武蔵坂学園内掃討戦~命のかけひき

    作者:七海真砂

    「ボスコウが死んだ」
     首輪をガチャガチャ鳴らして歩きながら、男は小さくつぶやいた。
    「ボスコウが死んだ」
     嬉しそうに笑って廊下を歩く。しかし、遠くから人間の声や足音らしきものが聞こえてきて、すぐに顔をしかめた。
     絞首卿ボスコウが灼滅され、彼らの軍勢は瓦解した。混乱と恐怖が渦巻く中、ボスコウの奴隷は散り散りに逃げ――ラグダスは不運にも、学園の敷地を抜け出す事が出来なかった。
    「ボスコウが死んだ」
     という事は、あいつらに見つかれば自分なんて、もっと間違いなく殺される。だから見つかる訳にはいかない。しかし、死にたくはない。
    「ボスコウが死んだ」
     それはラグダスが奴隷という身分から解放されたという事でもある。この武蔵坂学園から無事に逃げおおせる事さえできれば、晴れて自分は自由の身。
    「――キヒヒ」
     そうしたら、自分好みの子供達の血だって好きなだけ啜れるのだから、こんな所で灼滅者に灼滅される訳にはいかなかった。
    「見た目だけなら、好みのコもいたンだけどネェ」
     あんな大軍の灼滅者がいる場面じゃ、さすがにそんな欲も湧かない。
     ひとまず、灼滅者達の気配をやり過ごして敷地外へ抜け出すべく、ラグダスはある部屋に入り込んで身を隠す。
    「ボスコウが死んだ」
     けれど自分は、生き残ってみせる。この命は決して、奴隷でなど終わらせはしない。
     
    「サイキックアブソーバーを、私達を守ってくださったこと、まずはお礼を言わせてください。ありがとうございました」
     大きなケーキを抱えて歩いてきた西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)は、近くのテーブルにそれを置き、深々と頭を下げた。
    「ところで、実はこれを作っている最中に料理が教えてくれたのです。校舎内に潜伏しているヴァンパイアがいる、と」
     彼らはサイキックアブソーバーの強奪作戦に失敗し、武蔵坂学園から撤退していったが、中には撤退し損ねて、学園内に残ってしまっているダークネスがいるのだという。
    「ダークネスは学園内に籠城、あるいは潜伏するなどしている状況です。このダークネス達の掃討をお願いできますか?」
     アベルが言うには、彼がこの料理から教わったダークネスは今、調理実習室に隠れているという。
    「調理台の下に身を潜ませているのです。調理台の内部は配管以外に何もなく、あいた空間になっていますから、そこに隠れて灼滅者をやりすごし、隙を見て逃走しようと考えているようですね」
     体を縮こまらせて体育座りでもしているのだろう。何とも言えない姿だが、そこまでしてでも生き延びようとする必死さは窺える。
    「ダークネスの名はラグダス。緑色の髪と目に燕尾服を着た、小柄な中年男性のような外見をしています。……調理台の下に他の生徒がいるとは思えませんので、すぐに分かるとは思いますが」
     アベルによると、首輪をしているそうなので、絞首卿ボスコウの奴隷だったヴァンパイアだろうとのことだ。
    「ラグダスは、赤きオーラの逆十字を出現させ相手を引き裂く攻撃と、己の影で相手を飲み込む攻撃をしてきます。それから手にしているジグザグなナイフで相手を切り裂いたり、毒の風を放ってくる事もあるようです」
     また、窮地に陥ると奇怪な叫び声を放ちながら己の傷を癒すような事もあるという。おそらく、生き延びるためならどのような戦い方もしてくるだろう。
    「ただしラグダスは10歳未満の少年がいると、その相手を優先的に狙ってくる傾向があるようです。理由は、よく解りませんが……」
     理解する必要も無いだろう、と言外に告げるように、アベルは一度、言葉を区切った。
    「相手はダークネス、それも追い詰められている状況です。何をしてくるか解りませんし、十分な注意の上で、対処をお願いします。……灼滅しきれないと判断した場合は、ラグダスの退路をあけて撤収し、皆さんの安全を優先してください」
     今の相手の狙いは、武蔵坂学園をどうにかすることではなく、単純に逃げる事なのだ。
     退路を開け、一切の手出しをしなければ、相手はさっさと逃げていくに違いない。
     もちろん、それは凶悪なヴァンパイアを野に放つ事と同じだ。それを阻止し、灼滅しきることができれば、それに越したことは無い。
    「皆さんばかりを大変な目に遭わせて申し訳ありません。よろしくお願いします」
     アベルは目を伏せると、そう言って、もう一度、深々と頭を下げた。


    参加者
    九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    羊飼丘・子羊(北国のニューヒーロー・d08166)
    黒木・唄音(不歌心封・d16136)
    渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603)
    宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)
    スペチアリヌイ・アフタマート(ペネトレイトアビスウォーター・d25565)

    ■リプレイ

    ●静寂を壊すもの
     羊飼丘・子羊(北国のニューヒーロー・d08166)は静かに調理実習室のドアを開け、中へ入った。リズムを刻むように1歩1歩進むたび、
    「日本、列島、全、国、各、地、」
     歌うように囁くように、子羊は声を紡いでいく。
    (「奴隷ヴァンパイアのラグダスくんは、どこかな?」)
     手掛かりを探るように、ぺた、ぺた、と足を進める子羊。
    「――ご当地、愛、が、ある限り、」
     ふと目に留まったのは床の黒ずみ。もしあれが、調理台の下に入ろうとした時にラグダスが付けた汚れだとしたら?
    「北国のニュー☆ヒーロー、羊飼丘・子羊……参上」
     進む先を変えた子羊は、そこでぴたりと足を止め、調理台の下を覗き込む。すると体育座りをするようにして身を潜ませていた男――ラグダスと目が合った。
    「こんにちは。ねえねえ、そんな所で何してるの? 出てきて僕と遊ぼうよ」
     あどけない笑顔で男の袖を引く子羊。ダークネスと灼滅者、1対1ならダークネスが圧倒的に有利。まして『自分好み』の相手であれば、つられてくれるかもしれない。

    「……いいねえ、キヒヒ」
    「うわキモっ」
     その反応を見て、廊下から様子を窺っていた宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)は、思わず絡繰篭手の鬼哭ごと拳を握り締めた。
     ラグダスからすれば見つかってしまった以上、もう窮屈な調理台の下に居続ける理由は無い。ならばさっさと出てしまおう……と考えるのは自然だろうが、いかんせん表情や声がアレすぎた。
    「あんな四つんばいで出てくるヴァンパイアを見ることになるとはのぅ」
     スペチアリヌイ・アフタマート(ペネトレイトアビスウォーター・d25565)は『ヴァンパイアは(無駄に)プライドが高い』と認識していたのだが、その価値観を改めざるを得ないようだ。
     まあ、相手の狙いはともかく。ラグダスがこうして出てきたのは都合がいい。子羊が教室の壁際へ誘導するように歩き出すと、その無防備を装って見せた背中に、ラグダスは薄気味悪く笑いながらナイフを振り上げた。
    「今ね」
     それを確認した灼滅者達は、渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603)を先頭に、素早く室内へ飛び込んだ。
    「!?」
     子羊が身をよじってナイフを受け止める一方、突入に気付いたラグダスが目を見張りながら振り返る。そんなラグダスへ、百合は床を素早く蹴って距離を詰めながら拳に雷を宿し、強烈なアッパーカットを叩き込んだ。
    「子羊くん、ケガだいじょーぶっ?」
    「うん、平気だよ」
     続いて低姿勢からのジャンピングアッパーを放ち、淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)は仲間を守りやすそうな位置へと体を滑り込ませた。警戒しながら護りを固めていたのが良かったのか、子羊の傷は軽く掠めた程度で、「所詮、爵位級じゃなくて奴隷だからかなあ」などと朗らかに笑っている。
    「――狂鳴」
     口の中に残っていたスイーツの欠片を一気に飲み込み、パーカーのフードを被った黒木・唄音(不歌心封・d16136)は、さっきまでラグダスがいた調理台にちらりと視線をやり、
    「こんなせっまいとこに隠れてさ、まるでヴァンパイアじゃなくて蝙蝠だね。あはっ!」
     挑発するように笑いながら、唄音はラグダス目掛けて刃を突き出す。しかしラグダスは慎重な素振りで、まずは室内の状況を確認するように一瞥する。
    「まあまあ。そんな埃っぽいとこ隠れてて窮屈だったろ? とりあえず埃落としなよ」
     包囲網を更に敷きつつ、そう呼びかけたのは紅葉だ。
    「俺、鼻炎持ちだから埃っぽいの苦手でさ~」とおどけてみせる紅葉だが、
    「……それに、汚ねぇまんま死にたくねえだろ? 手伝ってやるよ」
    「キヒッ、ソイツは勘弁だ」
     埃は叩いて落とすもの。叩くというより、殴りつけるような構えを取る紅葉に即、ラグダスは身を翻して逃げようとする。

    ●灼滅包囲網
    「まるで怯えて逃げ惑う子供のようじゃのぅ?」
     もちろん、それを許すわけにはいかない。もう片方の扉から入り、調理台の影を進んできたスペチアリヌイが、水晶化した体を伸ばして行く手を阻む。
    「吹っ飛べマヌケ!」
    「あらかじめ言っといてやる。コイツ躱せねえと麻痺って動けなくなってあんた死ぬぜ?」
     スターゲイザーを放つスペチアリヌイの後ろから、更にバイオレンスギターを振りかぶった赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が迫る。紅葉も素早く急所を見定めると、ラグダスを挟み撃ちにしていく。
     次々と繰り出される攻撃を避けきれなかったラグダスは、ぼそりと嫌そうに呟いた。
    「ボスコウが死んだ。そのボスコウを殺した、灼滅者が8人」
     1対8は決して有利な状況では無いはずだ。ラグダスもそう認識しているから、苦い顔をしているに違いない。包囲されてもなお、逃げる隙を探ろうとするラグダスだが、
    「てめぇも闘いに生きてるんなら潔く覚悟を決めろ。死に花くらい綺麗に咲かせてみせろや」
    「やだヨォ。だいたい僕ボスコウの命令で連れて来られたダケだしィ!」
     上段から刃を振り下ろしながら九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)が言い放つが、ラグダスは首を振りながら叫ぶ。その動きに、首元から金属質な音が鳴った。
     ボスコウの首輪、ボスコウの奴隷と化す首輪。隷属させられ、強制されての行為なのかもしれないが、
    「先に仕掛けてきたのは貴方達。……因果があるなら、応報もあって然るべきよね?」
     百合は淡々と槍を構える。調理台の下に縮こまってまで生き延びようとする涙ぐましい努力には、思うところもあるけれど……しかし相手は武蔵坂学園を襲撃し、これほどの事をした、ヴァンパイア勢力の一員なのだ。
    「人を殺すダークネスさんは悪い人なのじゃ」
     スペチアリヌイは、今まさに子羊を襲おうとした事実を指して口にする。これが初めて、という訳でもあるまい。
    (「ボク達もダークネスさんを倒しているのを棚に上げすぎかの?」)
     しかしスペチアリヌイは、自分が思うまま、考えるままに生きると決めている。自分を信じているからこそ、自分が悪だと感じるものを、このままにはしておけない。
    「大体こんなヘンタイ、野放しにする訳にはいかねぇだろ」
     布都乃は嫌悪感をあらわに吐き捨てる。アベルが言っていたように、学園の外へ放逐するだけなら簡単だ。しかし、それはロクな結果を生まないだろう。
    (「ったく、ホント吸血鬼にマトモなヤローなんていねぇじゃねえか……!」)
     ヴァンパイアを宿敵に持つ布都乃だからこそ、ラグダスは意地でもここで始末してみせると睨みつけた。

     包囲網を敷き、攻勢に出る灼滅者達。その隙を突いて逃げるのは無理だと判断したのか、ラグダスは毒の風を巻き起こした。前に立つ5人が、それに一気に飲み込まれる。
    「よく動くオッサンだぜ!」
     紅葉は魔法弾を飛ばし、ラグダスの動きに制約を加える。このくらいの傷なら問題ないと素早く死角へ回り込んだ唄音は、燕尾服ごとラグダスの身を切り裂いた。
    「痛い? 無様に命乞いしなよ、ほら!」
     唄音は先程に続けて挑発を試みるが、己の保身を第一に考えるラグダスは、それにも、やはり乗ってこない。撤退を半ば封じられた状況だからこそ、いかに灼滅者を突破し、危機を乗り切るかを考えているのだろう。
    「なら僕も全力で相手するよ!」
     必死な相手にはそれが礼儀だろうと、子羊は思いっきりラグダスの頬をぶん殴る。衝撃にラグダスの首が横を向くが、すぐにニタニタと視線を戻した。
    「おいコラ変態奴隷! ニヤついてんじゃねぇぞ!」
     布都乃は眉間に皺を寄せて怒鳴りつけながらリバイブメロディを奏で、仲間が受けた毒を浄化していく。傷までは癒しきれないが、構わず百合は拳を握り、矢継ぎ早に凄まじい連打を繰り出した。
    「自分より弱い奴を優先的に狙う。男の風上にも置けねぇな。お前は」
     間髪置かず、更に龍也が抗雷撃を繰り出す。だが相手はダークネスだけあって、まだどこか余裕すら感じさせる振る舞いだ。
    (「そう来なくっちゃな」)
     しかし強ければ強いほど戦い甲斐があるというもの。龍也は薄く笑って再び刃を構える。
    「回復はボクがするのじゃ」
    「わかった。だったら……」
     翼を広げ、ジャッジメントレイを撃つスペチアリヌイに頷き返し、紗雪は手の甲から展開したシールドをラグダスへ叩き付けた。
    「おーにさんっこっちらっ、てねっ♪」
     守りを重視している紗雪の攻撃は、そこまでの威力ではない。しかし紗雪を見返すラグダスの目には怒りが浮かぶ。
    「邪魔なお嬢ちゃんだねェ……!」
     次の瞬間、赤きオーラの逆十字が紗雪を襲った。紅葉はすぐさま癒しの風を吹かせて回復の補助に入り、布都乃達と戦線の維持に十分な回復が行き渡るように努める。
     その間に、ラグダスも奇怪な高笑いに似た叫びを放ち、自身の回復に手を割く。その時間を最大限に生かすべく、残りの面々は片っ端から攻撃を叩きつけていくが、まだそれが決定打になる気配は無い。

    ●命の駆け引き
     冷静さを取り戻したラグダスは前衛に狙いを絞っていた。繰り返し巻き起こる毒の風は、5人へ回復しきれない傷を増やしていく。
     そして、ある瞬間を境に、ラグダスは動きを変えた。
    「ボスコウが死んだ。大勢の灼滅者に囲まれて死んだ。――だから囲まれちゃいけないンだよォ」
     ぼそぼそ呟くラグダスの目は、まっすぐ唄音を見ていた。
     より多くの傷を受けているという点では、紗雪や子羊の方が負傷は激しい。しかし打たれ強く固い2人よりも誰よりも、ラグダスは唄音を『あと一撃で倒せるかもしれない』と判断したのだ。
    「させないっ!」
     すぐさま紗雪が伸びてきた影と唄音の間に割り込む。影に飲み込まれた紗雪から苦悶の声がこぼれ、できる限りの回復が注ぎ込まれるが、
    「またその風かよ!」
     毒の風が吹き荒れ、布都乃が思わず舌打ちする。
     毒を浄化しきれなければ、それによって倒れかけた所を狙われてしまう。しかし、そればかりに手を割けば、今度はそれだけ純粋な回復が足りなくなる。
    「ボクの回復はいらないよ」
     唄音は、作戦を成功させるにはそれが最善だと判断し、皆へ告げると床を蹴った。回復すべき相手が減れば、回復は行き届くはず。戦況も立て直せるだろう。
     それなら少しでも多くの傷を与えてから倒れるべきだと、唄音は敵への距離を詰め、フェイントをかけながらラグダスの腱を断ち切った。
    「イタタお返しだよォ」
     疾風のごとく構えられたナイフが、唄音を反対に切り刻む。その瞬間、
    「紅葉!」
    「任せろ、俺がいる限り通さねぇよ!」
     血飛沫を散らして倒れる唄音の脇を抜け、一気に逃げようとするラグダス。警告する百合に頷き、立ちはだかった紅葉が鬼哭で殴りかかると同時に、ラグダスを縛り上げた。
     そこへすぐ百合も駆けつけ、螺穿槍を捩じ込む。唄音に報いるためにも、ここでラグダスを逃がす訳にはいかない。
     その間に、唄音が更に狙われるのを防ぐ為、子羊が彼女を布都乃達の後ろへ運ぶと、さっき受けた毒を裂帛の叫びで吹き飛ばす。
    「1対7。てめぇの有利だな」
     そう告げる龍也の顔は、しかし言葉とは裏腹に笑っていた。
     獰猛な獣のような笑みを浮かべ、緋色のオーラを宿した刃を一閃させると、そのまま一気にラグダスの力を奪って糧にする。
     こちらが追い込まれているというなら、より滾るのが龍也の性分。己の内が高揚するのを感じながら、龍也はラグダスを攻め続ける。
    「どうやら先程の、効いておるようじゃの」
     腱を切られた影響か、ラグダスの動きが微かに鈍っているのを見逃さなかったスペチアリヌイは、更に追い討ちをかけるようにその部分を抉る。
     ラグダスの方も灼滅者が回復しきるよりも早く攻撃を畳み掛け、灼滅者達よりも優位に立とうと狙うが、傷口に足を取られて一瞬、動きが止まった。
    「くっらえぇーっ!」
     すかさず紗雪は抗雷撃を打ち込む。布都乃が放つ光で、今回復できるだけの傷は癒えた。またいつでも仲間を庇えるように位置取った紗雪の脇を飛んでいくのは、紅葉の弾丸だ。
    「ほらほら避けなくていいのか? 俺さっき言ったよな!」
     麻痺って動けなくなってあんた死ぬぜ?
     先程の言葉通り、ラグダスの全身には痺れが回っている。くっ、と息を呑むラグダスの顔に、今までに無い焦りが滲んでいる事に、灼滅者達は気付いた。

    ●戦争の終わり
    「回復させるわけには、いかないわ」
     おそらく、ラグダスはこの状況を覆す事を最優先に動くだろう。そう予測した百合のデスサイズが、ラグダスに突き刺さった。
     狙い定めた一撃はラグダスの傷を深め、同時に彼の回復を阻害する。
    「子羊☆ビーム!」
     更に至近距離からの光線がラグダスを貫いた。
     何とか退路を求めようと、窓際へ踵を返そうとするラグダスだが、そこにはすぐスペチアリヌイが回り込む。それを追う龍也は刀を一度鞘に戻し、力強く床を踏みながら構えた。
    「牙壊! 瞬即斬断!」
     そこから一気に抜刀しながらラグダスの胸元を切り捨てる。大きくバランスを崩し、よろめいたラグダスの口の端から、あふれた血が零れ落ちた。
    「い、いやだ。ボスコウが、ようやく死んだのに。僕が自由を取り戻せる時がきたのに!」
    「残念だったな。これで終わりだ!」
     裏返って震えるラグダスの声を断ち切り、一気に追い込むべく布都乃と紗雪が続き、紅葉の拳が叩きつけられた瞬間、衝撃に吹き飛んだラグダスは壁に叩きつけられて崩れ落ちた。その姿はみるみる薄れ、やがて首から抜け落ちた首輪だけが残る。
     灼滅に成功したのだ。張り詰めていた空気を一気に緩め、灼滅者達は一息ついた。布都乃達はすぐに唄音を助け起こすと様子を確認するが、幸いにも傷はそこまで深くない。じきに、意識を取り戻すだろう。
    「一応、届けておくか」
     紅葉はラグダスの首輪を拾い上げた。ラグダスもボスコウも灼滅された今、もはや何の意味も為さない首輪かもしれないが、このまま調理実習室の床に放置しておく訳にもいかないだろう。
    「こうやって見ると、ただの悪趣味な首輪だね」
     そんな紅葉の手元を覗き込み、子羊は「こんなのでダークネスを奴隷にできちゃうんだ」と呟く。
    「僕も一度はダークネスを飼ってみたいなあ」
    「え、こんなのをか……?」
     にこにこ朗らかに笑いながら子羊の口から出た言葉に、多少戸惑いつつ龍也は辺りに放っていた殺気を解く。
     誰かを巻き込むかもしれないと懸念しての事だったが、これで一安心だ。サウンドシャッターも使っていたので、ここでの物音が他の仲間達の作戦に影響を及ぼしているような事も無いだろう。
    「後始末は、これで完了ね」
     百合は小さく息を吐く。
     何事も、最後まできっちりと片を付けてこその『終わり』だ。

     夏の最後の戦いには、こうして終止符が打たれ――武蔵坂学園と灼滅者達は、新たな季節を迎えようとしていた。

    作者:七海真砂 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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