Re:迷い子アウネ

    作者:奏蛍

    ●深夜の跡地
     痛い、痛い……痛い、痛いよぉ……。
    「……灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
     私にはあなたが見えているから大丈夫と言うように、頷いた姿にアウネは思わずすがりつきたい衝動に駆られた。
    「私は慈愛のコルネリウス。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     そう、慈愛のコルネリウスの瞳には優しさと温もりが称えられている様にアウネには見えるのだ。そしてアウネに言った言葉もまた、慈愛の言葉。
     見捨てたりしないと言った。ずっと一人で痛み嘆いていたアウネには、魔法のような言葉だった。
     助けて、助けてよ! あいつらに……あいつらじゃなくてもいい、同じ存在に復讐したい!
    「……プレスター・ジョン」
     優しく頷いたコルネリウスがどこに語りかける。
    「この哀れな女の子を、あなたの国に匿ってあげて……」
     あぁ、これでもう一人じゃない。あいつらに復讐できる!
     残留思念となっていたアウネの表情に笑みが浮かぶのだった。
     
    ●復讐に燃える残留思念
    「どうやら、残留思念に力が与えられるようです」
     集まってくれた仲間に、霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)が口を開く。そして須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)からの情報を話し始める。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、まりんたちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     刑一の予感が的中して、力を与えられる残留思念が存在することが明らかになった。その残留思念は六六六人衆の序列四九六位だった迷い子アウネだ。
     慈愛のコルネリウスは残留思念となったアウネに力を与えてどこかに送ろうとしているのだ。
     灼滅者たちに灼滅されたアウネの残留思念は、灼滅した者だけではなく灼滅者全てに恨みを抱いてる。放っておいて後の禍根になるのもよろしくない。
     そこでみんなにはこの慈愛のコルネリウスの妨害を行ってもらいたいのだ。
     ちなみにコルネリウスは非常に強力なシャドウなため、現実世界に出てくることはできない。アウネの前に現れるのも幻のようなもの。
     実体を持っていないのだ。そのため戦闘力はないが、みんなの交渉に応じるつもりも全くない。灼滅者たちに強い不信感を抱いているのだ。
     しかし力を与えられたアウネは別だ。その力を使って灼滅者という存在に復讐を遂げようと襲いかかって来るだろう。
     アウネは殺人鬼のサイキックとバスターライフル を使ってくる。灼滅された時は、住処であった雑居ビルを破壊され戸惑っていた。
     けれど今回のアウネにはその戸惑いはない。そして力を与えられたアウネは残留思念とは言え、ダークネスに匹敵する力を持っている。
    「残留思念と言えど、油断は禁物でしょう」
     慈愛の名の通り、その行動の一面には良い事があるのだろう。けれど慈愛のコルネリウスは何を考えているのかわからないダークネスでもあるのだ。
     油断せず挑んでもらえたらと思う。


    参加者
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)
    禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)
    天里・寵(悪童・d17789)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)
    海野・桔梗(戦闘好き無神論者・d26908)
    十朱・射干(霽月・d29001)

    ■リプレイ

    ●瓦礫の中で
    「なるほどな……ロードローラーに住処を破壊された所か……」
     前に雑居ビルが建っていた場所に来た十朱・射干(霽月・d29001)が、少しきつめのつり目で全体を見る。つり目な所が射干の密かな悩みなのだが、その様子からはそう感じさせない。
     廃墟やアンティークが好きな射干なのだが、破壊された雑居ビルにノスタルジーは感じられない。
    「さて、どこだろう」
     遠くまで見渡すように山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)が瞳を細める。荒れ果てた場所は障害物のように残骸が隆起して、コルネリウスの幻を見つけるのも一苦労だ。
    「あれでしょうか?」
     言うとともに確信した置始・瑞樹(殞籠・d00403)が、音もなく走り出していた。
    「……なたの願いを叶えてあげましょう」
     コルネリウスの声がはっきりと聞こえてくる。
    「えぇ、叶ったわ!」
     揺らいでいたものが、はっきりと形を作った。そこには小さな女の子が立っていた。
     笑みを浮かべたアウネがゆっくりと振り返る。しかし空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)の瞳は、アウネを通り越してコルネリウスを見つめていた。
     基本的にけらけらと笑っているような空牙なのだが、コルネリウスを見た瞬間に無表情になる。しかし殺気だけは残っている状態だ。
     けれどすぐにすっと力が抜ける。
    「……幻相手に殺気立っても仕方ねぇか」
     再び表情を戻した空牙ではあるが、コルネリウスが何をしたいのかがわからない。ただシャドウは狩るだけだ。
     まぁ、残念ながら今回の相手はシャドウではなく残留思念のアウネなのだが……。絆を奪ったり罪悪感を奪ったりするシャドウとは違って、何かを奪っているようには見えない。
     しかし裏に何が隠されているかは計り知れない。
    「あんたは奪わねぇのな」
     端から返答は期待してはいないが、空牙がコルネリウスに話しかける。慈愛の微笑みを浮かべたコルネリウスは、特に気にした様子もなくその姿を薄めていく。
    「我々が違う種である限り、互いの不信感は払拭されないだろう」
     消えていくコルネリウスにユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)が急いで口を開いた。だから話がしたいのだ。
    「この言葉が君に届いているのならば、いつか返答が欲しい」
     ユーリーの言葉がコルネリウスに届いたのかは不明だ。アウネを残して、コルネリウスが空気に溶け込むように消えた。
     いつかコルネリウスが抱く慈愛について、ユーリーは語り合いたいと願う。意識をコルネリウスに向けていたユーリーの赤茶の瞳が微かに見開いた。
    「灼滅者なんて全員殺してやるんだから!」
     瞬きするだけの一瞬で、アウネは死角に回り込みユーリーを斬り裂いた。そのままふわりと跳躍するとアウネは瓦礫の中を走り出す。
    「ま、大人しく来るわけねぇよな」
     一気に攻撃を仕掛けたアウネを見て、禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)が呟いた。
    「全く、一度灼滅されたくせに残留思念として復活とはね……」
     一度死んだらそのまま死んでいて欲しいものだなと、海野・桔梗(戦闘好き無神論者・d26908)は小さくため息を吐いた。個人的に気に食わないとすっと瞳を細めると、ユーリーを回復する。
    「てめぇ、逃げられる思ってるのか!」
     戦いを始めた瞬間、桔梗の口調が荒いものに変化するのだった。瓦礫の中に身を隠しながら走るアウネを瞳で追っていた天里・寵(悪童・d17789)が動いた。
     死してなお……最近そういうゾンビみたいのが多いなと思う。命を蘇らせるのが慈愛だと言うのだろうか。
     コルネリウスが何を考えているのかは寵にはわからない。けれど大きな間違いなんじゃないかと感じる。
    「まあゾンビバスターは結構好きなんです」
     軽やかに瓦礫の上に着地した寵が呟いた。そして少し高い位置からアウネの場所を確認する。
    「いっちょやりましょーか」
     言うのと同時に勢いよく跳躍した。
    「そこ!」
     幼めだが丁寧な口調とゆるふわっぽい雰囲気が息を潜める。螺旋の如き捻りを加えた一撃が穿たれた。
     息を飲んだアウネの体が、瓦礫の中から転がり出る。すぐに立ち上がったアウネは油断なく構えた。
    「そんじゃ……狩らせてもらうぜ? その殺意ごとお前の存在を」
     言うのと同時に空牙が瓦礫を蹴った。

    ●小さな女の子
     発射された魔法光線に桔梗が身構える。けれど予想していた衝撃は、代わりに瑞樹が受けていた。
     共に戦う仲間が少しでも傷を負わないように、自分の身を盾や壁とすることを瑞樹は望んでいる。そう、瑞樹は最強の盾を目指しているのだ。
     そして同時に受けた攻撃に闘志が静かに燃える。相手が強ければ強いほど、秘めた闘志が刺激されるのだ。
     少し荒々しい桔梗の感謝の言葉に、問題ないと言うように頷いた瑞樹がシールドを出現させる。そして一気に飛び出した。
     殴りつけられたアウネの体が、衝撃に浮かぶ。アウネはそれに逆らうことなく、流れに身を任せてくるりと回転した。
     そして音もなく着地する。
    「こんな小さな子が六六六人衆とはな……」
     その軽やかな足取りに、射干は改めてアウネを見て呟いた。人造灼滅者になるまでは、こんな子供が簡単に人を殺めるとは想像していなかった射干だ。
     そんなアウネの瞳は灼滅者に対する怒りに燃えている。悔しいという気持ちはわかる射干だ。けれどだからと言って素直に自分たちが殺されてやるつもりはない。
    「迷っているのは、コルネリウスに救われたと思っている君の事だ」
     言葉と同時に爆炎の魔力を込めた大量の弾丸を射干が連射していく。攻撃を受けながらも、弾丸から身を守るようにアウネが駆け出す。
    「慈愛ってのも、残酷なもんだねぇ」
     突然間近から聞こえた声にアウネがはっと顔を上げる。待ち構えていた霞のチェーンソーの刃がアウネを斬り裂いた。
    「残酷? あなたたちだって変わらないわよ!」
     住処を奪われ戸惑うアウネを襲ったのは灼滅者たちなのだ。アウネにとっては残酷なことだったのだろう。
     しかし自分が侵してきたであろう残酷さは棚上げらしい。
    「ヒーホゥ! 逃がさねぇよ!」
     灼滅者からいったん距離を取るように跳躍したアウネに、空牙が特殊な弾丸を撃ち出す。自動で敵を狙う弾丸は、アウネの足を撃ち抜いた。
     バランスを崩したアウネに鋼矢が迫る。
    「背丈に限らず小さい女の子を斬るのは気が引けるが……」
     このままいろんな意味で迷子のまま放置するわけにはいかない。白光を放つ斬撃にアウネが眉を寄せた。
    「迷い子は今日で終わりだ」
     崩した体勢をすぐに立て直したアウネに鋼矢が宣言する。
    「あたしは迷ってなんかないわよ!」
     迷い子という言葉に反応したのか、アウネが地団駄を踏んだ。
    「油断大敵」
     戦いもゲーム感覚で楽しむゲーム好きな寵ではあるが、やる時は全力で潰す。気を取られているならチャンスということだ。
     横から飛び出した寵が殴りつけるのと同時に魔力を流し込んだ。内部から怒った爆破によって、アウネの足元がふらつく。
    「遠距離兵装は不慣れでね」
     静かに構えたユーリーの言葉に、アウネが瞳を細める。そしてはっと瞳を見開いた。
     不慣れならば、手数の多いガトリングで挑めばいい。
    「避け辛いと思うが、悪く思わないでくれ」
     ユーリーが言うのと同時に弾丸を発射していく。咄嗟に身を翻したアウネだったが、全ての弾丸を避けることは不可能だ。
    「くっ……!」
     前の時のように、住処を破壊された戸惑いはアウネにはもうない。そして何としても灼滅者たちに復讐してやりたいと思うのだった。

    ●認めたくない現実
     超硬度に鍛え上げられた瑞樹の拳がアウネを吹き飛ばした。衝撃にアウネが息を飲んだ。
    「どうした迷い子。復讐も捨てて、ふらふら逃げ惑うのか?」
     霞が挑発するようにアウネに声をかける。その瞬間、ぎりっとアウネが歯ぎしりした。
    「迷い子じゃないって言ったでしょ! それに逃げてないわよ!」
     吠えるように声を上げたアウネがさっと銃を構える。
    「うまくいったら儲けもんだ」
     この時を待っていたと言うように空牙も構える。放たれた弾丸はアウネに向かっていく。
    「きゃぁ!」
     痛みに声を上げたアウネだったが、すでにアウネの銃からは円盤状の光線が発射されていた。銃口に向けて撃った空牙が少し悔しそうな顔をする。
    「やっぱ口径が違いすぎんぜちくしょー!」
     そう言いながら、放たれた光線に空牙が身構える。容赦のない攻撃が前にいた灼滅者たちを襲っていく。
    「まだいけんだろ!?」
     さっと仲間のために夜霧を展開させた桔梗が声を上げる。
    「私も支援に回らせてもらおうか」
     ユーリーの霊犬、チェムが回復に向かって駆ける姿を見た射干も霧を展開させる。
    「銃器の扱いがお上手のようだね。是非ともご教授願いたいものだ」
     遠距離兵装も不慣れではあるが、銃の扱いも不慣れなユーリーだ。褒めてみることで気を引いたユーリーが、どうでしょうと言うように爆炎の魔力を込めた弾丸を連射する。
     さらに寵が熱いのだけではなく、冷たいのはどうだろうと言うようにつららを放った。
    「伏炎! 頼んだぜ!」
     鋼矢の声に、霊犬の伏炎が駆け出す。瓦礫をものとももせず駆けた伏炎がアウネに斬りかかる。
     素早い獣の動きにアウネの視線が奪われる。その隙を使って鋼矢がアウネに迫っていた。
    「うりゃ、さらに燃えろ!」
     摩擦を利用して炎を纏った鋼矢の蹴りがアウネに決まる。すぐに間合いを取るように鋼矢がその身を翻す。
     着地したときに瓦礫に足を取られて、微かにため息を漏らした。全くやれやれという状態だ。
     雑居ビルで迷い子になって住み着いたかと思ったら、今度は残留思念となって迷い子になっている。そしてご自慢の雑居ビルは当たり前だが、もうすでにない。
     しかし迷い子センターに連れて行くわけにもいかない。鋼矢にできることはひとつだ。
     アウネに言った通り、迷い子を終わらせるしかないのだ。それがアウネを助けることになる。

    ●迷い子の残留思念
     アウネの鋭い刃が瑞樹を斬り裂く。率先して攻撃を受けていた瑞樹の体が微かにふらついた。
     けれど足に力を入れた瑞樹は倒れることなく持ちこたえる。そんな瑞樹に伏炎とチェムが回復に走った。
    「しつこいのよ!」
     イラついたように声を上げたアウネの体もふらついている。このまま戦いが長引けば、消滅するのがアウネだけではない可能性もある。
    「さあ、そろそろ迷い路を抜ける時間だ」
     今が攻め時だろうと判断した射干が影を走らせる。アウネの足元まで近づいた瞬間、一気に口を開いた影はアウネを飲み込んだ。
     見計らうように、遠距離攻撃をしていたユーリーが前に出た。非物質化した剣は、外傷を残さずにアウネを攻撃する。
     その衝撃に射干の影から逃れたアウネの瞳が驚きで見開かれる。炎を纏った瑞樹の蹴りが容赦なく決まった。
     瓦礫の上を転がったアウネが強く拳を握る。
    「これじゃあ、前と一緒じゃない……」
     このままではダメだと言うように、呟いたアウネが跳躍した。予備動作も何もない攻撃だった。
    「……!」
     何かが駆け抜けるような風を感じた寵が息を飲んだ。ワンテンポ遅れて、足に激痛が走った。
     視界にとらえられないほどの速さで迫ったアウネが死角に回り込みながら斬り裂いたのだった。
    「しっかりしろ!」
     瞬時に桔梗が回復に走る。
    「悪足掻きしてんじゃねぇよ!」
     大地に眠る有形無形の畏れを纏った空牙が、鬼気迫る斬撃を放つ。空牙の攻撃に息を飲んだアウネの視線が下を向いた。
     そして見えた影に瞬時に顔を上げた。アウネの視界には、跳躍していた鋼矢の姿が映る。
     流星の煌きと重力を宿した鋼矢の飛び蹴りは、アウネの体を瓦礫に転がした。それでも立ち上がろうとしたアウネの体にとどめがさされる。
    「追われ苦しみ、足掻いたまま。もう一度逝け」
    「ひっ!」
     引つるような息をこぼしたアウネの体が力を失って地面に落ちていく。霞にとっては、アウネが敵であったから倒しただけだ。
     そこには感慨も何もない。
    「何で……何で……な……」
     なぜまた自分が負けなければいけないのか、そんな疑問を含んだ声が小さく掠れていく。そして突然弾けるように光の粒子になって跡形もなく消えた。
     お疲れ様でしたと呟いた寵が、消えていく光の粒子を目で追う。
    「この世界で迷子になってないで、天国だか地獄だかに辿り着けるといいですね」
     どちらにたどり着くかは寵の知るところではない。
    「これで君の戦いの日々は終わりだ」
     そっと瞳を閉じたユーリーが、今度はゆっくりお休みと囁く。どうか安らかに。
    「さて、帰ろう」
     アウネを灼滅したいま、ここに長居する必要はないと言うように霞が動き出す。そして満身創痍でボロボロになった瑞樹に左手を差し出す。
     その手首で橙と翠、そして黒の三色のミサンガが微かに揺れた。
    「大丈夫だよね?」
     霞の声は、荒れ果てた瓦礫の中で温厚に紳士的に響く。
    「ありがとうございます」
     少しふらついた体を霞に支えられた瑞樹が礼を口にする。まさにみんなの盾となった瑞樹だ。
     そんな中、桔梗がすっと唇に横笛を当てた。流れ出る音は、桔梗が意図していないとしてもどこか物悲しい。
     それは瓦礫の中で響く音だからかもしれない……。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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