、香織は紗綺を睨みつけた。
     周囲に意識を向ける暇など与えぬと、リーナがすかさず盾を構えて突撃する。
     やはり剣に阻まれてしまったけれど、全体重を乗せて抑えつけた。
     この場で倒すと心に誓い。
     逃さぬと、弾き返されても退かない。拳を握り盾を構えたまま、ジリジリと近づき香織の行動範囲を制限していく。
    「……香織さん、あなたはここで倒すよ」
    「……仕方ないわね」
     香織は嘆息した後、剣に紅蓮のオーラを走らせ虚空を薙いだ。
     三日月状の風刃が発生し、避けそこねた前衛陣を切り裂いていく……。

     誰かが傷を受ける度、菜々乃は大気の力を注いでいく。あるいは優しき風を招き入れ、せめて流血を止めることができるよう勤めていく。
    「支えます! ですから、皆さんは気にせず戦いを!」
     体育倉庫外にも聞こえるような大声を放ちながら最前線を観察し、状況把握に勤めていく。
     灼滅者側は手数で勝るが、個としての力量は香織が上。多くを防がれながらも確実な攻撃を刻み、攻撃を受けても即座に治療し……と、ゆっくりながらも着実なペースで攻めることができていた。
     油断した隙に逃すことなどあってはならないから、龍之介は常に香織の辿れる進路を……入り口へと至れる退路を塞ぐ形で移動しながら、再び追跡の弾丸をぶっ放す。
    「観念して下さい。ここからは逃げられません」
    「だったら退路を作るまでよ」
     避けきれぬと察したか左手で追跡弾を叩き落としダメージを最小限に抑えながら、香織は虚空に逆十時を描き出す。
     描いた拳を握るとともに逆十字は幾つものオーラへと分裂し、前衛陣へと襲いかかった。
     光明は逆十字を受けながらも、勢いを弱めることなく懐へと入り込んだ。
     腰元に納刀した刀に手をかけ――。
    「斬り貫く、九頭龍……挟花水月」
     一閃。
     剣一本では防ぎきれぬ斬撃で両腕を切り裂いていく。
     退く光明と入れ替わるようにして、智恵美は間合いの内側へと踏み込んだ。
    「……」
     倒さないといけない敵とは分かっていても、相手は同じくらいの年齢の学生。姿形は、普通の人間。
    「っ……」
     胸を締め付けられるような思いにかられながらも、影は淀ませることなく香織へ差し向けた。
     左足を縛り付けた上でさらなる力を注ぎ込み、動きの制限を始めていく。
     駆けるグラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)を導いていく!
    「これで行動とめられたら!」
     グラジュはすれ違いざまに槍を振るい、左わき腹を切り裂いた。
    「っ!」
     急所を捉えられた、といったところか。香織は剣を握りしめたまま動きを止めた。
     隙ありとばかりに紗綺が懐へと飛び込んで、ガンナイフを縦横無尽に振り回す!
     戦い前は優等生然と整えられていた制服を、危ういほどに切り裂いた。
    「う……確かに見事なプロポーションなの……ドキドキしてきちゃった……」
     多くの布地は失い明らかになった肢体は、武蔵坂学園生徒と比較しても遜色のないメリハリのある魅惑的な造形。紗綺は思わずたたらを踏み、舐め回すように観察する。
    「やば……隙、見せちゃうかも……うう、襲いたい……う、でも……酷い匂い……ってこれ、業?」
     すぐさま気を取り直し、拳を握りながら退いた。
     後を追うかのごとく動き始めた香織は、ため息を吐きながら剣に紅蓮のオーラを走らせる。
    「……礼儀がなってないわね。まあ、いいけれど」
     いくども放たれし紅蓮の斬風が、再び前衛陣へと襲いかかった。菜々乃が即座に治療を施していくけれど、徐々に癒やしきれぬ傷は増えてゆき……。

    ●最後くらいは潔く
     逆十字を刻まれて、龍之介が昏倒した。
     邪魔にならぬように……と壁際に座り込んでいるようにも思える姿を見て、菜々乃は表情を歪めていく。
     されど……否、だからこそ残る仲間を全力で支え、香織を倒す礎となるのだと、細かな傷を癒やし精神を正常なものへと戻すために新たな風を招き入れた。
     並び立つグラジュは赤き瞳を赤き角を天窓から差し込む灯りで輝かせながら、杖に魔力を込めていく。
     ここで倒す。
     強い思いも込めながら、一歩、また一歩と踏み込んでいく。
    「……はいれ!」
     香織を間合いへ収めると共に振り下ろし、刃によって阻まれた。
     即座に魔力を爆発させ、よろめかせることに成功する。
    「っ、けど……!」
     バランスを崩しながらも、香織は近づいてきたエリノアの肩を掴んだ。
     支え代わりに手元へと引き寄せて、首筋に牙を突き立てていく。
    「っ!」
     僅かに血を吸われるも、エリノアは多くを奪われる前に押しのけた。
     のけぞる体の中心めがけ、バベルブレイカーを突き出していく。
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
    「っ!」
     貫かれながらも、血を吐きながらも、香織が膝をつくことはない。変わらず斬撃を、打撃を裁き、次の一手を探り続けていく。
     限度があると、もうおしまいだと伝えるため。倒すとの決意で揺れる心を抑えつけ、智恵美は拳を固めて殴りかかった。
     一発、二発と刻む度、拳と共に心が傷んだ。
     三発、四発と刻んだ時、尻もちを付かせる事に成功する。
    「まだ……!」
     やぶれかぶれといった装いで、香織は紅蓮の斬刃を放ってきた。
     氷の塊を放とうとしていたエリノアが壁際へと押し返されるも、合間を埋めるようにちこが六文銭を射出。
     リーナもまた飛び上がり、胸元に向かってキックを放つ。
    「今だよ!」
    「ああ」
     踏みつける勢いで香織の体を抑えつけ、光明が踏み込む隙を作り出した。
    「斬り刻め、九頭龍……龍翔刃」
     光明は脚を狙い、纏った二龍を放っていく。
     剣に阻まれていく光景を眺めながら刀を納め……。
     抜刀。
     腕を引き戻せず開いた体に、複数本の斬撃が刻み込まれた。
    「さぁ綺麗な華を咲かせてくれ……総餓那龍・蓮華」
     華が咲く。
     赤い赤い蓮華の華が。
     荒い息を吐き出すと共に、香織は薄く、微笑んだ。
    「これでおしまい……なのね。なら……散り際ぐらいは……」
     ゆっくりと崩れ落ちるように倒れこみ、霧へと代わり消滅した。

     爽やかな風が吹きこむと共に、治療へと移行した灼滅者たち。
    「だ、大丈夫? みんなも大丈夫、かな」
     グラジュは他の場所で戦っているだろう仲間たちに思いを馳せながら、龍之介とエリノアを気遣った。
     一晩寝れば大丈夫だろうとの言葉を受けて、安堵の息を吐き出していく。
     一方、紗綺は治療の歌声に小さな嘆きを織り交ぜていた。
    「はー、もったいないなぁ、おばけが出そう……あんな美少女を……でも……たぶんこれで平和になるのよね」
     半ばにて思考を切り替えて、仲間たちと頷き合う。
     掃討戦は成功した。夜が明ければ変わらぬいつもの日々、かけがえのない日常が戻ってくるのだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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