妖の誕生日~少し遅れてお月見を

    作者:J九郎

    「……しまった」
     スマートフォンをいじっていた神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)が、唐突にそんなことを呟いた。
    「……中秋の名月、昨日だった。……お月見、し損ねた」
     今年の中秋の名月は9月8日。つまり昨日だったのだ。妖はしばらくがっくりと肩を落としていたが、
    「……でも、今日でもそれほど月は欠けてないはず。……一日遅れだけど、せっかくだからお月見をしよう」
     そう呟くと、そそくさと教室を後にしたのだった。
     
    「む? 神堂殿は留守でござるか?」
     教室にやってきた源・勘十郎(高校生デモノイドヒューマン・dn0169)は、妖の不在に気付き、拍子抜けした顔をした。
    「妖ならさっき、月見団子がどうのって言いながら出て行ったんだべ。何か用があったずらか?」
     たまたま教室にいた叢雲・ねね子(小学生人狼・dn0200)が、そう尋ねる。
    「いや、今日は神堂殿の誕生日ゆえ、お祝いでもしようかと思っていたのでござるが」
     そう、9月9日は、妖の15歳の誕生日。もっとも、この様子だと本人はそのことを忘れているようだ。
    「月見団子と言うことは、お月見でもする気でござろうか……。うん? ならば、皆でお月見会を開けばよいのではござらぬか?」
     勘十郎が、ポンと手を打つ。お月見なら、校舎の屋上でも充分行えるはずだ。それにお月見という体裁をとった方が、妖も遠慮無く楽しめるだろう。
    「なら、おら妖を探してくるだ。ついでに、月見団子作りを手伝うんだべ!」
     善は急げと、さっそくねね子が駆けだしていく。
    「ならば拙者は、買い出しがてらすすきでも採ってくるとするでござるか」
     勘十郎も、悠然と教室を後にしかけ、思い出したように振り返る。
    「よければ、皆も一緒にお月見をしては如何でござる? 人数が多い方が、賑やかで楽しいゆえに」


    ■リプレイ

    ●団子を作ろう!
    「……月見団子、材料はこれであってる?」
     放課後の家庭科室で、神堂・妖はレシピ本を片手に首を傾げていた。
    「おら、作ったことないから分からないずら」
     叢雲・ねね子も同じように首を傾げている。
    「おいおい、大丈夫か? 使うのはこし餡を入れるなら上新粉と白玉粉だぞ」
     そこに現れたのは、手伝いにやってきた風嶺・霧だ。
    「お湯と冷水は先に準備しておいたぞ」
     手際よく団子を作っていく霧を真似て、妖とねね子も苦戦しつつ団子をこねていく。
    「手伝いが必要なら言ってくれ。俺の特技の一つ『スイーツクリエイト』を存分に味あわせてやろう」
     そんな家庭科室に、稲葉・羽和が迷い込んできた。
    (「美味しそうな耳が見えた!」)
     羽和が目を付けたのは、ねね子の頭上でぴょこぴょこ動く獣耳。
    「美味しそうな団子だね。お菓子作りを手伝って、団子をもらうとしようかな?」
     さっそく和菓子造りに挑戦する羽和だったが、その視線はねね子の耳に釘付けだ。とうとう、
    「ちょっといいかな?」
     と、ねね子の耳をもふもふし始めてしまった。
    「ちょ、くすぐったいずら! 団子作りに集中できないずら~!」
     ねね子の抗議も何のその。
    「まったく、獣耳は最高だぜ!」
     と言いながら、もふもふし続ける羽和。
     しばらく後。
     団子作りを終えた妖や霧は、顔中ひっかき傷だらけになりながら、幸せそうな顔で倒れている羽和の姿を発見したという。

    ●何を買おう?
    「むう……、買い物は何が必要でござろう?」
     源・勘十郎は、商店街で腕組みをして考え込んでいた。
    「買うならお月見らしいのがいいよね。そうだね……枝豆とか」
     彩瑠・さくらえが、思いつくままに口にする。
    「味付けゆで卵も買っていくんだZ! 半分に割ると黄身が月のように見えるんだZ!」
     神鳴・洋はさっそくコンビニでゆで卵を発見し、買い込んでいた。
    「そうだ、誕生日祝いだし、これも買おうよ」
     さくらえが指さした先にあったのは、洋菓子屋の店頭に飾られた、月見仕様にデコレートされたバースデーケーキ。
    「おお、これはいいでござるな!」
     一目で気に入った勘十郎は、早速そのケーキを購入したのだった。

    ●月を見上げて
     そして夜。
     お月見の参加者達は続々と校舎の屋上に集まってきていた。
     姫神・巳桜も、邊無・花梨と共に屋上を目指す。
    「花梨ちゃんはお月見初体験なのね。思えばわたしも久し振り、どんな月が見られるか楽しみね」
     そして屋上に出た二人を待っていたのは、やや欠けた、けれども大きく輝く月の姿。
    「想像以上に明るいものなのね、おつきさまって。ただ黒い空に丸い光があるだけだと思っていたのに」
     月に魅入る花梨。巳桜も神秘的な光をうっとり眺めていた。
    「あっ、あそこの模様が何だか兎に見えない?」
     巳桜がはしゃいで指差すと、花梨も目を凝らして、
    「……あら本当。聞いてはいたけれど、本当にそういう風に見えるとは思わなかったわ」
     そう声を弾ませる。
    「実はね、先輩」
     ふと花梨が巳桜の耳元に口を近づけ、
    「花梨は最初、月を眺めてどうするのかしら、って思っていたの。でも、こんなに綺麗な眺めと穏やかな時間を楽しめるものなのね」
     それからお月様も顔負けの微笑みを浮かべ、
    「素敵なひとときをありがとお」
     そう、お礼を言う。巳桜も思わず笑顔になって、
    「こちらこそ有難う」
     と花梨の耳元でお返しするのだった。

    「今日はお誘いありがとう」
     日輪・義和は誘ってくれた勘十郎やねね子に礼を言うと、あまり人のいないあたりで、寝転がって夜空を見上げた。
    (「しかし……やはりというか、ここは、星が少ないな。余計な明かりが多くて、騒がしい」)
     ふと故郷である日輪の里を思い出す義和。
     だが、一度視線を落とせばそれはそれで綺麗な夜景が、見上げれば充分な程に大きく丸い月と散りばめられた星々が目に入り、
    (「たまには、故人を思いながら星を見上げるのも悪くはない。いつか、そちらに行く日が来るまでは、一族をそちらで見守っていてくれ」)
     と、星空に思いを馳せるのだった。

     同じく人混みを避けるように空を見上げているのは、科戸・日方とアナスタシア・ケレンスキーだ。
     夏休みに着れなかった浴衣を着てやってきたアナスタシアの姿に、日方はちょっとドキッとしつつも見惚れてしまう。
    「えっと、うん、浴衣似合ってるぜ。いつもと違ってこういうのもいいな」
     照れながらも笑う日方と、そんな日方の反応に嬉しそうに微笑むアナスタシア。
    「改めて月を見てみるとホントに綺麗だよね。今日は月を見るだけで満足だね」
     アナスタシアの言葉に日方も頷き、
    「月には怖さもあったけど、傍に居る人と一緒なら、きっと平気」
     そう言って、アナスタシアの手をそっと握る。
    「もう勝手にどっか行ったりとかしないから、これからも傍にいさせてな」
     アナスタシアも日方の手をギュッと握り返して、
    「うん、これからもずっと一緒だよ。この前みたいに、何も言わないで遠くに行っちゃダメだからね!」
     その言葉に、日方は安心させるように笑んでみせ、
    「ん、約束する」
     そう、答えたのだった。

     『ましろのはこ』の面々は、思い思いに腰を下ろし、月を見上げていた。
    「月は古来から色々と人の心を惑わせるものだが、この光景を見ていると、解らぬ事でもないな」
     氷高・みゆが感嘆の声を漏らす。その横で、
    「マイクロウェーブ、来る?」
     佐門・芽瑠が無表情のまま、そんなことを呟き、
    「……サテライト、砲、撃つのは……ちょっと……」
     音神・有葉がすかさずツッコんだ。そのやりとりに、みゆが思わず吹き出す。
    「それにしても、柊さんがいつもと違ってお静かですね……。月ってなんだか見入っちゃいますので、わかる気がしますけど……」
     リオン・ウォーカーが目を向けると、柊・司は、
    「ん? いや、寝てませんよ。すみません黙っちゃって」
     はっと我に返ったようにそう言うと、話題を変えるように言葉を続けた。
    「日本は月に兎ですけど、地方によって見え方が異なるみたいですね。皆さんは何に見えますか?」
     その問いに、まず答えたのはみゆだった。
    「そんなこと、考えた事はなかったな。ただ……わたしが思うのはかぐや姫の伝説だ。罪を得て、許されて、月に帰った姫君。……いつか、わたしも本当の故郷を見いだすことができるのか」
     ついで、有葉が思ったままを口にする。
    「私は、ウサギ、に見える、でしょうか……。……あ、ムーンライトクッキーにも、見えますよ……」
     さらに芽瑠が続けて、
    「私の見える物? 卵、ですね。こう、パリーンと割れて中からナニか出てきそうな」
     そんな発言をすると、リオンが真剣な表情で考え込んだ。
    「何だか怖いですね……。龍的なものとか出てきたら撃ち落とさねばなりませんね……。あ、サテライト砲はダメなんですか? そうですか……」
     司は困ったように、
    「なんだか物騒な方向に話が進んでしまいましたね。もう、今日ぐらいはゆっくりしましょうよ」
     話の軌道を元に戻そうとする。
    「……昔の人、が。月を題材に、俳句を読む、のも、頷けますね。……綺麗、です」
     改めて月を見上げた有葉の言葉に、
    「一人で見る月も良いけれど、一緒に見るのも楽しいですね」
     司も再びのんびりと月に目をやった。
    「はっ……! 私はあのお月様アルベドさんに見えます!」
     唐突に、リオンが凄く閃いた顔で皆を見回す。
    「……あの、青白い、感じ、は……おねーちゃんに、似てるかも、ですね……」
     有葉は急に姉の名前が出てきたことに驚きつつも、同意するように頷いた。
    (「……たとえ迎えが来ても、わたしはかぐや姫のように帰らぬだろう。彼等を忘れてしまいたくはない」)
     他愛ない談笑を続ける仲間達の姿に、みゆは月を仰いで、そう思うのだった。

     兎耳パーカーを着た千景・七緒は、月を見ながらぴょんぴょん跳ね回っていた。
     一緒に月見にやってきた天地・玲仁は七緒の姿に和みつつ、月見団子を並べていく。
    「月が綺麗ですね。なんだか天地みたい。天地は僕のお月様。夜闇を照らす優しい月」
     月見団子に手を伸ばしながら、七緒は空を見上げる。
    「でも僕、実は兎じゃないの。スッポンなの。傍に居るときっと、泥で汚れちゃう。お月様はやっぱり、星達と一緒に、空で輝いてるのが似合ってるよ。……だからね、いつでも空に帰って良いのだよ」
     おどけた調子で語る七緒に、玲仁は目を向けた。
    「七緒、月は自分で輝くことはできない。光を与えてくれる太陽が無ければ、月は宇宙に浮かぶ巨大な石ころでしかないのだ。俺が月だとするならば、俺にとっての太陽は七緒だ」
     その言葉に七緒はちょっと目元を拭うと、
    「そゆこと言うと知らねーからね。噛み付いちゃうからね。団子も全部食べちゃうからね」
     もぐもぐと、団子を勢いよく食べ始める。
    「今夜の月はいつもよりとっても綺麗。今なら僕、しんでもいいよ」
     そう言った直後。
    「う゛……だんご、が、のど……」
    「ん? どうした七緒? 大丈夫か!?」
     手際よく麦茶を取り出した玲仁は、七緒の喉に麦茶を流し込んでいった。

    ●スーパームーンの下で
     【Luciole】の面々は、それぞれに持ち寄った菓子と飲み物を広げつつ、月見に興じていた。
     栗金団を持参した村瀬・一樹は、箸で栗を一つ持ち上げて、
    「黄金色で真ん丸で、まるでお月様みたいだよね」
     月に掲げてみせる。
     月原・煌介が用意してきたのは、関西風の月見団子だ。
    「前も言ったっけ。俺、生まれ故郷が何処か分からない……。でも、記憶の中にある月見団子はこれだから」
     煌介は、笑えぬ体質の代わりにそっと目を細める。それだけで、皆には充分伝わるから。
    「へぇ、静岡の方じゃ殆ど見たこと無いや」
     一樹は感心しながら月見団子を一つぱくりと口にして。
    「故郷が分からないのは不安かもしれないけど、その分思い出した時の喜びはひとしおだと思うんだ」
     そう、煌介に語りかける。
    「煌介おにーちゃんの月見団子は、大切な宝物だね。みんなで一緒に食べて、一緒に思い出共有♪ 一樹おにーちゃんの栗金団、お月様も一緒だとお月様づくしでぜーたくなの♪」
     羽柴・陽桜は満面の笑みで頷いて、寺見・嘉月の用意してきたジャスミン茶を飲み干した。
    「みんなでこーやってお話してたら、記憶も思い出も繋がるよ」
    「ああ陽桜、今も皆も宝物だ」
     陽桜の言葉に、煌介も頷きを返す。
    「ちなみに今日は、月が近地点にあると同時に満月の位置関係にある、所謂スーパームーンの日なんですよね。スーパームーンは通常の満月よりも明るく、10%程度大きく見えるんですよ」
     嘉月が滔々と月の話を続けていると、丁度顔を出しに来たさくらえも、さっそく話題に加わった。
    「スーパームーンかぁ。なんだかいつもの満月より特別な感じがするね」
    「すごいね、スーパーなお月様なら、いつもよりもたくさん魔法の力持ってるのかも!」
     目を輝かせる陽桜に、一樹も月を見上げる。
    「うん、こんなに綺麗な月だから、きっと皆に色んな幸せをもたらしてくれる……と思うよ」
    「……こんな月の下では、誰もが魔術師っすね」
     皆の会話に耳を傾けていた煌介は、笑う代わりに吐息をもらした。
     そんな談笑の中、嘉月はふと、独りで月を見上げている妖の姿に気付く。
    「9月8日の中秋の名月、その翌日には……。さて、いつ気が付かれますかね神堂さん」
     嘉月が呟いた直後、二人連れの男女が、妖に声を掛けていた。

     細音・氷雨と稲荷坂・里月は、妖に近づくと、
    「妖ちゃんはお誕生日おめでとう。良い一年を」
     そう言って、プレゼントに持ってきたお菓子の詰め合わせを差し出した。
    「……え? あれ? ……今日、わたしの誕生日?」
     すっかり失念していたらしい妖は、心底驚いたような表情を浮かべ、それから、
    「あ、ありがとう」
     おずおずとプレゼントを受け取る。
     二人はひとしきりお祝いを言った後、妖と別れ、敷物を敷いてお月見を開始した。
    「やっぱりお月見……というか、空はいいですねぇ。こうして月を見上げていると、落ち着くというか、悩みが晴れるというか」
     氷雨の言葉に、里月も夜空に輝く月を見上げ、
    「そう言えば今年はスーパームーンらしい。いつもよりお月様は大きい、のかな。綺麗だよねぇ」
     その美しさに目を奪われる。
    「ゆっくりおだやかな日々。こんなのがいつまでも続けばいいんですけど」
     また激動の日々がやってくることがわかっているからこそ、今の時間を大事にしたい。そんなことを思いながら氷雨が口にすると、
    「平和にお月見も素敵だよね。来年も。その先も。こんな風に楽しく過ごせたらいいな」
     里月も同意したように微笑む。そんな里月の姿を見て、
    (「そろそろ、所帯とかも考えるべきなのだろうか……」)
     そんなことを考える氷雨だった。

    「妖さんお誕生日おめでとうございます。これ、お気に召すか分かりませんが」
     久隆・透馬はそう言って妖に百日紅の髪飾りを手渡した。
     妖は慣れない手つきで髪飾りを付けると、
    「……ありがとう」
     少しはにかんだように礼を言う。
     透馬は「どういたしまして」と返すと、妖と別れ、屋上をゆっくりと歩きつつ月に目を向けた。
    「今日の月はきれいですね。そういえば中秋の名月は昨日でしたか。でも、今日の月も大分きれいです」
     独り呟きながら、透馬は雲間から覗く幻想的な月に見入る。
     今日はのんびりしていこう、そう決意する透馬だった。

     やがて、妖は誘われて、【Luciole】の輪に加わっていた。
    「神堂さん、お誕生日おめでとう。今日のお月様は特別、なんだよね」
     一樹が目で促せば、嘉月が心得たとばかりに、
    「月見で誕生祝というのも、なかなかいいものでしょう?」
     と祝いの言葉を述べた後、スーパームーンについて妖に説明していく。
    「神堂殿、おめでとうでござる」
     その間に、昼間商店街で買ったケーキを持って、勘十郎がやってきた。その上に立てられたのは、15本のロウソク。
     いつの間にかみんな妖を中心に集まってきていて、自然とハッピーバースデーの合唱が始まっていた。
    「さあ、神堂さん」
     やがて、歌が終わるとさくらえが妖を促す。
     慣れないことに妖は少し顔を赤く染めながらも、大きく息を吸い込むと、一気にロウソクの火を吹き消した。
    「……みんな、今日はわたしなんかのために、ありがとう」
     照れたようにうつむきながら、それでも嬉しそうな響きを声に乗せて、妖が集まってくれた全員に礼を言う。
    「新しく重ねる一年が今以上に素敵なものになりますように」
     さくらえがお祝いの言葉を告げ。
    「お月様の魔法、妖おねーちゃんにも煌介おにーちゃんにもみんなにも、たくさん降り注ぎますように、なの!」
     陽桜が満面の笑みでここに集まった全ての人の幸福を祈る。
     ちょっと欠けた、でもいつもより少し大きな月は、いつまでも屋上を煌々と照らし続けていた。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月16日
    難度:簡単
    参加:24人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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